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2010年4月23日

【第32回】政治家に訊く:松本 龍

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───────【基本情報】───────

名前:松本 龍(まつもと・りゅう)
政党:民主党
選挙区:衆議院福岡1区
生年月日:1951年5月17日
お気に入りの店:キングハーベスト(港区赤坂)
ホームページ:http://www.m-ryu.com/

───────【質問事項】───────

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─《THE JOURNAL》でお馴染みの甲斐良治季刊地域」編集長と付き合いがあるとききました

 私の友人である作家の高山文彦(たかやま・ふみひこ)氏に紹介された店「キングハーベスト」で甲斐氏と初めて出会いました。高山氏と甲斐氏はともに宮崎県高千穂町出身で仲が良かったそうです。店を出た私を甲斐氏が追いかけてきて、「よろしくお願いします」と声をかけてきたことをよく覚えています。

 私自身も九州出身で、高校まで地元の学校に通っていました。そして高校卒業後は中央大学法学部に進みました。

─中央大学出身者は国会議員にたくさんいますね

 ここ数年で議員の入れ替わりが激しく、以前に比べて同窓生の数は減っているようです。

─2009年の政権交代前後で国会の雰囲気はかわりましたか?

 2005年の小泉旋風の時も似たような状況でした。その後の自民党の二の舞にならないように、われわれは気を引き締めなければいけません。特に若い議員には一生懸命勉強してもらいたいです。

─一部の地域や業界からはすでに「公約違反」の声が聞こえてきます。今後公約をどのように達成していきますか?

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 優先順位をつける必要があります。急ぐこととじっくり時間をかけて進めることは一緒くたに扱ってはいけません。

 たとえば私は2003年から高速道路無料化について反対してきました。約7割の国民が反対していた政策を、なにも急いで進める必要はありません。政府は高速道路の使用料金を下げた結果、物流コストにどの程度影響を及ぼしたか検証するなど社会実験をするべきです。

─高速道路料金は具体的にどう進めたらよかったと考えますか?

 まずは通常料金を下げ、官僚が決めた金額を民間にさらし、採算が取れるようならさらに値下げするように徐々に進めていけばよかったと思います。損益分岐点を見ながら、おのずと適正価格を出すような進め方もあったでしょう。

─政権交代から半年以上経ち、今夏には参院選が予定されています。民主党政権に必要とされていることは何だと思いますか?

 自民党と同じ事をしてはいけません。そんなことがあれば国民から総スカンに合ってしまうでしょう。情報公開を徹底することなど、自民党政権と違うやり方を貫かなければ失敗します。「公共事業を地元選挙区に持ってくるから選挙はよろしく」という話は先祖返りは絶対にダメです。新しい視点が必要です。

─今夏の参院選は厳しくなりそうですか?

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 私は7期目になりますが、前回の衆院選で"風"を初めて感じました。こんなに応援してもらっていいのかと思いました。責任の重さをひしひしと感じ、逆につらかった程です。しかし参院選は追い風は全くないと思った方がいいです。厳しいたたかいになるでしょう。

─いまの政治に求められていることは何だと思いますか?

 痛んだ地域社会を立て直すことがわれわれの政治に求められているのだと思います。

 カルロスゴーンがリストラをして企業を立て直していた頃、日本全体の景気が良くなったと言われることがありました。地域社会はまったく実感がなく、企業の経営者は土地を売ったお金で社員の給料を出していました。家族同士が顔見知りの地域社会ではいくら景気が悪くなろうと社員のクビを切るようなことはできませんでした。小泉元首相が「痛みをわかちあってくれ」という頃には、すでに地域企業に力はありませんでした。

 今一度小さな地域社会にスポットをあてることが大切です。

 衆院選がいつあるかもわかりません。私自身いつでもその心構えをし、こまめに歩きこまめに仕事をしていきたいです。

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2010年4月22日、《THE JOURNAL》編集部取材&撮影

2010年4月10日

【第31回】政治家に訊く:河上満栄

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───────【基本情報】───────

名前:河上満栄(かわかみ・みつえ)
政党:民主党
選挙区:京都選挙区
生年月日:1971年5月28日
血液型:0型
趣味:ワイン
好きな食べ物:阿闍梨餅(あじゃりもち)
お気に入りの店:オーガニックワイン専門店マヴィ(港区赤坂)
ブログ:http://blog.goo.ne.jp/kawakamimitsue

第31回目の「政治家に訊く」は今夏の参院選に京都選挙区から出馬する河上みつえ(かわかみ・みつえ)氏です。今回はルポライターの横田由美子(よこた・ゆみこ)さんとのインタビュー対談になります。

───────【質問事項】───────

横田 客室乗務員だった河上さんが政治の世界を志したきっかけは?

