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« 「効率と生産性」の論理を抜け出すことから ── 農業政策を検証する(中)
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カンボジアで進む外国企業のプランテーション化 »

タイと山形の農民を招いて自由貿易を考える


自由貿易を進めれば金融危機も貧困も環境破壊もすべてが解決し、うまく行くという自由貿易神話が、世界中に蔓延しています。日本の新政権も、例外ではありません。本当にそうなのでしょうか。

タイと日本の農村から、自由貿易のもとでひとびとの暮らしに何が起こっているか、ひとびとは足元でどう対抗しようとしているかを報告いただき、討論します。

報告いただくお二人は、村に住み、耕している農民であり、運動者でもあります。現状と対案を提起いただくと同時に、アジアに住むわたしたちがどうつながり、何ができるか、これからの運動をどうつくっていくか、を参加者全員で討論できればと考えています。ぜひ、ご参加ください。

(当日の討論光景をアップしました)
http://www.ustream.tv/recorded/2502185
※最初の質問者の際に配線トラブルがありノイズが入ります。一度音声を下げて2,3分進めてあらためて再生してください。申し訳ございません。

■自由貿易神話を越えて ─アジアの村からの報告─

【日時】
11月6日(金)18:30〜20:30

【報告者】
バムルン・カヨタ(タイ農民、東北タイ・オルタナティブ農業ネットワーク)
菅野芳秀(山形・長井市農民、アジア農民交流センター共同代表、置賜百姓交流会)

【場所】
総評会館5階「501会議室」

【地図】
http://www.sohyokaikan.or.jp/access/index.html

【参加費】
500円

【主催】
脱WTO・FTA草の根キャンペーン
フォーラム平和・人権・環境
日本消費者連盟
ATTACーJAPAN
協力:アジア農民交流センター、日刊ベリタ
問い合わせ:市村忠文(フォーラム平和・人権・環境 電03−5289−8222)/大野和興(rural@berita.jp)

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■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

自由と言う言葉が良い印象を与えるだけで、無法貿易なんだと思います。
駆け引きをして相手を出し抜いた国が
利益を享受する。
こんなシステムに未来なんてある訳無い!
冷静に過去から現在を見れば
一般庶民の学の無い私にもわかる話です。

私は基本的には、自由貿易の信奉者です。
 冷戦終了以来の、グローバル経済化が、先進国の経済成長率を押さえ、インド、中国が良い例ですが、低開発国の経済を高度成長させてきたこと、およびそれらの国々の人々の生活水準を向上させてきたこと、あるいは向上が可能となる条件を整えてきたことは事実でしょう。(ここには各国の分配政策が絡みます)

 ただし、それが、日本の貧困率のアップに繋がったり、環境破壊を促進したりしている面も確かに否定は出来ません。
 
 私の考えでは、これらの問題は、グローバル経済の帰結というよりも、経済がグローバル化しているにもかかわらず、相変わらず国というシステムが残存しつづけ、人間の基本的人権の一つである、移動と居住の自由が制限されていること、そのため、経済成長の果実が、平等に人々に分配されていないことの帰結です。先進国中では、EUはその域内での、国境の撤廃に動いており、アメリカは元々、世界中から移民を受け入れてきました。先進国で、一番割を食っているのは、日本の人々です。

 余り議論されていない論点ですから、本格的に展開しなければならないので、それは後に残したいと思います。

 ただ、そこの議論を踏まえないと、貿易制限による国内産業の保護だとか、関税障壁だとかの話になり、2次大戦の再現に突っ込んでいくことになりますので、注意が必要だと考える次第です。

補足ですが、
人間や政治などがもう一段
いやっ2段かも?進歩したならば
自由主義や自由経済は諸手を挙げて賛成です。
ですがそれは、国内はもちろん、海外で生活している方々のお話を伺うと
まだまだ実現は不可能ではないかなと言う、前提ありきの話というのを付け足させて下さい。


農業を経験したことがない、元百姓のせがれです。
大野さんの、文章を読ませていただいて、考え込むことが多い者です。
日本の農業を、というよりも、農業自体を守る(?)、いや、農業をするためには、大野さんのおっしゃる通りなのだろうと思われます。
しかし、私が農業を考えるのは、いづれ来るべき「食糧危機」「世界の人口が100億人に迫るとき」などを、思ってしまうからなのです。

日本の美しい原風景を守ったり、自然との調和を考えたり、農家の自立を支援したりするのなら、大野さんのおっしゃる通りなのでしょうが。
考える際の基礎が異なるように思って、考え込んでしまいます。

また、大規模経営を考える時は、日本の将来像と、現時点での「雇用」も考慮できてしまうのです。

将来、日本はコメを除く穀物を、現在のように輸入し続ける事が出来るのでしょうか。
エネルギーは、何とかなるとしても、食料は、なんともならなくなってしまうのではないでしょうか?

