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« TPP 狙いは日米同盟強化 ── 経済政策より政治選択だった
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TPP ニュージーランドでも市民、学者、労働組合が反対に立ち上がり、ネットでも訴え »

グリーンエコノミーが生態系と農民コミュニティを壊す ヴィア・カンペシーナは主張する

 いま、世界で進行していることの一つに、小農民というひとつの社会階層が丸ごと消えようとしているという現実がる。小農民が生存できないほどの現実は生み出された背後には、資本の自由を気ままに許し、奨励する世界の仕組みがある。そのことが何を生み、消される側の小農民はどう向き合い、たたかえばよいのか、「資本の自由」とたたかう世界の農民運動のネットワーク、ヴィア・カンペシーナが名古屋COP10に際し出した声明を手掛かりに見ていく。

 生態系と生物多様性の経済学(The economics of ecosystems & biodiversity)」(以下「TEEB」と呼ぶ)と呼ばれる概念が、COP10で注目を浴びた。生態系の破壊や生物多様性の減少がもたらす経済的な価値や被害を定量的に評価する枠組みをつくろうというもので、生物多様性に配慮した、グリーンエコノミー、グリーンビジネスに理論的なバックグラウンドを与えるものだ。ヴィア・カンペシーナはこれに異議を唱える。

「名古屋では多くの政府の支援を受けて、企業によって、生物多様性の私有化、商品化が積極的に進められました。TEEB(生態系と生物多様性の経済学)に関するプログラムもその一つで、土地や動物、種子、水など、農業コミュニティの土地やテリトリーそのものである、自然のそれぞれの要素の市場で評価に道を開くものです。育苗の複雑さや、生態系、気候パターン、土壌肥沃度など、すべてを『生態系サービス』という言葉に矮小化し、排出権クレジットと同様の取引の対象としようというのです。」

 ヴィア・カンペシーナは同時にアグロ燃料・REDDにも異議を唱える。

「アグロ燃料は土地への投機を引き起こす一方で、炭素排出の減少には何ら役立っていません。第一世代と呼ばれるアグロ燃料は、トウモロコシやサトウキビ、オイル・パーム、ジャトロファのモノ・カルチャーに依拠していますが、これらは膨大な農地と水、化学的投入物を要求します。いわゆる第二世代は、牧草や樹木、遺伝子組み換え藻類などによるものですが、これらは作物だけではなく、すべての植物由来物質を脅かすものです。エネルギー効率が低いだけではなく、遺伝的汚染を通じて、私たちの食べ物や野生種を危険にさらすものです。」

「いくつかの政府による高い補助金によって、アグロ燃料はうまみのある『グリーン・ビジネス』となっているのです。」

「REDDも気候と生物多様性の商品化を加速するものとなっています。ヨーロッパの汚染産業は排出量を削減するという義務を回避して、REDDを通じて、ブラジルやインドネシアなど遠い南の国々の森林による排出権を購入しようというのです。REDDによっては排出量の削減はなされず、モノ・カルチャー林業が生物多様性を脅かすばかりです。また農民による農業や先住民族は土地やテリトリーから排除されることになるのです。」

 REDDとは、開発途上国における森林の破壊や劣化を回避することで温室効果ガス(二酸化炭素)の排出を削減しようとすることを指している。ヴィア・カンペシーナはこうした気候変動や生物多様性を守るとい名分で国際会議で論議され、制度化されようとしている対策自体が、地域のコミュニティを壊し、小農民の生存基盤を奪っていると批判する。

「世界市場向けのアグロ燃料など、産業向けの原材料生産のための土地収奪によって、私たち農民、そして小規模な食料生産者は私たちの土地から追い出されつつあります。何千年にもわたって生物多様性を育て、守ってきた私たちは、「保護地域」の名のもとに資源へのアクセスを禁止されています。その一方で、大企業は、「持続的だ」と偽るユーカリやパームのモノ・カルチャーの砂漠から資源を獲得しつつあるのです。」

