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核兵器なき世界への想像力

oba090803.jpg
オバマ大統領が学生時代に学内誌に寄稿した記事

 あっという間に8月を迎えてしまった。おそらく日本のメディアは総選挙一色なのだろう。マイケル・ジャクソンの死去以降、このブログの更新が滞ってしまったが、その間、NYからみていてもアメリカでは実に多様な動きがあった。オバマ・ヘイターたちの蠢動(中絶医の暗殺、ホロコースト記念博物館襲撃、オバマの「出自」騒動など)や、人種問題の台頭(ゲーツ教授の逮捕騒動など)、医療制度改革をめぐるオバマの苦闘、ウィグル問題をめぐる中国へのアメリカ政府の腰の引け方、伝説的なアンカーマン、ウォルター・クロンカイトの死去、イランのTwitter Revolution、ホンデュラスの政変などなど、書き出したらキリがないほど、いろいろな動きがあった。じっくりと見ておこう。
  
 今は、日米関係の戦後史資料(米公文書館のものなど)を読んでいる。実に面白い。特に、アメリカ政府の核兵器政策に関する文書は、日本の姿をいろいろな意味であぶり出してくる迫力がある。そのようなささやかな自分の作業を加速したひとつのきっかけは、オバマ大統領のプラハ演説なのだが、以下は、ずいぶん前に「沖縄タイムス」紙での連載によせたものだ。同紙の了解のもとにこのブログにも転載することにした。

=========================

(沖縄タイムス 09年7月23日紙面 金平茂紀の『ニューヨーク徒然草16』より)  

核兵器なき世界への希望と沖縄

 7月14日付のニューヨーク・タイムズ紙に、デザイナー・三宅一生さんが異例の寄稿をした。「A Flash of Memory(閃光の記憶)」と題されたその文章は、短い文章だったが、読む者のこころを突き動かす美しいちからに満ちていたように僕は思った。広島出身の三宅さんは、自らの7歳の時の広島での被爆体験に触れたうえで、オバマ大統領に対して8月6日に開かれる広島での平和祈念式典への参加を呼びかけた。寄稿した文章のなかで、三宅さんは、こう記している。

「目を閉じれば今も想像を絶する光景が浮かびます。炸裂した真っ赤な光、直後にわき上がった黒い雲、逃げまどう人々……。すべてを覚えています。母はそれから3年もたたないうちに被爆の影響で亡くなりました。」(三宅氏の寄稿原文より)

 これまで被爆体験について多くを語ることを避けてきた理由について、三宅さんは「原爆を経験したデザイナー」というレッテルを安易に張られたくなかったのだと告白していた。その三宅さんの気持ちに変化をもたらしたのは、今年の4月6日、公式訪問先のチェコのプラハでオバマ大統領が行った歴史的な核廃絶演説だった。

「(オバマ大統領が)核兵器のない世界をめざすと約束されたことは、私が心の奥深くに埋もれさせていたもの、今日に至るまで自ら語ろうとはしてこなかったものを、突き動かしました。」(同寄稿原文より)
 
 オバマ大統領のプラハ演説は、北朝鮮の核実験直後というタイミングに行われたため、日本の多くのメディアの見出しは、北朝鮮への非難に焦点があてられていたようだが、あのプラハ演説の射程は、実はもっとスケールの大きい地平にまで向けられていたのだとつくづくと実感する。核軍縮を超える、核廃絶(核兵器のない世界)を希求すると、アメリカの大統領が市民の前で宣言したのである。さらに、僕ら日本人にとって決定的に重要な点は、歴代のアメリカ大統領として初めて、「核兵器を実際に使用した」(広島・長崎への原爆投下をさす)国としての「道義的責任」について言及した点だった。被爆国・日本は、このようなプラハ演説の意義を受け止め損なってはならないと思う。ところが、あろうことか、日本国内では一部の政治家や学者からは、北朝鮮に対抗するためと称して「日本核武装論」が飛び出していたというのだから、「唯一の被爆国」の体験継承は、日本の政治家たちの狭い狭い世界では、今や風前の灯火と化しているのかもしれない。
 
 オバマ大統領の「核兵器なき世界」への希望の原型は、彼がニューヨークのコロンビア大学の学生だった当時(1983年)、学内誌に寄稿した論文にすでにその痕跡がしっかりと残されていた。「Breaking The War Mentality(戦争メンタリティの打破)」というタイトルのその文章は、レーガン政権下で、「悪の帝国」=ソ連の核封じ込めのため隆盛を極めていた「核抑止論」を真正面から批判し、核凍結論からさらに一歩進んで「核廃絶」のビジョンにまで言及していた。オバマは筋金入りなのである。学生として実際に社会運動に関与し、その後、現実の世界がいかに夢や希望を実現できない矛盾に満ちているのかを、シカゴの社会福祉活動の現場で体験してきたことが、バラク・オバマという人物の価値観形成の基盤にあるのだ。パパやおじいちゃまが政治家だった日本の二代目・三代目政治家たちの価値観形成の貧弱さとはわけが違うのだ。アメリカには希望がある。
 
