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« オバマ大統領当選から1年後の現実を直視する(6)── 天皇へのお辞儀論議からみえる日米関係
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「正しい戦争」はアメリカの専売特許? »

オバマ大統領当選から1年後の現実を直視する(7)── オバマは第二のベトナム戦争の轍を踏むのか?

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↑ コロンビア大で講演するチョムスキー(筆者撮影)

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↑ ジョンの命日にストロベリー・フィールズに集まった人々(筆者撮影)

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↑ 陸軍ウエストポイント士官学校で演説するオバマ大統領(ホワイトハウスHPより)

 今日12月8日は、28年前にジョン・レノンが射殺された命日にあたる。お天気がいいので、マンハッタンのセントラル・パークにあるストロベリー・フィールドまで行ってみると、たくさんの人々が集まっていて、ジョン・レノンの歌を歌っていた。多くの花がたむけられていた。僕と同世代の人たち(つまり、おっさん、おばさん)に加えて、若い人たちも結構いるではないか。何人かがアコースティック・ギターを弾きながら、「レボリューション」「イン・マイ・ライフ」「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」などを達者に歌っていた。それに合わせて集まっていた人々も唱和していた。ジョンが生きていたら、現下のアメリカの状況をどのように歌っていただろうか。

 12月2日のプライムタイムに、オバマ大統領は、陸軍ウエストポイント士官学校で新アフガン戦略に関する演説を行った。オバマの演説は今年いくつも聴いてきたが、この演説ほど彼の苦境ぶりを示していたものはなかったように思う。医療保険制度改革に関する議会演説でさえ、まだ情熱に満ち溢れていた。だが今回の演説はそれとは違った。主張の柱は、できる限り早期に3万人の追加兵力をアフガニスタンに派遣することである。それと同時に2011年7月(つまり18か月後)から兵力の撤退を開始するという「出口戦略」も示された。増派と「出口戦略」が同時に発表されたこと自体に、オバマ政権の苦渋があらわれている。さすがにブッシュ時代のような、中東に民主主義を植え付けるためといった主張はなりを潜め、増派の目的は「米国の安全を確保するため」と明確に限定されていた。「(アフガン占領を試みた)ソ連や他の諸帝国とは異なり、アメリカはアフガニスタンを占領することに何の関心(利害)も持っていない」とオバマは言い切っていた。そして、戦争のスタート地点となった9・11同時テロの「そもそも論」から説き起こし、米国民の団結を訴え、アフガン戦争はベトナム戦争とは違うのだとしきりに強調していた。とりわけカルザイ現政権に対しては、「アメリカが白紙小切手を切っていた時代は終わった」と、強くけん制していた。

 けれども深い疑問が残るのだ。本当にアフガン戦争はベトナム戦争とは違うのか? つまり「戦争の大義」はあるのか? たかだか2万5千人と推測されるタリバン兵力と闘うために、結局10万人を超える兵力を、一応主権国家であるヨソの国に投入し、武力を行使することの根源的な意味(覇権国家としての定位)を、おそらくオバマ自身が最も知っているはずではなかったのか。イラクには10万を超える兵力が依然とどまっている。ベトナム戦争とイラク戦争は「まちがった戦争」で、アフガン戦争は「正しい戦争」か? 共和党(マケイン上院議員)や民主党中間派、そして何よりも軍の現場トップ(マクリスタル将軍)らからはこの新戦略を評価する反応が出た一方、チェイニー元副大統領らはアメリカの「弱さ」を露呈した演説と酷評している。注目しなければならないのは、オバマ政権誕生に力を発揮した草の根レベルの市民団体から失望の声が出ていることだ。ニューヨークタイムズのコラムニストらも「悲劇的な誤謬」(ボブ・ハーバート)、「3万の増派より3万の学校建設を」(ニコラ・クリストフ)といった論評が出ていた。来年の中間選挙や、2012年のオバマの再選の行方にも根本的な影響を及ぼす選択であることは間違いない。

 演説から2日後の12月3日に、コロンビア大学で講演を行ったノーム・チョムスキーは、アフガン戦争自体を「戦争犯罪」と言い切り、「殺されたくないのならば、まず彼らを殺すな!」と発言し聴衆からの大きな拍手を浴びていた。会場でチョムスキーの講演を聞きながら、正直に記せば、僕はチョムスキーの意見がアメリカ世論の大勢を代表しているとは思わなかったけれども、各種の世論調査では、アフガン戦争にこれ以上コミットすることに米国民が否定的であることも確かだ。アフガン戦争はオバマ政権の命取りになる恐れがある。