耕作を放棄されている220万ヘクタールの土地を、耕作しない連中から、言葉は乱暴ですが、まさに取り上げてでも、五穀の栽培へ踏み切るべきなのではないでしょうか。

引用【自由貿易を進めれば金融危機も貧困も環境破壊もすべてが解決し、うまく行くという自由貿易神話が、世界中に蔓延しています。】

こんな乱暴な脈絡を蔓延させているのは、大野さんご本人なのでは?
普通に経済や社会を考えている人たちには、有り得ない。

「地域化の時代」は15年も前だろうか週刊エコノミストへの僕の投稿である。グローバル化が連日のようにあらゆるメディアでヒステリックにさせ思えるほど叫ばれていた。当時、農業に対するデカップリングによる中山間地や国土保全を訴えた僕は激烈な批判に曝されていた。
 一方で有機農業が盛んに唱えられたのもこの時期からでろうか。当時農業者であった僕にはかなり教条的な匂いもしたものである。
 当時、「美味しくて、安全で、安い農産物」を届けるのが農業の役割と、当たり前のように唱えていたのは誰だったろうか。「そんなものどこにあるんだ、売っていたら教えてくれ」と何かに書いた記憶がある。過度な市場経済の虚構に踊らされていた。「高いけれども安全で美味しい」が本来の市場経済である。市場経済だけではなく市場(いつば)経済の再構築と訴えたつもりであった。
 小学生高学年の頃、私は過酷な労働で腰が90度も曲がった母親を見ながら、機械化され、農薬や科学肥料によって、母親が過酷な労働から少なからず解放された姿を見て子供心にも嬉しかったことを強烈な印象として今でも母親の嬉しそうな姿が明瞭に想い起こせる。
 僕は結局兼業稲作農民の脱落者として、しかしそれゆえに何かできるのではと10年ほどの間世界中の小規模農業に直接かかわってきた。人々は貧しさゆえに有機農業どころか自然農業である。きれいごとではない、世界の多くの農民は食うにも困窮する極貧状態である。それでいいわけがない。
 残念ながら有機農業や安全な食糧生産、それ以前の問題が厳然としてある。
 大野氏の言う理念は解らなくはない。しかしながら、世界の現状からスタートしなければならない。
日本の食の多くはアメリカやブラジル、中国等における機械化、科学化された近代農業によって支えられている。彼等の国家がキューバのように国家を挙げて有機農業に取り組むなどとは到底考えられないし、現状においては現実的選択ではないだろう。
 ジョン・ケネス・ガルブレイスは「経済社会のあり方を決定づけるものは。主義主張ではなく、技術や組織が持つ義務や規則の数々である」と定義したが、農業においても当然無視できないものであろうし、ましてやグローバル化そのものを否定するなどということはありえない。
 さて、世銀や、FAOやIMFが途上国で何をしてきたか、世界で最も官僚的な組織として、途上国の農民を締め上げてきた張本人でもあろう。今さらこうした機関の提言のどこにリアリティーがあるのだろうと疑問に思わざるを得ない。まずはこれまでのこうした国際機関自らの姿を鏡に投影し、徹底した検証を行うべきである。
 僕は現在、超大規模農業国家と言われるブラジルにおいて、06年統計では全農家数の80%を占め、所有耕作面積では24%でしかない小規模家族経営農家支援を行っている。もちろん環境も安全も大事であり、ビアカンペシーナに見られる小農による運動も活発であり、政府も当然無視することはできない。とはいえ、現場には高いリアリティーをバックにした戦略が必要である。環境と農業の調和などという余裕はここにはない。ここにはないの世界中の“ここ”は心持が挫けそうになるくらい広大なのである。
 多くの方々の内心の常識が壁となってこうしたリアリティーへの想像力が欠如しているのではないかと現場にいる僕としては苛立つことが多いのである。
 現段階におけるプライオリティーとして僕が提言したい点は、日本においては食糧生産とともに70年代までの食を参考に食のあり方を問い直す事であろうと考えるし、最もインパクトも大きく、実現可能性が高いと考える。自給率の回復に最も効果があり、外食産業においても新たな分野へのパラダイムシフトが求められるが、チャンスでもあるのではないだろうか。
 もう一点はもちろん有機農業等安全な食糧生産へ向けて積極的な投資と、“安全で旨い食い物はそれなりの価格で”という市民力とでもいうべきリテラシーが求められる。
一方肥料、農薬等産業界には、より安全で負担の少ない製品の開発へむけ大胆な取り組みを望みたい。
 きれいごとでは日本の農業あるいは世界の小農を存続させる事は難しい、タフなロビーングや交渉、駆け引き、脅迫、騙しあいもあえて受けて戦っていかなければならない、そうでなければ農業は崩壊しないが、小農は消えてしまう可能性はあるだろう。