 日本は戦争において実際に原爆を落とされた国であるがゆえに、核兵器に対しては特別の国民感情を保持してきた。あのような悲劇は繰り返されてはならないのだ、と。非核三原則という国是の根本にあるのは、国家としてのこの被爆体験であり、だから「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という三原則は、国民のなかでも広く支持されてきた。ただ、歴史を振り返れば、戦後ながらく、沖縄の米軍基地には核兵器が配備されていたという冷徹な現実がある。公式的には、1972年の沖縄本土復帰以前までは配備されていたが、返還直前に撤去されたということになっている。米政府とのあいだで沖縄返還交渉にあたった当時の佐藤栄作首相は、沖縄返還の際「核抜き・本土並み」という文言にこだわった。その佐藤は1974年に、非核三原則の提唱などが評価され、ノーベル平和賞を受賞した。だが、その後の多くの学者の研究成果や、報道機関の取材によって、そもそも、この非核三原則なるものが順守されていたのかどうかが疑わしいという疑念が浮かび上がってきているのである。僕自身もアメリカの公文書館に保管されている文書に目を通したが、今でも沖縄返還交渉関連文書の核兵器配備に関する部分は、真黒に墨塗りされているか、原文が抜き取られていたりする。共同通信の太田昌克記者が5月31日付けで配信した記事は、沖縄ばかりか日本全土への核持ち込みに関する日米間の「密約」(secret agreement)が存在し、歴代の事務次官、外相、首相の一部でその「密約」の引き継ぎが行われていたことを暴露した。日本政府は本気で核兵器なき世界の実現を望んでいたのか。
 
 オバマ大統領は核兵器なき世界の実現を希求すると公言した。気の遠くなるような膨大な作業が今後なされねばならないだろう。アメリカ政府が今後、「歴史的な事実」に関する情報開示の一環として、日本、そして沖縄に、アメリカ軍の核兵器が配備されていた事実を公表しだしたら、今現在に至るまで、「密約はない」と抗弁し続けている日本政府、外務省はいったいどのような態度を示すのだろうか。
 
 冒頭の三宅一生さんの寄稿の末尾にはこうあった。

「オバマ大統領が広島の平和大橋を渡る時、それは核の脅威のない世界への現実的でシンボリックな第一歩となるでしょう。そこから踏み出されるすべての歩みが世界平和への着実な一歩となっていくことを信じています。」(同寄稿原文より)

 三宅さんの思いは、おそらくオバマ大統領のこころには届くに違いない。だが、核兵器をなくそうという想像力さえ持ちえない、さらには「核兵器を持ちたい」「そもそも密約などない」と言い出す人々のこころに、三宅さんの思いが届くことはあるのだろうか。そのことをニューヨーク・タイムズの記事を読みながら悔しく思い起こした。(了)

=========================

 米側の多くの公文書を読み進むうちに、日本本土への核兵器配備は、1950年代半ばには米国防総省内では既定の方針だったことがとてもよく理解できた。日本の非核政策は、今度の日本の総選挙では争点にさえなっているか、いないのか。NYにいて、まだ精査していないが、将来の日本の進むべき道を問う根本問題であることは間違いない。

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金平氏に感謝
三宅一生氏の寄稿文を紹介してくださり有難うございます。どの分野であれ、一流の人というのは人の心に染入る言葉を発せられるのですね。
 オバマ大統領が核兵器のない世界を目指そうとすることには共感します。ただ、暗殺されないか心配します。
 日本がとるべき態度は、淡々と原爆被害の現実を世界に伝えることだと思います。米国を悪者にするのではなく、核兵器保有国を非難するのでもなく、事実のみを伝えるのがいいと思います。
 米軍が極東でのプレゼンスを保っている限り、日本が核武装する可能性はないでしょうね。問題は、米国経済が今後完全に破綻し、極東から軍事力を撤収した場合です。小沢氏がいうように、日本としてどのように自力で自国の平和を守るのか真剣に考えるときが来ています。米国がいつまでも極東にいると考えない方がいいでしょう。日本は戦後国防を米国に依存してきましたから、急に米国の力がなくなるとヒステリー状態になり、本当に核武装論が、空論ではなく現実化される恐れがあります。
 中国大陸からの脅威(中国やロシア)との協調路線か英米との協調路線か。明治政府が苦慮した問題は日本の地政学的宿命です。選挙終了後、本格的な議論が起こることを期待します。

日本人が核兵器に対する「脅威」が、「原曝症に因る」事から
「やられたらどうするんだ」と言う「報復」に変わっている様な印象です。田母神俊雄氏が「ウケている」様に見えるのも、この為なのかも知れません。

