Calendar

2010年3月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

Recent Comments

« ますますG2化してきた米中関係
メイン
医療保険改革で歴史的前進。それでも消えぬオバマ大統領単期説。 »

「密約」有識者委報告書・第四章の支離滅裂

kanehira100314.JPG
↑ 9日に発表された日米密約についての報告書

 怒りとか憤慨とかそれ以前に、不条理感というか、G・オーウェルの小説を読んだ直後のような、胃液が逆流するような思いを抱いた。「ある」は「ない」の意味。クロはシロ。この欄でも以前、日米密約に関しては触れたことがある(2009/9/21「誰が核密約文書の破棄を命じたのか?」と2009/12/31の文章の一部)。3月9日に公表された日米の外交密約問題に関する有識者委員会の報告書に一応全部目を通した。108ページのものでそれほど長大な報告書ではない。「密約」の定義を広く解釈し、「文書の存在」にとらわれないで、暗黙の合意や了解にまでも広げて、検証の対象にしようとした点や、公文書以外の証言・学術研究・報道の成果をも照会して深く検証しようとした姿勢(特に第二章の「核搭載艦の一時寄港」に関する密約の検証によくその姿勢が表れている)、さらには公文書の保存・公開・破棄についての世界に通用するルールづくりを提言している点、そして最後に、意図的な公文書破棄(これ自体が犯罪行為を形成する)を強く示唆している点など、評価すべき点が多々あったことも確かだと思う。だが、それらの成果を水泡に帰しかねないような論理破たん、支離滅裂がみられたのが、この報告書の第四章「沖縄返還と有事の際の再持ち込み」の考察と結論である。

 外交とは何も外務省の公式ルート、つまり表玄関同士のやりとりだけをさすのではない。一国の政府が展開する外交は、あえて言えば民間も含めた多くの組織の意思がいわば総合されて出来上がるものだ。ところがこの第四章は全体的に、日本の外務省内に残っていた限定的な文書を中心に据えて、まるで外務省の意向が政府全体の意向であるかのように描き出されている。第二章の検証態度とは対照的だ。そして、佐藤栄作首相が「秘密協定のごときもの」に対して消極的だったと断じている。一体何を言っているのだろうか。外務省の官僚を通しての交渉ではらちが明かなかったから、佐藤首相は、若泉敬という密使を使って、外務省官僚ではできないことをやったのである。もちろん外務省にとっては若泉のルートは不快なものであっただろう。なぜなら自分たちの無能ぶりを曝すことになるからだ。しかし、佐藤元首相はそれにかけた。若泉はそれにこたえた。そのことは米側の幾多の公文書を読めば明明白白ではないか。返還後の沖縄への核再持ち込みという、沖縄返還に絡む最もセンシティブな問題(M・ハルぺリン)を、外務省官僚ではなく、若泉という民間人を使ってキッシンジャー、ニクソンの合意を取り付けたのだ。不可解なのは、第四章で、若泉ルートに「首相官邸」が意思決定に深く関与していた事実を確認しているのにもかかわらず、「密約」本体そのものである佐藤 ― ニクソンの「合意議事録」を、結論としてまるで無意味なものであったかのように扱っているのである。その論拠のひとつとしているのが、「合意議事録」の長期的効力なる概念である。つまり、あれは佐藤・ニクソン2人だけの「一夜の秘事」みたいなもので、何も政府の政策を拘束しないと言っているのだ。第四章曰く、

佐藤首相は「合意議事録」を自分限りのものと考え、長期的に政府を拘束するものとは考えていなかったのではないだろうか。加えて、「合意議事録」の保管方法から見て、佐藤首相はこの文書を私蔵したまま、その後、引き継いだ節は見られないのである。

これがどうして「密約」がなかった根拠になるのだろうか。佐藤はこの文書があまりにもヤバすぎるので、そしてまた自身が述べてきた非核三原則を正面から裏切る内容だったことから、引き継ぎどころか官邸のロッカーにさえ置けなかったのではないか。それがなぜ「密約」の不存在の論拠とされるのか。さらに第四章は、

この秘密文書は、(日米)共同声明...よりも確かに踏み込んだ内容を持っているが、にもかかわらず、共同声明の内容を大きく超える負担を約束したものとはいえず、その点で、...(略)...必ずしも密約とは言えないであろう。

この学者は一体何を言いたいのだろうか。返還後の核再持ち込みを是認すること自体が、政治的も軍事的にも、とんでもない大きな日本の負担になるのは明らかではないか。最も唖然とさせられたのは、次の個所である。

なお、この秘密文書がなければ、19日の会談(佐藤・ニクソン会談。引用者注)は合意できなかったかもしれない。しかし会談のための日時はまだ2日ほど残っており、もし第1日目が不首尾に終われば、日本はかねて準備していた「会談録」またはこれを基礎にした提案をして合意に向けて動き、結局合意は実現されたのではないかと考える。

 歴史にifを持ち込むな、とは学者の資質の基礎の基礎である。若泉・キッシンジャーが策定したの「密約」があったからこそ、会談は「成功裏に」終わり、沖縄返還交渉は進捗したのである。その裏に国民の知らない、そして知れば政治的な大混乱が必至の秘密の動きがあったのだ。日米間の合意が実現したことと「密約」の不存在は別次元のことがらではないか。

 なぜ、第四章がこのような支離滅裂な結論に陥ったのか。それは有識者委報告に先だって外務省の調査チームが作成した報告書(2010年3月5日付)を読めば、おおよその構図が見えてくる。外務省内の文書を調査した結果の報告書なので、当然ながら若泉が作成した「合意議事録」は「発見されなかった」としている。そして外務省報告書は「外務省関係者は、結果的に特別な文書の作成を必要とせず首脳会談が決着したとの認識を有していた。若泉氏が準備したとされる「合意議事録」については、外務省としては何ら了知していなかったことがうかがえる」(同報告書16ページ)。何ら「了知」していなかった? こんな官僚的な言葉づかいをするからそもそもダメなのだ。何を寝ぼけたことを言っているのだろう。若泉の動向についてワシントンの国務省が日本大使館(外務省の出先だ)とも緊密に連絡を取り合って、合意の落とし所を協議していたことを示す米公文書もあるというのに。第四章を担当した学者氏は、過剰に外務省側の意図を忖度しているとの印象を強くもつ。それを色濃く反映した結果が、有識者委報告書・第四章なのだ。

 1996年7月、若泉敬は青酸を口に含んで服毒自殺を遂げた。故人は日米関係の歴史の真実の一こまを書き残す意味を信じて『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』を出版し「密約」締結の事実を明らかにした。当時も政府・外務省は「そんな密約は存在しない」と一蹴した。僕は個人的には、密使・若泉の行動スタイルや主張には一片の共感を覚えるものではないが、歴史の真実を書き残そうとした故人の遺志が、このような報告書で踏みにじられることには大いなる怒りを禁じえないのだ。

 ちなみに、僕が「密約」そのものと考える佐藤―ニクソンの合意議事録の日本文全文(佐藤私邸で発見されたもの)は以下の通りである。

  一九六九年十一月二十一日発表のニクソン米合衆国大統領と佐藤日本国総理大臣との間の共同声明についての合意議事録
  
 米合衆国大統領

 われわれが共同声明で述べたとおり、米国政府の意図は、実際に沖縄の施政権が日本に返還されるときまでに、沖縄からすべての核兵器を撤去することである。そして、それ以降は、共同声明で述べたとおり、日米安全保障条約と関連する諸取決めが沖縄に適用される。しかしながら、日本を含む極東諸国のため米国が負っている国際的義務を効果的に遂行するために、米国政府は、極めて重大な緊急事態が生じた際、日本政府との事前協議(A)を経て、核兵器の沖縄への再持ち込みと、沖縄を通過させる権利を必要とするであろう。米国政府は、その場合に好意的な回答を期待する(B)。
 米国政府は、沖縄に現存する核兵器貯蔵地である、嘉手納、那覇、辺野古、並びにナイキ・ハーキュリーズ基地を、何時でも使用できる状態に維持しておき、極めて重大な緊急事態が生じた時には活用できるように求める。
  

 日本国総理大臣

 日本政府は、大統領が述べた前記の極めて重大な緊急事態の際の米国政府の諸要件を理解して、かかる事前協議が行われた場合には、遅滞なくそれらの要件を満たすであろう。

 大統領と総理大臣は、この合意議事録を二通作成し、一通ずつ大統領官邸と総理大臣官邸にのみ保管し、かつ、米合衆国大統領と日本国総理大臣との間でのみ最高の機密のうち取り扱うべきものとする、ということで合意した。

一九六九年十一月十九日
ワシントンDCにて
リチャード・ニクソン
佐藤栄作

 以上、第四章のみについて略述したけれど、この有識者委員会を委嘱した日本政府の外務大臣に是非ともご提案申しあげたいのは、この報告書の第四章について、再調査を命じることである。安易な幕引きは、極論すれば、歴史の改ざん作業に等しいことになるのではないか。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/6725