自由貿易を最初に主張したのはだれであったか。
それは 農業家たち であったというのはおもしろいですね。
18世紀のフランス、それを主張したグループを重農主義といったけれども、
農業を重視するひとたちが 当時の政府のやっていた工業主導の保護貿易に異を唱えて、
自由貿易を主張したのはおもしろい。

つまり、

工業 - 保護貿易 - 重商主義
農業 - 自由貿易 - 重農主義

今とでは、構図がまったく逆転している。(笑

もしも中国と日本がFTAを締結すれば、中国の巨大市場へ 自分のところの農業生産物の売り込むことが
より容易になる。中国のマーケットを自分のマーケットとして使うことかできるようになる。

当時の 重農主義の自由貿易論は 基本的には いまでも 通用すると思います。

私が常々思っていること。消費者の立場で、 なんで日本の果物は こんなに高いのか、ということ。
思うように 果物が買えない。 ブドウにしても、サクランボウにしても、高いですね。これらは誰のために
生産しているのか。低所得者は 思うように果物が買えない。
おそらく小農ではいつまでたっても これらは高いままでしょう。

少なくとも 私の立場からすると 自由貿易によって 農産物も安く買えるようにしてほしいという本音がある。たとえば、ブドウにしても、サクランボウにしても、日本以外でも作れるのであれば、技術指導して そこでもつくってほしい。そのようにして、供給量を増やして 値段を安くすることこそが わたしのような貧乏な庶民には望ましいということです。

自分も「自由貿易を進めれば金融危機も貧困も環境破壊もすべてが解決し、うまく行くという自由貿易神話が、世界中に蔓延しています。」これはあまり無いと思います。原理主義者の類はいつでもいますが、反対側の原理主義を提示しても平行線では(平行線でもいい場合はよくあると考えますが)。ベリタは巡回サイトで、アジア重視が個人的思想とピッタリ来るし、大メディアの報道には無い方向のが多いですし、絶対に必要なメディアと考てます。

財部さんが日本はこれからも工業・製造業でいくしかないと仰られてましたが、(民主は外需否定ではという趣旨には不同意ですが)これに全く賛同します。それと高度技術と重商主義、これしかないでしょう。

基本は工業で、その上で農林漁業をどうするか。ここでFTAが大きく絡んでくる。農業側から見たら否定でしょうが、FTAを世界中と結ばなければ、アジア他国に席巻されて本当に終わっていきます。これは論を待たない。すぐにでも絶対交渉を始めるべきです。若しそれでも否定するなら、農業従事者は戸別保障を始め諸種の飴は無い物と思うべきです。若し日本が衰退したら、農業従事者だって貧しくなるし、どんな人・産業従事者でもまずは日本にとって何が一番良いのかの視点で考えなくてはならない。

さて、これからの農業・農村には良い方向の物も多いです。まずはその戸別保障、無駄に消えていくお金も減りますね。農協は徐々に縮小しつつ業態変換させるべきです。郵政と同じですね(自分は再国有化反対です)。

子供手当ても、子供の数が多い家庭が多い農村に有利。特に片田舎や離島は大家族が多いです。物価も安いので、同額でも農村に有利。地方での出生率は、かなり増えてくのではと考えています。これは地方支援の目的もあるでしょう。

高速道路無料化ですが、地方は公共交通機関の発達している都会よりも効果が高い。産業誘致も進むでしょうし、波及効果は非常に大きいでしょう。勿論生産物を早く市場に届けられる事から、農業へも好影響があります。