河上 客室乗務員の仕事に就いたのは1997年のことです。バブルの崩壊を経て日本経済が良くなる兆しがあったときでした。蝶よ花よで、「華の国際線」と言われていた時期でした。景気が悪くなり、お客様の笑顔が減りクレームが多くなりました。なぜ笑顔が減るのかと日々感じる部分がありました。お客様はおそらく飛行機の中だけでなく、日常生活の中で満足できない、不安なものを抱えているのではないかと思いました。その後、米国で「同時多発テロ」があり、SARS(サーズ)があり、お客様が減りました。私たちの待遇も変わっていきました。

 いくらお客様のためにして差し上げても、根本的な満足に伝わらない"何か"を感じました。私たちのサービスだけじゃないんだな、日々の生活に問題があるんだろうなと透けて感じる部分がありました。日々の暮らしで悪影響を及ぼしているものは何だろうと思ったときに、経済であり、政治じゃないかなと思いました。国のシステムが皆様のニーズに合ってないんだろうと漠然と思ったのが一番のきっかけです。

横田 河上さんが民主党から立候補するまでの過程を教えて下さい

河上 私の父親はサラリーマンで、祖父は茶畑農園を営んでおり、全く政治家の世界にご縁がありませんでした。政治家への志を持った頃、新聞でパッと見つけたのが「小沢一郎政治塾募集」の案内でした。日本のリーダーを育てる小沢先生の志で立ち上がった塾を見つけてしまいました。何をきっかけに政治の世界に入ったらいいかわからなかった時期です。

横田 その記事を見てすぐ小沢塾に入ろうと決断したのですか?

河上 応募するまでに2週間ほど時間がありました。小沢先生がどんな人だろう、テレビを見ていると威圧的で近づきがたそうでしたが、なんとなく「本物の人」だろうな、ちょっと知りたい人だなと思いました。そして小沢先生の著書をすべて買い、読みました。私が最も感銘を受けた本が『日本改造計画』でした。

横田 出版されたときはセンセーショナルでしたね

河上 あの本が私をかえました。私のバイブルになっており、困ったときにはあれを開いております。著書の中に、「自立した国民による自立した日本国家をつくることがミッション」という言葉があります。「これだ!」と思いました。日本の皆さんが悩みつつも手に入れられないものは自立なんじゃないかと思います。
 私はサービス業に就いていました。海外ではサービスはお金を払って対価を得るものというイメージです。ところが日本はサービスは奥ゆかしいというか、対価を伴うイメージがないように思います。それが甘えを生んでいるのではないかと思います。

横田 サービスをしてもらって当たり前という感覚があるかもしれません

河上 もちろん感謝の気持ちは大切ですが、依存しすぎない、望みすぎない、まずは自立した確固とした自分がいることが重要です。それがあって初めて相手と対等にコミュニケーションできるのだと思います。小沢先生の言葉に触れ、まさに現代とされていることなんじゃないか、この人はすごい人だ、この人についていこうと思いました。一生懸命履歴書と志望所を書いて、応募させていただきました。

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横田 実際に小沢幹事長に会ってどう思われましたか?

河上 まず、職業人として政治家を40年以上続けているだけに私たちの目に見えないパワーがおありになると思いました。2つ目は女性にすごくやさしいということです。横田さんは直接お会いになられたことはありますか?

横田 残念なことに会ったことはありません

河上 ぜひお話しになってみてください。ものすごく優しいです。男性にはわりと厳しいのかもしれませんが、女性に対しては本当に優しいです。

横田 小沢一郎政治塾ではどのようなことを勉強するのでしょうか?

