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« 山口一臣:これが判決文コピペ事件だ!
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「TPP反対!」耳を傾けるべき被災地の声 »

山口一臣:陸山会裁判の判決要旨を読んで気がついたこと(2)

 今回の判決の決定的な矛盾は、1億円の〝裏献金〟に関するものだ。裁判官は、水谷建設元社長、川村尚氏の「胆沢ダム工事の下請けJVのスポンサーとして参入したい旨を大久保秘書(当時)に陳情し、その見返りに1億円(5000万円×2回)を小沢側に手渡した」という証言と、現金を手渡した当日のホテルの領収書があることなどを根拠に、小沢事務所がダム工場受注に便宜をはかる見返りに1億円の裏献金を受け取ったと認定している。判決は、ホテルのレシートを〈客観的証拠〉などと評価しているが、レシートはあくまでも元社長がその日、ホテル(六本木の東京全日空ホテル=当時=)にいたという証拠にすぎず、元社長が小沢側に現金手渡した証拠でないのは言うまでもない。

 それはさておき、裁判官は西松建設事件において〈(小沢事務所は)岩手県や秋田県では、公共工事の談合におけるいわゆる本命業者の選定に関して、小沢事務所の意向が決定的な影響力を持っており...〉と断定している。

 もしこの裁判官の認識と川村元社長の証言が真実ならば、水谷建設は1億円の裏献金の見返りに胆沢ダム工事の「下請けJVのスポンサー」になっていなければならない。ところが、結論からいうと水谷建設は「下請JVのスポンサー」にはなっていない。ここでいうスポンサーとは幹事社のことで、一般の下請けに比べ利益率が格段にいいとされる(とはいえ5%くらいか?)。水谷建設は幹事社の下の一般下請での受注はしているが、幹事社にはなれなかった。 1億円もの巨額の裏献金をしながら、結局、希望はかなえられなかったということだ。

 この事実から何が導き出されるかというと、「岩手県の公共工事では小沢事務所の意向が決定的な影響力を持っていた」という裁判官の認定が誤りだったということか、もしこれが誤りでなければ「1億円の裏金授受」の事実はなかったということだ。私はこの両方とも、裁判官(大元は検察官)の邪推に基づく妄想だと考えるが、いずれにしても裁判官の認定には合理的な矛盾がある。

 小沢事務所が公共工事の本命業者選定に決定的な影響力を持っていて、陳情の結果としての1億円の裏献金が本当にあったとしたら、水谷建設が胆沢ダム工事の下請けJVのスポンサーになっていなければおかしいからだ。

 水谷建設・川村元社長にすれば、会社のカネを1億円も支出しながら、希望どおりの受注が得られなかったのだから、社内での立場をなくしただろう。公にできないカネなので、大久保元秘書を詐欺で訴えるわけにはいかないだろうが、何らかのおとしまえを求めて詰め寄ったはずだ。しかし、裁判官らがそうした事情を考慮、検討した形跡は見られない。

 それだけではない。新聞報道等から拾った数字で恐縮だが、胆沢ダムの総事業費は約2440億円あり、水谷建設はこのうち鹿島JVが約203億5000万円で受注した堤体成立工場(第1期)と大成建設JVが約159億円で受注した原石山材料採取工事(第1期)の下請け(幹事社ではない)として約34億円分の工事を受注している。仮に利益率5%で計算すると、水谷建設の利益は約1億7000万円ということになる。単純に考えて、1億7000万円の利益を得るために1億円もの裏金を使うだろうか。もちろん、将来への実績づくりの布石であったり、とにかく売上を立てなければならない都合があったりなどの事情も考えられる。

 しかし、いずれにしても裁判官が認定した「1億円の裏金の授受」については経済性の観点から合理的な疑いをはさむ余地がかなりある。しかし、この点についても、裁判官が考慮、検討した形跡は見られない。

