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核合意・南北共同宣言の後に日本は対北制裁延長?

 「やはり」と思っていましたが、盧武鉉大統領は福田総理から金正日総書記宛のメッセージを託されていました。盧大統領は金総書記に福田政権で対北朝鮮政策が変わる可能性について言及し、遠まわしながら拉致問題の解決を促したようですが、これに対して金総書記は「福田政権に代わったので日本の状況を見守っている」と答えたようです。

 福田政権になって、北朝鮮への政策がどう変わるのか、出方を注視してから対応するということらしいですが、政権与党の自民党は早々と10月4日、13日で期限切れとなる北朝鮮制裁措置の半年間延長を了承しました。政府もまた9日の閣議で再延長を正式決定するようです。安倍政権が取ってきた制裁措置はこのまま継続する方針のようです。

 日本としては、今後北朝鮮が拉致問題で少しでも誠意を示せば、人道支援の実施や制裁の一部解除など柔軟に対応する構えのようです。拉致問題解決のための「交渉カード」あるいは「取引材料」として温存しておきたいのかもしれません。
 但し、北朝鮮の核問題で一歩前進した6か国協議の合意文と朝鮮半島の緊張緩和と和平に向けた南北首脳会談の共同宣言が出た直後に経済制裁の延長発表というのでは、あまりにもタイミングが悪く、対外的印象もよくありません。

 自民党が制裁延長を了承した4日に発表された第6回6か国協議の合意文には「北朝鮮と日本は不幸な過去と未決の関心事案の解決を基盤に、日朝平壌宣言に基づき両国関係を速やかに正常化させるための真摯な努力をする。北朝鮮と日本は両国間の集中的な協議を通じこうした目的の達成に向けた具体的な措置を取っていくことを公約した」ことが記されています。

 極端な話が、日本の「真摯な努力」と「具体的な措置」が経済制裁の再延長か、と受け取られる恐れもあります。福田総理から直接協力を依頼され、「日本も福田政権になって変わるから、何とか」と金総書記を翻意させようとした韓国政府の面目は丸つぶれです。北朝鮮から「何も変わってないではないか」と言われれば、反論のしようがありません。

 もう一つ、軽視できないことがあります。日朝は9月の作業部会で「可能なかぎり(日朝協議を)頻繁に開催していく」ことで合意していました。やっと協議に応じた北朝鮮は今後について「具体的な行動について協議する雰囲気作りを進めるべきだ。そのためには、まず日本が動かなければならない」「協議を行うにはそのための環境と条件が揃わなければならない」と注文を付けていました。これ即ち、経済制裁の撤回を指します。従って、経済制裁が再延長となれば、北朝鮮は再び態度を硬化させるかもしれません。

 前述した6か国の合意文にはテロ支援国指定解除の時期については明記されていませんでしたが、年内までに北朝鮮が核施設の無能力化と核計画の申告の約束を果たせば、米国がテロ支援国指定から北朝鮮を外すのは、今や常識となっています。米国は「テロ特措法」延長問題があって日本政府を刺激しないよう時期を明記しなかっただけの話です。

 実は、米国と北朝鮮との間には年内までの解除を定めた別途の合意文が存在します。このことはヒル次官補自身も「別途の了解事項を作った」と認めています。この事実を報じた「ワシントン・ポスト」(10月4日)によると、米政府は早くもテロ支援国指定を外す問題で議会との協議に入ったようです。また北朝鮮とも来週からこのことで細部にわたって協議を開始します。米国に戻ったヒル次官補は「我々(米国と北朝鮮)には明白な理解があるので、我々は迅速に動く」と、日本にとっては実に気になる発言をしていました。

 日本に残された時間は残り数ヶ月です。北朝鮮が約束事項を年内まで履行しない場合は、来年に持ち越されますが、いずれにしても時間の問題です。米国はいつになるかわからない拉致問題の解決まで待たないでしょう。見切り発車することになります。

 経済制裁で拉致問題が解決できるとの確信や展望があるならば、北朝鮮が白旗を上げるまで経済制裁を継続するのも一つの選択でしょう。「経済制裁が効かなかろうが、構わない、毅然たる姿勢を示す」ということならば、それはそれでまたよいでしょう。

 但し、これ以上経済制裁を続けても拉致問題の解決に繋がらないと感じているならば、核実験を理由に制裁を発動したわけですから核問題で合意が成立した今、また政権が変わった今こそそのタイミングのような気がします。金融制裁を撤回し、「圧力」から「対話」に面舵を切ったブッシュン政権の教訓からもうそろそろ学んでも良さそうなものですが、やはり北朝鮮が少しでも誠意を示さない限り、どうにも動けないのでしょう。

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Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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