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「真実が闇に葬られますように」

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↑ アメリカ国務省人権年次報告書(2009)

 アメリカ国務省は毎年、世界各国の人権状況に関する年次報告書(Human Rights Report)を出している。3月11日に公表された2009年版(http://www.state.gov/g/drl/rls/hrrpt/2009/index.htm)には、日本の人権状況に関してとても興味深い記述があって、それが日本では全く報道されていないので、ちょっと紹介しておきたい。それは、日本の官公庁の公文書破棄に関する記述である。以下がその部分。

The public has the legal right to access government information. There were no reports that the government denied legal requests for information or required information seekers to pay prohibitive fees to gain access. A recent study by a nonprofit body disclosed that the Foreign Ministry destroyed approximately 1,280 tons of what it termed "sensitive records" in fiscal year (FY) 2000 (ending in March 2001), ostensibly in anticipation of the information disclosure law that went into effect in April 2001. The Finance Ministry was second in the quantity of material destroyed, eliminating approximately 620 tons.

 要するに、国民は政府情報にアクセスする法律上の権利を持っているはずなのに、最近のある非営利団体の調査によれば、情報公開法の施行を前にした2000会計年度に、外務省は1280トンにものぼる「取り扱い注意」(sensitive)記録を破棄したほか、財務省も620トンの文書を破棄したというのである。

 村田良平・元外務事務次官が亡くなったことは東京からの電話で知った。80歳だったそうだ。直接の面識はない。ガンを患っていたことは知っていた。僕の後輩記者Kが末期治療室内で彼のインタビューを撮影して、「日米間で核密約は存在している。自分は引き継ぎを受けてそれを総理や外相に説明した」との証言をニュースで放送したのは去年11月のことだった。奇しくも、衆議院外務委員会で、村田氏の後輩たち、すなわち外務省の東郷和彦元条約局長らや斉藤邦彦・元外務事務次官が参考人として質疑に応じたのは、この村田氏の死去の翌日のことである。その質疑のなかで、東郷元局長は外務省の密約に関する公文書が外務省内部の人間たちによって破棄された可能性についてギリギリの証言をした。1999年に、後任条約局長の谷内正太郎氏に、文書の綿密な引き継ぎを行い、さらに当時、北米局長だった藤崎一郎氏にも文書の一覧表と自分の見解も記したメモを送付したという。そのなかには歴代の条約局長のメモ(たとえば、小和田恒=現在の皇太子妃の父親や、丹波実氏らが作成したメモ)も含まれていたという。それらの文書が、今回の有識者委による調査や外務省の内部調査でもみつかっていない。あったものが消えた。それは何かの理由で意図的に破棄されたか、紛失したか、盗難にあったか(まさか?)、あるいは紙の劣化によって自然消滅した(ご冗談でしょ!)のいずれかである。