 次に、裁判官が大久保元秘書らが受け取ったと認定した5000万円の現金はどこへ行ってしまったのだろうか。1993年の金丸事件のように、小沢事務所の家宅捜索で〝たまり〟として発見されたという話は聞かないし、大久保氏らが金融機関に入金したという情報もない。では、陸山会の土地購入のために小沢氏が用立てた4億円の原資として使われたのかというと、これは以前指摘したように、日付が合わずあり得ない。すなわち、小沢氏が石川知裕秘書(当時)に4億円を渡したのが2004年10月13日であるのに対し、裁判官が認定した最初の現金授受の日付は10月15日で、2回目は翌05年4月19日なので、4億円の原資に水谷マネーが含まれるという主張には根本的な矛盾がある。

 では、現金はどうなったのか。もし、裁判官ら言うように現金の授受が本当にあったとしたら、例えば1回目に大久保氏の代わりに受け取りに行ったとされる石川氏はうけとった現金をどう処理したのか? 大久保氏に手渡したのか? 事務所の金庫に入れたのか? あるいは秘密の隠し場所があるのか? まさか受け取ったとだけで消えてなくなってしまったというわけではあるまい。

 消えてしまったという意味では、小沢事務所側の受け取り人である石川氏か大久保氏が個人的に着服してしまった可能性は考えられないか? ああるいは水谷建設側の川村元社長に事情があって着服した可能性はどうだろう? 過去の贈収賄捜査でも、途中で賄賂(裏金)の運び役が相手に渡さず着服してしまったことがわかり、立件できなかったというケースは少なくないという。にもかかわらず、裁判官がこうした可能性について検討した形跡はみらてない。

 素人が考えても気がつく矛盾や可能性について、裁判官は検討することもなくすべて検察側の主張には沿った認定をしている。なぜなのか?

 おそらくは、まともに検討をすれば都合の悪い(検察にとって)結論が出ることがわかっていたからではないか、と私は疑っている。私のような大雑把な人間でも分かる矛盾を、緻密であるべき裁判官が気づかないはずがないからだ。

 裁判官は知っていながら故意に過った認定を繰り返したと言わざるを得ない。

 司法の劣化は深刻だ。

 判決の異様性についてはまだまだ続く。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

疑問点ことごとく納得できます。願わくば石川さん他の被告弁護団の目にこの記事が入りますように、そして釈迦に説法かもしれないが来るべき控訴審で攻撃的な弁論を行ううえでの参考にしてもらいたい。

悪巧みなのである。
本当に陰湿で、底の浅い、一つ間違えば、自分自身の否定にもつながりかねない、低劣な悪巧みなのです。

目的は、小沢一郎を「止めておく」こと。
言葉を変えると、身動きできなくすること。

こんな下らない裁判で、小沢一郎を牢獄へ繋ぐことなど不可能なことくらい、充分すぎるほど分かっているのです。
解っていながら、「なんとしても小沢に仕事をさせてはならない」という命題に、彼らは挑戦しているのです。
小沢をとどめるためには、自らも血を流す事もいとわないのです。

二つの裁判とも、最終的に有罪が取れるなど、考えてもいない筈です。
一審はどうあれ、二審か三審で、「裁判所」は、正義を示すのです。
インチキ裁判を展開し、最後には「正義」を示すのです。
小沢一郎が、年老いて行けば、それで目的は達せられるから、それでいいのです。

こんなインチキ裁判が、いかに司法に対する信頼を毀損するか、彼らには見当もつかないのです。
(それとも、行政と司法は、既に一緒のモノになっているのだろうか、二権分立?)
また、行政が司法に対し介入の度合いを強めてくる事の恐怖を、彼らは考えてもいないのです。

私たちは、嫌な世の中にならない事を祈るしかないのです。

50代も半ばを過ぎ、今更美しい日本から出て行く気にもなれない。
よその国へ行き、慣れない言葉を言ったり聞いたりする気にはなれない。
かといって、テロを仕掛ける事も出来ない。
困った事です。

