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2006年3月28日

日朝協議と偽ビラ

 核問題の6か国協議も、拉致問題の日朝協議も完全にストップしました。米国は北朝鮮が再開拒否の理由にしている米国の金融制裁について「6か国協議の枠の中で協議しよう」と新たな提案をしていますが、北朝鮮は「金融制裁の解除が先だ」として、米国の提案に応じていません。一方、日朝協議については最近になって日本側が北京の大使館ルートを通じて再開を打診していますが、これまた北朝鮮が難色を示しています。北朝鮮が拒んでいる理由は、北朝鮮が生存を否定している安否不明者について 日本側が「生存者」という言葉を使うのを黙認してもらいたい、安否不明者及び特定失踪者に関して「再調査を行う」と一言発してもらいたいとの要請があったからだとも言われています。拉致被害者の家族や国民世論の手前、何もなしでは交渉したくても交渉できないというのが外務省の言い分のようです。北朝鮮側は二つの要求とも拒否したようですが、当時、日本側が問い合わせた特定失踪者について「資料を提供すれば検討してもよい」と報道されたことについては「日本側が協議の場で34人の名前を書いた紙切れを出してきたので『外交交渉の場で人物照会を求めるならばはっきりとした履歴書を出すべきだ。そうすれば、調査することはやぶさかではない』」と答えたまでのことのようです。ところが、外務省はまだ資料を提出しておりません。公開した場合のリスク、例えば、特定失踪者の身の安全の問題とか、あるいはどこかで生存、あるいは死亡していた場合のリスクとか、様々な理由があって慎重を期しているようです。日朝協議再開のボールは北朝鮮のコートにあると思っていましたが、どうやら、日本のコートにもなく、ネットに挟まったままです。さて、どちらが拾いに行くやら、注目されます。

 「金日成は金正日が暗殺した」とか「金正日の女たち」とか「朝鮮戦争は誰が引き起こしたのか」とのビラ3千枚がソウル麻浦区の市民公園一帯で発見されるという「事件」が起きました。警察は当初、ビラの紙質や北朝鮮式用語や活字体で書かれていることや作成者が「自由朝鮮連合」という団体になっていることから北朝鮮内部の反体制勢力による可能性も視野に入れて調査しましたが、なんと、韓国内にある「北朝鮮民主化運動本部」が飛ばしたものであることが判明しました。38度線付近から北朝鮮に向け、1個に付き3千枚のビラを積んだアドバルーン5個を飛ばしたところ、そのうちの一つが逆風で韓国に流れてしまったようです。「金日成は金正日が暗殺した」とのビラには「1994年7月8日、健康だった父なる首領様がなぜ急死したのか?(中略)金正日による首領様除去は李乙雪護衛司令官の証言によって立証された」との「作文」が書かれていました。今回の一件で明らかになったことですが、脱北者が中心のこの組織は2003年7月以降、これまでに40回にわたって、延べ100万枚のビラを風船やアドバルーンを使って北朝鮮国内にばら蒔いていました。その中には当然、「北朝鮮の反体制組織によるもの」と、日本のメディアで報道されたものもあります。かつて北朝鮮が得意としていた「風船によるビラ攻撃」を今度は韓国から仕掛けるとは、所詮、同じ民族であるが故の発想かもしれません。北朝鮮による「偽札」と同様に韓国からの「偽ビラ」や「偽ビデオ」も要注意です。

2006年3月15日

DNA鑑定が遅れている謎

 横田めぐみさんの夫とされる「キム・チョルジュン」なる人物が韓国から1977-78年に拉致された5人の韓国人男性のうち一人かどうか、日本政府のDNA鑑定結果が注目されているところですが、結果発表までに時間がかかっています。日本政府による韓国人拉致被害者家族へのDNA採取(体細胞や血液など)は2月16日までには終えていたことから当初は、遅くとも3月8日前後には判明するのではと伝えられていました。韓国人拉致被害者家族の会の崔成龍代表によると、「DNA鑑定結果が判明するのになお時間を要する」との連絡が日本政府からあったそうです。それにしても、おかしいです。確か、めぐみさんの娘であるヘギョンちゃんのDNA鑑定にはそれほど時間がかからなかったはずです。また、「めぐみさんのもの」とされたあの「遺骨」の困難なDNA鑑定も鑑定開始から19日後には結果が発表されていました。このように考えると、すでに1ヶ月も経つのにあまりにも時間がかかりすぎです。本当に鑑定に時間がかかっているのか、発表のタイミングを考えているのか、それとも、北朝鮮との交渉カードに使おうとしているのか、あるいは夫が韓国人拉致被害者の場合の対応、対策を検討しているのか、いろいろな理由が考えられます。

