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グアンタナモ・ダイアリー(5)

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↑ 基地のまわりはコバルト・ブルーの美しい海

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↑ キャンプX-Rayの取材ツアー

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↑ 取材中にひょっこりイグアナが現れたのだ。

■5月2日(日) 楽園のなかの収容所、あるいは、軍務と慰安

 きのうは散々だった。一日の成果が暗転するような出来事が夕方に起きてしまった。一刻も早く忘れよう。忘れるしかない。持参した『1Q84』をテントのなかで読み進む。青豆や登場人物たちの状況がなぜか、この収容所の状況とダブってくる。

 今日も朝から快晴。軍事法廷は今日は開かれておらず、基地内もさすがに休日モードになっている。JTF(収容所問題のためのジョイント・タスク・フォース)の計画したプレスのための慰安=ビーチ・ツアーがあるのだという。本当はビーチになど行く心境ではないのだが、気分を変えなければあとの取材が持たないかもしれないと思い直して、出かけてみた。それは、それは美しいビーチだった。コバルト・ブルーの海が目の前に広がっていた。現在、アル・アラビアというイラクのテレビ局に勤めている女性記者Munaは、まぶしいビキニ姿を惜しげもなく曝していた。つもりにつもったストレスをこの海で洗い流そう。それで1時間ばかり力を抜いて泳いだ。軍からのエスコートにはDがついてきている。彼女は海岸の砂の中に混じっている美しいガラスやサンゴを集めるのが趣味だと言っている。長いあいだ海水で洗い清められ変形したビーズのようなガラス片はなかなか美しい。Dはそれらをたくさん見せてくれた。それにしても、軍事基地がどうしてこんな美しい場所になければならないのだろうか。きのうまで見続けてきた収容所や軍事法廷とは別世界だ。楽園のなかの収容所。このグアンタナモ基地の米兵の中にも、沖縄に駐留していた兵士が何人もいる。我々の担当の女性兵士にひとり、そのボーイフレンドにひとり、結構探せばいるようだ。鳩山政権が、沖縄の普天間基地問題で立ち往生しているという。辺野古案は消えたとばかり思っていたら、何のことはない、この政権の正体が見えてしまうような妥協案を持ち出してきているようだ。そんなことを、このグアンタナモから呟いてみても何の力にもならないだろうが、米軍基地の本質は、世界のどの地にあろうと同じものなのだ。その意味で、沖縄とグアンタナモはつながっている。軍事力というプレゼンスによって、その地域のなかでの絶対的な地位を確保すること。

 午後5時から、グアンタナモ収容所で最初に設営されたキャンプX-Rayのツアーがあった。野原に吹き曝しで有刺鉄線とフェンスと最低限度の建物らしきものがあった。2002年、ここにアフガン戦争が始まってから戦場でとっ捕まえた戦闘員たちを片っ端から放り込んだ。4か月だけ運営された後に閉鎖された。ここで相当のことが行われていたことが人権団体によって指摘されているが、今や荒野の廃墟になり果てている。

 夜になって、インターネットを使ったテレビ中継が可能かどうかのテストを行う。今や、携帯電話とPCさえあれば(そして、つながれば)世界のどこからでも中継が可能という時代にとっくに入っている。

 深夜、再び『1Q84』をテントの中で読み始める。もうちょっとでおしまい。

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グアンタナモ収容所に『1Q84』を持って行くなんて、何だかシュールすぎて、私にはその意図がよくわかりません。金平さんは報道記者なのですか、作家なのですか、エッセイストなのですか、ルポライターなのですか?  

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Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。

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『ホワイトハウスから徒歩5分』
2007年6月、リトル・モア


慶應義塾大学出版会、部分執筆


『ジャーナリズムの条件4』
2005年5月、岩波書店、部分執筆


『従軍のポリティクス』
2004年7月、青弓社、部分執筆


『二十三時的』
2002年11月、スイッチパブリッシング

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