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【第17回】政治家に訊く:瑞慶覧長敏

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───────【基本情報】───────

名前:瑞慶覧長敏(ずけらん・ちょうびん)
政党:民主党
選挙区:沖縄4区
生年月日:1958年10月24日
血液型:A型
趣味:野球、石採集
好きな食べ物:ポテトサラダ(じゃがいも料理)
自作の詩:誠より外に 優る世やねさみ 弥勒世に向かて 育つ童
ホームページ:http://www.nasu-net.or.jp/~yoshimi/

───────【質問事項】───────

Q1:なぜ政治家になったのですか?

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 僕が生まれたときから沖縄に基地があり、物心ついたときには父が基地反対・撤去運動に参加していることを知っていました。小学校3年生の時、父が初めて嘉手納基地に連れて行ってくれて、そこでデモに参加しました。

 "Yankee go home !"というシュプレヒコールをやり、そのデモ行進の両脇を沖縄の機動隊が固め、金網の向こう側では白人の兵士たちがトラックの上で上半身裸でピースしていました。その光景がすごく印象的で、子どもながらに理解できなかったことを覚えています。だって大人が一生懸命デモしているのに金網の中で笑いながらピースしている人がいるというのはどうしても理解できませんでした。

 そのように幼少時代を過ごした私にとって、政治=(イコール)生活でした。政治に興味があるというよりそれは生活の一部でした。親父も県議を3期務めていたので、政治を身近に感じる背景はありますが、沖縄で生まれて暮らしている中で「これはおかしいだろう」という事件にもいっぱい遭遇しました。

 直接のきっかけは喜納昌吉(きな・しょうきち)氏との出会いです。学校を卒業してから私は沖縄からアメリカ、大阪へと行きながらずっと沖縄のことを考えていました。そして沖縄に戻ったら彼に会わないといけないという思いがありました。若い頃はミュージシャンとしての彼しか知らなかったのですが、ところがある日この人ただ者じゃないなということがありました。沖縄に戻って会うべくしてあったなという感じです。喜納さんが参議院に通り、沖縄の基地問題は政権交代しなければ前に進まないということで「長敏、おまえも来い」ということがあり、今回手を上げました。

 沖縄は振り返れば薩摩の侵攻から独立を奪われ、戦争が起こりまた復帰しましたが大した変化がみられません。沖縄は長い歴史の中でなぜ自分で生きる道を決められないんだという思いを子どもながら抱き、成長して行くにつれて「これはどうにかせんといかん」という思いがふつふつとわいてきました。

Q2:政治家になる前の職業と関わっていた活動は?

 私は3歳ぐらいから英語に興味を持ち、英語ばかりを追いかけていました。アメリカに留学し、大阪で6年間英語に携わり、沖縄に戻ってから英語教室を自分で開きました。それはもちろん英語を教えたいという気持ちもありましたが、英語を通じて他の文化に触れさせることで、夢を持っていける子供を育てたいという思いがありました。
 
 また様々な活動もしました。喜納氏と出会った1997年頃、北朝鮮が飢餓に苦しんでおり、何とかしようと喜納さんに相談を持ちかけました。その時は地元の小さい一室を借りて無料コンサートを開催しました。一日で22万円ぐらい集まり、それを北朝鮮に持って行きました。1998年には沖縄から基地をなくす団体の実行委員もやりました。

Q3:地元が抱える問題と対策は?

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 僕の選挙区は本島の南部と、宮古、八重山の離島を抱えています。農村地帯で、観光地とはいえ大きな産業がありません。沖縄から発信できるようなものを作るような農業振興を進めていきたいと思います。

 もう一つのテーマは教育です。僕はALT(外国語指導助手)として学校にいたこともあります。沖縄はそれぞれの地域に特色がいっぱいあり、島によって文化も言葉も伝統も違いますので、その伝統が本当に活かされるような教育をやる必要性を感じています。

 アメリカにいたとき、文化・伝統をしっかりと足もとでつかんでいないと世界では議論できないことを痛感しました。アメリカは宗教に根付いた文化があり、話す中でも必ず自分の信仰する宗教が何かを聞かれます。いざ聞かれて、はたと振り返ったときに僕には体系に基づいた宗教がなないことに気づきました。沖縄に戻って英語教室を開く時には英語を教えるだけでなく、世界の文化も広めながら自分の足もとを固めていこうとしてきました。内地(沖縄から見た本州)では沖縄以上に文化と教育の切り離しがあると思います。子どもたちも巻き込んでいけるような教育制度づくりを目指しています。

Q4:当選の前後で周りの環境に変化がありましたか?

