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『Musashi NY Version』に大喝采をおくる

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↑ 『Musashi NY Version』の終演後のカーテンコール(筆者撮影)

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↑ 会場に井上ひさしさんの遺影が。(筆者撮影)

 故・井上ひさしさんが書き遺した作品『Musashi NY Version』が、蜷川幸雄の自由自在は演出によって、ニューヨークの夏を彩るリンカーン・センター・フェスティバルの皮切り公演として、7月7日に幕を開けた。僕はこの公演を本当に楽しみにしていた。『天保十二年のシェイクスピア』も『薮原検校』も素晴らしかった。井上戯曲が蜷川幸雄の天才的な演出で、ラディカルに転生するさまを見せつけられるような体験をそれまでにもしていたのだから。会場のDavid H. Koch Theaterの入り口には、3カ月前に他界したばかりの井上さんの小さな遺影が飾られていた。全編、日本語で演じられるこの井上=蜷川演劇をニューヨークの観客たちがどのように受け止めるのだろうか、と内心ハラハラしながら観客席に着いた。日本人も多いが、予想したよりははるかにアメリカ人の観客が多い。鬱蒼と自生する竹林の群がそれぞれ静かに地を平行移動する幻想的なシーンからこの劇は始まる。まるで鎌倉の井上さんのお宅にあるあの竹林と対話して生まれたようなシーンだ。かの有名な巌流島の決戦では宮本武蔵が佐々木小次郎を倒したのだが、とどめを刺さなかったことから、このストーリーは展開する。後年、復讐を誓った小次郎は、ついに武蔵のもとにたどりつくのだが......。これ以上、あらすじを記すのは野暮というものだが、日本一の剣豪という地位を競って殺しあう運命にあった2人を、ある無形のものが押しとどめようとする。それは抽象的な言葉で書いてしまえば「非戦の意志」とでもいうべきものだ。井上ひさしがなぜこの芝居をニューヨークの地で演じたかったのか、が舞台を見ていてヒリヒリするほど伝わってきた。憎悪の連鎖を断ち切ること。人を殺すな。人を死なせるな。残念なことに、このNYでは、いまだに憎悪の連鎖が力をふるっていて、「テロとの戦い」だの「正義のための戦争」だの「独裁者に対する制裁」だのが国を動かしている。その起点のひとつは2001年の同時多発テロ事件である。憎しみの連鎖はその後、この国によるアフガニスタン戦争、イラク戦争を生み、この2つの戦争はいまだに継続しているのだ。その憎悪の連鎖の起点のひとつ=ニューヨークで、「非戦の意志」を伝えることがいかに重要な意味をもっているか。井上さんはそのことをもっとも深く考えていたのだ。何かに憑依したような白石加代子の圧倒的な存在感は見ていて嬉しくなるほどだった。藤原竜也もますます人を魅了する役者になった。役者が自在に動いている。そして、五人六脚、タンゴの舞いの哄笑のセンスの弾け方に感服した。

 ひさしさんはニューヨークでの舞台を自分自身でもみるために生前に航空券を予約していたそうだ。だがそれは叶わなかった。この現実世界のなかで、死者からの「死んではならぬ」という訴えが生者を突き動かすことができるのかどうか。それは僕らの歴史認識にかかわるとても大切なことがらだ。舞台の上で、武蔵と小次郎を包囲する白装束の死者たちのなかに、僕は井上さんが加わっているのを幻視する思いにとらわれた。

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↑ 終演後に白石加代子さんと。

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ラジオでこの件を知り映像で観た

かったのですが残念ながら見られ

ませんでした。でもここで見る事

ができてイメージが湧いてきまし

た。 さすが金平リポート^^

憎悪の連鎖は断ち切らないといけ

ないと分かっていても出来ない事

がまるでメビウスの帯のように

どうどうめぐり! 頭で理解して

いてもいざ自分が当事者になった

らダーティーハリーになってしま

うかもしれない・・・

白石さん活躍してますね!

金平さんもダンディーですね!

 

金平様
「ムサシ」ニューヨーク公演のグッドニュース、ありがとうございます。
井上ひさしさんと蜷川氏のジョイントが、私たちに大きな楽しみを与えてくれました。竹林の動きにさぞかしニューヨークの観客の心を捉えたことかと想像します。
ロンドンそしてニューヨークに、さぞかし井上さんも行きたかったことでしょう。笑顔の写真が物語っているようです。

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金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。

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