コメント (35)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

そもそも佐藤栄作氏の遺族が保管していたなどと信じることがナンセンスなのではないですか。

佐藤栄作の次男は佐藤信二元運輸大臣。岸信介の甥。元自民党議員です。
オリーブ・ニュースで、徳山氏は「ニクソンよりは佐藤の方が先に退任している。つまり、佐藤退任時には、この密約は生きていた」と指摘しています。下記URL参照。

http://www.olive-x.com/news_ex/newsdisp.php?m=0

上記は 浜野が投稿しました。

既に改竄作業は始まっていると思われます。公文書破棄の事実がある以上、今後の展開は官僚の利害と混じ合い進展は無いでしょう。過去を取り戻す事が出来ない国家体系であればこそ、未来に向けて米国の様な公文書館の設置・管理/期限後の情報公開等の改善を計る運動をする事こそ、何より大事なのでは無いでしょうか。

このような事件が今後行われないようにするためには、日本がアメリカの元を離れられるよう、自衛隊を軍に昇格し、自らの判断で他国に軍事力を行使できる「普通の国家」になることが、唯一にして単純な方法である。

軍事オタ的発想かも知れませんが、”有事の時は別途”の非核三原則政策は、こういった内容の日米合意を必要にすると思います。

「持ち込ませず」原則は、米国の核兵器の所在場所は明言しない「あいまい」戦略から米国から厳守の言質を得ることは出来ません。日本にある米国の地上基地には配備されていない事と米国の海上船舶には配備しない政策から、原潜を除けば、現在は平時は「持ち込まれない」ということに過ぎません。その原潜も、多分に、戦略原潜にだけ搭載されている。

「沖縄返還と有事の際の再持ち込み」の密約のように有事>日本を含む極東諸国のため米国が負っている国際的義務を効果的に遂行するために、米国政府は、極めて重大な緊急事態が生じた際<には、基地や艦船に配備できる権利を確保しておきたい、”有事の時は別途”に>米国政府は、その場合に好意的な回答を期待する<というのは、軍事行動的に極めて合理的なものだと思います。

従って、>核再持ち込みを是認すること自体が、政治的も軍事的にも、とんでもない大きな日本の負担になるのは明らか<ですが、それがない限り、非核三原則政策は平時においても機能しないものになると思います。日本国民は、この曖昧さ>政治的も軍事的にも、とんでもない大きな日本の負担<を耐えて行かなければならない。

「東アジア非核地帯」のような政策で軍事オプションでの核使用のハードルを高くしたり、「戦術核兵器の廃棄」や「核の先制使用をしない」政策を米ロ仏英中などに採用するよう働きかけたりして、この曖昧さを減らす努力をしていくほかないと思います。

この曖昧さに耐えかねて、>自らの判断で他国に軍事力を行使できる「普通の国家」になることが、唯一にして単純な方法である。投稿者: 匿名 | 2010年3月14日 14:00<という政策を採る、核武装をふくみ軍事力を構築する。それは、既に隣国の北朝鮮が「強盛国家」のスローガンで追求している道であり、それが何をもたらすか、一般国民に何をもたらしているか、隣国に何をもたらすか、それを見れば、歩むべき道ではありません。

>再調査を命じ<>安易な幕引きは<せずに、この曖昧さ>政治的も軍事的にも、とんでもない大きな日本の負担<を耐えて行かなければならないことを明らかにすべきだと思います。

金平茂紀様

 外交上の秘密など、いくらでもあり、なにも珍しいことではなく、また、密約があっても「なかった」と言い続けなければならなかったというのも、政治には当たり前の事情だと、私は推察します。

 然し、何れにしても『密約』という方便は、『嘘』が露顕して『公然の秘密』になったときなど、『秘密』にする理由がなくなったとき又は所期の目的を達成して『嘘』が現実になった暁には、正々堂々と『情報公開』をするのが権力を行使する立場にある人の『政治責任』だと、私は思量します。

 例えば、『非核三原則』が、日本国の安全保障にとって有効且つ必要な方便だと思い、猶且つ、『非核三原則』を実現させる強い意志があるならば「密約はない」というのは『嘘も方便』として容認されて然るべきだだと、私は判断します。

 一方、核戦争の勃発を期しているのに『虚偽の非核三原則』を唱えて世間を騙すための方便としての『嘘』のならば、赦されざる行為であると、私は判断します。

 他方、もし、何も考えずに、単にアメリカ合衆国に追従するための方便としての『嘘』であるならば、佐藤栄作さんはノーベル平和賞を詐取した詐欺師に相当すると、私は判断します。

 そこのところに理解が及ばないと、個々の国民が自分に頭で論理的に考えて合理的な結論を出すための勘定的な情報・客観的な資料を提供するための論説としてはおかしなことになりると、私は思量します。

 尚、自民党政権当時の歴代の内閣総理大臣が吐き続けた『嘘』の真意を現政権側・現政府はどのように承知・認識しているかが、密約問題の解決の鍵になるが、外務大臣の岡田克也さんと鳩山由紀夫さんは、政権を担当して『密約』問題を処理しなければならない因縁を他に転嫁せずに、その事情についての『情報公開』をして、歴代の内閣総理大臣が吐き続けた嘘は、日本国の安全保障に有効で且つ必用な『非核三原則』を実現するための方便であったと見做して、政権政党としての『政治責任』を果そうとしているに過ぎないと私は推察します。 
  
 然し、『嘘』に塗れた方便の『非核三原則』には安全保障に対して効力がないと歴代の内閣総理大臣・外務大臣が思うならば、『嘘』をついた因縁を他に転嫁せず、率直に非認めて国民に謝罪した上で、『非核三原則』が因果の道理を逸脱した邪道であることを、国民が自分の頭で論理的に考えれば合理的に判断できる程度の客観的・勘定的な論説を以て、国会で正々堂々と立証するのが、権力者の『説明責任』と『政治責任』だと、私は思量します。

 因みに、『説明責任』・『説明責任』・『情報公開』の本来の意義を弁える能力が欠如した政治家・大衆通信媒体関係者、政治学者たちは、いやしくも、政治上の難点を政治資金の問題に転嫁して大騒ぎをし、「色白は七難を隠す」という言葉を忠実に実践して、民主政治の健全な発達を希求する国民の感情を害い、日本国を『政治と金』の不毛痴態に沈めようとしているようですが、嘆かわしい事態だと、私は憂慮します。

ご参考までに
- Bureau of International Information Programs "Principles of Democracy" -
http://aboutusa.japan.usembassy.gov/j/jusaj-principles15.html

佐藤栄作氏へのノーベル平和賞は、剥奪されるべきものだと言う事が、今回の問題で確信致しました。又、この賞金を基に創設された「佐藤栄作賞」も栄冠の根拠を失いました。

「この賞は、最優秀賞(1編)には賞状及び副賞(賞金50万円)が、優秀賞(2編)には賞状及び副賞(同20万円)が贈呈される」そうですが、賞の廃止はともかく、賞金の返還を「受賞者」に求めるのは「御無体」かなあ・・・。

加えて、以下のURLも。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2010031102000087.html

東京大空襲のカーチス=ルメイ氏もひっくるめて、彼等の叙勲を取り消して頂きたいです。
ここでも、小泉進次郎氏の家系の「闇」が在ります。

さらに加えて、以下のURLも。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/scope/CK2010031202000070.html

「核持ち込み密約」の問題の方が重要に決まっていますが・・・。

岡田克也氏って、評価出来る人なのでしょうか。どうにも、疑問に感じますが・・・。

「叙勲を剥奪すべき」と言う勇気が有る様には思えませんが・・・。

以下のURL参照;
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/158361

「叙勲」は宮内庁の姿勢を改めて、問わなくては成りません。

昨年の「羽毛田騒動」と、何処か繋がっている印象です。

金子様
スレッドとは全然関係ありませんが、アメリカは日本が普天間で言う事を素直に聞かないからから、わざわざイルカの映画をアカデミー賞にしたり、日本人にクロマグロを食わせないようにしたりするんでしょうか。遺伝子組み換えや、不自然な飼育方法で、狂牛病などという奇病を作り出した事はどう考えても人災です。自然や生体系をいじくり回して人類すら危機に陥れるような連中に、個体数を維持しながら研究調査するための捕鯨に関しても言われる筋合いは無いと思います。かくなる上はアメリカ牛とオーストラリア牛の不買運動、畜産奨励等して、安全で品質の良い牛肉をアジアに輸出してやりましょう。さんざん、スシヘルシーとか言ってマグロを食っておきながら、アメリカ人は人の食文化にケチをつける等ふざけています。大体日本は元来牛は食べていなかったのですから。そのうちインドにも牛肉を買えと言い出すに決まっています。密約どころか、アメ公たちを、ぎゃふんと言わせなければ気が済みません。

堀口雪文さん | 2010年3月14日 22:18

こんばんは。
某所で面白く辛辣なコメントを投げているMiss.shirayukiさんは、ひょっとしてひょっとしますか?
言葉使いや諧謔は真に堀口さん特有のものなのですが、彼地では段落を切ってあったりして・・(笑)。

過去の歴史を現在の価値観で裁くことは、よしとしませんがね。当時の判断だったのでしょうから。すると「後世の歴史家の判断に委ねる」という「銀英伝」的な言い分もどうかな、とも思ってしまいますね

東京地検特捜部は、公文書の意図的な破棄という犯罪行為をこそ捜査したらどうなんだ。

<金平茂紀様へ>
久し振りに、よくぞ、お立場を超えて「ズバッ」と切り込んで下さいました。
「密約問題」の、そして「日米安保問題」の究極的な本質は、ここ「沖縄返還と有事の際の核再持ち込み」にある…と不肖私はずーっと思い続けてまいりました。
「3っつのお願い」ならぬ「3っつの密約」の中で、根本的に国民の意思や願望を裏切る背信行為はこの一点につきます。
外交に「密約」はつきものだとか、「国益」に叶うかどうか…なんて発想は、前近代的・帝国主義的・植民地主義的…もっと言えば官僚主義的国家像の反映に他なりません。仮にも「民主主義国家」を標榜する以上‘60年安保’でも‘70年安保’でもいいんですが、少なくとも「民意を問う」べきであったのです。こうした手続きを手抜きしてきた根本的な要因は「愚民にはわからない」っていう、エリート官僚(と自認しているだけ)の連中の誤った選民意識だけなのです。
この本質を、金平氏は鋭く告発しているのだと、不肖私は考えております。

まあ、現代日本社会のメンタリティはオーウェルの「1984年」の世界とほぼ同じですから。
「二重思考」が実際に通用しているのは主要マスコミを見ればわかるとおり。
官報複合体と政治家の半数ぐらいがあの小説でいう「党」に当たるんでしょうね。

vega様(2010年3月15日 01:36)

> 過去の歴史を現在の価値観で裁くことは、よしとしませんがね。当時の判断だったのでしょうから。<

 1969年11月19日以降、『価値観』がどのように変わりましたか?

