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2007年8月30日

予想どおり、人道支援へ

 前回、「膠着した拉致問題打開の突破口のため、安倍政権が(人道支援という)「切り札」を切るのかどうか、注目される」と書いたところ、新任の町村外相は28日夜、各紙とのインタビューで、北朝人道支援を念頭に入れていることを明らかにしていました。

 「拉致問題と全部くっつけて考えるべきなのか。(豪雨被害は)基本的には天災で、そういう時は今までも主義・主張や社会体制を超えて緊急被害対策ということで(支援)してきたこともある。今、急遽検討している」と、その理由を語っています。

 「米国が緊急支援に踏み切ったから」「EU諸国も支援を表明したことで国際社会から孤立したくなかったから」「日朝作業部会で進展を図りたいから」と、動機については様々な見方がありますが、人道支援を行なうのは良いことで、その結果として、孤立が回避され、かつ日朝交渉が再開され、拉致問題の進展が図れれば、それはそれで良いことです。それが外交というものです。

 ただ、一つ、理に合わないというか、合点がいかないことがあります。10日前まではその気がなかったのに、なぜ急遽態度を変更したのか、腑に落ちません。確か、8月中旬の中国瀋陽での非核化作業部会に出席した佐々江賢一郎外務省アジア大洋州局長は「同情はしているけど、日本としては支援する計画はない」と語っていた筈です。外相が交代したからでは説明にはなりません。なぜならば、安部政権は経済制裁を対北朝鮮外交の柱としているからです。外相の「独断」が許されるならば、閣内不一致となります。その理由は以下のとおりです。

 前回でも触れたように2004年4月の列車爆破事故の際に行なわれた人道支援(食糧=コメ25万トンと医療品=600万ドル)は横田めぐみさんのものと出された「遺骨」が鑑定結果、「偽物」であったため、半分で打ち切られました。人道支援の凍結を主導したのが自民党幹事長代理兼拉致問題対策本部長だった安倍総理です。

 「食糧や医療を支援しても、本当に困っている人に渡らず、軍に流れているだけ」「金正日政権を延命をさせるだけ」との主張もまかり通って異論、反論もなく、食糧・医療支援は全面ストップしました。マスコミも国民も当然のことと政府の決定を支持しました。そう言えば、当時の外相も町村さんでした。偶然にも町村外相の時代に人道支援中止が決定されたわけです。

 町村外相は2004年12月10日の衆議院拉致問題特別委員会での同僚の水野賢一議員の「人道支援という名目で食糧支援を行っているが、これを打ち切るのか」の質問に対して「現在、WFP(世界食糧計画)から残り12万5千トンの支援の要請はまだない。WFP等の要請があったとしても、これに応ずることは難しい状況にあると考えている」と答えていました。拉致問題で北朝鮮が誠意を示さないことを理由に止めたわけです。人道支援を中断した理由と再開する理由はどう考えても矛盾しています。

 今回、拉致問題で進展がないのに人道支援の再開に踏み切るということは、米国が寝返った今となっては、制裁一本槍では通用しないということを悟ったからではないでしょうか。随分と時間を浪費したものです。結局のところ、先を見る目がなかったということです。

 安倍首相はインドネシアを訪問した際に「拉致問題の一刻も早い解決を図りたい」と強調、「拉致、核、ミサイル、不幸な過去の清算は積極的に取り組み、正常化を目指したい」と述べていました。「拉致と核とミサイルを包括的に解決する」というのがこれまでの日本政府の謳い文句でした。安倍総理はこの3点セットに北朝鮮が求めていた「不幸な過去の清算」を初めて加えました。

 「制裁は効いている」「日朝交渉が進展しないで困るのは北朝鮮」「日本は焦る必要はない」と言っていたのに結局のところ、成果が上げられなくて困っていたのは、焦っていたのは他でもない安倍総理自身ではないでしょうか。

2007年8月18日

安倍政権がまさか北に「人道支援」?

