Calendar

2009年1月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

« 2008年12月 | メイン | 2009年2月 »

2009年1月24日

アメリカ新時代の幕開け

090124_1.jpg
就任式当日は、寒さと空腹で屋台が大繁盛(20日)

090124_2.jpg
早朝から人が沸くように押し寄せた。(20日)

090124_3.jpg
とにかく、寒かったなあ。(20日)

090124_4.jpg
大画面にオバマが映るだけで大歓声が(20日)

090124_5.jpg
市民派パーティー。ジョーン・バエズが『イマジン』を歌った。(20日)

090124_6.jpg
同パーティーにはエイミー・グッドマンもいたよ。(20日)

090124_7.jpg
ホワイトハウス前にはグアンタナモ閉鎖を訴える人々が(22日)

(いずれも筆者撮影)

 今、この時点で何を言うべきなのか。「新しい責任の時代」という見出しが21日付の日本の新聞で踊っていたようだが、寒空の下、モールに集った200万分の1としてオバマの就任演説を聞いていた限りでは(寒かった!)、ちょっとニュアンスが違っていて、「再生・再建」(Remaking of America)とか「新時代」(New era)という言葉が頭の中に残った。美辞麗句を連ねることよりも、オバマはこの厳しい現実を直視する道を選んだかのような演説だったと思う。これまでのブッシュ政権時代の誤りや負の遺産を背負い込んでの出発なのだから、そのような姿勢は多くの共感を国民から得たことだろう。さまざまな解説・論評・解釈がこの就任式・就任演説について語られるだろうが、僕が、今回の就任式をみてつくづく思ったのは、オバマという人物をトップに選んだアメリカという国の強靭さと、同時に世界の主導国であり続けようという「決意」に対する両義的な、複雑な思いである。熱狂的な礼賛は、批判精神の衰退の産物であることは、クリントンの時代においても、ブッシュの時代においても、オバマの時代においても変わらない。以下、いくつか思い浮かんだ語彙に従って記す。

 事大主義。オバマの就任セレモニーは、大統領就任儀式というより、世界の最高権力者の「戴冠式」と言った方がふさわしい。国のトップの就任を祝うのに、これだけの富とエネルギーと趣向を費やす国はこの地球上には、あと中国があるくらいだろう。でも中国なら、規模は同程度でも国民の直接参加というような今回のようなスタイルはとれないだろう。この事大主義に対するアメリカ人の無自覚はやむを得ないにしても、世界一であるアメリカを世界一のまま維持しようという意志こそが、世界の諸紛争のみなもとになっている現実がある。言うまでもなく、アメリカだけが栄えればよいとの発想は、「帝国」の発想である。このことこそが、非アメリカ人によって指摘されなければならない。中東地域への変わらぬコミットメントの早々とした表明は、このアメリカの意志と無関係ではないだろう。イラク戦争という「まちがった戦争」によって、逆説的にアメリカは中東に深くコミットする足場を確保してしまったという歴史の皮肉を考えないわけにはいかない。イランに向かう姿勢に、前の政権からの変化が本当に現れるのかどうか。

 混合主義。オバマが就任演説のなかで、いみじくも言っていたように、アメリカの強靭さ・利点は、「パッチワークの伝統」(our patchwork heritage)にある。ここがたとえばイスラエルといった国の建国の理念とは異なるところだったはずだ。ところが、その混合主義の利点が過去に大きく後退した。それを回復することがアメリカの新しい時代の幕開けにつながるとの本能が、初の黒人大統領選出という事態を生みだしたのかもしれない。人種というファクターは、大きく変わっていくだろう。自信を回復した黒人の台頭が大きく目に見えることになるだろう。今後、アメリカ社会において、非白人のマイノリティ間の激しい地位獲得の動きが強まるのではないか。アジア系のアメリカ人の位置づけがどのように変化していくのか。ヒスパニック系の人々はどうなのか。長いスパンで見なければならない。

 ニュー・カウンター・カルチュア。価値観の変化をとてもわかりやすく示すのは、文化という舞台で起きる現象だろう。オバマを押し上げたグラスルーツ(草の根)のちからは、新しい対抗文化を隆盛させたちからでもある。赤と青をどぎつく配したオバマのプロフィールのポスター(シェパード・フェアリーがデザインしたもの)は、新しい対抗文化のひとつのアイコンのように感じられる。ネガティブ・キャンペーンへの対抗手段として、YouTubeが誰にでも容易に使われるようになった。オバマ=イスラム教徒という子供じみたキャンペーンは、YouTube画像で容易に撃退された。オバマのメッセージは、旧来型のメディアを経由するほかに、インターネットを通じてショートカットで誰にでも容易に届けられる。この変化の奔流はもはや止めようがない。

