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2009年6月27日

マイケル・ジャクソンの急死

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 「King of Pop」(ポップの帝王)と言われたマイケル・ジャクソンが急死した。まだ50歳だった。テレビもラジオも、ニューヨークでは25日の夕方以降は、ほとんどこのニュースで埋め尽くされた感がある。自宅に届いたニューヨークタイムズももちろん1面トップでこのニュースを報じている。アメリカのポップカルチュアにおいては、それだけ巨大な存在だったのだろう。その報じられ方も、生前の功績を称える一方で、私生活面では多くの問題を抱えて苦しんでいたことがきちんと伝えられている。ジャクソン・ファイブ時代から、彼の歌を聴いてきたことを考えると、ああ、走り続けていた人がまた一人逝ったのだな、という感慨にとらわれたことも確かだ。

 「スリラー」以降の彼の行動で、やはり考えさせられのは、あの「自己破壊」に近い度重なる整形手術のことだろう。一種の強迫観念さえ感じられるその「整形」への意志は、髪を直毛にすること、肌の色を限りなく白くすること、鼻の形をまるでアニメの主人公のように尖らせること、要するに、黒人としての容貌を一切否定することだった。アメリカにおいては、音楽とスポーツの世界では、黒人が力を発揮すれば、社会的な成功がその実力通りに得られる、という神話があった。今もある。けれども時代は変わったように思う。オバマが大統領になったアメリカだ。直毛であることや、ブロンドであること、透き通るような肌の白さ、大きな二重まぶたの眼、整った真っ白な歯。そういう美の価値基準がもはや変わりつつあるのだ。かなり以前に、確かアメリカのABCでだったと思うのだが、「アジア人特有の容貌がアメリカ社会では有利ではない」と言う理由で、整形手術を受けた在米日本人を追ったミニ・ドキュメンタリーをみたことがある。とても複雑な思いを抱いたが、マイケル・ジャクソンの晩年のことを考えると、どうしてもこのことが浮かんでしまう。
 
 ただ、彼の音楽、ダンス、MTVのビデオ・クリップは魅力的だった。「スリラー」なんかは今見ても結構面白い。エネルギー。パワーへの信仰。

 テヘランの街中で体を張って抗議行動に押し寄せた人波とみまごうばかりの人波が、マイケル・ジャクソンの急死を悼むためにロスの病院前に集まっている映像が流れている。やっぱり一番好きなのは「I’ll be There」かな。

I'll Be There
http://www.youtube.com/watch?v=XMUmgImUj8I&feature=related

Beat It(日本語字幕)
http://www.youtube.com/watch?v=_87VTSrJS4U

Thriller
http://www.youtube.com/watch?v=cIqj0xD7VCY&feature=related

Bad
http://www.youtube.com/watch?v=ACPsfcsg4ZE

Another Part Of Me
http://www.youtube.com/watch?v=T_Pow-Kvc34&feature=related

Black Or White
http://www.youtube.com/watch?v=ZI9OYMRwN1Q&feature=related

We Are The World
http://www.youtube.com/watch?v=WmxT21uFRwM

2009年6月23日

テヘランの天安門

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被弾したイランの若き女性Nedaの周りに集まる人々

 今、イランで進行中のことがらは、1979年のいわゆる「イラン革命」に匹敵するか、もしくはそれ以上の衝撃を世界に与え得る劇的な事態だろう。すぐさま現在のアハマディネジャド政権が崩壊に至るというストーリーにはならないにしても、現政権に対する不満がここまでイラン市民によって公然と意志表示された意味合いは途轍もなく大きい。つまり、今起きている事態は、より壮大な帰結に向けてのプレリュードとみてよいのではないか。日本の新聞やテレビの扱いがどのようなものなのか知らないが(どうせガイコクのことだろ! という反応になっていないように祈るが)、少なくとも、アメリカのテレビや新聞は、連日、かなりのエネルギーを割いてトップ級でこのイラン危機を報じ続けている。特に、こちらの主流メディアの多くは、今回の民衆による街頭直接行動が、新しい情報ツール、つまり、携帯電話の「トゥイッター(Twitter)」(140字程度の簡易メッセージ伝達システム。Tweet=鳥のさえずり、から派生した新語)や、携帯電話のカメラ、YouTubeなどによって、実に見事に組織され、さらに世界に発信されることで、情報統制の壁が次々に市民たちによっていわばゲリラ的に打破されていることを、非常に肯定的に評価している。いくつかのメディアでは「Twitter Revolution」などという言葉が登場している。

