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2010年11月19日

練達の百姓がうめいた TPPを迎える農の現場から

APEC首脳会議の開幕以降、日本国内ではTPP(環太平洋連携協定)への参加を巡って「農業開国」論議が盛り上がっている。米国や豪州など世界の農業大国に日本の農業をまるごと差し出すことになりかねないこの動きの影で、いま国内農業は瀕死のうめき声を発している。農業生産現場からの報告をお届けする。

◆暴落する米価

コメの取り入れが一段落した10月中旬から下旬にかけ、日本の各地で百姓をなりわいとする何人かの友人から相次いで電話をもらった。その声は怒りとあきらめが入り混じったものだった。

この秋、農家の手取り米価は大暴落した。各地の農協が買い入れる価格を聞いても、昨年に比べほぼ3割の下落である。おいしいコメで定評のある山形の銘柄米でさえ、昨年1俵(60キロ・玄米)1万2,000円だったものが9,000円だという。埼玉県では8,000円を切った。

コメの生産費は、農林水産省の調査で全国平均が1万6,000円台、規模がそれなりに大きい東北地方でも1万5,000円台である。手取り価格はほぼその半分ほど、1俵出すごとに6,000円から7,000円ほどの赤字になる計算だ。主流メディアの社説や官庁系あるいは経済界系のエコノミストと称する人たちは、「だから規模拡大しなければならない。そのためにも自由貿易で国際競争に耐えられる農業をつくるべきだ」という相変わらずの主張を強めている。

本当にそうなのか。日本の稲作農業の平均規模の5倍から6倍に当たる10ヘクタールから15ヘクタール規模の大型経営でさえ、1俵売るごとに1,000円程度の赤字が発生する。こうした大型経営の多くは規模拡大のための設備投資を農協や銀行からの借金でまかなっているから、とりあえず借金が返せないという問題にぶつかっている。

この秋は米価暴落だけでなく、ほかの難問も村を襲っている。異常気象でコメの収量、品質ともに大きく低下したことだ。生産にかけているコストは例年と同じだから、価格・収量・品質の低下はコメづくり百姓の所得を前年の半分かそれ以下にまで落としこんだ。

今年から始まった民主党農業政策の目玉である戸別所得補償があるではないか、という反論があるかもしれない。だが、10アール当たり1万5,000円という補償額は、そのまま手取り米価の減少という形で現れている。コメ卸、あるかは量販店がその分の値引きを生産者側に迫り、他産地との市場競争を強いられている生産者側は値引きに応じざるを得ない状況になったからだ。結局、農家の経営を安定させるための戸別補償は、大手流通資本を潤すだけの結果となった。エコカー補助金がトヨタを潤す結果となったのと同じ構造がここにみられる。市場原理を前提に、大企業の行動を規制しないで進められる雇用や環境、農業政策の行き着く先は、大企業に国民の税金が流れこむ経路をつくったにすぎないことがよくわかる。

流通資本に流れた戸別所得補償の補助金は、そのままスーパーの店頭のコメの小売価格を下げているはずだから、消費者にとってはよいことではないか、という反論が再び出るかもしれない。だが、そのことがコメ生産の安定を崩すことになるとしたら、それが本当に消費者のためにあるといえるのかどうか。山形県白鷹町でコメをつくり、黒牛を飼ってる友人が電話に向こうでうめいた。生活が苦しいなどといった段階は通り過ぎ、くらしていけないところまできたというのだ。それは彼だけの話ではなく、村全体が先がまったく見えない状況にあるという。このままではコメづくりから手を引く百姓が次々出るだろうともいった。彼はいま50代後半ば、地元の農業高校を出て農業を継いで40年近くになる。専業農民として経営を確立し、いいコメといい牛肉をつくって、家族を養い、子どもを教育してきた練達の百姓が「先が見えない」不安にうめき声を発しているのだ。

2010年11月12日

【ルポ・カンボジア】ゴムに追われる農民

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 東南アジア最大の大河メコンを下りながら流域の村々を訪ねる旅をはじめて3年になる。一昨年は中国・雲南省から北タイへ入り、昨年はラオスを北の山間地帯から南部の都市パクセイまでを歩いた。そして今年、ラオス南部からカンボジアに入り、トンレサップ湖に向かう。中国、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムを流れるメコン流域で、川の恵みをうけてくらす人びとは5,000万人といわれる。その多くは農漁民だ。アジアの村を歩く20年の旅の集大成のつもりで始めたこのメコン下りで見たものは、農をなりわいとしてくらす農民という社会階層が丸ごと消えていく、そんな光景だった。そして、それは日本の農業と農村の現実とぴったり重なって見える。