 その他にも疑問が残る。年間300億ドル(およそ2兆6千億円)にも達する戦費はどこから調達されるのか。「43カ国の広範な連合の支援」の内実はどうなのか? NATO諸国も増派には慎重だ。これまで増派数を明らかにしている国々は、ポーランド600、イギリス500、アルバニア85、チェコ100、スペイン200などだが、フランス、ドイツ、イタリア、フィンランドは数を明らかにしていない。それぞれの国内事情があるのだ。オバマの言うように合わせて5000という数字に届くのか。

 ホワイトハウスでJ・F・ケネディ以降の歴代の全大統領を取材し続けている大ベテラン記者ヘレン・トーマスは、「この戦争はベトナムに酷似している」と記してオバマ政権に強い警告を与えている。「オバマは若すぎるから、ベトナム戦争時代の国家の混乱状況を知らないだろうが、あの戦争では5万8千人以上の米国民と数千以上のベトナム人が死んだのだ。と同時に、あの戦争はリンドン・ジョンソン大統領の政治生命も終わらせ、1968年の再選出馬を断念させた」。「語られてはいないが、アフガン戦争とベトナム戦争のもうひとつの大きな共通点は、国民が、終わりの見えない戦争に、これ以上の兵員とお金をどんどん注ぎ込むことにうんざりしてきていることだ」(The Albany Times-Union 12月6日付ヘレン・トーマスの記事)。

 レーガン政権下で財務次官補をつとめたポール・クレイグ・ロバーツは、50年前のアイゼンハワー大統領の有名な「軍産複合体」批判演説を引き合いに出して、大統領となったオバマがもはや「軍事―安保複合体(military/security complex)」の操り人形にしか過ぎない、とまで述べている(Counterpunch.0rg 12月2日付Paul Craig Roberts)。

*      *       *       *

 僕は、1991年から94年までたまたまモスクワに駐在していた。ソ連という国がまだあった時代に赴任し、帰国した時はロシア共和国に変わっていた。そのソ連という国は1979年にアフガニスタンに侵攻した。11万8千人もの兵力を注ぎこんだ末に撤退し、完全撤退した2年後にソ連という国そのものが亡くなった。今回のアフガニスタン戦争に関する新戦略が、歴史の中でどのような位置づけをされることになるのか。皮肉なことに、2日後(12月10日)にオバマはオスロでノーベル平和賞授賞式にのぞむ。何というタイミングだろうか。ジョン・レノンの歌が目の前から聞こえてくる。

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今後も米国は世界に少なからぬ影響を与え続ける。疑問という形での示唆通りになりそうな雲行き。次回に期待しています。

アメリカ、ロシア、中国は今危険な大国だ。
とくにアメリカは他国に戦争をしかけるもっとも危険な国だ。
日本は早くアメリカから独立する必要がある。

抜けるに抜けられない泥沼は、イラクでもアフガニスタンでもなくアメリカ国内の経済構造にあるのではないでしょうか。

 世界大恐慌を、二次大戦の軍需景気で乗り切ったアメリカは、その後も、軍需産業主導の或いはその影響力の強い経済、政治運営の体制から抜け切れていないのではないかと思われます。

 冷戦という仕掛けが、負担に耐え切れなくなったソビエトの自壊で終わり、残った中国の経済自由化で、世界の人々が自由に交流し依存しあうグローバル経済の時代が来ると、10年かけて、「文明の衝突」という怪しげなスキームを用意し、911事件で、テロとの戦いという大義名分を仕込みました。

 アメリカ国民(尤も中心となっているのは市民権につられた、貧しい移民の若者たちのようですが)の、命と金を突っ込んで維持してきたのは、自由でもアメリカの安全でもなく軍産複合体のビジネスのようです。

 恐ろしいのは、アメリカの各州で草の根の人々の暮らしのかなりの部分を支えているのが、その軍需産業の仕事らしいということですが。

 オバマ大統領は、さきのアジア訪問から帰国したときの演説で、「米国民は消費を控えて貯蓄を増やし、政府も財政赤字を減らさねばならないと強調した。」(田中宇氏の論考から引用)とのことです。今回の、増派はするが18ヶ月後には撤退するとの宣言は、軍産複合体への、最後の白紙小切手では無いでしょうか。

