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【第33回】政治家に訊く:清水信次

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───────【基本情報】───────

名前:清水信次(しみず・のぶつぐ)
政党:民主党
選挙区:参議院全国比例区
生年月日:1926年4月18日
お気に入りの店:スーパーマーケット ライフ
ホームページ:http://www.shimizu-nobutsugu.jp/

───────【質問事項】───────

─第二次世界大戦が終結したのは清水さんが20歳になる前のことですか?

 戦争が終わったのは19歳の頃です。1945年8月15日には特攻隊の本土防衛特別攻撃隊の基地にいました。9月1日には九十九里の海岸に赴く命令をうけており、その時点で100%死ぬものだと覚悟していました。

 陸海軍の特攻隊で死んだ多くの若者は予科練(海軍飛行予科練習生)と少年航空兵です。数ヶ月間訓練した後、爆弾を積んだ飛行機に乗って米国空母や戦艦にアタックするのです。我々の訓練内容も同じように地雷を抱え、上陸してくる米国軍の戦車に飛び込むものでした。私の同期生は台湾や沖縄、フィリピンなどで大勢死んでいました。

─戦争が終わった当時の街の状況を覚えていますか?

 大阪では見渡す限り焼け野原が広がっていました。当然のことながら、焼け野原には何にもありません。自分の寝るところもありませんから、旧大阪駅のガード下で野宿していました。まわりには戦災孤児がたくさんいました。朝起きると彼らの幾人かはそのまま動かなくなっていることもありました。ひどい時代でした。

─大阪の闇市場が清水さんの流通業の原点とうかがいました

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 戦後日本の流通は闇市場から始まりました。焼け野原には商店もなければ会社もない、決定的にモノが不足し、そこで現れたのが闇市場です。闇市場が運び込む食料や物資によって庶民の生活が支えられていました。

─貿易が自由にできない時代ですね

 1945年8月から1952年サンフランシスコ講和条約ができるまで、日本は"OCCUPIED JAPAN(占領された日本)"と書かなければ輸出できませんでした。特に1950年の朝鮮戦争まで取り締まりは厳しかったです。

─具体的にはどんな品目を取り扱っていたのですか?

 1950年の朝鮮戦争の頃に東京にきて、チョコレートやネスルの粉コーヒー、バンホーテンのココア、フランスからブランデー、イギリスからウイスキー、MJBの缶コーヒーなど大阪では出回ってないものに出会いました。私が取り扱っていたのは輸入品ばかりです。

 輸入品は占領軍と一緒に来日した米国の政商が取り扱っていました。占領軍から輸入ライセンスをもらうことができれば、海外から商材を引くことができました。軍用物資として船に積んでくるので関税はかかりません。バナナ・オレンジ・グレープ・レモンなどを輸入し、品物は右から左へとどんどん流れていきました。輸入事業で得た資金が、後のスーパーマーケット事業につながってきます。

─戦後日本の復興、経済成長とともに歩んできたのですね

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 残念なことに現在の政治家や行政官、経済人の中に戦前・戦中・戦後の日本復興の過程を知っている人はほとんど残っていません。知っている人は80歳以上で、現役の人はほぼ皆無です。

 最近は沖縄の基地移設問題でもめているようですが、戦争のことを知っている政治家はいませんね。

─基地移設問題について、依然沖縄に駐留米軍がいることはどう思いますか?

 異常です。1968年以降42年間も世界第2位の経済大国といっていながら、米軍に基地を提供して守られているなんて、まるで保護領です。

─理想的な解決方法はありますか?

 米軍が撤退することです。日本は自分で自分を守るべきです。

 日米安全保障と日米同盟は違います。もし本当に日米同盟の必要性を訴えるであれば、アフガニスタンやイラクへも軍隊を出すべきです。一緒にたたかわなければ同盟とはいえません。米国兵が一緒にたたかっていない日本を助けるために死を覚悟して守ってくれると思いますか。

 本来はソ連が崩壊した後、日本は1945年まで間違えてきた国策について反省し、自立する方向性を打ち出すべきでした。しかし今からでも遅くはありません。

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 「アメリカさん、ありがとう。お世話になりました。65年間受けたご恩は忘れません」と機嫌良く帰ってもらったらいいのです。いまこそ"Thank you very much , Good-bye America"と言う時です。

─今後参院選を経て、国会で実現したいことはありますか?