河上 小沢先生の講演がメインイベントで、「日本を背負って立つリーダーとは」という政治ポリシーを直に聞くことが醍醐味です。各界から著名な先生方の講演もあります。
 小沢一郎政治塾出身の国会議員が増えました。現在は10人を数えることになりました。

横田 そのうち女性の数は何人いるのでしょうか?

河上 私の同期で新しく当選させていただきましたのが、相原史乃(あいはら・しの)先生、小林正枝(こばやし・まさえ)先生と私ということで3名です。政権交代と共に女性の政治家も増えさせていただいているんだと感じています。

横田 政治塾では1期あたり何名が所属しているのですか?

河上 毎年30名前後入塾します。その中でだいたい3名から5名が女性です。私の同期は3名でした。政治塾と名のつく塾なので女性にとって敷居が高いのかもしれません。

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横田 しかし女性の政治に対する意識は変わってきたように思います

河上 ありがとうございます。政権交代してから私は塾の運営委員をさせていただいております。今年は女性がすごく増えました。一番センセーショナルな出来事は、女子大生が希望してきたことです。若い女性がいることは未来につながることだと思います。

横田 女子大生の志望動機はどういうものですか?

河上 政治というものがよくわからず、今までは縁が遠いものだったようです。政権交代以降、民主党議員が頑張っている姿を見て政治が身近に感じ、私にも出来るんじゃないかと思ったと言われました。

横田 塾の勉強期間はどのくらいでしょうか?

河上 在籍期間は2年間で1年間に2回集中講座があります。その期間は学生だけでなく社会人も休んでカンヅメ状態になります。

横田 今回参院選に出馬に至った経緯を教えていただけますか?

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河上 昨年の選挙から小沢幹事長は、参院選挙には必ず政権与党として複数区に複数候補を擁立するという方針を立てていました。それにむけて全国12ある複数選挙区では複数候補者の擁立が進んでおりました。
 私は生まれも育ちも京都で、昨年12月末に京都府連に入れていただき、京都府連の中で活動しておりました。京都選挙区で2人目を擁立をすれば、現職を含んで共倒れになってしまうのではないかという意見がありました。
 京都府連で候補者の選定が進まない中で、小沢先生が私に白羽の矢を立てて下さりました。私自身は光栄に思っています。私は昨夏の総選挙において単独比例候補として当選させていただきました。民主党に対するご支持を多く賜ったおかげで一議席を頂戴いたしました。その一議席の中で一生懸命活動させていただいており、期待にこたえたいと思っています。旧態依然とした今までの政治に戻してはいけないという責務を感じています。
 今回小沢幹事長から白羽の矢を立てていただき、党のためにお役に立つことが、ひいては昨年度の選挙においてご支持いただきました国民のみなさまのお役に立てるんだというふうに確信しています。まさに清水の舞台から飛び降りるかのごとくの決断をさせていただきました。

横田 黙っていれば3年は安泰でしたが、今回の出馬について不安はありませんでしたか?

河上 不安というより、残念という気持ちが強かったです。農林水産委員会と、消費者特別委員会に入っています。農林水産員会は激論の繰り返しで、旧体制、官僚と一生懸命格闘しています。食の安全を守ることは国民の命を守るということで、本当に素晴らしいお仕事をさせてもらっていると感激しています。そのお仕事が続けられないのが一番かなしいです。ただ、当選したら必ず農林水産に戻り、国民の皆さまの食を守るために頑張っていきたいというのが今の一番の動機です。

横田 河上さんは取材をうけるのが今回で初めてと伺っています。理由はあるのでしょうか?

河上 私は政治家のお仕事は裏方の仕事と思います。

>>つづきは、NewsSpiral「河上みつえが参院選に向けた心境を語る」

横田 私は新人さんの生の声を聞きたいと思っています

河上 私は政権交代のまっただ中で仕事をさせていただいております。政権交代というと漠然としていますが、政治家の世代交代が一番の意味だったと感じます。国会の中で元気があって、核心を突いているのは、国民の意見とずれが少ない1期生ではないかと思います。

横田 参院選をどのようにたたかっていきますか、戦略があれば教えてください

河上 選挙は民主主義の基本で、国民が石を投じる唯一の機会だと思います。普段国会にいると国会議員との議論には参加できますが、直に国民の皆さんと接して声を聞く物理的な機会が少なくなります。選挙は国民のみなさまの声を100%吸い上げて、私を使ってくださいとアピールする機会です。全身で皆様の声を受け止めたいと思います。
 戦略はとにかく愚直に頑張るだけです。北は日本海に面し、南は奈良や滋賀県に接しているのが京都選挙区です。京都中ぐるぐるなんべんでもまわって、スニーカーの紐がすり切れるぐらいに頑張ります。

横田 京都選挙区は現職の方も出馬されますが、現職の方との差はどこにありますか?