 まず生活スタイルが変わりました。飛行機に乗って沖縄と東京を行き来するようになり、行った先ではVIPルームに案内されたり今までうけたことないような対応をされることがあります。仕事そのものは国をつくる仕事になり、今までニュースを見る時は傍観者でしたが今は責任ありますもんね。ニュースを見ても何をするにしてもずっと緊張しっぱなしです。我々が決めないと世の中が回らないという感覚です。くそ真面目なタイプなのでどうしてもそうなってしまうのです...

Q5:基地問題について心境の変化はありますか?

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 今までは「こうなったらいいな」という希望があったのですが、解決までの道のりがとても遠かったです。僕は市議会にも県議会にもおらず、今回の当選で一気に基地問題との距離感が縮まりました。自分が動くことによって変われるんだと思っています。
 ただ今の政権は思った以上に苦戦していますね。選挙前は鳩山首相をはじめ「県外移設だ!国外だ!」と叫んでいましたが、民主党政権になった途端にアメリカの前政権との合意があるから...という風潮になっています。そういう意味では一筋縄ではいかないなという思いはありますが、絶対にひかないぞという思いはあります。

─大臣と意見交換したりお願いすることはありますか?

 大臣と話し合うことはあります。ただし、同じ国会議員なんだから「お願い」という言葉はやめて話し合いをしようと言っています。同じテーブルに座って我々が地元議員としての意見を出し、政策に反映されるような格好になっています。十分とはいえませんが意見を出す場所と機会はあります。

Q6:日本をどのような国にしたいですか?

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 (壁に飾ってある掛け軸を指して)こんな国になればと思います。

「富は人を造らず 人は富を造る」

 沖縄の書家の豊平峰雲(とよひら・ほううん)氏が書いて下さいました。

 国はいくら物があってもダメだし、きれいな道があってもダメです。使う人がしっかりしていなければその国は発展せず、富を生かすこともできません。「モノからヒトに」と言っていますが、日本はこれから世界に通じるような人材をつくりだしていかなければいけないと思います。沖縄も同じです。

Q7:国民、支持者にメッセージをお願いします

 政権が代わったことをこれから実感すると思います。結果が出るのにはもうちょっと時間がかかるので、その点をわかってもらいたいなと思います。60年近く一つの政党が政権をとり、後ろにアメリカという国がいて、国民が知らない間にいろいろなものが進んで無駄が積み重なってきました。それをひっくり返そうというのが国民の総意だと思います。
 事業仕分けなど今までやってこなかったことを国民の目を通して進めてきています。その成果はすぐに出ないと思いますが、ぜひ辛抱強く一緒に新しい国づくりをやっていきたいと思います。

───────【こだわり】───────

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「トイレを出るときに必ず"フタ"をします」

"運(ウン)"を逃がさないようにするというゲンかつぎ。

友人に聞いて以来、一度も欠かさずフタをしめているそうです。

...確かに...逃げてはいないけど「流れちゃう」ワケだし...とは思ったのですが...そこは突っ込まず。

2009年12月2日、衆議院第一議員会館:《THE JOURNAL》編集部取材&撮影

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» 【米軍再編】恫喝などに屈せず鳩山政権は断固として普天間基地の国外移設を要求すべきだ!【自分勝手】 送信元 ステイメンの雑記帖 
 アメリカ国防総省を中心に、シロアリジミンや「下野なう」惨経など売国去勢ポチ勢力などがしきりに喚き立てる沖縄の普天間基地移設問題であるが、アメリカ政府が一... [詳しくはこちら]

