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    <title>News Spiral</title>
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    <updated>2010-03-18T02:05:33Z</updated>
    <subtitle>中身</subtitle>
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    <title>山下惣一：腰を抜かすほどの旨さ</title>
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    <published>2010-03-17T23:50:15Z</published>
    <updated>2010-03-18T02:05:33Z</updated>

    <summary>　私たちの世代の日本人は、生涯のうちに何回か、「世の中こんなうまいものがあったの...</summary>
    <author>
        <name>《THE JOURNAL》編集部</name>
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        <category term="山下惣一" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/">
        <![CDATA[<p>　私たちの世代の日本人は、生涯のうちに何回か、「世の中こんなうまいものがあったのか！」という感動的な食との出合いを経験している。貧しいといわれた飢餓の時代から飽食と呼ばれる現在までを体験してきたからである。いや、かつての食生活が貧しいと実感してきたからこそ、積極的に変革をめざしてきた世代といってもいいだろう。</p>

<p>　私にとっての衝撃的な出合いはチョコレートとフルーツみつ豆である。あの時の感激はいまも忘れられない。<br />
　チョコレートは小学五年生のときだった。学芸会でメーテルリンクの「青い鳥」を演じることになり、担任の教師が、小道具として銀紙にくるまったチョコレートを買い、終了後出演者に分けてくれたのである。たぶん進駐軍からヤミで流出したものだったのだろうが、その甘いこと。甘さに飢えていたからとくに強烈だったのだろうが、世の中にこんなうまいものがあったのか！けっして大袈裟ではなく、私は腰を抜かすほどに驚いた。私にはそれまで菓子やおやつを店で買って食べるという習慣がまったくなかったのである。<br />
　この年から男女共学になり、学級では毎週、「今週の反省・来週の目標」を申し合わせていたが、<br />
　1，買い食いをしない、<br />
　2，道草をしない、<br />
　3，家の手伝いをする、<br />
がいつも上ってくる三大テーマで、農家の長男である私にとってはそれはごく普通の日常だった。<br />
　フルーツみつ豆はもっと後で、たぶん昭和30年（1955）ごろだったと思う。家業の農業を継いだ私は4Hクラブの下っ端だった。4Hは戦後アメリカから輸入された農村青少年の組織で、頭（ヘッド）、手（ハンド）、心（ハート）、健康（ヘルス）の頭文字をとったものである。全国の農村で結成され、同じく戦後に生まれた農業改良普及所の指導で、農業、農村近代化の尖兵として活発に活動していた。当然、私も熱心なメンバーだった。</p>

<p>　ある夏、生活改良普及員の指導で女子部員たちがフルーツみつ豆を作り、その試食会に男子部員が招待されたのである。小学校の教室を借りてローソクの灯の下での試食会だったが、とろけるように優雅で幻想的ですらあるその甘美さに、目まいがしそうだった。もちろん生まれて初めて口にする料理だった。<br />
　─これからこういう時代になるのだ─<br />
　私の胸は感動でいっぱいだった。<br />
　─いや、若い力でそうしていかなければならない─<br />
　生活改良普及員の顔が菩薩のようにまぶしかった。<br />
　思えばこれが私にとっての食の戦後の始まりであり、そしてたぶん間違いの第一歩だったのだ。</p>

<p>　というのも、それまでの食生活は、自分の家でとれたものを食う、とれるもの、あるものしか食えない暮らしだった。砂糖と塩を買う程度で、味噌も醤油も豆腐も油も酢すらも自家製だった。魚は漁師との物々交換中心で、たまに玄界灘でとれるクジラが食卓にのぼる。日常は麦飯で盆・正月に白飯を炊き、ニワトリをしめて食べるのはめったにありつけないごちそうだった。<br />
　だから当然、春にタケノコが出てくるとタケノコが毎日、食卓に並ぶ。ナスがとれだすとナスばっかり、カボチャの季節はカボチャばっかり、うんざりするほど食わされて、これを私たちは「ばっかり食」と呼んでいた。<br />
　ことのほか私が苦手だったのが「かんころだご」であった。甘藷（サツマイモ）を輪切りにして乾かしたものを「かんころ」といい、その粉で作ったのが「かんころ団子」である。黒い外皮の饅頭にあんこが入っているのだが、中のあんこがこれまたサツマイモを輪切りにしたもので、これが祖母の好物で得意メニューだったから、私にとっては悲惨だった。見ただけで胸やけがしてくる。しかし、それを食わなければ他に食べるものはない。</p>

<p>　食い物の恨みはおそろしい。私はいまもって、そして間違いなくこれからも命あるかぎり甘藷とカボチャだけはけっして口にすることはないだろう。</p>

<p>（<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4883400573?ie=UTF8&tag=thecommons09-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4883400573">『身土不二の探究』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=thecommons09-22&l=as2&o=9&a=4883400573" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />（創森社、1992）より。著者と<a href="http://www.soshinsha-pub.com/">創森社</a>から特別に転載許可をいただきました）</p>

<div style="text-align: center;">＊　　　＊　　　＊　　　＊　　　＊</div>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/shindohuji.jpg"><img alt="shindohuji.jpg" src="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/assets_c/2010/03/shindohuji-thumb-250x354-1326.jpg" width="250" height="354" class="mt-image-none" style="" /></a></span><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4883400573?ie=UTF8&tag=thecommons09-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4883400573">『身土不二の探究』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=thecommons09-22&l=as2&o=9&a=4883400573" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><br />
1992年、創森社</p>]]>
        <![CDATA[<p>-------------------------------------------------------------------------------------<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="DSC_9965.jpgのサムネール画像" src="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/assets_c/2009/08/DSC_9965-thumb-107x107-24.jpg" width="107" height="107" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span><strong>【プロフィール】</strong> 山下惣一（やました・そういち）<br />
1936年佐賀県唐津市生まれ。<br />
農民作家。中学卒業後、家業の農業を継ぐ。<br />
「生活者大学校」教頭、「農民連合九州」共同代表、「アジア農民交流センター」共同代表。1969年「海鳴り」で第13回農民文学賞、1979年「<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J8254M?ie=UTF8&tag=thecommons09-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000J8254M">減反神社 (1981年)</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=thecommons09-22&l=as2&o=9&a=B000J8254M" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />」で第7回地上文学賞を受賞。著書に「<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4259518275?ie=UTF8&tag=thecommons09-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4259518275">惣一じいちゃんの知っているかい?農業のこと</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=thecommons09-22&l=as2&o=9&a=4259518275" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />」「直売所だより」など。</font> </p>]]>
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    <title>《インタビュー》長島防衛大臣政務官：普天間基地移設問題　野党時代の「県外・国外」案は修正する</title>
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    <published>2010-03-16T04:00:59Z</published>
    <updated>2010-03-16T05:04:11Z</updated>

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    <author>
        <name>《THE JOURNAL》編集部</name>
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    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/">
        <![CDATA[<p><object width="350" height="215"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/-Gg8BE3s5yw&hl=ja_JP&fs=1&"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/-Gg8BE3s5yw&hl=ja_JP&fs=1&" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="350" height="215"></embed></object></p>]]>
        <![CDATA[<p>　<a href="http://www.nagashima21.net/">長島昭久</a>（ながしま・あきひさ）防衛大臣政務官は《THE JOURNAL》取材班のインタビューで、普天間基地の移設先が「当面は沖縄周辺になる結論に至りつつある」と語った。それにともない野党時代の民主党の公約で、「県外・国外」移設案を含んだ「<a href="http://www.dpj.or.jp/okinawavision/">沖縄ビジョン</a>」は修正する方向にあることを示した。</p>

<p>　「野党時代の限られた情報で作られた公約と、政府の中であらゆる情報に接した上での考え方にはズレがある」<br />
　長島氏は修正を余儀なくされる理由に、野党時代と現在の立場で触れられる情報の質の差をあげている。仮に5月にまとめる政府案と公約に違いが出た場合は、修正点だけでなくその結果に至る根拠を国民に対して説明することは避けて通れない。映像ではその「説明責任」にまで触れている。</p>

<p>　現在移設先を巡って意見が錯綜しており、「県外・国外」を主張する社民党はもちろん、説明の仕方次第では民主党内への動きへ波及することも予想される!?</p>]]>
    </content>
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    <title>民主党への期待と警告 ── 普天間問題は政権存続の試金石</title>
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    <published>2010-03-15T14:09:01Z</published>
    <updated>2010-03-15T14:21:45Z</updated>

    <summary> 武藤功氏（文学と思想誌「葦牙」編集長） 　この３月８日、社民党と国民新党は、沖...</summary>
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        <name>《THE JOURNAL》編集部</name>
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        <category term="武藤 功" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/">
        <![CDATA[<p> <font size="+1" Color="#003366"><strong>武藤功</font><font Color="#003366">氏（文学と思想誌<a href="http://www1.odn.ne.jp/~cal16920/ASHIKABI-TOP-PAGE.html" target="_blank" >「葦牙」</a>編集長）</strong></font></p>

<p>　この３月８日、社民党と国民新党は、沖縄・普天間基地の移設案について政策提示を行った。三党政権の最大政党である民主党は、自らの案を提示しなかった。これは官房長官主導の「沖縄基地問題検討委員会」の手続きに沿ったものなのかどうかは分からないが、国民から見ると分かりづらいやり方である。これでは提示した二党の政策が政府政策の敲き台になることはあっても、三党の対等なパートナーシップによる政策案の練り上げを期待することはできないからだ。この点、民主党の言う「政府と党」の一体化政策は、この普天間問題ではマイナスに作用していると言わざるをえない。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　このマイナスは単に三党の関係に響くだけではない。政府と民主党の関係においても重大な影響を持つ。なぜなら、政策的に幅も広く容量も大きい党の能力を除外して、その幅も容量も小さい政府の判断を優先させる結果になるからだ。これは取りも直さず、鳩山内閣の普天間政策の貧困化をもたらす措置だといっても過言ではない。</p>

<p>　<strong>今や普天間問題は政治の焦点<br />
</strong></p>

<p>　そもそも、こうした事態となったのは政府が普天間基地移設問題を単に軽視しているだけではなく、とんでもない思い違いをしているからだと疑わざるを得ない。この思い違いは二つの面について言える。一つは、いまや普天間問題は「政治とカネ」の問題と並んで、鳩山政権の行方を占う最重要で象徴的な政策的闘争課題となっているという政治状況について鈍感だという問題である。この政治的状況認識の不足は致命的である。もし、政府が５月の公約時までに成案を出せなかったり、あるいはその移設最終案が旧自公政権の辺野古案より拙劣だった場合、その政府に対する反動は激烈な内外の批判と非難となってあらわれ、政権維持も覚束なくなるだろう。何よりも深刻なのは沖縄において圧倒的な支持を受けた政権与党の基盤が危機にさらされることだ。これは戦後６０余年にわたってつづいた沖縄と本土との分断をより深刻なかたちで再現することにもなる。</p>

<p>　もう一つは、普天間基地問題が持つ戦後史な認識の問題である。これは国家としての主権認識の問題といってもいい。つまり、無条件降伏時の国際法に照らしても違法な米軍の沖縄基地占有化（占領軍によるその国土への強制的軍事基地化は事実上の領土化に等しい違法行為である。これはポツダム宣言にも反している）を６０余年にわたって認めさせられ続けてきた対米関係を「チェンジ」する一歩とすべき絶好の機会としてめぐり合わせた「政権交代」を、その国家主権の回復という視点から認識していないのである。この政治的、歴史的な認識が鳩山内閣にはまったく窺われない。とくに、三党の「検討委員会」を主導する平野官房長官には国家主権どころか民主党の責任主体すら感じられないのだ。見えるのは、「早く一丁片づけたい」という政権の処理願望だけだ。それでは沖縄の民意はもとより、米国の枠組みのなかでしか動けなかった「戦争と平和」の問題について、独立国の主権において世界に貢献したいという国民的な願望にも応えることができない。</p>