 日本の、土建利権政治の泥沼と同様、アメリカの軍産複合体政治の泥沼も、抜け出すのは大変なようです。
 オバマ大統領の、まじめに働いてアジア諸国への輸出を増やし、金融レバレッジの借金や、政府の軍事支出に頼らない経済を造ろうという経済政策が、鳩山首相の、政府の公共工事(コンクリート)に頼らない経済を造ろうという政策と合わせて貫徹されるよう世界の人々と一緒に支えて行きたいですね。

<軍産複合体の動向>

かつてケネディ元大統領はベトナムからの撤兵を決意したため暗殺され、軍産複合体の後ろ盾を得た後任のジョンソンはベトナム戦争を積極化させた。

今回のオバマのアフガン増派決定は軍産複合体に操られた共和党右派の力に屈したものだろう。しかしオバマは同時に2011年7月からの撤退開始も宣言した。

もっともアフガンの治安回復という前提条件があるのだが、早速軍産複合体は手先であるアルカイーダを通じタリバンに対し戦闘のための資金供給を始めているようだ。

一方、オバマ政権によるタリバン懐柔策も進められるようだが、心配なのはアルカイダーによる「911事件の再来」で再び米国世論がアフガン戦争支持に傾くことであろう。

とにかく軍産複合体にとって、日本のダム公共工事と同じように、永遠に戦争という事業が続いていくことが望ましいのだ。

皆さんの投稿内容を拝見して、少ない私の知識でも同感できることばかりです。

「巨大な像に立ち向かうアリ」

国内でも同様ですが、怯まず立ち向かって欲しいと願っている一人です。

アフガン戦争は、まったく「戦争の大義」がないもので、アメリカは責任を持って、この戦争を終わらせるべきです。

オバマのアフガン新戦略において、2011年7月から兵力の撤退を開始するという「出口戦略」も示されたことは、この戦争を終結させるための大きな第一歩であるように思います。

今回の増派は、マクリスタル将軍の追加増派要請に、ある程度応えたものとなっている側面があるといえるかもしれませんが、アフガン国軍や警察などの治安部隊を現在の約19万人から28万2千人にまで増やす計画があるとおり、アフガンの治安改革により、アフガンの自立した国家とすることを目的としてのものでもあるようです。

この治安改革がうまくいくのか、アフガンの政治腐敗改革がうまくいまのかどうか。この戦争を終結させるために、アメリカは、その責任を負っています。アメリカはそのためには、国際社会の協力が必要であると認識しているのでしょう。

ゲーツ国防長官は「タリバンに、敗北すると認識させる状況に追い込むことが必要だ」と意気込みますが、タリバンは余裕の構えのようです。あたりまえです。アメリカにそんなことはできはしません。
今回の増派が、タリバンとの闘いに勝つためであるなら、まったく無意味なのものです。パキスタンでの無人機による空爆は一層強まっているようです。このような国際法違反がまかりとおっています。

>演説から2日後の12月3日に、コロンビア大学で講演を行ったノーム・チョムスキーは、アフガン戦争自体を「戦争犯罪」と言い切り、「殺されたくないのならば、まず彼らを殺すな!」と発言し聴衆からの大きな拍手を浴びていた。

私も大賛成です。市民たちによる反戦、平和の声が、さらに高まっていくことを強く願っています。

その声が、いまの過ちを改めさせ、今後の誤った方向に行きかねない道へ進むことを防ぐことができると思います。

オバマのノーベル平和賞授賞は皮肉なことかもしれない。しかし、それを受賞するオバマは、アフガン撤退のために、しっかりとした責任を果たすことが強く求められているはずです。
オバマはこの撤退への道づくりを決して間違ってはなりません。
増派がさらに死傷者を生み出すものでしかないならば、ブッシュと変わらぬ戦犯大統領であり、ノーベル平和賞を大いに汚すものとなるだけです。

アメリカの市民たちの反戦・平和の大きな声が、それを防いでくれることを強く、強く願っています。

「死の商人」という言葉を,子供の頃覚えましたが,あれから何十年経ったでしょうか。私達の学生時代は,毎日毎日,反戦のための「デモ暮らしー」でした。

いつ新しい情報があるか待ってました。
ジョン・レノンが倒れてから30年近くたつのですね。 彼も言ってるけど理想だと思わないで本気で思って欲しいです。
ここを乗り越えれば世界は一つになれるけど そんな日が人類生存中に実現できるのかな~?
イマジン、ハッピーXMASが胸を叩くこの頃です・・・。