コメント (16)

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http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

チョービン、当選、おめでとう。一昨年、久高島で会って以来ですね。質問をふくめて三つです。一つは、道州制について。沖縄では道州制(沖縄単独州)の議論が活発ですね。沖縄単独州の中に奄美諸島を含める議論がありますが、これについてどう考えますか。10年前、名瀬市(現奄美市)に吉元政矩沖縄県元副知事を招いて、琉球諸島自治政府構想シンポジウムを仕掛けました。一つだけ言えることは、かつての琉球王国の記憶をもとに、奄美諸島に対して、沖縄単独州への参加を呼びかけることには無理があるということです。1609年の薩摩島津氏による琉球侵略以降、現在までの400年の歴史を無視するわけにはいきません。そのことについては、昨年、共著『反復帰と反国家』(社会評論社)の中で、「<無国籍>地帯、奄美諸島」と題して書きましたので、参考にしてください。二つめは、総選挙において奄美諸島の選挙区(鹿児島二区)では、打越あかし氏が比例復活当選しました。打越衆議院議員は、奄美諸島の航空運賃の大幅値下げなど、「ローカル・マニフェスト(奄美版政権公約)」を民主党本部の公約としてかかげて、選挙運動を戦いました。僕も労組の立場から、応援しました。しかし、地元紙の報道によると、選挙区で当選した徳田毅衆議院議員(自民党)が、11月18日に開かれた衆院国土交通委員会で、前原国交相に対して、このローカル・マニフェストの実現を迫ったところ、前原国交相は「(奄美版政権公約=ローカル・マニフェストについて)存じません」と答えています。このことについては、来週来島予定の打越議員に確認するつもりです。鹿児島出身の打越議員、奄美諸島の民主党陣営へのメッセージを、沖縄からいただきたい。三つめは、普天間基地の移設問題。鳩山政権が、辺野古移設を容認することになれば、民主党沖縄県連としては、どのような決断をするつもりでしょうか。最後に、久しぶりに飲んで語り合いたいですね。

はじめまして。

こうした内容の質問を投稿してよいものか悩んだ末、あえて投稿させていただきます。
私の乏しい知識で、間違いがあれば、指摘してください。

沖縄は、過去「琉球王国」で独立していた国と聞いています。
それが、薩摩の侵略で占領され、その後、否応なしに日本という国に一括りされてしまいます。

悲惨な戦争後、アメリカに占領され、またしても、そこに住む人の意思に関らず、蹂躙される。

更に、「沖縄復帰」という名の下に日本という国に従属され、今日に至っている。

ヤマトンチュウ(この意味を私なりに理解して使っています。綴りも違うのかな?}の私からみると、こうした歴史を踏まえて鑑みるに、「沖縄国」という発想は、生れてこなかったのでしょうか?

本文にも、ご本人の記載がありますし、道州制はややそれに繋がる想いだと察しします。
非常に極端な、お答えしにくい質問ですので、お答えは期待していません。

東欧でも、民族や宗教で国が、割れることがあります。
「明治維新」の時でも、残念ながら、私に聞き覚えのあるそうした運動なりがありません。
また、「沖縄復帰」時には、歓迎されて受け入れられたように、幼い私の記憶にあります。
その時、これからは、日本でなく「沖縄国」としてやっていこうという、機運はなかったのでしょうか?

本来、革命的な変革には、必ずといっていいほど、人の血がながれます。
けれど、今回の「政権交代」は、ある意味ほとんど人の血(経済不況で流れた血はあるのですが}が、流れなかったクーデターでもあると思っています。

先導するつもりもありませんが、「沖縄」は「沖縄国」で自立してやっていく。
それくらい、強い決意が何故生れないのでしょうか?

