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2011年5月18日

TPP参加へとまい進する「新自由主義的震災復興」のシナリオとどう対抗するか

 案の定出てきたな、というのが率直な感想だ。日本経団連が4月18日、日本の通商戦略に関する提言を発表した、その内容についての感想だ。提言は、大震災後、論議が停滞しているTPP(環太平洋経済連携協定)について、「早期参加は依然重要な政策課題」とそたうえで、「震災後の経済復興に向けたグローバルな事業展開、円滑なサプライチェーンの構築に不可欠」と主張。参加しなければ「国内生産拠点がTPP参加国に移転してしまう」と、脅しとも見える言及をしている。

◆ふたつの動きがぶつかり合う時代

 なにも変わらない日本がここにあった。3・11東日本大震災と、それに続く福島第一原発の暴走は、この列島のこれまで形作ってきた世界・経済・政治・清算と生活のありよう・科学技術などなど、すべてのものに根底からの見直しを迫るものである。そして今、大震災後のこの社会のありようをめぐって、変わらない、あるいは変えたくない日本と、これまでのようではない世の中をつくろうとする動きとが、ぶつかり合う時代に入ろうとしている。

 これまでのようではない世の中をめざす動きの象徴は「脱原発」であろう。エネルギーの面から世界のありようを構想するこの運動は、従来の新自由主義路線と正面から対峙する「TPPいらない」あるいは反TPPの運動に重なり合う側面をとてもたくさん持っている。ぼく自身は「脱原発」「反TPP」「地域自立」をセットで考え、動きたいと思っている。

◆暗闇で考えたこと

 3月末,次のような文章を書いた。

「断続的に続く停電。4月が近いのに底冷えがする。外へ出てみると、満天の星空。これまで目を凝らしても見えなかった小さな星も見えている。ここは秩父市のはずれ、横瀬町と境を接する小高い山の上だが、こんな星空をみたのはいつだったろうと記憶をたどる。20年、いや30年くらいさかのぼるかもしれない。
福島原発暴走による停電で生産も生活も停滞を余儀なくされた結果なのだが、原発を捨て、ここまで戻るのは、とても魅力的な選択ではないのか、と闇の中で空を見上げながら思う。豊前火力発電所建設反対運動のなかで松下竜一はいた。今後展開するであろうこの列島の、想定されるシナリオを思い浮かべ、いま私たちに必要なのは、「暗闇を取り戻す思想と行動」なのではないか、と考えた。」(『反改憲通信』6期20・21号より)

◆復興特需とグローバル化

 上に書いた「想定されるシナリオとは、次のようなものだ。
暴走する原発を何とか抑えつけ地震と津波被災地で復旧が始まる。あの事故を抑えつけた日本の技術力は称賛され、付加価値となって原発輸出が加速する。津波被災地では、多国籍企業を含めた大手ゼネコンがひしめき、国家事業となった震災復興に群がる。震災特需に世界中から資本が入り込み、何十兆円という復旧・復興費が長く停滞する先進国経済の救世主となる。被災者の不満を抑えるために、社会の管理化が急速に進む。

 復興資金を稼ぐためには、より一層の経済のグローバル化が必要との声が政治家と経済界で高まり、TPP(環太平洋経済連携協定)参加論議が勢いを得て、そのことに反対するのは非国民、といった空気がかもしだされる。原発事故で有事に強い日米軍事同盟の威力が宣伝された結果、普天間を含む沖縄の基地闘争は、これまた非国民・国賊扱いとなり、孤立する。

◆TPPで経済活性化狙う

 「新自由主義的復興」とでもいうべき方向に、政府、経済界は急速に動き出している。冒頭述べた日本経団連の提言は、その代表的なものだ。小泉改革を主導し、日本の社会・経済の仕組みを市場原理主義でまとめ上げた経済学者の竹中平蔵氏も、マスメディアで盛んにTPP推進の音頭を取り始めた。その理由としていま推進論者は「震災復興」をあげる。「震災復興のための巨額な資金を稼ぎだすために日本経済を活性化させなければならない、それにはTPPだ」という論理である。

 農業について言えば、それはTPP推進の目玉として常にもちだされる「強い農業づくり」につながる。農水省の元幹部で現在財界系のシンクタンクにいる山下一仁氏が『週刊ダイヤモンド』4月23日号に書いている「効率的な農業と生活を実現する農村復興策を大胆に実行すべき」という一文はその典型である。

◆震災は農業効率化のチャンスというエコノミスト

 彼はいう。

「今回は、農業を効率的産業として新生させる大きなチャンスでもある」

 そのために、「被災地を対象とする特別措置法を制定し、...(農地の)一般法人への開放、政府出資を含む農業ファンドの創設による投資など」を行う。

「これは以前の農業の復旧ではない。効率的な新生農業の建設である」

 こうした土地利用を実現するためには「個別の土地所有権の見直しが必要でもある」と氏は述べる。小さな農家や高齢農家から土地を吐き出させ、震災復興の名目で参入を許された一般法人に土地を集積していくということなのだろう。同時に氏は、民主党政権の目玉であった戸別所得補償政策は、一定規模以上の企業農家にしぼり、「日本農業全体の効率化を実現」させるべきとも説いている。

