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さよならニューヨーク! そして、それでもオバマは歴史を変えると信じたい。 »

日本は、世界第二の経済大国の地位を中国に抜かれたことを、なぜ報じないのだろうか?

kanehira100818.JPG
↑ ニューヨークタイムス電子版より

 僕は日本に住んでいないので、ここニューヨークにいて、日本に関する大きなニュースで、アメリカやヨーロッパなど他国のメディアが大きく報じているのに、当の日本のメディアがほとんど報じていないという現象は、どこかおかしいのではないかと思ってしまうことがある。8月16日付のニューヨークタイムズの経済面トップ記事は、公表された第二・四半期の経済指標によれば、中国が日本を抜いて世界第二位の経済大国になったという記事を大きく掲げていた。AP通信やブルームバーグも同様の記事を配信し、アメリカのCNBCやABCニュースでも報じていた。ところが、日本のメディアではこのニュースがほとんど流れていないことを知った。これは一体どういうわけだろう。たかが指標じゃないか、というなかれ。その現象に潜む象徴的な価値がいかに大きなものであるかを考えるべき重要な意味合いを持つニュースだと僕は思う。アメリカに次ぐ世界第二位から、とうとう三位に転落、しかも中国に抜かれた。この現実に最もナーバスになっているのは、実は、内閣府および諸官庁と、それをカバーするメディアではないか。ここアメリカでの記事に目を通してみてそのように実感せざるを得ないのだ。The Second Largest Economy。この語の呪縛がいかに戦後の日本人の生活を縛り続けてきたか。ある時はそれは大いなる国民の「誇り」と「矜持」に結び付き、ある時は醜悪な「奢り」に結び付き、またある時は自らの境遇との比較においていかに無意味な数値にすぎないのかを思い知らされる「空虚」の象徴でもあった。さらには、幸福と言う概念と、この第二の経済大国という語がいかに無関係であったのかも私たちはある程度認識してきたはずだった。

 ところが日本のメディア(僕もそこに属している)は、中国に抜かれたことをほとんど全く報じないのだ。見事なくらいに横並びだ。ニューヨークタイムズやフィナンシャル・タイムズの記事の方がよほどしっかりとこの逆転の意味について報じている。世界第二の経済大国になったと言っても、中国の個人の所得はひどく低いレベルにあって生活水準は日本や他の先進国には遠く及ばないこと、中国共産党が進める現在の国家経済政策には大きな陥穽も潜んでいること、何よりも国際政治の舞台で、中国が第二の経済大国に見合うリーダーとして役割を演じる気配が希薄であること(China becomes world's second-largest economy but it's far from being a leader.)などと、きちんと報じているのだ。だが40年以上続いた日本の第二の経済大国失墜の意味合いはやはり大きいのだ。なぜそのことを日本のメディアは直視しようとしないのだろうか。今のままのペースで中国の経済成長が続けば、2030年にはアメリカを抜いて中国が世界一の経済大国になるという予測もニューヨークタイムズは掲げていた。四半期ベースでのGDP比較はあまり意味がない、との内閣府の説明を鵜呑みにする前に、では一体いつのタイミングで中国が第二の経済大国になったことを日本のメディアは報じるつもりなのだろうか。2011年に入ってしまって、第四・四半期のGDP数値の結果が発表されてからおもむろに「中国に抜かれていたことが判明しました」とでも報じるつもりなのだろうか? 今回の彼我の報道ぶりの違いをみて、そこになにがしかのバイアスを感じざるを得ないのだ。メディアが「鎖国」をしたら、もうおしまいである。 

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

金平様

投稿内容に全く同意します。ただ日本において、全然報じていないわけではありません。四半期の一時的結果で抜かれたので、年度で抜かれる可能性があると、負け惜しみを言っています。
報道が、多面的に捉えたものでなく、自己中心的に捉えた内容に過ぎないことですが、その傾向はひどくなるばかりです。従って、ひとつの報道機関の報道内容によって理解しているととんでもない間違いを起こしてしまいます。
長年その報道がすべてであると考えていると、見方考え方が、いびつなものになってしまいその人の人格を代えかねない危険性を含んでいます。
ネット社会は、その弊害を見事にクリアしてくれる。
瞬時に、世界と結び付けてくれるのであるから、人間の幅も広くなる。どんどん若い人が世界に出て行くと、偏向的な報道機関は淘汰され、いまのマスコミもかなり代わったものになるだろう。
一番閉鎖的で,老害の大きいのは、政治でなく、マスコミのような気がします。しかしわかっていないから救いようがない。何故社内で問題提起の声が沸き起こらないのだろうか。理解してくれる雰囲気ではないので、心ある人は、フリージャーナリストに転進してしまうのであろう。

日本のメディアって開国してましたっけ?