自立した財源の確保や生活の糧など「沖縄」のみで、確保するのは難しいでしょう。
良く知らなくて言っているのですが、「バチカン市国」など、小さくても独立した国も存在できます。

同じ党内で、造反だといわれるかもしれません。
でも、そうしたコンセンサスをぶち上げて、国民に提示してもいいのでないかと、私はこの「コラム」を読んで感じました。

けんか別れでなく、お互い手を取り合ってがんばろう。
そうした、「独立運動」があってもいい気がします。

現在、日本が抱えている問題を解決するには、本当に険しい道のりを歩まなくてはいけません。
それ以上に、険しい道になることは、容易に想像できます。
けれど、「沖縄問題」を考えるに選択できるひとつの道でないのでしょうか?

勝手な私見を申し上げました。


12/2 12:55投稿内容の一部訂正です。
「かつての琉球王国の記憶をもとに」を、「かつての琉球王国の記憶だけをもとに」と訂正します。
「琉球諸島自治政府構想」は、正確には1998年、自治労沖縄プロジェクトが発表した「琉球諸島の特別自治制に関する法律案要綱(素案)」のことです。このプロジェクトには、高野孟氏も深くかかわっています。
 「琉球諸島自治政府構想」は、琉球王国の記憶を背景としながらも、「自治政府」については、米軍(米国)占領時代の「群島政府」「琉球政府」をモデルにしていますね。この構想については基本的に賛成ですが、奄美諸島についての記述には混乱がみられます。
 琉球王国への回帰ではなく、1609年の薩摩島津氏による琉球侵略以降、400年の歴史をふまえた、「琉球弧」(島尾敏雄)の自治のあり方を考える必要があります。

 11月21日、奄美大島で「沖縄・鹿児島連携交流事業」が開催されましたが、「「交流拡大宣言」の中止を要求する奄美の会」が、抗議行動を行いました。詳しくは、下記のブログを参考にしてください。
  http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/11/post-0055.html
  http://d.hatena.ne.jp/syomu/20091123/p1
  http://ryukyujichi.blog123.fc2.com/blog-entry-656.html
  http://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/f4ccbd7fdf756ed35e26b13f1e36b767

基地問題についての秘策を教えてください。

佐野眞一さんの本を読むと昭和天皇は沖縄をアメリカに貢いだようですが、沖縄はどうなっていけばいいと思いますか。

本田 様
 沖縄の「独立運動」---なつかしい言葉です。
 1972年沖縄が日本本土に復帰する前後、反復帰論という思想潮流が一定の知識人のなかでにぎわっていた。
 さらにベトナム戦争の60年代後半においては、沖縄の独立をスローガンに{琉球独立党}という立派な政党活動が活発だった。心ときめかして共感したのを覚えている。
 琉球の独立を目的とする政治活動は、沖縄のアメリカによる軍事占領の歴史ととともに始まり現存していた。
 いったい何故に、沖縄の独立---琉球独立の思想と運動は潰れつぶされたのか。

beniko 様

掛け問答になりますが・・・。
私も二度、沖縄を訪れたことがあります。
「きれいな海(沖縄でチュラ?)」と「軍の基地」のそれ以外の知識は、乏しいのです。

沖縄にも「独立運動」が、あった時期があるのですね。

私の思いは、地域のことは地域に主体性を持たせることにあります。
「国防」とか、地域だけで解決できない国策を国の行政に行ってもらう。

まして、本土(差別用語ですみません)の歴史と沖縄(琉球王国)の歴史の歩みは、長い歴史で見れば、共存共栄してきたと見ています。
私的には、日本は400年程前(?)「琉球王国」を占領してきたとも見れるのです。
そうした意味においても、この際に「沖縄」を「琉球王国」に返還してもいいのでないかと、ふと感じた次第です。

その後の「日本」と「琉球王国」は、現首相が唱えている「アジア共同体構想」の第一歩として、「機構」を立ち上げる。
両国間は、パスポートなしにこれまでと同様に自由に行き来し、「関税もなし」など、従来の経済や交流に支障が出ないように、関係を結ぶ。

