さよならニューヨーク! そして、それでもオバマは歴史を変えると信じたい。
2010月09月04日

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2010年9月初めのニューヨークから見たアメリカの風景を僕なりに素描してみよう。

経済の全般的停滞が続いている。景気は相変わらず思わしくない。NY現地時間の3日に発表されたばかりの米労働省雇用統計によると、8月の失業率は9.6%と、7月の9.5%とほぼ横ばいでなかなか改善の兆しが見えない。民間部門の雇用者数が6万7000人増加したとしているが、全体的には8月だけで12万1000人が職を失った計算になる。オバマ政権の繰り出してきた経済刺激策も不発気味で、雇用統計の内容を受けて、追加景気刺激策が来週中にも発表される。オバマ大統領は「正しい方向に向かっていると確信しているが、より力強い景気回復を促進し、雇用創出を加速させていきたい」と述べるにとどまっている。今年第2四半期のGDP(国内総生産)も1.6%と下方修正されたばかりだ。景気の減速感が一層鮮明になっている。こうしたなかで、中国が日本を抜いて世界第2位の経済大国になった。2030年には中国が世界一の経済大国になるという予測があることはある。ただ、中国の成長にも減速感が出てきており、世界経済の先行きに不透明感が強まることも予想される。バーナンキ、サマーズ、ガイトナーという名前に人々が拒否反応を見せ始めていることを注視し続けなければならない。

「グラウンド・ゼロ・モスク」問題。僕が今一番興味を抱いているのがこの通称「グラウンド・ゼロ・モスク」と呼ばれているイスラム・コミュニティ・センター建設問題だ。2001年の9・11同時多発テロ事件で2棟のワールド・トレード・センターが崩壊した場所から2ブロック離れた場所に、イスラム教のモスク(礼拝所)や文化施設を建設しようという計画が明らかになるや、この問題はアメリカ人の精神の健康度を測定するリトマス試験紙のような機能を果たし続けている。オバマやブルームバーグNY市長が建設に寛容な姿勢を見せるや(オバマ発言「イスラム教徒はほかのアメリカ国民同様、自らの宗教を実践する権利を持っている」8月16日)、民主党のハリー・ライド上院院内総務やハワード・ディーン民主党全国大会委員長、ペイターソンNY州知事らが反対の意向を表明した。共和党はもちろん大反対だ。トークラジオやFOXニュースは建設阻止の大キャンペーンを張り続けている。この問題は医療保険制度改革の時以上に感情面がもろに衝突して世論が完全に二分されている。9月3日付のニューヨークタイムズの世論調査では、ニューヨーカーの3人に2人がこのグラウンド・ゼロ・モスク建設に反対を表明しているという結果だった。面白いのは、そのうち67%はイスラム教徒の信教の自由を支持していることだが、あの場所にだけは造ってほしくないということだろう。だが、考えてもみよう。そもそも同時多発テロとイスラム教モスクがどのような直接的な因果関係があるというのか。東京にだってモスクはある。信教の自由が日本以上に保障されているはずのアメリカでなぜこれほどまでに反発が強いのかは、おそらく経済の停滞と鬱積する国民の自尊心という面が深層で関わっている。先日ニューヨークで起きたタクシー運転手襲撃事件は、実にショッキングなものだった。21歳のドキュメンタリー映画専攻のマイケル・エンライトという若者がアフガニスタンの戦地に赴き、アメリカ軍部隊に同伴取材(embeded)して帰還した。映画を完成させた彼はある夜、酒に酔って乗ったタクシーの運転手に「おまえはイスラム教徒か?」と客席から質問し、「そうだ」と答えたバングラディッシュ系のドライバーがいきなり首や顔を刃物で刺したというものだ。ニューヨークのタクシー・ドライバーはバングラディッシュからの移民が多くつく職業の一つでイスラム教徒もたくさんいる。この種のヘイト・クライムが頻発している。このような問題が下手をすると中間選挙でのオバマへの攻撃材料になる。