 ニチベイカンケイ。僕は日本人なので、アメリカからみていて、日本がどのような舵取りで、この強大な国と向き合っていくのかに当然ながら関心が向かう。そして本当に大丈夫なのか、と不安に思う。敗戦から64年もの長い歳月が過ぎた。この間の日米関係を根底的に規定してきたフレームワークは、僕は日米安保条約ではないかと思っている。この条約の呪縛。おりしも2010年は、改定日米安保条約発効(60年安保)から50周年という節目の年を迎える。日米関係においては、日本が常にリアクティブ(受け身)というこれまでの外交姿勢からの変化が起きるのかどうか。

*   *   *   *   *

 まるでオバマの大統領就任にあわせたかのように、アメリカの伝説的な(まだ元気に存命だが)写真家ロバート・フランクの『The Americans』の展示がワシントンDCのナショナル・ギャラリーで始まった。「アメリカ人とは何者か?」を問うたフランクの視線が、現在に至るまで、そして新時代を迎えようとしている現在だからこそ、僕らのこころに突き刺さってくるようだ。この建国233年の国の何と若く、強靭なことよ。

2009年1月20日

インターネット・ネーション

net090120_1.jpg
ネット・ルーツ・ネーションの祝賀パーティー(1月19日)

net090120_2.jpg
同パーティーで挨拶するハワード・ディーン民主党全国大会議長

(いずれも筆者撮影)

 オバマ大統領就任の祝賀会、パーティーが公式、非公式を問わず、草の根も含めて、ここワシントンDCで連日連夜行われている。その数も150を超えている。タキシードやドレスを着た人々が、街に繰り出している。警備とパーティーが同時進行していて奇妙な感じだ。前夜と当夜は、今度の大統領選挙の特色を物語るような異色のイベントをのぞいてみたいと思い、前夜の19日は、インターネットに集う人々の集合体である「Net Roots Nation Yes We Can Party」というのに参加してみた。高価なホテルを借り切って行われる大パーティーとは違って、ワシントン郊外のアーリントンのライブハウスに、インターネットでWEBサイトを運営する草の根レベルの人々や、ブロガーらが大勢集まっていた。なかなかセンスのいいパーティーで、生バンドが何とフェラ・クティの曲を延々と奏でていた。いいぞ! 何人かの参加者に話を聞いてみたが、オバマ選出でインターネットが果たした役割は、「革命的なものだった」と自讃していた。選挙資金集めの点でも、ネガティブ・キャンペーンへの反撃の武器という点でも、ブログやYouTubeの果たした役割は確かに驚くべきものがあった。人気サイトのHaffington Postは購読者が増すばかりだし(今夜、別の場所で彼女主催のパーティーがあった)、いくつかのブロガーの実力は旧来のメディアをしのぐ勢いである。

 オバマ新大統領はインターネットを個人的にも非常にうまく使いこなしていて、愛用の携帯電話(ブラックベリー)を「国家安全保障上の理由から」持たないように当局から要請されたが、いまだに保持したい気持ちを捨てられないのだという。また、オバマはホワイトハウスの自室に自分のパソコンを持ち込む最初の大統領になるだろうとの予測記事がだいぶ以前にあった。ただ、インターネットを使うことは厳しく制限されるのではないか、と言われている。
 
 さて、この欄で何度か指摘してきたが、日本の公職選挙法は欠陥だらけで、特にインターネット対応が、アジアの他の国と比較しても非常に遅れている。次の日本の総選挙でも法律改正などで対応が追いつかないだろう。CHANGE!

2009年1月19日

オバマへの超熱狂とハドソン川の「奇跡」のかげで

090119_1JPG.JPG
Amtrakに手を振る人々(1月17日)

090119_2JPG.JPG
「ブッシュを逮捕しろ」Tシャツの人々がワシントンにいた。(1月17日)

090119_3.JPG
アジア・ソサエティ祝賀会のマイク・ホンダ議員(1月17日)

090119_4.JPG
就任祝いコンサートで歌うボノ(1月18日)

(いずれも筆者撮影)

