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2010年4月19日

《映像記事》イスラエル人入植者に土地も水も奪われて

 「守るも攻めるの農業なんだな」と同行の農民作家山下惣一さんがつぶやいた。佐賀県唐津市でミカン農業を営みながら小説やエッセイを書く有名人だ。筋骨たくましい、ごつい風貌に似合わぬ鋭い感性の持ち主で、物事の本質を短い言葉でずばりといい当てる。

 パレスチナといえば、爆撃される都市、瓦礫となった街、ぐったりとなって抱きかかえられる子どもたち、けが人でいっぱいの病人、発射されるロケット弾...。テレビを通して流れるそんな映像しか思い浮かばない。パレスチナにおける農業や農村のもつ社会的重要性はきわめて高いのだが、多くの人はパレスチナに農業があることさえ知らない。そんなパレスチナの村を歩いてみたいと日本の農民何人かと2月初め、現地に入った。村に入っての第一声が、冒頭の山下さんの言葉だった。

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岩を崩してオリーブの木を植えていく

 パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地域。乾燥した大地が続く。石だらけの山の斜面は一面オリ‐プが植えられている。土の上に石があるのではなく、石の隙間に土があるという感じだ。平場で野菜畑や麦畑を見るとほっとする。これらの土地のかなりがイスラエルからの入植者によって侵食され、農業だけでなく生活にも欠かせない水源の85%はイスラエルの管理下にある。

 本来、止まっているはずの入植者の侵入は今も続き、数が増えている。その分、土地も水も浸食される。実質的なパレスチナのイスラエル化が狙いではないかという気がする。

◆ まず軍隊がやってきた

 周りをイスラエルからの入植者で囲まれている西岸地区北部の村を訪ねた。そのひとつスリフ(Sureef)村は500家族で人口3000人ほどの農業の村だ。村の面積は400ヘクタール、うち農地の面積は150ヘクタールほどだが、その面積を大きく上回る170ヘクタールほどが入植者に接収されてしまっている。150ヘクタールに農地のうち140ヘクタールがオリーブ園。オリーブはこの村の主要産業なのである。

 土地を接収されるとは、どういうことなのか。村のリーダーの一人に質問した。

 「いろんな形がある。(イスラエルの)軍隊がまずやってきて、ここを摂取すると宣言、続いて入植者がやってくる場合もあれば、入植者が自ら武装してくるときもある。軍隊と入植者が一緒にくる場合もある。家を壊し、農地をブルで踏みにじり、オリーブの木を切り倒して、農民をその土地から追い出す」

−入植者はそれからどうするのか。

 「そうやって場所を確保したら、そこに家を建て、防御体制を整える。そして徐々に自分たちの面積を拡大していく」

−法的な所有権はどうなっているのか。

 「2000年に当時のイスラエルの首相のシャロンが、山はすべてユダヤ人のものと宣言した。それ以来彼らは勝手にやってくる」

◆ 彼らは山の上からくる

 入植地はたいがい山の上に作られる。常に村を上から見下ろしているかっこうだ。山の上の入植地から一気に駆け下りてくると、真っ先にぶつかるお宅を訪ねた。6人家族のお宅で、うち4人が小さな子どもたちだ。

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鉄扉には複数の攻撃の跡がある

 この家はこれまで何度も入植者の集団に襲われている。10代の子どもから大人まで集団でやってきて石を投げ、火をつけ、斧を振り回して窓を壊し、催涙弾を投げ込む。繰り返し繰り返し襲われた。襲撃の間じゅう、幼い子どもたちは震えながら物陰に身を潜めて過ごす。

 家の人の案内で壊された窓を見ることができた。彼らは家や塀の壁にユダヤ教あるいはユダヤ民族を象徴するダビデの星を落書きして帰っていく。

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家の壁に書かれたダビデの星

 村の人は何もできないのか、と質問した。

 「彼らが襲撃するときには、必ずイスラエルの軍隊がやってきて道路を抑えている。昨年、襲撃があって村の若者が駆けつけた。イスラエル軍は若者たちを撃ち、7人がけがをした。イスラエルに兵士は警告ではなく、最初から狙って撃つ」

 こうして入植地が次第に拡大している。爆撃機や戦車による攻撃ではない、もうひとつの攻撃がここにはある。農地を奪い、水を抑え、人びとが農業をあきらめ、村で暮らせないようにする。パレスチナに対するイスラエルの占領の本質がここにある。パレスチナでは、山下惣一さんが言うように、農業と農村がもうひとつの最前線なのである。

写真:天明伸浩

2010年4月 1日

普天間・辺野古問題を全国民の課題にしよう─沖縄・緊急意見広告で記者会見

 米軍普天間基地閉鎖と辺野古を含む県内移設反対を訴える緊急意見広告運動についての記者会見が3月30日開かれた。会見には発起人7人のうち6人と呼びかけ人2人が出席、それぞれの立場から普天間基地「移設」をめぐる政府の動きを批判、同時にいまこそ基地のない沖縄を実現する絶好の機会であること、そのためには基地をなくする闘いを沖縄の人びとだけに任せるのではなく、全国の人びとが自分の問題としてこの問題をとらえ、大きな運動をつくりあげる必要があることが強調された。それと合わせて普天間基地があることの不条理、それを許してきた日米安保存在そのものを問い直し、戦争のための条約から平和と友好のための条約にしようという提案がなされた。

