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アメリカ新時代の幕開け

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就任式当日は、寒さと空腹で屋台が大繁盛(20日)

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早朝から人が沸くように押し寄せた。(20日)

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とにかく、寒かったなあ。(20日)

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大画面にオバマが映るだけで大歓声が(20日)

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市民派パーティー。ジョーン・バエズが『イマジン』を歌った。(20日)

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同パーティーにはエイミー・グッドマンもいたよ。(20日)

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ホワイトハウス前にはグアンタナモ閉鎖を訴える人々が(22日)

(いずれも筆者撮影)

 今、この時点で何を言うべきなのか。「新しい責任の時代」という見出しが21日付の日本の新聞で踊っていたようだが、寒空の下、モールに集った200万分の1としてオバマの就任演説を聞いていた限りでは(寒かった!)、ちょっとニュアンスが違っていて、「再生・再建」(Remaking of America)とか「新時代」(New era)という言葉が頭の中に残った。美辞麗句を連ねることよりも、オバマはこの厳しい現実を直視する道を選んだかのような演説だったと思う。これまでのブッシュ政権時代の誤りや負の遺産を背負い込んでの出発なのだから、そのような姿勢は多くの共感を国民から得たことだろう。さまざまな解説・論評・解釈がこの就任式・就任演説について語られるだろうが、僕が、今回の就任式をみてつくづく思ったのは、オバマという人物をトップに選んだアメリカという国の強靭さと、同時に世界の主導国であり続けようという「決意」に対する両義的な、複雑な思いである。熱狂的な礼賛は、批判精神の衰退の産物であることは、クリントンの時代においても、ブッシュの時代においても、オバマの時代においても変わらない。以下、いくつか思い浮かんだ語彙に従って記す。

 事大主義。オバマの就任セレモニーは、大統領就任儀式というより、世界の最高権力者の「戴冠式」と言った方がふさわしい。国のトップの就任を祝うのに、これだけの富とエネルギーと趣向を費やす国はこの地球上には、あと中国があるくらいだろう。でも中国なら、規模は同程度でも国民の直接参加というような今回のようなスタイルはとれないだろう。この事大主義に対するアメリカ人の無自覚はやむを得ないにしても、世界一であるアメリカを世界一のまま維持しようという意志こそが、世界の諸紛争のみなもとになっている現実がある。言うまでもなく、アメリカだけが栄えればよいとの発想は、「帝国」の発想である。このことこそが、非アメリカ人によって指摘されなければならない。中東地域への変わらぬコミットメントの早々とした表明は、このアメリカの意志と無関係ではないだろう。イラク戦争という「まちがった戦争」によって、逆説的にアメリカは中東に深くコミットする足場を確保してしまったという歴史の皮肉を考えないわけにはいかない。イランに向かう姿勢に、前の政権からの変化が本当に現れるのかどうか。

 混合主義。オバマが就任演説のなかで、いみじくも言っていたように、アメリカの強靭さ・利点は、「パッチワークの伝統」(our patchwork heritage)にある。ここがたとえばイスラエルといった国の建国の理念とは異なるところだったはずだ。ところが、その混合主義の利点が過去に大きく後退した。それを回復することがアメリカの新しい時代の幕開けにつながるとの本能が、初の黒人大統領選出という事態を生みだしたのかもしれない。人種というファクターは、大きく変わっていくだろう。自信を回復した黒人の台頭が大きく目に見えることになるだろう。今後、アメリカ社会において、非白人のマイノリティ間の激しい地位獲得の動きが強まるのではないか。アジア系のアメリカ人の位置づけがどのように変化していくのか。ヒスパニック系の人々はどうなのか。長いスパンで見なければならない。

 ニュー・カウンター・カルチュア。価値観の変化をとてもわかりやすく示すのは、文化という舞台で起きる現象だろう。オバマを押し上げたグラスルーツ(草の根)のちからは、新しい対抗文化を隆盛させたちからでもある。赤と青をどぎつく配したオバマのプロフィールのポスター(シェパード・フェアリーがデザインしたもの)は、新しい対抗文化のひとつのアイコンのように感じられる。ネガティブ・キャンペーンへの対抗手段として、YouTubeが誰にでも容易に使われるようになった。オバマ=イスラム教徒という子供じみたキャンペーンは、YouTube画像で容易に撃退された。オバマのメッセージは、旧来型のメディアを経由するほかに、インターネットを通じてショートカットで誰にでも容易に届けられる。この変化の奔流はもはや止めようがない。

