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2007年7月26日

ボルドン前国連大使の「二重発言」

 ボルドン前国連米大使は北朝鮮に対して「圧力」から「対話」にシフトしたブッシュ政権の「路線転換」を酷評しています。最近も産経新聞(20日)に登場し、ブッシュ政権の対北政策が軟弱となった理由について「国務省の官僚が以前から求めてきた融和策にライス国務長官が乗り、大統領にも同意させたのだ」と不満をぶつけていました。

 また、朝日新聞(1月18日)とのインタビューでは6か国協議について「当初から6者協議に疑念を持っていた。交渉継続は代償を伴う」と批判し、ブッシュ政権が追求する解決策としての「リビア方式」についても「リビアと北朝鮮とは大きく違う。北朝鮮は94年の米朝枠組み合意でごまかしをした。満足できる検証の仕組みなしに合意はできない」と、北朝鮮とリビアの違いを強調していました。

 しかし、ブッシュ政権下で国務次官として北朝鮮外交を担っていたボルトン氏は当時、他の誰よりも6か国協議を重視していました。それを示す資料として2004年7月21日にソウル延世大学大学院での講演内容(概要)を紹介します。ボルドン氏の発言が終始一貫していないことがわかります。

●核を放棄すれば恩恵がある


 約1 年前にも、私は金正日(総書記)が直面している戦略選択について言及した。私はもし北朝鮮が大量破壊兵器の開発を放棄すれば、米朝関係がいかに進展するかについて述べ、北朝鮮の飢餓に苦しむ人々が外部の世界と接触できればどのような恩恵を受けるかについても言及した。

 私が1 年前に講演した時、何人かの人は、たとえ北朝鮮が検証可能かつ後戻りできない大量破壊兵器の破棄をしたとしても、米国は北朝鮮とは関係改善しないと思われたかもしれない。しかし今となってはそのような心配をする必要はない。北朝鮮のような体制の国が過去の過ちを見直し、国際社会の仲間入りを果たせば、米国もそのような国に対して積極的に働きかけることが実証されている。リビアがその例である。

 孤立した体制の国の指導者が自国の将来を考え、大量破壊兵器を放棄したことでて恩恵を受けたという事例をリビアは見せてくれた。もちろん、北朝鮮とリビアの間には相違点もある。カダフィは米国の侵略もあり得る、と想定して国民を守る選択をしたが、金正日はそうは考えていない。

 私は、北朝鮮国連代表部の韓成烈次席大使の数日前の発言に興味を抱いている。彼は、発言の中で、「北朝鮮にとってリビア方式は適さない」と述べている。最も興味深いのは、彼の次の発言である。「米国のような強国が我々を信頼していないのにどうして我々が米国を信頼できようか。」

 
●北朝鮮もリビア方式で


 米国が北朝鮮を信頼していないという韓次席大使の発言は正しい。米国はリビアも信頼していなかった。リビアが大量破壊兵器開発を放棄し、米国や諸外国との関係を改善した現在、我々はリビアを徐々に信頼できるようになっている。

 リビアも北朝鮮同様に民間航空機の爆破に関与していた。また北朝鮮同様に、密かに大量破壊兵器を開発していたのである。リビアに関する謎を解くのは容易ではないが、ロナルド・レーガン元大統領が旧ソ連との交渉時に引用したロシアの古い諺にその答えはある。当時、レーガン大統領はいかにして旧ソ連との信頼を回復するか尋ねられたが、ミハイル・ゴルバチョフ書記長に対する返答は明快であり、「信頼と実証」であった。これはまさに我々がリビアに対して取った手段であった。米国や英国は国際基準を満たした実証手段の適用を主張し、リビアは大量破壊兵器を放棄する用意があると宣言したのである。

 大量破壊兵器に関する施設を閉鎖すると最初に宣言した後、リビアは米国や英国からの専門家をそれらの施設に受け入れた。数ヵ月後、他の施設への訪問も認めたのである。リビアが大量破壊兵器の放棄を宣言した後、我々は実際にリビアが大量破壊兵器を放棄するための手助けをした。交渉は決裂する事なく、大量破壊兵器の放棄は比較的数ヶ月間で行われた。今日まで、米国や英国は、IAEAやOPCWと共に、リビアが再び大量破壊兵器開発に着手しないよう取り組んでいる。