 午後3時から、東京・永田町に参議院会館で開かれた記者会見には、大手新聞、沖縄県の地元紙、大手テレビ、フリーランスのジャーナリストを含む大勢の記者が出席、この問題への関心の深さをうかがわせた。会見は「沖縄・緊急意見広告への呼びかけ」の趣旨を説明することから始まった。まずなによりこの運動は「沖縄の痛みを全国民の痛み」として受けとめ、この列島で暮らすすべての人びとが考え、解決する問題だということを強調、3点の主張を訴えるものであることをのべた。その3点とは

1、普天間米軍基地即時閉鎖・返還を求め「県内移設」に反対する。
2、辺野古新基地建設計画(海・陸上)の断念を求める。
3、もう、安保はやめよう。東アジアの一員として平和に生きるために、米海兵隊の存在と日米安保条約を見直し、軍事力によらない平和を構想しよう。

 その趣旨に沿って、会見に参加した意見広告発起人・呼びかけ人が、この意見広告がもいまの状況の中でどのような意味をもっているのかを、自身の思いと重ね合わせながら語った。本山美彦さん(発起人、京都大学名誉教授)は「沖縄の人は怒りに燃えているが、本土の多くの人は他人事」と切り出し、「人間として沖縄の問題を受け止めるためにこの運動に加わった」と語った。

 春闘の最中を駆けつけた武建一さん(発起人、連帯労組生コン支部委員長、中小企業組合総合研究所代表)は労働運動・反差別運動などさまざまな運動現場の声を代弁する形で、「大企業と米国べったりの前政権を国民は倒し、現政権を作ったはずだ。2009年8月31日の選挙は、日米安保を問う選挙でもあった。いまその意味が問われている」と話した。いま集まり始めている意見広告の呼びかけ・賛同人の中には中小企業経営者の目立つ。そのことは、この運動は大企業を除く国民全階層の思いを反映していることだとも強調した。

 山内徳信さん(発起人、参議院議員)は地元沖縄で一貫して反基地闘争の先頭に立ってきた歩みを振り返りながら、沖縄の闘いは平和憲法を守りぬく闘いであることを強調した。普天間・辺野古の問題は全国民の問題であることを意味していることを言外に込めたものであった。「戦前・戦中・戦後を通して日本の政治は一貫して沖縄を捨石にしてきたが、その一方で沖縄の人々の苦しみ、哀しみ、喜びを共有してくれる多くの日本の国民大衆がいることに、私たちはいつも希望を見出してきた。今回の意見広告運動がそうした希望を重なることを願っている」。

 上原成信さん(発起人、沖縄・一坪反戦地主)もまた、この運動は広範な国民の思いを結集するものになることを願って、参加したことを強調。やはり、戦後の平和運動を先頭で担ってきた尾形憲さん(発起人、法政大学名誉教授)は自身の戦争体験・戦場体験を重ね合わせながら、この運動を成功させなければならないと強調した。

 呼びかけ人からは、足元の生活の場で運動を作ってきている下山保さん(パルシステム生協連合会理事長)と山浦康明さん(日本消費者連盟事務局長が出席した。下山さんは、普天間・辺野古問題は本土に住むみんなが引き受けなければならない問題であることを強調するとともに、生協運動として何ができるかを自らに問いかけ、沖縄の農業や漁業をつながり、沖縄で人々が暮らして行ける経済を目指す取り組みを生協として始めていることを紹介した。山浦さんは、消費者運動の立場から、消費者は安心して生きていくには戦争をなくさなければならないことを強調し、普天間・辺野古の問題は消費者運動の課題であると語った。

 話はさらにいまの情勢をどう見るかに及んだ。本山さんは普天間はそもそも飛行場ですらない欠陥施設であることを指摘、作った側の米軍が自己の責任で撤去すべきものであることを強調した。それを受けて武さんは「米軍が戦争のさなかに本土攻撃のためにブルドーザーと銃剣で作り、これまで不法に占拠してきたもので、米国が持って帰るべきもの」と補足。また山内さんは、そもそも海兵隊という戦争の"殺し屋"がいま日本にいる意味があるのか、と根本的な疑問を呈し、さらに、「いま政府から出されている案は401ヘクタールの普天間に代わり1100ヘクタールという巨大基地を作るという形に変質してきている。これは新しい要塞作りであり、21世紀のアメリカの戦争のための基地だ」と問題を提起した。

 記者会見で明らかにされた今後のスケジュールは、5月16日の普天間包囲行動の日にあわせ、全国紙と沖縄の新聞に意見広告を載せるというもの。政府は5月の日米決着に向け、徳之島案など次々と新しい地名を持ち出し、「まるでもぐら叩き状況」(武さん)。こうした新しい情勢、政府の動きも視野に入れて、意見広告の呼びかけを広げて行くことが、会見の中で発起人から明らかにされた。

■意見広告運動のページ 
http://www2.nikkanberita.com/okinawaiken/

Profile

大野和興(おおの・かずおき)

-----<経歴>-----

1940年愛媛県生まれ。
農業ジャーナリスト。
四国山地の真只中の村で育ち、農業記者として約40年を日本とアジアの村を歩く。
「日刊ベリタ」現編集長、「脱WTO草の根キャンペーン実行委員会」事務局長、「アジア農民交流センター」世話人、「国際有機農業映画祭」実行委員会代表。

BookMarks

-----<著書>-----


『食大乱の時代』
2008年7月、七つ森書館


『百姓が時代を創る』
2008年2月、七つ森書館(増補版)、共著

『日本の農業を考える』
2004年4月、岩波書店

『百姓は越境する』
1991年8月、社会評論社

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