17日からワシントンDCに来ている。NYから乗ったDCまで乗ったAmtrakが、たまたま「オバマ列車」の何本か前の列車だったので、線路の沿道には「オバマ列車」をみるために早々と集まった人たちが何を思っているのか、僕らの乗っているAmtrakに盛んに手を振ったりなんかしている。この超熱狂ぶりは一体何なのか。ユニオン・ステーション駅に降り立っても、もはや慶事の前哨戦が始まっている感じだ。先日のUSエアウェー機のハドソン川不時着の「奇跡」的な全員無事生還劇といい、何だか「いいことづくめ」のような空気に支配されている感じで、天の邪鬼な僕は、逆に危ないものを感じたりする。誰もオバマを批判できないような空気が醸成されるのは決してよくないことだからだ。ボルチモアでのオバマ歓迎集会には数万人の人が寒空の下でオバマ到着を待ちわびていた。アジア・ソサエティ等が主催したオバマ就任レセプションの盛り上がりも結構なものだった。18日の日曜日もモールでは50万人以上の人々が集まって、超大物たちが共演する無料祝賀コンサートが開かれていた。ブルース・スプリングスティーンやU2のボノ、スティービー・ワンダーやビヨンセといったセレブ歌手たちが歌っていたが、会場に行きつけなくて、モールの各所に設定されていた大スクリーンで我慢するしかなかった。なかでも、最後から2番目の「This Land Is Your Land」をB・スプリングスティーンと一緒に歌ったのは、何と今年89歳になるピート・シーガーだった。この曲に対する聴衆の喜び方は尋常ではなかった。踊りだす人が大勢いた。オバマ夫妻もとても楽しそうに体を震わせて手拍子をとっていた。まあ、ブッシュ、ローラ夫妻ならあり得ない光景だよなあ、と思いながらそれをみていたのだ。やはり、こういう所からしてアメリカは変わってくるのだ。聴衆にはこころもち黒人が多かったと思う。

さて、実はここで記しておきたいのは、こういう通り一片の「変化」についての表層的な記述ではなく、1月16日づけの「ニューヨークタイムズ」紙の1面に載った、とても衝撃的な日本に関する記事についてである。おそらく日本のメディアの多くは(自分の所属しているところも含めて)この記事を黙殺しているのだが、ある意味でとても強いインパクトを与える記事だった。それは政治家・野中広務氏の「出自」=被差別部落出身という、いまだ日本社会でタブーとなっている現実にあえて触れた記事だった。ノリミツ・オオニシ東京特派員の記事である。『日本にとっては、野中広務を政治の最高指導者に頂くことは、アメリカの選挙で黒人を大統領に選んだことと同じくらい意義を有することだったはずであろう』。こういう刺激的な書き出しで始まるこの記事は、小渕内閣で官房長官を務めた野中広務氏について、次のリーダーを論議する2001年当時の自民党の秘密会議において、麻生太郎・現首相が「本気であんな人間たち(Those people)に日本国の指揮をとることを委ねるつもりなのか」と声高に発言して潰した経緯を、実名入りの政治家からの取材をもとに記しているのだ。記事は日本における被差別部落の歴史やタブーの現実を記しながら、日本にオバマが生まれない理由の一端を探ろうとしているようにみえる。オバマ登場の歴史的な文脈を考えるうえで、この記事のようなアプローチも十分にあり得るのである。ニューヨークタイムズ紙は、ガザ報道なので失望させられることも多いが、こういう記事も1面に掲載することを心にとめておきたい。

さて、就任式がいよいよ目前に迫ってきた。この出来事から日本は何を学びとるべきかを考えたいのだ。

Amtrak
全米を走る旅客鉄道のこと。"Amtrak(アムトラック)" という名前は "American" と "Track" の合成語であると公式サイトに載っています。正式名称は National Passenger Railroad Corporation といいます。車社会のアメリカではマイナーな交通機関と認識されているようです。

2009年1月15日

さすがに靴は飛ばなかったブッシュ最後の記者会見

090115_1.JPG
大通りに設営された就任式パレード見物席

090115_4.JPG
就任式間近の議事堂前

090115_2.JPG
ずらりと並ぶ仮設公衆トイレ

090115_5.JPG
どこに行ってもオバマだらけ

090115_3.JPG
ビレッジボイス紙の「ジョージ、行かないで!」

(いずれも筆者撮影)