 さいわいなことに、僕は今、アメリカのニューヨーク市に住んでいるので、アメリカの公文書館に保管されている文書にアクセスすることができる。日米関係に関するアメリカの文書を読んでいると、こんなことまでアメリカ側は記録し、把握していたのかと、舌を巻くような代物に遭遇することがある。たとえば、手元に1通の公電のコピー。1972年4月18日付の文書で東京のアメリカ大使館からワシントンの国務省に打電されたものだ。Confidential=内密扱いの公電だが、中身を読むと、やりきれないような複雑な気持ちに陥る。いわゆる「西山事件」の直後に、吉野文六・北米局長が更迭されることになり、その吉野氏がインガソル駐日大使とプライベートな懇談を持ったときの会話内容が記されているのだ。吉野氏は、更迭についてあからさまな不快感を隠さず、自分の更迭は、沖縄返還交渉での400万ドル支払い肩代わりの政府の責任をめぐる政治抗争の犠牲になったのだと、インガソル大使に愚痴をこぼしているのだ。さらには自分の更迭は、毎日新聞編集局長および西山記者の解任との引き換えに使われたとまで言っている。吉野氏はインガソルに対して、福田赳夫外相は温かい人柄で、将来の自分の地位確保や大使級の処遇を保証してくれたなどと伝えたうえ、自分の後任候補ナンバーワンは大河原公使(当時は在ワシントン)だと正確に伝えていた。そんなことまで克明に記されている公電のコピーを読んで、行間から何とも言えない人間くさいドラマが立ち上がって来るのを垣間見る思いがしたのだ。僕はずいぶん前に吉野文六氏にインタビューしたことがあるが、以前は「密約など存在しません」と主張し続けていた氏の主張が180度転換したあとのことだった。吉野氏は密約の存在を認めたばかりか、次のような非常に興味深いエピソードを披露した。それは2000年の5月に、当時の河野洋平外相から直接電話を受けて、密約の存在を否定するように要請を受けたという事実である。まあ、大臣が「事務方」からの進言を受けてそうしたのだろう、と吉野氏は語っていたのだが。ではなぜ河野外相が電話を入れたのかと言えば、それは直接的には琉球大学の我部政明教授が米公文書館で密約の存在を裏付ける公文書をみつけたからである(2000年5月)。それで外務省はかなり慌てた。その時の「事務方」とは誰か。以下に記す人々がその時の「事務方」の顔ぶれである。

外務大臣  :河野洋平
外務事務次官:川島裕(現在、宮内庁侍従長)
条約局長  :谷内正太郎
条約局審議官:小松一郎
北米局長  :藤崎一郎(現在、駐米大使)
北米局審議官:渋谷實(現在、駐オランダ大使)

 そして、上記の人々が職位にあった時期に、外務省が1280トンの大量の文書を破棄していたという事実は一体何を物語るのか。これらの人々の多くは現在も生存し、要職についている。あの時の重要文章の処理をどのようにしたのかを、なぜ有識者委員会は問わないのか? いやいや、私たちには「調査権」はあっても「捜査権」はありませんから。報告書に『不自然な欠落』と書いたでしょ。あれが精いっぱい。そんな答えが聞こえてくるような気がする。だが、公文書破棄の直接の被害者は国民である。公文書は「密約」文書も含めて国民の財産である。それが勝手に廃棄されたり、元首相の私邸に勝手に私蔵されていたとしたら、もっての外ではないか。発想が真逆なのである、調査にあたっている人々の。

 先に村田良平氏の死去について触れた。吉野文六氏も92歳になる。歴史の真実を前に、国家によるウソが積み重ねられていくのを、人生の最終段階で是認できなかった人々の思いをどのように受け止めるか。「真実が闇に葬られますように」。息をひそめて時間の経過を待っているようにも見えるあれらの人々を前に、私たちはどうすべきか。密約問題の幕引きを画策する人々に告げなければならない。あなたたちの思いは本当に「真実が闇に葬られますように」なのですか、と。

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↑ 米大使館 → 国務省あて公電(吉野氏更迭について)

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コメント (13)

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

歴史的な事実を闇に葬ってはならない。 公文書を秘密裏に廃棄するなど, 言語道断である。 公務員の職責に違反する犯罪行為である。 罰則がないはずはない。 公に処分されて, 然るべきである。

何と言えばよいのか…。
この国の国民である事が恥ずかしい、悲しい、空しい。

あの難しい試験に受かった人たちの行為がこれとは…ハァァ~

40代後半の沖縄県民ですが、こんなことは、当たり前に解ってました。
事実は、現場で発露されているのです。

戦後の我が国は、敗戦を思い出したくない老人と朝鮮景気で潤った人々が支配した国です。真剣に米国に立ち向かった方々のことを想うに、やっと、日本が目覚めてくれるのかと、僅かな希望を持ちます。