 多くの国内メディアが政権の御用機関に成り下がって、真実が伝えられない中で、海外メディアの記者・カメラマンたちも次々に退去させられ、現実に起きていることを報じているのが、いわばイラン国内の「市民ジャーナリスト」に依拠するという事態は、確かに一種の「情報革命」という側面がある。画像の質が粗いにもかかわらず、現地で危険を顧みずに市民たちによって撮影された映像・情報は圧倒的な迫真力をともなっている。アメリカの主流メディアのキャスター、記者たちは、現地から発信されてきたこれらの映像、情報を前にして、ただただ視聴者と同じ目線で、それらをフォローアップする立場でしかあり得ない。街頭デモに参加して、治安部隊に狙撃されて死亡したイランの若き女性、Nedaが路上で死んでいく映像の生々しさを前にして、既成メディアのジャーナリストたちは言葉を失うばかりだった。(ちなみに、CNNなどは、その映像を警告つきで何度も放映していたが、映像はきわめてショッキングな内容なので、十分に熟慮した上でこの映像にアクセスするかどうかを自己判断していただきたい。Neda とYouTube というキーワードで検索可能。)
 
 さすがに、このような事態を前にして、ニューヨークタイムズ紙の面目躍如たる所以は、大取材陣を現地に投入して、精力的な取材を展開しているので、実に読み応えのある記事が連日発信されていることである。こうしたなかで、かつて、東京支局長だったこともあるニコラス・クリストフのイラン危機に関するコラムは実に示唆に富んでいた(6月18日付け)。クリストフによれば、この事態は21世紀の紛争の神髄を最も表しており、政府軍による銃弾(Bullet)に対して、若者たちはTweets=さえずり、によってこれに対抗した、というのである。これを可能にしたコンピュータ・エンジニアたちは、中国の情報統制に対抗した在米の「法輪功」活動家たちだったという事実まで紹介されている。21世紀の「ベルリンの壁」は、今や情報を隔離する「サイバー空間における壁=ウォール」であり、それをいかに破壊するかが、我々の喫緊の課題なのだとクリストフは説く。僕はこれまで「市民ジャーナリスト」を無条件に称揚する意見にはどちらかというと懐疑的な人間だったが、今、現下に起こっている事態について言えば、彼らのパワーがなかったならば、世界にはイランで起きている多くのことがらが伝えられなかったのではないか、という思いに捉えられている。
 
 ちょうど20年前に北京の天安門事件があった際に、単身、進軍してきた戦車を止めたたった一人の市民がいた。その映像がどのようにして撮影され、海外に持ち出され、人々の目に触れることになったのかを描いたドキュメンタリー・フィルムが先日、PBS(米公共テレビ)で再放送されていた。その映像は今でも多くの人々の脳裏に焼き付いている。自由をもとめる人間の勇気ある姿がその後の人々の生き方をどれだけ変えてきたことだろうか。あの時代に比べて、今という時代は、何が起きたのかを人々が共有する手段が画期的に増大した。この変化は不可逆的であり、誰もそれを止めることはできない。イランにおいても、北朝鮮においても、ミャンマーにおいても、ロシアにおいても、ペルーにおいても、グルジアにおいても、チェチェンにおいても、チベットにおいても、パレスチナにおいても。じゃあ、日本はどうなんだ?
 
 イランから送られてきた市民ジャーナリストによる映像で、治安部隊が催涙ガスを使うので、多くの市民たちが涙を流しながら、何人かのデモ参加者たちがマスクをして必死に口元を押さえていた。テヘランでマスクをしているこれらの人々と、日本という国で(全く別の理由から)マスクをしているあれらの人々を併置したときの、この胃液が逆流するような感情を、僕らはどのような想像力をもってどのように表現すればよいのだろうか。

Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。

BookMarks

-----<著書>-----

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『報道局長業務外日誌』
2009年6月、青林工藝舎


『米原万里を語る』
2009年5月、かもがわ出版、共著


『テレビニュースは終わらない』
2007年7月、集英社

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『ホワイトハウスから徒歩5分』
2007年6月、リトル・モア


慶應義塾大学出版会、部分執筆


『ジャーナリズムの条件4』
2005年5月、岩波書店、部分執筆


『従軍のポリティクス』
2004年7月、青弓社、部分執筆


『二十三時的』
2002年11月、スイッチパブリッシング

『電視的』
1997年12月、太田出版

『ロシアより愛をこめて』
1995年3月、筑摩書房

『世紀末モスクワを行く』
1994年12月、パルコ出版

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