 現在の『価値観』で当事の出来事の裁くと、どのような弊害が生じますか?

 因みに、歴史上の出来事は、当時の判断だったのでしょうが、その出来事が道理に適っている事と道理から外れている事を明らかにするには、当事の価値観と現在の価値観の両方の基準で判断することに意味があり、それが『歴史に学ぶ』という言ではないですか?

ご指摘の点、当初私も奇異に感じていました。
某番組での討論会で、この有識者メンバーの発言で、少し腑に落ちる所がありました。
というのは、【1、1960年の安保改定時の、核持込に関する「密約」】ー広義の密約
この時点で、密約は結ばれていたのでないかと思えるとの発言です。
双方の解釈が異なっていたとの論調ですが、当時の外務省関係の方で、この矛盾に気がついていたらしいと述べられていた。
正規の文章が日米双方開示されているわけでなく、アメリカ側の文章も公開せれているものはすくない。
これは、私の推論ですが、この時既に、文章があったのでないかと思えるのです。
報告文すべてを読破しておらず、アメリカでの公開文は、ご指摘の佐藤氏が保存してあった文章だけであれば、これより以前に【正規の密約】が結ばれていれば、この文章の価値は、低くなる。
それ故、公開対象となり、有識者の評価も、今更【密約文章】であると認める意味もなくなるのでないかと思えるのです。
この文章が、個人保管になっていた理由もある程度納得できる。
そうした背景もあるのでないでしょうか?
文章の保存・保管にも問題点を提起しました。
本来であれば、多くの関係者の証言も、口を閉ざさずにしていただきたい。
糾弾し、罪を問うなどは、私も意味がないと思います。それこそ覆水盆に帰らずです。
正しい歴史認定のためにも、多くの資料があることが、後の論議にも有効であると思えます。

密約は必ずしも悪いと言えないと思う時があります。(反対意見の方には怒られそうですが。。。。)

ただ、最近のテレビで歴代総理をはじめ、党の要職の方が「知らなかった、知らされなかった」という。

都合が悪い時は官僚が政治家に知らせなかったと官僚のせいにするのではないかと思われますが・・・。

梅光 | 2010年3月15日 11:10様に同感です。
国益のために、その時点で必要以上の情報を公開すると混乱を招き、逆に国益を損なうことはあると思えます。

それは、政治判断という大儀がある。

ただ、それを永遠に闇にするとこの是非を、今回の件は提起していると感じています。

政治家にしても、官僚にしても、その点をもう一度再考していただきたい。
私はそう思っています。


金平茂紀さん  

ご投稿、多謝申し上げます、面白く拝読いたしました。

引用【不条理感というか、G・オーウェルの小説を読んだ直後のような、胃液が逆流するような思いを抱いた】

今回の密約に関連して、不条理や胃液の逆流を痛烈に感じるのは、当然のこととして同感致します。

この密約の事態をG.Orwellの「1984」に擬(なぞら)えるのは、軽いお気持ちで書かれているのでしょうから其れは其れで好いのですが・・、
然し、一寸深く考えると「大いに不都合」があります。
彼我の間には「闇の様な深い覚悟と、徹底して情緒を排除し自己を規制する意思の力の有無」には隔絶される程の開きがあり、「1984」に擬えるのは、御意に反して密約に絡んだ外務官僚や佐藤某などの政治家達を買い被っていることになると。

日本の当事者達は、其れらの深い覚悟も強い意思力もなく、また整合的な論理を組み立てる知力もなく(「国家の為になる」という情緒的な想いはあっただろうが・・)、存在したのは公僕と公人の「国民への卑怯」と「国民への傲慢」と「国民からの逃避」だけというお粗末な話だと・・、アメリカから表明された論理的意向を、国民は理解も納得もしない!!と十分に解っているにも拘らず、アメリカの意向を受け入れ、その受け入れの事実を国民に伏せる目的で密約の形式を採用させ、40年近くの長期に亘り秘匿し虚偽(「真っ赤な嘘」)を働いた。

私は、或る意味で、「1984」の二重思考(※注)を実践するオブライエンを尊敬できる部分があります。(※注)「望ましい複眼の複雑思考」を超越して仕舞ったもの。

金平茂紀様

 密約云々以前の問題として、アメリカの『核の傘』は何を抑止する効果があるというのかについての『説明責任』を果さず『情報公開』もしないないというのが『抑止力』を唱える論者に共通する特徴ですが、おおれは、『核の傘の抑止力』が、空想的で感情的に固定した概念に過ぎないことの証だと、私は推察します。

 因みに、一般的に、『有事』とは、戦争や事変など、非常の事態が起こることを指しますので、『核の傘』に抑止力があるならば、『核の傘』の下では『有事』はあり得ないということでしょうが、現実には、戦争や事変勃発しているし、また、『冷戦』という異常事態が常態化したのは核兵器が因縁となって起きた出来事あるから、『核の傘』と言うのは、差すに差せない『破れ傘』、挿せそで挿せない『美人局』の類に過ぎないと、私は認識します。

 尚、国の大事にして、死生の地、存亡の道は、『先進国』か『開発途上国』かに拘らず、231の国と地域に、68億人余りの人間が居いる世界で普遍的な問題であり、その中で、核兵器を保有し、自ら製造し、自由に持ち込ませ、武器の輸出を規制せずに自由化している国は何カ国あるかなどという現実に基いて、様々な事柄を推察・考察して判断しなければならない事柄です。

 従って、外交政策と安保政策は、諸国民が国連憲章に掲げた目的と理想、および、日本国民が日本国憲法に掲げ、全力を挙げて達成すると誓った目的と理想、ならびに、『核の傘』の実効性などに基いて論理的に考察するにが当然であり、その際、開き直って、核兵器は、保有せず、作らず、持ち込ませずという『非核三原則』も、国連決議による武器禁輸措置をとられた国および紛争地域ならびに共産圏とへの武器輸出を禁止し、かつ、他の地域への武器輸出は慎むという『武器輸出三原則』も、日本国が率先して実現し、世界の国々にも啓蒙して、正三角形のトラス構造の国際関係を構築・拡張することが、現実に有効な外交政策と安保政策だと、私は思量します。

 然し、『原則』はあくまでも、特別の事情がなく、多くの場合に共通に適用される基本的な決まり・法則ですから、特別の事情が生じて緊急事態に遭遇した場合に適切な措置をとる手続きを公然と決めておき、実際の危機に臨んでは、開き直って、迅速に実施するのが、『有事に対する抑止力』になるのだと、私は理解します。

 例えば、『核の傘』に『核戦争の抑止力』を期待するならば、理由の如何を問わず、先に核兵器を使用した国は『悪国』と見做し、敵味方を問わず、すべても核兵器の保有国が、『悪国』に対して徹底的に核攻撃ををして滅亡させるという、世界的に合意した『明約』を公然と開示するべきであり、『密約』なんどは屁の突っ張りにもならないと、私は思量します。

 結論的に、戦争・事変は、自制心・自己抑止力がないから勃発するのであり、平時・有事に応じて開き直ることもできずに、国際法や憲法を謗るような政治家、政治学者など、自制心と自己抑止力がないの族が唱える『賢明な選択』という考え方が、実はもっとも危ういのだと、私は思量します。

 投稿者: 匿名 | 2010 年3月15日 05:43 様

>根本的に国民の意思や願望を裏切る背信行為
>「民主主義国家」を標榜する以上、、、少なくとも
>「民意を問う」べきであったのです。

 貴投稿コメントに賛意を表明いたします。


 それにしても「密約は必ずしも悪いと言えない」とか「政治判断という大儀」とか「政治には当たり前の事情」とかの前振りのあるコメントを見ると斉藤学氏の東京新聞コラム「小沢氏の問題定義」を思い出して笑ってしまうのは私だけかな

 却って問題を判り難くしているような、、、、

mochizuki さん| 2010年3月15日 14:00の論に関連して・・

核問題 人類の英知の限界???