減反撤廃も効果が大きい。集約化され米生産農家は減るでしょうが、地域の経済力は上がるのでは。他の農業も含め、今までより複層的な経済構造になると考えます。最近は米価の内外価格差がかなり減少していて、輸出競争力も出ています。大規模化に伴う小規模工事も増えるかも。

これは地方にとっては功罪ありますが、ダムの代わりに緑のダムを民主党は提唱しています。杉などの針葉樹林を伐採間伐し、雑木林を植え、自然にダム効果を持たせつつ、生態系を回復して環境を豊かにしようという構想です。これだとダムに比べ安価で、しかも材木の利用で地場産業が発展する。「和の物」へ国産材を使う事で、国内外への魅力度の高い製品も増えるでしょう。公共事業より、人材も多く雇えるかもしれません。花粉症減少効果もある。局所的でなく該当地域も広い。自然が豊かになれば、復活する物も多いでしょう。効果は幅広い物があります。

これも功罪ありますが、最近日本人は国内志向になっていて海外旅行が減っています。日本文化・和の物・歴史・農業は最近注目度が増してますし、無駄に高い欧米服飾ブランドなどへの関心が低下してますが、根は同じ現象でしょう。今後は地域の伝統・風土・歴史・環境に根付いた魅力ある農村は伸びていくでしょう。又、特にアジアを中心に観光客は増加しています。交流から新たな方向性も出てくるでしょう。

基本的に食糧は安い方が国民にとって良い。これは先の自由貿易やFTAにも通じる。しかし農業・農村や国土の環境を考えると、従事者はある程度以上の収入は必要です。そこで付加価値を付けた産物やサービスを、多くの人が購入するようにするのが必要です。それらが有機農産物、希少産品と高付加価値産品、産直産品、地産地消、農村・農業観光やエコ・グリーンツーリズムです。勿論これらだけでは収入は賄えないので、先の戸別保障などが必要になるのは前提です。

こういった事は広告・宣伝・口コミ・雰囲気・流行・おしゃれ感覚など、若者や女性層への訴求力が鍵になる。何だかんだ言っても若者や女性の多い所には注目も金も集まり、未来が開けるのは古今東西共通なので。最近話題の農ギャルや森ガール・山ガールなど、こちらの方向性へ時代が向かっています。

農村・農業環境やエコ・グリーンツーリズムですが、農村山村漁村の幅広い魅力が必要でしょうね。魅力には人を介した繋がりが必要では。情報や人の行き来すの生身の「媒体」が、実際に関心を持ち訪れる事の切っ掛けになる。子供時代からの環境農業教育、近辺のちょっとした河川森林等でのゴミ拾い、(良い意味の)地場感覚を持たせるなどが、関心を持つ土台として重要でしょう。どの地域も適してるという訳ではないですが、これが農村・地方の目指すべき大きな方向性の一つです。

又、方向性はずれますが、北海道・九州新幹線延伸や、空港使用料低下や新規参入者増加による飛行機代低下も地方へ助けになる。北海道新幹線が札幌延伸したら、北海道への関心や旅行者は大きく増加しますし、勿論農業の助けにもなる。地球温暖化傾向もあり、北海道で新規営農しようという人も増えるでしょう。

そう考えていくと農業というのは非常に幅広く、無限に関連性がある物だと思います。今後は過去のような守旧や既得権益の死守は絶対駄目です。それでは国民の心が離れてしまう。又、ある地域では不利な事が多くても、総合的に見て日本農業に良いというケースも多いでしょうし、どうしても仕方がないなら移住も止む無しくらいの感覚がないと駄目だと思います。国土の均衡ある発展など土台無理なお題目です。都市やサラリーマンもそうな訳で、農業も地方間競争でもあり、出来なかった地域は置いていかれるのです。それはそれでいいかもしれませんし、その場合収入は下がると覚悟すべきですし、多様な価値観も必要ですね。

都市農村交流で田畑を再生 目指すは経済構造の強化(前編)
http://www.nikkeibp.co.jp/article/g2bc/20091029/192351/
養父 信夫 氏 ムラとマチのつなぎ役の役割を果たし “六次産業化”を実現する人材を育てたい
http://www.nikkeibp.co.jp/article/g2bc/20091029/192375/

