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2007年1月27日

八方ふさがりニッポン!6カ国協議の行方!!

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1月26日付コリア・レポート「急転直下の米朝妥協で日本は?」を、映像版で配信します!

早ければ2月上旬にも再開される6カ国協議。

最近のニュースでは、 アメリカと北朝鮮に"一定の合意"があったと報道されています。

ニッポンは孤立するのか?

山崎訪朝の真相は?

辺真一氏が日本外交の正念場を語ります!

(文責・編集:《ざ・こもんず》運営事務局)

2007年1月26日

急転直下の米朝妥協で日本は?

 米朝が核合意を目指して動き出しました。金融制裁問題では「金融制裁と6か国協議は別問題」「違法行為を中止するまで金融制裁を解除しない」との強硬策を貫き、核問題では「悪行には報酬を与えるつもりはない」「検証可能で可逆的な方法で核放棄しない限り、見返りは与えない」」と言明していたブッシュ大統領は「公約」をあっさりと撤回してしまいました。核施設の凍結とIAEAの査察受け入れを条件に金融制裁の一部解除とエネルギー、食糧支援を北朝鮮に約束するようです。ブッシュ大統領は北朝鮮がジュネーブ合意に反して濃縮ウラン核開発を秘かに進めていたことに激怒し、2002年12月重油と食糧を止めましたが、結局は現状復帰ということになります。換言すれば、ブッシュ政権もクリントン前政権と同じ道を歩み始めたということです。
 一方の北朝鮮も「制裁の帽子を被せられたままでは6か国協議には出られない」とか「核問題を話し合うには金融制裁の解除が先決」と強気一辺倒でしたが、これまた手のひらを返してしまいました。金桂寛外務次官は「なにごとも変化するもの」と「その理由」を語っていましたが、その通りで、結局、外交交渉というのは「妥協」がつきものだということです。ブッシュ大統領は23日の一般教書演説で北朝鮮の核問題ではたった一言、「6か国協議の場で解決する」と「決意表明」をしていましたが、ブッシュ大統領がその気ならば、金正日総書記にとっても異論のないところで、とんとん拍子に進めば、近い将来ブッシュ・金正日トップ会談もあり得るかもしれません。

 米国が核施設凍結という初期の段階で経済援助を約束すれば、拉致問題で経済制裁を科している日本の立場は微妙になります。安倍総理は、先の欧州歴訪で国連による経済制裁の履行を強く訴え、協力を求めたばかりです。肝心の米国が「核」と引き換えに経済制裁を解いてしまえば、国連も右並えし、制裁を緩めるかもしれません。日本を除く他の4か国が経済援助に同意した場合、拉致問題を理由に日本だけが「ノー」と突っぱねれば、日本だけが浮いてしまう恐れもあります。圧力から対話にシフトしたブッシュ政権と、対話から圧力に急旋回した安倍政権とのギャップを今後どう埋めていくのでしょうか。
 6か国協議から疎外されないよう日本の首席代表の佐々江外務省アジア太平洋州局長が急遽訪中しましたが、米国が本当に心変わりしてしまったら日本にとって最も重要な拉致問題を今後、6か国協議の場で解決する術はありません。また、来月に再開される6か国協議で北朝鮮から再び袖にされた場合、日本は体面を失うどころか、存在感を問われかねません。当面、6か国協議枠内での日朝作業部会の設置を働きかけることと思われますが、日朝間ではすでに核と拉致と国交正常化に関する協議を同時に行う日朝並行協議で合意し、すでに昨年2月に第1回並行協議が開かれています。仮に北朝鮮から日朝作業部会を設置する必要性はないと拒絶された場合、どうにもなりません。対話の糸口を見出すため訪朝した山崎拓氏に「余計なことをするな」と不快感を表した安倍総理でしたが、年頭記者会見で決意表明した「機会を得て、対話によって解決しなければならない」拉致問題を一体、どうやって解決するのでしょうか。安倍総理にとっても正念場です。