過去約一年来、縁があって核兵器不拡散/軍縮/平和利用に関する著作に触れ国際会議を傍聴して来ていますが、その安全保障の世界からは全くの素人であるビジネスマンの思考回路と判断基準から其れらの議論を観るに、「何かが、賢明さに欠けた意図の下に、間違いが行われている!!」とずうう・・・うっと感じて来ています。人類の英知の限界はあるにせよ、その限界は「こんなに目と鼻の先にある訳はなかろう!」と。
素人ですので代替案などの発信は出来ませんし、対処策/解決策の議論の提起でさえも不能な状態にあって、その現実の自分に時にいら立っている・・。従って、以下は単なる「感想に過ぎない」が・・、

上記「核兵器不拡散・・・国際会議」などでは、「勢力均衡論」やその下でご指摘の通り「核抑止論」が未だに現役で唯一の主役の地位を与えられて、ああでもないこうでもないと連綿と続く。
この脈絡で彼らの唯一の問題点は、屡々厳しく指摘され批判されているに拘らず、「冷戦思考」から脱していないことでしょう。
国家安全保証戦略なるものが、
1. 米ソがお互いに相手を「世界の極」を以って任じかつ競った時代のものと、
2. 時代が移り世界秩序がParadigmShiftし、多極化し同時に非国家組織が核武装を企図する時代また国際ルールを意図的に無視する国が現存する時代に適用される戦略が、
3. 同一の「勢力均衡論」や「核抑止論」を軸に議論されている。
4. 国際的に優秀な頭脳が多数寄り集まって行なわれる「小田原評定の図」でしかないことは自明なのだが・・。
5. 想定している「相手(「敵」とは敢えて言わない)」は、ハッキリしませんが前後の議論の脈絡からは、中国と想定されているようでないようで・・。

匿名言論様(2010年3月15日14:16)

> それにしても「密約は必ずしも悪いと言えない」とか「政治判断という大儀」とか「政治には当たり前の事情」とかの前振りのあるコメントを見ると斉藤学氏の東京新聞コラム「小沢氏の問題定義」を思い出して笑ってしまうのは私だけかな<

 あの~、一般的に、軍の戦略や、外交の手の内は、言論の自由のある国でも、法律に基づき、政府が公表しない事実は『国家機密』に指定し、独裁国家などは、権力者が、己の地位を維持する目的で、“国家機密”指定を濫用している場合が少なくないようですが、日本国では、笑ってしまう国民が貴方様だけではないようだから、『国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律』を制定したがる国会議員もいるようですね。

 因みに、日本にも、『行政機関の保有する情報の公開に関する法律』には次のように規定されています:

第5条 行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない。

第5条3号 公にすることにより、国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報

第5条4号 公にすることにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報

第5条5号 国の機関、独立行政法人等、地方公共団体及び地方独立行政法人の内部又は相互間における審議、検討又は協議に関する情報であって、公にすることにより、率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ、不当に国民の間に混乱を生じさせるおそれ又は特定の者に不当に利益を与え若しくは不利益を及ぼすおそれがあるもの

 また、国家公務員法には、『守秘義務』が規定されています。

 さらに、『アメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法』には、次のように規定されています:

第6条第1項  合衆国軍隊の機密(合衆国軍隊についての別表に掲げる事項及びこれらの事項に係る文書、図画若しくは物件で、公になつていないものをいう。以下同じ。)を、合衆国軍隊の安全を害すべき用途に供する目的をもつて、又は不当な方法で、探知し、又は収集した者は、十年以下の懲役に処する。

第6条第2項  合衆国軍隊の機密で、通常不当な方法によらなければ探知し、又は収集することができないようなものを他人に漏らした者も、前項と同様とする。

第6条第3項  前二項の未遂罪は、罰する。

> 却って問題を判り難くしているような、、、、<

 国家機密の問題をあらゆる側面から検討せずに、わかり易くしすぎると、却って『間抜け』になるようですね…。

 投稿者: mochizuki | 2010 年3月15日 15:50  様

 貴方の引用部分(因みに以下)を除いて論旨を考えると

>日本国では、笑ってしまう国民が貴方様だけではない、、
>、、却って『間抜け』になるようですね…。

 と言うことかな?

 まあ、笑いの壺は人それぞれと言うことでしょうし、「前振り」が好きな人たちは余程「国家機密」がお好きなようで、そうでないのが「間抜け」とは理解に苦しむね。


匿名言論様(2010年3月15日 17:35)

 いいえ、私の意見の主旨は≪それにしても「密約は必ずしも悪いと言えない」とか「政治判断という大儀」とか「政治には当たり前の事情」とかの前振りのあるコメントを見ると斉藤学氏の東京新聞コラム「小沢氏の問題定義」を思い出して…≫という部分の方についての問題を提起したかったのですが…。

 即ち、外交・安全保障に係わる約束事のなかには、その情報を公開することにより、国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれある事柄が含まれている可能性があるのは当然であるから、『密約』について語る際には「密約は必ずしも悪いと言えない」とか「政治判断という大儀」とか「政治には当たり前の事情」とかいう枕詞は、必須であり、それがないと問題の本質は究明出来ないと、私は思量します。

 それにも拘らず、それらの『枕詞』の意義を気にせず、それらの『枕詞』のある意見を見る、斉藤学氏の東京新聞コラム『小沢氏の問題提起』を思い出して笑ってしまうという人々は、結局、外交・安全保障の問題の本質が理解できずに『密約』という言葉の固定概念だけに捉われてガーガー騒ぐ『間抜け』に過ぎないと批判させていただきました。

投稿者: mochizuki | 2010 年3月15日 21:55 様

 だから、、、笑いの壺は人それぞれで良いでしょう

 貴方が私が笑った壺を理解せずに「ガーガー騒ぐ『間抜け』に過ぎない」と批判なされても、その見当ハズレの批判になんと答えて良いモノやら理解に苦しむだけです

 私は賛意を示した投稿者: 匿名 | 2010 年3月15日 05:43様の

>外交に「密約」はつきものだとか、「国益」に叶うかどうか
>…なんて発想は、前近代的・帝国主義的・植民地主義的…
>もっと言えば官僚主義的国家像の反映に他なりません。

 という感覚を共有するモノであり、そういった観点から、金平氏の言を借りれば「こんな官僚的な言葉づかい(『枕詞』や『前振り』)をするからそもそもダメなのだ。何を寝ぼけたことを言っているのだろう。」、、、、と思います。

匿名言論様(2010年3月16日 00:07)

 政冶・外交・安全保障に『秘密』は不要であり、『国益』にかなうか否かは問題外だから、すべての事柄についての『情報は如何なる事情があろうとも公開しなければならない』という発想が、『近代的・非帝国主義的・非植民地主義的・非官僚主義的』な『国家像』であると、貴方様がお考えならば、「それでは、おやすみなさい」というしかありませんね…。

 尚、言論の自由は保障された民主主義国家の政冶・外交・安全保障に係わる事柄についての『情報は原則として公開すべきである』が、然し、主義主張や国体・政体の如何を問わず、政冶・外交・安全保障に係わる諸問題は、『国益』を害わずに所期の目的・理想を達成することを優先させるべきであるから、やむを得ぬ『事情』があてば『密約』と見做して措置されることを黙認されて然るべき事項も存在することを前提にして:

日本国と安全保障条約を締結したアメリカ合衆国の艦船が、日本政府の『非核三原則』という方針の下にある日本国の領海を通行するまたは一時寄港をする場合、“事前協議がない限り、日本政府は、核兵器は搭載してないと見做す”という主旨の歴代政府の対応の是非を論ずる目的で、金平茂紀様が『密約問題の提起』された主旨だと、私は理解して意見を述べされていただきしましが、それが”寝ぼけたこと”でしょうか…。

 投稿者: mochizuki | 2010 年3月16日 04:56 様

 咬み合わないのでスルーでも良いのですが、御指名なので仕方なくレスします。

>、、と、貴方様がお考えならば、「それでは、おやすみなさい」
>というしかありませんね…。

 私の前投稿をどう読んだら貴方が言う「『、、、と、』貴方様がお考えならば」と読めるのか理解できませんが、、、取り敢えず「おやすみなさい」

>、、それが”寝ぼけたこと”でしょうか…。

 貴方の投稿の「尚」~「前提として;」までの「前振り」こそ私が思う「寝ぼけたこと」そのものだと思う。

 「密約問題」を語るのにこの種の「前振り」は有る意味とても都合が良いのだろうと思う。

 それは自分達の重要課題である「外交、安全保障」をいかに同盟国とはいえ他国に丸投げし、出来もしない美しい国是「非核三原則」を唱える人たちにとって、それを繕うべく、裏で自分達が与り知らぬところで(薄々は皆知っていた!)一部の選民が「密約(核持ち込み)」をしていてくれたことはまさに好都合なのだろう。

 「前振り」が大仰であればあるほど強くそれを感じてしまう。

 私は賛意を示した匿名投稿氏同様、そうした都合を良しとはしていない。

 「前振り」がある論が全てとは言わないが、「前振り」を見た途端に、辟易する自分が居ることは否定しない。

東京地検特捜部は、公文書の意図的な破棄という犯罪行為をこそ捜査したらどうなんだ。

匿名言論様(2010年3月16日 16:55)