■解決策は

 ヴィア・カンペシーナは、いま環境を守る経済学としてもてはやされているTEEBやREDDは生態系や生命を産業界の私有財産とし、生命を商品化し、投資・投機の対象とするものだ」と規定、拒否すべきだと呼びかけている。そして次のようにいう。

「生物多様性の破壊は、森林や草原、湿地などを含め、農業生態的な実践に基づいて農業生物多様性と自然/野生生物多様性を維持してきた農業コミュニティの破壊の結果なのです。生物多様性の保全のためには、農業コミュニティがその土地を耕し続けられるようにしなければなりません。企業の利益ではなく、エコロジカルな農業に取り組む若者世代の関心こそが生物多様性を守るのです。農業に取り組む若者たちが、生き続け、耕し続けられるということ、そのためには土地や水、種子、伝統的な知識へのアクセスが保持され、テリトリーと生態系への地域による完全な管理が実現しなくてはなりません。」

 グリーンエコノミー、グリーンビジネスという聞こえの良い言葉は、この地球に最後に残されたものを商品化し、市場経済に投げ入れる道具なのだ、とこの声明は主張、そのことに対抗する主体は生態系に依拠して生きる小農民と彼らがつくる地域コミュニティ以外にない、と言いきっている。

(ヴィア・カンペシーナの声明は原文がスペイン語。翻訳は「開発と権利のための行動センター・青西靖夫さんによった)

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

大野 様

素晴らしい投稿ありがとうございます。
大野様の投稿は、毎度の事ながら、考えさせられることが多い。
TPPと農業は、このジャーナルでも賛否を二分している。

しかし、大野様がいっている通り、生物体系を変えることが前提のグリーンエコノミー、グリーンビジネスに賛成する人は、今一度踏みとどまって,其の功罪を認識する必要があると思います。

商業資本主義の欲するままに、考えることがないのは、人間生命に対する冒涜でもあるような気がします。

技術革新の目的とする真実の探求は否定す必要はないが、生物の遺伝子組み換えによって、食料の高品質安定化、薬品による病気の排除、必要以上の肥料の投与による、遺伝汚染は十分考えられる。

食料の金融商品化は、既に始まっており、価格の暴騰が心配されるのみでなく、ご指摘の生態系と生物の多様性を破壊する恐れが大きいのに、農業の本質が論じられないのは、残念である。

TPPと農業戸別保障など、何でもお金に換算すればよいという考え方、また其の考えにすぐ迎合する視野の狭い方が主流であっては、大野様たちの努力が無視されたと同じである。

いい加減に、TPPなど商業主義に毒されることなく、真剣に農業を考えるときではないか。

> グリーンエコノミー、グリーンビジネスという聞こえの良い言葉は、この地球に最後に残されたものを商品化し、市場経済に投げ入れる道具なのだ、とこの声明は主張、そのことに対抗する主体は生態系に依拠して生きる小農民と彼らがつくる地域コミュニティ以外にない、と言いきっている。

「小農民」とは、どのような意味合いなのでしょうか?
小農民は、有料会員になるためのお金も節約しながら 現実に農業を行ってる農民と、定義させていただいても良いのか。
仰ることは 大まかに理解できます。
ただ、最後の4行に されても、
・・・「と言いきっている。」しか、大野和興氏のコメントと読み取れません。

農地があるから 形だけでも農業をしなければ世間体が悪い方が、
この国の 農業の足を引っ張ってることを 何故 現実問題として認められようともされないのか。
国の農業政策が 選挙時の投票行動と連動していることは 歴史的に明白なことです。
自民党時代だけではなく、民主党政権でもかわりません。。
日本国の 農業政策が誰を対象にしてるのでしょうか?
専業農家&第一種兼業農家(農業収入が50%以上)では ありません。。。
それ以外の 「農家モドキ(敢て、こう呼びます。)」を対象として 農業政策(≒補助金・相続優遇)が行われているのも 現実です。。。


サラリーマンに比べれば 一面でかなり優遇されてきた農業。
それでも 専業農家の“嘆き”しか 耳にしないのではないのでしょうか?
圧倒的に多い第二種兼業農家の 憤りは、ご自身たちの「既得権益」を祖かなった場合にしか 顕われてないではありませんか?

