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「安明進逮捕」の衝撃

 日本人拉致事件の「証言者」として知られる安明進が覚せい剤密売容疑で逮捕されるというニュースは日本のマスコミを震撼させました。拉致問題では日本のメディアのほとんどが安明進にお世話になっていたわけですから当然でしょう。安明進から情報を貰ったり、中にはタッグを組んで、中国で「北朝鮮取材」をしていたメディアもあったほどで、日本ではまさに「安明進様様」でした。

 仮に有罪となれば、安明進は日本への入国ができなくなります。となると、マスコミだけでなく、安明進の証言を拠り所にしていた拉致被害者家族会や「救う会」にとっては痛手でしょう。これまでのように「証言者」として集会に呼ぶことができなくなるからです。逆に言うと、「煙たい存在」だった安明進の逮捕は韓国政府にとっては願ったり、叶ったりでしょう。こうしたことから関係者の間ではもしかしたら「安明進ははめられたのでは」との声も出ています。

 いずれにしても、北朝鮮の麻薬の実態を暴露、告発していた当人が麻薬に手を染めていたというのでは話になりません。よほど金に困っていたのでしょう。安明進は定職には付いていませんでした。昨年は一時期、日雇い労働者をしなければならないほど困窮しておりました。

 脱北(1993年)した当初は今と違って、脱北者はそう多くはなく、反共宣伝の「生きた証人」として韓国政府当局に重宝されていて、生活面では何の心配もありませんでした。金大中政権になった後も、1997年の「横田めぐみさん目撃証言」で一躍脚光を浴び、日本のメディアからの「取材謝礼」で生活が維持できました。2002年の小泉訪朝で金正日総書記が拉致の事実を認め、5人が日本に帰国したことで拉致問題が日本国民の最大関心事となり、安明進にとってはまさに「全盛期」となりました。彼は「将来は日本でお店を持ちたい」との夢を語るほどでした。

 それが一転したのは、脱北者の増大で希少価値がなくなったこと、拉致問題がこう着状態に陥り、日本への「出稼ぎ」が年々減ってきたこと、そしてあてにしていた日本の組織からの「支援金」がストップしたことが原因です。

 特に昨年横田めぐみさんの夫、金英男さんが母親の崔桂月さんと再会した際に同席していた人物が引率者の韓国赤十字社職員であるのに「この人物は金正日政治軍事大学の先輩で工作員」といい加減なことを言い、発言の信憑性が問われていたばかりでした。

 一昨年3月に筆者が主催する勉強会に招いた時、出席者から「11人の拉致被害者を北朝鮮で見たと言っているが、ならば、11人に関する情報がもっと出てもおかしくはない。ということは、以前から囁かれていることだが、直接見たのではなく、誰かから聞いた話を代弁しているのではないか?」と聞かれ時、「私が日本人だと確信している人、日本人に違いないと思っている人、さらには他の人が認めてくれた人も含めると、その数が11人に上るということだ。同僚や先輩らは今は、情報機関で月給を貰って、働いている公務員の立場にいることから表に出てこれない。全部ではないが、一部は代弁している」と正直に語っていました。

 ところが、その4か月後、国会に参考人に招致され、証言した際にはそのことには一言も触れず、すべて目撃していたと、それも奇怪なことに目撃者の数がさらに4人膨れ上がり「15人」となっていました。

 「あれも見た、これも見た」「あれも、これも知っている」と証言するため懐疑的に見られていたことを知っていた彼は「拉致に関する決定的な証拠をつかんでみせる」「拉致被害者を一人脱北させてみせる」と強気な発言をしていました。中国に頻繁に行くのもそのためだと思っていました。しかし、有罪で収監となれば、汚名返上はもう難しいでしょう。

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Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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