<パン様>
大賛成。戦争には正しいも正しくないもない。
人殺しに変わりはありません。
<匿名様>
>「デモ暮らしー」<
座布団一枚です。

オバマになったらCHANGEブームに浮かれ、ブッシュ前政権の過ちの再検証なぞ全くしなくなった、私たち日本のマスメディア。
何故当時の米国民は、世界的世論に逆行し、ブッシュを途中降板させず再選続投させたのか。政権末期には最低の支持率になったとはいえ、愚政極まるブッシュの時代が8年も続いたという、驚き嘆き。
翻ってそれは、「じゃあお前のクニはどうだったんだよ、俺たちのことを言えんのかよ?」という、自問になります。
小泉政権の政治ショーに浮かれ、その後の自公政権の延命を止められず、民主政権に交代させたら、今度は事業仕分けショーに浮かれ・・・
「自分の国で、果たしてお前自身は何をやってんだ?」と、私はこの愚鈍な私自身に問いかけたいし、それを周りにも問いかけたい。頭でっかちは嫌だから。

<em5467-2こと恵美様>
ありがとうございます。

オバマ大統領がノーベル賞を受け、演説をするのをテレビニュースで見ました。
「チェンジ」の言葉を繰り返して大統領になった人物は、このスピーチで「戦わねばならない戦争もある」という意味のことをいったようです。彼が、アメリカ国民以上にアフガニスタンの人々に思いをめぐらせ、心に痛みを感じつつ、そのようにいったのであることを願いますが、たとえそうであったとしても、ノーベル平和賞は、途の上にある自分にふさわしいものではないと考えるべきであり、辞退すべきであったと思います。このような賞は、通信簿につく「がんばりましょう」スタンプほどの意味さえもない、真の意味での「茶番」であると思います。私はオバマ大統領の登場の意味をまったく否定してしまう気持ちはないのですが、アメリカで、マイケル・ムーア監督が描くように、キャピタリズムによって1%の人間のために富をつむぎだすシステムが稼動し続けるかぎり、また戦争をビジネスチャンスと心得る企業家たちがいるかぎり、どのように清廉な人間がリーダーになろうとも、結局は、バラク・オバマは普通の、ありふれたアメリカ大統領になっていく可能性が高いと私は予測しています。それだけでなく、銃製造企業、保険会社、製薬会社その他、利潤追求のために、理想をかかげるリーダーに足払いをかけようとする者たちに、アメリカ社会は事欠かないはず。前途はけわしい。オバマ大統領が誠実さを失わず、絶望することなく、努力し続ける意志を持ち続けることを願いますが。
日本国内に目をやっても、本当に沖縄の人々の、戦中戦後の苦しみに想像力をもち、勇気をもってアメリカに基地を国外移転してほしいと、政府もマスコミもなぜいわないのだろう。何を怖がっているのだろう。この国は、ペンタゴンがいらつき、不快な顔をしたとたん、さっさと国民の幸福さえ差し出してしまう、そんな国なのだろうか。
いまのアメリカと日本に、言葉ではなく、状況をチェンジしようとする意志はどこかにあるのだろうか。
鳩山さんには真の勇気を持ってほしい。

オバマ政権内は水面下で反吐がでるような軍産複合体とつながるドグマのネオコン一派と多極化一派の綱引きの内部抗争は凄まじい。オバマ大統領は平和外交政策を実行できないジレンマに陥っているのではなかろうか。まかり間違えばオバマ大統領の命はいくらあっても足りない。

過去の政権では軍産複合体のパワーが強く、大きな戦争回避に成功してこなかった。オバマ大統領はアフガン問題でどのようなランディングをするのか、世界が注目しており、難しい試練に直面している。

規模、パワー、形態、方法も異なり比較にならないが、日本でいえば、政権交代後の民主党と日本の官僚連合体との国内内部抗争の行方の決着はどうなるか。以下の道しかない。

選挙で選んだ議員を国民が我慢強く力量ある政治家に育てること以外に道はない。タナボタは期待できない。さらに来年の参議院選挙で民主党が勝利することも重要案件でもある。4年待って官僚をコントロールし、予算をゼロベースから優先順位で積み上げられ、国家ビジョンと戦略を国民に提示し、説得できる力量ある政治家が育たなければ、下野して、再研鑽しか選択の道はない。