一体、この8年間は何だったのだろうか。ジョージ・W・ブッシュ大統領(以下、Wと記す)のホワイトハウスでの最後の記者会見が1月12日の朝、開かれた。一番直近の会見は、電撃訪問したバグダッドでの例の「靴投げ会見」である。今回はさすがにホワイトハウス詰めの記者たちを対象にした最後の公式会見だったので、「不届き者」はおらず、Wに靴を投げつけるというような事態は想像の外の出来事である。だが、記者たちからのWに対する質問は容赦のないものだった。任期中の「業績」を問われる代わりに、この間の「過ち(mistakes)」は何だったと思うか、と聞かれると、Wはさまざまな表情を浮かべながら、質問に答えていた。だがWは、対テロ戦争の一環としてイラクとの戦争に踏み切った自らの決断を、決して間違いだとは認めなかった。Wがはっきりと間違いだったと認めたのは、フセイン政権が崩壊した直後2003年5月に「任務完了(Mission Accomplished)」の横断幕を掲げて空母リンカーンの上に戦闘機でタッチダウンした時のことで、「あの横断幕を掲げたのは明らかに間違いだった」と述懐していた。さらには、大量破壊兵器がみつからなかったのには「失望した」と弁明した。開戦の最大の大義が大量破壊兵器だったことを忘れたかのように。ほかにも、アブグレイブ刑務所での拷問やハリケーン・カトリーナへの対応などで後悔を滲ませていたが、基調は自らの「業績」を強調するものだった。「(ブッシュ政権が)国際社会におけるアメリカの道徳的な立場を傷つけたのではないか」との質問にはさすがに気色ばんでいたが、否定したわりには反論の中身はなかった。

13日夜には、CNNの「ラリーキング・ライブ」にWはローラ夫人とともに出演していた。15日の木曜のプライムタイムでも、国民に向けた「お別れスピーチ」が放送されるそうだ。キーTV局の幹部は困惑しているという。「Village Voice」紙の最新号でWard Harkavyが『ジョージ、行かないで(Don’t Leave, George!)』という超辛口の文章を寄せている。ダメなブッシュから最大の恩恵を被っていたのは実はメディアのジャーナリストたちだったじゃないか、と毒を込めた皮肉が続く。「バラク・オバマは大統領に選ばれた最初の黒人かもしれないが、ブッシュに比べれば全然、色がない(Colorless=つまらない)。記者たちだって、きっとオバマの記者会見での大言壮語や遊説に遊説を重ねる取材にうんざりするだろうさ。」 逆説的に言えば、そういう面もあることはあるのだ。

就任式を1週間後に控えたワシントンDCに足を運んでみた。街中、今やどこに行っても、オバマ、オバマ、オバマで溢れかえっている。何だかアメリカが歴史的なイベントを自己演出しているような気さえした。4年前の二期目のブッシュの就任式の寒々とした光景が脳裡に甦ってきた。そう言えば、僕らはあの時は何時間も寒空の下にいて、トイレに行きたくてみんな我慢していたことを思い出した。それだけだね。今回もインスタントの公衆トイレがすでに整然とセットされていた。歴史的な公衆トイレというわけだ。Wの記憶と業績は、式典が終わると、この公衆トイレのように人々の記憶から撤去されるのだろうか。

2009年1月 8日

歯切れの悪いオバマとヘレン・トーマスの記者魂

イスラエルのガザ侵攻に関する米主要メディアの腰抜けぶりを書いたら、すぐに知人からメールが入った。いやいや、なかなかどうして、アメリカのメディアだって捨てたものじゃない部分もあるにはあるんだよ、と。たとえば、エイミー・グッドマンの『デモクラシー・ナウ』で報告されている1月5日(月)のホワイトハウス定例記者会見でのベテラン記者ヘレン・トーマスとペリーノ報道官のやりとりは実に面白かった。ヘレン・トーマスが「この状況で米政府はなぜ殺戮を放置しているのか」と質したのに対して、ペリーノ報道官は「イスラエルには自己防衛する権利がある」などとしどろもどろになりながら答えていた。さらには、パレスチナの総選挙で選ばれたハマスの正当性を否定したばかりか、テロリスト集団と断じているあたり、あまりのコミュニケーションの行き違いの不条理さに、何だかジョージ・オーウェルの小説を読んでいるような気分になってしまう。翻訳するのが厄介なので、ヘレン・トーマス記者とペリーノ報道官のやりとりを英文のまま転写する。