彼が今月の6日、「当にその日」に講演を行なうそうですが、場合によっては、30日に行う「総選挙の焦点」に成るでしょう。

中国新聞に載っていた一連の記事です。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200906300242.html
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200907010266.html
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200907230019.html
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200907110047.html

 「言論の自由」が名目の1つに成っていますが、ここまで「配慮が無い」のも何なのか、と思います。


麻生首相が以下の発言をしたり、
以下のURL参照;
http://www.asahi.com/special/08001/TKY200907300475.html
 鳩山由紀夫氏も「非核三原則」について以下の発言をしています。
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090715/stt0907152134015

鳩山氏も麻生氏と同様、「場当たり的に余計な事を喋る」癖がありその度に、「真意が伝わらなかった」と「発言をする時」の工夫を全くしていない事を何故か、棚に上げています。

もしかしたら、「田母神氏の挑発」に対する「立候補者の見識」で、「総選挙の風向き」が変わるかも知れません。

最も田母神氏の「いつもの見識」を「あの日」に披露し、「立候補者」が右往左往すれば世界の笑い者に成ります。

田母神氏が「あの知識・見識」で、航空幕僚長に就いていた事自体、「変だな」とは思いますが、
2007年3月に就いていた事を考えると、安倍晋三氏に「引き立てられていた」と、勘繰ってしまいます。

何故、安倍氏に71%の支持率が在ったのか、疑問です。「彼の見識・言動」をよく調べれば、「この人、何か変だ」と思う筈ですが・・・。

昨日、興味深い社説を見付けました。

以下のURL参照;
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2009080202000087.html

最近、日本の外務省が米国議会筋(多分共和党の右派)に対しオバマの「核廃絶」に反対するロビー活動を展開していることが報じられていました。

オバマの「核廃絶」政策は当面、米国とロシアの核兵器を削減することですが、そうなると日本を守る米国の核兵器が減少し、必然的に中国や北朝鮮の核の脅威が増大
することを外務省は恐れているのでしょう。

どうやらオバマの「核廃絶」政策は米国の核抑止力に依存してきた日本の外交、安保政策に大きな影響を及ぼすことになりそうです。

しかし「核廃絶」という世界の流れを日本が変えることは不可能に近いでしょう。最近オバマ政権は「核廃絶」だけではなく、中国との関係も強化しておりオバマは
米中関係を「世界で最も重要な2国間関係」と演説しています。

これらの現象は日米同盟を外交の柱にしてきた日本外交の行き詰まりを象徴しているように思えます。こうなれば早く政権交代し日本の自主外交重視をうたった小沢前代表の「日米中の2等辺3角形」論の実行を早急に進めて欲しいものです。

また外務省が心配するオバマの「核廃絶」による日本の安全保障については、やはり小沢前代表が主張していた「国連待機軍構想」が最も適切ではないかと感じています。

いずれにしろ国際情勢が流動化する今日、日本の安全保障について「核武装論」といった単純な発想ではなく、どのようにして「したたかな外交・安全保障戦略」を進めていくかを検討する大事な時期に差し掛かっているのかもしれません。

核兵器で人間が滅びるのは勝手だ。しかし、核兵器の攻撃対象は人間に留まらない。戦争とは無縁の犬、猫、鳥、魚、虫、草木も攻撃し、さらには土、水、空気までも汚染するのだ。
こんなエゴが許されるだろうか。母なる地球へのレイプに等しい、最低最悪の行為ではないか。こんな下劣なものを兵器として保有することを容認する国の品性を疑う。

オバマさんに、ぜひとも、広島に来てほしいですね。

核兵器をなくそうという想像力さえ持ちえない、さらには「核兵器を持ちたい」「そもそも密約などない」と言い出す人々。
本当に困った人たちです。

これに関係することですが、オバマ大統領の科学特別顧問のジョン・ホールドレンに近い学者であるグレゴリー・カラキーさんが次のようなメッセージを日本に対し、送っています。

「米国は外交政策の基本として『核態勢見直し(NPR)』に入っており、重要な局面を迎えている。米国は9月から10月に新しい核政策を決定しようとしているが、米政府部内、国務省、国防総省、国家安全保障会議のメンバー、特にアジア専門家の間に、オバマ氏の構想に反対の人たちがいる。その理由は、
日本政府の『懸念』で、日本の外務省、防衛省など安保外交政策を担当する官僚が、『米政府は核政策を転換しないように』と訴えている。人類史上初めて核兵器の攻撃を受けた国の政府が核政策の転換に反対するのは皮肉であり悲劇だ。日本国民はオバマ氏の核廃絶ビジョンを支持する声を上げて欲しい」と。
上記は以下メッセージビデオより。youtubeにアップされています。
http://www.youtube.com/watch?v=itFI87hixy0