 利点は抽象的ではない。リビアの大量破壊兵器及び長距離ミサイル開発計画の放棄に応じて、米国とは関係改善し、実際に恩恵を受けているのである。我々はもはやリビアに対して経済制裁を敷いていない。米政府も、リビアの首都トリポリのホテルが西洋のビジネスマンで溢れていることを知っている。米国はトリポリに連絡事務所を設置し、リビアもまたワシントンに設置中である。この事が両国にとって大きな外交関係の樹立につながる事を我々は望んでいる。リビアはまたOPCWやIAEAなどが主催する国際会議にも参加している。

 
●6か国協議が良い交渉の場である


 我々は北朝鮮との間では、6カ国協議で交渉の場を設けている。6カ国協議が進展しない一方でも、全ての参加国が、朝鮮半島の永久非核化という点で意見が一致しているので、6か国協議の場が最もよい交渉の場であると信じている。

 金正日が大量破壊兵器の放棄を宣言すれば、6カ国協議で我々は北朝鮮の国民が受けることのできる恩恵について協議する事ができる。例えば、他の参加国は実際に、大量破壊兵器の放棄がなされる前からエネルギー支援を行うと言っている。多国間による外交解決が不可欠である。 

 6カ国協議の進展は遅いが、前回の協議で具体的に述べた我々の提案には自信がある。我々は北朝鮮が我々の提案を注意深く理解し、即座に退けてしまわないよう望んでいる。

 北朝鮮からの正式な返答はないが、我々の提案の時期に現実性がないと主張している。我々はリビアの例が北朝鮮にも起こり得ると証明できると信じている。

 パウエル国務長官がリビアの例から「我々は北朝鮮の人々もリビアの現状を見て、同様の決断をすべきであると認識していることを望む」と述べた事は記憶に新しい。

 金正日はライス大統領補佐官の指示に従うべきである。彼女は本気で、金正日はカダフィ大佐と会談して欲しいと数日前に述べていた。そうすることによって北朝鮮が国際社会に仲間入りし、金正日は様々な恩恵を受けるであろう。◆

2007年7月21日

「久間発言」と「北の核」への日本人のギャップ

 北京での6か国協議は次のステップ(第二段階措置:核施設の無能力化とすべての核計画の申告)の完了期限を明記できずに終了しました。8月中開催予定の作業部会で実務的な話を詰めたうえで期限を設定するとのことです。期限を定めたほうが良いのは当然ですが、期限を決めてもそれを守らなければ意味がありません。

 初期段階(核施設の停止と封印)も「60日以内」で合意したにもかかわらず遵守されませんでした。期日を守らなかったからといってペナルティが科せられているわけでもないし、結局のところ、事を進めるためには相手を信用し、相手の「善意」にすがるほかありません。これが今の米国の立場でしょう。要は,期限が多少遅れても、北朝鮮に二度と核を使用できないようにさせることです。

 完了期限が決まらなかったことでブッシュ政権には焦りがあるかもしれませんが、安倍政権は逆に、ホットしているのではないでしょうか。完了期限の設定は自動的に、日本が核問題で協力(重油支援)するのかどうかの回答期限となるからです。拉致問題の進展がなければ協力できない日本にとってはこれで時間稼ぎができます。

 「拉致問題が解決しなければ」との日本政府の立場は、日本国内では「正論」かもしれませんが、6か国参加国を含め国際社会にとても通用するとは思えません。おそらく交渉人の日本首席代表を務める佐々江賢一郎外務省アジア大洋州局長も相当苦慮していることと推察されます。 

 今週の17日、18日の二日間、辞任した久間前防衛相の地元長崎(と佐世保)で講演してまいりましたが、例の「しょうがない発言」には皆さん憤怒していました。被災地の長崎や広島の人々に限らず、被爆国の国民として「核」に対してもっと声を上げてしかるべきです。また、北朝鮮の核問題でも日本はもっとイニシアチブを発揮してしかるべきだと思います。北の核の脅威に最もさらされているのは他ならぬ日本だからです。

 札幌医大の高田純教授の予測では、万に一つ、1200万人の東京に長崎級の核爆弾が投下された場合の死者は50万人、負傷者は300万~500万人だそうです。ワシントンの「天然資源保護協会」のトーマス・コーク博士が3年前に発表した「朝鮮半島の核使用シナリオ」によると、100メートルの上空で爆発した場合の死者は130万人だそうです。1億数千万の国民の生命と安全、財産に直結する問題に鈍感であっていいはずはありません。

 幸いにも、予想したとおり、米国の仲介により参議院選挙後の8月には日朝作業部会が開かれることとなりました。そこで、北朝鮮が安否不明者に関する再調査の意向を表明すれば、日本政府が「進展」とみなして核問題での協力に踏み切るというシナリオ(八百長)が考えられます。しかし、再調査の結果が再び「ゼロ回答」となればまた元の木阿弥です。