<p>　鳩山内閣はこの第二の点ではとくに思い違いをした。平野官房長官をこの普天間問題の責任者にしたことである。そもそも思想的にも安全保障問題にも何の実績もなく、政治キャリアにおいても国会議員という以外には何もないに等しい人物が、たまたま首相の側近という立場にあって官房長官という重職に就いたために、この大役を担う事態になったことは政権にとってきわめて不幸なことであった。本人は自覚していないかもしれないが、本人にとっても不幸な役回りであったといえる。</p>

<p>　最低でも、鳩山首相は「検討委員会」のまとめ役に平野氏を指名した時、あわせて民主党に対して普天間基地問題の党内協議会を設け、小沢幹事長を先頭にして全党をあげて取り組む体制をつくるべきであった。そしてその全党協議の結果を３月８日の「検討委員会」に発表し、先の２党の試案と合わせて政府案作成に向かうべきであった。これまでの歴代政権が６０年余にわたって解決できなかった普天間基地問題には、その必死の全党検討に値する重みが十分すぎるほどにあったのである。</p>

<p><strong>　小沢氏の政治力を活用すべき</strong></p>

<p>　これまでの経過において、なかでも惜しまれるのは、民主党内の安全保障論議ではもっとも経験も実績もある小沢幹事長の論議自体が普天間をめぐる政権論議に反映されていないことだ。今年になってから刊行された佐高信氏の『小沢一郎の功罪』も、「沖縄の米軍基地移転の問題で小沢がどう考えているのかあまり話題にならない」と指摘しているが、これは佐高氏が小沢氏について「沖縄には、もう米軍はいらない」論者の一人としていることに同意する私にとっても残念なことである。</p>

<p>　小沢氏には「第７艦隊だけで十分」とか、辺野古の「あの美しい海を埋め立てていいのか」という言葉がつたえられており、その言葉こそ思想の実質をあらわすものといえる。これまでの民主党議員には、こうした思想的表明はほとんど皆無であった。それだけに、普天間に対して重みのある小沢氏がこの普天間問題へ関与せず、沈黙を守りつづけるなら、それが「内閣への政策一元化論」にもとづくものであれ、世紀の普天間基地問題への党論議を主導すべき幹事長として大きなミステークとなる。</p>

<p>　日米安保条約５０年の節目にして、これまでの東西冷戦思考から脱却し、新たにアジア諸国とのする友好と信頼にもとづく安全保障の在り方が求められている現状から言っても、小沢氏には積極的で本格的な関与を求めたい。この普天間基地問題が意味することは、単にそれを旧政権の辺野古合意の破棄によって「どこかに移設すればいい」という話ではまったくないのである。沖縄との関係そのものから言っても、基地のある宜野湾市民の安全を図るということはもちろん第一義的だとしても、そのために他の沖縄地域や他県のどこかに移設するということで済む話ではないからである。仮に、そう主張したいのだとしても、そのためには在日米軍基地に対する主権国家としての評価をきちんと行わなければならない。全党評価はそのためにも不可欠であり、その責任ある評価があってはじめて内閣として内外に政策提示を行うことができるのだ。</p>

<p>　これまでの政府の普天間論議を見ていると、その責任意識と気迫がまるで見えない。聞こえてくるのは、「ゼロベースで検討する」という平野官房長官の誤った思いこみのメッセージだけである。平野氏はこのメッセージを公平な移設先検討の公正な態度表明だと思いこんでいるようであるが（だから稲嶺氏が勝利した名護市長選後に、その結果を「斟酌しなければならない理由はない」というよな有害な発言もしたのであろう）、その「ゼロベース」というのは米軍基地に対する「ゼロ評価」と言うに等しいものだということを理解していない。これでは、５月になってその「ゼロ評価」の普天間基地を移設させるといわれたなら、その関係住民が納得も合意もしないのは当たり前であろう。住民の安全を脅かしている危険な普天間基地を押しつけられたと思うだけだからだ。</p>

<p>　一方、米国側は、鳩山首相が「アメリカの理解を得る」という態度を取る以上、日本の安全保障のために尽くしている米軍基地をなぜそのように住民が反対する地域に移設するのかとうことになるだろう。いわば、どっちにしても「アブ・ハチ取らず」ということになる。この点では「５月までには必ず決める」という超楽観主義の鳩山首相とテーブルを移動するくらいにしか事態を認識していない平野官房長官は、普天間問題を政権没落のための自らの墓穴としているように見える。これは文字通り、政権政策の危機である。　　</p>

<p><strong>　小沢氏も、自ら乗り出せ</strong></p>

<p>　この政権の危機を党幹事長の小沢氏が黙って見ている手はない。苦労に苦労を重ね、金権利権のバッシングを受けながら衆院選勝利による「政権交代」のために旗を振ってきた小沢氏である。米国にまともに物もいえないような初心な閣僚たちだけに普天間問題を任せてしまっては、政権自体が没落するという危機のなかで、今こそ自らの役割を自覚すべきだ。師匠として仕えたかつての田中角栄もなしえなかった「安保国家」という制約から抑圧されていた対米主権国家の主張を、この普天間基地問題を契機に明快に行うべきだ。その言論だけが、平野官房長官の「御用聞き」的役回りを超えて将来の「独立自尊」の国家的展望へと導く道筋をつけてくれる。</p>

<p>　今その言論を行わなかったなら、小沢氏が蓄積してきた政治思想とは何なのかということになる。沈黙を続けているなら、「政治とカネ」についての対抗者たちの攻撃も一掃できなくなる。今こそ、その「政治とカネ」の誇張された俗論を粉砕する政策的チャンスが普天間問題には内蔵されていることを自覚すべきだ。それは世紀の事業であると同時に小沢氏にとっても起死回生の事業なのだ。厳しく言えば、小沢氏がメディア・バッシング通りに「利権政治家」の一例に終わるか、それとも戦後だれもなしえなかった「安保国家」脱却の突破口を開く政治家になるのかの岐路にいるのだ。</p>

<p>　それに考えてもみるがいい。沖縄県民はあの太平洋戦争の地上戦以来、日本政府の愚策によって苦しみ抜いてきたのだ。この現実は「基地負担の軽減」などという言葉によって解消されるものではない。「地域主権」を政府が本気で言うなら、「基地はいらない」というその沖縄県民の声に耳を傾けるべきだ。そして、普天間基地については名護市長選以来、沖縄の声は明快に示されているのだ。その名護市をはじめ、宜野湾市でも、嘉手納町でも、さらには県議会でも、あるいは仲井真知事も、その基地に対する答えを出している。それは憲法の原則として示されている「地方自治の本旨」（第９２条）の発現なのである。憲法尊重義務（第９９条）を負う政府の国務大臣と国会議員は、この沖縄住民の自治的な声を尊重しなければならない。</p>

<p>　この意味からも今度こそ、政府と民主党の普天間政策を沖縄県民に明示すべき番だ。５月をもって闇うち的に変更のきかない最終案を出すというような態度を取るべきではないのは明らかだ。沖縄米軍基地についての「抑止力」評価なども踏まえて、主権国家の名にふさわしい透明な移設政策提示を求められているのである。沖縄のガヴァナンスを担ってきた大田昌秀（おおた・まさひで）元知事は、すでに１４年も前に「基地返還アクション・プログラム」を策定して発表しているのであるから、現状においても政府にその種の基地政策プログラムを要求することは決して過大なことではないのである。</p>

<p>　これまでの旧自公政権は、その県民要求に応えるのではなく、米軍本位のＤＰＲＩ（米軍再編・防衛政策見直し）に適合するという外務・防衛の官僚的対応に追随し、今後５０年以上にもよぶような恒久的代替基地を建設しようとしてきたのである。鳩山新政権はその自公政権の米国との「政治合意」を根本から見直し、沖縄県民と国民が納得できる新たな普天間移設案を主権国家の発動者である首相の政治主導による「鳩山イニシアティブ」として提示してはじめて、「政権交代」の名に値する道をすすむことができる。もし、この道を踏み外すなら、官房長官まかせの「ゼロベース」という行き場のない道を突き進むことになり、最悪の解決策としての沖縄切り捨て論、沖縄排外主義へと暴走してしまうことにもなりかねない。そうなれば、新政権の面目は一挙に失われ、大島自民党幹事長のいう「鳩山内閣退陣論」が一気に現実味を帯び、夏の参院選を大きく揺るがす事態となることは明らかである。</p>

<p>　そうならないために、沖縄沈没は日本の沈没にほかならないということを鳩山内閣と民主党は肝に銘じなければならない。この普天間基地をめぐる現実が語っていることは、その暗黒と光明とへの岐路の苦闘ともいえるが、それを迷走に終わらせてはならないのである。</p>]]>
    </content>
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    <title>【録画放送中】ちばてつやさん、永井豪さんらが訴える！ 東京都青少年健全育成条例改正が日本のマンガ・アニメ文化を滅ぼす！</title>
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    <published>2010-03-15T06:40:30Z</published>
    <updated>2010-03-15T09:55:06Z</updated>

    <summary>【録画放送中！】  ■会見中に竹宮惠子さんが「自分のケイコという名前は石原慎太郎...</summary>
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        <name>《THE JOURNAL》編集部</name>
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    </author>
    
    
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        <![CDATA[<p><strong>【録画放送中！】</strong><br />
<object classid="clsid:d27cdb6e-ae6d-11cf-96b8-444553540000" width="320" height="256" id="utv911533" name="utv_n_997135"><param name="flashvars" value="autoplay=false" /><param name="allowfullscreen" value="true" /><param name="allowscriptaccess" value="always" /><param name="src" value="http://www.ustream.tv/flash/video/5465844" /><embed flashvars="autoplay=false" width="320" height="256" allowfullscreen="true" allowscriptaccess="always" id="utv911533" name="utv_n_997135" src="http://www.ustream.tv/flash/video/5465844" type="application/x-shockwave-flash" /></object></p>

<p><small> ■会見中に竹宮惠子さんが「自分のケイコという名前は石原慎太郎都知事の小説から名づけられた」との発言がありましたが、これは本人の記憶違いで、正しくは石坂洋次郎さんの小説から名づけられたとの訂正がありましたので、ご注意ください。なお、放送では会場の音をマイクでそのまま拾ったため、音質がよくありません。誠に申しわけございませんが、あらかじめご了承のほどお願いいたします。</small></p>

<p><iframe src="http://www.ustream.tv/twitterjs/iframe?prefix=%23dame_kaisei&suffix=+%28%23dame_kaisei+live+at+http%3A%2F%2Fustre.am%2F4SrU%29" width="340" height="700" frameborder="0" style="border:0px none transparent"scrolling="no" ></iframe></p>

<div style="text-align: center;">────────────────────────</div>]]>
        <![CDATA[<p>「『東京都青少年健全育成条例の改正案』に反対する作家等リスト（2010年3月15日現在）」をアップしました！今後、まだまだ賛同者が増えるとのことです。</p>

<p>※クリックすると拡大します<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/100315.jpg"><img alt="100315.jpg" src="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/assets_c/2010/03/100315-thumb-250x351-1297.jpg" width="250" height="351" class="mt-image-none" style="" /></a></span></p>

<div style="text-align: center;">────────────────────────</div>

<p>　本日に東京都庁記者クラブで行われた「東京都による青少年健全育成条例改正案と『非実在青少年』規制」について反対する会見を、17時から録画再放送します！ ハッシュタグは<a href="http://twitter.com/#search?q=%23dame_kaisei" target="_blank" >（ #dame_kaisei ）</a>です。</p>

