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グアンタナモ・ダイアリー(6)
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グアンタナモ・ダイアリー(6)

■5月3日 ラジオ・グアンタナモ

 グアンタナモに来て8日目だ。不思議なもので人間はだんだんと環境に適応する生き物だ。テントのなかで起床ラッパの音が聞こえる午前7時45分には、鬚そりとシャワーを別のテントまでぶらぶら歩いて行って済ませるようになっている。シャワーは温度が一定せず、ほとんど冷水の時もあれば、ぬるま湯の時もある。今朝は運良くぬるま湯だった。シャワー用のテントは男女別になっていて、あちこちに汚れた下着が捨てられていたり、使いかけの石鹸が置きっぱなしになっていて、人間が暮らしている痕跡が漂っている。

 今日からまた軍事法廷が再開された。カドル被告が出廷しているが、ニコニコと笑みを浮かべていて体調も良好そうだった。今日も、カドル被告の取り調べにあたった訊問官の証言が行われたが、何とその人物はボストンにいるので、ビデオ回線を使っての映像生中継証言なのだった。FBIの荒っぽそうな若い男性だ。悪名高いアフガニスタンのバグラム収容所でも医療補助にあたっていたとか証言していたが、ビデオ回線が途中途切れたりして何回か中断した。今回の軍事法廷では、次々に訊問官が顔をさらして証言したが、そのさまざまな個性のありようが面白かった。そうか、こういう人物たちが「テロリスト」容疑者たちの取り調べにあたっていたのか、と。カドル被告の場合、あわせて31人の老若男女が微妙なバランスで関わっている。なかでも2番目に証言した若い文化人類学をおさめたという女性が印象に残っている。今回の軍事法廷をずうっと傍聴し続けている米国自由人権協会(ACLU)のジェニファー・ターナーさんと立ち話をする機会があった。当時15歳だったカドル被告に、20代前半の美人女性訊問官の取り調べを担当させる「性的な」意味合いを考えるべきだ、拷問や虐待は「性的な」意味合いで過激化する、という趣旨のことを話していた。彼女自身が婚約中の若い女性である。

 午前中に、グアンタナモ基地内のラジオ放送局「Radio Guantanamo」を訪れるツアーがあった。軍事法廷をほっぱらかして、そちらに行くと、調整が全然できていなかったらしく、局内の撮影は一切ダメだという。何ということか。もうこういうことも慣れっこになってしまった。入口にTシャツ・ショップがあって、フィデロ・カストロの顔がイラストで描かれていて、Rocking in the backyard of Fidel! (フィデル・カストロの裏庭でロックしようぜ!)とか書かれていた。そのTシャツはすごく人気があって売れているんだそうだ。僕はパティ・スミスの「Radio Ethiopia」という曲のことを思い出していた。「Radio Guantanamo」じゃシャレにもならない。入口にいた迷彩柄の軍服を着た若い男はここでDJをやっていてギンギンのロックをかけまくっているのだそうだ。5つのローカル番組を制作していて、うち4つはデイリー(3時間番組)、1つがウィークリーだという。

 今日で実質的にグアンタナモ取材が終わるので、まとめの意味でインターネット中継で東京とつないでみた。思ったよりは順調につながった。ほっとして、最後の夕食をとりに行く。10人くらいの記者やカメラマンたちが一緒だったが、最後の最後までマイアミ・ヘラルドのキャロルという女性記者とは打ち解けられなかった。彼女はこのグアンタナモ取材に何度も訪れているベテランで、何かとプレスツアーを仕切っているボス的な存在だが、ちょっと感覚が合わないというか。

 テントのなかで「1Q84」が最後の60ページに差し掛かっていたところに、アフガン・パキスタン組の記者3人がテントに闖入してきた。彼らは床にシーツを敷いて夕食と少しばかりの酒を飲み始めた。一緒に飲もうと誘われシーツの上に座って話をして、彼らの本音の本音が聞けたような気がした。何が人権だ、軍事法廷なんて茶番だ、欧米のやつらに何がわかる? 話は延々と続いた。あしたは早朝に起床し、荷物をまとめなければならない。

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↑ ラジオ・グアンタナモ

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↑ Tシャツが売れる!

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↑ 左がジェニファー・ターナー弁護士

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↑ テントの闖入者

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

大変お疲れ様でした。そして貴重な報告をありがとうございました。

「金平茂紀グアンダナモ・ダイヤリー」を読ませて頂きながら言葉を探す日が続いていました。

その言葉が的確なのかは分かりませんが、書かせて頂きました。(ユリイカ臨時増刊【村上春樹の世界】から)
「ダンス・ダンス・ダンス」の中で主人公は高度資本主義社会における価値観に「馴染んでいるのではない。把握、認識しているだけなのだ。その間に決定的な差がある。」P71
そこでは救済は「救済の不在」という空白の形をとって姿を表わす。つまり不在というかたちをとった存在である。そう、そこには救済があってもよかったのだ。でも実際にはない。しかし無いにしても、ともかく彼らはそこまで行ったのだ。
そしてそれはいつか「ささやかだけれど役にたつ」かもしれないのだ。それは誰にもわかりはしない。でもやるだけの価値はあるのだ。P116

