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2006年2月25日

DNA鑑定

 日本政府は横田めぐみさんの夫とされる「キム・チョルジュン」なる人物を特定するため1978年8月に韓国から拉致された5人の男性(当時高校生)の家族からDNAを採取しました。5人の中でも「キム・ヨンナム」(当時16歳=現在44歳)氏が有力視されています。2週間ぐらいで、DNA鑑定の結果が判明するとも言われていますが、日本政府にとっては「諸刃の剣」になるかもしれません。日本政府は夫が提出したDNA鑑定の結果、遺骨を「偽物」と断定しました。遺骨が「偽物」であるから「めぐみさんは生きている」とめぐみさんのご両親をはじめ多くの国民が信じています。「偽物」を出さざるを得なかった理由については「キム・チョルジュンは本当の夫ではないから」「本当の夫でないから、写真も撮らさず、指紋採取などDNAを拒んだ」とみなしています。北朝鮮がDNA鑑定を拒否したことから「キム・チョルジュンは新たな日本人拉致被害者ではないか。だからDNA鑑定を認めなかったのでは」との見方も浮上していました。そうした謎が、今回の日本政府のDNA鑑定で解明されます。「キム・チョルジュン」が本当の夫かどうかの、白黒がつきます。

 仮に、韓国人拉致被害者の一人であったことが判明すれば、前述の「キム・チョルジュン」に関する「仮説」は崩れます。逆に、北朝鮮がDNA鑑定を認めなかったのは、「偽物の夫」を出したからではなく、「キム・チョルジュン」が韓国人拉致被害者であることが暴かれるのを恐れたからであることが明白となります。そうなると、問題となるのが例の遺骨です。遺骨のDNA鑑定をめぐっては先の日朝政府間協議でも「真偽」をめぐって論争となりました。国際機関や第3者に委託鑑定が困難な今となっては、夫の証言が極めて重要となります。もちろん、北朝鮮では本当のことが言える筈がありませんので、北朝鮮で証言しても意味がありません。しかし、仮に韓国が引き渡しを求め、その結果、韓国に帰国し、証言した結果、仮に遺骨が「めぐみのものである」と証言したら、日本政府はどう対応するのでしょうか。「偽物」と断定した以上、国家としての威信、信用が問われます。韓国人拉致被害者かどうか、一日も早い鑑定結果が望まれます。

マネーロンダリング

 北朝鮮の李根外務省米州局長(6か国協議の次席代表)が3月4日に訪米するのを機にニューヨークで米朝実務レベルの協議が行われます。米国は金融制裁に関する説明を、また北朝鮮はその解除を求めて突っ込んだ協議が予想されますが、6か国協議が開かれるかどうかは、米国が金融制裁を解除するかどうかではなく、北朝鮮が偽ドル製造やマネーロンダリングなどの不法行為を止めるかどうかにかかっています。23日付のモンゴル紙「ズーニ・メデー」は、複数の北朝鮮の外交官が100万ドルの米ドルと2億円分の日本円を密かに持ち込もうとしてモンゴル当局に摘発されたと報じていました。「モンゴルの銀行口座に預けるため」と釈明したそうですが、送金すれば済むものを、今時、現金を持ち運ぶのは、闇組織やマフィアしかありません。外交官がやることではありません。このような非常識な行為を続けるから、北朝鮮は何を言っても信用されないのです。「言葉よりも行動で示せ」とのバーシュボワ駐韓米大使の発言は正しいです。

2006年2月20日

美女応援団が収容所入り?

 今朝のスーパーモーニングでもコメントしましたが、「北朝鮮の美女応援団21人強制収容所」という「朝鮮日報」の記事を見て、正直「またか」と思いました。例のごとく、証言者(脱北者)は仮名です。これでは直接確かめようがありません。「美女応援団」は2002年にアジア大会で釜山に、03年にユニバーシアードで大邸に、05年にはアジア陸上選手権大会で仁川に派遣されています。この記事からは収容所に入れられたとされる女性らがどの応援団を指すのかも明らかではありません。収容所送りも「韓国で見聞きしたことをしゃべってはならない」との誓約書に従わず、洩らしたことが理由として挙げられています。彼女らは家系が良く、ほとんどが幹部らの娘です。国家に最も忠実で、思想的に鍛錬された女性らで選抜されています。まして、北朝鮮のテレビでは「統一の使者」として彼女らの韓国での活躍ぶりを大々的に紹介していました。昨年秋にドキュメント映像を見ましたが、そこには彼女らが北朝鮮選手だけでなく、韓国の選手を熱心に応援する場面、スタンドで観客と一体となって声援する場面、さらには野外で市民や若者と踊ったり、交流する場面などが映っていました。バカでない限り、北朝鮮の人民がこれをみれば、韓国の町並みが北朝鮮よりもはるかに発展していることがわかります。韓国の人々が着ているもの、ネックレスや指輪、時計など身に着けているものをみれば、韓国人の生活がはるかに良いことに気づきます。映像は言葉よりもはるかにインパクトがあります。