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河上 福山先生は大ベテランで、政策通で、外務副大臣として世界中を回っておられる方です。同じふるさと出身として、2議席ともに必ず勝ち抜かないといけませn。先生に続け!と2議席とる気持ちでやっていきたいと思います。
 私が福山先生とたたかえるんじゃないかと思う力は、"共感力"だと思います。皆さんの気持ちに共感差し上げて、お声を聞いてともに喜怒哀楽を共感することです。

横田 私は「なぜ日本では女性首相が誕生しないのか」という視点で取材をしてまいりましたが、河上さんは女性首相についてどう思われますか?

河上 まず1つに政治の仕組みがあります。旧政権下では、派閥政治が広がってました。自民党政権で女性議員がたくさんおりましたが、派閥の長になった女性はおりませんでした。政治の仕組み自体が「派閥の長たる人物が国家の長である」という流れの中にあったことが原因になっています。
 2つ目はメンタル面です。日本人が今まで何を女性に求めていたかを考えてみると、やはり「良妻賢母」ではないかと思います。お母さんであり、子育てをする人を求め、社会で活躍する女性は認めてもらえなかった歴史があり、また働きたいと声を上げなかったことも事実です。結婚して子供を産み、出産後も仕事を続ける環境が今までありませんでした。女性の活躍が出産後落ち、継続就業が難しい状況です。女性だけに子育てを任せるのでなく、社会全体で子どもを育てる意識を国民が持ち、女性がもっと社会進出して働きたいという声を上げればと思います。
 私は政治こそ女性にぴったりな職業と感じます。長く続けられ、子育てしながらできます。

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横田 確かに女性国会議員でお子様がいらっしゃる方は多いですね

河上 本当に多くて私もびっくりしています。私は残念ながら子どもがおりませんが、子供を産んで年老いて、命をつなぐというのが人間の生き物たるところだと思います。その点を一番肌身をもって感じている女性こそが政治家にふさわしいと思います。やはり政治の場において女性の比率が低い...

横田 そうでなんです。国会議員における女性の割合が世界の中でも少ないのです

河上 スウェーデンやドイツは比率が対等なところまできていると伺っております。国会議事堂の中を見ても、まわりは男性ばかりです。女性がもっと政治に参加してもらえるようになればと思います。そのためにも私たちは頑張っていきます。

横田 将来的に女性が政治進出する可能性が生まれていると言えますか?

河上 国の枠組みが大きく変わりつつあります。今まさに大地震が起こって地球が2つに割れるかと思える程の転換期にさしかかっています。私たちはそれを悲劇ととらえるのでなく、ゼロから芽吹いていくんだと考えれば、すごく楽しくなってくると思います。
 昨晩『三丁目の夕日』をちらっとテレビで見ました。私は昭和の時代を過ごしましたが、一生懸命でひたむきで、歯を食いしばって生きていました。この時代に問われているのは、またあの時代と同じような一生懸命さと愚直なまでのまっすぐな気持ちがわれわれに求められていると思います。額に汗して働くことをもう一度大切にしたいと思います。そしてお互いたたえ合える絆を持たないといけません。笑顔でたたえ合える社会を築きたいと考えております。

2010年4月10日、《THE JOURNAL》編集部取材&撮影

2010年4月 6日

【第30回】政治家に訊く:大島九州男

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───────【基本情報】───────

名前:大島九州男(おおしま・くすお)
政党:民主党
選挙区:全国比例代表区
生年月日:1961年6月11日
血液型:0型
座右の銘:天道を生きる
趣味:温泉、読書
好きな食べ物:豚肉、ラーメン、うどん
お気に入りの店:キングハーベスト(港区赤坂)
ホームページ:http://kusuo-o.net/

───────【質問事項】───────

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─政治家になろうと思ったきっかけは?