驚くべきことに、日本の外務省、防衛省など安保外交政策を担当する官僚がオバマの核廃絶に反対しているそうです。

将来の日本の進むべき道を問う、この根本問題に対し、われわれ国民が真剣に考えるべきときなのでしょう。選挙終了後、しっかりと議論されるべきなのでしょう。

ここ1ヶ月以上 THE JOURNAL にゆっくりアクセスする時間がなく、今日は1日かかって読み損なった記事に目を通し、やっと私自身の時間軸を修正出来たとホッとしたのも束の間、今度は金平さんの記事が UP されていて、しかも興味深いオバマ氏の学生時代の記事付きで!
拡大しても読みづらい「Breaking The War Mentality」の小さい文字を時間をかけて必死で読んだのに・・・  金平さ〜〜ん、酷いじゃないですか〜〜〜
肝心の本題に入る前のプロローグのみのページだけなので、欲求不満状態。是非続きも読みたいなぁ・・・。

アメリカに対してどうしても懐疑心が抜けない私は、以前、オバマ氏の核廃絶の意識下には、保持するだけでも多額の予算を要する抑止だけの為の核兵器なんぞはヤメにして、代わりに武器輸出で儲けようという魂胆があるのではないか??という懸念を投稿をした事があります。オバマ氏がマケイン氏に勝った時には涙を流して感激し、アメリカの大統領選をとても羨ましく思ったのは事実ですが、それでもまだアメリカという国のエゴには全面的な信用がおけませんでした。ブッシュ・シンドロームかもしれませんね。
でも、この学生時代からのオバマ氏の信念を知って、今夜は素直に嬉しいです。以前の投稿を削除して、オバマ氏に謝りたいぐらいです。
日本では今、本屋さんに行くと田母神氏の本がウンザリするほど平積みされていて、かなり売れている様子、この先進国である筈の日本が、北朝鮮並みに時代を逆行している様な信じられない光景です。

毎年のように行っていたスミソニアン(叔母がメリーランドに居るので)にある年“エノラ・ゲイ”が突然展示されていました。殆ど何の説明もなく・・・。この展示にはかなり激しい様々な論争があった事を後で知ったのですが、オバマ氏が就任中にスミソニアンの近くにあるホロコースト記念博物館の様な、原爆博物館が出来るといいなと心から願っています。

明後日(あ、もう明日ですね)また8月5日がやってきます。
晩年はすっかりサロンジャーナリストの様になっちゃった筑紫さんに不満いっぱいでしたが、ヒロシマと聞くと筑紫さんを思い出します。今とても筑紫さんが懐かしい。“報道の TBS”という言葉も筑紫さんなき今では死語になってしまいました。
筑紫さんは一体どういう理由で後藤謙次氏の様な人物を後見人として選んだのでしょうか?
金平さん、いつまで NY にいらっしゃるのですか?
早く日本に戻られて、この体たらくなメディアをなんとかしてください。

 冷戦が終結した現在、「核」の意味は大きく変貌しています。当然「非核三原則」も見直されるべきなのに、一向にその議論がタブー視されている日本の国情の方が問題なのです。かつての「全面核戦争の危機」が遠のいた代わりに、「核拡散」の方がシリアルな話で、隣の北朝鮮すら核保有国となった今、「三原則」はどうなのでしょうか。

 そもそもが「核軍縮」「核廃絶」は世界の趨勢であるにもかかわらず、パキスタンやインドまでが保有国となり、イランでさえも必至に核開発を続けているのが実情です。それだけ「核技術」が拡散した今となっては、「核」の意味は、昔と大きく様変わりしたとみるべきでしょう。ソ連崩壊時に、幾多の小型核弾頭が行方不明になったままともいわれており、そういう小型核弾頭がサンプル品として各国に販売されている可能性があります。(彈頭を入手しても起爆装置のパスワードは解読できていないようです)

 「核廃絶」までの間に世界人類が「核」で最も留意すべきことは「三原則」などではなく、現存する核弾頭の「管理。保管」こそが最重要課題なのです。
 わが国ではタブー視される「核」ですが、「持ち込み問題」以外であれば、我々国民の総意で「核への拒絶」は可能でしょう。その上で、外交戦略上、日本の技術力が、たとえ核保有をしなくても十分、既存保有国への暗黙の「抑止力」になっていることは確かなのです。だから中国は日本には「三原則」を守らせつつ、自分達はせっせと核配備に余念がない、安心していられるのです。

 「管理・保管」に関しては、その国の統治が大きく崩壊しないかぎり、どうにかなるのでしょうが、パキスタンのような国がもし崩壊したときには、人類は未曾有の「核危機」に晒されることになるでしょう。

