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グアンタナモ・ダイアリー(2)

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↑ 弁護団の記者会見を取材中のプレスツアー参加者

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↑ アルジャジーラ英語放送のモニカ記者

■4月28日(水) ジョギング中に静止していた兵士

 朝から強い日射し。朝食をとるために軍のエスコートのDにレストランまで連れて行ってもらった。ここではプレスツアー参加者は所定の場所以外、すべてエスコートが必要で、単独行動は許されていない。軍のミニカーで目的地まで向かう途中、ジョギング中の男性が胸に手を当てて立ち止まっていた。具合でも悪くなったのかとDに聞くと、あれはちょうど朝8時にラジオから流れているアメリカ国歌に忠誠を誓ってるんだ、と説明してくれた。レストランは軍人やその家族らでとても賑わっていた。Dは軍に19年間も服務していて、今年リタイアする予定だという。フロリダに家族がいるそうだ。息子は頭がよくてケンブリッジ大学に行っているとか。グアンタナモ基地の後方支援は、マイアミにあるSouthComが任務にあたっていて、彼女はそこに所属しているのだという。そこはハイチ支援の中心にもなった基地だ。地震発生直後は、グアンタナモ基地には救援物資が大量に運び込まれたのだという。

 今日から軍事法廷のセッションが開かれることになっていて、法廷内傍聴希望者がバスに乗って軍事法廷のあるJoint Task Force本部まで連れて行かれた。ところが急に午前中のセッションが中止になって、またメディア・センターに逆戻り。何だかわけのわからない展開ばかりだ。ジム・ジャームッシュの映画「Stranger Than Paradise」みたいだ。それで午後に始まった軍事法廷に入った。全部で50人くらいが邸内にいた。筆記用具以外、持ち込み禁止というルールの下で、厳重なチェックをかいくぐって傍聴席に着いたら、オマール・カドル被告が入廷してきた。真っ白なジャンプ・スーツで、頬まで髭で覆われていた。何だか笑みを浮かべている。軍事法廷なので一般の法廷とはルールが異なっているが、その後、弁護側と検察側の激しい攻防があった。ここには書ききれない。だが弁護側の主張の核心は、カドルの有罪を認めた証言は、違法な拷問と虐待によって得られたもので信用できない、というものだ。ところが、休憩の後に証人として登場したFBIの尋問官は、検察側の質問に対して、拷問も何もやっておらず適正な取り調べを行ったとして、弁護側の主張を全否定した。そのやりとりは傍聴していてもなかなか面白いものだった。僕は軍事法廷というものをみたのはこれが初めてだ。セッションは今週ずっと続く。Dによれば、今夜、基地内の野外映画劇場でデカプリオ主演の「SHATTERED ISLAND」が上映されるそうだ。

■4月29日(木)  ビデオ映像のチカラ

 昨夜は取材上のストレスが昂じたのが幸いして(?)、持参してきた「1Q84」を200ページも読んでしまった。読み出したら止まらないので参った。何しろ、電話が固定電話しか使えないのが困る。インターネットも不安定で、当たり前のことが当たり前でなくなる。そこから来るストレスは相当なものだ。SKYPE中継を試みようとテストをしかけたが、それさえままならなかった。辛うじてラジオの生放送だけは何とかなったけれど。午前中のセッションは、カドル被告が出廷を拒んだ。一緒にツアーに参加していたロシアとチェコの記者が午後の軍用機でアメリカに戻って行ってしまった。午後から始まった法廷に、カドル被告は出廷したが、体調不良のようだ。法廷内ではカドル被告が2002年にアフガニスタンのカブールに住むアルカイダ関係者のもとを訪問した際に撮影された24分のビデオ(出来の悪いプロパガンダ映画とホームビデオが混ぜこぜになったような代物)が上映された。15歳の幼さの残るカダル被告がビデオに再三登場していた。本当にまだ粋がっている中学生みたいな感じだった。きのうと同様にFBIの尋問官の証言が続いたが、父親とビン・ラディンとの「親密な関係」や、アルカイダとの関係をこれでもかというばかりに証言し、いっぺんに検察側有利に風向きが変わった感じもする。一緒に来ているアメリカのメディア記者たちのひとりは、その粗悪ビデオをみながら憎悪と嘲りの言葉を投げつけていた。やはり、アメリカ人なんだなあ、と思う。法廷スケッチの女性画家が描いた絵をみて、記者たちが喝采をあげていた。確かによく描かれていた。このようにして、記事の風向きが何となく形づけられるのだろうか。ちなみに廷内のカドル被告は始終ビデオから目をそむけているように見えたが、そのスケッチから机の上に小型のテレビがあって否が応でも目に入るようになっていることを知った。                   
 ビデオ映像には、本来それ自体にチカラ(影響力)がある。2日前に見てきた収容所のなかの「適性戦闘員」たちが、カタールの衛星テレビのスポーツ・チャンネルを食い入るように見ていた(おそらくサッカー中継だろう)風景を思い出した。ひとはある条件下では、一方的に与えられる映像によって強く支配されるものだ。僕らテレビニュースを仕事としている者は、そのことを常に心のどこかに覚えておかねばならない。日本の裁判所でも、ニュース映像を法廷の証拠として勝手に使われることに対して、報道機関が原則、拒否を貫いてきたのもそのような理由があるからでもある。