民主党小沢一郎幹事長の「草の根」訪中団は,グッドタイミングだった。日本に対する傲慢無礼なアメリカ当局も,泡を食ったに違いない。

そのうちに「日中安保条約」が締結されて,「東アジア共同体」の現実的な基盤が確立されていくかも知れない。何よりも平和である。

良心派 | 2009年12月11日 11:31様

全く、同感です。
次は、「日露安保条約」です。

ついで、言えば、
「自衛隊」は、「国際救助隊」に命名変更して欲しいのですが・・・。

民主党小沢一郎幹事長の「草の根」訪中団の中国訪問は,あらゆる意味において,グッド・タイミングだった。

日本の将来にとって,有意義な行動である事は間違いない,と思われる。

21世紀の日本の駐留米軍は全て国外移転が歴史的潮流である。日本に米軍基地がなくては日米安保を維持継続できないというなら偽安保の証左だ。

自民党時代のようにいつまでも戦後の植民地時代かのごとき、何かあればCIA、軍産複合体が日本で暗躍する時代は終焉である。

しかし財務や外務官僚等、一部の自民党政治家、広告・新聞・テレビの報動界にCIA洗脳者たちが随分おり、未だ戦後処理は終わっていない。

《THE JOURNAL》編集部 様

コメントを送っても,なかなか掲載されないので,なぜ拒否されるのか,理解できないために,まずい語彙を使ったのかな,と考えて,再度送信したために(それでも拒否された!?)同意義のコメントが,重複してしまいました。掲載拒否恐怖症候群です。悪しからず,ご容赦ください。

政権交代し、岡田大臣がまじめに頑張ってはいるものの、外交を仕切っているのは依然として自民党時代の負の遺産を背負う外務官僚ではないのだろうか。

その証拠に宜野湾市長のプレゼンの通り、米軍の普天間米軍基地のグアム移転計画はその範囲はぼやかしてあるものの旧自民党政権時代から存在していたことは事実であり、外務官僚は知っていたはずである。にも関わらず、今に及んでも知らぬふりで通している。

この背景は外務官僚は旧態依然たる米英覇権主義を優先させているためであろう。

自民党時代の歴代外務大臣がだらしなかったこともあるが、国際関係の時代潮流を読み違え、国益とかほざいて、外務官僚は自民党時代のカビのごとき米国隷属をまだ望んでいるようだ。

だから、政権交代すれば官僚は全部取っ替えなければいけない。今後のよき教訓である。

しっかりして下さい、岡田大臣!!!敵を欺くにはまず味方から。スマートな外交駆け引きを期待してます。

・根深いアメリカへの不信感
いわゆる9.11の映像は今でも目に焼きついている人は多いのではないでしょうか。
その後アメリカは「テロとの戦い」を掲げ戦争へと突き進んでいったのですが、
何故アメリカがテロに狙われたのかということについての報道及び議論は
アメリカは当然として日本でも少なかったように思います。
私の推測にすぎませんが当時はショックの大きさから犯人探しがメインになり、
上記の問題はタブー視されていたように感じていました。
では何故アメリカがテロによって狙われたかというと
最大の要因はパレスチナに住むユダヤ人がイスラエルの建国を宣言してパレスチナ人の土地を奪い、
また圧倒的な軍事力の差を背景にした迫害を行っていることです。
それに対して国連で非難決議が提出されてもイスラエルを政治、経済、軍事面で支援しているアメリカの
拒否権によって採択されなかった歴史があります。
それが原因で中東の国を始めイスラム過激派による反米感情が高まりテロ行為へと結びついていってるのです。
もちろんテロ行為は許されざる行為ではありますがイスラエル・パレスチナ問題が解決されない限り
反米感情はくすぶり続けるのではないでしょうか。

・正当性を失ったイラク戦争
そもそもイラク戦争を開始した理由は
イラクが大量破壊兵器の開発を行っている確かな証拠をつかんでいると
アメリカが発言を行い各国を説得したことから始まっています。
しかしながらイラク戦争勃発後の調査でその事実が間違いであったことがわかっています。
戦争の正当性を失った時点で本来はすぐ撤退すべきだったと思います。

・すでにベトナム化しつつあるアフガン戦争
ベトナムにおいてはジャングルを利用したゲリラ戦によって戦争が長期化して撤退することになりました。
アフガンにおいてもジャングルはありませんが民間人を隠れ蓑にして同様のゲリラ的戦いをしています。
その結果、民間人への誤爆も大きくなり、それが民衆の反米感情を生んでいます。
そしてタリバンへの志願者が増えるという悪循環に陥っています。
一部の州では民衆のタリバンへの支持率が90%を超えていると聞きます。
民衆からの支持を失った戦争は必ず負けます。
このまま戦争を続けても勝ち目はなく、かといって無責任に撤退してもアフガニスタンを滅茶苦茶にしただけで終わります。
アメリカが戦争を仕掛けた責任は非常に重いのではないでしょうか。

