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2006年11月29日

6か国協議の前哨戦

 核実験を強行した北朝鮮に対する国連の制裁決議が採択されたものの国連加盟国の動きが鈍いです。制裁決議では、北朝鮮向け及び同国からの貨物検査を含む協調行動を必要に応じて取ることを全加盟国に要求したものの、実際に行動した国はインドや香港など数カ国しかありません。公海上で貨物検査された北朝鮮船舶はまだ1隻もありません。イランなど反米国家に至っては決議には従わないとまで宣言しています。核実験直後から制裁決議にいたるまでは臨検やらPSI(大量破壊兵器拡散防止構想)の実施やら、さらには海上封鎖まで声高に叫ばれましたが、現状では掛け声倒れに終わった感は否めません。また、制裁決議には「大量破壊兵器関連の計画にかかわる政策に、人物や支持または宣伝を含め、責任があると認定した人物の入国や通過を阻止するのに必要な措置を講じる」と定められているのに制裁委員会は、制裁対象者名簿を今もって作成、発表しておりません。

 制裁の動きがややトーンダウンしたのは制裁委員会だけではありません。米国もおかしなことに10月末までに国連の経済制裁とは関係なく独自の追加制裁を発表すると公言していたのに今もって発表がありません。独自の追加制裁とは、クリントン政権時代の1995年と2000年に解除された経済制裁の復活を指します。ブッシュ政権が追加制裁を遅らせているのも、また国連制裁委員会の動きにブレーキがかかったのも、やはり6か国協議が再開されたことと無縁ではなさそうです。しかし、先の米中間選挙で共和党が敗北したことで北朝鮮が強気に転じるのは必至で、北朝鮮に核を放棄させるのは容易なことではありません。北朝鮮が金融制裁の解除と国連制裁の解除、さらには核保有国として認めるよう要求をさらにエスカレートするのは確実です。その理由は、第一に、ブッシュ政権が譲歩しなければ、6か国協議を停滞させればいいからです。ブッシュ大統領は米朝直接対話を求める民主党の批判に対して「6か国協議こそが最善」と反論しております。6か国協議が膠着状態に陥って困るのはブッシュ政権というのが北朝鮮側の論理です。第二に、ブッシュ政権があくまで北朝鮮の要求を呑まなければ、ブッシュ大統領が交替する2年後の米大統領選挙まで待てば良いと考えているからです。第三に、任期中に外交成果を挙げるためブッシュ大統領もクリントン前大統領と同じように任期最後の年の2008年までには必ず譲歩してくると読んでいるからです。
 その6か国協議ですが、11月28日から米朝中の首席代者間で開催日や協議に向けての手続きなど詰めの話し合いが行われています。12月中旬まで開催されるのは確実のようですが、仮に本交渉への入り口の段階で金融制裁と国連制裁問題、そして核保有の認知問題という三つのハードルをクリアしたとしても、核問題解決への出口までに軽水炉問題や濃縮ウラン問題、そして肝心の「放棄が先か、見返りが先か」の問題などさらに三つの難関を乗り越えなくてはならないだけに「マラソン交渉」になる公算が大です。天下分け目の第6回目の6か国協議が米朝合意をもたらすのか、それとも一旦止まった「ブッシュ・金正日チキンレース」を再開させる結果となるのか、朝鮮半島今年最大の焦点となるでしょう。

2006年11月11日

松本京子拉致関連証言

 6か国協議再開を前に「拉致問題を忘れてもらっては困る」とばかり、曽我ひとみさん親子の拉致実行犯の特定、指名手配に続いて、1977年(昭和52年)に鳥取県米子市で失踪した松本京子さん(当時29歳)を政府は近々、拉致被害者として認定する方針です。正式に被害者認定されれば、昨年4月に認定された田中実さん(当時28歳)に次ぎ17人目となります。政府が認定に傾いたのは、これまで行方がわからなかった親族から新たな核心に迫る証言を得られたこと、松本さんの失踪直前に現場付近の海上で北朝鮮工作船とみられる不審船が確認されていたこと、そして、脱北者による北朝鮮での目撃証言が決めてとなったようです。この脱北者の証言とは、実は、筆者が今から3年前にインタビューした元朝鮮人民軍偵察局大尉、金国石(キム・グッソク)氏を指します。彼とは現在でもコンタクトを取っていますが、当時の彼の証言を一部再現しますので、関心のある方は参考にしてください。

 「1994年11月から1977年5月までの間、清津労働党連絡所で4度見た。対日を担当している連絡所は清津連絡所一つしかない。当時、私は、国家安全保衛部指導員というポストにあった。対南連絡所には知り合いがいたのでよく出入りしていた。彼女は少し明朗の性格のようだった。話をする時も笑いながら話していた。友人に、『彼女はここで何をしているのか』と聞いたら、日本語を教えたり、日本からの資料を翻訳したり、日本のラジオやテレビを傍聴したりしているとの返事だった。結婚していたかどうかわからない。但し、私は見たことはないが、この連絡所には日本人男性が一人いたようだ。実は、私は彼女と言葉を交わしたことが一度ある。96年5月頃だったと記憶しているが、連絡所の中庭に日本から運ばれた中古車数十台があった。知人の貿易会社社長から頼まれ、日産ブルーバードを探していたところ、彼女が、その車をじっと見ていた。座席に座ったりして、いろいろと説明していた」
 「そのうち、トランクを開け、中からゲーム機のようなものを取り出した。彼女は、連絡所の参謀長に『これ貰って良いですか?』と聞いていた。私が彼女に、『この車を見るのは初めて?』と聞くと、『初めて見たわけではないが、以前よりも随分良くなった』と、答えていた。私が、『こんな車は前から随分入っているよ。市内にも多いし』、と言うと、彼女はそのことを知らなかったようだ。ということは、市内に出ていないということだ。私がなぜ、キョウコという名を記憶しているかと言うと、参謀長が『キョウコさん、ドライブしない?』と言ったら、彼女が笑いながら、彼の肩を叩いていたのをよく覚えているからだ。私はそれまで、マサコとか、ミチコという名前は知っていたが、キョウコという名前はその時、初めて耳にしたからだ。彼女は40代前半に見えた。北朝鮮では40代で赤い色の服を着ているのは珍しい。ヘアスタイルも北朝鮮の女性と違い精錬されていた」
 金国石氏は松本さんのほかにも1968年に北海道で失踪した斉藤裕(当時18歳)や1979年と1981年に相次いで死亡したと北朝鮮が発表した市川修一・増元るみ子さん(1978年拉致)らを「マドンヒ大学」と呼ばれている朝鮮人民軍偵察大学で1990年から92年にかけて目撃しています。市川さんについては、目撃どころか、日本語の授業を直接受けたと証言していました。筆者は、当時、彼の証言を確かめるべく、日本語のテストを試みましたが、最小限度の日本語を知っていました。また、日本語教官だった市川さんが運動会の時に夫人の増元さんを連れてきた話、その際にコカコーラを1本渡した話などこと細かく話していました。松本京子さんとの関連で「金国石証言」が立証されるということは、他の3人に関する証言の信憑性も極めて高いということです。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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