グリーンエコノミー、グリーンビジネス。
何故に 外来語なんでしょう?
この時点で 土と向き合うことから 遊離してるのではないのか?

わたしは 何故、 農業だけで・農業だけに 真摯に取り組んでいるもんが、
この国では 農業だけで 子供たちを養ってゆけないのですか・・・・
と、お伺いしたい。
現実を 客観的に見る限り 日本の農業政策予算のほとんどは、片手間に農業をやっておられる「農業モドキ」に ついやされている。
そのようにしか うかがい知れません。。
如何なものでしょうか。

この国(日本)の農業は
も~すでに 終わってるのではないのでしょうか。

私のような 極端な物言いに対して 
反論がないことが 証明。

農産物の価格競争で 日本の農業がどれだけ頑張ったとしても、
国際的な農産物価格競争に 勝てることは、決してありえません。。
農家一戸当りの耕作地面積で 諸外国と張り合うことは 現状では不可能。
皆が 分かりきっているのに、
国の「農業政策」は、民主党政権に替わっても おんなじです。

ど~してですか。
この国の 「農業政策&予算」が 選挙の時の“1票”に繋がるからです。
500万農家 そして その家族。
目の前に“ニンジン”ぶら下げれば 分かりやすく“1票”です。
ところが この“1票”が 本当の農家ではないのです。。。。。

日本の農家は 500万世帯とされてます。
この内 たったの 2割が専業農家&第一種兼業農家とされます。
100万世帯(1世帯4人とすれば、400万人)が 農業従事者になります。

この農業だけで 子供を養ってる農家が 悲鳴をあげているのですよ。
聞こえませんか!
耳垢が 詰まりきってるのですか!

生きてゆくことは そんなにも困難なことなのですか!
まじめに 農作物の生育を・それだけを見守って やって行くことだけでは、
日本では やってゆけないのでしょうか。
社会とは 個人でやってゆくよりは、 生き易いから あるのではないのか。


国際的に “価格だけで” 諸外国と、 農産物競争は不可能です。
専業農家として 生きようとする方は、外国で農業されるべきでしょう。

「残される農業」とは なんでしょうか?
自給自足的農業でしょう。
自分で食べる 農作物は、自分で作る。
ご自分で作れない方は 海外で日本人が作る農産物を購入する。
そんな中で 商業的農業も、新しく立ち顕われるのではないのでしょうか。

生きることが “苦”なら、 社会作る意味は見つかりません。
なんで もっと 楽しんで 皆が 生きようとしないのでしょうか?
人類の発展って “皆が 楽しんで生きられる”ことではないのか。

日本国の 農業政策は、誰を対象にしてるのでしょうか?
専業農家&第一種兼業農家(農業収入が50%以上)では ありません。。。
それ以外の 「農家モドキ(敢て、こう呼びます。)」を対象として 農業政策    (≒補助金・相続優遇)が行われている 現実です。。。

サラリーマンに比べれば かなり優遇されている農業。
それでも 専業農家の“嘆き”しか 耳にしないのではないのでしょうか?
圧倒的に多い第二種兼業農家の “憤り”は、ご自身たちの「既得権益」を蔑ろにされた場合にしか 顕われてないではありませんか?
この国の 「農業政策&予算」が 選挙の時の“1票”に繋がっています。
目の前に“ニンジン”ぶら下げれば 分かりやすく“1票”。
ところが この“1票”が 本当の「農家」を反映してはいないのです。。。。。
日本の農家は 500万世帯とされてます。
この内 たったの 2割が「専業農家&第一種兼業農家」。
100万世帯(1世帯4人とすれば、400万人)が 農業従事者になります。
この農業だけで 子供を養ってる農家が 悲鳴をあげている。