<p>　記者会見には、漫画家のちばてつやさんや永井豪さんをはじめ、社会学者の宮台真司さんも出席。問題となっている作品の登場人物にまで規制をかける「非実在青少年」という概念には、行政や政治の裁量が大きすぎるとして批判の声があがりました。</p>

<p>　今回の改正案の問題点については下記のサイトをご参照下さい。</p>

<p><a href="http://www.the-journal.jp/contents/shinoda/2010/03/15.html"><small>■篠田博之：性表現規制めぐる東京都条例改定の動きが山場に！　15日に漫画家らが記者会見</small></a><br />
<a href="http://mitb.bufsiz.jp/"><small>■東京都青少年健全育成条例改正問題のまとめサイト</small></a><br />
<a href="http://bit.ly/doeZGu" target="_blank" ><small>■とても心配（ちばてつや くずてつ日記）</small></a><br />
<a href="http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/" target="_blank" ><small>■弁護士山口貴士大いに語る</a> ※改正案の問題点がコンパクトにまとまっています</small></a></p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>放送終了まであと3回！「サンデープロジェクト」について語るスレッド</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/03/3_8.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/newsspiral//63.6776</id>

    <published>2010-03-14T01:01:09Z</published>
    <updated>2010-03-14T04:52:18Z</updated>

    <summary>　3月いっぱいでの放送終了を発表した「サンデープロジェクト」が残すところ3回の放...</summary>
    <author>
        <name>《THE JOURNAL》編集部</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=63&amp;id=55</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/">
        <![CDATA[<p>　3月いっぱいでの放送終了を発表した「<a href="http://www.tv-asahi.co.jp/sunpro/">サンデープロジェクト</a>」が残すところ3回の放送となりました。</p>

<p>　今回は核の密約問題、地方分権がテーマとなっており、是非、みなさんのご意見をリアルタイムでお聞きしたいと思います。</p>

<p>　「サンデープロジェクト」の前身である「爽論争論」時代から番組にたずさわっていた《THE JOURNAL》主宰・高野孟は、残りの3回フル出場の予定です。</p>]]>
        <![CDATA[<div style="text-align: center;">＊　　　＊　　　＊　　　＊　　　＊</div>

<p><strong>《3月14日放送内容》</strong></p>

<p><strong>１，「日米密約」検証報告受け...米関係の今後は</strong></p>

<p>密約公表という成果を日米関係改善に生かすことができるのか？</p>

<p>＜出演＞<br />
岡田克也（おかだ・かつや）</p>

<p><strong>２，大激論！地方分権はどうなる？</strong></p>

<p>民主党政権は、地方分権をどう進めようとしているのか？<br />
地方分権で私達の暮らしはどう良くなるのか？</p>

<p>＜出演＞<br />
原口一博（はらぐち・かずひろ）総務大臣<br />
河村たかし（かわむら・たかし）名古屋市長<br />
中田 宏（なかた・ひろし）前横浜市長　</p>

<p><strong>３，シリーズ日本の雇用２：｢均等待遇｣阻む壁</strong></p>

<p>消えた同一価値労働同一賃金原則の謎を独走追跡。<br />
民主党政権は、広がる格差にどう対応しようとするのか？</p>

<p>＜出演＞<br />
内田 誠（うちだ・まこと）ジャーナリスト</p>

<p><small><strong>【関連記事】</strong><br />
<a href="http://www.the-journal.jp/contents/takano/2009/12/post_190.html">■高野孟：サンプロが終わって何が残るのか？</a></small></p>]]>
    </content>
</entry>

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    <title>《インタビュー＆対談》高野孟×喜納昌吉：普天間基地移設問題 ── 米国は日本に丸投げして逃げたがっている！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/03/post_516.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/newsspiral//63.6771</id>

    <published>2010-03-13T07:41:09Z</published>
    <updated>2010-03-15T10:30:16Z</updated>

    <summary></summary>
    <author>
        <name>《THE JOURNAL》編集部</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=63&amp;id=55</uri>
    </author>
    
        <category term="News Spiral" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/">
        <![CDATA[<p><object width="350" height="215"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/RIcFlIyLyyI&hl=ja&fs=1"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/RIcFlIyLyyI&hl=ja&fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="350" height="215"></embed></object></p>]]>
        <![CDATA[<p>　3月11日《THE JOURNAL》取材班は<a href="http://www.kina-okinawa.com/">喜納昌吉</a>（きな・しょうきち）民主党参院議員にインタビューしました。喜納氏は2004年参院選で民主党から出馬して当選し、民主党が野党時代にまとめた「<a href="http://www.dpj.or.jp/okinawavision">沖縄ビジョン</a>」にも深く関わり沖縄の抱える問題を訴えてきました。</p>

<p>　インタビューの途中から《THE JOURNAL》主宰・高野孟が登場します。基地問題で熱い討論...と思いきや、話題は意外な方向へ...</p>

<p><small><strong>【関連記事】</strong><br />
<a href="http://d.hatena.ne.jp/shoukichikina/">■喜納昌吉ブログ：雑誌世界3月号インタビュー</a></small></p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>【第12回】竹中ナミの公判傍聴記：どんだけ意図的にストーリーを創り上げる組織か、はっきり見えたわ！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/03/12_1.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/newsspiral//63.6766</id>

    <published>2010-03-11T12:08:40Z</published>
    <updated>2010-03-11T12:26:32Z</updated>

    <summary> 　3月10日（水）すっかり寒さが戻ってしまった。 　六甲山に住む友人からの「今...</summary>
    <author>
        <name>《THE JOURNAL》編集部</name>
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    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/">
        <![CDATA[<p> 　3月10日（水）すっかり寒さが戻ってしまった。<br />
　六甲山に住む友人からの「今朝も雪が降り続き、外に置いたバイクが雪だるま状態！」とのメールを読みながら、9:45、大阪地裁201号法廷傍聴席に到着。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　グレーのツィードスーツの厚子さんが明るい笑顔で入廷し、傍聴者たちに「おはようございます」と声をかけながら、信岡弁護士と控え室へ入って行く。</p>

<p>　10時開廷。今日は、検事側5名（女性1名）弁護側7名（女性2名）、厚子さんは弁護側に着席。証人の出廷を待つ間、Ｓ検事、なぜかまばたき多し。10:08、間隆一郎（はざま・りゅういちろう）元企画課課長補佐が入廷。180センチの大きな身体を丁寧に折って一礼。証言席でも再び深く一礼。弁護側証人として出廷した間氏は、今までの証人と違って堂々としており、全身から落ち着きが感じられる。</p>

<p>　間元補佐は、裁判長に促され氏名を名乗ったあと、宣誓書を読み上げる。今朝は栗林弁護士からの尋問で公判開始。<br />
「今回の事件を、どのようにして知りましたか？」<br />
間元補佐が「昨年5月28日、外郭団体に行かれた塩田元部長の電話で知りました。」と答える。</p>

<p>　その内容は「職場（塩田氏の転職先）に検察の捜索が入り、携帯まで持っていかれた。検察に（自分は）狙われてるようだ。検察官に、石井議員から障害者団体への証明書発行について依頼の電話を受けただろうと言われたが、自分は全く記憶が無い。もし電話が有ったのなら、きみや村木さんに連絡や相談をしたはずだが、覚えてないだろうか？」という電話だったという。</p>

<p>　間氏は「全く覚えがない。石井議員の名前も聞いたことがない」と答えた後「石井議員は障害福祉に関係ないですもんね」という会話を交わしたという。</p>

<p>　栗林弁護士「その時、どのように感じましたか？」<br />
「当時、塩田氏に議員から色々電話が有ったことは知っているが、政策的に重要なものなら私も相談を受けているはず、と思った」と間氏。弁護士「あなたは、当時どのような仕事をしておられたのですか」<br />
間氏「課長補佐であると同時に、厚労省独自のポストである、政策調整委員という役目を担っていました」<br />
弁護士「政策調整委員というのは、どのような役割なのですか？」<br />
間氏「国会関係の情報収集や答弁の指示を出す役割です。塩田氏に石井議員から重要な電話が有ったなら、必ず聞いているはずの立場です」</p>

<p>　弁護士「村木さんとあなたは、仕事上どのような間柄だったのですか」<br />
間氏「毎日数回、情報交換し、議員や障害者団体とのやりとりが有れば全て話しあっていました。村木課長の行動で自分が知らないのは、外で村木さんが職務上あまり重要でない人と名刺交換したような場合くらいだといえます」<br />
「村木さんは、大変仕事熱心なうえにメモ魔で、省内外で常にノートを携帯していました。私と村木さんは、そのノートをお互いに参照しながら、今日の出来事の引継ぎや案件の打合せなど、短いときは数分、長いときは2ｰ30分の会話を、毎日4,5回交わしていたのです」</p>

<p>　間氏は、厚子さんがメモの中でも重要なものは、手書きだけでなくパソコンにも入力して保存し、仕事に漏れ落ちが無いよう幾重にも記録を残すタイプだったと証言。そして自分は役目柄、自席を離れることが殆どない（というか、離れてはいけない役職としての）日々を送っていたので、厚子さんを訪ねて来た人や厚子さんの仕事内容を最も熟知する立場にあった、こと、厚子さんが石井議員の依頼を処理するよう塩田元部長から指示を受けた、という報告を厚子さんから聞いたことは無く、厚子さんが自身の席で、倉沢被告に会ったり証明書を手渡したりしたなら必ず目にしているはずであるが、そのようなことも全く無かったと、証言した。</p>

<p>　また、間氏の証言で、厚子さんが倉沢被告に「偽造公的証明書を手渡した」という、当時の「企画課の配席図」も明らかになり、倉沢被告が証言した「窓側の通路（のようなスペース）を通って、村木課長席に行った」という動線は、当時背の高いキャビネットで塞がれていたことが判明。通路が無いばかりか、厚子さんの机の前には半透明の衝立があって、真正面から書類を手渡すのは不可能だった、ということも明らかになった。</p>

<p>　間氏の証言を聞きながら私は「検察が間氏を、重要証人として扱わないことの意味、というか意図」が、よ〜く理解できた。厚子さんに、いわば密着して仕事をしていた間さんの証言を重要視すると、検察のストーリーが成り立たなくなるんやね！</p>

<p>　間氏は何度か検察の事情聴取を受け、その都度、厚子さんの仕事ぶりを克明に話し、検察官に反論し、検察官の言いなりにならなかった...つまり検察にとっては邪魔者というか、無視したい存在やったのね。検察の恫喝や誘導に負けたり、取引可能な人だけが、検事側証人として残された、という訳。</p>

<p>　検察が「省ぐるみの犯罪」というなら、厚子さんの直属の部下として密着してた上に、厚子さんを庇う証言をする間氏は、ホンマは最も怪しい人物のはず。検察って、どんだけ意図的にストーリーを創り上げる組織か、はっきり見えたわ！</p>

<p>　検察は、上村元係長が厚子さんから「議員案件なので急いで」と言われたという供述調書をとっていたけど、上村氏が所属する社会参加推進室は、厚子さんが課長を務める企画課の下部組織でありながら、独立した部屋で独立した業務を行っており、一緒に仕事をすることは無く、従って上村元係長と村木課長には「仕事上の接点は全く無かったのです」と、間氏。</p>

<p>　「事件当時は、制度が大きく変化した時期とされているが」と弁護士の尋問が続く。<br />
「障害福祉予算が大幅に不足して、大変な状況だった」と間氏。<br />
「平成15年4月に、障害者の生活や施設を行政が決める措置制度から、障害者自身がサービスを選択する支援費（しえんぴ）制度に転換し、サービスを実現するための予算が大幅に不足してしまったのです。秋ごろからは16年度予算をどう確保するか、あるいはどう切り詰めるかが最大のテーマでした。他のセクション...児童や高齢者福祉予算から分けてもらうようなことも含め、関係部署との折衝も大変だった」と、当時を思い出すように語る間氏の声に苦渋が満ちる。</p>