 もともと政治には関心がありませんでした。地元で仕事をしていて、周囲に推されて市議会に出馬したことが政治に関わるようになったきっかけです。
田中六助(たなか・ろくすけ)元自民党幹事長が家に来たことがあるように、私の実家は選挙があれば一生懸命応援するような家だったようです。北橋健治(きたはし・けんじ)氏や、宮田早苗(みやた・さなえ)氏といった民社党の方、新日鉄関係の仕事をしていたので関わりがあったようです。でもそれは高校時代のことで、私は東京にいましたから間近で見ることもありませんでした。

─日大卒業後、東京で仕事をすることは考えていなかったのですか?

 父が鉄工所をやっていたのですが、実際どのような仕事をしているか知りませんでした。自分が大きくなるまで育ててくれた親の仕事を知らないことに疑問があり、年取ってから鉄工所の仕事が出来ないことはわかっていたので、若いうちに経験しておこうと2年間ほど現場にいました。製鉄所の加熱炉といって、鉄をつくる設備を製造していました。中国の宝山製鉄は最初、うちの炉を導入していました。全国どこでも新日鉄の加熱炉といえばほとんどうちの加熱炉が入ってます。

─国会議員になる経緯は?

 市会議員を3期12年やった後、国会議員を目指す話がありました。しかし麻生太郎(あそう・たろう)元首相とたたかう衆院選に出るよりも、地元の市長選挙に出たほうがいいと言われていました。しかし松本龍(まつもと・りゅう)氏と仲がいい岩田順介(いわた・じゅんすけ)前衆院議員が引退するからということから、私が出馬することになりました。その時は「10年たたかえば麻生氏に勝てる」と言われていたものです。麻生氏はその当時総務大臣でしたから、そんな大臣とたたかう機会はなかなかありません。市長は60歳を超えても出られます。衆院選は今しかできないと思い、決断しました。

─立正佼生会とつながりが深いようです

 麻生氏とたたかっているときに、何の要請もしていない私を立正佼生会のみなさんが応援してくれました。ある日選挙活動から帰ってきたら家に人がいっぱいいました。自主的に応援してくれたんです。それからのご縁です。

─突然応援をしてくれるものでしょうか?

 実は昔から深い縁がありました。何かというと、出身校であるの日大二校時代、友達がいませんでした。その時仲良くなった友達の同級生が、立正校正会の大幹部の孫でした。その同級生と私は仲が良く、大聖堂に行ってオーケストラを聴いたりしていました。
 驚いたのは、今の会長の次男、三男がみんな日大二校出身だったことです。三男は大学も一緒のようで、そういったご縁でかわいがってもらいました。

─浪人時代はどう過ごしていましたか?

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 朝6時に起きて、ビラを2000枚持って駅で配り、残りを団地で配っていました。そのビラには3日後の勉強会の案内が書かれていました。2000枚配って何人来ると思いますか。たったの4、5人です。そんな勉強会を月曜から金曜まで毎日やっていました。最終的な集客目標は5000人でした。それぞれが一人20票集めるてくれるようになれば、10万票になりますからなんとか麻生氏に追いつけるかと思っていました。そして最初の選挙が7万5千票でした。次の選挙では小泉旋風で大変な思いをしました。でも1万票差の9万票が集まりました。2回負けてハシゴを外されましたが、立正佼生会が拾ってくれ、2007年の参院選で私を全国区に出してくれました。

─総選挙で2度たたかった麻生氏とは、長年敵対関係なのでしょうか?

 いやいや、地元では麻生開発のテニススクールの校長を15年務めました。もちろん選挙に出るときは役をはずされましたよ。収入はガタ落ちでした。500人ぐらい所属するテニススクールで大きい所でした。捨てるものは大きいのですよ。
 たたかう人がいないからやるんです。私の座右の銘は「天道を生きる」です。人間には天に与えられた道があるんです。しっかり生きる、ただそれだけです。人がやることは人がやる、自分しかできないことをやるだけです。
 
─今夏7月に参院選があります。これからの動きを教えてください

 自分に縁のある人をまわります。私が関わりの深い立正校正会、学習塾、私学、県の選挙区、中小企業団体中央会など結びつける仲人的な動きになります。自民党をずっと応援してきた私学や中小企業団体中央会などは注目です。党に関係なく、政権交代する以前からのつきあいのある団体をまわります。

─政党に関係なくまわるのですね

 市会議員時代から、他党への挨拶は必要がないと周囲のみなさんから言われてきました。でも私は関係なくまわります。

─ブログで3月31日に可決した高校無償化法案について書かれています

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 高校無償化法案は、私が入ってきた2007年に...