フカフカの絨毯張りで高級家具の調度品が置かれている裁判官室で何が庶民の事が分りますか。

司法には裁判員制度があるがそれを全ての裁判に適用すべきである。

また、裁判員制度はその裁判員として参加回数によって高裁、最高裁と順次参加すべきである。

裁判官は特別な人間では無く、エリートでもない。単なる頭でっかちのその世界(自分たちの領域、テリトリーの世界等)しかしらない井の中の蛙である。

民主主義の根幹である3権の裁判を受ける権利が泣いている。

山口様

これは明らかな陰謀ですので、矛盾を指摘したところで意味のないことだと思います。大多数の国民が全く陰謀に気がついていない、もしくはこの陰謀を許容してしまうのですから。

少なくなった我が国の税収からどれだけ多くの金を巻き上げるかしか考えられない官僚や国家権力からどうやって国民生活を守るか、明らかな闘争です。検察官僚や裁判官は法律を無視しても罪に問えないわけですから厄介です。

多くのビジネス誌サイトでも、今回の判決には沈黙しています。民主主義の根幹を揺るがす大切な判決なんですが。声を上げているのは一部の個人で、組織や会社レベルではみんな無視です。これが我が国のレベルというようなものではないでしょうか。明らかにおかしい理不尽なことでも、自分の身に直接関係なければ平気という。このような無責任な気質が今まで何度もこの国をどん底に突き落としてきたのです。

今朝の朝日新聞に、検察審査会に参加した市民が素朴な疑問をぶつけてまじめに起訴したというような同席した弁護士の発言が出ていました。こういう発言に何か意味があるのでしょうか。もし、そういうことを証明したかったら、議事録を公開するほかありません。(それで証明できるのかどうか分かりませんが。)言わずもがなの発言を大げさに取上げる意図もみえみえで、朝日新聞は自分たちが国民を馬鹿にしているとは思わないのでしょうか。国民のほうが、ああそうか、なるほどそうだったのかと思ったりするから、どっちもどっちということなのでしょうか。

要するに、売国一派はでたらめ判決など

十分認識した確信犯であり、無罪、、有罪

関係なく、最高裁まで控訴させ、小澤氏の

政治生命を絶つことが目的である。

たとえ高裁で無罪になろうが、検察控訴

で最高裁まで、長期間抹殺をはかる

検察、裁判所、マスコミの共同謀議である。

岩手県の公共事業に小沢事務所が天の声を発していたならば、多くの建設業者が体験していると思われます。彼等の証言があっての判決でなければ裁判官は失格ですね。
少なくとも推察の前に操作すべきです。

この判決の問題点は数えきれない程ですが、ポジティブな要素をあえてあげるならば、既に種も仕掛けも見えているということでしょう。
裁判で証明責任を負うのは言うまでもなく検察官です。ゆえに弁護士は検察官の証明行為に対して反証していくのが仕事であるといえます。しかし今回の裁判に関しては検察官の証明行為そのものが乏しかった。唯一最大の武器であった検面調書ですら、石川議員のICレコーダーによって粉砕されてしまった。そこに油断というか、相手を甘く見てしまった部分があるのかも知れません。まさか別事件である「天の声」を一方的な証言のみによって動機と認定して犯罪の証明がなされるなどとは夢にも思わなかったのではないでしょうか。
しかし控訴審ではそうはいきません。「天の声」の認定が主戦場になるのは明白です。ゆえに山口さんの主張はそのまま裁判で通用する反証になるでしょう。談合をしていたと認定された会社の役員や国土交通相の担当者を片っ端から証人申請することも可能でしょう。一審判決がそれらの弁護活動に耐えうるとは到底思えません。
さらに言うなら、ダミーを認定した西松事件に関しては、平等原則違反や罪刑法定主義違反を主張して正面から憲法裁判として争うことも可能でしょう。ここに至っては問題を逆に大きくするべきだと考えます。何故なら、憲法判断を下せば著名な判例集や法律雑誌に掲載され、多くの実務家や学者の批評を受けることになるからです。そこで不当という評価を受ければ最高裁判事の道が閉ざされかねず、退官後の弁護士活動にも影響を与え得るからです。下手な判決は書けないのです。同じ理由から、一流学者の鑑定書を請求するのもいいかも知れません。
今回の判決に絶望する必要は全くありません。