個人的には戦争を始めたブッシュ元大統領に対して非常に強い憤りを感じていますが、
現状では戦争の継続、撤退どちらであっても困難であることを理解しています。
その点でオバマ大統領に期待していますが、今回のアフガンへの増派には少なからずがっかりしました。

<アルカイーダの正体>

オバマはタリバン制圧のためにアフガンへの増派を決定したが、副大統領のバイデンは最大の敵はアルカイーダであると主張しアフガン増派に反対していた。

ところで国際政治評論家の田中宇氏は2005年8月の「アルカイーダは諜報機関」というブログの中で驚くべき調査結果を紹介している。

いわく「テロ戦争を永続させるために、当局がテロを誘発させるという作戦は、アメリカ国防総省も行っている。国防総省は2002年、テロ組織に対して故意にテロ活動を誘発させるような作戦を行う「先制作戦グループ」(Proactive, Preemptive Operations Group)というのを省内に作った。」と述べている。

さらに「アメリカは被害者で、イスラム過激派が加害者だ」という「常識」はもはや間違いであり「アメリカ当局の中に、テロを煽っている者たちがいるのではないか」という疑念を抱くことの方が正当であるような状況になっていると証言している。

さらにトルコのテロ専門家もメディアに対し「アルカイーダという名前の組織は存在しない。アルカイーダとは、テロ戦争を永続できる状況を作ることを目的としてCIAなどの諜報機関が行っている作戦の名前である」「テロ戦争の目的は、常に低強度の危機が持続している状態を作ることで(アメリカが世界から頼られる)単独覇権体制を維持することにある」と述べている。

恐らくバイデン副大統領ら民主党の首脳達は、これらの事情を知った上でアフガン増派に反対したのであろうが、国防総省の秘密情報機関を裏で操る軍産複合体には、(大統領暗殺などを恐れ)やはり逆らえなかったのだろう。

やるせない。誤爆により全身に火傷を負ったアフガン少女の取材をした記者が言っていました。空爆を続ける国のリーダーがノーベル平和賞を取るのは「やるせない」と。想像上のオバマ氏のスピーチでは、「War is over.」と言うのです。チョムスキーのように「テロを止めるには参加しないことだ」と訴えて、マイケル・ムーアのように「これから送る3万人は井戸を掘る」と言うのです。でも彼はロックスターでも批評家でもない、政治家ですから。ここで撤退を表明してケネディのようになったら、オバマ氏を失う世界も一方で想像しなければいけない。結局は、ノーベル平和賞なんて佐藤栄作も取った程度のものよね、を自分の中での落とし所とします。やるせないので。

アメリカを支えているいるものは、軍産複合体を含む巨大な経済体である。穀物市場を押さえ、需要供給のバランスを操作することで利益を得、更には国家政策にも多大な影響力をもつ。
これは、あくまで私論です。
兵器・弾薬にも使用限度年数があり、使われないと意味がない。
そのために、どんどん使用してくれる名目がある方が、関係産業にとっては都合がいいと、私は思っています。

オバマ氏は、経済状況が最悪の閉塞感の中生まれた。
大きな支持を受けたのは、その閉塞感からの脱出であったと推測する。
ところが、就任後彼が採った政策方向は、その巨大経済体のためでなく、全く逆方向を向いていることに気が付く。
そのことが、昨今の支持率の急激な低下要因のひとつ出ないかとさえ、私は窺っている。

その1つの表れとして、今回の平和賞演説の中にも見える気がする。
余り刺激しすぎると、自身の政治理念すら達成は困難になるだろう。

日本の一部マスコミも平和賞に疑問を投げかける論調、誰に尻尾をふっているのやら・・・。

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Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。

BookMarks

-----<著書>-----

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『報道局長業務外日誌』
2009年6月、青林工藝舎


『米原万里を語る』
2009年5月、かもがわ出版、共著


『テレビニュースは終わらない』
2007年7月、集英社

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『ホワイトハウスから徒歩5分』
2007年6月、リトル・モア


慶應義塾大学出版会、部分執筆


『ジャーナリズムの条件4』
2005年5月、岩波書店、部分執筆


『従軍のポリティクス』
2004年7月、青弓社、部分執筆


『二十三時的』
2002年11月、スイッチパブリッシング

『電視的』
1997年12月、太田出版

『ロシアより愛をこめて』
1995年3月、筑摩書房

『世紀末モスクワを行く』
1994年12月、パルコ出版

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