自家中毒の妄想に耽溺するために一度も窓を開けたことが無いように考えておりましたが。

<鎖国でなくて、財務省、経産省の大本営では?>
金平さんこんにちは。面白い記事、有り難うございます。シリアスな内容なのに、笑えるのは、日本人の日本人たる所以を良く表わした現象だなというところでしょうか。
>The Second Largest Economy。この語の呪縛がいかに戦後の日本人の生活を呪縛し続けてきたか。ある時はそれは大いなる国民の「誇り」と「矜持」に結び付き、ある時は醜悪な「奢り」に結び付き、またある時は自らの境遇との比較においていかに無意味な数値にすぎないのかを思い知らされる「空虚」の象徴でもあった。

この表現は秀逸で正直うなってしまいました。この意識を脱却して現実を直視しなければ、日本の復活はあり得ないと思うんですが、いまだに解っていない人が多いと言う事でしょう。と、いうことは日本の復活はまだまだ遠いと言うシグナルでもあるかも知れません。
それに付けても、こうして金平さんがレポートしてくださって、私たちはジャーナルで事実を知ることが出来たのは感謝です。英語圏でビジネスをしている人、日本にいながらも真実を知る、名もない善意の人たちが、こういうバイアスと意図的に仕組まれたような社会悪を、地道に打破するしか今の日本は手がないようです。

国民一人あたりGDPは2000年の世界3位から27位に・・IMD国際競争力も1990年の世界1位から27位にまで落ち込んでいる。
2位から3位は陥落の入口であり、今後も抜かれ続けるので、この程度は報道に値しないとの判断でしょうが、
本質はマスメディアが記者クラブ制度で、各社の取材源が画一化し競争原理を失って能力が低下してしまい、官僚の尻を叩いたり、政府を批判する分析力をも失ってしまったと云えますね。

NHKでは定時のニュースでも報道していましたね。まあ、力点は日本のGDP成長率が予想よりかなり低かったという点におかれていましたし、このこと(中国が日本を抜いて世界第二の経済大国に躍り出るということ)自体はずいぶん前から予測されていたことなので、国内的にはこんなものかな、という感じです。

金平さんのおっしゃる通り、このニュースは、世界第二位と世界第三位の地位が入れ替わったということの象徴的な意味に価値があるのですから、外国の方が日本自身よりも敏感に反応したのはある意味自然な気がします。
もちろん、日本の没落ぶりはそれ以前にもいろいろな形で語られてはいたものの、こうして数字ではっきりと示されたことによって、外国の日本を見る目も(特に中国との比較の場面で)微妙に変化していくでしょうね。羽振りがよかった頃の流儀ではビジネスも外交もやっていけなくなるのかもしれません。
そうしたもろもろのことを示唆する最初のデータが出たのを機会に、そういうことをもう少し掘り下げて論じるメディアがあってもよかったな、とは思いますが、個人的にはまあ妥当な報道ぶりじゃないかと思いました。

新聞やTV報道の劣化は来るところまで来たという感じではないでしょうか。物事を多面的に捉えて色々な角度から報道や解説がなされる。こうしたものをメディアには求めたいのですが、それもどうも無理のような感じが強いですね。報道そのものがヒエラルキーでがっちりと固められていて、最早、記者や構成員の意思ではどうにもならないところまで来ているのではと思いますね。

警察や検査に関しては、それらからの発表が絶対のものとされ、それを基本として記事が書かれるから全ての報道が同じ色合いとなってしまう。経済問題では財務省や経団連の意向だけが根底になるから、全ての全国紙は消費税アップと法人税の減税で足並みが揃う。
彼らの内容を精査して、疑問や否定から違った見解を掘り起こす気力も本来の責任感もない。