農業をやっている方々は 自分たちは弱者であるかのように時々振舞うけれども、
高い農産物を買わされている低所得の庶民からすると 必ずしもそうは見えない。
農民は 政治力を効かして保護されているような感じがする。それにたいして、庶民は保護されてない。
第一 所得が補償されるだけでも 大変な保護です。 一般の庶民からすると 大変な特権だ。
そのうえに FTAに反対だという。 つまり、自由貿易には反対だという。農民の所得を補償するためには
税収が必要なわけで、その稼ぎをどうするのか。そのために、これまで以上に働いて稼がないといけないわけだが、 そのためには市場を広げることが必要だ。市場を広げるということは、需要を拡大させるということであり、それが自由貿易の意味です。自由貿易をやって、つまり需要を拡大させて、 稼ぎを多くして、その分で 農家の所得補償をやればいい。自由貿易をやるなということは、稼ぎを今のままにして、農家に所得補償をやるということであり、その分の負担が 国民にどっしり伸し掛かることになる。
そのような負担を減らすためには 貿易を拡大する必要があるが、農家はそれに反対だという。

低所得の庶民からすると 自由貿易を封じられることで、高い農産物を買わされる。リンゴなんかは、スーパーに行くと一個は100円以上です。 今日いったら 普通のリンゴが 130円から150円です。
わたしは、 日本のサクランボウを何年も食べたことがありません。 それで、アメリカ産のチェリーを買っている。梨もブドウもリンゴも高い。
高いものは それでいいでしょう。でも、同時に 貧乏人のために 外国からの農産物も 自由に入れてくれということですよ。私のような貧乏人は 安い外国産を買う。 高所得の人は国内産を買えばいい。

つまりは、 私のような立場からすると、 色々な意味で 農家は十分に守られている。 弱い振りをするが、既得権者のように映りますよ。

1) 農家の所得補償
2) その財源を得るための稼ぎは 貿易の拡大によって得る
3) 低所得者ののために 自由貿易によって安い農産物を流入させる

自由貿易は工業製品のためばかりではない。
18世紀の重農主義者が 自由貿易を主張したのは、それによって需要が拡大し 農家の所得が増えることを
見越したからですが、日本の農家にとっても需要拡大の恩恵が得られるはずだ。

昭和40年代、50年代の日本を振り返るたび、「石油」が日本という国をいかに変化させてきたかがよくわかる。
さらに、太平洋戦争を考えれば、「石油」という資源が日本に与えたインパクトが理解できるはずだ。
現在もこの状況はなにも変わっておらず、「脱石油」の形で、「石油」と闘っている。

私は、この「石油」との戦いに、日本は最終的には勝利することができると思ってきた。そして、勝利しそうな最近となっている。

しかし、「食料」はどうだろうか。
「食べ物」という資源は、将来とも現在のように、容易に手に入り続けるものなのだろうか?
穀物・肉・水産物、これらが現在のように、単純にお金を出すことで獲得し続けることができるものなのだろうか。

シリコンや電池は、「食べられない」。
食用ではない。

シリコンや電池で、「食べていくのだ。」と言うのだろう。

それだけでは無理だよと、いくらでも書くことはできるが、現実の問題として少しだけ。

中国・東南アジアの生活水準が少し上昇しただけで、石油も、鉄鉱石も、「食料」もずいぶん値上がりいたしました。
これからも、食生活の水準訂正を、「進める国」「「進めたい国」は、数多くある。
・・・・・という問題。

世界の人口は60億人ですか?
後、20年くらいでしたか?100億人を突破するのは?
食料の生産は、20年で60%70%も、アップするのでしょうか。

いくら優れた工業製品を作り続けても、優れた製品の「お値段」は、上がり続けてはくれません。
その商品も、日本だけの専売特許で居続けることもありません。

「工業・輸出立国」だけで、どうやって1億人の「おなか」を保障し続けることができるでしょう。

農業を話題にすると、高付加価値の農業製品の話題を口にする者がいる。
これは、どうでもいい部分だ。
まして、「農業」を輸出で考えるなど、この国で今考えることではない。