 前回も触れましたが、仮に韓国人拉致被害者ということが判明した場合、めぐみさんの安否に関して日本政府は間違いなく新たな対応を余儀なくされます。「夫とされるキム・チョルジュンがDNA鑑定を拒んだのは、本当の夫でないから」「遺骨が偽物なのは、そもそも夫が偽者だから」との説に基づく「めぐみさん生存説」の一端が崩れるからです。そう考えると、「遺骨」を「偽物」と発表した日本政府の立場からすれば、「キム・チョルジュン」なる人物が韓国人拉致被害者という結果は複雑でしょう。とは言うものの、DNA鑑定をした以上、その結果を発表しないわけにもいかず、対応に苦慮しているのではと、邪推せざるを得ません。一方、この問題について、北朝鮮側はすでに予防線を引き、「仮に、韓国人だとしても、それは南北間の問題だ。要は、キム・チョルジュンが本当の夫であることを日本当局が認めればいいことだ」と言っています。北朝鮮がこれまで韓国人拉致を認めていない以上「『韓国人』との日本の鑑定結果は捏造」というのが関の山だと思いますが、日本の鑑定結果次第では、「キム・チョルジュン」なる人物を表に出してくるかもしれません。

2006年3月13日

北朝鮮ミサイル報道の虚実

 北朝鮮が3月8日に発射した短距離ミサイルに関するマスコミの第一報を読む限り、何発発射されたのか、どこから発射されたのか、どこに着弾したのか、ミサイルの種類は何か、発射実験は成功したのかどうか、何一つわかりません。「ミサイルを1発発射した」というメディアもあれば、「2発発射した」というのもありました。ファロン米太平洋軍司令官によると、3発の実験でした。また、ミサイルの種類については読売新聞が「防衛庁筋」の話として「地対艦ミサイルの可能性が高い」と報じたかと思えば、毎日新聞は「政府関係者」の話として「地対地ミサイルを発射した」と伝えました。そうかと思えば、共同通信は「北朝鮮に詳しい複数の情報筋」の話として「地対空ミサイル2発が発射された」と北京から打電しました。韓国では昨年5月に発射実験を行った新型ミサイル「KN−2」と「類似したミサイル」であると発表しています。このミサイルはソ連製の「SS−21」地対地ミサイルを改良したもので、射程距離は100から〜120kmと推定されています。「類似したミサイル」という意外はわかっていません。日本のメディアの中には「発射から5km飛行後に北朝鮮領土に落ちた」と前回の時と同様に「失敗説」を伝えたところもありました。おそらく二度発射されたことから「最初は失敗に終わったのでは」との単純な推理に基づいたのでしょう。

 しかし、その後、ベル在韓米軍司令官やファロン米太平洋司令官らの米議会での一連の証言で実験は失敗どころから、固形(固体)燃料ミサイルで、これまで生産してきた形式に比べてはるかに高性能のものである(ベル司令官)ことが判明しました。日本の専門家の間では「北朝鮮のレベルでは固体燃料はまだ無理」というのが一般常識でした。固体燃料ならば、ミサイルの移動は容易で、発射時間も大幅に短縮されるため日本の国会で議論されている北朝鮮ミサイル基地への先制攻撃は実質的に困難となります。さらに、ベル司令官は3月9日の米下院軍事委員会で「北朝鮮は大陸間弾道ミサイル『テポドン3』の開発を継続している」と証言していました。「テポドン3」は3段式で射程距離は1万2千kmと推定されています。これが事実ならば、米本土が射程圏内に入ります。日本の軍事専門家の間では「3段式はまだまだ」とみられていただけに一連の米制服組らの発言にはさぞかし驚かされたことでしょう。それでも、日本の「楽観論者」の中には「長距離ミサイルを持ったとしても、また仮に核を何発持ったとしても、ミサイルの弾頭に搭載できるほどの技術はまだまだ」と「自慰」しています。ミサイルの弾頭に装着するには核爆弾を最低でも1000kg以下に小型化しなくてはならないからです。ところが、米DIAのジャコビー局長は昨年米議会で「北朝鮮のミサイルは核弾頭を搭載できる」と証言していました。日本よりも、米国のほうがはるかに北朝鮮の大量殺傷兵器については深刻に捉え、また正確に分析していました。