> 貴方の投稿の「尚」~「前提として;」までの「前振り」こそ私が思う「寝ぼけたこと」そのものだと思う。<

 あの~「尚、言論の自由は保障された民主主義国家の政冶・外交・安全保障に係わる事柄についての『情報は原則として公開すべきである』が、然し、主義主張や国体・政体の如何を問わず、政冶・外交・安全保障に係わる諸問題は、『国益』を害わずに所期の目的・理想を達成することを優先させるべきであるから、やむを得ぬ『事情』があれば『密約』と見做して措置されることも黙認されて然るべき事項も存在することを『前提』にして:」という部分は、『密約の有無』・『密約の是非』について論ずる事柄が成り立つための、『前置」となる条件であり、『前振り』、即ち、“元服前の男子の、前髪をつけた姿”なんどではありませんが、貴方様の的外れなご意見は“起きていてもとぼけたこと”に相当しますよね。

> 「密約問題」を語るのにこの種の「前振り」は有る意味とても都合が良いのだろうと思う。<

 あの~、『密約問題』を語る上で、『前振り』、即ち、“元服前の男子の、前髪をつけた姿”なんどは、何の影響・意味もありませんが、『結論』だけでは、“寝ぼけたこと”なのか“起きていてもとぼけたこと”なのか判らないから、発言の『前提』、即ち、“『密約の有無』が成り立つための『前置』となる条件”、または、“『密約の是非』などに関する推論において、『結論』が導き出される『根拠』となる判断”を説明することは、大切な事柄ですよね。

 因みに、何事について論ずる場合でも、発言者の論説を合理的に解釈して、発言者の気持ちや立場を察し、命題の対象とする物事の道理や筋道や意味・内容も理非/是非/可否/賛否を判断するには、その『結論』についての論理性・合理性・納得性・説得性を保証するために、『所論の主旨』を説明する上での『前提』、即ち、目的・対象とする物事が成り立つための、『前置』となる条件または推論において結論が論理的に導き出される『根拠』となる判断を、予め明確にすることは必須の事柄ですよね。

 然し、議論に使用する文字・言葉の国語的な意味を明らかにする能力や、そこに使われる語句を文法的にあきらかにする能力または物事を自分頭で論理的に考えて合理的な結論をだす能力が欠如しているにも拘らず、『貪欲』に自己主張をして、自分の心に逆らうものに対しては『瞋恚』の炎を燃やすような人々は、相手の意見に対する『疑惑』を募らせるために、論説の『前提』・『前置き』・『根拠』となる事柄については、形振り構わず排斥・排除して、見解が『偏見・邪見・悪見』であるか否かの判断をフィ可能な情況にして、『驕慢』な態度で自己の主張を押し付けるためには、『前振り』は不要だとする環境はとても都合が良いのだろうが、然し、それらはすべて、物事の因果の道理を弁えないことに依る『愚痴』に由来する現象に過ぎませんね。

> それは自分達の重要課題である「外交、安全保障」をいかに同盟国とはいえ他国に丸投げし、出来もしない美しい国是「非核三原則」を唱える人たちにとって、それを繕うべく、裏で自分達が与り知らぬところで(薄々は皆知っていた!)一部の選民が「密約(核持ち込み)」をしていてくれたことはまさに好都合なのだろう。<

 そのご意見は“寝ぼけたこと”なのか“起きていてもとぼけたこと”なのか分からないが、何れにしても、顔を洗って出直したほうがよいでしょうね。

 顔を洗った上で、いわゆる『密約』の有無を論ずるならば、『国連憲章』と『日本国憲法』を遵守することを前提として:

先ず、国際連合の基本的理念の一つである『集団安全保障』、即ち、“国家の安全を、一国の軍備拡張や他国との軍事同盟に求めず、多数の国々が協同して相互に保障しようとする制度”と、核兵器を装備したアメリカ合州国との間で『日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約』を締結した事の理非・是非・可否を判断し、次に、『非核三原則』という日本政府の方針の理非・是非・可否を判断する必要がありますよね。

次に、日本国がアメリカの『核の傘』に入ることの理非・是非・可否の判断も必要ですが、その前提として『核の傘』が実際に持つ効果・影響力についての評価も必要ですよね。

次に、日本国と安全保障条約を締結したアメリカ合衆国の軍艦などが、日本国の領海を航行したりまたは給油その他のために一時日本国の空港に立ち寄ったりするとき、その軍艦内部に搭載した核兵器は日本の領域を必然的に『通過する(Transit)』ことになるが、それが、核兵器を『持ち込むこと(Introduction)』に相当するか否かについては、日本政府の『非核三原則』に使われている文字の意味を国語的な明らかにし、何処に使われている文字について文法的に明らかにして、『非核三原則』と関連する法律・条約・協定なとの論理的な配列を考慮し、所定の目的に従って、拡張解釈・類推解釈・反対解釈・縮小解釈などの方便を通して、合理的に解釈しなければなりませんよね。

 ここで、『通過(Transit)』という文字について類推解すれば、航空機で目的国に行く途中、給油その他のために一時他国の空港に立ち寄るとき、乗客は空港外には出られず、空港外で宿泊する場合には『通過査証(transit visa)』が発給されるが、入国とは見做さないのが一般的であるから、アメリカ合衆国の軍艦が内部に搭載することが正当な行為であるという前提の下で、核兵器が日本国の領域を『通過(Transit)』するときに、核兵器を艦船から外に出さない限り、日本政府が詮索する必要はないから事前協議の対象にはならず、特別な事情があって核兵器を船外に出して仮置きする場合には、その所在を明確にして日本政府が承認する必要があるから事前協議の対象になるが、いずれの場合も在日米軍が日本の領土(領海・領空)に核兵器を装備しない限り、『持ち込むこと(Introduction)』には相当しないから、日本政府の方針である『非核三原則』には違反しないというのが普遍的に合理的な解釈であると、私は判断します。

また、アメリカの『核の傘』に日本が入ることを是認するという前提があるなれば、1969年11月21日にワシントンDCにてアメリカ合州国大統領のリチャード・ニクソンさんと日本国総理大臣の佐藤栄作さんとの間の共同声明についての合意文書の主旨は、『非核三原則』の例外事項として、特別の事情に依る有事の際に生起する事柄を察して必要な対応措置を執れるようにした必然的な内容であるが、アメリカ合衆国大統領と日本国総理大臣との間でのみ『最高の機密』のうち取り扱うべきものとするということで合意した理由は、その情報を公開すると国の安全が害される虞または両国の信頼関係が損なわれる虞があると両国の首脳が判断したのであろうから、その『密約』は『非核三原則』の主旨には反していないと、私は判断します。

 他方、『非核三原則』と関連する法律・条約・協定なとの論理的な配列を考慮し、所定の目的を達成するためには、核兵器が日本の領域を『通過すること(Transit)』も『持ち込むこと(Introduction)』に相当と見做すような拡大解釈をすることも可能だが、もし、そうであるならば、端から、核兵器を、持たず、作らず、持ち込ませず、通過もさせずとする『非核四原則』として明確にするべきだが、領土・内水・領海・排他的経済水域・領空のうち何処までを通過禁止範囲とするかも明確にすべきだと、私は判断します。

 尚、1968(昭和43年)当時に内閣総理大臣の佐藤栄作さんが主唱して歴代内閣に継続された『非核三原則』は、当事者の思惑は置いて、1961年の『国連総会、核兵器使用禁止決議』・1963年の『米英ソ、部分的核実験停止条約調印』・1968年の『核拡散防止条約(NPT)調印』などの時世時節の変化に沿っており、 1980年代末期から1990年代初頭の『冷戦構造の終結』や、1991年『米ソ、第1次戦略兵器削減条約(STARTⅠ)調印』、1993年 の『米露、第二次戦略兵器削減条約(START II)調印』、1996年の『第50回国連総会特別本会議で、包括的核実験禁止条約(CTBT)を圧倒的多数で採択』、1996年の『元欧州連合軍最高司令官のグッドパスターさん、元米戦略空軍最高司令官のバトラーさんら17か国61人の退役軍人が“将軍たちの核兵器廃絶声明”を発表』などの出来事の契機となったと見做され、佐藤栄作さんの功績に対して、1974年(昭和49年)12月 に、ノーベル平和賞が授与されたのだと、私は推察します。

> 「前振り」が大仰であればあるほど強くそれを感じてしまう。<

 或る物事について論ずる場合、理想・目的を明確にするための『前提』・『前置き』や『論拠』を説明するのは老若男女を問わず普遍的な作法であるが、然し、理想・目的が曖昧で、且つ、因果の道理を弁えない人は、何事につけても妄想する習性があり、前振り(元服前の男子の前髪をつけた姿)の幻想を感じてしまうので『支離滅裂』になるのでしょうね、きっと。

 因みに、アメリカ合州国大統領のバラク・オバマさんでさえも、チェコの首都プラハで欧州連合(EU)首脳との会談に先立ち、2009年月5日に核不拡散問題について「米国は核廃絶に向けて行動する道義的責任を有する」と演説して発表した核廃絶に向けた包括的な戦略は、米核政策の大転換につながるとして世界的に関心を集め,2009年のノーベル平和賞を授与さてるという時世時節の節目において、『核の傘』なるものの実体が、差すに差せない破れ傘または挿すに挿せない美人局的な存在であり、『有事』に対する『抑止力』については何ら期待すべき効果はなく、反って、核軍備の弊害がもたらす影響の因縁を廃絶すべきだと開き直り、「如何なる事情があろうとも、核兵器を、日本国は持たず、日本国は作らず、日本国の領域に持ち込ませず、日本国の領土・内水・領海・排他的経済水域・領空のうち何処をも通過もさせない」という『非核四鉄則』を法制化することが、日本国憲法に掲げて、日本国民が、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの達成することを誓った『崇高な理想と目的』を現実のものとするための『迂直の計』に相当すると、私は思量します。