私は、本土復帰前の幼少の時期に、既に、理不尽という意味を学ばされております…。

大切なのはこれからどうするか


過去に何が行われ、それがなぜなのかを調べることは必要でしょう。
しかし、過去を断罪するためでは意味がありません。

大切なのは、今後そのようなことが行われないようにするためにはどうすればいいかです。

一部の関係者を血祭りに上げることを目的にすると、真実は闇の中になるのではないでしょうか。

少なくとも司法取引のように、起訴しない代わりに真実は全て話してもらわなければ、納得できませんね。

>一部の関係者を血祭りに上げることを目的にすると、真実は闇の中になるのではないでしょうか。

「血祭りにあげる?」
どうしてこういう言葉が出てくるのでしょうか? 過去は過去。水に流して、未来志向、未来志向で行こう、ですか? 都合の悪い部公文書を捨てるくらい、いいじゃないか、「一部の関係者」の裁量の範囲なんだ、と。本当にそうでしょうか? 私は、過去にきちんと向き合ってこなかったツケが、現在の政治不信、官僚不信を招いているのだと思います。


「真実を闇に葬る」といえば、とちょうど今年で15年のTBSのオウム問題に関する”自称・検証”を思い出します。
今回の核密約の調査が不十分だというのは全面的に賛成ですが、金平さんも「TBSのオウム問題での自称・検証に比べれば10倍はマシ」ということは認めるんじゃないでしょうか。20倍ぐらいかな?
あれは調査のフリして、問題点を隠して言い訳するシロモノでしたからね。

ぜひ今度、事件の15年を記念してこのコラムでそれをテーマにしてください。あとTBSが当時の問題映像をYOUTUBEから必死で削除させてるのはどうなんですかね。
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.youtube.com/watch?v=oIXcmwvAvoQ

調査と隠蔽という点でそっくりなので、お立場上失礼かもしれませんが書かせてもらいました。
「歴史の真実を前に、TBSによるウソが積み重ねられていくのを、人生の最終段階で是認できなかった」人がこの後、外務省よりたくさん出てくるでしょうか。

<極めて日本的な>
金平様のため息が聞こえてくるようです。しかし、もう此処まで来ると、欧米と日本との「公」と言うものに対する文化的思考の差異としか言いようがありません。おそらく日本人は絶滅しない限りこの思考回路は是正できないかもしれません。この記事で外務省や財務省を批判することは簡単ですが、考えてみれば私たちの身近なところで日常茶飯事に行われていることと一緒です。私の県もオリンピックでの文書を破棄した事件がありました。上から下まで日本はこの思考回路が蔓延しているのです。読んでいて、批判するのが空しくなったくらいです。まさしく真実を闇に葬ろうとするのは、まさしく日本病だとしか言いようがありません。

田島さんいう方へ。
場外乱闘もいいですけれど、貴方様は、外務省もTBSも真実を闇に葬るという点では似たりよったりじゃないか、と仰りたいのですね。何を言ってるのだか。鬱屈しておられますね。それにしてもオウムですか。密約を語るときに。こういう人たちが言論活動を駄目にしているのです。ひょっとして衰退著しいTBSの関係者の方ですか? 金平さんをターゲットにしているあたり。 

金平様の論考を拝読し、いまさらですが、日本の民主主義は国民が闘いで勝ち取ったものでなく、与えられたものゆえ、未だ本物になっていないことを改めて感じさせられます。

長きにわたる官僚主導による自民党政権下で行われてきた公文書作成、保存、移管は一体どのようになされてきたのだろうか。理想と、かけ離れた各省庁の出鱈目が何故まかり通ってきたのだろう。しっかりと検証しておくことも重要である。

日本では、そもそも明治以来、国民に選挙で選ばれていない官僚が主導した政治が行われてきたことに主因があろう。官僚達に公文書は国民の財産という考えなど毛頭なく、公文書はお上(官僚)のものであり、自分たちが不要と思えば、また自分たちが都合が悪いと思えば、いつでも破棄してよく、都合の良い公文書だけが残されてきたのではないだろうか。すなわち我々はねじ曲げられた日本の歴史を見ているともいえる。

よりによって今頃になって、このような基本的な法律制定をしなければならない日本の公文書管理の後進国さ、お粗末さ、いや犯罪に近いかもしれない、そして日本は未だ「本当の民主主義国ではない」のだとつくづく思い知らされ、恥ずかしいかぎりである。