マスコミ・法曹界の小沢裁判の姿勢は、「今は裁判員裁判の時代だがら、証拠より国民感情を重視しよう。小沢という悪を許すな」ということのようだ。

 今日のNHKニュース9でも、小沢さんの初公判の解説で、この秘書3人の判決が有罪であるという前提で、話をすすめていた。良識あるコメンテーターであれば、同時に、この判決自体の批判が、十分なされるべきなのに、まったくなされない。判決がでたときの報道では、江川さんなどのコメントも申し訳程度にだしていたが、今回は、もう有罪が確定したかのような前提で、小沢裁判の構図を報道している。小沢さんが検察批判をしても、「秘書がやったことは知りませんでした、いつも政治家はそういってのがれてきたから、市民が強制起訴して、化けの面をはがせ」という流れのストーリーが見え隠れしている。
 商品広告とまったく逆の、ウォルフレンのいう人物破壊というマイナス広告(広告技術とおなじように、かなり手の込んだ技術があるのだと思う)が、NHK、新聞各社の横並びで、展開してゆくのかと思うとうんざりするが、身近な家族だけでも、お茶の間の話題で、この判決の問題点をつたえてゆきたい。そのために、メモさせてもらいました。

「小沢豪腕」をおそれる「やましさ」

昨日、アップルのスティーブ・ジョブスがなくなった。
「小沢裁判」と「スティーブの死」を取り上げた、各番組ニュースとそのキャスターのあほさ加減がばかばかしかった。

「ガレージから身を起こして」の日本版の御茶ノ水神話は見事に銀行に壊滅させられたが、
その米国版はいまや総資産「世界一」に君臨し、その一時代の成功神話のフィナーレを、わが国市場ではiPhone4Sのマルチキャリアー販売で飾った。新時代と同時に嵐の到来であろう。

ジョブスが口を閉ざしたまま、他界したのでほっとしている日本IT企業の旧経営者が少なからずいる。部外者である限り知りえない「現場の戦いと駆け引き」は熾烈でえげつないものではあるが、裏に隠れた見苦しい「やましさ」なんてのは当事者にしかわからない。
「死人にくちなし」でこの期に及んで「饒舌」になる輩ほど怪しいと思うべきである。

さて、なんでこうも「小沢」が槍玉に挙げられるのか、その心理は「やましさ」以外の何者でもない。面と向かって「政治談議」もできないひよっこの記者にありきたりの質問をさせても「赤っ恥」とも感じない各社のデスクやキャップの無神経さにはあきれるばかりだが、官邸の入り口に張り付いているだけの「番記者」の烏合の衆とて、所詮「部外者」でしかない。「部外者」である限り「利害関係」もないはずなのに、なにを勘違いしているのか。

「やましさ」集団の「最後の牙城」としての「司法権力」だが、所詮「法務大臣」「総理大臣」の「伝家の宝刀」が使われない限りにおいて、好き勝手が許されている。しかし、もはや政権交代して二年が過ぎ、「敵陣営」の力は確実に落ちている。わずか半年で敗北した細川政権の比ではないほど、自民党は弱体化し、小泉自ら「破壊」した残滓が残るのみである。

この「勢力」に最後の止めを刺す目論見が既に開始され、表と裏で着実に進行しているのだが「手の内は明かさず」進行するこの「政局」をはてさてすねに傷ある「部外者」達はどこまで感知することができるのであろうか、どうでも良いが最後の関心事である。