2007年1月15日

山崎訪朝の結果は

 山崎拓議員が4泊5日の訪朝を終え、13日の土曜日に帰国しました。平壌滞在中に宋日昊(ソン・イルホ)国交交渉担当大使と延べ5回、計15時間にわたって会談した結果が、「日朝平壌宣言は今なお有効であることを確認した」だけならば話になりません。平壌宣言については日朝双方とも無効だとは一言も言ってないし、6か国共同声明の中にも「日朝は平壌宣言に従って」という文言が盛り込まれているわけですからそれを確認するためわざわざ平壌に行く必要はないわけです。今回の訪朝目的だった核放棄の説得にも失敗し、ミサイルや拉致問題でも何の進展も得られず、肝心の日朝交渉再開の同意も取り付けられなかったばかりか、注目された小泉前総理の再訪朝については「話をしなかった」というならば、「何のために行ったのか」との批判が出るのは当然です。しかし、すべては予想された通りです。党3役でもなければ、閣僚でもない、まして政府特使でもない一介の政治家に多くを望むのは所詮無理な話です。
 山崎氏は宋大使以外にも複数の政府要人や労働党幹部と会ったが、先方の強い希望で名前を公表できないと帰国後語っていました。山崎氏とコンタクトを取っている平沢勝栄議員によると、宋大使よりもランク上の人物とのことのようですが、ランク上ならばあえて秘密に伏せる必要はなく、むしろ成果を強調したいならば、実名を公表してもよさそうなものです。そもそも、訪朝前から宋大使よりも格上の姜錫柱(カン・ソクチュ)外務第一次官(党序列41位)か、金養健(キム・ヤングォン)国防委員会参事(序列38位)らに会わなければ平壌に行く意味はないと言われていただけに公表しないのは不自然極まりありません。  

 山崎氏は今回の受け入れ窓口が外交部であると明らかにしています。訪朝者は儀礼上、帰国までに必ず招待先のトップを表敬訪問します。当然、外相への表敬訪問があってしかるべきです。しかし、外相のポストは白南淳外相が死去したため空席のままです。となると、No.2の姜錫柱外務第一次官が相手ということになります。また、核問題など安全保障を話すならば相手は党国際部出身の金養健国防委員会参事が相応しいです。まして、旧知の間柄である金参事については訪朝前から面談を希望していただけになおさらのことです。北朝鮮のパートナーが「Mr.X」ならば話は別ですが、宋大使以外に会った「複数の政府要人及び党幹部」全員が「匿名にしてくれ」というのはどう考えても理解に苦しみます。うがった見方をすれば、「会った面々が宋大使よりランク下だったので公表できなかった」と勘ぐられても仕方がありません。まあ、誰と会ったのかはいずれわかります。
 あえて好意的に解釈すれば、小泉前総理の3度目の訪朝など「双方の懸案事項」について相当突っ込んだ話をしたのではないかと思われます。もしかすると、山崎さんは小泉さんの金総書記宛の親書を持参した可能性も考えられます。当の小泉さんはよほどのことがない限り、即ち環境と条件が整わない限り、北朝鮮を訪問することはないと思われます。環境とは、6か国協議で核問題が進展し、米朝関係が好転すること、条件とは拉致問題で北朝鮮が何らかの誠意を示すこと、この二つです。一方の北朝鮮側は、小泉さんにカーター前大統領のような役割を期待しているようです。クリントン政権下の1994年、核危機を回避するため事実上の大統領特使として訪朝し、金日成主席と談判し、その結果をクリントン大統領に伝え、ジュネーブ合意をまとめたカーター氏のような役割を安倍政権下で果たすよう秘かに期待しているようです。従って、今回の山崎訪朝は、年内に小泉総理の3度目の訪朝があるのかどうかで、その評価が決まると思われます。

2007年1月 9日

「山拓訪朝」に成果はあるか

 山崎拓議員が今日にも北朝鮮を訪問します。どうやら、今回は、米保守系メディア社長のC氏のルートのようです。訪朝目的について「核放棄を説得するため」とのことですが、それだけならば、北朝鮮が受け入れるはずはありません。一銭の得にもならないからです。北朝鮮が受け入れる理由のひとつは、この機会に言いたいことを言うつもりのようです。北朝鮮は拉致問題で日本の外務省は本当のことを日本国民に伝えていないと不満を持っていました。外務省への不信は半端ではありません。もうひとつは、山崎氏の盟友・小泉前総理の3度目の訪朝に期待を寄せているからです。山崎氏が再三にわたって小泉前総理に平壌訪問を促していたのは周知の事実です。山崎訪朝はその「前座」と捉えているのでしょう。「政治利用の相手」は山崎氏ではなく、安倍総理の後見人である小泉前総理です。小泉さんを通じて安倍総理を動かす、これが、北朝鮮側の狙いです。「小泉訪朝」という点で両者の思惑は一致したようですが、肝心の小泉さんは、その気がなさそうです。
 山崎訪朝については「二元外交は許されない」との批判的な声も上がっていますが、肝心要の外務省による外交交渉は、昨年2月以来、途絶えたままで、「二元外交」がどうのこうのどころの話ではありません。安倍総理は年頭記者会見で圧力、即ち、制裁の効果については「出てきていると感じている」と自慰的な発言をしていますが、制裁の効果とは、北朝鮮が交渉の場に出てきて、拉致問題で誠意を示してはじめて「効果があった」と言えるのです。換言すれば、北朝鮮が生存者の存在を、特定失踪者の存在を認め、日本に返してこそ「効果があった」と評価できるのです。北朝鮮経済に打撃を与えるのが制裁の本来の目的ではないからです。「制裁すれば、日本の思いとおり行くわけではない」と小泉さんが言っている通り、制裁一辺倒では拉致問題は解決できません。