こうしたものを放映し続けられ、宅配し続けられる視聴者や読者は悲劇ではないだろうか。昔のソ連圏のプラウダやイズベスチャのほうがまだ国民は救われる。

何故ならば、独裁国家が発行する出版物ならば、最初から国民も嘘だと見抜き真逆の見解を持つことができるからだ。

本当に、新聞もTVも棄てるときがきたようだ。でも多くの人々は気づかない。 もどかしい時代です。

 購買力平価でも考えるべき。
元の大幅切上は円のインフレに繋がる。
GDPの順位より、公的債務償却の方が遥かに重要。

仰る通りだと思います。
メディアの放送姿勢が問題なのか、抜かれたことの重要性を理解していないのか良くわかりませんが、
多分このことは国内より海外の反応が大事だと言うことだと思います。
海外の人達の日本に対するperceptionが変化するきっかけとなることを一番懸念します。
海外からの日本への資本の流れ、物の流れ、人の流れが大きく変化していくと思います。資本市場は3割くらい縮小するのではと懸念します。

スポーツ、芸術などの世界でもいつまでもトップを走り続ける事は出来ません。 経済も然り、色即是空です。ありのままを受けとめて 次の手を考えましょう。 日本は今まで良く頑張ってきた!メディアはありのままを伝え(当然ですが)我々が偏らない思考をもてるようにと願っています。 

下記の予測より、かなり速いペースで世界経済は動いますね。

世界経済動向に政府が迅速に対応できないのは、何が原因しているのでしょうか。

そこが知りたいです。

世界各国のGDPランキング(予測) 順位 2003年 2030年 2050年
1位 アメリカ アメリカ 中国
2位 日本 中国 アメリカ
3位 ドイツ 日本 インド
4位 イギリス インド 日本
5位 フランス ロシア ブラジル
6位 イタリア ドイツ ロシア
7位 中国 イギリス イギリス
※米ゴールドマンサックス予測
※1米ドル=105円換算
※ダイヤモンド ZAi 2008年08月号(P.60)より
(世界四季報というブログから)

 日本はすっかり不景気慣れしちゃったから、もはや3位転落も当然と受け入れられて、報道する価値が見出されないのかも。

 しかし、13億人も有する中国が日本よりGDPが低い事の方がおかしいとも言えます。一人当たりのGDPが3分の1でも、国単位では3倍以上になるし、そもそも長い歴史を考えたら日本が中国の上に立ったのは20世紀だけの珍事とも言えます。

 それより中国とトントンのGDPでありながら、なぜ日本は税収が半分程度なのか、を考えた方が良いのでは?素人の私の意見は、日本が発展途上国の形をいまだに続けているからだと思いますけど。

 それと中国は2020年から少子高齢化社会になり、また現在は経済がバブル、これも大問題なのではないでしょうか?アメリカもデフレに突入しているそうですが……。

日本のメディアが「鎖国」していることを、昨年11月下旬のクライメートゲート事件勃発で認識するようになりました。
 豪州の首相がクライメートゲート事件により辞任に追い込まれても、日本のメディアは首相交代だけを報じて、その理由には全く触れませんでした。
 既存のマスメディアには開国は無理なのでしょう。ネットメディアに期待しています。

小生は、日本のこの落ち込みは自然だと捕らえている。海外に行けば、全て海外の法律に従い、結局はノウハウ裸にされて、帰国する。中国も同じ手法で、場所は貸すけど後は日本から持って来い。どれだけ日本の企業は泣かされたか、小生の知り合いにも多くいる。日本のお行儀の良さこそ歓迎されて、領事館のバカどもは何もしない。今や、大手はほぼ海外に生産拠点を移行し、国内産では価格競争に勝てない。そう云う環境に何も政治家が遣ってこなかった。今やユニクロの様な中国生産、日本販売が大きなシェアーを閉めている。これでは日本国内の雇用も、給料も上がらない。景気回復、強い経済と管総理は力説するが何も見えて来ない。