 ニチベイカンケイ。僕は日本人なので、アメリカからみていて、日本がどのような舵取りで、この強大な国と向き合っていくのかに当然ながら関心が向かう。そして本当に大丈夫なのか、と不安に思う。敗戦から64年もの長い歳月が過ぎた。この間の日米関係を根底的に規定してきたフレームワークは、僕は日米安保条約ではないかと思っている。この条約の呪縛。おりしも2010年は、改定日米安保条約発効(60年安保)から50周年という節目の年を迎える。日米関係においては、日本が常にリアクティブ(受け身)というこれまでの外交姿勢からの変化が起きるのかどうか。

*   *   *   *   *

 まるでオバマの大統領就任にあわせたかのように、アメリカの伝説的な(まだ元気に存命だが)写真家ロバート・フランクの『The Americans』の展示がワシントンDCのナショナル・ギャラリーで始まった。「アメリカ人とは何者か?」を問うたフランクの視線が、現在に至るまで、そして新時代を迎えようとしている現在だからこそ、僕らのこころに突き刺さってくるようだ。この建国233年の国の何と若く、強靭なことよ。

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コメント (3)

写真が面白いのですが、これは動画でできないのすか? その方がもっと見たいです。

Inaugural, historic, inspiring, こんな絵を描いて期待していた人にとっては拍子抜けするような地味な演説。それでいいと思う。若い大統領と、もっと若いspeech writerは、数歩先にいて冷静だった。ブッシュ・バーガー・スピーチとは味わいが違う。ブッシュへの辛口スパイスも効いている。熱狂の200万人の何割がイラク戦争を支持していたかと思うとこわいけれど、それでも見事なほど国民は再生に賭けた。
CHEを見る。感想1.この世に格差があるのは当然だと公言して憚らない小泉元首相のような人と、この世は平等であるべきだという信念を持つ人と、どちらをリーダーとして頂くのか。さ迷える日本。国民の理念が問われる。感想2.オバマの語る希望のアメリカと、抑圧される側に映るアメリカのズレが永遠に平行線のようでは絶望的。アフガニスタン増兵に反対。感想3.デル・トロさんも頑張ったけれど、俳優より実物の方がハンサムというのも珍しい。

なかなか辛口のレポート、とても興味深く拝読いたしました。特に、カウンター・カルチャーという切り口はとても説得力があります。さすが、ピナ・バウシュ・ファンの金平さん!カウンター・カルチャーこそが、その社会の活力や豊かさ・自由さを支える基盤であることは、歴史が証明しています。それは文化や芸術・芸能に止まらず社会制度や政治、暮らし方全般に関わる「そうじゃないんじゃないですか?」とか「こんなんどうでっか?」という問いかけなのです。カウンター・カルチャーが衰退すると全体主義(挙国一致体制)が跋扈するということになっているのです。(コインの裏表で逆もまた真なりですが)
一つ、気になることを言わせて頂くと、就任セレモニーの「事大主義」という切り口です。言葉のニュアンスの問題かもしれませんが、今回に限らず新大統領の就任セレモニーというのはアメリカ人にとっては4年に一回の王様を選ぶお祭り騒ぎで、盛大にやりたいのでしょうし、そうしないと「UNITED STATES 」はもたないんじゃぁ?今回はちょっと人が集まり過ぎたけど、「世界一であるアメリカを世界一のまま維持しようという意志」って参加者は思っているのかなぁ?
結語については、仰る通り!「日米関係を根底的に規定してきたフレームワークは日米安保条約」…それを肯定するにしろ否定するにしろ、この論議をしない限り、日本の21世紀の展望は、外交的にも経済的にも内政的にも、開けないのです。ロバート・フランクの『The Americans』の詳報(見た人のリアクション)期待しております。

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Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。

BookMarks

-----<著書>-----

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『報道局長業務外日誌』
2009年6月、青林工藝舎


『米原万里を語る』
2009年5月、かもがわ出版、共著


『テレビニュースは終わらない』
2007年7月、集英社

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『ホワイトハウスから徒歩5分』
2007年6月、リトル・モア


慶應義塾大学出版会、部分執筆


『ジャーナリズムの条件4』
2005年5月、岩波書店、部分執筆


『従軍のポリティクス』
2004年7月、青弓社、部分執筆


『二十三時的』
2002年11月、スイッチパブリッシング

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1997年12月、太田出版

『ロシアより愛をこめて』
1995年3月、筑摩書房

『世紀末モスクワを行く』
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