 安倍総理もまた「かけるべき圧力をかけながら、しかし、機会を得て対話によって解決していかなければならない」と、対話の必要性は認めています。ところが、残念ながら対話の機会が得られないのが現状です。先の6か国協議で北朝鮮側の「無反応」ぶりからしても明らかです。現状ではいつまで待っても対話はできません。制裁法案を立案した政治家の中からは最近「長期戦になる」との無責任な言葉が聞かれ始めましたが、とんでもないことです。拉致被害者らの両親が高齢、病弱であることを考えれば、長期戦や持久戦を強いるのはあまりにも酷です。拉致問題は早期解決、短期決着すべき問題です。
 山崎氏に拉致問題で成果を期待するのは所詮無理な話です。北朝鮮が政府特使でもなければ、安倍総理に影響力があるとは思えない一介の議員に「土産」をもたすはずはありません。とはいえ、あえて「火中の栗を拾いに来る」山崎氏の顔を立てる必要性は感じているはずです。まして、小泉総理の訪朝を画策しているならなおさらのことです。山崎訪朝の成果を占うには、第一に、金正日総書記の側近である姜錫柱外務第一次官が出てくるのか、また、前回と異なり、今度の6か国協議の場では愛想よく交渉に応じてくるのかをみればわかります。山崎訪朝が小泉総理の2度目の訪朝に繋がった3年前の再現となるのか、それとも、「ピエロ」で終わるのか、これは言わば山崎氏の「賭け」です。

2007年1月 6日

再度の核実験はあるか

 北朝鮮が再度核実験を行うのではとの情報が駆け巡っています。情報の出所が昨年の核実験の動きをスクープした米ABC放送だけに無視できないのは当然かもしれません。根拠の一つとして、前回同様に実験場付近での人と車両の出入りが活発化していることを挙げていますが、北朝鮮は再実験をやらないとの約束もしてなければ、核実験場を閉鎖したわけでもないのでこうした動きがあったとしても驚くことではありません。衛星で撮られているのを承知のうえで行動しているわけですから、再実験の準備をしているのは十分に考えられます。但し、仮に再実験の準備に入ったとしても、実際に決行するかどうかは別の次元の話です。
 一番の問題は動機です。再実験を正当化するための口実がなければできません。その動機、口実とはずばり、米国が制裁を解かず、さらに強化した場合に限ります。金正日総書記が昨年訪朝した中国の唐家セン国務委員に対して米国が制裁を解除しなければ、再実験もあり得ることを示唆していました。また、金英春人民軍総参謀長が金正日最高司令官15周年記念祝賀大会で「米国が制裁と圧力を強めるならば、より強力な対応措置を断固として取る」と演説していました。従って、米国による金融制裁が解かれず、国連による経済制裁が強まった場合は必ず強行するでしょう。何度も強調してきましたが、北朝鮮が核に関しては「有言実行」の国であることを忘れてはなりません。

 但し、金融制裁に関する第2回米朝協議を前に断行する可能性は極めて少ないと思います。もちろん「協議を前に米国に圧力を加えるため」、「核の値をさらに吊り上げるため」という考えに立てばあり得ない話ではありません。また、「前回失敗したため」あるいは「イランの人工衛星打ち上げにタイミングを合わせて」との見方もできます。しかし、米国が金融制裁を強めているわけでも、また、国連の経済制裁も強まっているわけでもありません。まして、北京での米朝金融制裁協議で次回協議の1月再開に同意しているわけですから、協議再開を待たずに実験をすれば「大義名分」を失います。「米国が金融制裁を解かないから」と、米国に責任を転嫁することができません。国連の制裁もグレードアップされ、強化どころか、軍事制裁を可能とする第7章42条が今度こそ適応されるかもしれません。北朝鮮は今年の目標として人民生活の向上、経済復興をスローガンに掲げています。元旦の3社共同社説の4分の1は、経済に重点を置いていました。米国の金融制裁、国連の経済制裁下での経済再建は「絵に描いた餅」です。
 北朝鮮が「これからは経済だ」と言っているところを見ると、北朝鮮なりの計算があるようです。換言すれば、米国との交渉を楽観視しているのかもしれません。しかし、それが「誤算」だったことがわかれば、つまり、次回の協議で米国が金融制裁を解除しなければ、6か国協議をボイコットして、核実験というオプションを選択するでしょう。当面、北朝鮮のタイムリミットは4月までです。15日は金日成主席生誕95周年、25日は朝鮮人民軍創建75周年の日です。それまでに米国から「回答」を引き出す考えのようです。吉と出るか、凶と出るか、今年は北朝鮮にとっては「正念場の年」です。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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