 >>続きは「高校無償化法案 議員が失ってはいけない地方視点」lへ

─自民党政権と比べて、世の中が変わってきた印象はありますか?

 今までの政策は、国民に政治的関心を持たせないものでした。知識的に低いレベルに抑えておく、そうすれば自民党は勝てました。かつて森喜朗(もり・よしろう)元首相が「国民には寝ててほしい」と言いました。あれは愚民化政策ですよ。馬鹿にするというより、馬鹿にしてしまおうという発想です。今までは情報が統制され、大本営発表が続いてきましたからそれが可能でした。
 今はそうではありません。みんな馬鹿じゃないから政権交代ができたわけです。

─日々メディアで取り上げれられてる日米関係はどう考えていますか?

 日本の伝統文化、いいところが米国にとっては怖かったのです。それを壊すためにウーマンリブなどを入れて、天皇陛下のもとにまとまっていく国民性を家庭から壊していき、そこにのっかってしまっていまの状況ができあがっています。今までの政治家に責任があります。
 憲法9条にしても、米国は自分たちの民族からすれば「目には目を、歯には歯を」の考えがあり、もし日本が軍事を持っていたら当然報復するだろうということでそれを持たせました。自分たちが守ってやると言って基地を置き、日本の監視をしながらソ連や中国への防波堤としていきました。これを60年続けてきたら、「なんて日本人は従順なんだ、こんなことしなくてよかった、それだったら日本にも軍事力を持たせてやろう」という動きが出てくるわけです。
 私はそんな話が出るたびに、「60年かけてやっとその時が来た。武器を持ったら北朝鮮やロシアではなく、まわれ右をして米国に向かっていくんだ」と言っています。そうすれば米国は「憲法9条があるだろう、日本はしっかり憲法9条を守れ、他国からは自分たちが守ってやるから」と言いますよ。

─沖縄に置かれている米軍基地についてどういう考えを持っていますか?

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 必要ないと思います。負担の軽減という視点で、訓練については分散して行えばいいわけです。どうしても米国がヘリポートが必要というのであれば、どこか基地もどきのものを使えばいいのです。いざ有事の際になれば、羽田空港も成田空港も関係ありません。そういう観点でみれば、別に施設を整備する必要はないと思います。有事の際は高速道路だって飛行場になりますよ。小さいことでごちゃごちゃ言う必要はありません。不安を煽り、自分たちが守ってやるとか、自分たちは今までこうしてきたというマッチポンプがすごく大きいです。権力を持った人がそんなことをしてきたからダメなんです。前政権はその方法で票と金を集めてきました。

─これから大切にしたいことは?

 自民党の先生から、「地元との関係をつなぎ止める最良の方法はなんだと思うか」と聞かれたことがあります。それは「要望だけ聞いて"やらない"ことだよ」って言われました。馬鹿にしてるでしょう。要望だけ聞いて、やってしまうと逃げていくという発想です。僕らはさせていただけることをして、感謝していただいたらそれでいいんです。要望してきた人のためでなく、国家、国民のためになると思ってやっていることがたまたまその人たちのためになっているということなんです。どこに心を置くかが大切です。

───────【アイテム】───────

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2010年4月6日、参議院議員会館:《THE JOURNAL》編集部取材&撮影

Profile

政治家(国会議員・公認候補者・知事・市長...引退した方々など)の基本情報はもとより、政策から人柄までが分かるような「生きた」データベースを、取材や対談を元に構築してゆきます。
党や団体のイメージではなく、あくまで“政治家本人”にスポットをあてたコンテンツです。
できるだけ取材予告しますので、その政治家に対して“言いたいこと”や“聞きたいこと”がありましたら、コメント投稿ください。その場合、内容は簡潔にお願いします。
このページを通じて、閲覧者・政治家・編集部おのおのの相互理解が深まり、更に深い意見交換が生まれることを願っています。

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