 7月5日のホームページで、「入院中の横田滋さんを孫のヘギョンさんがお見舞いできるようにしたらどうか」と人道的な見地から素朴な提案をしましたが、滋さんが回復され、17日に無事退院されたことでこの話は立ち消えとなりました。膠着状態にある拉致問題を打開するための何か他に「サプライズ」か「ウルトラC」があれば良いのですが。

2007年7月16日

北朝鮮が米国に「遺骨」の鑑定を要請

 昨日(15日)、都内のホテルで国際女性ビジネス会議が開かれました。「特ダネ」のコメンテーターとしても知られるイー・ウーマン代表の佐々木かをりさんが主催している働く女性のための国際会議で、今年はその12回目にあたります。筆者も友人の朝日新聞の高成田亨さん、ニューズ・ウィーク日本版前編集長の藤田正美さんと午後からの分科会に出席し、「アジアの中での日本」について語ってきました。

 あいにくの悪天候にもかかわらず、企業、団体、社会の様々な分野で活躍されている方々が多数出席され、1時間30分という短い時間ながらも、日本はアジアの中でリーダーになれるのか、日中を中心とした東アジア共同体の創設は可能か、日本は中国、韓国などアジアの国にどう向き合うべきか、さらには、米国との関係は将来どうあるべきか等等活発な意見交換が行なわれました。

 筆者もこれまで講演を含め多様な場で発言をしてきましたが、会場からこれほど多くの意見、質問が出されるとは予想もしていませんでしたので、正直参加者の真剣なまなざし、質問のレベルの高さにたじたじでした。今年3月にイー・ウーマン・サーベイで「拉致問題と核問題、どちらが優先課題だと思いますか」との問いかけをしたところ、数千件の回答があり、驚きましたが、今回出席して改めてキャリア・ウーマンの政治意識、問題意識の高さに感嘆した次第です。

 その回答の結果ですが、およそ65%が「核問題が拉致問題よりも優先」と答えていました。予想していたのとは逆の結果が出たのでびっくりしましたが、その核問題がいよいよ動き出します。北朝鮮が4年半ぶりに核施設の稼動を停止しました。これにより18日から6か国協議が再開され、次の措置である核施設の無能化と核計画の完全申告問題が協議されます。同時にその見返りとしての北朝鮮に対するテロ支援国指定解除が検討されることになります。テロ支援国指定の解除は、自動的に経済制裁の撤廃につながります。

 米朝が次の段階措置に入れば、拉致問題が解決するまではテロ支援国指定を解除すべきではないとする日本は苦しい立場に立たされます。日本としては、それまでの間に拉致問題を少しでも動かしたいところです。それで、最近では少しでも進展があれば、「よし」とみなす考えのようです。進展とは、北朝鮮が「解決済み」から「未解決」であるとの認識に立ち、「再調査」を約束することのようです。この方向に動くようヒル次官補を通じて北朝鮮に働きかけています。

 北朝鮮は安倍政権下では拉致問題を動かさないとの原則には変わりがないようです。少なくとも参議院選挙が終わるまでは日朝作業部会にも応じる考えはないようです。安倍政権を利するようなことは一切しないというのが方針のようです。しかし、選挙が終われば、安倍政権の存続に関わりなく、米国の顔を立て、日朝作業部会に応じ、再調査の意向を表明するかもしれません。米朝間でも拉致問題については突っ込んだ話し合いが行なわれている模様で、北朝鮮も日本同様に米国の協力を求めています。現に、真偽をめぐって論争となっている横田めぐみさんのものとされた遺骨を米国が再度鑑定するよう要請しています。拉致問題で米国が今後どう仲裁するのか、興味津々です。

2007年7月10日

「安明進逮捕」の衝撃

 日本人拉致事件の「証言者」として知られる安明進が覚せい剤密売容疑で逮捕されるというニュースは日本のマスコミを震撼させました。拉致問題では日本のメディアのほとんどが安明進にお世話になっていたわけですから当然でしょう。安明進から情報を貰ったり、中にはタッグを組んで、中国で「北朝鮮取材」をしていたメディアもあったほどで、日本ではまさに「安明進様様」でした。

 仮に有罪となれば、安明進は日本への入国ができなくなります。となると、マスコミだけでなく、安明進の証言を拠り所にしていた拉致被害者家族会や「救う会」にとっては痛手でしょう。これまでのように「証言者」として集会に呼ぶことができなくなるからです。逆に言うと、「煙たい存在」だった安明進の逮捕は韓国政府にとっては願ったり、叶ったりでしょう。こうしたことから関係者の間ではもしかしたら「安明進ははめられたのでは」との声も出ています。

