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マクリスタル司令官解任の衝撃

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 アフガニスタン戦争で現場指揮をとるトップ、マクリスタル司令官が解任された。戦況が泥沼化するなかでのかなり衝撃的な更迭劇だ。オバマ大統領はさきほど、バイデン副大統領と後任のペトレイアス中央軍司令官、ゲイツ国防長官らを両脇に従えて、ホワイトハウスで緊急声明を読み上げ「(司令官のふるまいは)民主主義制度の核である軍の文民統制を傷つけた」と明言した。直接的なきっかけは、今週発売の雑誌「ローリング・ストーン」誌のインタビュー記事のなかで、マクリスタル司令官とその側近らが、言いたい放題のオバマ政権批判を繰り広げたことによる。いわば「舌禍」事件である。「ローリング・ストーン」誌の記事に目を通すと、ほとんどオバマ政権の中枢にいる人間たちを馬鹿呼ばわりしていて、現地司令官のフラストレーションが直に伝わってくるようなある意味で非常に面白い記事なのだ。例えば、オバマ大統領については、「最初の面会の時、多くの軍人に取り囲まれて、不快そうでビクついているように見えた。」「たった10分間の最初の1対1の面会時も、オバマはマクリスタルのことをよく知らず、あまり関心がないように見えて、(マクリスタルは)失望した」とある。バイデン副大統領に至っては、マクリスタルは質問した記者に対して「誰だよ、そいつ? むかつくぜ(Bite me!)」とまで言っている。ジョーンズ安全保障担当補佐官については「道化者。1985年で終わってる」。ホルブルック補佐官は「首になるのをひたすら恐れている手負いの獣」などなど。「ローリング・ストーン」誌の記事は、元ニューズウィーク記者で現在はフリーランスのマイケル・ヘイスティングス記者が、パリ→ベルリン→カブール→カンダハル→ワシントンDCと飛行機で移動するあいだに部分的に同行して、酒も入って上機嫌だったマクリスタル司令官とその取り巻きたちから「本音」を聞き出すことに成功したのだ。マクリストル側はオン・ザ・レコードの取材だとしっかり認識していたのだという。なぜこんな長距離を移動したのかと言えば、当時、アイスランドの火山噴火で飛行機がキャンセルになって飛行距離が長引いたという幸運があったのだという。こういうしつこい取材こそがジャーナリズムのひとつのあるべき姿である。

 オバマ大統領は、マクリスタル解任以降もアフガン戦略に何の変更もないと強調しているが、アメリカの多くのメディアは今回の事態を、朝鮮戦争時のトルーマン大統領によるマッカーサー総司令官解任事件と比較して分析している。カルザイ大統領は、すでにマクリスタル司令官を擁護する姿勢を見せていた。現地の軍人たちの反応も、「ローリング・ストーン」誌の記事に対して、ある意味で「よく言ってくれた」というものがあるという。大きな視点でみれば、アフガン戦争のベトナム化がさらに進んだとみるべきだろう。オバマ大統領は今日の緊急声明のなかで「War is bigger than any one man or woman, whether a private, a general, or a president.」(戦争は、いかなる個人よりも、たとえ、一兵卒であれ、一将軍であれ、一人の大統領であれ、偉大なものだ。)と述べていた。 アフガニスタンとイラクの2つの戦争で現在のような状態にあるアメリカの大統領のオバマ氏が、ノーベル平和賞を受賞したのはつい半年前のことだということを僕は覚えている。だからわざわざオスロまで受賞演説を聞きに行った。世界は悪い冗談に満ちているのかもしれない。

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所詮彼らは公務員。
日本のマスコミも沖縄の基地問題についてアメリカの軍人のコメントを大きく大きく報道していましたね。
その時彼らにどんな権限が有ったのでしょうかね。

 文民統制。政治主導が保たれた。
 日本でも連隊長更迭事件がありました。軍人の公式発言には責任を伴います。
 これは本来軍人に限らず公務員全体に言えることです。
 陰でいろいろ言うのはある程度やむを得ない面があります。友人同士の会話。あるいはオフレコで
しかしジャーナリストを前にオフレコではなく本音で批判しそれが公表されれば自分の発言に責任をとる(取らされる)のは当たり前です。
 アフガニスタンも名誉ある?撤退(敗退)に進みつつあります。
 民政支援なる名目で数10億ドルの血税をつぎ込みこれで良しとしている日本政府は最終結果(タリバンの復活)が出た場合支援の効果を検証するのだろうか。
 アフガンはアフガン人(居住民族)に任すべきである。
 もっとも眠れる膨大な鉱物資源が最近明らかにされたがアメリカがアフガンにこだわる理由がはっきりした。
 中国に漁夫の利をさらわれるのもほぼ間違いないであろう。
 日本は財政難を言うのであれば戦闘が終結しペシャワール会のような活動が安全にできるまで手を引くべきです。そして国益に通じる復興支援を再開すべきです。

金平氏の解説は新聞よりもインタビューの経緯が詳しく興味深かった。軍最高幹部級がオバマ大統領を軽く見ていることがよくわかりました。/オバマ大統領のコメントのbiggerを「偉大な(戦争)」と訳していますが、偉大な戦争などありません。正義の戦争と同じく。ここは「とてつもなく大きい」とか規模の大きさのことばを選ぶべきだったのではないでしょうか。

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金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。

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