 中国瀋陽での「非核化作業部会」に出席した日本首席代表の佐々江賢一郎外務省アジア大洋州局長は16日、北朝鮮の豪雨被害に米韓両国が支援を表明したことの関連質問に「同情はしているけど、日本としては支援する計画はない」と語ったそうです。拉致問題で進展がないことや、日朝作業部会の日程が決まらないことへの苛立ちが、こうした「冷めた返事」となったようです。

 拉致問題を抱える日本の立場に同情、配慮したとしても、北朝鮮とは異なり、人権や人道問題を優先する国としての「回答」としては何か物足りなさを感じます。ペルーの震災には支援をするが、北朝鮮の被災には支援しないというのでは、「ダブルスタンダード」ということになります。北朝鮮大嫌いのブッシュ政権ですら、人道問題を政治問題と切り離し、北朝鮮に10万ドル(約1億1千500万円)の人道支援を決定したわけですから「坊主憎けりゃ~」の日本の対応は他の国々にはなかなか理解されないでしょう。

 隣人ですから、本来ならばお互い困ったときには助け合うのがあるべき姿です。日本は、飢餓が発生した95年の北朝鮮の大水害の際にはコメ50万トン(無償15万、有償35万トン)と医療品50万ドルの緊急支援を行ないました。また、翌年の96~97年にかけて合計で8万2千トンのコメを援助しました。2000年にも3月、10月とそれぞれコメ10万トン、50万トンの支援を行ないました。金額にすると、300億円は軽く超えています。その結果、北朝鮮の対日姿勢に大きな変化が生じ、2002年9月の日朝首脳会談に繋がり、金正日総書記がついに拉致を認め、小泉総理に謝罪しました。

 また、2004年4月に北朝鮮で列車爆破事故が起き、深刻な人的・経済的被害を被った際には、小泉総理は拉致問題で進展がなかったにもかかわらず10万ドルの医療品支援を発表しました。その結果、1ヶ月後の5月に二度目の日朝首脳会談が実現し、北朝鮮は1年6ヶ月にわたって日本と綱引きをしていた拉致被害者の家族を手放し、日本に引き渡しました。この年の10月に新潟中越地震が起きた際には日本のこれまでの支援額からすると比較にならないほど小額ではあるが、北朝鮮は新潟県に1億円を支援しました。

 現在日本には、二度目の日朝首脳会談の際に支援を表明した食糧(コメ25万トン)と医療品(600万ドル)のうち半分(コメ12万5千トンと300万ドル分の医療品)が倉庫に眠ったままにあります。北朝鮮が横田めぐみさんのものと出してきた遺骨が日本の鑑定結果「偽もの」と判明したことで、経済制裁の一環として棚上げにしたからです。拉致問題解決の「切り札」として温存していましたが、中国や韓国などが北朝鮮を経済的に支えてきたため3年近く切るに切れない状況にありました。

 「拉致問題の解決なくして経済協力はしない」というのが日本の一貫した姿勢です。但し、今回の場合は、経済協力ではなく、人道支援ということなので、原則には反しません。しかし、北朝鮮が安倍政権を相手にしないとの方針から連日「安倍批判」を展開していることや日本に支援を要請する素振りも見せていないのに一方的に支援を表明するのはどう考えても不自然です。果たして、膠着した拉致問題打開の突破口のため、支持率低下の政権浮揚のため安倍政権が「切り札」を切るのかどうか、日朝作業部会の今後を占ううえでも俄然注目されます。

2007年8月 9日

南北首脳会談と拉致

 南北首脳会談が8月28日から3日間、平壌で開催されることが南北から同時発表されました。盧武鉉大統領の4年越しのラブコールに金正日総書記が応える形となりました。国内では安倍総理以上に不人気で、3,4月か月後に行なわれる大統領選で事実上終わる「死に体」の盧大統領からすると、誰もが無理と思っていただけに「してやったり」の心境しょう。前回の首脳会談での約束事であったソウル開催にこだわるどころの話ではなかったはずです。

 駆け込み的な首脳会談の開催は、南北双方にそれぞれの思惑があるものと思われます。盧大統領にとっては、レイムダック阻止し、大統領としての求心力を取り戻し、国内政局での主導権を握りたいとの考えがあります。特に、野党・ハンナラ党候補にリードされている大統領選挙の流れを変えたいとの狙いもあるとみられます。政権交代を阻止するための「強力なカード」に使う考えです。

 一方の、金総書記はどうかというと、「一石二鳥」どころか、様々な狙いが隠されています。第一に、韓国からの経済協力です。何しろ、会わなくても良いのものを、会ってあげるわけですから、相当な「土産」を期待しているものと思われます。7年前の金大中大統領の時は5億ドルを「献上」したわけですから、今回もそれ相応のものをあてにしているはずです。次に、大統領選挙に影響を与え、野党ハンナラ党候補の当選を阻止し、与党候補を当選させ、金大中―盧武鉉と2代続いた太陽政策を継承させることにあります。

 三つ目は、国連の経済制裁の撤廃です。北朝鮮は昨年のミサイル発射実験と核実験で国際的に孤立しました。その結果が、国連による経済制裁発動です。南北首脳会談を開催することで平和ムードをかもしだし、制裁撤回にもっていく考えのようです。