<p>　「後に自立支援法が成立したが、当時その法案との関係は？」自立支援法を通すため、大物国会議員であった石井氏の依頼を断り切れなかった、という検察側のストーリーの妥当性について、弁護士が確認を始める。「平成16年春には、自立支援法についての議論は全く始まっていませんでした。」と、きっぱり答える間氏。</p>

<p>　「当時、状況打開のために議論されていたのは、高齢者のための介護保健法が障害者にも適用出来ないか、ということでした。高齢者の中には、若くして障害を持ち、高齢になった方もいるので、法の整合性を取ることは可能ではないかと、議論が開始されたのです。しかし障害者団体から反対意見や慎重論が相次ぎ、議論がまとまることは有りませんでした」<br />
「自立支援法に関する議論は、そのような経緯を経て、平成16年8月末から始まりました。私はそのグランドデザインの策定に関わり、平成17年2月、自立支援法は国会に提出されたのです。従って、本事件と自立支援法は、時期的に全く関係が有りません！」間氏の説明に、傍聴席の多数が大きく頷く。</p>

<p>　記事を送るため、法廷を出る記者もいたが、今やもう誰一人、検察のストーリーが崩れる事態に驚くことのない、静かな法廷。</p>

<p>　午前の残り時間で、検事側尋問が有ったが、間氏の当時の仕事内容の確認や、配席図の確認などに終始し、するどいツッコミが何一つ無いまま12時となり、裁判長が「休憩」を告げる。</p>

<div style="text-align: center;">◇　◇　◇　◇　◇</div>

<p>　午後は、裁判官から午前のやりとりを確認する尋問が行われたが、ポイントは「当時の配席図を、どのように確認したのか」ということ。<br />
間氏は「厚労省では、どの席に誰が座っているか...名前と電話番号を書いた配席図を使っており、人が変わると配席図も変わるので、当時のものを見ながら自分の記憶と違っているところはないか、当時の補佐など職員に聞取りをした」こと。その結果「自分の記憶どおり、窓際の通路が無かったことが明確になった」と答える。</p>

<p>　その後、裁判長から、間氏の入省からの経歴が問われ「健康保険、老人福祉、秋田市役所への出向。年金局に戻って、その後、和歌山県庁の出向を終え、平成15年4月から、厚労省社会援護局障害保健福祉部に在籍。平成15年6月から17年8月まで、企画課課長補佐として働いていました」。</p>

<p>　「そして...社会保険支払基金を経て、平成20年7月から医政局に１年在籍。その後、大臣官房人事課でキャリア職員の人事と研修を2年担当し、21年7月からは、政策企画官として社会保障全般を担当しています」と、現在の職責を語って、間氏は経歴の説明を終えた。</p>

<p>　裁判長が、再び質問を投げかける。<br />
「あなたは平成16年に、石井議員の名前を聞いたことは？」<br />
間氏「全く、一度も、ありません」<br />
「石井議員のことを塩田氏から聞いたことは？」<br />
「ありません」<br />
「村木課長から聞いたことは？」<br />
「ありません！」</p>

<p>「あなたは、未明まで部屋に居ることや、泊まり込むことはありましたか？」<br />
「はい。あまりよろしくないことだが、忙しい時はありました。国会審議をお願いしている時などは、朝まで仕事が続くときもあります。でも..」と、そこで間氏の声に、少しハニカミが混じる。<br />
「私は、帰って朝ごはんを食べたいタイプなので、できるだけ帰ります」</p>

<p>　厚子さんから「間氏の愛妻ぶり」を聞いたことのある私は、思わず傍聴席でにっこり。</p>

<p>　「朝の8時ごろに、職員は部屋にいますか？」裁判長が、上村氏が書類を偽造した翌朝の8時に、課長印をこっそり押しに来た時の状況確認、と思われる質問をする。<br />
「厚労省の勤務シフトは、8:30〜17:15、9:00〜17:45、9:30〜18:15　と3種類なので、8時にはまだ誰も居ない場合が多く、その時は鍵がかかっています。」と、間氏。<br />
上村氏が「管理室で鍵を借りて部屋に入った」と証言したことを、思い出す。</p>

<p>　こうして、第12回公判は、しごく冷静に、クールに終わった。<br />
公判後の記者会見で、記者から弘中弁護士に質問が。<br />
「次の公判では、もう少し...なんというか、キャッチーな...見出しになるような事は予定されてますか？」</p>

<p>　弘中弁護士の苦笑いを後に、大阪地裁を出たナミねぇでありました。</p>

<p><small><strong>【関連記事リンク】</strong><br />
◆なみねえのtwitter（公判速報はコチラから）<br />
<a href="http://twitter.com/nami_takenaka">http://twitter.com/nami_takenaka</a></p>

<p>◆「村木厚子さんの完全な名誉回復を願う」（プロップ・ステーション）<br />
<a href="http://www.prop.or.jp/news/topics/2009/20090727_01.html">http://www.prop.or.jp/news/topics/2009/20090727_01.html</a></p>

<p>◆村木厚子さんを支援する会<br />
<a href="http://www.airinkai.or.jp/muraki_sien/index.html">http://www.airinkai.or.jp/muraki_sien/index.html</a></small></p>

<p>-------------------------------------------------------------------------------------<br />
<small><strong>【プロフィール】</strong> 竹中ナミ（たけなか・なみ）<br />
1948年兵庫県神戸市生まれ。神戸市立本山中学校卒。重症心身障害の長女を授かったことから、独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、草の根のグループとしてプロップ・ステーションを発足、98年厚生大臣認可の社会福祉法人格を取得、理事長に。著書に「プロップ・ステーションの挑戦」（筑摩書房）、「ラッキーウーマン〜マイナスこそプラスの種」（飛鳥新社）。</small></p>]]>
    </content>
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    <title>【インタビュー】中後淳：「環東京湾構想」と房総半島から描く新たな成長戦略</title>
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    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/newsspiral//63.6762</id>

    <published>2010-03-10T12:47:08Z</published>
    <updated>2010-03-10T13:58:41Z</updated>

    <summary>　 民主党の中後淳（ちゅうご・あつし）衆院議員は8日、「山崎養世×高野孟：房総の...</summary>
    <author>
        <name>《THE JOURNAL》編集部</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=63&amp;id=55</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/chugo100310_1.jpg"><img alt="chugo100310_1.jpg" src="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/assets_c/2010/03/chugo100310_1-thumb-250x375-1290.jpg" width="250" height="375" class="mt-image-none" style="" /></a></span>　</p>

<p>民主党の<a href="http://chugo.jp/">中後淳</a>（ちゅうご・あつし）衆院議員は8日、「山崎養世×高野孟：房総の未来を考える」シンポジウムのテーマになった「環東京湾構想」について《THE JOURNAL》のインタビューに答えた。<br />
　「限界に突き当たりつつある東京と首都圏が再生する道」として<a href="http://www.the-journal.jp/contents/yamazaki/">山崎養世</a>氏が提唱している「環東京湾構想」。千葉12区から選出された中後氏が東京の対岸・房総半島からみたその構想のポイントを語った。</p>

<div style="text-align: center;">＊　　　＊　　　＊　　　＊　　　＊</div>

<p><font color="#003366" size="+1"><strong>中後淳</strong></font><strong><font color="#003366">衆院議員（民主党）</font></strong></p>]]>
        <![CDATA[<p><font color="#008000">─房総半島の現状と、「環東京湾構想」の注目すべき点は</font></p>

<p>　首都圏中心部と房総半島がアクアラインの開通によって地続きでつながり、通行料金が800円へ値下がりして本当の意味での「地続き」にあと一歩のところまできています。しかし両地域間を地価などの価値づけで比較するとあいかわらずギャップがあります。<br />
　これからの房総半島は開発が遅れてきたことを武器にできる可能性があります。つまり自給できる生活、広い土地などを資源にして、首都圏の一部にいながら「首都圏」とはまったく違う暮らしを実現することができるということです。<br />
　団塊の世代が高齢化したときに、いまの首都圏の環境はその世代を支えるきることが難しくなっています。そこで房総半島が持っている資源に注目すべきと考えます。</p>

<p><font color="#008000">─羽田・成田空港との関係は</font></p>

<p>　「環東京湾構想」には羽田空港の開発が関わってきます。いま羽田は24時間空港、ハブ化の方向に進んでいます。<br />
　成田空港と羽田空港が陸路で結ばれることがあれば、中間地点にくる半島が物流の要所になります。2，30年先を考えると房総半島は可能性が広がります。日本の航空、港湾行政は目先の開発にとらわれていました。海外の先進開発地域が進むスピードに合わせられませんでした。航空会社が日本から離れつつある状況の中、「環東京湾構想」がそれを引き留める手段にもなるかと思います。<br />
　しかしジレンマはあります。千葉県は成田空港があるため、羽田空港のハブ化に大きな声を上げることができません。騒音が懸念されるため羽田空港の24時間化にも強く賛意を表すことはできない問題があります。</p>

<p><font color="#008000">─「環東京湾構想」の実現には行政の協力が必要です。今月28日の木更津市長選挙については</font></p>

<p>　木更津は現在アクアラインの着岸点、歴史的にみても中心地で、房総地域全体を考える最重要地点といえます。<br />
　今回の選挙は房総半島全体を活かす重要な節目で、町づくりの方向性全体を切り替えるチャンスです。市民は首都圏との関係だけでなく、羽田と成田の中間点としての視点をもつことが重要だと思います。</p>

<p><small><strong>【関連記事】</strong><br />
■【第2回】政治家に訊く：中後淳<br />
<a href="http://www.the-journal.jp/contents/politician/2009/09/2.html">http://www.the-journal.jp/contents/politician/2009/09/2.html</a></small></p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>核密約で露呈した日米安保の&quot;闇&quot;  ── 外交にも「官僚主導体制の打破」が必要だ！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/03/post_514.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/newsspiral//63.6760</id>

    <published>2010-03-10T05:55:03Z</published>
    <updated>2010-03-11T06:34:54Z</updated>

    <summary>　日米安保体制の裏側に、核の持ち込みをはじめいくつもの密約が隠されていることは、...</summary>
    <author>
        <name>《THE JOURNAL》編集部</name>
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    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/">
        <![CDATA[<p><img alt="takanoron.png" src="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/takanoron.png" width="80" height="72" / align="left" />　日米安保体制の裏側に、核の持ち込みをはじめいくつもの密約が隠されていることは、天下周知のことで、驚くにはあたらない。有識者委員会の努力で多少ともその実態が明らかになって改めて驚くのは、外務官僚がいかに情報を占有し歪曲し隠蔽までして、内閣と国会と国民を操ってきたかという、外交における「官僚主導体制」の有害性である。</p>]]>
        <![CDATA[<p><strong>●抑止力のまやかし</strong></p>

<p>　事は、単に「官」が「政」を操って国民に嘘をつかせたのがけしからんというに止まらない。少なくとも80年代までは、核弾頭を搭載した米艦船が自由に横須賀や佐世保に寄港したり、あるいはジョージ・パッカード米日財団理事長（元ライシャワー駐日大使特別補佐官）が明らかにしたように、1966年に在沖縄海兵隊が戦術核兵器を密かに山口県岩国基地に運び込んだり、好き放題にやってきた。ということは、国民は長い間、日本政府からそうと知らされないまま、いつどこで核爆発事故に遭うか分からない状態に置かれてきたということである。</p>

