Calendar

2007年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

Recent Comments

« 核合意・南北共同宣言の後に日本は対北制裁延長?
メイン
「北方領土交渉」に似てきた「拉致問題」? »

今こそ「蓮池・地村証言」の公表を!

 先の南北首脳会談で金正日総書記が「拉致日本人はもうこれ以上いない」と語ったと報じられています。また、2日前に共同通信社社長と会見したNo.2の金英南最高人民会議常任委員長も「拉致問題はすでに解決した問題である」と語っていました。二人の発言はこれまでの北朝鮮の公式見解、立場を繰り返したに過ぎません。しかし、トップツーがここまで「断言」したとなると、日本が求めるような形の拉致問題の解決は容易ではありません。

 「拉致問題は未解決」との立場の日本が求める拉致問題の解決とは、ずばり「死亡した」と発表された8人を含む12人の政府認定の拉致被害者の生存と、拉致された疑いの高い特定失踪者らの存在を北朝鮮が認め、日本に帰国させることです。

 問題は、「拉致問題は未解決」の根拠が「8人は死亡していない」と確信しているからなのか、それとも「8人以外に他に生存者がいる」ためなのかは、不明です。ただ、日本政府が一貫して「拉致問題を解決しなければ国交正常化はやらない」とまで言い切るのはそれなりの「確証」があってのことのようです。その「確証」とは、帰国した拉致被害者らがもたらした「証言」ではないでしょうか。

 本日は、5人の拉致被害者が帰国してまる5年目となる日です。蓮池薫・祐木子夫妻は、3日前の12日、「未帰還者の帰国なくしては、私たちの拉致事件は終わらない」とのコメントを発表していました。地村保志・富貴恵夫妻も「拉致問題の早期解決のためできる限りの協力をしていきたい」とするコメントを出しています。蓮池夫妻は確か、子供らの北朝鮮からの帰国3周年を前にした5月21日にも「勉学に励んでいる子供らの姿を見ると、帰国していない被害者とその家族に思いをはせずにいられない」と述べていました。

 蓮池さんや地村さんらがここまで断言しているところをみると、やはり北朝鮮にはまだ取り残されている拉致被害者がいるとみるべきでしょう。また、マスコミには明らかにしていませんが、政府にはすべて情報を提供しているようです。

 彼らは誰が生存し、取り残されているのかも当然知っているはずです。あえて「未帰還者」とか「帰国していない人」とぼかしているのは、生存者の身の安全のためだと言われています。仮に彼らの口から名前が漏れれば、「証拠隠滅」される恐れがあるというのです。仮にそのとおりならば、日朝作業部会の場で北朝鮮から「証拠があるのか」と言われても、日本政府としてはそう簡単には名前を出すわけにはいきません。

 先週講演で石川県に行きましたが、同県白山市で1981年に連れの女性と共に失踪した安達俊之さんの母親に会いました。母親の話では、地村保志さんの父親を通じて安達さんの写真を見せたところ、保志さんは「北朝鮮の外貨ショップで女性と一緒にいるところを見た」と証言したそうです。ところが、この話が週刊誌に掲載され、波紋を呼んだことから保志さんは「そのようなことを言った覚えはない」と否定しました。しかし、安達さんの母親は北朝鮮による拉致、生存を確信し、政府に拉致認定と救出を求めています。

 身元を特定して、安否の確認を求めた場合、危害が及ぶ恐れがあるとの理由であえて名前を公表することを伏せているとすれば、政府は1977年に鳥取の米子で失踪した松本京子さんを昨年、どうして拉致被害者として認定し、北朝鮮に安否確認を求めたのでしょうか。また、北朝鮮が証拠隠滅を図る恐れがあるから公表できないと言うならば、すでに公表されている政府認定の拉致被害者は全員消され、生存の可能性はないということになってしまいます。身の危険が及ぶから、公表できないというのは矛盾しています。

 金正日総書記が本当に「拉致日本人はもうこれ以上いない」と言ったなら、ここが勝負時です。今こそ、日朝作業部会の場で日本政府は蓮池さんや地村さんらの証言を北朝鮮に突きつけ、生存者の帰国を強く迫るべきです。北朝鮮がそれでも知らぬ存ぜぬを通すならば、「証言」を内外に公表し、国際世論に訴えたらどうでしょうか。「生き証人」の「証言」ほど、重いものはありません。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/1854

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.