 言っていることは簡単だ。震災復興を口実に、一挙に小さい農家や高齢農家をつぶし、一般企業を農業に参入させて、TPPによる「農業開国」に勝ち抜ける大規模農業をつくりあげようということである。

◆どんな世の中をつくるのか

 こうしたシナリオにどう対峙し、それとは違う"この列島のつくりかえ"を用意し、足元から動き出すか、いま市民・民衆運動に側はその力量が問われているのだと思う。もちろん東京だけの動きで、そんなことができわけはない。幸い、ぼくが軸足を置く農と村と百姓の世界では、反TPPを掲げ、各地の手だれの百姓が参加する「TPPに反対する人びとの会」が生まれ、行動を起こしていた。農村の女たちの間では「反TPP百姓女の会」が生まれ、戦後農村女性運動を担ってきた女たちが動く場がつくられていた。そのなかには、今回被災した人も多い。

 これらの運動と連携をとりながら、ムラやマチの生活者、手だれの百姓、漁師、小零細業者、職人を包み込む動きをつくりだせないか。ことは急ぐ。試行錯誤や失敗は承知の上で、少しずつ歩み出すしかない。私たちが目指す世の中の見取り図はそれなりに出来上がっている。当事者主権と民主主義、大きなシステムではなく小さな仕組み、人と自然・人と人の関係性のつくり直し。それをありふれた言葉だが、「脱原発社会」と名付けてもいいかもしれない。

(本稿は『消費者リポート』1485号2011年5月7日に掲載したものです)

2011年5月 7日

消された村

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村と家族とコメを話す

 40年間、コメを作ってきた。借地10ヘクタールをいれ、12ヘクタールの稲作を手がけていた。安全なコメ作りをめざし、農薬,化学肥料は控える環境保全型農業を追求してきた。営々と土を作ってきた田んぼに、もうはいれない。まだ1000万円の借金が残る農機も流された。残ったのは、その日乗っていた軽トラだけ。これが全財産だ。

 はじめて会ったとき,志賀一郎さんは無精髭をなぜながら、以前ならこんなことはなかった、きれいに剃っていたんですが、と照れたようにいった。「以前」というのは2011年3月11日のことだ。東日本大震災が東北・北関東を襲い、福島第一原発が連続爆発を起こして、暴走をはじめた。

 この日、志賀さんはすべてを失った。妻、孫、自宅、田畑、そして63年間生きてきた故郷、双葉町。お孫さんは昨年11月に生まれたばかり、遅い初孫だった。携帯電話に写真が残っている。見せてくれた。まるまるとした赤ん坊が笑ってこちらを向いている。涙が溢れ出して話が聞けない。我ながら記者失格だなと思った。

 地震があった3月11日は志賀さんはイベントに野菜を運ぶために出かける途中だった。そこへ地震、引き返したが家は消えていた。息子夫婦も駆けつけ、探したが見つからない。そして原発爆発、退避指示。またすぐ探しに戻ってこれるつもりでそこを離れた。志賀さん自宅は海岸から500メートル、第一原発から3・5キロだった。

 軽トラにいつも乗せていたものがある。一昨年、大阪であったコメの食味品評会でもらった金賞の表彰状のコピー。大事そうに取り出して見せてくれた。40年の手だれコメ作り百姓の唯一の存在証明。志賀さんにはこれしかない。

 いま志賀さんは郡山の有機コメ作り仲間の家に身を寄せている。ここでコメ作りを手伝いながら、避難解除になったら妻と孫を探しに戻るつもりだった。原発から今も流出し続ける放射能は、その望みも断ち切った。「田植えが終わったら恐山に行って妻に逢い、許しをこいます。その後どうするか、何も決まっていません」と話す。何を許してもらうのか、ついに聞けなかった。

Profile

大野和興(おおの・かずおき)

-----<経歴>-----

1940年愛媛県生まれ。
農業ジャーナリスト。
四国山地の真只中の村で育ち、農業記者として約40年を日本とアジアの村を歩く。
「日刊ベリタ」現編集長、「脱WTO草の根キャンペーン実行委員会」事務局長、「アジア農民交流センター」世話人、「国際有機農業映画祭」実行委員会代表。

BookMarks

-----<著書>-----


『食大乱の時代』
2008年7月、七つ森書館


『百姓が時代を創る』
2008年2月、七つ森書館(増補版)、共著

『日本の農業を考える』
2004年4月、岩波書店

『百姓は越境する』
1991年8月、社会評論社

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