日本インターネット新聞JANJANにとんでもない記事を見つけました。

「オバマ核廃絶に反対する日本の官僚」http://www.news.janjan.jp/world/0908/0907318027/1.phpです。
なんと、オバマの核廃絶宣言に、外務省と国防省の官僚が反対する発言をしたというのです。
来日した米国のシンクタンク「憂慮する科学者同盟」の担当者が発言したもので、ユー・チューブの録画でも確認出ますので、疑う余地はなさそうです。

これは、外務省・防衛省の官僚がまさしく国益よりも省益を重視した結果なのでしょうか?
世界唯一の核被害国たるわが国が、オバマに先んじて核廃絶を世界に訴えるべきなのに、これまでだんまりを決め込んできたわが国の外交歴史への更なる恥の上塗りが、かかる亡国官僚の言動であるとするならば、近く行われる長崎・広島の原爆式典は、どのような思いで受け止められるでしょうか?
しかも、この広島の式典においては、あの前空幕僚長田母神氏が核武装を示唆する公演を行うというのですから、いったいわが国はどうなっているのでしょうか?

核兵器廃絶にかかわる多種多様な人達について

広島市の秋葉忠利市長、実は市長に注目しています。
市長がかつて「CNNデイウォッチ」のキャスターをしておられた時、米国留学中に外国人ながら米民主党で活動していられた、という事を告白されて以来、注目してきました。確か、1984年の特か1988年か忘れたのですけど、米民主党の大統領候補に個人献金もした、とも言われていました。
だから、秋葉市長の米民主党パイプは太いのではないか、と思うのです。
そして、市長の海外への発信能力、これも大変素晴らしいと感じています。ネイティブ並みの英語能力で、断続的に原爆の惨状を発信し続けている、こういう事は歴代の広島市長はやって来なかったのではないか、と思われるのです。
秋葉市長の奮闘に期待しています。
次に、去年ノーベル賞を受賞された益川敏英さんです。益川さん、九条の会にも入っておられ、これは大変な勇気のある方だと思いました。
しかし、この九条の会に入っていることがわかるやいなや、ネットを中心にして今に至るまで、大変な攻撃にあっています。ノーベル賞の受賞した人は「右よりの考え方を持っていなくてはいけない」とネットウヨは大変な攻撃をしています。
でも科学者、特に物理学者としては当然だと思います。
思えば、かつてラッセル・アインシュタイン宣言では日本の湯川秀樹さんを含めた9人の科学者が署名をしました。
それに、この宣言に同意した科学者達が中心になってパグウォッシュ会議も創設されました。
科学者達の核兵器廃絶への意思は強いと思います。科学的な事実を知っているからこそ、核兵器の恐ろしさを文科系出身の政治家よりも、強硬に主張できるのだと思います。
今、日本で核兵器廃絶を世界に向けて堂々と発信できる資格のある
のは、この秋葉忠利広島市長とノーベル賞受賞者の益川英敏さんだと確信しているのです。

日本が唯一の被爆国として、「核廃絶・世界平和」を根本とした外交を行うのが当たり前のことなのに、如何にも空虚なる「非核三原則」を語って来た。私に言わせれば、まるで他人事のアリバイ的文言に他ならないものだ。佐藤栄作が沖縄の本土復帰に際して「核抜き本土並み」「非核三原則の堅持」を言う口の裏で舌を出していた事が明らかになりつつある。言わずと知れた是までの政権与党が、欺瞞と恥知らずの上に国民を騙し続けて来たか。彼らは国民の事などまるで考えていないのである。他人事以外の何物でも無い。極端な言い方をすれば、唯米国の属国としての利用価値を高めてきたにすぎない。天皇の名の下に「神の国」として虚偽の自国の偉大さを演出し、その元に国民の命を踏みつけた。一部の妄想と虚栄心のために犠牲にされたのではなかったのか。戦後からこれまではどうだったのか。特に自民党の衰退が感じさせる国のリーダーとしての器の違いである。世界が変革している中で、相も変わらず国民を騙し、既得権益が維持できると言う妄想から抜け出せない亡者の輩をみることである。全てが変わろうと言う今日。アメリカ合衆国大統領が「核廃絶」「唯一の原爆使用国としての道義的責任」を発言する時代。国のリーダーの資質としてふと、ジョン・F・ケネディを思い出す。彼は大戦中魚雷艇の艦長であった。日本の駆逐艦と衝突して沈没した時、日本兵も含めて救出した。後に大統領に成った時、当時の日本兵からお祝いのメッセージを受け取ったそうです。比べるのも情けなや、日本国政府。小沢一郎が「国連決議にもとづいて」「第7艦隊だけで」の発言を深意の分からない輩の批判は問題外で、私が思うところは、国連が力を持ち得る事の重要性を語っている。過去の国際連盟、今日の国際連合にしても大国、常任理事国の拒否権が機能を左右する事実。冷戦下でのアメリカとソ連の思惑。今日の北朝鮮を巡る中国の思惑。拒否権を持つ国の損得が全てなのである。「第7艦隊」発言は、軍縮と属国からの脱却である。日本の独立国としての本当の姿は、米国の「核の傘」から軍事力を増強しての自立ではない。日本は唯一の被爆国として、「核廃絶・世界平和」が外交の根本でなくてはならない。憲法第9条は世界に誇れる憲法である。そんな国の足元も見れぬ、盲想から抜け出せず、常に国民の犠牲にあぐらをかきつづける政権には、国民の手で今こそ引導を渡さなくては成らない時代がやっと来た事を喜ばなくてはと思う。