「美しいビーチ」 しか見ようとしない人物。 「収容所や軍事法廷」 は目に入らない。 そのような人物が 「戦争は外交の一つだ」 とうそぶく。 「美しいビーチ」 を地球に残すためには, 人間は地球上から消えてなくなるのが, 一番いい方法なのだろう。 [グアンタナモ・ダイアリ (5)]  で, このコメントと同意義の感想文を投稿したら, 削除されてしまった。 全然理由がわからない。

いつも新鮮な情報ありがとう
ございます。

キューバといえばカストロ&ゲバラですね。 私もそのTシャツ欲しいです。 世界中の人達と話し合える金平さんがうらやましいです。 一般のニュースで聞けない内容の記事をこれからも期待してます。 

お疲れ様でした。アルカトラズかシャッター・アイランドか、と思いきや美しい空や海のイメージ。もちろん内部は空恐ろしいのでしょう。内部を撮れないもどかしさもおありでしょう。
極東の基地も問題山積ですが、鳩山さんのすべり過ぎに呆れてコメントします。今さら安保だの、抑止力だの、素人じゃあるまいし、そこを乗り越えての政権交代だったはずなのに。沖縄の負担に関して、首相から本土に何の問いかけもないのが一番悲しいです。基地をお台場にというのはあり得ないですか。あるいは都道府県の全てに移転先を公募する・・こんな非現実的な案でも、米軍基地って日本にとって何なのか、抑止力って何なのか、国民を60年の眠りから覚醒させる政権であって欲しかったです。
新聞に載っていた沖縄の詩を読み返します。「ニッポンの島影は手をのばせば届くところに浮かびながら実に遠い手ごたえのない位置で無表情だ。」首相の目は隷属国の悲しみをたたえているのか?焦点の合わない空ろな目は正に手ごたえのない無表情でありました。

この記事を読んでから寝たら、夕べは金平さんの夢を見ました。
金平さんは“カーツ大佐”の取材を試みていて、“THE DOORS” を大音量で流しながら、ボートで川を上ってゆくのですが、私が「ドアーズはあくまでも映画の挿入曲なのだから、こんなの流してもカーツ大佐は意味が分からないと思うんですけど・・・」とかなんとか言って、支離滅裂な夢でした。
ま、私の夢のハナシなど、どうでもよいのですが・・・。

アフガン・パキスタン組の記者さん達、お酒飲まれるんですね。それも、これは、ライムテキーラじゃないですか!? ピッツアにはソーセージやハムがのっているのでしょうか? 興味深いところです。
それとも、彼等はムスリムではないのかな?

数日前、日本では千葉法相が部分的ではあるけれど「可視化法案を急ぐ」という旨の発言をしていました。一体何処までの範囲でこの法案が成立するのかは定かではありませんが、車の僅かな接触事故の調書を取るだけでも、こちらに事象を整理する時間すら与えてくれず、「決めつけ」で始まる検証にクレームをつけただけで、信じられない話の展開になってしまった、つい最近の出来事を経験している私は、FBI の荒っぽそうな若い男性をはじめとする尋問を想像するに当たっては、思考がどうしてもミッドナイトエクスプレス・シンドロームに陥ってしまいます。

金平さんはもう NY に戻られたのでしょうか?
先日のダイアリーに書かれていた“Stranger Than Paradise”、タイムリーなことに数週間前、ジョン・ルーリーの個展を観に行ってきたところです。彼のドローイングを観ていると、一見稚拙な絵ではあるけれど、精神の自由がどれほど大事かという事を思い知らされます。ソーホーあたりでは常設しているところがあると思うので、足を運んでみてはいかがですか。きっと「青豆」の孤独から少し解放されると思います。

Longoさん、私も総理の言葉に腰が抜けました!。 
東大出のウルトラエリートが何だって???

党の皆様超博識ぞろいなのになぜ? おかしな手当て施す前に
痛みを負担してる所に出してもよかったんじゃない? 金でなんとかなるもんじゃないけど ・・・

これを機会に防衛について全国民が真剣に考える時期ですね!

実はこのTシャツ、私も数枚持っています。というのも、私の夫が数年前にここ(ラジオ局)で働いていて、私もこの基地内に一緒に住んでいました。

夫の勤務時代にこのTシャツが販売開始されて、この"ROCKIN' IN FIDEL'S BACKYARD"のフレーズも実は私の夫が考えたものです。

3年近く住んでいましたが、今でも懐かしく思うことがあり、夫がGTMOへの辞令をもらうことが出来れば、すぐにでも引越ししたいです。

今回、偶然にこのTシャツの記事を見つけたので、思わずコメントさせていただきました。

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Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。

BookMarks

-----<著書>-----

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『報道局長業務外日誌』
2009年6月、青林工藝舎


『米原万里を語る』
2009年5月、かもがわ出版、共著


『テレビニュースは終わらない』
2007年7月、集英社

人気のWeb日誌、出版!
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『ホワイトハウスから徒歩5分』
2007年6月、リトル・モア


慶應義塾大学出版会、部分執筆


『ジャーナリズムの条件4』
2005年5月、岩波書店、部分執筆


『従軍のポリティクス』
2004年7月、青弓社、部分執筆


『二十三時的』
2002年11月、スイッチパブリッシング

『電視的』
1997年12月、太田出版

『ロシアより愛をこめて』
1995年3月、筑摩書房

『世紀末モスクワを行く』
1994年12月、パルコ出版

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