 日本の国の将来はどうあるべきか、政治的にも経済的にも自立した国家像を描く必要があります。

 当選することになったら、党は私をどの役職につけたらいいか困るでしょうね。特別顧問あたりで若い議員にアドバイスしていきたいです。

2010年5月11日、《THE JOURNAL》編集部取材&撮影

【関連記事】
《インタビュー》清水信次:いまこそ"Thank You Very Much, Good-Bye America"を(Newsspiral)

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昔から、ものすごく気になる方でした。ちょうど消費税論議が華やかであったころ、テレビで論陣を張っておられましたが、論旨は首尾一貫されており、何の迷いもなく、いいきっておられました。
 日本の経営者にも凄い方がおられる、と感心していました。
 著書も読ませていただきました。
中国戦線への従軍の経験をもとにした哲学はなるほど、トップに立つ方は違うと思いました。
 後に続く者は学ばねばと感じ入りました。単純ではダメだなと。
 全く違うと思います。
大企業に入社し、出世競争に勝ちぬいてトップに立った人と、自分の力で資本を蓄え、会社を大きくし、そして社会発言をされてこられた方とは。
 これからの日本が重視しなければならないモノはどちらですか?
 答えは自ずから明らかだと考えます。
 語の真の意味で日本をリストラしていくのか民主党の最大の眼目です。自民党は死滅しなければなりません。
 民主党が清水さんを候補者にしたのは日本の戦前戦後史の貫く歴史観を。日本人としてのこれからの生き方を問うものだと思います。
 日本の生きた戦後史が清水さんが候補になることによって参院選の選択肢として日本国民に問われた、と思います。 

 日本人の年代構成にあわした議員数が必要とは思っていないが、政治家でしっかりした意識(見識)と議員活動に耐えられる体力気力があれば年齢は問題でない。
 議員定年制を引いている政党(前与党等)があるが、党員も或いは信者も定年制を定めたらいかがか。
 清水さんが選挙でどうなるかはわからないが、戦中派としての自意識を生かした政治活動を行なって欲しい。いぜんとして戦争を語れる現役は必要です。
 

清水さんにはそのご決断に尊敬とエールを送ります。

一方で、実体験は勿論に重要だと思いますが・・・、普遍性を求めれば:
1.実体験者はその体験を歴史ないし哲学として多面的に伝承する。
清水さんは民主党の外部からこの伝承に努めて来られたのでしょうが、その限界に業を煮やして与党内部に入ろうと決断されたのだと想いを致せば、一国民としては複雑な想いがある。
過去と現在に政治を受け継ぐ者達は、一国民の「複雑」ではなく「恥」に近いものを肝に銘ずるべきでしょう。

2.後継者は、多面的に「歴史に学ぶ」、同時に「想像力」を持って歴史を読み解き、「創造力」を持って解決に当たることが、肝要だと思います。
オバマ大統領の演説を読み聴きしていると非常に多くの場合に、アメリカの歴史や外交では両国関係の歴史に言及している。その上で政策内容に移行して行く。
彼我には、こんな処にも大きな違いがある。

 こういう話をみていつも思うことをひとつ。
 米国の国益に則って日本が一緒に戦ったとしても、米国の国益に背く戦いには一緒に戦ってくれないと思うのですが。連帯的な軍事同盟を結んでいるのなら話は別でしょうけど。
 情で他国は動きません。ましてや戦争の場合は特に。国家の関係はもっとシビアでドライだと思いますよ。

私の父親は小学1年生で終戦を迎え、素手と竹・木製の農機具で何年もかけてイモとカボチャの畑に変えた校庭を、MPが半日で整地していった事などを私に話してくれました。

私が小学1年生の時、ベトナム戦争が終結しました。

私の長男が小学1年の時、911が起こりました。

3世代に渡って米国のありようを学びつづけていながら、日本は現在も米国主導の戦争に「参戦」し続けています。

しかし現在では、日本の資金とインフラ提供の実態は、米国を抑止する最大の力としても利用可能なわけです。

アメリカさん、ありがとう。

は、

日本さん、ありがとう。

と並立した問題です。

大変申し訳ないですが、私は、いわゆる安保運動の残党には何も期待しておりませんし、共感も持っておりません。もちろん、理論としての重要性は認識しますが、それだけです。

しかし、戦争体験者の言葉は信じます。

理論が戦争を肯定し、実現に導き、体験が平和の価値を示すものである事は、否定できないと思っています。

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