更には、近隣の「アジア諸国」に仲間に入らないと、声掛けするきっかけにもなると思っています。

マエトシ 様

大変軽率な発言をしてしまったようです。
申し訳ありません。
今日、ご指摘に気が付きました。

「琉球」、「奄美」、「薩摩」それぞれに、私の知らない歴史が、あったのですね。

そうした背景、歴史経過から現在に及んでいるとは、思いもしていませんでした。

いかにも何もしてこなかったような発言内容でした。
《それくらい、強い決意が何故生れないのでしょうか?》
この発言は、撤回させてください。

日本海を荒らしまわった「倭寇」
皆さんはこの倭寇は日本人だと思っている。民主党を支持する日教組もそう教えている。
しかし、実際は日本人は1割未満。後の9割は中国、朝鮮で、その中で琉球人が相当数居たらしい。琉球人も歴史を調べると相当悪い民族で、今ならソマリア沖の海賊。その子孫が平和、戦争反対と言いながら政府から膨大な金をせびり取っている。たかりだな。
これって在日韓国、朝鮮人と似てない?

これは削除されるなあ!
削除してみなよ!

何故私達(ヤマトンチュウ)は、沖縄の米軍基地問題を語るとき、有事の話を持ち出すのだろ?
何故、「日米安保」を持ち出すのであろう?

そして、何故この「コラム」で異論・反論できないのだろう?

まるで、他人事の議論をしている。
私にはそう思えて、恥ずかしい。

現外務大臣の苦悩は、理解できる。
そして、少なくとも沖縄で理解を得ようとしている姿勢は、評価できる。

けれど、この「コラム」の主題「沖縄問題」に答えられない自分が恥ずかしい。

インタビューという場なのでしょうがないとは思うが。
また国会議員という立場でしょうがないとは思うが。
きれい事が発言が多すぎる。

沖縄の自立だの、基地の撤去だの、いろいろ「正論」が言われているが、これまでの沖縄の本土依存型経済の中である意味、独立を封じ込めるための国策に「育成」された県民体質。。
斜陽国家になりつつある日本に連動して、今後沖縄に起こりつつある貧乏経済を受け入れることは出来るだろうか?
沖縄県民の体質には3つあると思っている。
一つには、土建、観光に依存した国民新党がやっているような古い保守体質の人々、多くの人がこれで食べているが階層としてはピラミッド型で格差社会を作っている。軍用地主も同様の部類。基地の県外移設の人質に新たな財政投資を望んでいる。
二つめはいわゆるインテリ層で、独立論のもっとも強固な推進者、おそらくは独立のためなら経済規模が縮小し貧乏になることもいとわない人々、しかし少数派である。情報発信は多いので、こういう人たちが県民の意見を代表しているかのように思われるがそうではない。支持政党は社民、共産、民主、社大となるが、政党の意図は彼らと別のところにある。
三つ目は、本土の人から見れば社会の底辺に属する人々、生活保護、障害年金等、社会保障費を中心に生活を営んでいる人、病院、開業医が乱立する沖縄で、貧困ビジネスに囲まれている。地場産業の乏しい中で、ファーストフード店に行き酒を飲むしかない、アメリカ南部の貧しい黒人層をイメージさせる人々。選挙に普段行かないが社会保障費の減額で今回の選挙ではかなり行動に出たのではないかと思う。1の土建層の下層に位置する人も含む。
少なくとも1と3の人々は沖縄独立に反対だと思う。というかこれ以上生活水準を下げることは受け入れないだろう。本土の人からみれば、傲慢にうつると思う。

沖縄県庁の体質も同様でこれを崩すのは容易ではない。

今回、沖縄県においてはすべての選挙区において民主系候補が当選したが、これは予算の減額、不況に等よる大衆の不満を表したに過ぎない。中央政党の意図とはやや離れている印象を持つ。
いずれにせよ、国家の経済規模が縮小する中、沖縄県においても荒療治は施される。その時に、政治家としてきれい事ばかり言っていると、その落差から民衆の怒りをかう事になると思う。
本土の皆さんが心配しなくてもアメリカ軍はいなくなります。
結果沖縄はもっと貧乏になります。
その時の混乱を静かに収拾させることが政治家の役目となるでしょう。