<p>　元外務官僚などがあちこちに登場して、「日本が米国の核の傘に依存している以上、核持ち込みを拒絶することは出来ず、しかしそれを明らかにすれば日本の反核世論の手前、政府がもたなくなるという中で、苦悩の選択だった」などといったことを言っているのは噴飯ものである。米国は別に、日本を他国による核攻撃から防衛してくれるために日本に核兵器を持ち込んできた訳ではない。グローバルな核戦略バランスの中で、ロシア極東、朝鮮半島、中国、台湾海峡に直面するこの国土を"不沈空母"として確保し前進拠点としてフル活用しようという、むき出しの国益に立ってそうしているだけのことであって、本当のところ日本に米国の「核の傘」が差し掛けられているのかどうかは疑わしい。</p>

<p>　米国の核の傘がなければ、たちまち北朝鮮や中国の核ミサイルが雨霰と降ってくるかのようなことをいう人もいるが、それは外交や経済の関係を捨象して抽象的な軍事の世界だけに立てこもって物事を単純に割り切ろうとするオタク的な見方である。現に北朝鮮は、２回にわたって日本の上空を飛び越してミサイルを発射して、米の核の傘など働いていないことをすでに確認しているかもしれず、であれば日本にいつミサイル攻撃があってもおかしくはないが、今のところそういうことは起きていないし、起きそうにない。付け加えれば、私が昔から言っているように、北がもし日本を核攻撃する意図があれば、核弾頭の開発などする必要はなく、通常弾頭のミサイルを日本の原発集中地域に降らせればよいのだが、今のところそのようなことは起きていないし、起きそうにない。起きそうにないのは、北が単純な軍事基準だけで自らの行動を決めていないからである。</p>

<p>　結局、外務官僚とそれに追随した政治家たちは、核の傘とは何であるかということを自らの頭で考えることも、米国に問いただすこともしないまま、その言いなりになって、つまりは米国の国益の側に寄って、日本国民を潜在的な核事故の脅威に晒してきたことになる。日本にとって核の脅威はまず米国から来ていたのだが、そのことを国民は知らなかった。</p>

<p>　これが核に限らず「抑止力」一般を論じる場合のポイントで、例えば沖縄の海兵隊は不可欠の抑止力だと米国側は言うけれども、どこからのどういう脅威に対する抑止力なのかはいっこうに具体的に語られることなく、「日本が攻められたらどうするんだ」というような恫喝的な話になってそれが神話化されてきた。沖縄県では08年の１年間に、航空事故27件、廃油による水質汚染事件６件、大規模な地表火災18件、強盗・強姦事件70件が起きていて、日本を守るためにいるはずの米軍が、まずもって日本国民を殺したり犯したりしているのであって、日本にとっての侵略の脅威はまず第一には米国によってもたらされているのである。</p>

<p>　日本を守って貰うためには、核持ち込みも航空事故も少女暴行も、国民が堪え忍ばなければならない防衛のコストなのだというのが、外務省と歴代自民党政権の論理であったのだけれども、それをそのまま受け継ぐべきなのかどうかが鳩山政権に問われていて、この密約問題も普天間問題もその議論の恰好の入り口となるに違いない。</p>

<p><strong>●鳩山政権にもっと時間を</strong></p>

<p>　前出のパッカードは、近着の『フォリン・アフェアズ』３・４月号に「米日安保条約の50年」と題した論文を寄せ、「ワシントンは鳩山新政権に普天間基地の問題を解決するために［５月末などと言わずに］もっと多くの時間を与えるべきである」と論じている。</p>

<p>「そもそもなぜ海兵隊が沖縄にいるのか、彼らは何の脅威に対抗しようとしているのか、と問う人もいる。しかしそのような問いにも鳩山の懸念表明にも応えようともせずに、ゲーツ国防長官は昨年10月に東京に来てただ06年合意を実行するように迫った」</p>

<p>　この後に上の「もっと時間を」という文が続く。そしてさらに彼は言う。</p>

<p>「より一般的に言えば、米国政府は日本の強力な第二党が選挙を通じて政権を得たことを、米国自身が種を蒔くのを手伝った民主主義が日本に根付き始めた証拠として祝賀すべきである。そうすることは、日本がペンタゴンの命令におめおめと従うことを今後は期待できないということを意味するだろう。そうすることはまた、日本の諸政党が安全保障の問題について自分なりの意見を持つ権利を認めることを意味するだろう。......ペンタゴンにとって愚かなことは、政権について１カ月しか経っていない鳩山を［ゲーツ国防長官を送り込んで］怒鳴りつけるような真似をすることである」</p>

<p>「ワシントンは"低姿勢"をとって、東京との間で安保をめぐるあらゆる問題を思慮深く再検討すべきである。......米国政府は、日本国内の米軍プレゼンスを削減したいという日本の切望を尊重すべきである。ドイツ、韓国、フィリピンのそのような切望に対してそうしてきたのだから。在日米軍のプレゼンスは、19世紀的な治外法権の考え方を思い起こさせるようなもので、それを取り決めている［日米地位］協定については再交渉すべきである」</p>

<p>　鳩山は、岡本行夫のような安保の"闇"の一部であるような人物のアドバイスに耳を傾けるのでなく、こういう真の知日派をこそ海を越えて内閣の顧問に迎えるべきではないか。▲</p>

<p><a style="text-decoration : none;" a href="http://www.the-journal.jp/contents/insider/"><div align="center"><strong>↓「高野論説」過去記事はコチラ↓</strong><br />
<img alt="insider.gif" src="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/insider.gif" width="280" height="90" /></div></a></p>]]>
    </content>
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    <title>【特集:静岡空港問題】知事がかわっても行政組織の体質はかわらない</title>
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    <published>2010-03-09T10:37:43Z</published>
    <updated>2010-03-10T16:18:19Z</updated>

    <summary> 　3月に入り、静岡県は一連の静岡空港をめぐる問題の「解決」に向けてアクセルを踏...</summary>
    <author>
        <name>《THE JOURNAL》編集部</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/tachigi1.jpg"><img alt="100309tachigi.jpg" src="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/assets_c/2010/03/tachigi1-thumb-250x183-1278.jpg" width="250" height="183" class="mt-image-none" style="" /></a></span></p>

<p>　3月に入り、静岡県は一連の静岡空港をめぐる問題の「解決」に向けてアクセルを踏んでいる。16年間続いた石川県政から一転、<a href="http://www.pref.shizuoka.jp/governor/index.html">川勝平太</a>（かわかつ・へいた）知事のもとで県政に変化が訪れているのか。</p>

<p>　県は<a href="http://www.mtfuji-shizuokaairport.jp/">富士山静岡空港</a>（以下静岡空港）西側にある立ち木の伐採ルールを取り決め（<font color="#ff4500">資料1</font>）、県が余分に取得した土地についても返還する約束（<font color="#ff4500">資料2</font>）を地権者の大井氏と取り交わした。</p>

<p>　「何があっても強制力を行使しないことを約束したかった」</p>

<p>　開港から半年以上経った現在も決められていなかった立ち木の伐採管理のルールがようやくまとまった。5日に県と大井氏が取り交わした確約書には、協議当初の段階では存在していなかった5項目が加わっていた。20年にわたって県と対峙し続けた大井氏が「誠意を持った協議」を求める背景には、いまだに払拭できない県への不信感があるのだろうか。</p>]]>
        <![CDATA[<div style="text-align: center;">＊　　　＊　　　＊　　　＊　　　＊</div>

<p><font color="#003366" size="+1"><strong>大井寿生</strong></font><strong><font color="#003366">氏（島田市）</font><br />
「知事がかわっても、行政組織の体質はかわらない」</strong></p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/100309_ooi.jpg"><img alt="100309_ooi.jpg" src="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/assets_c/2010/03/100309_ooi-thumb-250x166-1280.jpg" width="250" height="166" class="mt-image-none" style="" /></a></span></p>

<p><font color="#008000"><strong>Q：なぜ最後の項目をつけることになったか</strong></font></p>

<p>　今後も空港に関わるさまざまな問題が生じてくる事に強い懸念を持っていいたからです。単なる紙っぺらだし、石川前知事のように約束を反故にする人が相手では何の意味もありませんが、何かあった時のためにぎりぎりのところで5項目のような形を持っておきたいのです。「これからの問題は協議で解決する」という5項目が守られていることを前提にして、4項目までに応じていきます。</p>

<p><font color="#008000"><strong>Q：川勝知事になって県政に変化はありますか</strong></font></p>

<p>　今日（9日）のニュースで川勝知事が静岡空港の需要予測について「過大だったと認めざるを得ない」と言いました（リアルタイム静岡「<a href="http://www.tv-sdt.co.jp/nnn/news8803354.html">空港需要予測　過大と知事</a>」）。こういった「普通の人」が思うことを知事が言ってしまうことは意外と大きなことです。知事は県民が求めている立場を認識しているようです。一方で搭乗率保証の問題では大人げないことを言ってしまうところがありますけど（相川俊英：<a href="http://www.the-journal.jp/contents/aikawa/2009/09/jal.html">JAL経営再建　まず高コスト体質を改善せよ</a>）。</p>

<p>　いずれにしても知事がかわったとしても、行政組織全体の体質は変わらないなという印象があります。</p>

<p><font color="#008000"><strong>Q：県の対応は変わりませんか</strong></font></p>

<p>　県が余分に収用した土地の返還について、5日の記者会見で「測量ミスがあった土地は返すのですね」との質問に、「ミスじゃない。誤差だった」と県は言い張っていたようです。しょうもないところでは形だけ整っていればいいのです。ウンザリしますよ。</p>

<div style="text-align: center;"><font color="#ff4500">＊　　　＊　　　＜資料1＞　　　＊　　　＊</font></div>

<div style="text-align: center;">【確約書】</div>

<p>静岡空港の制限表面下の土地所有者　大井寿生（以下「地権者」という。）と静岡県（以下「県」という。）は下記のとおり確約する。</p>

<div style="text-align: center;">記</div>

<p>1　制限表面に支障となるおそれがある自生した笹、草、立木等は、県が、管理行為として除去するものとする。<br />
　除去は、原則として年4回とする。ただし、現地の状況により除去の必要があるときはこの限りではない。</p>

<p>2　制限表面に支障となるおそれがある立木のうち、用材に供することが予定されているものは、地権者と県が締結する補償契約に基づき伐採するものとする。</p>

<p>3　上記1及び2の位置及び範囲については、県が地権者に示すものとする。</p>

<p>4　上記1及び2の立木等が存する土地のうち、新たに補償が必要となるものについては、使用地と同等の内容で補償するものとする。</p>

<p>5　今後、静岡空港を起因として地権者に影響を及ぼす諸課題については、双方が誠意を持った協議により解決を図るものとする。<br />
<div style="text-align: right;"><br />
静岡県空港建設事務所長<br />
藤　田　泰　秀</div></small></p>

<div style="text-align: center;"><font color="#ff4500">＊　　　＊　　　＜資料2＞　　　＊　　　＊</font></div>

<p><small><div style="text-align: right;">平成22年3月1日</div><br />
大井　寿生　様<br />
<div style="text-align: right;">静岡県知事　川勝平太</div></p>

<div style="text-align: center;">収容地の返還について</div>

<p>　大井寿生様とご家族の皆様には、昭和62年に静岡空港建設予定地が「島田・榛原地区」に決定以来、これまでの22年の間、空港の建設を巡り言葉に尽くせぬ御心労をお掛けしてきたこと、深くお詫び申し上げますとともに、これまでの協議に、真摯に御対応いただき、心から感謝いたします。</p>

