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「北方領土交渉」に似てきた「拉致問題」?

 高村外相の発言が波紋を呼んでいます。何人かが帰国すれば、拉致問題に進展があったとみなし、6か国協議での重油支援や人道支援を再開するという趣旨の発言ですが、この発言に町村官房長官が次のように噛みついていました。

 「今ここで何人とか言うのは誤った印象を与える。あたかも何人かが帰ってきそうだとか、あるいは何っていう名前が出ているのではないかとか、そういう事実は全くない。あらぬ誤解を招く。やっぱりすべての拉致被害者の一刻も早い帰国を求めていく、その一点に尽きる。(高村発言は)なんの意味もない」

 町村官房長官の発言が正論です。しかし、進展がなければ、解決には繋がらないのも至極当然のことです。進展は解決に向けての前段階だからです。そこで、何をもって進展とするかとの定義もまた必要となってくるわけです。

 家族会の意向を代表している中山恭子総理補佐官(拉致担当)は「北朝鮮が拉致問題は解決していないとの共通の認識に立ち、拉致被害者全員を帰国する協議に入って初めて進展とみなすことができる」と言っておりました。従って「数人では話にはならない」との立場です。

 外相と官邸サイドのやりとりを聞いていると、先2島返還か、あるいは4島一括返還かの北方領土返還問題と似ているような気がしてなりません。但し、北方領土の問題では、ロシア側が2島ならば、返還に応じても良いと表明している分、まだましですが、北朝鮮は「何人かは返す」とは言ってないわけですから、日本のコップの中の議論は独りよがりの議論ということになります。

 高村外相の発言が、10月中旬の瀋陽での日朝非公式交渉で得た感触に基づくものならば、あるいは、水面下で北朝鮮サイドから何らかのシグナルがあったならば、まだ期待も持て、確かに朝日新聞(10月27日付)が見だしに掲げたように「拉致打開への柔軟策」と言えなくもありませんが、肝心の北朝鮮はおそらく「日本は全くわかっていない」と唖然としているのではないでしょうか。「拉致日本人はもういない」と言った金正日総書記が自らの発言を撤回しなければ何人かの帰国は全くあり得ない話だからです。

 おそらく北朝鮮が期待している日本の「拉致打開への柔軟策」とは、福田政権が「生存している」との前提を撤回、白紙に戻した上で、もう一度、原点に戻って、拉致被害者の安否に関する協議を再開することのようです。福田政権がそうした姿勢を取れば、拉致被害者家族を納得させるため改めて再調査に応じ、説明する用意があるというものです。これまた、日本からすれば到底受け入れられる話ではありません。このように「柔軟策」の解釈が日朝では180度異なるわけですから、残念ですが、どう転んでも拉致問題の進展は期待できません。

 何人拉致されたのかも、何人生存しているのかも、生存者が誰なのかも、何一つ正確なことがわからない以上「何人かでも」と誘っても全く意味がないわけで、結局のところ「全員」と言うほかないのでしょう。

 その「全員」も、政府が認定した人(12人)に限ってのことなのか、数百人いるとされる特定失踪者も含めての話なのか、要は、何人を持って「全員」とみなすのかもわからないわけです。「全員の帰国をもって拉致問題は解決する」と言っても、「全員」の数がわからない以上、解決できるはずはありません。「拉致問題の解決なくして,日朝国交正常化はない」が日本の原則ですから、米国が北朝鮮と関係正常化しても、日本は北朝鮮と国交はできません。

 「国交正常化したければ、拉致問題を解決せよ」と、日本は「国交」を交渉カードにしてきましたが、米朝関係と南北関係の改善を追い風に北朝鮮は逆に「国交したければ、拉致問題は後回しに」と迫っています。日本が焦れば焦るほど、北朝鮮のペースに嵌っていくようです。

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Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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