 沖縄県 半ば独立国となるような方策とられてはと思います。幸いというか あまり評判のよくない「道州制についても 沖縄県が「沖縄州」になるとされており、外交・防衛についても、或る程度自立し他提案していけばと思います。
 又 通貨制度についても、゜沖縄州
」だけ通用する 地域通貨わ創設し
 沖縄州内での取引 地域通貨でもよい
ということとし、又 台湾、中国福建省など と地域通貨で取引し
 台湾元、中国元との交換比率きめておけばよいと思います。
 日本本土との取引は 日本円ですのて 地域通貨と日本円との交換比率もきめておけばよいとおもうますが。かつて 沖縄県内 B円が流通していたように、沖縄県内での取引、台湾などとの商取引 地域通貨でおこない、国税払わず、県・市町村税は地域通貨、日本円何れでも良いというふうにすればと思います。
 道州制推進論者は「地域主権」と叫んでいますのて それを逆手にとり 半ば独立志向されること 提案しておきます。

改めて、皆様の投稿を読み、感じたことを投稿させてください。
「独立」と過激な発言をしましたが、この「コラム」の主旨にしても、沖縄の方の自立性が見受けられない。(厳しい言い方ですが)

ここ数年、地域主権運動が活発に行われている。
その一端に「事業仕分け」もある、元々地域から発生した運動だそうです。

自分達のことは、自分達で解決したい表れでないかと思います。
誰か(日本政府・アメリカ等)にすがって、生きる術しかなかったとは、思います。

何処かの「コラム」で、拝読しましたが、「普天間」の跡地をどう活用すればいいのか?との質問的なものです。
以前、地方の特別区が、話題になったと思います。
「沖縄」で特別な提言があったか私には、記憶がありません。(また、何も知らないでとの、お叱り覚悟です)
あいも変わらず、「観光」を中心にした、政策しか私には、見えません。
一部、バイオ事業を推進されたと聞いてはいますが、これも国にお願いしての事情にしか、私には見えません。

人頼みでなく、自分達で自分達の地域を作っていくんだ。
そうした、機運ができることを期待しています。

単に「基地」は、要らないから、出て行ってもらうことを、お役所にお願いするだけでなく。
出て行った後を、今後どう活用するのか?
地域住民の意見を沿えて、提言すべきでないかと・・・。
出て行った後、また、政府にお願いしますでは、これまでの繰り返しになるとも思います。

別の「コラム」で不要になりつつある空港問題で、この「普天間」跡地を、太陽光発電所に利用できないかと提言したことがあります。

何故、地域の人からそうした意見が出ないのでしょうか?

再度、投稿します。

以前別の「コラム」で、普天間問題に関して、伊良部島の下地島にある空港のことを提案したことがあります。

何人かの地方の首長さんが、「カジノ計画」を立案されています。
この下地島に「カジノ特別区」を提言してみては、いかがでしょうか?

地域住民の合意や治安問題などいろいろあると思いますが、地域活性化の1つの手法であると思います。

<本田 勉様>
大賛成です。私も以前、高野さんの板に以下コメントをしていました。沖縄の基地問題は経済問題と背中併せで、基地がなくなれば解決するものではありません。
以下、以前の投稿の一部を再投稿します。
>国外移設に賛成しますが、それだけでは沖縄の根源的な問題の解決にはならず、経済・雇用問題への施策が必要です。
基地移転で失われる雇用をどうするかも真剣に考えなければ、沖縄の人々は救われません。特区としてカジノを作っちゃうとか、沖縄ならではの振興策を検討して欲しい。
投稿者: em5467-2こと恵美 | 2009年12月 4日 17:13<

em5467-2こと恵美 | 2009年12月11日 11:37 様

一部貴方の投稿を引用させていただきました。
普天間跡地では、学校など治安上の問題もあるかと考えて、複合案のような形での提言です。
誠に、申し訳ありません。

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