<p>　静岡空港整備事業の施行に際し、静岡県は、平成15年に航空レーザー測量を実施し、起業地の範囲を記した図面を作成の上、平成17年7月に事業認定を得、平成18年の県収用委員会の審理を経て、静岡空港整備事業に必要な土地を取得いたしました。<br />
　その後、事業の進捗に伴い、平成20年10月23日から25日に、いわゆる丸茶畑付近で測量を実施したところ、平成15年測量の結果と一致せず、静岡空港整備事業に必要でない土地があることが確認されました。<br />
　このため静岡県としては、当該土地について大井様に協議をお願いし、平成21年12月8日には、大井様に現地で当該土地の境界を確認いただいたところであり、平成21年12月21日には分筆登記を完了することができました。<br />
　今後の手続きにつきましても、大井様の御高配を賜りますよう引き続きよろしくお願いいたします。<br />
　大井様をはじめとする多くの地権者の皆様の計り知れない苦悩、労苦と引き替えに、静岡空港を開港できたことに、重ねて御礼を申し上げるとともに、静岡空港がより多くの県民の皆様に利用されれるよう努力してまいりますので、ご理解を賜りますようお願い申し上げます。</small></p>

<p>（資料1、2は大井氏から頂いた文書を編集部がテキストにしてアップしました）</p>

<div style="text-align: center;">--------------------------------------------</div>

<p><small><strong>【特集：静岡空港問題】</strong></p>

<p><a style="text-decoration : none;"  a href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/01/post_184.html">（1）"虚構"の静岡空港　県民に知らされていない大問題<br />
　─相川俊英：静岡空港の問題点を語る（09.1.26）</a></p>

<p><a style="text-decoration : none;"  a href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/02/post_193.html">（2）続 "虚構"の静岡空港　県がひた隠す開港延期の本当の理由<br />
　─大井寿生：県の無責任体質を明らかにする（09.2.5）</a></p>

<p><a style="text-decoration : none;"  a href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/06/post_277.html">【特集：静岡空港問題】開港直前インタビュー！">（3）開港直前インタビュー（09.6.3）</a></small></p>]]>
    </content>
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    <title>日米密約はあった！ 外務省が極秘資料をホームページで公開</title>
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    <published>2010-03-09T09:08:23Z</published>
    <updated>2010-03-09T11:01:15Z</updated>

    <summary>　日米の密約問題を調査していた外務省の有識者委員会（座長・北岡伸一東大教授）は9...</summary>
    <author>
        <name>《THE JOURNAL》編集部</name>
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    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/">
        <![CDATA[<p>　日米の密約問題を調査していた外務省の有識者委員会（座長・北岡伸一東大教授）は9日、岡田外務相に報告書を提出した。</p>

<p>　委員会が検証の対象とした密約は、1960年代から70年代に日米間で交わされたとされる（1）1960 年1 月の安保条約改定時の、核持ち込みに関する｢密約｣（2）1960 年1 月の安保条約改定時の、朝鮮半島有事の際の戦闘作戦行動に関する｢密約｣（3）1972 年の沖縄返還時の、有事の際の核持ち込みに関する｢密約｣（4）1972 年の沖縄返還時の、原状回復補償費の肩代わりに関する｢密約｣ ── の4つ。</p>

<p>　このうち、委員会は（1）（2）（4）の3つを密約と認定。69年に交わされたとされる（3）のいわゆる「沖縄核再持ち込み合意」については、政府内で引き継ぎがされていなかったために密約と認定されなかったが、岡田外相は報告後の記者会見で「一般常識からみれば密約だ」と述べた。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　今回の報告書で注目されるのは、報告書の発表と同時に、検証の対象となった極秘文書が生の状態（Raw Deta）で外務省のホームページで公開されていることだ。その数は「報告対象文書」が35点、「その他関連文書」が296点にのぼる。今後、インターネットユーザーが機密扱いを解除された文書を読み込むことで、さらなる発見につながる可能性もある。</p>

<p>　一方、委員会は密約に関する重要文書が多数破棄されていることを「遺憾」「深刻な反省が必要」と厳しく批判している。外交文書の破棄は歴史を改ざんする行為に等しく、岡田外相も「今後、何らかの調査が必要」としている。</p>

<div style="text-align: center;">＊　　　＊　　　＊　　　＊</div>

<p>■外務省内部調査報告書（PDF）<br />
<small><a href="http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/mitsuyaku/pdfs/hokoku_naibu.pdf" target="_blank">http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/mitsuyaku/pdfs/hokoku_naibu.pdf</a></small></p>

<p>■有識者委員会による報告書（PDF）<br />
<small><a href="http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/mitsuyaku/pdfs/hokoku_yushiki.pdf" target="_blank">http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/mitsuyaku/pdfs/hokoku_yushiki.pdf</a></small></p>

<p>■いわゆる「密約」問題に関する調査結果（外務省）<br />
<small><a href="http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/mitsuyaku/kekka.html" target="_blank">http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/mitsuyaku/kekka.html</a></small></p>

<p>■報告対象文書（35点）<br />
<small><a href="http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/mitsuyaku/taisho_bunsho.html" target="_blank">http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/mitsuyaku/taisho_bunsho.html</a></small></p>

<p>■その他関連文書（296点）<br />
<small><a href="http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/mitsuyaku/kanren_bunsho.html" target="_blank">http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/mitsuyaku/kanren_bunsho.html</a></small></p>]]>
    </content>
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    <title>《音声配信中！》郷原信郎×魚住昭：日本人は「検察＝正義」というマインドコントロールから脱却せよ！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/03/post_512.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/newsspiral//63.6756</id>

    <published>2010-03-08T10:15:37Z</published>
    <updated>2010-03-08T11:11:38Z</updated>

    <summary>  　元検事で名城大学教授の郷原信郎氏とジャーナリストの魚住昭氏が、8日午後に都...</summary>
    <author>
        <name>《THE JOURNAL》事務局</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=63&amp;id=11</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/gohara_uozumi100308.jpg"><img alt="gohara_uozumi100308.jpg" src="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/assets_c/2010/03/gohara_uozumi100308-thumb-250x166-1254.jpg" width="250" height="166" class="mt-image-none" style="" /></a></span> </p>

<p>　元検事で名城大学教授の郷原信郎氏とジャーナリストの魚住昭氏が、8日午後に都内の外国人特派員協会で行った記者会見「What's Next? Ozawa VS. Prosecutors」の音声をアップしました。</p>

<p>　日本の司法とメディアの異常な共棲関係を告発する貴重な会見となっています。ぜひお聴き下さい！</p>

<div style="text-align: center;">─────────────────────</div>

<p>■郷原信郎×魚住昭<br />
　「What's Next? Ozawa VS. Prosecutors」<br />
　（英語通訳付き）</p>

<p><a href="http://bit.ly/9Lvwo2" target="_blank" ><strong>→ダウンロードはコチラ（mp3）←</strong></a></p>

<p><small>※クリックでダウンロードできない場合は、「右クリック→ファイルを保存」を選択して下さい</small></p>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>【放送終了】 魚住昭×郷原信郎：「検察の正義」を議論！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/03/1220.html" />
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    <published>2010-03-08T02:35:43Z</published>
    <updated>2010-03-08T11:01:46Z</updated>

    <summary>■放送終了（14：10） Live TV : Ustream 本日12時20分す...</summary>
    <author>
        <name>《THE JOURNAL》編集部</name>
        <uri>http://www.the-journal.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=63&amp;id=55</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/">
        <![CDATA[<p><strong>■放送終了（14：10）</strong><br />
<object classid="clsid:D27CDB6E-AE6D-11cf-96B8-444553540000" width="320" height="256" id="utv844408"><param name="flashvars" value="autoplay=false&amp;brand=embed"/><param name="allowfullscreen" value="true"/><param name="allowscriptaccess" value="always"/><param name="movie" value="http://www.ustream.tv/flash/live/1/1162618"/><embed flashvars="autoplay=false&amp;brand=embed" width="320" height="256" allowfullscreen="true" allowscriptaccess="always" id="utv844408" name="utv_n_86982" src="http://www.ustream.tv/flash/live/1/1162618" type="application/x-shockwave-flash" /></object><a href="http://www.ustream.tv/live" style="padding: 2px 0px 4px; width: 400px; background: #ffffff; display: block; color: #000000; font-weight: normal; font-size: 10px; text-decoration: underline; text-align: center;" target="_blank">Live TV : Ustream</a></p>

<p><iframe src="http://www.ustream.tv/twitterjs/iframe?prefix=%23tfcc0308&suffix=+%28%23tfcc0308+live+at+http%3A%2F%2Fustre.am%2F4SrU%29" width="320" height="500" frameborder="0" style="border:0px none transparent"scrolling="no" ></iframe></p>

<p>本日12時20分すぎより、外国人特派員協会で行われる魚住昭さんと郷原信郎さんの記者会見を緊急生中継します！ </p>

<p>ハッシュタグは［ #tfcc0308 ］です！</p>

<p><strong>※生中継は、通信環境や機材の状態により、突然中断する場合があります。あらかじめご了承くださいm(__)m</strong></p>]]>
        
    </content>
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    <title>【第11回】竹中ナミの郵便不正事件公判傍聴記：「これは政治案件ですよ」は、真っ赤な嘘</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/03/11_1.html" />
    <id>tag:www.the-journal.jp,2010:/contents/newsspiral//63.6750</id>

    <published>2010-03-06T10:05:12Z</published>
    <updated>2010-03-06T10:15:35Z</updated>