◆ゴムに追われる農民

 メコンを下る旅は、ゴムを追いかける旅でもあった。2008年、中国・雲南でタイ少数民族の村を訪ねた。野菜、コメ、トウモロコシが手入れの行き届いた田畑に植えられ、規模は小さいが農業と農外の収入で安定したくらしを営んでいる村であった。その村で数年前からゴムの木栽培ブームが始まり、周辺の傾斜地ばかりでなく田んぼや畑をつぶしてゴムの苗木を植える農家が増えてきた。話を聞くと、樹液がとれる7年生以上の木をもっている人は、儲かって儲かって笑いが止まらないのだという。

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昨年訪れたラオス北部の農園にて

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 新興経済大国中国とインドで始まった自動車ブームが、雲南の山間部の少数民族の小さな農業をゆさぶっているのだ。

 ゴムブームに東北タイ、ラオス、そして今回のカンボジアでも遭遇した。東北タイでは政府が奨励してゴムの木とキャッサバが、やはり田んぼや畑を転換する形で大きく広がっている。キャッサバな従来のタピオカ澱粉用ではなくバイオエタノール原料という新しい用途向けで、東北タイではエタノール製造工場がいくつも稼働し始めていた。

 ラオスでは北部を中心に、従来焼き畑でコメを作っていた土地にゴムが植えられている。中国から買い付け業者がやってきて生産を奨励、できたゴムを中国に運ぶ。ラオス政府と契約して50年間の契約で土地を確保し、ゴム園を始めた中国企業もある。ゴムを中国に売り、コメを中国から買う農民も出始めているということだった。

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道ばたに積まれたキャッサバ 代表的な換金作物の一つ

◆土地を囲い込まれて

 陸路をラオスからカンボジアに入ると、ここでは中国、ベトナムからの資本進出で設立された企業によるゴム、サトウキビなどの大農園が動き出していた。入国管理事務所が置かれたドンクラウの町から国道7号線を南下する。しばらく進むとゴムの幼木が植えられた農園が続く。このあたりでは中国やベトナム系の企業がゴムの木やサトウキビ、バイオエタノール用にキャッサバ、家具などに用いるチークの木などの農園を展開している。ベトナム系の企業のひとつは政府と99年という超長期の土地貸借契約を結び、ゴム園をやっている。

 道路沿いにチークの樹園地が見えたので車を乗り入れ、管理人に中をみせてほしいと頼んでみたが、外部者は一切お断りしているということだった。ジージーワールド社というのだという。農園面積は5,800ヘクタール、うち800ヘクタールはもとからこの土地を耕している農民がいまも住んでいると話してくれた。

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植えて3,4年のゴム幼木が車窓から見える

 カンボジアの多くの土地がそうであるように、このあたりも元は森林で、名目は国有地であった。政府高官や高級軍人、彼らとつながりを持つ金持ちや企業が木を伐採して売り払った。その後、企業に払い下げられらたり、土地のないの農民が入って開墾、耕作地としたりした。外国企業には超長期の契約で貸し付けられた。近年、荒れ地を開墾して耕作を始めた小さな農民の土地が、企業に土地を囲い込まれ、取り上げられるという事態が続出している。

 耕作農民はわずかな補償金をもらえたらいいほうで、なんの補償もなく土地を追われるケースも多い。一応、5年間耕作すればその人の権利が認められるという制度はあるが、証明の手段を持たない農民は政府の決定や企業の行動に太刀打ちできないのだ。土地を追われた農民の一部は、政府に訴えるためにプノンペンまで出かけ、国会前に座り込んだりもするが、効果があったという話は聞かない。こうしてゴム園が広がり、土地なし農民が増え、都市にスラムが広がる。

(撮影:天明伸浩、上垣喜寛)

Profile

大野和興(おおの・かずおき)

-----<経歴>-----

1940年愛媛県生まれ。
農業ジャーナリスト。
四国山地の真只中の村で育ち、農業記者として約40年を日本とアジアの村を歩く。
「日刊ベリタ」現編集長、「脱WTO草の根キャンペーン実行委員会」事務局長、「アジア農民交流センター」世話人、「国際有機農業映画祭」実行委員会代表。

BookMarks

-----<著書>-----


『食大乱の時代』
2008年7月、七つ森書館


『百姓が時代を創る』
2008年2月、七つ森書館(増補版)、共著

『日本の農業を考える』
2004年4月、岩波書店

『百姓は越境する』
1991年8月、社会評論社

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