岡田克也外相は
10日午前の衆院外務委員会で、核巡航ミサイル「トマホーク」を積んだ米艦船の寄港に関して「日米間でいろいろ深いやりとりをしている。再度積まれることはない」と述べた。非核三原則との整合性について米側と協議したことを明らかにした。
12日の記者会見で、外務省有識者委員会の報告書などで「核の持ち込み」について日米間の解釈の違いが明らかになったことに関して「日本は非核三原則を堅持し、米国側は核の所在を明らかにしないという考え方だ。これを一つにするのは現時点は至難の業だ」

17日午前の衆院外務委員会で、
「現状(米国が1991年から戦術核を艦船に搭載しない方針を継続している)では米国の核搭載艦船が寄港する可能性はないので解釈の擦り合わせは不要」
有事の際に核兵器の持ち込みを認めるかどうかについて「米国の核搭載艦船の一時寄港を認めなければ日本の安全を守れない事態が発生すれば、その時の政権が命運を懸けて決断する」
「米国の核戦略が変われば互いの矛盾があらわになり、議論が必要になる。将来に備えて政党レベルで突っ込んだ議論をしてほしい」

ここ”the journal"では、一般国民レベルの議論が可能だろうか?

 投稿者: mochizuki | 2010 年3月17日 14:36 様

 「前振り」のみならず「後振り」満載の長文レス、御苦労様です。

 外野の皆様もさぞかし呆れかえっていることでしょう、ソロソロ「いい加減にしろ、自分のブログ立ち上げてやれ!」と言われそうですが、御指名なので今回も仕方なくレスします。私の方はこれにて打ち止め次回からスルーしますので皆様お許しを


 貴方が残念なことに、私の投稿を最後まで理解せず、最初のレスからここに至るまで私に対して仰りたかったことはどんなに美辞麗句をちりばめようとも醜悪な「為にする議論」そのモノですね、、、何の為かは言わずもがなです。


 私は「密約(核持ち込み」を容認する「前振り」に自国の「外交、安全保障」を他国に委ねてきたことの危うさや「非核三原則」の破綻を「繕う意図」を感じてしまうだけだ。

 現実にその「密約」を反故にされても(http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100307ddm002010087000c.html)尚それにすがろうとするのは如何なモノか。

 それでも「今までそれで平和だったのだからそれで良いじゃん」と言うのは只のラッキーを前提とした「外交、安全保障」論にすぎない。これからもそれで良いのかな?

 ラッキーな中に「普通の国」の「外交、安全保障」を整備するべきと思う。その上で国是「非核三(四)原則」が成り立つならそれはそれで結構なことだと思う。

国会で文書破棄の可能性を強くうかがわせる証言が出たというのに、これで何の動きもないのなら、調査なんかやらないほうがいい。

匿名言論 様(2010年3月18日 16:21)

> 「前振り」のみならず「後振り」満載の長文レス、御苦労様です。<

 貴方様は、『前振り』と『後振り』に気をとられるだけで、“中振り”・内容は何にも理解出来ないようですね。

> 外野の皆様もさぞかし呆れかえっていることでしょう、…、御指名なので今回も仕方なくレスします。私の方はこれにて打ち止め次回からスルーしますので皆様お許しを<

 最初は、道理を否定するような貴方様のご意見を、批判していましたが、二度目からは、その『支離滅裂』な“中振り”・『全容』を非難・誹謗しているだけですから、反応するかしないかは貴方様のご自由です。
つまり、貴方様の反応は、まったく期待しておりませんので、勘違いしない方がよいでしょうね。

> 貴方が残念なことに、私の投稿を最後まで理解せず、最初のレスからここに至るまで私に対して仰りたかったことはどんなに美辞麗句をちりばめようとも醜悪な「為にする議論」そのモノですね、、、何の為かは言わずもがなです。<

 貴方様の投稿されるご意見は、所論についての『前提』も『結論』もなく、論旨も曖昧だから理解できませんでしたが、『政治』について自分の頭で論理的に考えて合理的な結論を出す方便を世の中の『間抜けな賢者の方々』に普及させる目的に役立てようとする下心をもって、貴方様の『支離滅裂』なご意見を、率直に批判・非難・誹謗させていただきましたが、美辞麗句を用いて美しく飾りたてる方便を、元来無骨者故に私は存じ上げませんので、無作法な段は、平にご容赦下さい。

> 私は「密約(核持ち込み」を容認する「前振り」に自国の「外交、安全保障」を他国に委ねてきたことの危うさや「非核三原則」の破綻を「繕う意図」を感じてしまうだけだ。<

 自国の「外交、安全保障」を他国に委ねることの危ういことであることは、今更、論うでもないでしょう。

然し、日本国の政権を独占的に維持してきた自民党の指導部が、自国の安全保障をアメリカ合州国力の『核の傘』に頼ろうとしていたことは『公然の秘密』というよりも『公知の事実』でああり、また、一方では、核兵器対する精神的な拒絶反応を示す日本人も多いことも公知の事実であり、そのような環境下で『非核三原則』と、その例外事項として、特別の事情に依る有事の際に生起する事柄を察して必要な対応措置を執れるようにした『密約』は,妥当な処置だと、私は認識しています。

 そもそも、核兵器対する精神的な拒絶反応を示しながらも自国の安全保障をアメリカ合州国力の『核の傘』に頼ることを是認するならば、『非核三原則』も、その例外事項として特別の事情に依る有事の際に生起する事柄を察して必要な対応措置を執れるようにすることも安全保障条約に明記すべきであるが、それをしなかった/させなかった政治的責任は、最終的に主権者たる国民が負うべきだと、私は判断します。

 因みに、『非核三原則』の目的・基本理念・理想を明瞭にし、『非核三原則』が成立すべき『前提』が明確でない限り、『非核三原則』が遵守されているか破綻したかを断定する貴方様のような専横な国民の態度は、法定主義に反し、民主主義の健全な発展を害いますよね。

尚、特別の事情に依り極めて重大な緊急事態が生じた際、核兵器の通過持ち込みの必要性について日米の政府が事前協議をするという『密約』を容認するか否かは、日本国憲法と日米安全保障条約の内容を『前提』に判断すべき事柄なのに、「自国の外交、安全保障を他国に委ねてきたことの危うさや非核三原則の破綻を繕う意図を感じてしまうだけ」という、疑り深い性格と、『安全保障』・『外交』『政冶』の道理を否定する『邪見』は、政治資金について不正があるのではないかなどと疑いの目で見続ける『間抜けな賢者の方々』と同様に、因果の道理に暗い『愚痴』に由来するものと推察し、自分の頭で論理的に考えて合理的な結論を出す方便を、世の中に普及させる必要があると、私は思量します。

> 現実にその「密約」を反故にされても … 尚それにすがろうとするのは如何なモノか。<

 なるほど、≪ライシャワー元駐日米大使の特別補佐官だったジョージ・パッカード氏が、毎日新聞の取材に、米軍が1966年の少なくとも3カ月間、岩国基地(山口県)沿岸で核兵器を保管していたと証言した。同氏によると、核兵器を搭載した艦船を「ほぼ恒常的な形で」配備し、核攻撃に備え、『(一時的な)通過とは言えなかった』という≫(2010年3月7日2時36分 毎日新聞配信)の記事は、何を今更という感想ですね。

 1954年におけるフランスとの話合いに基づいてアメリカ合衆国は、ベトナム国・ベトナム共和国に軍事顧問団を派遣し、共産ゲリラ活動の拡大に伴い顧問団を増強したが、北ベトナム軍の南下が増大し解放戦線側の勢力が著しく拡大した1965年2月7日に北爆を開始したのに対し、ベトナム民主共和国は、ソビエト連邦や東欧諸国、中華人民共和国の軍事支援を受けて、直接アメリカ軍と戦火を交えるようになり、当時アメリカ合州国の統治下であった沖縄本島のアメリカ軍基地から北爆に向かうB-52爆撃機の進路や機数は、電波探知機を満載して沖縄沖で“操業”していたソビエト連邦や中華人民共和国の偽装漁船から逐次北ベトナム軍の司令部に報告されていたし、ベトナム戦争には、韓国軍や北朝鮮軍まで参加していたから、アメリカ合州国政府が、極めて重大な緊急事態だと認識していたことは容易に推察できますよね。

従って、東西冷戦構造の真只中でおきた極めて重大な緊急事態において、アメリカ合州国政府が、≪その後、一方で北越正規軍の南下の増加、他方で米軍の著しい増派,南爆および北爆の激増が見られた。パッカード氏は先に米外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」で、当時米軍が沖縄から本州へ核兵器を秘密裏に持ち込んだことを明らかにしていた。 同氏によると、核兵器は、海兵隊の戦車揚陸艦内で保管され、揚陸艦は岩国基地に隣接する係留施設に留め置かれていた。核兵器は有事の際、数時間以内に同基地飛行場の航空機に搭載され、攻撃に向かう可能性があったという。≫(2010年3月7日2時36分 毎日新聞配信)という件は、十分に信憑性がありますよね。