 放映は良くて、他言はだめだというのはどう考えてもおかしいです。訪韓者の中には韓国の情報機関から金をつかまされ、抱き込まれ、その後発覚し「スパイ罪」で収容所に送られたケースや酔った勢いで、体制不満を口にして、密告され、収容所送りにされたケースも多々あります。彼女らは酒を口にしないどころか、無駄なことは言わない防御本能が誰よりも働いています。チョー・ヨンピルまでもが北朝鮮で公演をやる今の南北交流時代にあってこの手の話はどう考えてもありえないと思います。そう言えば、朝鮮日報と系列の「月刊朝鮮」は昨年だけでも「北朝鮮国会議員が韓国に亡命」「日本に金正日の愛人と隠し子が住んでいる」と飛ばしていましたが、前者については未確認のまま尻切れとんぼに終わり、後者は「誤報」であることが判明しました。朝鮮日報が北朝鮮報道に熱心なのは、金正日体制の打倒を正面から掲げていることにあります。北朝鮮の民主化も、改革・開放も、そして南北統一もこの政権下では不可能との立場から韓国のどのメディアよりも北朝鮮のタブーに果敢に挑戦しています。そのため北朝鮮当局から「爆破するぞ」「ただではおかない」と脅迫されています。南北交流関連行事の北朝鮮取材でも唯一朝鮮日報記者だけが入国拒否にあっています。北朝鮮の「攻撃」にメディアとしてできることは唯一「情報戦」しかありません。「美女応援団」の虜になり、北朝鮮に傾く韓国の若者の熱を冷ませ、同時に「美女応援団」に関心の高い日本のマスコミが乗ってくれれば、上出来なのかもしれません。朝鮮日報のUさん、月刊朝鮮のCさん、Kさん、裏の取りようのない、検証できない情報を流されると日本のマスコミが振り回され、本当に困ります。日本では今「ガセネタ騒動」が持ち上がっているだけに今後はくれぐれも確かな情報だけを流すように。

2006年2月16日

日朝並行協議の結果

 北京での日朝政府間並行協議の結果について日本側では「何の進展もなかった」と失望感が漂っています。当初から予想していたとおりの結果となりました。日本ではこのまま協議を継続しても、同じ結果になるとして、次回協議の日取りを決めないまま帰国しました。とは言うものの、今回の平行協議は日本側から提案して実現しただけに、自ら引っ込めるわけにもいかず、協議は一応継続することにはしたようです。この種の協議は何度やっても同じです。「8人死亡、3人未入国」という再調査結果が「最終回答である」とする北朝鮮側に確証はないものの「拉致被害者は生存している」との前提に立つ日本側がいくら「誠意」を求めても所詮、「水と油」で溶け合うはずはありません。交渉の前提、入り口が決定的に異なるわけですから話がまとまるはずがありません。そこで、国内では再び経済制裁という声が持ち上がっていますが、小泉総理は13日「日朝貿易は1977年以来、最低にある。日本との交流が減っている分、中国・韓国とが増えている」と効果に疑問を呈し、慎重な姿勢を示しました。強硬派とされる安倍官房長官も「対話を閉ざすことは考えていないが、圧力が必要だとの認識は一層強くなった。どのような圧力をかけるか検討していきたい。最終的な圧力は経済制裁だ」と言ってみたものの直ちに経済制裁を発動する気はないようです。小泉総理の指摘は正しいです。2002年の「キャッチオール規制」、2003年の「外国船舶安全性検査=PSC」、2005年の「改正油濁損害賠償法」やあさり不買運動など日本が制裁を小出しに実施してきた結果、2001年に4億7千万ドル以上あった貿易量は昨年2億ドルを割り、1億8千万前後にまで落ち込みました。 