 四つ目は、ブッシュ大統領に米朝首脳会談を働きかけてもらうことにあります。昨年12月のベトナムでの米韓首脳会談で、ブッシュ大統領は盧大統領に北朝鮮が核放棄の政治決断をすれば、金総書記と会い、朝鮮戦争終結の調印を一緒にやっても良いと語っていました。北朝鮮はその後、核放棄に向けて動き出しました。

 最後に、安倍政権を孤立させることにあります。日本の対北朝鮮外交の柱は、「日米韓協調外交」です。北朝鮮は核問題の進展と首脳会談を「えさ」に米国と韓国を日本から引き離すことで、安倍政権の「対北強硬策」を破綻させ、路線転換を迫る考えのようです。

 南北首脳会談開催発表に関する日本政府の反応は表向きは「歓迎」ですが、内心は苦々しく思っているのではないでしょうか。国際包囲網と経済制裁で北朝鮮を屈服させるとの戦法が通じなくなるからです。盧大統領を通じて北朝鮮側に拉致問題を解決するよう働きかけると、安倍総理はコメントしていましたが、自国の拉致問題でさえ解決できない韓国に期待するだけやぼだと思います。

 先に来日したネグロポンテ米国務副長官も言っておりましたが、米国も、韓国も拉致問題は「日朝間の問題で、日朝の話し合いで解決すべき」というの基本的スタンスです。従って、米国は核問題が進展すれば、テロ支援国指定から北朝鮮を解除する方向にあります。「拉致はテロ」というのが日本政府の公式見解であります。米国は日本にテロとの戦いで共同歩調を訴えています。安倍政権はそれに応じて11月1日に期限切れとなるテロ対策特別措置法の延長する考えです。何か変ですね。

2007年8月 3日

妥協案のない拉致問題

 米下院が従軍慰安婦問題で日本政府に公式に謝罪するよう決議しました。2年前には北朝鮮に拉致問題など人権問題を改善するよう決議しています。第三者からみると、日朝双方とも人権問題には誠意を示していないと映るのでしょう。米下院の決議案は拉致問題を国際化し、北朝鮮に外交的圧力をかける安倍政権の対北政策に早くも影響を及ぼしております。

 マニラで開かれたASEAN地域フォーラムでの議長声明に拉致問題を盛り込むことに失敗しました。北朝鮮が従軍慰安婦問題をぶつけてきたからです。中国や韓国、東南アジア諸国との「共通の問題」を持ち出したため日本は正面から反撃できなかったようです。結局、喧嘩両成敗に立つ議長国のフィリピンが特定の国を名指しせず「人道上の懸念」という表現で折り合いを付けました。日朝双方の主張を採りいれた妥協案とのことです。今後国連人権委員会での決議を含め、連鎖反応が出てくることも考えられます。

 こうした雰囲気を察知したのか、麻生外相はフォーラムで拉致と過去の清算問題を一緒に議論する用意があることを表明していました。これに対して北朝鮮側は「日本の外相が過去の問題を関係正常化の中で論議しようと語ったのは、最近では少し異例のことではないか」(チョン・ソンイル外務省副局長)と前向きに評価したようですが、麻生外相の発言は日本にとって最優先課題である拉致問題解決に向けての呼び水であることは明白です。

 麻生外相は北朝鮮の外相の顔を見て、「拉致問題に進展が見られれば、経済エネルギー支援への参加を含め、6者協議においても積極的な役割を果たす用意がある」と言明していました。即解決ではなく、少しでも進展があれば良いとのことです。進展とは、北朝鮮が拉致はまだ解決していないとの共通認識に立つことを指すようです。その証左として、安否不明者の再調査に応じれば、OKだとのことです。随分と弱気になったものです。「拉致問題の解決なくして経済協力はしない」との「毅然たる外交」はどこにいってしまったのでしょうか。

 麻生外相の誘いに北朝鮮が乗るかどうかわかりませんが、北朝鮮にとっての拉致問題の解決とは、日本が「死亡の事実」を受け入れることが先決とみているので、仮に再調査に応じたとしても、結局は「生存者ゼロ」の回答となるでしょう。選挙必勝のため遊説先の青森で「一日も早く、横田夫妻にめぐみさんを抱かせてあげたい」と公言していた安倍総理にとって「ゼロ回答」はとても呑めない話です。めぐみさんが実際にすでに亡くなっているならば、「生存している」と言い続けてきた安倍さんや拉致問題で当選した中山恭子さんらは横田夫妻に嘘をついてきたことになるからです。また、その逆に、生存しているならば、金正日政権が日本を騙していることになります。どうにも妥協案はみつかりません。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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