興味深く拝見しました。
さまざまなことを考えさせられます。
まず日本のメディアに関していえば、鎖国の心理から脱却していないということです。日本に関心が寄せられているというニュースには飛びついても、それはあくまで自尊心を満足させるか、反対に、自虐的な満足か、そのいずれかであって、深い洞察も、未来への視点もかけています。あくまで、その場限りのニュースなのです。
一般的に、日本のニュース番組には、世界に関する情報が著しく欠けています。世界で何が起こっているかをウォッチすることが不可能です。私は、NHK-BS のワールドニュースやインターネットの国際ニュースサイトを見ることにより、この不足を補っています。地上波テレビで夕方のニュースを見る限り、グルメを筆頭に内向けな情報ばかりです。
つぎに考えたのは、GDP信仰です。ゴールドマンサックスの予測を見ても、ドイツ、イギリス、その他の国々の姿はほとかど見えません。国の豊かさをGDPという数値で、本当に
示すことができるのだろうか、それが疑問です。
日本はこの先人口も減るでしょうし、高齢化も一段と進むでしょう。家電でも韓国に先をこされてしまったようです。それなのに、なぜ常にGDPの右肩上がりを考え続けなければならないのか、私には分かりません。
ある雑誌に、毎日新聞の論説委員潮田道夫氏が、「ミドルパワーという生き方」という文章を寄せ、2050年GDPで日本が11位というのは、人口比でみて相応の位置ではないかと指摘されていました。
そして、国際舞台での行動においては、GDPなどの定量的なものでなく、定性的な、国の立ち居振る舞いでこそ、個性を発揮すべきだという主張でした。
私も基本的にこの意見に賛成です。日本は大国意識を捨てて、自分の個性に見合った生き方をすべきだと思います。
金平さんが紹介されたアメリカのメディアの論調は、やはりGDP第一位という数値に寄りかかり、あくまでアメリカは一位、中国は二位になったかも知れないが、実質は伴っていないという見下した姿勢が感じられ、その点で意外なものではありませんでした。
アメリカのメディアがどう書こうと、日本は別な生き方をすべきです。
ドイツにしても、北欧諸国にしても、そういうGDP信仰からは、とうの昔から抜け出しているのではないでしょうか。

おそらく 西ドイツを抜いて 日本がGDP第二位になったのが、 1960年代の終わりでしょうか。
まず、そのことについて 戦後苦労し、懸命に働いた日本人に対して 敬意を表しておきたいと思います。
GDPの数値的な意味がどうであろうと、戦争の荒廃から立ち直り、資源もないにもかかわらず
日本を 世界第二位の経済大国に導いたのは 戦争で苦労した世代であり、その方々に対して
「ありがとうございました。ご苦労さまでした」と まず 言っておきたい。
「世界第二位の経済大国」の呼称は、戦後 苦労し、懸命に働いた日本人たちの
栄誉に帰せられるべきでしょう。
しかし われわれは それとは 違う価値観による 道をあたらに歩むことになるでしょうが、
わたしは それらの 戦後の日本人たちの 「欧米に追いつけ」という熱い思い、苦労を思い返しながら、こころにとめておきたい。

おそらく 経済力を即 国力として認知するのは そう 古いことではないのではないか。
もちろん 経済力は 国力の一部だが、 今のように経済力を 国力そのもののランキングとして
認識されるのは 昔からあったのか。

60年代は 冷戦期で、経済力よりも軍事力のあるものが一目置かれたのに違いない。
もちろん 経済力は国力の一部で 欠かせないものだが、 問題は 認識のされ方において、
軍事力がなく 経済力のみの国は 下に見られていたのに違いない。
日本の国内のにおいては、「軍事ではなく経済で生きる国としての日本」は、進歩派文化人の間では
「平和国家」の証として評価されたのに違いない。 かえって、保守派からは そういう日本が
批判された。 

つまり、今のわれわれからすると、当時の GNP第二位の 意味は 国内外において 異なるところがあったかもしれない。
つまり、冷戦期においては、日本国内において 経済 = 平和 という価値観が 
一部において成立していたのだ。

中国が 経済力を国としての誇りとして感じるようになったのは、おそらくそう古いことではないと思う。
おそらく 80年代の後半になってから、目覚めたかもしれない。
ソ連のゴルバチョフが 1980年代の終わり頃のアメリカのタイムによるインタビュー記事で、 「これからは経済だ。」といって、
「模範は日本だ。」と語っていた。
この言葉が示しているように、それまでの 中国やロシアは 経済のみの大国は 
それほど尊敬していなかったが、1980年代の後半になって やっと 経済に目覚めた。
中国人が「おれの国の経済はすごいだろう」といって経済力に誇りを持つようになったのは、
比較 な最近になってからのことだろう。