「科学者の良心」といえば聞こえはいいのですが、原爆を開発したのも協力したのも「科学者」でその原理論はアインシュタインであり、理科研時代に湯川氏も日本の核開発に従事していたのです。今回の「核拡散」の元凶となったのも、パキスタンの科学者「カーン博士」でした。結局「ラッセル・アインシュタイン宣言」などあっても科学者の力は非力であり、逆にカーン博士のように「金」で魂を売るような科学者の登場を防ぐことは不可能なのです。そのためには「科学者の魂」論を、科学者たるものが意識し、実践する以外にないのです。
 元を正せば、すべての軍事兵器は「科学(者)の産物」です。その意味で科学者の良心を唱えた「ラッセル・アインシュタイン宣言」をどのように「科学論」「技術論」として提唱していくかが問われるのですが「日本科学技術会議」ではその種の議論さえタブー視されてしまうのです。
 
 私の恩師も、米国からの核物理会議への招請には、終生参加することを拒否していました。「原爆を落とした米国を科学者としてクリスチャンとして許すことはできない」と。
おそらく「核廃絶」の方向性が不変となった今、人類史上で唯一の被爆国が日本で、その唯一の加害者が米国であるという事実は、未来永劫に記録として刻まれていくことでしょう。

二度と核を使わせないために、日本のできることは大きいのですが、いろいろなボケやアホな連中が油断をするとろくでもないことを言い出し、世界の笑いものにされかねません。オバマや国連議長が「核廃絶」と唱えるているのに、日本のボケが「核武装」なんて言い出したら、どうなるんでしょうかね。どうせなら、物議をかもす意味でいいたいのなら言わせてやればいいと思います。ついでにこれを踏絵にして全政治家に「良心」を問いただしたい。

先ほどの意見に補足です。
「核兵器廃絶」と「世界から戦争をなくそう」という議論とは分けて考えるべきです。有史以来戦争は繰り返され、今後も繰り返されるでしょう。その善悪を論じたところで各国の立場が異なるので平行線になるのは見えています。日本も明治以降アジアで戦争をしてきました(歴史を遡れば明治以前にも少なくとも2回は朝鮮半島に出兵しています)。侵略か自衛のための戦争かについてはまたいろんな議論・考え方があるでしょう。 
 しかし、核兵器だけは使用してはいけない。このことについては日本は世界に宣言できる唯一の国です。そのためには、そのメッセージに政治性が含まれていてはいけない。政治性が少しでも感じ取られたら上述の反戦議論と混同されます。政治性が少しでも含まれていたら「核兵器廃絶」が「人類の生存」という大義から「政治・戦略問題」に矮小化されてしまいます。純粋に核兵器を使用したらどうなるかという事実を世界に発信すべきです。世界中の人にヒロシマ・ナガサキの事実だけを伝えましょう。そのことのみが核兵器という怪物を世界から消す唯一の方法と考えます。

「北朝鮮に対抗して日本も核武装が必要か?」

米国が核廃絶に向けて動き出す中、日本では保守系右派を中心に北朝鮮や中国の核に対抗するためにも日本も核武装すべきという論議が高まりそうだ。

それを防ぐために、外務省は米国の核廃絶に反対をしているが核廃絶を期待する日本国民に対する説得力は薄い。またオバマが大統領であるうちは米国の政策を変更させるのは難しいだろう。

核廃絶に向けた努力はもちろん重要だが、もし将来、米国の核の傘や軍事力が当てにならなくなった時に、北朝鮮などのヤクザ国家の核攻撃にどう対処するのかという問題は残る。

ここはやはり小沢前代表がかねてより主張している国連憲章第7章(平和にたいする脅威や平和の破壊、侵略にたいして、非軍事的な措置では不十分なことが明らかになった場合には軍事的措置をとることができると規定)の発動を実効性のあるものにする外交努力が必要です。

日米同盟に固執する保守系右派は「安保理でロシア、中国が反対したら何も出来ないではないか」と反論しますが、それこそ外交努力でロシアや中国を説得したり、安保理の改革を推進したりすることが必要でしょう。