 また、金融機関による送金も2002年に国会で「改正外国為替法案」が成立した影響を受け、2001年の5億8千7百万円からなんと昨年は1億円を切り、9千2百万円まで激減しています。さらに、現金などの持ち出しも(日本人訪問者の申告額も含む)も2000年には40億円を超えていたのに昨年は半減し、21億円と、これまた半減してしまいました。逆に中国と、韓国との貿易は急増しています。中国とは2001年には7億3千万ドルだったのが、昨年は倍増し、15億ドルを突破しました。韓国とも2001年は2億6千万ドルだったのが、昨年は10億5千万ドルとなんと5倍増です。年間40億円の収入源を絶つため昨年あさり不買運動が展開されたものの、その分、中国や韓国に流れています。日本からの送金が減った分、中国、韓国からの無償援助が増大し、韓国は昨年だけで2億2千8百万ドルの無償援助を行っています。今年は、南北経済協力資金から10倍の25億ドル相当を拠出する計画のようです。経済制裁でもはや日本がやれることはたった一つしかありません。万景峰号を止めることだけです。即ち、2004年に国会で可決された「特定船舶入港禁止法」を適用することだけですが、日本政府としては容易にはできないでしょう。その理由は、小泉総理の言葉を借りるならば「日本の立場に沿った形」の「日朝平壌宣言」を日本自ら破棄する愚は犯せないからです。結局のところ、日本にとっての「伝家の宝刀」はもはや「竹光」となってしまったようです。「竹光」ならば抜くわけにはいきません。これが、政府がスパット抜けない理由です。

2006年2月 8日

日朝協議で見えてきたこと

 日朝政府間協議は5日の日程を終え、終了します。拉致問題でも、過去の清算問題でも、核やミサイルなどの安全保障問題でも予想されたように何一つ具体的な進展は見られませんでした。落胆した「拉致被害者家族の会」では、「もうこれ以上協議をやっても、無意味だ」と政府に経済制裁を発動するよう求めています。しかし、それでも、小泉総理は「全体的に考えなくてはならない」と経済制裁には依然として慎重な姿勢を崩していません。「家族の会」が頼りにしている安部官房長官は安全保障問題でも進展がなかったことについて「日本の懸念を直接伝えることができたことは有益だった」と評価していました。昨年の6か国協議の際に日朝間では核問題などで何度か個別協議が開かれています。その際に、日本側の懸念を伝えていなかったのでしょうか。今後も政府間協議を継続するための苦し紛れの「言い訳」のように聞こえます。

 安部長官は協議の最中、日本側代表団に北朝鮮が拉致問題での再協議に同意しないなら、国交正常化交渉を拒絶するよう指示したと伝えられていますが、その脈絡からすると、今回、拉致問題で全く進展がなかったわけですから、次回の交渉を拒否してしかるべきです。ところが、どうやら日朝は次回の協議再開で合意する方向のようです。日本側代表団は日本国内で経済制裁を求める世論が高まりかねないことを強調し、具体的な措置を重ねて求めたようですが、言動不一致を続けているようだと、この種の「脅し」も慢性化して、効き目がありません。今回の協議ではっきりしたことは、拉致問題での北朝鮮側の戦術は「相殺」です。言わば、相打ちです。「遺骨」については、真偽の議論に持ち込もうとしています。特に、「偽物」ならば、遺族(夫)の元に返すべきとの主張は日本の弱点を突いています。日本側は「偽物」である「物証」として返還を拒否していますが、結局このままだとこの問題は水掛け論に終わってしまいます。また、シン・グァンス容疑者らの身柄引き渡しについては予想されたように日本人妻や在日朝鮮人帰国者の脱北を「拉致」とみなし、「脱北」に協力した関係者らの身柄引き渡しで対抗してきました。それだけではありません。今回、日本側は数十人に上る特定失踪者(拉致された可能性の高い人々)らに関する情報提供、調査を求めましたが、これに対して北朝鮮側は戦前日本に連行された朝鮮人行方不明者の消息、調査、さらには遺骨返還を要求してきました。
 