HELEN THOMAS: Why is the President letting more people be killed in this situation, instead of going for a ceasefire and calling for restraint, as they have in the past, on both sides?
DANA PERINO: We are calling for a durable ceasefire. That’s what we are trying to establish.
HELEN THOMAS: But why don’t you call it today and stop people from being killed?
DANA PERINO: Well, I think, Helen, strong views are held on this by all sides. We believe that Israel has a right to defend itself, and—
HELEN THOMAS: Do the Gazans have a right to defend themselves?
DANA PERINO: I think that what the Gazans deserve is a chance to live in peace and security. What President Bush has worked for is a chance to establish a two-state solution, so that the Palestinians could have their own state, so that they could live in their own democracy. And that’s what President Abbas, who is the President of all Palestinians, has been working towards.
HELEN THOMAS: The President did not recognize their election, which was fair and square under international law, as observers—
DANA PERINO: Look, when—the President did call for the—did support the elections. And when the elections were held, I don’t think that Hamas was elected because they said, “Vote for us, we’ll take you to war” or “We’ll hold you hostage” or “We’ll send rockets into Israel every day.” But they won because they were tired—the people of—the Palestinians, people of Gaza, were frustrated with the services that they were getting from the Fatah party, which was a wake-up call for the Fatah party as well. And they have worked to try to improve what they could provide governance-wise for all of the Palestinians.
HELEN THOMAS: So knowing that, why did the US cut off all relation—all aid to the people?
DANA PERINO: We certainly have not done that to the people of Gaza. We do not deal with the terrorist organizations, of which Hamas is designated as one.

ガザ侵攻から11日がすぎて、オバマが初めてこの件について記者の質問に答えたが、あまり歯切れがよくない。オバマは、パレスチナ、イスラエル双方の犠牲者に「深甚なる憂慮」を表明したが、ブッシュが大統領である間は、コメントをすべきではないという立場を堅持しており、多数の市民の殺りくに実質的に口をつぐんでいる。刻々と死傷者が増え続けているというのに。ただ、オバマは、1月20日の就任式以降には「言うべきことがたくさんある」とは言っているが。その時点までに死んだ者はどうなるのだろう?パレスチナ自治政府のアル=マルキ外相は、このオバマの態度への失望感を表明しているが。

2009年1月 7日

変わらない米メディアのイスラエル擁護報道

せっかくの「Changing America」なのに、年明け早々、今回は変わらないアメリカの部分のご報告である。イスラエル軍によるガザ侵攻についての米主要メディアの報道ぶりと言ったら。どうしてこんなにイスラエル擁護の姿勢がはっきりしているのかと思わざるを得ない。1月6日付けのニューヨークタイムズ紙の社説は、ハマス殲滅を企図するイスラエルのゴール(目的)に十全な理解を示しつつ、イスラエルに対して、軍事一辺倒のみならず外交的手段をとる余地を残すことや、外国報道陣の取材を許可することを今更ながら求めている。「イスラエルは、アメリカ合衆国、ヨーロッパ諸国、穏健アラブ諸国の支援を受けているが、この紛争をできる限り早期に終決させて、広範な地域平和に向けた交渉の機会を増す努力をしなければならない」。もちろんハマスなどはテロ集団扱いである。ガザ侵攻作戦から11日も過ぎてこれだけ大量の死傷者がパレスチナ側に(しかも多くの市民に)出ている(NYタイムズ紙によれば、パレスチナ人550人、イスラエル人5人)にもかかわらず、同紙はこの日に至るまで、イスラエルの圧倒的な軍事侵攻を非難したことはなかった。

変わっていないのである。オバマが「チェンジ」を呼号しても、アメリカの主要メディアの親イスラエルの姿勢は変わっていないのだ。なぜそうなのかを、「米メディアを牛耳るのはユダヤ資本だ」などという皮相な「陰謀史観」的な見方に依拠することなく、しっかりと考究し尽くすこと。このことこそが、真の意味の「チェンジ」をもたらす一歩になると信じる。

Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりニューヨークへ。

BookMarks

-----<著書>-----

ブログが本になりました!
↓ ↓ ↓

『報道局長業務外日誌』
2009年6月、青林工藝舎


『米原万里を語る』
2009年5月、かもがわ出版、共著


『テレビニュースは終わらない』
2007年7月、集英社

人気のWeb日誌、出版!
↓ ↓ ↓

『ホワイトハウスから徒歩5分』
2007年6月、リトル・モア


慶應義塾大学出版会、部分執筆


『ジャーナリズムの条件4』
2005年5月、岩波書店、部分執筆


『従軍のポリティクス』
2004年7月、青弓社、部分執筆


『二十三時的』
2002年11月、スイッチパブリッシング

『電視的』
1997年12月、太田出版

『ロシアより愛をこめて』
1995年3月、筑摩書房

『世紀末モスクワを行く』
1994年12月、パルコ出版

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.