公文書管理の最終報告書(脚注)によると、米国では3権を含む連邦文書を米国国立公文書記録管理院(NARA)が一括管理(常勤職員2500人)、また欧州諸国、中国、韓国と比較しても日本の公文書管理体制は実に見劣ることが指摘されている。日本は昭和46年に国立公文書館は出来たものの、例により魂入れずで、公文書管理体制は文書作成、保存、移動等の面でなお整備が不十分なままである。ようするに、各省庁権限が強く、公文書管理に恣意性が生じ、出鱈目がまかり通ってきた。一蓮托生の自民党政権の各大臣を始め政治家も同罪である。

日本も、官僚主導下の自民党政権末期にようやく上程された「公文書管理法」が2009年6月に制定され、今後2011年4月施行を目指して、諸準備が進められている。しかし、日本の「公文書管理法」が制定される過程で各省庁の官僚の抵抗が強く、本法律制定には実は重大な問題が内在されたままになっていることを我々国民はしっかりと認識する必要がある。

公文書管理の最終報告書(脚注)で、公文書の意義は、「民主主義の根幹は、国民が正確な情報に自由にアクセスし、それに基づき正確な判断を行い、主権を行使することにある。国の活動や歴史的事実の正確な記録である「公文書」は、この根幹を支える基本的インフラであり、過去・歴史から教訓を学ぶとともに、未来に生きる国民に対する説明責任を果たすために必要不可欠な国民の貴重な共有財産である」と記している。まさにこの通りである。

詳細は上記最終報告書を見ていただきたいが、とにかく中途半端なザルの「公文書管理法」であり、政権交代した今、政治主導で早々に制定法律を見直すべきである。本当にあちらこちらで、政治主導の意義の大きさを改めて感じさせられる。

脚注):公文書管理の在り方等に関する有識者会議の最終報告書(2008年11月4日)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/koubun/hokoku.pdf

都合の悪い文書をさっさと廃棄してしまうなんて、ホントこの国の官僚や政治家はなんなんでしょうか?

明るみに出て批判にさらされるよりもなかったことにしてしまう
日本人特有の曖昧さ加減がそうさせるんだろうけど、なぜそんな大切なものをさっさと処分できるんだろう。

そういった知られたくない部分をずっと隠し続け騙し続けるからこそ最後はにっちもさっちもいかなくなるのに。

きちんと向き合って、批判を受けてそれをどう改善していくか、そうでなければ永遠に日本は前進も変革もできないと思います。

投稿者: 梶原一 | 2010年3月26日 21:52 様の

>私は、本土復帰前の幼少の時期に、既に、理不尽という意味を学ばされております…。

というお言葉、胸に重く刺さります。長きにわたり沖縄に押しつけてきた負担と痛みを、どうにかしてこの政権交代で変えていくことができたらと思います。

ご活躍に敬意を表します。たいへん衝撃的な内容でした。私自身は岡田克也外相に、田中角栄・周恩来会談の史料破棄を調べてほしいと手紙を書きました。以下の通りです。
http://www.21ccs.jp/china_watching/DirectorsWatching_YABUKI/Directors_watching_gougai.pdf
お時間があれば、眺めてください。上海の旅をなつかしく想起しています。再見。

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Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。

BookMarks

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『報道局長業務外日誌』
2009年6月、青林工藝舎


『米原万里を語る』
2009年5月、かもがわ出版、共著


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『ホワイトハウスから徒歩5分』
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慶應義塾大学出版会、部分執筆


『ジャーナリズムの条件4』
2005年5月、岩波書店、部分執筆


『従軍のポリティクス』
2004年7月、青弓社、部分執筆


『二十三時的』
2002年11月、スイッチパブリッシング

『電視的』
1997年12月、太田出版

『ロシアより愛をこめて』
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『世紀末モスクワを行く』
1994年12月、パルコ出版

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