醜いアメリカ人。その集会の参加者は白人が多かった。なぜか太った人が多いようにも思えた。8月28日にワシントンDCのあの歴史あるマーチン・ルーサー・キング牧師の「I have a Dream」演説がまさに行われたその場所に、右派メディアの急先鋒FOX News Channelのホスト、グレン・ベックが呼びかけた集会「Restoring Honor Rally」に20万人を超える人々が集まった異様な光景を僕はテレビで見ていた。初期の頃は嘲笑を買っていた「ティー・パーティー」運動がここまで「成長」するとは一体誰が予想できただろう。草の根保守の不気味な蠢動である。地方選挙でもこの「ティー・パーティ」旋風が一定の力を発揮している。現状の政治への不満が「反現職」「反ワシントン」という軸でまとまり出して大きな力となっているのだ。政治家としてのキャリアがほとんど未知数の人物が「反現職」「反中央」というだけで勝利したりする現象がみられる(アラスカ州共和党上院予備選で現職のマカウスキ議員が敗退したケースなど)。その主張は右翼愛国運動的なスローガンに満ちていて、オバマをイスラム教徒、社会主義者と罵倒する。矛先は経済政策から移民排斥、同性婚の禁止、進化論の排斥と宗教教育の強化へと向かっている。サラ・ペイリンと前記グレン・ベックらがその旗振り役だが、これに対抗するリベラルの側のパブリック・インテレクチュアルがアメリカ社会に見当たらない。ニュースのパロディ番組のジョン・スチュアートがその役割を担っている皮肉な現象をどうみるか。

消えぬダイナミズム。ただアメリカ社会はまだ若い。活力がある。BPによるメキシコ湾での原油流出事故の対応の遅れがあったものの、副次的な効果として環境問題の重要性への警鐘を鳴らす役割をこの事故は演じた。さらに巨大企業の危機管理のいい加減さをも同時に見せつける効果があった。ハイチ大地震での素早い対応はオバマ政権の性格をよく示していたし、最高裁判事の任命でオバマがみせた選択(ソトマイヨール、ケーガンともに女性判事)は多くの国民の支持を取り付けている。ただ、その分、ジョン・ロバーツ最高裁長官のもとで最高裁自身が反動化しており(よく言われているのは保守4、リベラル4、中間派1の構成は変わっていないが彼のイニシアティブが強力なのだという)、ニューヨークタイムズは「この数十年間で最も保守的な最高裁」(2010年7月24日付)と評していた。一方、同性婚を禁じたカリフォルニア州の地元からサンフランシスコ連邦地裁が8月4日、同性婚を禁止した同州の憲法改正が米国憲法に反するとの判決を出した。この問題には長い長い歴史があるが、2009年11月に行われた住民投票で同性婚禁止の条例が賛成多数で承認されていた。連邦地裁判事は「同性愛者に対して結婚を拒否する合理的根拠が提示されておらず、憲法が保障する法の下の平等に違反する」と判決理由を述べていた。この違憲ジャッジに大きな波紋が広がっており、当然、連邦最高裁まで争われるだろう。このようなダイナミズムをアメリカ社会はまだまだ失っていないと僕は思う。

メディアの地殻変動。最近のメディア・コミュニティ内での最大の出来事は内部告発サイトWikiLeaksによるアフガニスタン戦争での米軍機密文書の暴露である。ジュリアン・アサンジらによってたちあげられたこのサイトは、すでに今年の4月にイラクでの米軍アパッチヘリからのイラク人機銃掃射映像を暴露しており、既存のメディア報道を上回る成果を見せた。いわゆるメインストリーム・メディアの凋落のひとつのケース・スタディとしてこの出来事を位置づけることも可能なほどだ。既存のメインストリーム・メディアのこの出来事に対する反応は実に臆病だったというのが僕の印象だ。ここニューヨークにいるとメディア社会の地殻変動が現在進行形で起きているのがわかる。PCはやや時代遅れの感があり、iPad をスマートに使いこなしている若者たちが目につく。紙の本を地下鉄のなかで読んでいる人に代わってKindleを操作している人がやたら多く目につくようになった。ペーパーレス社会と本格的ネット社会への移行が実感として迫ってくる。僕は本当に思うのだが、なぜ日本はWiFi環境の整備が遅れていることに気づかないのだろうか? 大学構内や公共施設でのWiFi環境の整備は当たり前ではないか。

ジャーナリズムという観点からすれば、アメリカでさえ、旧来型のメディアの大新聞やテレビに代わるオルタナティブ・メディアが完全に代替機能しているとは思えない。オンライン・ジャーナリズムはその意味でまだ完全な勝者ではない。