アメリカのマスコミか「GNP第二位の座を中国に譲った」として このことを大きく報じたのは、
いまの世界の雰囲気を示していると思う。

今は、軍事が強くても 誰も尊敬しなくなった。勇猛果敢さとか そういうものに価値を置かなくなった。それよりも、経済の強い国が 尊敬されるようになった。

そのような新しい価値認識を開いたのは、軽武装経済重視によって GNP第二位にまで登った
経済大国日本によってであると 思う。

ネットでは、数年‥3年程位前からよく抜かれるという情報や、予測なども個人的には頻繁に目にしておりましたが
今回、実際抜かれた事を報道する日本のマスメディアがそれほど少なかったのでしょうか?(情報源がネットのみなので分からないのですが)

「経済大国」として国際社会での地位を仮にも示して来たのに
今回、抜かれたタイミングでこの問題を国民の共通のものとして大きく報道出来ずにいるのなら
言われているようなメディアの「鎖国」というよりも、もっと問題ですね…。

ホントは国民全体の共通の意識・問題として、今後の事を考えていかないといけないはずなのでしょうが。

この数年、日本メディアの自己中心的でメディア間の横並び報道には驚きを覚えるばかりです。
まさに「クロスメディア=クロスオーナシップ」の弊害である事は間違いないだろう、どの活字報道もチャンネル報道も同色性を帯びメディアリテラシーの遅れているこの国の多くの国民はメディア=正義と捉えているが為アンケート調査などは事前に報道された案件などは報道のされ方で%が上下が夥しい、このような状態は国民にとって不幸としか言えない。
この様な状態を野放しにしていると「レイシズム」「ワンフレーズ・ポリテックス」が助長されメディアによる思いこみ社会が進む様で恐ろしさを覚えます。

日本がGNPで西ドイツを抜いて世界第二位になったのは1960年代後半で、それは池田内閣の
高度経済成長によってであった。

いぜん、宮沢喜一が テレビで、 何の番組であったかは わすれましたが、
岸内閣のときの 安保闘争がおわって、 池田内閣が始まったとき、政治の季節が 経済の季節へと移り変わって、まるで それまでの 暴風の 空が晴れ渡ったような感じがしたと、その心象を語っていた。
宮沢にとって、池田内閣は 日本において「経済の時代」が始まったことの鐘の響きであり、それは 
暗い政治の季節からの 船出であった。

このとき、 おそらく 宮沢のみならず、日本人にとって、 経済は 「平和」の香りを放っていた。
日本は、これから経済で行く、 軍事力ではない。

作家の 三島由紀夫は、 そういう時代を退屈な時代ととらえた。つまり、 平和としての経済のみの時代を
退屈としてとらえたのだ。

フランスのドゴールは 池田首相を トランジスターのセールスマンだとしてさけすんだ。
このときの 経済=平和 国家としての 日本は、蔑みの対象だった。
国内では、 保守の 三島が 退屈な時代として これをさげすんだのと表裏をなすようだ。

しかし、 今を見てください。
どの国も、 経済、経済と いっているではないですか。

中国もロシア、 あるいは インドもブラジルも 経済、経済だ。

軍事よりも、経済だ、 と言っているようだ。

みんなが 経済、経済と 言えば言うほど、 日本の特殊性は 薄れたともいえる。
そのことは、 同時に 経済に特化してきた日本の競争力が 失われたことを意味する。

世界が 日本化したのだ。

浅山さん

素晴らしいご投稿だと思います。
日本は、政治は三流であっても、経済は一流になれると実証した。
時が移って・・、その過去の軌跡を忘れて、政治と生活には饒舌なのに経済には寡黙な国民の国家を、私は時々不思議な感じに襲われます。