しかし今の自民党政権ではこれは不可能に近いかもしれません。また民主党でも小沢氏が政権内で実権を掌握しなければこれも難しいでしょう。

小沢氏が主張する「国連改革も含めた世界平和の仕組み」が出来るのか、右派の主張する「核武装化」へ走るか、今度の政権交代はそれを問われているかもしれません。

金平さんのお仕事、とても期待して拝見しています。
オバマの核廃絶について非常に高い評価の声が広く湧き起こっているのは大変心強い限りですが、小生はそれほど喜んで良いのか躊躇しています。
なるほど学生時代から「筋金入り」の核廃絶論者だったのでしょう。「核兵器を実際に使用した」国としての「道義的責任」を感じているのも疑いません。
北米内外を問わず、常に侵略国家としてしか世界史に登場しないアメリカといえど最終的にはオバマのような個人の強靱な意志が集まって政治を動かして欲しいし、そうなることを期待せずにはいられません。
でも、彼は今や理想に燃えた学生ではなく、アメリカ大統領としてプラハで演説したのです。善悪の価値をおいて米国の核戦略が世界に発信したのです。
その戦略は日本人が「核廃絶」に込めた思いと共通性があるのか否か、オバマのいう「廃絶」と「唯一の被爆国」日本で自動的に共有される「核廃絶」に込められたイメージとコミュニケーションは成立しているのか、小生には大いに疑問です。
プラハで彼は同時に同盟国に核の傘を約束しました。米国の核優位が揺るがぬことを宣言したわけです。彼の掲げた目標項目全てに触れるわけにはいきませんがCTBTの批准が重点であることは間違いありません。CTBTが未臨界核実験を対象外とし、有効な未臨界核実験はデーターを蓄積済みの米国とそれ以外の国では意味をなさないほどの格差があることは広く知られた事実です。CTBTの強力な反対論者だったキッシンジャーが突如として「核廃絶」論者に変身した背景にはCTBTを通じて米国の核優位を固定する意図があることは疑いないように思います。オバマもキッシンジャーも揃って「核廃絶」を合唱しているように見えます。核廃絶のゴールには「多分、私(オバマ)の生きている間には無理だろう」という時間のうちにアメリカの核優位を決定してしまおうというのがプラハ宣言なのではないか。
むろん人間の善意を信じるし、その無力を嗤うどころか人間の意思以外に困難を切り開く術はないと考えているが、その小生にしても余りにナイーブな議論に聞こえるのが気がかりです。

オバマ大統領の語る言葉や政策はどこまで裏で仕組まれたものなのだろうと思っていました。たぶん陰謀論説だと思うのですが、ビルダーバーグ会議なるものでクリントンでなくオバマに決まったというのを見てしまい、それがずっと引っかかってまして...でも、無名時代からしっかりとした思いがあったのですね。出来れば全文が読んでみたいです。
本当に核兵器が、戦争が、奪い合いや騙し合いが世界から無くなる日が来るのでしょうか。甘いかもしれませんが、私は来ると思っています。そうすることがこの地球に住む人間の使命なのではないかとすら思ってます。
最近になってようやく世界がどういうものかどういう仕組みで動いてるかなんとなく少しずつわかってきましたので、情緒的な夢を見ているだけではダメだとも思い、日本の安全保障や外交について考えたりしています。ここの所急に政府は、安保問題をクローズアップさせてますが、果たして今現在の世界や東アジアで起きていることを正確に判断出来ているのかどうか疑問に思います。何もわかってないくせにこんなことを言うのもなんですが。いずれにしても、核廃絶、戦争などのない地球にするために、知恵をつけて何かしらの行動をしていきたいと思ってます。何か行動を起こす度に「これは平和的か?平和的じゃないか?」と意識してみたり...小さなことからでもやっていきたい。場違いながらJOUNALサイトで時々コメントさせていただくのもそんな一環だったりと思ってます。

長くなってすみません。
前の記事でマイケルについて書かれていますが、マイケルがあれほど世界的に熱狂的に受け入れられたのは、やはり整形と肌が白くなったからというのもあるのではないでしょうか?それにより、白人比率が高い国でもあれほどの人気が出た様に思います。そして、晩年のマイケルが残したメッセージ(曲や映像で)が素晴らしく、それも人種を超えてもっと広がればよいと思います。被爆国でありアメリカの植民地の様でもあるからかもしれませんが、ずっと戦争をせずに来た黒と白の中間色の人が多い日本人が出来る役割は大きいかもしれないなどと思っています。
マイケルの"Earth song"や"Heal the World" は本当に感動的な作品だと思います。亡くなってから知ったのですが、スリラー等の才能だけでなく、マイケルの思いが分かり、見方が変わりました。