 いずれにしても、北朝鮮の麻薬の実態を暴露、告発していた当人が麻薬に手を染めていたというのでは話になりません。よほど金に困っていたのでしょう。安明進は定職には付いていませんでした。昨年は一時期、日雇い労働者をしなければならないほど困窮しておりました。

 脱北(1993年)した当初は今と違って、脱北者はそう多くはなく、反共宣伝の「生きた証人」として韓国政府当局に重宝されていて、生活面では何の心配もありませんでした。金大中政権になった後も、1997年の「横田めぐみさん目撃証言」で一躍脚光を浴び、日本のメディアからの「取材謝礼」で生活が維持できました。2002年の小泉訪朝で金正日総書記が拉致の事実を認め、5人が日本に帰国したことで拉致問題が日本国民の最大関心事となり、安明進にとってはまさに「全盛期」となりました。彼は「将来は日本でお店を持ちたい」との夢を語るほどでした。

 それが一転したのは、脱北者の増大で希少価値がなくなったこと、拉致問題がこう着状態に陥り、日本への「出稼ぎ」が年々減ってきたこと、そしてあてにしていた日本の組織からの「支援金」がストップしたことが原因です。

 特に昨年横田めぐみさんの夫、金英男さんが母親の崔桂月さんと再会した際に同席していた人物が引率者の韓国赤十字社職員であるのに「この人物は金正日政治軍事大学の先輩で工作員」といい加減なことを言い、発言の信憑性が問われていたばかりでした。

 一昨年3月に筆者が主催する勉強会に招いた時、出席者から「11人の拉致被害者を北朝鮮で見たと言っているが、ならば、11人に関する情報がもっと出てもおかしくはない。ということは、以前から囁かれていることだが、直接見たのではなく、誰かから聞いた話を代弁しているのではないか?」と聞かれ時、「私が日本人だと確信している人、日本人に違いないと思っている人、さらには他の人が認めてくれた人も含めると、その数が11人に上るということだ。同僚や先輩らは今は、情報機関で月給を貰って、働いている公務員の立場にいることから表に出てこれない。全部ではないが、一部は代弁している」と正直に語っていました。

 ところが、その4か月後、国会に参考人に招致され、証言した際にはそのことには一言も触れず、すべて目撃していたと、それも奇怪なことに目撃者の数がさらに4人膨れ上がり「15人」となっていました。

 「あれも見た、これも見た」「あれも、これも知っている」と証言するため懐疑的に見られていたことを知っていた彼は「拉致に関する決定的な証拠をつかんでみせる」「拉致被害者を一人脱北させてみせる」と強気な発言をしていました。中国に頻繁に行くのもそのためだと思っていました。しかし、有罪で収監となれば、汚名返上はもう難しいでしょう。

2007年7月 5日

ヘギョンさんに横田滋さんのお見舞いを!

 拉致被害者家族会代表の横田滋さんが背中やお腹の痛みを訴え、先月26日から都内の病院に入院しています。実は、昨日(4日)は私の秘書(演劇役者)の舞台公演を観に来ることになっておりました。2年前に横浜での公演会場で鉢合わせして、初めて横田滋さんが私の秘書を応援していることを知りました。幸い、順調に回復しているとのことでなによりです。

 しかし、74歳という高齢に加え、2年前にも「血栓性血小板減少性紫斑病」という難病にかかり、長期間入院していたことを考えると、いつまで頑張れるか、気が気でなりません。代表を辞められるのも、体力的に限界を感じているからでしょう。おそらく気力だけで、持っているのかもしれません。それだけに早く拉致問題を解決しなければなりません。

 しかし、現状はどうかと言うと、残念ながら拉致問題は予想通り長期戦、持久戦となってしまいました。日朝両国とも解決に向けての突破口を見出せぬまま、相手の譲歩、屈服あるいはレジームチェンジ(政権交代)をひたすら待っているだけです。「制裁」と「非難」、「圧力」と「威嚇」という不毛の対立を繰り返すだけで、進展に向けて現実的、効果的な策を講じようとはしません。愚かなことです。

 例えば、一案ですが、入院中の滋さんを孫のヘギョンさんが見舞うことはできないものでしょうか。めぐみさんの問題がはっきりしない限り、ヘギョンさんに会いに北朝鮮に行くわけにはいかないにせよ、その逆は考えてもよいのではないかと思います。孫が祖父を見舞うのは至極当然のことです。滋さんも、ヘギョンさんに会いたがっているはずです。政府は、滋さんの心情を察して、北朝鮮に打診してみたらどうでしょうか。