下記は、一寸したものを添付します。もう少し気が利いたものが有る筈ですが・・・(笑)。
  -----記-----
藤田田の名言 格言|地位よりも経済優位者が世界を動かす
GHQのGIたちはユダヤ人を軽蔑しながら、彼らに頭が上がらなかった。彼らに金を借りていたためである。ユダヤ人は浪費家のGIたちに高利で金を貸し、金銭的に優位に立っていたのだ。それはまるで、幕末期の商人が武士に金を貸して、経済的な実験を握ってしまったのと同じであった。敗戦国日本に駐屯し、我が物顔で闊歩しているGIの、そのまた上を行く人種がいたことは、私には痛快な驚きであった。敗戦で生きていくための精神的な支柱を失っていた私の前途を示す、一筋の光明にも思えた。
【藤田田、ふじた・でん。日本マクドナルド創業者。東京大学法学部在学中に貿易会社藤田商店を創立。宝石やそのほかの物品を輸入販売し大きな利益を生む。その後、日本マクドナルドを創業。12年で同社を外食産業で日本一の売上まで引き上げる】

(日本人を止めた)無国籍人 さん 
過分なお褒めありがとうございます。(笑

GNPとか 経済成長いうものにたいする 今の評価が どうであれ、
日本をGNP第2位へと押し上げた 当時の日本人たちの 苦労、努力は
こころのどこかに 置いておきたいですよね。

それと、わたしは GNPとか 経済成長を否定しませんね。
なんで、そんなに 経済成長が嫌いなのか、わけがかわりません。
民主党の支持者たちが好きな スウェーデンでも、「経済成長なくして福祉なし」と
いっているくらいです。

浅山さん | 2010年8月27日 00:35
ご反応、有り難うございました。

【経済成長が嫌いなのか、わけがわかりません】
私は解ります、仮説ですがね。

以下は、浅山さんには無用の説明ですが、余人が目にすることを覚悟して(笑)、念のために。
1.洞察が仮説を導き出して、新しい事実が出て来れば新しい仮説に衣替えして、兎に角前進することが肝心だと。

2.多くの人達は、目立つことが好き、饒舌が得意、自分の頭で考えることが苦手、好き嫌いなど単純簡便に決められる目先の事象(政治や生活)には饒舌になるが小難しい理屈のある経済には理解が及ばず黙るか反発反対するしか手を持たない・・。真に群衆思考が原因だと。
挙句の果てに、賢明なBrainを抱えるべく賢明であるべき政治のトップが、「増税で成長」や「第三の道」を言う。何れも理屈は間違いではないが、現実である経済を処するには効果は小さく副作用が大き過ぎると。

引き続き、浅山さんのご健筆を楽しみにしています。
草々

金平様! 日本に帰ってくるのですね。 そしてテレビで解説されるとか? 楽しみにお待ちしております。

中国に抜かれる当の日本は、もう「座して没落を受け入れるのみ」という社会的な雰囲気があるように思えます。

仮に日本の(旧態依然たる)マスメディアが3位に転落したことを大きく報じたとしても、「政治が4流5流なのに、誇ってきた経済すら4流5流になっていくのか。これじゃいけない」と奮起する国民はいない。自分の生活すら汲々としているのに、国家経済がどうの天下国家がどうのと憂う暇はないからです。

というより、「日本は世界第2位の経済大国」と本気で誇ってきた&実感してきた時代など、いまは昔、風前の灯。こんなに窮している層が多い国が、最近まで本当に世界第2位の経済大国だったのかと、根本的な疑問さえ感じます。

虚像の「世界第2位」が剥がれ落ちようとしているいま、醜悪な正体をさらけ出しつつある。手当を支給されずに餓死する老人、展望の開けないまま日々を非正規労働でしのぐ若者、就職先が決まらずに新卒の立場を維持するため大学に在籍するしかない学生などなどなど。

「このままどんどん落ちてきゃあいいんだ、こんな国なんか」。そう冷笑している国民すらいるように思えます。

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Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。

BookMarks

-----<著書>-----

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『報道局長業務外日誌』
2009年6月、青林工藝舎


『米原万里を語る』
2009年5月、かもがわ出版、共著


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2007年7月、集英社

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2007年6月、リトル・モア


慶應義塾大学出版会、部分執筆


『ジャーナリズムの条件4』
2005年5月、岩波書店、部分執筆


『従軍のポリティクス』
2004年7月、青弓社、部分執筆


『二十三時的』
2002年11月、スイッチパブリッシング

『電視的』
1997年12月、太田出版

『ロシアより愛をこめて』
1995年3月、筑摩書房

『世紀末モスクワを行く』
1994年12月、パルコ出版

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