長々乱文で失礼しました。

よい記事をありがとうございました。

核兵器は「最終兵器」と云われることに最大の価値があるのだと思います。
そして、広範囲で即効性ある破壊能力に有用性があるのではないでしょうか。
「それを使っちゃお終いよ!」的なことでいうと、細菌兵器などもありますが、はて、それらによって死にゆく者らに、どういう差があるのでしょうか?。あの世で「おまえは、流れ弾で死んだのか?、おれは、原爆だぞ!」などと会話するのでしょうか?。
私は、武器というものを、抗生物質に例えて考えたりします。
この場合、暴力=病気です。人類の進化が進むにつれ、新しい病気(暴力)が発生すれば、新薬(兵器)が開発させるわけで、それは、検証を重ねてから、人々に対して使用されるわけです(武器の使用決定に至る過程については、ご想像にお任せします)。
さらに、重傷者に対しては、副作用を前提に用いられたりもしますよね。

さて、ここに投稿される方で、核兵器以上の新たな最終兵器を想像されるような方はいないのでしょうか?。どういうことかというと「ミサイルまではいいけど、核はダメ」などという意見があるからです。
人類にとっての最終兵器とは、どういうものなのでしょうか?。私自身の、その究極は、地球爆破装置(自殺装置)などといったところまでなのですが…。少なくとも、現在の科学技術が、過去のサイエンスフィクションで語られていたという意味では「最終兵器」というのを、皆が想像するのも、真実を知るには無意味ではないことだと思います。

それで、「抑止力」についてですが、私は、こう考えます。

オバマ氏の声明に「唯一の」とあるのですが、これは、そのまま、米国国家としての、日本に対する、世界世論を利用した高度なディフェンスだと思ってます(なにしろ、これほど、お金をかけずに日本を動かす方法は無いし、現に日本は、それによって、多くの犠牲を払わされてきたと思ってます)。

しかし、金平氏のレポートを読み、オバマ氏個人の意思も反映されていると想定するならば、それは、「唯一の」イコール「使えない兵器」と、暗に示唆することを目的にしているのではないか?と、オバマ氏の平和志向を肯定する上では思うものでもあります。それは、こういうことです。

現実として、世界初の原爆投下は、その後、64年経っても、一度も使用されたことがないということです。
どうしてでしょうか?。
国民総自決などで洗脳された、恐るべき民族を、僅か数日で降伏せしえた兵器なのですから、有効性は絶大だと思うのですが…。

一度に、広範囲に壊滅出来るというのは、命しかない庶民には、それ以上はありませんが、実は、富める者らには、その後の不都合も生じる訳で…。

冷戦時代など、確かに、核兵器のシステム運用とその使用に対する理論武装の時代には「核」対「核」の抑止力もあったと思いますが、いまや、抑止力への認識は変えなければならないわけです。

無差別爆撃が実行できる論理は、その時の政権を支持した国民が、その国の最終責任者だということですよね。

しかし、それも過去のことで、情報通信インフラが、それを阻止しようとしています。
それは、世界世論という時代が到来したということであり、Googleが、何故、地球地図を提供しているのでしょうか?ということに予見することができます。

オバマ氏の声明は、旧来型既得権益者のへの配慮と、それに因らないジェネレーションの意思を反映させたものではないでしょうか?。

私は、昔から、生活の場で米兵と接する毎日なのですが、昔は、彼らの後に「国=軍事力」というものを感じましたが、今、この米兵に感じるのは「雇用や契約」といったもので、かろうじて、愛国心なるものが、他国の地において、占領的優位に立たせている自己矛盾を解決させているのではないかと思うほどです。

軍事力(暴力)に因る世界支配は、近い将来に、大きく変革するのではないでしょうか?。

我が国のことのみではなく、例えば、同じ島国のイギリスに原爆投下があった場合、いまの日本と同じように、非核三原則なるものを、イギリスが行えたのか?。
などと、考えることも大事でしょう。
64年も経ってしまうと、白けた話かもしれませんが…。

CTBTなど核の世界戦略に関しては、日本は蚊帳の外です。政府がいかにだらしなくふがいなくとも、日本国民としては核の否定、「核廃絶」の声をあげることはできます。そうした国民の声を代弁する政治家が果たして次期政権の中から生まれるのか否か、なんともいえません。そういう国際政治への発言権を持ち、世界戦略を語れる日本の政治家の登場を期待するのですが、しばらくは指をくわえて待ちます。

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Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。

BookMarks

-----<著書>-----

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『報道局長業務外日誌』
2009年6月、青林工藝舎


『米原万里を語る』
2009年5月、かもがわ出版、共著


『テレビニュースは終わらない』
2007年7月、集英社

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『ホワイトハウスから徒歩5分』
2007年6月、リトル・モア


慶應義塾大学出版会、部分執筆


『ジャーナリズムの条件4』
2005年5月、岩波書店、部分執筆


『従軍のポリティクス』
2004年7月、青弓社、部分執筆


『二十三時的』
2002年11月、スイッチパブリッシング

『電視的』
1997年12月、太田出版

『ロシアより愛をこめて』
1995年3月、筑摩書房

『世紀末モスクワを行く』
1994年12月、パルコ出版

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