イラク撤退とアフガンの泥沼化。アメリカは戦争国家である。オバマが昨年暮れオスロのノーベル平和賞受賞記念演説で触れたように「正しい戦争(Just War)」という考え方がアメリカ社会では生き延びている。オバマが大統領就任後に一番最初に署名したグアンタナモ収容所の閉鎖さえ実現されていない。このままではグアンタナモ収容所の閉鎖問題は下手をすると霧消するおそれさえある。僕が今年の5月に現地取材をした時に開かれていた軍事法廷の被告オマール・カドル(拘束当時15歳)への判決が最初のテストケースとなるだろう。カナダ国籍のこの男性の兄はすでにカナダの留置所から釈放され自由の身になっている。国外追放処分も免れた。「15歳の戦争犯罪人」を裁くというのはアメリカの裁判史上でも例がない。だがアメリカの関心事からグアンタナモ収容所は見えなくなってきている。ひどいものだ。

すべては中間選挙と再選のために。今後のアメリカの国内政治はすべては11月の中間選挙に向けて、そしてオバマの再選をかけた2012年の大統領選挙に向けて動く。下院では現在の情勢ではオバマの民主党は大幅に議席を失う可能性が高い。ただ上院は過半数を維持するのではないかと言われている。だがふたをあけてみなければわからない。マサチューセッツ州の例もある。共和党もティー・パーティー運動と必ずしも連動しない候補もいる。最新のコロラド州立大学の調査結果が興味深い。大多数の若者が民主党を見限っている、との世論調査がある。オバマ当選の原動力になった若者層が離反すれば、中間選挙も2012年の大統領選挙もオバマにとって大変な苦境を迎えることになる。

「ザ・コーブ」と新・日本異質論。和歌山県太地町のイルカ漁を「虐殺」と告発した映画「ザ・コーブ」がアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門を受賞して以来、アメリカではこの映画の評価は日本で想像する以上に高まっている。全米ケーブルTVのアニマル・プラネットはこの「ザ・コーブ」をつい先日放映した。このアニマル・チャンネルはちょっと前にもシー・シェパードの密着ドキュメンタリーを大々的に放映していた。このドキュメンタリーのなかでシー・シェパードは完全なる英雄扱いだった。日本のクジラ捕獲船はいわば悪の象徴である。このドキュメンタリーを日本で放映したら一体どのような反応が返ってくるのだろうか。僕はこういう映画がつくられてアメリカで普通に放映されていることを日本人はもっと知っているべきだと思う。根拠のない「日本異質論」に覆われないためにも。かの「ザ・コーブ」の主人公、リック・オバリー氏に先日会って話を聞いたが、彼の場合、イルカ漁をやめさせることは残された人生の目的(mission)になっていることがよくわかった。つい3日前、同じく全米ケーブルTVのディスカバリー・チャンネルに武装した環境運動家が侵入し、人質をとって立てこもり警官隊に射殺されるという事件が起きた。アメリカの環境保護運動のある一部は非常に過激・原理主義的であり、平和的ではない。日本の外務省や水産庁が息をひそめるようにしているのが、果たしてよいことなのかどうか。「日本はわれわれ先進諸国とは異なる奇妙な野蛮な国だ」という欧米諸国に生じやすいある種の「偏見」にはきちんとものを言うべきではないか。対話はかならず何かを生みだすと思う。日本異質論は、クジラ、イルカばかりか日本型会社経営にまで及んでいることは先のトヨタ・リコール問題に関するアメリカ・メディアの報道からも感じられたことだ。4年のあいだに6人もの総理大臣が生まれかねない国はやはり異質に映るのだろう。

「見えない鎖国」。日本が現在陥っている苦境の真因のひとつには、極端な「内向き志向」ということがあるのではないか。前記の「ザ・コープ」での非難や沖縄普天間基地問題での公約放棄などで自信を喪失した末に、国家的な「引きこもり状態」にあるようにみえるのが今の日本だ。海外への留学生を募っても応募してくる学生が定数に満たないケースが頻出しているという。日本の新聞の一面には国際ニュースがほとんど載らない。草薙君やのりピー、押尾学容疑者の事件や裁判が連日トップニュースで詳しく報じられているあいだに、日本のメディアはたいせつな鳥瞰的な視点を喪失してしまったのではないか。

さて、このニューヨーク発「チェンジング・アメリカ」の連載にお付き合いいただいた読者のみなさん、2年にわたる応援、叱咤、激励に感謝いたします。また新しい場所から発信し続ける所存ですが、最後に触れた「見えない鎖国」状況に穴をあけるような発信でありたいと思っております。ではでは。


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[#]日本は、世界第二の経済大国の地位を中国に抜かれたことを、なぜ報じないのだろうか?
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