尚、中華人民共和国が原爆実験に成功したのは1964年 10月16日のことだが、ソビエト連邦は1949年 8月29日原爆実験に成功し1953年 8月12日には水爆実験に成功し、核戦争ができる状態であったから、1966年の当事の危機に、アメリカ合州国が、核兵器を搭載した艦船を日本国の沿岸に配備したが、当時の日本の機密保持がどれほどかも考えれば秘密裏に持ち込むのも当然だが、アメリカ合衆国は、自由に『通過(Transit)』できると解釈し、敢えて日本政府と事前協議し“共犯者扱い”にさせる必要もいと判断したであろうことは、『軍事音痴』の私でも容易に推察できる事実なのに、≪国防総省の当時の首脳らもこの事実を把握。ワシントンで行われた会議の際、国務省の担当者がいる前で国防総省幹部が、岩国の核兵器に言及したことから偶然、発覚した。≫(2010年3月7日2時36分 毎日新聞配信)という情報は、当時の国防総省の首脳らが、“寝とぼけていた”のか、または、とんでもない『間抜けの軍事音痴』だったのでしょうね、たぶん…。

尚、『日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約』(昭和35年6月23日 条約第6号)の第4条に「締約国は、この条約の実施に関して随時協議し、また、日本国の安全又は極東における国際の平和及び安全に対する脅威が生じたときはいつでも、いずれか一方の締約国の要請により協議する」と規定してあるのは事実だから、≪60年の日米安保条約改定の際、米軍が核兵器を日本に持ち込む際には、日米両国の事前協議の対象にするとされた。≫(2010年3月7日2時36分 毎日新聞配信)という件の信憑性は高いと、私は判断します。

然し、一般的に、『持ち込むこと(Introduction)』という用語で認識する概念は、『通過(Transit)』という用語で認識する概念と全く異なるのに、『通過(Transit)』は、事前協議の対象とはしないとする当然の解釈を、態々『密約』する理由が判らないので、≪さらに、核兵器を搭載した米軍航空機や艦船の寄港や通過については、事前協議の対象とはしない「密約」があったことが判明している。核兵器の常時に近い形での配備は、これらに明確に反するものだった。≫(2010年3月7日2時36分 毎日新聞配信)という件については信憑性は低いし、核兵器の『通過(Transit)』には日本政府は干渉しないという『密約』が現実に存在した事実を裏付ける証拠、および、米軍が、現実に核兵器を『持ち込むこと(Introduction)』をしたという事実を裏付ける証拠は、発見されていないようですね。

さらに、≪パッカード氏は「岩国の核兵器は許容される『通過』には当たらないとライシャワー大使は即座に判断し、激怒した」と証言。辞任して暴露する可能性に言及して、米軍に撤去を求めたという。さらに、米軍の意図については「日本では誰も気が付かないという判断の下、秘密裏に配備された」と分析し、「ライシャワー大使の姿勢は米軍に対し、日米の取り決めを順守するよう求める警告になった」と強調した。≫という件は、駐日米国大使のライシャワーさんが、核兵器の『通過』は日米事前協議の対象ではないことを認めた上で、個人的な解釈で、日本に対する信用を重要視した判断だと推察し、ライシャワーさんに対して、私は敬意を表します。

 尚、日本政府の『非核三原則』の形成過程について調べてみたら、先ず、1955年12月15日の衆議院商工委員会で、自民・社会共同提案の『原子力基本法』第2条において「原子力の研究、開発、利用は『平和目的』に限っている」ことについて、質問に対して発議者の一人である衆議院議員の中曽根康弘さんが「原子燃料を使って人間を殺傷するための武器は別である」と答弁していますね。

次に、1958年4月18日の参議院内閣委員会で、内閣総理大臣の岸信介さんは、防御的性格の核兵器は憲法上禁止されないとの解釈をとりつつ、「政策としてはいかなる核兵器も持たない」ことを明言したようですね。

次に、1960年4月19日の衆議院日米安保条約特別委員会で、内閣総理大臣の岸信介さんは、「日本は核武装しない、また、核兵器の持ち込みを認めない」と発言したようですね。

次に、1968年1月30日の衆議院本会議で、内閣総理大臣の佐藤栄作さんは、核四政策として、「第一は、核兵器の開発は行なわない、持ち込みも許さない、また保持しない。いわゆる非核三原則である」と発言、続いて第二は核軍縮、第三は米核抑止力への依存、第四は核エネルギーの平和利用を表明しており、また、1967年5月18日の参議院内閣委員会で、防衛庁長官の増田甲子七さんは、「政府の方針として核兵器は製造せず、保有せず、持ち込ませずというきびしい方針を岸内閣以来堅持している」と確認し、さらに、1967年12月11日の衆議院予算委員会で、内閣総理大臣の佐藤栄作さんは、「私どもは核の三原則、核を製造せず、核をもたない、持ち込みを許さない、これははっきり言っている」と発言したようですね。

次に、1968年2月5日の衆議院予算委員会で、内閣総理大臣の佐藤栄作さんは、核四政策は与野党間でまだはっきりまとまったものではなく、四政策について同じような考え方になれば将来国会決議することに異議はないが、「核兵器に対する三原則だけ決議することは外交的に見てもあまり利口な方法ではない」と発言し、また、1968年3月2日、衆議院予算委員会で、内閣総理大臣の佐藤栄作さんは、非核三原則の決議について、「ただいまのような約束をすることは、おそらく(日米)安全保障条約の中身について拘束を加えることになり、そういうことを今からするのは行き過ぎではないか、アメリカの行動を制限することになるからそれはできない」と発言していることから判断すると、佐藤栄作さんが主唱している『非核三原則』は、アメリカ合州国の『核の傘』の下に日本国を入れてもらい、その『抑止力』の効果を信頼せしめるために、核兵器の『通過(Transit)』については原則として干渉しないという意思を明確に表明しており、その時点における『密約』の存在は否定されて然るべきですね。

尚、1969年11月21日にワシントンDCにてアメリカ合州国大統領のリチャード・ニクソンさんと日本国総理大臣の佐藤栄作さんとの間の共同声明についての合意文書の内容をみると、「米国政府は、極めて重大な緊急事態が生じた際、日本政府との事前協議(A)を経て、核兵器の沖縄への再持ち込みと、沖縄を通過させる権利を必要とするであろう。米国政府は、その場合に好意的な回答を期待する(B)」とし、また、「日本政府は、大統領が述べた前記の極めて重大な緊急事態の際の米国政府の諸要件を理解して、かかる事前協議が行われた場合には、遅滞なくそれらの要件を満たすであろう」とし、さらに、「米合衆国大統領と日本国総理大臣との間でのみ最高の機密のうち取り扱うべきものとする、ということで合意した」とあるから、この時点で、初めて核兵器の『通過(Transit)』についても事前協議の対象とすることが明確にされ、それ以降、核兵器を『持ち込むこと(Introduction)』または『通過(Transit)』についての事前協議が行われた場合には、遅滞なくそれらの要件を満たすであろうという『密約』が成立したことになり、これも、ライシャワーさんの功績といえますね。

従って、この大切な『密約』が、佐藤栄作さん以後の内閣総理大臣に継承されていなかった事実及び、外務大臣などの内閣総理大臣に漏洩していた事実が真実であるならば、『国家機密』を保持するという体制について、日本国は信頼できないということですね、尤も、アメリカ合衆国側に置いても大統領いがいに『密約』の存在が漏洩していなかったという確証はありませんが…。

然し、佐藤栄作さん以後の歴代の内閣総理大臣が、質問された場合、『密約』は存在しないととぼけるのも、事前協議がなかったのだから『持ち込むこと(Introduction)』はなかったはずだと答えるのも、外交上必然的な方便であり、逆に、『密約』の存在を認めたら信用できないし、核兵器を『持ち込むこと(Introduction)』場合は事前協議をすることは『密約』より以前の条約上の問題だから、事前協議の有無を隠蔽する必要は在りませんよね。

> それでも「今までそれで平和だったのだからそれで良いじゃん」と言うのは只のラッキーを前提とした「外交、安全保障」論にすぎない。 これからもそれで良いのかな?<

 ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争の影響を受け、北朝鮮に国民を拉致されたのに、日本が平和だったと認識するのは“平和ボケ”の果報といえるだろうが、それらの出来事で運よく儲けることを『前提』とした『外交・安全後生論』を唱える奴らは“お目出度い”としか云いようがないでしょうね。

> ラッキーな中に「普通の国」の「外交、安全保障」を整備するべきと思う。その上で国是「非核三(四)原則」が成り立つならそれはそれで結構なことだと思う。<

 その『間抜け』のような言い方は、何事も、因果の道理を弁えずに他に転嫁してしまう“平和ボケ”の人に多いようですね、確かに運命というものはあるだろうが、現在が幸運か不運かは,過去に為した業の果報に過ぎず、現在為している業が因縁となって未来の果報が出現するに過ぎないでしょうね。

 ここで、「国土が乱れる時は、先ず、『鬼神(超人的な権能をもつ存在の総称)』が乱れ、『鬼神』が乱れるが故に萬民が乱れる」という因果の道理についての命題に就いて具に事情を察すれば、『百鬼(得体の知れない『鬼神』のような存在)』が早く乱れて萬民の多くが亡ぶという因果応報は、様々な災難に関する歴史が証明する事実であり、『百鬼夜行(得体の知れない人々が奇怪な振る舞いをすること)』の外交・政冶・経済の世界において、国連憲章を遵守し、日本国憲法を尊重し、擁護し、主権者は国家を基として天下を治め、国民は田園を領して世上を保つのが『終身斉家治国平天下』・『経世済民・経国済民』・『安全保障』の常道です。