 実は、北朝鮮は1998年の段階ですでに固形燃料の実験と3段式ミサイル実験を同時に行っていました。あの三陸沖に飛来してきた「テポドン1号」は3段式で、3段目には固形燃料が使われていたのです。そのことは、筆者が昨年翻訳した「北朝鮮が核を発射する日」(PHP研究所)の中に書かれています。北朝鮮の核交渉に関わったイ・ヨンジュン韓国KEDO政策部長が本の中で暴露したのです。マコーマック米国務省報道官は8日の記者会見で北朝鮮に対し、ミサイル実験の一時停止措置を継続するように求めていました。その一方で、北朝鮮のミサイルを無力化するミサイル防御体制(MD計画)を急いでいます。北朝鮮がミサイル実験を発射したその日に奇しくも米国は次世代迎撃ミサイル実験を成功させました。日米共同による初めての海上配備型の迎撃ミサイルです。生産、配備までにはまだ10年以上要するようですが、北朝鮮の大陸弾道弾ミサイル「テポドン3」は6年後の2010年頃には開発される見込みのようです。

 開発していても、実験しなければ、意味がありません。実験を成功させてから生産、配備に入れるからです。北朝鮮はこれまでに日米が弾道弾ミサイル迎撃実験を継続する場合、ミサイル発射実験留保を撤回すると何度も警告しています。確かに、米国務省の言い分は「我々が迎撃ミサイルを完成し、配備するまで北朝鮮はミサイル実験を一時中止しろ」というもので北朝鮮からすると、これではあまりにも虫が良すぎます。結局のところ、米国としても「テポドン2」や「テポドン3」など長距離ミサイルの実験をストップさせるには「日朝平壌宣言」と「6か国共同宣言」しか今のところ術はないのです。北朝鮮に対する金融規制についても「経済制裁ではない」としきりに強調しているのも、日本政府が経済制裁の発動に慎重なのも、これらの宣言が、北朝鮮のミサイル発射のブレーキになっているからです。現状では「宣言」の破棄に繋がるような表立った経済制裁の発動はとてもできそうにもありません。自らブレーキを外すわけにはいかないからです。日本政府が現行法の厳格化に乗り出し、当面は経済制裁法の適用は当面見送ったのは、これが知られざる一つの理由です。

2006年3月 6日

布告なき経済制裁へ

 拉致問題は再び膠着状態に陥ってしまいました。先の日朝政府間並行協議は次回の日程も決められず2月8日に終了しましたが、双方は協議の再開には同意したもののやる気が全く感じられません。日本側は「現状のままで再開させても進展は望めない」と、再開打診もしていません。一方の北朝鮮側も「こちらから再開を働きかけるつもりはない」とこれまた傍観する構えです。昨年12月から続いていた水面下の接触も不発に終わり、自民党のある高官は「(北朝鮮問題で)5月、6月のサプライズ外交はない」と断言していました。また、ある政府高官も「総理が今度、平壌を訪問する時は国交調印の時だ」と述べ、取沙汰されていた拉致問題解決のための小泉総理の3度目の訪朝を完全否定しました。北朝鮮もまた、「小泉政権下での国交正常化は無理。期待していない」と、さじを投げてしまいました。拉致問題では「なんと言われようが、いない者はいない。生き返らして帰すことはできない。それが現実だ。誠意の示しようがない。日本の要求は無理難題かつ非現実的だ」と、「妥協の余地は全くない」としています。ならばと、日本政府は、首相官邸の拉致問題専門幹事会に「厳格な法執行分科会」を設置し、北朝鮮への圧力を一段と強める方針を固めました。

 具体的には警察、財務、法務、経済産業、金融、海上保安の6省庁が協力し、北朝鮮への人、金、物などの不正出入りを厳しくチェック、規制します。すでに実施しているキャッチオール規制や船舶安全性検査をさらに強化し、北朝鮮関係者の携帯品などの検査も強化します。また、北朝鮮関連のマネーロンダリングの動きも摘発する構えです。朝鮮総連に対しても今後さらにメスが入るでしょう。これは、実質的に「布告なき経済制裁」です。「万景峰号」など特定船舶入港禁止法の発動となると、「互いの安全を脅かす行動を取らない」ことを確認した「平壌宣言」に抵触し、北朝鮮にテポドン・ミサイル発射実験の再開の口実を与えかねないので現行法による「制裁」というオプションを選択したようです。「拉致問題での対応で変化を促す」ことが狙いのようですが、北朝鮮は「日本の経済制裁による備えはできている」「物理的な対応(ミサイルの発射実験)も検討している」と、受けて立つ構えのようです。どうやら、日朝は最悪の「持久戦」に突入してしまったようです。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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