国際的に “価格だけで” 諸外国と、 農産物競争は不可能。
専業農家として 生きようとする方は、外国の農業適地で されるべきでしょう。

国内で「残される農業」とは なんでしょうか?
自給自足的農業でしょう。
自分で食べる 農作物は、自分で作る。
ご自分で作れない方は 海外で日本人が作る農産物を購入する。

これ以外に どのような現実的に可能な農業像が 描けるのでしょうか。
補助金で 農業保護を従来どおりに行うような“余裕”はありません。。。

とりあえづ、
環太平洋パートナーシップ(TPP)に参加すれば この国の従来的な農業のあり方は 壊滅します。。。
農業生産物は価格的に “米”が、最も甚大な被害を受けます。。

国内産の農産物を“欲する方”は 防衛的に、
高価格の農産物を購入するか、ご自分で自給されるしかありません。。

その 延長線で、国家的農産物自給自足の「国民的合意意識」が 立ち顕れるかもしれません。

以下、個人的な意見を述べさせて頂ければ・・・。。

① スーパーで売られている野菜を始めとする農産物は、美味しくない。
② ほとんどの農家が作る農産物が 不味いから“野菜嫌いな”子供がある。
③ 農家は 自分のやり方が一番正しいという “無知な方”が大半である。
④ 農協はかって十二分に貢献した存在ですが、今は“寄生虫”です。
⑤ おんなじ様に、農水省も“農家と消費者”第一義に有ったのでしょうか。

有明海干拓・諫早湾ゲート開門。
曲がったキュウリは 箱詰めに適さない!
化学肥料を使って 生育させる。
病害虫撲滅のために 農薬を使う。
みんな 無理した農業です。。

自然なままに 十二分に“農業用水”も確保できない場所で、
自然に逆らって 農業を行うから、無理が生まれます。
ダムを作らない 農業用水が 自然なままにある場所で農業を行う。
それが 自給自足ではないのでしょうか。
かって 明治政府までの 徳川幕府以前の 日本の農業は基本的にはそんな有り様だったのではないか。
農業用水が 非人為的に“ある”地域で 農業を行うことを基本にすれば、、、
田舎が また必要になってくるのでは、
そこで「国家的自給率」を再考すれば、新たな“未来的新思考”があるかも。
別に 日本的やり方とは、工業分野だけではないはず・・・・

美味しくない「米・野菜」を 店先に並べるから、農業は衰退するのです。
それは 「無理をした農業」が もたらすもの。
農薬にも化学肥料にも頼らない“農産物生産”出来ると感じます。。

TPPで議論されるのは経済の仕組みであり、仕掛けのことばかりです。
個々人の生き方、価値観、コミュニティーのあり方や、昔からの生活習慣、人と人のつながりといった根っこの部分について、どんな影響があるのか議論があまりありません。
この点を無視して功利主義だけで議論していて大丈夫でしょうか?
そういって無視した部分が実は最も大切にしなければならないことだったと後で気づくようなことのないように願うばかりです。

なお、上述の観点で海外にも私見を発信しています。よろしければ、私のブログ(URLは記載の通り)をご参照ください。

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Profile

大野和興(おおの・かずおき)

-----<経歴>-----

1940年愛媛県生まれ。
農業ジャーナリスト。
四国山地の真只中の村で育ち、農業記者として約40年を日本とアジアの村を歩く。
「日刊ベリタ」現編集長、「脱WTO草の根キャンペーン実行委員会」事務局長、「アジア農民交流センター」世話人、「国際有機農業映画祭」実行委員会代表。

BookMarks

-----<著書>-----


『食大乱の時代』
2008年7月、七つ森書館


『百姓が時代を創る』
2008年2月、七つ森書館(増補版)、共著

『日本の農業を考える』
2004年4月、岩波書店

『百姓は越境する』
1991年8月、社会評論社

→ブック・こもんず←



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