    <summary>　3月4日（木）、朝から小雨そぼふる中、大阪地裁へ。今日はジャーナリストの江川紹...</summary>
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        <name>《THE JOURNAL》編集部</name>
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        <![CDATA[　3月4日（木）、朝から小雨そぼふる中、大阪地裁へ。今日はジャーナリストの江川紹子さんも東京から傍聴に来られ、地裁で合流。<br /><br /> ]]>
        <![CDATA[　　今日は石井一参議院議員の出廷日ということで傍聴券の抽選があるため、駐車場に人の列。初公判が４倍だったことを思うと想像したほど多くない。私は家族傍
聴券を戴いていたが、運だめし（?）と思って並んでみたが...くじ運の悪い私は、やっぱり外れた!　せっかくなので抽選券に当たった江川さんと記念写真
を撮らせて戴こうとカメラを構えたら「敷地内撮影禁止っ！」と、警備員にどえらく怒られる。朝からとほほな私...(^^;)<br />
<br />
仕方なく、地裁の敷地から出て、傍聴券の当たった江川さんとツーショット。<br />
<br />
　10時開廷。石井議員入廷。白髪、大柄。選挙区が私の住む「兵庫一区」なので、選挙カーや路上演説などでお見かけしたことはあるが、間近に会うのは初めて。「こわもて」の印象を抱いてたが、終始、穏やかな声で話された。証言席に移る前に、秘書がペットボトルのお茶を渡し、一口飲んで証言席へ。<br />
<br />
　石井氏は弁護側証人なので、宣誓の後、弘中弁護士からの質問で尋問開始。まずは1969年衆議院議員初当選から今日までの経歴や所属した委員会などが語られる。外交、防衛・安保、国土交通、都市開発に関する委員や選対委員長歴任など。<br />
<br />
　弘中弁護士が「厚労省の委員会はありますか? 」と聞いたあと「いわゆる厚労族議員かということですが」と直截にいったので、廷内にちょっと笑い。「厚労委員会に属したことはなかったと思うが...私は何省の族議員でもない」と、ちょっとムッとした口調で石井氏。<br />
<br />　「本事件に関わった倉沢を知ってますか?」弘中弁護士の質問が核心に触れ始める。「勿論!」と、石井氏。弘中氏「どんな人でしたか?」「1982年に秘書
公募で採用した。礼儀正しい人だったが、1年後の選挙で私が落選した時に事務所を離れ、その後、職を転々とした後、弟（石井一二氏）の秘書になったので、
わたしにとっては弟の秘書という印象が強い。」と石井氏。「1年で辞めたので、重要な仕事は担当していない。」とも。<br />
<br />
　この後、何度も石井氏は、倉沢被告が自分にとって重要人物ではないことを繰り返し述べる。「彼は私のインナーサークルの人ではない。奥さんが働いて支えて
るとも聞いたし、失礼な言い方になるが、職を転々としてるので、どこで何をしてるか知らない。いわば周辺の人だ。」クールでかなり突き放した言い方。「イ
ンナーサークルの人ではない」という言葉を聞いた時は、なぜだか背筋がゾワッと。<br />
<br />
　弘中氏「あなたは、倉沢氏とどの程度の接触が有ったのでしょう?」石井氏「私は克明に手帳をつける性格で、いつ誰と、どんな要件で会って、どう対応したか
などを全て書いている。それによると...倉沢に会ったのは、2001年1回、02年0回、04年2回...07年は選挙があり、かなり会っているが、そ
れでも6回。つまり平均すると年に1－2回事務所に顔を出す程度ということです。」と石井氏。<br />
<br />
　弘中氏「次にお聞きしますが、あなたは厚労省社会援護局元部長の塩田幸雄氏との面識はありますか？」。石井氏「覚えがありません。長年議員をしていると、
相手は僕を知っててもこちらは記憶がないということが、いくらでもあります。塩田さんというのは直接会ったこともないし、顔も思い浮かばない。」弘中氏
「塩田氏は、阪神淡路大震災後の復興委員会であなたに会ったと言ってますが...」石井氏「兵庫一区は被害が大きかったので、会った事実がないとはいえな
いが、覚えがありません。」<br />
<br />
　「では...」弘中氏の口調が少し厳しくなる「平成１６年２月下旬頃、あなたが塩田氏に、障害者団体の件で相談が行くので、よく聞いてやって欲しいと、電
話したことは？」。石井氏「全くありません。働きかけなど一切していません。」弘中氏「そのようなことが、あたかも有ったような報道が多々なされて、あな
たは名誉毀損の訴えを起こされていますね。」<br />
<br />
　「訴訟など起こしたくなかったっんですが...」石井氏の声のボリュームが少し上がる。「報道がなされた２００９年春は総選挙前の大変な時期ですよ。まし
て党副代表でしたから。その時期に、新聞、ＴＶ、週刊誌などで毎日毎日、身に覚えのないことが報道され、カメラやマスコミがいつもついてくる。そんな状況
が続いて本当に困りました。<br />
<br />
　そのうち「キャリアウーマンが私の依頼に抗しきれなかった！」などというタイトルが地下鉄の中吊りにも載る有様で...」石井氏は真剣に訴える。しかし
「ついには男女関係でもあるのかという電話までかかってくるようになり...」と話しはじめると、廷内のあちこちで笑いが起きる。<br />
う～ん、ちょっと自慢っぽいかも。(^^;)<br />
「まぁ、そのような訳で弁護士に相談して、身の潔白を証明するために週刊誌を訴えたのです。」<br />
<br />
　その後、石井氏は「今日なぜ出廷したか」を問われ「私自身もマスコミに書かれて相当辛い思いをしたが、村木さんという女性局長は高知の大学を出て東大卒の
競争の中であそこまで上り詰めた。それなのに被告人の席に立たされて、さぞ辛く苦しいだろうと、その心情を思い、同情の気持ちから、今日の出廷を決め
た。」と語った。<br />
<br />　「では問題の、平成16年2月25日についてお聞きします。」弘中弁護士の厳しい口調に、廷内が静まる。「これが倉沢の手帳ですが...」法廷内の左右の壁にかけられた 大きなディスプレイに、手帳が写しだされる。<br />
<br />　「この日の倉沢の手帳には＜13時　石井一、木村＞との記述があり、これが本事件にあなたが関与している...口添えを依頼され、厚労省に働きかけた、と
いう疑いに繋がってるのですが、あなたはこの日、倉沢と会われてますか？」。石井氏「絶対ありえません！私は過去40年間、その日の出来事を手帳に記録し
てますから・・・200冊になるんですよ。それを確認してもらえれば...」<br />
<br />　石井氏の言葉を受けて弘中氏が「手帳を!」と、裁判長に要請したとたん、検事が「異議あり!」と大声で叫びながら立ち上がる。公判前整理手続で証拠採用し
ていないものを、突然出すな、というのが検事の言い分だ。「採用できません!」検事の顔が真っ赤になる。「ダメです!」「認められません!」<br />
<br />　「では、証拠採用が必要な理由を述べます。」と弘中氏が冷静に話し始める。「まず何より、石井氏の関与を言ってるのは検察官です。これを争う場で、否定材
料を提出するのは、当たり前ではないですか？」。立ち上がった検事は着席するのも忘れて、真っ赤な顔のままで弘中氏を見つめている。<br />
<br />
　「公判前整理手続の段階では、石井氏が克明に手帳に記録をとる方だとは分かりませんでした。しかし本件について、昨年９月に石井氏が事情聴取を受けた時、
実は石井氏は手帳を検察官に見せているんですよ。検察官がきちんと見なかっただけです。石井さん、その時の検察官がここに居ますか？」「はい」石井氏が
検事席を見ながら答える。「そこにおられる・・・少し太られてメガネもかけておられるので別人のように見えるが、あの方です。」名指しされたＭ検事、ちょっと顔を赤らめて、俯く。<br />
<br />　私は驚いて傍聴席で飛び上がった。なぜならこの事件は「石井議員の口利きに端を発した、政官がグルになって犯した犯罪」と検察は言い続けているにも関わら
ず、捜査時点はおろか逮捕・起訴後３ヶ月の間、倉沢の供述の裏付け捜査を一切行っていないということが明らかになったからだ。ようやく９月に入って、あわ
てて石井議員から話を聞いたのだろう。検察は、事件の端緒になる口利きについて最も基本的な裏付け捜査もせずに、主犯の供述だけを基にして厚子さんを逮捕・起訴していたことになる。何という暴挙!　何という怠慢!　開いた口が塞がらないとは、こういうことだ!!<br />
<br />　「そのような訳で、手帳の証拠採用をして戴きたい!」弘中氏の言葉に、裁判長が頷く。<br />
ディスプレイに、石井氏の手帳がアップで映し出される。「2004年2月25日...この日に丸印がついてますが、これは？」「それはゴルフの日、という
印です」と石井氏。「7：56ティーオフと書かれてますね。どこのゴルフ場ですか?」「成田です。」しばらく、参加メンバーやスコア、何時頃終わったとい
うような会話が続く。<br />
<br />　「この手帳を、あなたはＭ検事に見せたんですよね。事情聴取の場所は？」「大阪のリーガロイヤルホテルでした。」と石井氏。<br />
<br />　う～む、国会議員を呼び出す時は一流ホテルで話を聞くのか...と心のなかでツッコミを入れる私。<br />
「（事情聴取なので）会話は録音されてるはずですね？」と弘中氏。うなずく石井氏。その後、手帳を精緻に点検しながら弘中氏と石井氏のやりとりが続き、その日はどのようにしても石井氏が倉沢に会うことは出来なかったことが判明。<br />
<br />
　記者たちが、バラバラっと法廷外に飛び出す。今日の報道は「石井議員、その日はゴルフ!」やね、きっと。弘中弁護士の辣腕ぶりが、いかんなく発揮された午前の法廷だった。<br />
<br />　11時過ぎ、少し休憩がとられると、石井氏は笑顔とドスの利いた声で弁護団席に座る厚子さんに近寄り「初めてお会いしますね」と声をかける。立ち上がって微笑みながら一礼する厚子さん。<br />
<br />　休憩の後は検事が尋問に立ち、石井議員の秘書の人数や役割分担、陳情対応などを聞いた後「あなたが凛の会を知ったのは？」と石井氏に問うた。「2004年11月6日です。」と石井氏。それは偽造証明書が発行されてから、2年10ヶ月も後のことだ。「議員会館ではなく、十全ビルのオフィスで会いました。」<br />
<br />　「選挙の手伝いをすると言って来た倉沢が、選挙関係の話をした後、新聞のようなものを僕に見せて、これを選挙に活用してはどうか、と提案するので見ると
＜凛＞と書いてあった。これを選挙公報に使うと、障害者郵便なので安く送れる。８円だかなんだか、そんな話だった。でも障害者関係を熱心にやってる議員は
他に居るし...障害者にしか送れないんじゃあまり意味もないし...あ、もしかしたら、誰にでも送れるのかな？これは村木さんに聞いたほうが早いか。」
と、そこまで言ってニッコリ笑う石井氏。傍聴席にも笑い声。<br />
<br />　「まぁそんな訳で、断ったよ。倉沢もそれ以上言わなかったしね。」<br />
　「僕はね、倉沢には犯罪は構成できないと思うんだ。使われたり、利用されたりするタイプだよ彼は。今はどうしてるか全く知らんね。」<br />
<br />　12時過ぎたので、ここで昼休みとなる。地裁駐車場前の喫茶店で、アイスティを飲みながらツイッターに「公判傍聴記速報」を打ち込む。パソコンを閉じる前
にツイッター・サイトをのぞくと、江川さんも凄いスピードで速報をＵＰしている。わぁ～い、ツイッター競演だ!　とちょっと浮かれてたら、午後の法廷に入
るのが少し遅れてしまった。そろりと法廷の扉を開けると、わっ、なんやなんや!　検事と弘中弁護士が大声で言い争っているやないの!!<br />
<br />　検事がまだ石井議員の手帳を「証拠採用できない!」「不意打ちだ!」などと叫んでいる。往生際の悪いやっちゃなぁ。「公判前整理手続で提示していなければ
ダメだという法律など無いでしょう!」と弘中弁護士。怒鳴り合いが終わらないので裁判長が「ではこの件は後ほど。」と公判を続けるよう促す。<br />
<br />　そして公判が再開されたが、その後の検事側の言動にはズッコケた。なんと検事側も、石井氏の手帳の平成16年2月25日のページをディスプレイに映し出し
て尋問を開始したのだ。しかもすでにゴルフ場に色々裏をとってることが丸わかりの尋問が続く。弘中氏が立ち上がり「そっちの調べたことも、証拠提出しなさ
いよ!裁判長、証拠請求します!」<br />
<br />　「いや、これはまだ調査中のことなので...正式な書面化もしていないので、証拠ではない!」<br />
検察側は、平成16年2月25日に石井氏がゴルフに行っていたことに気づき、こっそりゴルフ場や同行した関係者にあたっていたのだろう。弁護団に先を越されたことが悔しくてならないんやね、きっと。<br />
<br />　検察側は、ゴルフに同行したK議員が、当日予算関係の委員会に出席していたことの「証拠」となる「委員会出席者名簿」を持ち出して（これだって証拠採用さ
れていないコピーものやのに、自分が証拠のように使うのは、良いらしい）石井氏のゴルフというアリバイを崩そうとした。しかしその委員会は、出席してもし
なくても「委員全員の名前が出席者名簿に掲載される」という慣習だということを石井氏が暴露し、もう法廷はしっちゃかめっちゃかの様相に。<br />
<br />　最終的に裁判長の判断で、石井氏の手帳の「平成16年2月24日と25日」が「証拠採用」され、今日の公判が終わった。<br />
<br />　傍聴者たちがみな、席からザワザワと立ち上がりかけた時、石井議員が「ひとこと、お話させて戴きたいことがある。」と声を張り上げた。裁判長、検事、弁護団、傍聴者全員が石井氏が何を言うのかと耳を傾ける。<br /><br />　石井氏の、政務に鍛えられた大きな声が「私は、この裁判の結果は、検察庁の倫理・存在（意義）を問うていると思っている。検察が、公正無私で善であることを私は希望している。」と語った。<br />
<br />　そして石井氏は、公判後の記者会見でも「あなたたちマスコミは、私を犯人扱いしてこられた。村木厚子さんも、大変つらい思いをしておられる。事実に基づか
ない報道を続けてこられた皆さんは、いったいこの責任をどうとるのか。情報の集め方にも問題があるのではないか」と、問題提起を投げかけて、大阪地裁を後
にした。<br />
<br />
　最後に、今日の石井氏の証言の中で、最も印象に残った言葉を記しておこう。<br />
「私は、顔はいかついが、実は心は優しいのですよ。」<br />
笑いを誘うことも忘れない、関西人の石井さんであった。<br />
]]>
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    <title>【第10回】竹中ナミの郵便不正事件公判傍聴記：裁判長に座布団３枚！</title>
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    <published>2010-03-03T23:10:51Z</published>
    <updated>2010-03-04T14:48:51Z</updated>