而るに、『鬼神』が乱れ、他方の賊が来て其の国を侵逼し又は自界叛逆して其の地を掠領すれば、驚愕して大騒動になるだろうが、国を失い家を滅せば何れの所にか、世を遁れて『難民』になるしかなく、就中(なかんずく)、人の世に在るや各々後生を恐れて是非の判断に迷うことを非難すると雖も、而も猶『正法(正しい教え)』に帰することを哀しみ、或る者は邪教を信じ、或る者は『正法』に対する誹謗を貴ぶのが現実の情状を鑑みれば、人々は、須く一身の安堵を思うならば、先ず、四表の静謐を祷るべきだが、何故に同じように国際の平和を求め安全を祈願する力を以て妄りに『支離滅裂』な邪義の詞を崇めて、『政治と金の不毛痴態』に沈み、若しも邪義への執心が翻らずまた曲意が猶も存在するならば、有為の世界は早速に必ず無間の地獄に化すでしょう。

 古来、「人の心は時に遵って移り、物の性は境に依って改まる」というから、いわゆる『真実」なるものも、時勢に遵って移り、境地に依って改まるのが自然の理であり、「世界の国民は、その一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害を経験し、大日本帝国は大東亜太平洋戦争で形無しの敗戦を喫した」という経験から、世界の国民と日本国民は、「我々は、須らく一国の安全を思うならば、先ず、正義と秩序を基調とする国際の平和を希求する」という理想・目的を達成するために『国際連合憲章』と『日本国憲法』を制定し、国家の安全を、一国の軍備拡張や他国との軍事同盟に求めず、潜在的・顕在的な敵国も含めた諸国連合を構築し、国際の平和または安全の維持を危うくする国に対しては、その他の国々が集団で制裁的な措置をすることを基本理念とする『集団安全保障』を制度化したが、それも、「当座には信ずると雖も後定めて永く忘れる」というのが古来、貧欲・瞋恚・愚痴・驕慢・懐疑・邪見を根本とする様々な煩悩の働きに惑わされて右往左往する人間の定めでしょうか…。

因みに、サー・ウィンストン・レナード・スペンサー=チャーチル(Sir Winston Leonard Spencer-Churchill)さんが、あらゆる政治体制に民主制が打ち勝ってきたことを挙げて「実際のところ、民主制は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた、他のあらゆる政治形態を除けば、だが」という説を借りれば、「これまでに試みられてきた、他のあらゆる国防形態を除くことを『前提』にすれば、『集団安全保障』は最悪の国防形態」となる、即ち、古来、無謬の政治形態・国防形態はあり得ないので、固定した概念や因習に捉われず、国連憲章・日本国憲法には理論や判断の間違があり得ることを前提に、現実の社会・利益に対応して『自由;リベラル(liberal)』な態度で時宜を得て適宜に解釈をした妙法のみが、『正法』と呼ぶに相応しく、『民主主義』・『集団安全保障』は、国連憲章・日本国憲法に掲げた崇高の理想と目的を達成するために好都合な方便を定めた約束事に過ぎないでしょう、たぶん。

また、日蓮聖人は、『兄弟抄』で「此の法門を申すに必ず魔出来すべし魔競わずは正法と知るべからず、(天台摩訶止観の)第五の巻に云く『行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る乃至随う可らず畏る可らず之に随えば将に人をして悪道に向わしむ之を畏れば正法を妨ぐ』等云々。此の釈は日蓮が身に当たるのみならず、門家の明鏡なり。謹んで習い伝へて未来の資糧とせよ」と戒め、また、『兵衛志殿御返事』で「潮の干ると満つと・月の出でると入ると・夏と秋と・冬と春との境には必ず相違する事あり凡夫が仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障りいできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」と説いており、また、チャーチルさんは「悲観主義者はすべての好機の中に困難をみつけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす」と説いているように、理想を追求し、目的を遂行する上で人間が諸法の実相を悟るには様々な障害・妨害との戦いに勝つ必要があるのは当然でしょう。

さらに、人は生まれてから土に戻るまで、額に汗して、毎日の糧を得るように運命付けられており、こちらが働きかけるからこそ事情は変わるのだということを前提にすれば、 「成功の扉を開けるためには、押すか引くかしなければならない」が、然し、「使いすぎるといけない四つのものは、脹らし粉と塩および躊躇いと諦め」というのは渡世の知恵であり、所期の理想を追求し、目的を遂行するには、「一度に海を作ろうと思ってはならない、先ず、小沢から作らなければならない」という格言があるように、コツコツと働き、無駄を徹底的に排除し、忍耐するという小刻みの戦略的な方便で一歩一歩着実に進めば、「鳩化して鷹と為る、雀変じて蛤と為る、悦しきかな、汝、蘭室の友に交わりて麻畝(まほ)の性と成る、誠に其の難を顧みて、専ら此の言を信ずれば、風和らぎ、浪静かにして不日に豊年ならん」という詞の通り、成功するでしょう、きっと。

因みに、古来「巧遅は拙速に如かず」という言葉があるが、それは、小刻みの戦略的な方便と併用して、失敗から学ぶ知恵こそが成功の糧となるという事に本来の意義があり、チャーチルさんの語録にも「成功は決定的ではなく、失敗は致命的ではない。大切なのは勇気を持ち続けることだ」とか、「成功とは、意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである」、「過去を遠くまで振り返ることができれば、未来もそれだけ遠くまで見渡せるだろう」、「我々は、たとえその社会的地位がどんなに低くとも、後世に何らかの影響を与えることを考慮して生きなければならない」から、「絶対に屈服してはならない。絶対に、絶対に、絶対に、絶対に」という語録もありますよね。

 結論として、『国際連合憲章』と『日本国憲法』に掲げた崇高な理想・目的を実現する上で基本の一部ではあるが、“現時点では最悪の国防形態”と見做される『集団安全保障制度の構築』という政治方針を達成するための小刻みの戦略的な方便が『非核三原則』や『非核四原則』であるという前提を是認するならば、その達成に向けて、異体同心で全力(の一部)を挙げて努力する必要があり、その前提を否認するならば、代りとなり得る小刻みの戦略的な方便を提案して他に働きかけて事情を変えるべきでしょうね。

そして、最も大切なことは、些細な約束を守ることでしょうね。何故ならば、小さな約束さえ守れない人間が、大きな約束を守った例はなく、小さな約束が守れない者は土壇場になって必ず裏切るから信用できないというのが、約束社会の普遍的な価値観であり、古来『評判は最善の紹介状である』という格言もあるように、明約であれ密約であれ、些細な約束であれ大きな約束であれ、約束は必ず守る必要があり、アメリカ合州国大統領のリチャード・ニクソンさんと日本国総理大臣の佐藤栄作さんの間に『密約』の存在が露顕したことよりも、歴代のアメリカ合州国大統領と日本国総理大臣がその約束を守り続けたか否かの方が、遥かに重要な問題ですよね。

 金平様
 
 「怒りとか憤慨とかそれ以前に、不条理感というか、・・・」
 もし、金平さんが日本にいたら、冒頭の文章はありましたでしょうか?
 
 詩人は世の中のすべての出来事をまとめて、一つの言葉で表すことができます。「不条理」と。神なき哲学の祈りの言葉、です。
 でも、これを「不条理」で終わらせることなく、事実が繰り広げられている現実に還元し、「怒りとか憤怒とか」を含んだ疑問を投げかけること。それがジャーナリズムの役目の一つだと考えます。
私は、ジャーナリストは「不条理」という語には無縁だと思っておりました。
 ニュース番組の終わりに、アンカー・パーソンが「今日も不条理なことばかりです。」などとコメントすることを想像してみてください。今まで報道してきたニュースの価値なんか、全部すっ飛んじゃいますよ。
 「不条理」はある意味では思考停止をもたらすこともあります。報道人が言葉にしたら、逃避になるかもしれません。でも、逆に考えれば、距離感を見いだしたり、別の観点を探るきっかけになるかもしれませんね。
 太平洋を隔てていても、時間の共有は保ち続けていたいものです。
 金平さんが詩人になりませんよーに。(なるわけないか・・・)

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。

BookMarks

-----<著書>-----

ブログが本になりました!
↓ ↓ ↓

『報道局長業務外日誌』
2009年6月、青林工藝舎


『米原万里を語る』
2009年5月、かもがわ出版、共著


『テレビニュースは終わらない』
2007年7月、集英社

人気のWeb日誌、出版!
↓ ↓ ↓

『ホワイトハウスから徒歩5分』
2007年6月、リトル・モア


慶應義塾大学出版会、部分執筆


『ジャーナリズムの条件4』
2005年5月、岩波書店、部分執筆


『従軍のポリティクス』
2004年7月、青弓社、部分執筆


『二十三時的』
2002年11月、スイッチパブリッシング

『電視的』
1997年12月、太田出版

『ロシアより愛をこめて』
1995年3月、筑摩書房

『世紀末モスクワを行く』
1994年12月、パルコ出版

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.