 このことからおぼろげに見えてきたことは、「拉致問題は解決済」という表向きの立場とは異なり、解決のための「条件」を付けてきたということです。そのことは、拉致担当のキム・チョルホ副局長の「お互いの疑問点だけを提起しては解決しない。相互理解の立場、強調的な姿勢で実質的な解決を探らなければならない」との発言からも明らかです。北朝鮮側は協議に臨む前に「我々にも言いたいことがある」と言っていましたが、これは即ち、「一方的な被告人扱いでは拉致問題は解決しない」とのメッセージの発信です。過去3年間の日朝協議は被害者の日本が加害者の北朝鮮を問い詰める場でした。北朝鮮は事実上「被告席」に立たされていました。従って、一旦「同等な立場」にした上での「問題解決」を北朝鮮側は考えているようですが、これが通るほど日本は甘くはありません。

2006年2月 3日

明日から日朝協議

 いよいよ明日から日朝政府間交渉が始まります。拉致被害者家族の間では「今度こそ」と拉致問題解決への期待が高まっています。しかし、どういう訳か強気で知られる小泉総理自身は「難しいだろう」と弱音を吐いていました。今回の日朝協議を段取りした斉木昭隆外務省アジア太平洋州局前審議官は確か、昨年12月26日に行われた「拉致被害者家族会」への報告で「北朝鮮が拉致問題でどういう回答をするかは、一、二回やればすぐわかる。これ以上は国交正常化交渉をしても無意味だとの結論も引き出せる」と、拉致問題への北朝鮮の対応次第では交渉打ち切りも辞さないと威勢のいいことを言っていました。ところが、交渉再開前から早くも担当の外務省内からは「今回は顔合わせ程度」「実質的進展は困難」との冷めた声が聞こえています。「北朝鮮の引き延ばしは絶対に許さない」「次回の協議で誠意を示さなければ、厳しい対応を取る」と言明していた安部晋三官房長官も先手を打って「(今回が北朝鮮への)ラストチャンスとはとらえていない」(2月1日)と、一歩後退してしまいました。

 先月でも指摘しましたが、日本では①拉致問題②核とミサイル問題③国交正常化問題の三部会の設置で合意したと発表されたこともあって、当然のこと拉致問題が最優先議題と認識されていますが、北朝鮮側の発表では優先順位は全く逆になっています。2月1日の朝鮮中央通信は「国交正常化のための朝日両国間会談が2月4日から北京で開かれる」との報道で過去の清算と関連した諸般問題をトップに挙げていました。続いて安全保障問題、そして拉致問題を含む互いに関心のある懸案問題の順になっていました。ここで北朝鮮が言及している「拉致問題」とは、横田めぐみさんのものとされた「遺骨問題」と日本のNGOなどの支援による日本人妻や在日朝鮮人帰国者の「脱北」を指しているようです。日本に逃げてきた日本人妻、平島筆子さんの「Uターン亡命」(日本から北朝鮮への逆戻り)で威勢を得て、「脱北」を「拉致」とみなし追及する構えのようです。明らかに拉致問題議論の相殺を狙っています。また「遺骨問題」を正面から取り上げ、協議を引き延ばす考えのようです。

 日本政府は北朝鮮にプレッシャーをかけるため米国と歩調を合わせ国内法に基づき日本の金融機関での北朝鮮によるマネーロンダリング(資金洗浄)の実態や隠し口座の調査を実施する一方で、防衛庁ミサイル関連書類の漏洩事件の摘発など朝鮮総連への締め付けを強めています。圧力を加えながら同時に「日朝平壌宣言が基本だ。国交正常化では過去の清算で経済協力をやるということも書いてある」(原口幸市国交正常化交渉担当大使)と、「経済協力」というニンジンをぶら下げ、北朝鮮から譲歩を誘き出そうとしています。

 安部官房長官は「北朝鮮が決断し、拉致問題が解決すれば、(諸問題が)解決に向かって進んでいく」と、北朝鮮側に「政治決断」を求めていますが、安部官房長官のこの「誠意」が果たして通じるのかどうか。通じない場合は、すでに成立している「改正外国為替法」(北朝鮮への送金を規制する法律)や「特定船舶入港禁止法」(万景峰号など北朝鮮船舶の入港を禁止する法律)を適用するのかどうか、小泉内閣の外交手腕が問われています。 

2006年2月 2日

金正男が訪中に同行?