    <summary> 　3月3日、お雛祭りの今朝は、数日間の暖かさが去り、コートを羽織って自宅を出る...</summary>
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        <name>《THE JOURNAL》編集部</name>
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        <![CDATA[<p> 　3月3日、お雛祭りの今朝は、数日間の暖かさが去り、コートを羽織って自宅を出る。ゆとりを持って出かけたのに、JRが事故で（？）30分も遅れ、大阪地裁201号法廷に10時5分過ぎに駆け込む。でもなぜか上村氏の入廷が少し遅れ、10時10分開廷となったので、冒頭から傍聴できることに。ホッ。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　検事から、被疑者ノートを中心とした尋問が続く。検事が確認し続けたのは「取調べ検事の作文だとあなたは証言してきたが、あなたはノートの各所で（調書に）同意してるだけでなく、取調べに不満が無い、という欄にもチェックを書き入れているではないか」「後日、書き加えたり書き直したりしたのではないか」の２点。</p>

<p>　それに対して上村氏は「法廷で証拠として公開されることは全く知らなかったが、自分が後で（取調室で何があったか）読み返す必要を感じていたので、書き直しはしていない。」「不満がない、にチェックした時は、何を言っても無駄と感じて、もうどうでも良いやと投げやりになっていたから」と証言。</p>

<p>　「村木課長は本当のことを言って欲しい、という記述もあるが？」と検事。「塩田さんが村木さんに指示したとか、誰かが郵政の森さんに電話したとか、検事から色々聞かされて、もしかしたら自分が単独で偽造した以外に、もう１枚証明書は偽造されたのでは？と思ってしまうほどだった。」</p>

<p>　「だんだん僕は頭が混乱し、村木さんが何か知ってるなら話して欲しいと思った時もあったが、検事から偽造証明書は１枚だと聞いて、村木さんは絶対関与してないと確信できた。でもそれを何度言っても調書に書いてもらえなかった。」</p>

<p>　検事「村木課長の関与を自分から言ったことは？」。上村「全くありません！」。検事「でも被疑者ノートに＜村木関与を認めた＞と書いてますよね」。上村「違います。認めさせられたという事です」。検事「自供したんじゃないんですか？」ここで弁護側より「異議あり！」の声。裁判長が異議を認める。</p>

<p>　「でもあなたは...」検事が問いかけ方を変える。「村木さんの関与を積極的に否定してませんよね」。上村氏「はい」。検事「この段階（起訴前日）で、それをほのめかしでもしておかなければいけなかったのでは？裁判官からも最後のチャンスと声をかけられたのでしょう？」。</p>

<p>　上村氏「怖くて...迷いに迷って、ああいうあいまいな書き方になってしまった。申し訳なかった。勇気がなかった。本当はしっかり書きたかった！」聞き取れないほどの声で証言を続ける上村氏の声が高まって来る。検事「村木さんが関与を否定してることは、知っていましたよね」。上村氏「はい。でも追いつめられて、与えられる様々な情報に混乱して...」上村氏の声に嗚咽が混じり、ついに泣きながら叫ぶ。「今は、はっきり村木さんの無実を確認しています。村木さんは無実です!!」</p>

<p>　検事側尋問が終わり、弁護側と交代となる。弘中惇一郎弁護士が立ち上がり、穏やかに話し始める。弘中弁護士「厚労省と、あなたが河野氏に証明書を手渡しに行った弁護士会館の図面を確認してもらえますか。」図面が法廷のプロジェクタに映し出される。弘中氏「厚労省〜地下道〜エスカレータ〜階段・・・ここで一瞬空が見えたというのは、こういう感じですね」次々写真が投影される、うなずく上村氏。</p>

<p>　次に、弁護士会館地下の「喫茶メトロ」の写真と図面を弘中弁護士が提示し、それが法廷内のプロジェクタに映し出される。「この喫茶で間違いないですか？　この写真にあなたと河野氏が座った席が写ってますか？写ってたら、図面に印をつけて下さい。」「はい、写っています。ここです。」と答えて上村氏はしっかりと記しをつける。</p>

<p>　弘中氏とバトンタッチした信岡弁護士からは「改めて聞きますが、被疑者ノートの＜不満が無い＞にチェックしたことと、供述調書の修正を完全にあきらめた、ということの関連を教えて下さい」。上村氏「何度言ってもダメなんだから、もうどんな欄でも関係ないや、と投げやりになってしまっていました。」<br />
最後に裁判長はじめ３人の裁判官から、証言全体を俯瞰した質問がいくつかなされ、上村氏の証言がすべて終わった。</p>

<p>「あんたの証明書偽造せいで、厚子さんは罪に陥れられたんやで！」<br />
　上村氏の証言を初めて聞いた日、私は怒っていた。傍聴席で怒りに震えながら上村氏の証言を聞いていた。厚子さんがそんな彼を慈母のような瞳で見つめていることにも「厚子さんも、もっと腹を立ててもえぇんちゃうん！」と感じながら傍聴記を書いた。でも3日間にわたる上村氏の証言を聞き、彼が取調べ室で、実は最初から一貫して「僕一人でやったことです。」と言い続けていたことが心底信じられた今、やはり厚子さん冤罪事件（と、はっきり言おう）を生み出したのは、上村氏ではないことを確信する。</p>

<p>　おそらく彼には「障害者団体に、書類審査のスピードを上げることくらい、してあげても良いんじゃないか。ちょっとだけ便宜を図って、彼らの活動を少し応援することくらい、いいじゃないか...」という、親切心や同情心も有ったのではないか、と思う。そんなふうに思えるほど、上村氏の証言の正直さと涙は、私の胸に切なく残った。</p>

<p>　でもその心情を巨額の利益に利用した詐欺師たちがおり、その詐欺事件の構図を「政治家と省ぐるみの巨悪の構図」に書き換え、厚子さんを大犯罪者に仕立て上げた輩が居る。今日から先の公判は、その輩が断罪される公判であるべきだ。</p>

<div style="text-align: center;">◇　◇　◇</div>

<p>　午後の公判は、上村氏の上司であった企画課課長補佐、北村氏の出廷。<br />
ここでもまた、今まで出廷した証言者のすべてが語ったように「検察の誘導尋問」が明らかになった。北村氏は、厚労省を訪れた倉沢被告を、村木厚子企画課長や社会参加推進室の室長らに引き合わせ、上村氏の証明書偽造を直接指示したとされている。</p>

<p>　彼も取調べで一貫して「そもそも、倉沢氏に会った記憶がない」と言い続けてきたが、検事から「倉沢があなたの名刺を持っている。これは政治案件であり、石井議員、村木課長、そして社会参加推進室という流れは分かってるんだ。」と、東京地検に呼び出された最初の日に言われたそうだ。</p>

<p>　「倉沢氏が名刺を持っているというだけではなく、誰それがこう言って、誰それもこう証言している、と言われ続け、自分も記憶力に自信があるわけではないので、いつしか、そういうこともあり得るのか・・・と揺らいでしまった。」</p>

<p>　しかも最初から「被疑者」としての尋問で、恐ろしさから逃れたい気持ちでいっぱいだった。「知らない」「記憶に無い」と言うと「一泊でも二泊でもして行くか！？」とか「検察をなめるなよ」とか大声で言われ、調書に署名してしまった。と語る北村氏。その後、度重なる取調べと何通も作成された調書をとりまとめる日もあったが、訂正や修正を言い出せなかった。村木さんを陥れるつもりなど、全く無かったし、こういう結果になったことを大変申し訳なく思っている。</p>

<p>　しかし...と、ここで声をあらためた北村氏の証言に、法廷内の皆が驚愕することに。「倉沢が私の名刺を持っている、ということが実は嘘だったんです！　私はやはり倉沢と会ってなかったんです。」「いつそれを知りましたか？」と弘中弁護士。「つい先日。公判のために検事と打合せをしている時です。」</p>

<p>　前回の傍聴記で私は「検察の取調べノウハウ」を書いたが、後一つ「嘘の証拠をでっちあげて、ストーリー通りの証言を引き出す」を、加えなくてはならない。塩田元部長の証言を引き出した「石井議員への報告電話の通信記録がある」もそうだったが、こうなると本当に「嘘の証拠の提示」が取調べにおいて「常態化している」と言わざるを得ないだろう。</p>

<p>　ジャーナリスト江川紹子さんが、上村氏の公判傍聴後、自身のブログに書かれた『地検「特捜部」は本当に必要か』を今、全国民が真剣に考えねばならない時かもしれない。<br />
<a href="http://www.egawashoko.com/c006/000319.html">http://www.egawashoko.com/c006/000319.html</a></p>

<p>　ところで、かくも深刻かつ馬鹿げた状況に陥った公判であるが、裁判長の最後の一言が、法廷を沸かせたことを記しておこう。今日の証人である北村氏へ投げかけたその一言は...「取調べ検事の、一泊でも二泊でもして行くか？というのは、東京の自宅（我が家？）にお泊まりなさい、という意味ではないですよね」という、お茶目なもの。思わず私は「裁判長に座布団３枚！」と声をかけてしまいそうになりましたよ、ははは。</p>

<p>　そして特筆すべきは、厚子さんが今日はとてもファッショナブルなスーツを着ておられたこと。毎回私が傍聴記で「地味！」などと書くので、意識されたのだろうか。今日は濃いグレーのスーツなんやけど、襟とポケットとボタンに濃い緑のベルベットがあしらわれ、中に着ているブラウスも同色でシルクのタートルネック。しかも、髪を後ろでひとまとめに括る髪飾りはスーツと同色という、トータルコーディネイト！<br />
う〜む、今日はキャリア官僚っぽくてしかも上品だ。公判の行方がだんだん明確になってきて、気持ちが落ち着いて来られたのかなぁ、と嬉しく思う。</p>

<p>　え、私のファッション？　そらいつも通り、ジーンズに「ケバい」メッシュ頭でございますよ。毎回、大阪地裁の警備員に、胡散臭そうな目で見られながら、法廷に通っておりますのよ。</p>

<p>　さぁ、この出で立ちで、明日の石井議員出廷も見届けるわよ〜！！！</p>

<p><small><strong>【関連記事リンク】</strong><br />
◆なみねえのtwitter（公判速報はコチラから）<br />
<a href="http://twitter.com/nami_takenaka">http://twitter.com/nami_takenaka</a></p>

<p>◆「村木厚子さんの完全な名誉回復を願う」（プロップ・ステーション）<br />
<a href="http://www.prop.or.jp/news/topics/2009/20090727_01.html">http://www.prop.or.jp/news/topics/2009/20090727_01.html</a></p>

<p>◆村木厚子さんを支援する会<br />
<a href="http://www.airinkai.or.jp/muraki_sien/index.html">http://www.airinkai.or.jp/muraki_sien/index.html</a></small></p>

<p>-------------------------------------------------------------------------------------<br />
<small><strong>【プロフィール】</strong> 竹中ナミ（たけなか・なみ）<br />
1948年兵庫県神戸市生まれ。神戸市立本山中学校卒。重症心身障害の長女を授かったことから、独学で障害児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、草の根のグループとしてプロップ・ステーションを発足、98年厚生大臣認可の社会福祉法人格を取得、理事長に。著書に「プロップ・ステーションの挑戦」（筑摩書房）、「ラッキーウーマン〜マイナスこそプラスの種」（飛鳥新社）。</small></p>]]>
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