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2006年10月31日

ボールは北朝鮮に

 ブッシュ大統領も強気です。北の核実験はブッシュ政権に逆風どころかむしろ追い風になっているからでしょうか。核実験後に行われたある世論調査では北朝鮮の核実験後の支持率は僅かながら上昇したようです。安倍政権も補欠選挙を二つとも取りましたが、北朝鮮が挑発すればするほど、「なめられるな」「脅しに屈するな」との世論が高まり、支持を高めているのが実情です。北朝鮮は日米から譲歩を引き出すための脅し、あるいは圧力としてミサイル実験や核実験を強行しているようですが、今のところはすべて裏目に出ているようです。
 北朝鮮は中国を介して、「圧力を加えるなら、2度目の核実験も辞さない」と、米国を牽制していましたが、ブッシュ政権には全く効き目がないようです。逆に、米国は北朝鮮が6か国協議に戻ったとしても、核兵器を破棄しない限り、国連の制裁を解除しないとさらにハードルを上げてしまいました。ある意味では、全面降伏しないかぎり6か国協議に戻れないよう外堀を埋めてしまいました。さらに、北朝鮮によるドルの偽造を「国家ぐるみの犯罪」と断定する一方で、国連の経済制裁とは別に近々、新たな追加制裁を発表することにしています。禁輸制裁解除どころか、さらなる制裁を加えるわけですから、北朝鮮封じ込み政策に相当な自信を持っているのでしょう。

 特に、偽ドル問題を「国家犯罪」と決め付けたことは重大な意味を持ちます。国家犯罪となると、国家の最高責任者の責任を問うことができるからです。拉致問題も、「国家犯罪」でありますが、日本政府は日朝首脳会談での金総書記の「特殊機関の一部の犯罪」即ち、個人の犯罪によるものであることを事実上受入れてしまい、最高指導者としての金総書記の責任まで追及しませんでした。しかし、米国は、かつてパナマのノリエガ将軍を逮捕し、刑事起訴したように今後、金総書記を国際司法裁判所に提訴することも考えています。実際に、米議会調査局は今年3月22日に発表した「北朝鮮偽ドル報告書」の中で「ノリエガ式刑事起訴を検討すべきである」と、米政府に提言しています。
 また、国連の制裁決議の中に核やミサイルなど大量殺傷兵器の開発に関わった人物の国連加盟国への入国を禁止する措置が盛り込まれていましたが、仮に国連のイラク制裁の際にサダム・フセイン大統領がリストアップされたように金総書記がブラックリストに含まれれば、これまでのように中国にもロシアにも行けなくなります。国連をバックにしたブッシュ大統領が俄然有利となりましたが、袋小路の金総書記が逆襲をするのか、それともギブアップするのか、核実験場として取り沙汰されている豊渓里での動きが気になります。また、10月下旬に地対空、空対空ミサイルの実射実験を行ったとの報道も不気味です。米国の奇襲攻撃に備えた防空訓練を行ったということは、二度目の核実験の布石とも言えなくもありません。11月中には何か重大な動きがあるかもしれません。

2006年10月24日

ブッシュVS金正日

 北朝鮮の再度の核実験有無に関する「金正日発言」が注目を浴びています。当初は「2度目の核実験の計画はない」と言ったと伝えられていましたが、実際には「米国が金融制裁を解除すれば」「米国が我々に圧力を加えないならば」との前提条件付でした。裏を返せば、米国が禁輸制裁を解除しないので実験を続けるということになります。言わば、北朝鮮は2度目の実験の大義名分を得ようとしています。その通りならば、中国の説得は失敗に終わったことになります。それでも、中国が「幸いにも(訪朝は)無駄ではなかった」(唐特使)と手前勝手な評価をしたのは、カウントダウンに入っていた2度目の核実験をとりあえずストップさせたからではないでしょうか。北朝鮮とすれば説得のため平壌詣でした中国側の顔を立て、実験を猶予したまでのことで、中国が「核実験猶予」を手土産に米国説得に失敗すれば、金総書記は再び核実験のボタンに手を掛けることになるでしょう。
 国際社会は中国による北朝鮮説得に相当期待を寄せていたようですが、北朝鮮は鼻から中国の説得に聞く耳を持っていませんでした。そのことは、唐一行が帰国した直後の21日と22日の労働新聞の記事からも明らかです。21日の「先軍は自主政治実現の生命線」という論評に「大国の顔をうかがったり、大国の圧力や干渉を受け入れるのは時代主義の表れである。時代主義は支配主義の案内人で、その棲息の土壌となる」「干渉を受け入れ、他人の指揮棒によって動けば、自主権を持った国とは言えない。真の独立国家とは言えない」こと等が言及されていました。明らかにこれは、中国を指しています。

 また22日付の「帝国主義に対する譲歩と屈服は死である」との論評では「帝国主義に対しては僅かな幻想も抱いてはならない」「帝国主義者に対する幻想は妥協と譲歩が前提となる」「帝国主義への譲歩と屈服は意気地のなさ、卑劣そのものである」と記していますが、これまた、米国を指していることは言うまでもありません。労働新聞には「朝米対決戦」という表現が使われていましたが、どうやら北朝鮮は米国とのチキンレースから下りる考えはないようです。さりとて、米国も同じです。北朝鮮が6か国協議復帰の条件としている金融制裁の解除に応じる気はさらさらないようです。むしろ、国連の錦の旗を掲げ一気呵成に北朝鮮を封じ込める作戦です。国連の制裁決議によってPSIが正当化された以上、中国や韓国の協力がなくても、有志連合による封じ込めは可能となります。
 現在、国連制裁委員会で規制及び検査対象リストを作成中ですが、後10日ぐらいでできあがる見込みです。早ければ来月初旬から海上での貨物検査が実施されることになります。国連の制裁決議が実行に移されれば、北朝鮮は休戦協定の破棄、国連脱退、核実験、ミサイル発射実験の4枚のカードを次々と切り、緊張をエスカレートさせることでしょう。ブッシュ大統領と金正日総書記の面子がかかったこの米朝チキンレースを中国でさえ止めることができないとなると、本当に衝突する危険性をはらんでいます。北朝鮮としては①降伏して6か国協議に無条件出るか、②経済制裁という名の兵糧攻めに耐え抜くか、それとも③乾坤一擲打って出るかの三択しかありません。一方の米国も軍事攻撃ができない以上、①北朝鮮の6か国協議復帰を条件に金融制裁を解除する案を呑むか、②兵糧攻めにして屈服させるかの二択しかありません。42年前のキューバ危機(「ケネディVSフルシチョフ」)の再来とも言える「ブッシュVS金正日」のチキンレースはいよいよ「冬の陣」に入ります。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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