 「北朝鮮情報」の発信源である韓国メディアの悪癖が依然是正されていません。未確認のまま情報を流しています。情報の多くは「誰が、いつ、どこで、なぜ、どうやって」という最低のことが欠落しています。それが、韓国国内だけならば「仕方がない」で済む話となりますが、日本のマスコミがそれに便乗して、独自取材、検証もせずに垂れ流しているとなると、話は別です。いつの間にか既成事実化してしまう恐れがあるからです。
 
 先日も「後継者報道」で韓国メディアの相反する報道を伝えましたが、今度もまた、同様の情報が流れてきました。韓国のソウル新聞は1月31日付で「長男の金正男が金正日総書記の先の訪中に同行していた」と報じました。確か、その4日前の韓国日報(1月27日付)では「金総書記が訪中した際に中国指導部と後継者問題を協議し、中国首脳は次男の金正哲の後継を了承した」と伝えたばかりでした。金総書記の側近、カン・サンチュン秘書室長の「マカオ逮捕説」を伝えたインターネット新聞「デイリーNK」に至っては金総書記の訪中期間中の1月17日の時点で「ワシントン外交筋の話として次男の正哲が金正日の訪中に同行している」と書いていました。2人の息子が一緒にお供したとしてもおかしくはありませんが、二つの記事とも一人だけしか把握できないというのは解せない話です。おそらく、どっちかが正しいか、あるいは両方とも間違っているかのどちらかです。
 
 そう言えば、1月下旬に2年半ぶりに公の前に姿を現した義弟、張成沢党第一副部長についても朝鮮日報は昨年9月27日付で「張成沢は再起不可能」と断じていました。「北の事情に詳しい人間」の話として「第一副部長の側近だけでなく、彼に一度でも会ったとか、写真を撮った者はすべて調査され、地方に追放されている」と、権力抗争による「完全失脚」を伝えていました。朝鮮日報はこの記事の3ヶ月前に訪朝した鄭東泳統一部長官に金総書記が「金第一副部長は酒を飲みすぎて、健康を損ねているので、治るまで休ませている」と、健康が回復次第に復帰をさせることを示唆していた事実を知らなかったわけです。いつものように「誰にもわからない」「誰も検証できない」「確認のしようがない」「抗議、訴えられる心配もない」ので書き放題というわけです。

 筆者は2004年12月のこの欄で「張氏は中央党学校での『再教育』を終え、復帰しています。近々、表舞台に出てくるでしょう。北朝鮮の人事は『回転ドア』のようなもので、いったん引っ込んでもまた出てきますので、要注意です」と「失脚説」に疑問を呈していました。思えば、「連合通信」も、2003年5月17日に「大誤報」を流し、北朝鮮関連で前代未聞の「訂正記事」を出したことがありました。金総書記の側近の一人、吉在京党副部長が「米国に亡命した」と「スクープ」したのです。ところが、なんと吉在京氏はすでに3年前に亡くなっていたことが判明したのです。
 
 韓国のメディアはこれまで金総書記の弟、金平日(現ポーランド大使)の「亡命説」から、金正男の母、成恵琳の「亡命説」など様々な「勇み足報道」がありましたが、訂正を出したのは後にも先にもこれが初めてでした。同通信は「北朝鮮の特殊事情は誤報の弁明にはならない」と率直に認めていました。この「誤報事件」はそのまま裏も取らず流した日本のメディアへの「警鐘」でもありました。ところが、日本ではほとんど教訓が生かされません。某紙の「金総書記の実妹の金慶喜党部長(軽工業部担当部長)が乗った車が9月初旬平壌市内で交通事故を起こした」との記事もその3日後に韓国政府当局者が「金部長は正常な活動をしている」と否定したにもかかわらず、無視したままでその後のフォローもありませんでした。「デイリーNK」の「カン・サンチュン逮捕説」の情報源が「日本の外交筋」となっているのに地元である日本のメディアは恥ずかしくもなく、どこも裏を取らず、そのまま韓国報道を引用しました。「面白ければいい」とか「北朝鮮ならばあり得るだろう」との薄弱なスタンスではなく、天下の公器たるもの、取材と検証に基づき、事実報道に徹するためもう少し、発奮すべきです。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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