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中山訪米は成果があったのか

 ちゃちを入れるつもりはさらさらありませんが、拉致問題担当の中山恭子首相補佐官の発言を額面どおり受け止めてもよいのでしょうか。5月31日にホワイトハウスで会談した米国家安全保障会議(NSC)のワイルダー上級部長が「拉致問題に関して米国の立場は日本と完全に一致している。一体となっている」と言ってくれたと、中山さんは語っていました。 

 「完全に一致、一体」ということは、拉致問題が解決しない限り北朝鮮に対するテロ支援国指定を解除しないようにとの日本の要望を受け入れたということなのでしょうか。それならばよろしいのですが、できることならば、中山さんからではなく、ワイルダー部長の口から直接聞きたいものです。

 ワシントン駐在特派員はワイルダー部長にインタビューを申請し、是非そのことを直接質すべきでしょう。それがメディアの役割だと思います。というのも、参院選挙の出馬説が取り沙汰されている人の発言だけに訪米成果がやや誇張されているのではとの疑念がつきまとうからです。

 考えてみれば、中山さんの訪米目的は、米国を説得し、北朝鮮をテロ支援国指定から解除しないとの確約を取り付けることにありました。ところが、ワイルダー部長は肝心の点については何の確約もしませんでした。

 中山さんは前日には米国務省でスティーブンス筆頭国務次官補代理と会談し、同じように「拉致問題が解決しない限り、指定リストから解除しないでほしい」と要請していましたが、これまた「解除しない」との言質を取ることができませんでした。 ということは、訪米は空振りに終わったということではないでしょうか。

 先月の訪中もそうでした。6か国協議の中国首席代表である武大衛外務次官と会談した後、中山補佐官は「中国の皆さんが拉致問題をしっかり受け止め、日本の現状に理解が深まったと感じている。今後、どんな形で(中国が日本に)協力できるか、話ができる環境ができた」と報告していましたが、実際は中国政府が、予想以上に拉致問題への関心が低いとの心証を得たため、再度の訪中も検討しているとのことです。本当に理解が深まったならば、何も再度足を運ぶ必要はありません。本当のところ、中国から「もう少し柔軟に対応しなさい」と逆に説得されたのではないでしょうか。

 中国は遺骨問題など北朝鮮の主張を鵜呑みにし、むしろ日本の譲歩による「政治決着」を促しています。その証拠に3月に訪中した丹羽雄哉自民党総務会長が載秉国外務次官に対して北朝鮮への働きかけを要請したところ「北朝鮮に直接言ったらどうか」と突き放され、逆に「交渉ごとは譲り合いも必要だ。譲るところは譲るべきだ」と説得されていました。実はこれが、中国が考えている拉致問題の解決方式です。

 中山補佐官は拉致問題の「進展」の定義について「日朝両国が拉致問題を解決するという共通の認識に立った上で一定のステップがあること」と説明し、米側から理解を得たと言っていますが、これまた本当でしょうか。一定のステップがなんなのかを明らかにしていません。これでは、米中両国とも理解のしようがありません。

 中山補佐官や麻生外相らは拉致問題で進展がなければ、北朝鮮が誠意を示さなければ追加制裁をやると、オウムのように何度も何度も北朝鮮に警告を発してきましたが、実行しません。「忍耐にも限界がある」(麻生外相)と言うならば、追加制裁を発動すればよいものの5月25日に首相官邸で開かれた政府の拉致問題対策本部関係省庁対策会議では「追加的措置は話題にはなったが、現在の状況を継続していくという結論になった」(中山補佐官)と、結局、追加制裁に踏み切りませんでした。もしかすると、踏み切れないのかもしれません。

 「圧力を加えないと、北朝鮮は対話に出てこない、誠意を示さない」という論法から経済制裁を発動したのに、今になって「日本としては制裁自体が目的ではない。対北朝鮮措置を着実に実行するとともに、建設的な対応を取るよう呼び掛けていく」(中山補佐官)というのでは理屈に合いません。

 結局は、追加制裁をやったらますます泥沼化し、こう着状態から完全に抜け出せなくなる恐れがあるから尻込みしているのでしょう。このままでは「追加制裁も辞さない」の日本の脅しは単なる「ハッタリ」に過ぎないと、北朝鮮からコケにされるだけです。

 中山補佐官よりも一週間前に訪米した自民党の町村前外相は5月24日、ワシントンで講演し「もし米国が十分な根拠のないまま、北朝鮮をテロ支援国家の指定から解除するようなことがあれば、日本の人々はアメリカに見捨てられたと感じるだろう」と米国を牽制していましたが、まるで「哀願」するようでみっともないです。結局のところ、拉致問題が完全に行き詰ってしまったことの「焦り」の表れなのかもしれません。

 「解決」から「進展」へ、「進展」から「一定のステップ」といくらハードルを下げたとしても、安倍政権下では拉致問題は動かないでしょう。というのも、北朝鮮は安倍政権のレジームチェンジをひたすら待っているからです。困ったものです。

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Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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