 「グアンタナモは基地の外は美しいところだ。収容所の中の動物園とは対照的に」。この基地に7回目の取材に来ているというアルジャジーラ英語放送のモニカは僕にそう言った。

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グアンタナモ・ダイアリー(その1) を読んでいた時、何故か頭の中に、ずっと“バグダッドカフェ”の映像とテーマ曲が流れていたのですが、
今日の(その2)で“Stranger Than Paradise”のタイトルを目にし、金平さんのグアンタナモが、尚更イメージしやすくなっています。
金平さんがシュールな微睡みの中で失神してしまわないように、と願いました。
そして「青豆」が金平さんに悪戯しないように・・・とも。(これは冗談)

オマール・カドルの事は、拘禁者処遇法などの理不尽を含め、アムネスティなどのメールマガジンから「保護論側」としての情報のみしか持ち得ていませんので、この先も金平さんのレポートを追いたいと思いますが、時間だけが長く長く過ぎ去っても、結局アメリカは、何故「9.11」が起こったのか?という根本的原因を無視したまま、絶えず自ら仮想敵を想定し、その仮想に怯え、憎み、一体いつまでそんな構図を国家像としてプロジェクターで市民というスクリーンに映し続けるんだろう?
ブッシュやラムズフェルト、チェイニーが吊し上げられる日は永遠に来ないんでしょうか?

時に、報道機関が犯す「大罪」は、ここ日本でも厭と言うほど思い知らされています。
市民には見えない「権力」に、知らずのうちにレイプされています。
レイプされていることに気付かないほど、それは巧みな愛撫の様な刷り込みです。

 金平様  
 
 グアンタナモ・ダイアリー(1・2)を拝読いたしました。大変貴重な報道ですね。
 冒頭に、アルジャジーラの綺麗な美人記者の写真があるだけとは、基地内は、本当に撮影禁止なのでしょう。映像なしで、非日常環境を、こうも鋭く生レポートされると、こちらもフラストレーションがたまりそうです。正直、私は、グアンタナモ基地を映像としてイメージすることは難儀してます。

 アメリカは、良くも悪くも「国家然たる国家」だと、私は思います。日本を含め、関係してる諸国に様々な矛盾を突きつけて、現在に至ってきました。グアンタナモ基地は、その矛盾がアメリカ国内で結晶した、最たるものではないでしょうか。

 毎回思いますが、金平さんのレポートは、取材対象と直に向かい合うだけではなく、周囲のメディアの反応も含めて、一歩引いた地点から報じられていることがすごいですね。案外こうした視点から、事の本質が見えてきたりするものです。私がショックだったのは、カダル被告のビデオに対する、一人のアメリカ人記者の反応です。アメリカ人個人がどういう感想を抱こうと自由ですが、記事を立ち上げる時は、「記者」としてあることを願います。

 ゴールデンウィーク中、働きづめの私に、些細な・・・いや、思いがけないプレゼント(?)です。今後の、グアンタナモ・ダイアリーをお待ちしております。

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Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。

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2004年7月、青弓社、部分執筆


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