「自給率」をあげることでしか、「食糧」との戦いに勝つすべはない。
石油との戦いとは、根本的に異なる戦いなのです。

<大野様>
農産物の取引自由化について、消費者の視点から考えてみました。
日本農業の産業としての未来は、自由化した方が良いと思います。作物の質はいいし、安全なので、輸出による発展の可能性があるからです。
しかし、消費者としては、心配が膨らみます。
国産が輸出されると同時に海外から安くて質の悪い農産物がやってきます。
金持ちだけが国産を食べ、貧乏な家庭は輸入農産物しか食べられなくなれば、子供たちに深刻な健康被害をもたらす可能性は否めません。
テレビで観ましたが、中国の金持ちは、日本で粉ミルクやシャンプーや化粧品を買いあさっていました。日本製は安心だからだそうです。
輸入米でカビがある米を平気で食用にしてしまう役所があり、検疫も殆ど機能していない日本において自由化はとても危険に思います。
また、農業の株式会社化の先輩のアメリカでは、労働者が保険も休みもなく働かされていて、戦前の小作人の様で、労働争議が多発しています。
アメリカのマネをして、株式会社化を安易に進めるべきではありません。

em5467-2こと恵美 さん

たしかに 輸入農産物の安全性の問題がありますね。たとえば、日本の農家や企業などが 中国へ進出して、そこで農産物をつくる、というようなことは可能なのかな。 まあ、日本人がやったらすべて安全だということにはならないでしょうが。(笑) 日本に輸入されるものについては、つくられる段階で日本側の検査が入るとか。
ただ、おそらく 現時点で 中国からかなり農産物が入ってきているのでしょうけれどもね。こういう問題は、やはり日中相互でそのつど問題を提起しあって解決していくことが必要なんでしょうね。

「世界平和は、それを脅かす危険に見合った創造的な努力を傾けることなしに守ることはできない」
59年前に発せられたシューマン宣言は、今のEUの出発点となりました。

それは、幾度となく繰り返されたヨーロッパでの戦争を二度と起こさないために、石炭と鉄鋼を共同管理し、経済発展の共通基盤を創ることで、「フランスとドイツの間のいかなる戦争も想像すらできなくなるばかりでなく、物理的にも不可能に」することでした。

そしてそれは、現実のものとなったことは、誰もが認めることと思います。

ですから、自由貿易から経済連携が深まり、世界各国の経済基盤が国境で分かつことができなくなることによって、地球上で戦争も想像すらできなくなるばかりでなく、物理的にも不可能になることは夢物語でしょうか。

「神話」と言うワンフレーズで片付けることなく、FTA・EPAのデメリットをいかに克服するか、そこに知恵を傾けるべきではないでしょうか。

私は、食糧は市場経済にそぐわないものであり、臓器売買に準じる国際的な管理体制が必要と考えています。

戦後日本の食糧難時代に食管制度が果たした役割は、大きなものがあり、飢餓が広がる今の世界にも応用できるのではないでしょうか。

日本の自給率問題というのは 官僚主導で流されてきているので、
どうも疑わしい部分があるなと思っているんですけどね。(笑
WTO交渉が始まると どこからともなく自給率問題が持ち出される。
マスコミも 農林省の言い分をたれ流れしているような感じがする。

日本人の各個人が節食して、つまり贅沢をやめれば 自給率計算はもっと違う数値が出てくるはず。
自給率は カロリーベース2000カロリーで計算すれば 途端に50%まで高まるという試算があります。
だいたい いまでも かなりの食料を捨てていますからね。かなりの量のはずですよね、捨てているのは。

それと、自給率を高めるには 日本人がもっと米を食べることですから、
一方で減反しておいて 自給率どうのこうのといっても 説得力がないんでしゃないですか。
「もっと米食べよう」運動を本格的にやるとか、そういうことが必要でしょう。

それと、食料安保の観点からも 常時 ある程度輸入しているほうがいいという専門家の意見もあります。
つまり、 そういう輸入ルートがないと、いざとなったときに 外部から食料の調達が出来ないことも
ありえる。 食料安保の観点から そういう輸入ルートを 複数確保しておくことが現実的な観点から
望ましいということです。

食糧自給というのは、 官僚が煽ってきている部分がありますからね、要注意です。

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Profile

大野和興(おおの・かずおき)

-----<経歴>-----

1940年愛媛県生まれ。
農業ジャーナリスト。
四国山地の真只中の村で育ち、農業記者として約40年を日本とアジアの村を歩く。
「日刊ベリタ」現編集長、「脱WTO草の根キャンペーン実行委員会」事務局長、「アジア農民交流センター」世話人、「国際有機農業映画祭」実行委員会代表。

BookMarks

-----<著書>-----


『食大乱の時代』
2008年7月、七つ森書館


『百姓が時代を創る』
2008年2月、七つ森書館(増補版)、共著

『日本の農業を考える』
2004年4月、岩波書店

『百姓は越境する』
1991年8月、社会評論社

→ブック・こもんず←



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