 もちろん、横田夫妻が望んでいないならば、話は別です。また制裁をしている立場上、日本側から働きかけるわけにはいかないというならば、北朝鮮にゴーサインを出すよう仕向けたらどうでしょうか。「日本に送ったら、返さないのでは」との不信を抱く北朝鮮がヘギョンさんの訪日を認める可能性は極めて低いと思いますが、ゼロではないかもしれません。人道的な見地からヘギョンさんを訪日させれば、日本国民の憤りを少しは和らげることもできます。北朝鮮にとっても決して悪い話ではないはずです。参議院選挙で苦戦を強いられている安倍政権にとっても好都合でしょう。拉致問題の解決には日朝双方にとってプラスになる方式が不可欠です。

 但し、どこであってもヘギョンさんに会うこと自体が、めぐみさんを諦めることにつながりかねないとの憂慮があるならば、この話は成立しません。一部には「拉致問題の幕引きに利用されるだけ」との非建設的なバッシングが起きるかもしれませんが、日本政府が昨年、横田夫妻に中国以外の第三国での対面を秘かに打診していたからこそあえて進言するのです。このままでは病弱の滋さんが不憫でなりません。凍結した拉致問題を氷解させ、動かさなければなりません。

2007年7月 3日

参議院選前に拉致被害者帰国の「仰天情報」

 「参議院選挙一週間前に拉致被害者を乗せた万景峰号が日本に入港する案が日朝間で台頭している」とのソウル発の「びっくり仰天情報」が飛び込んできました。発信源は脱北者らが運営する韓国インターネット新聞「ザ・デイリーNK(ノースコリア)」で、「日本の外交消息筋」の話として伝えています。

 同紙は、「現在、日朝両国は拉致問題を解決すべきであるという点で意見の一致をみている」とし、「どのような方法で解決するかが首相官邸及び金正日委員長の関心事である」と伝え「万景峰号入港案もその論議の中で出てきた」と書いています。日本のメディアには全く伝えられていないことが書かれているから奇妙です。

 一言で言って、荒唐無稽と言わざるを得ません。「ネタ元」の「日本の外交消息筋」は架空で、おそらく記者の自作による作文でしょう。記事を書いた記者は、経済制裁が解かれない限り、万景峰号が入港できない事実さえわかっていません。

 第二に、二日前に出された北朝鮮外務省スポークスマンの声明を読めば一目瞭然です。朝鮮総連本部売却問題との関連で「朝鮮総連弾圧策動を決して傍観しない。当該部門で必要な措置を講じる」と日本政府を非難していましたが、安倍政権のことを「安倍一党」と称していました。「一党」という表現は日本的に言うと「一派」あるいは「一味」という意味です。この敵意丸出しの呼称からも北朝鮮にその気がないことは明白です。

 ロイター通信の6月28日付の記事が引用されているところをみると、おそらく便乗したのでしょう。ロイターは「金正日総書記が拉致問題で徹底的な調査を行なうよう指示した」と、「北朝鮮に近いある関係者」の話として伝えていました。

 北京発からして、この関係者は中国人とみられがちですが、おそらく26日まで北朝鮮を訪問していた欧州議会代表団のメンバーではないでしょうか。欧州議会訪朝団は韓国に出発する27日まで北京に滞在していました。

 調べてみると、欧州議会代表団と会談したのは外務省の人間で、一行は金正日総書記には会えませんでした。仮に本当に金総書記が再調査を命じたならば、それは米国の顔を立てたからではないでしょうか。是が非でも拉致問題の進展が欲しい日本はヒル次官補に北朝鮮への説得を依頼していました。ヒル次官補も日本に経済支援させるためにも再調査に応じるのが得策だと進言していました。

 案の定、麻生外相は早速、金総書記の徹底調査指示が事実であれば「拉致問題の進展」と評価する発言をしていました。もちろん、「行動を見てから(進展かどうかを)判断する」と、釘を刺していましたが、拉致問題で進展がなければ、核問題で米国と共同歩調が取れない安倍政権に「淡い期待」があっても不思議ではありません。

 北朝鮮が再調査に着手して、その結果が拉致被害者家族にとって「吉報」となれば良いのですが、おそらくこれまでと同じ「ゼロ回答」となる公算が強いです。むしろ日本への「最後通牒」となる可能性が高いです。今月は6か国協議と参議院選挙がありますので、拉致問題絡みで何か動きがあっても不思議ではありません。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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