燦燦と輝く太陽ならぬ、空から容赦なく突き刺さる紫外線と地上から間断なく放射される放射線。「放射能と共存する社会」とか言い出すのも時間の問題。

小沢が無罪を証明しないといけないなんて。逆でしょ。検察が有罪を証明しないといけないんじゃないのか。マスコミの主張はおかしいよ。

何故かコメントが少ないですね。

小沢裁判で、小沢さんと弁護団は、今回の検察の捜査が、2年前の政権交代直前の民主党と小沢代表(当時)を攻撃するための官僚側の謀略(無意識のものを含む)だったことを強調したが、これは凄く的を得たものだし、戦略的にもうまいやり方だと思います。

小沢さんには、首相になろうとなるまいと、この裁判を通して、官僚たちの謀略を暴いて欲しいと思います。

山口 様

小沢氏の個別事件に深入りしても何も見えない。検察で起訴しえない事件も国民検察審査会という制度で検察に代わって事件を立件し、有罪にできると言う司法制度に問題があると言うべきでしょう。

思想的に問題がある人が、戦前は、軍部ー司法ーマスコミの一連の摘発制度で逮捕されていった。戦後は、アメリカー司法ーマスコミというように同じ摘発制度が、機能しているのであって、一端、社会制度を根本的に覆そうと意図する人が出れば逮捕されてしまうのではないか。

戦後の司法組織のいやらしさは、表面的には、正義の見方のような顔をしているが、あくなき利権の現状維持防衛本能が働いていると言える。

政官財を頂点とするたくさんの村社会がぶら下がっているわけであり、村社会の掟を破ろうとする不届き者は、マスコミ世論によって、たとえ証拠がなくとも、また立件できなくとも、逆にさまざまな状況証拠にたいして明確な反論立証ができなければ、有罪とされてしまう。

国民世論をうまく立件有罪制度に利用した堕落した司法組織といえるが、国会議員一人ひとりのモラルが欠け、自分さえよければよいという他人を蹴落とすことしか考えない低レベルの人々の集合体ではどうしようもないのではないか。

国民レベルの政治家が跋扈していては、強力な司法摘発組織に太刀打ちできないと思います。戦うべきは、悪質なアメリカー司法ーマスコミの摘発組織なのです。

今回の判決で私は、日本に三権分立は存在していないと益々思えるようになる。
その理由は、「核密約裁判」の逆転判決同様に、事実認定とする証拠の正当性が、行政(検察を含む)資料に重きが置かれていることにある。【行政に間違いはない】とする偏った見識の上に立っていると思えるからである。密約にいたっては、【その資料は破棄され、存在しない】とする、外務省の言い分を採用している点でもわかる。常に行政のすることは、間違いはないとする認識の上にある。これは、原発裁判にも多く表れている。司法は、行政を監視する役目を負っているはずである。過去の公害問題にしろ、行政訴訟に長い期間がかかる野も、行政側の資料に重きがあると思えるのである。
警察や検察には捜査権があるが、それ以外で捜査権があるといえない。これも片手落ちともいえる。
都合のよい捜査資料のみ提出しても誰もそれを判別できないとも言える。反論しかできないのである。別の資料を求めたくても、相手側にその力(捜査権)がない。一方に有利な状況を裁判所が認めていることにもなる。これは、双方に公平性を求める司法であるとは私には思えないのである。過激な言い方をすれば、司法と行政が談合しているとも言える。
三権分立にしても、日本に元から根付いているものとはいえない。
明治維新まで、お上の言うことには逆らえない現状であり。訴えは命がけであった。
戦後にいたっては、「東京裁判」に象徴されるように、管理する側の一方的な裁判であり、それにたてつくことも許されないものである。戦犯者を擁護するつもりは、全くない。当然裁かれることは必然である。けれど、それは行政よりの裁判でなかったと思えるのである。
裁判官の判断に行政に配慮した如くの裁判は数多くある。
これで、はたして三権分立といえるのか。
国会にいたっては、証拠調べすら行なう。
国会は、立法府であり、裁判の真似事をする場ではない。
司法のあり方を、こうした一連の件で改めて感じさせられる。

日本列島の活断層は丸ごと静穏期から活動期に入り、何時何処で大地震が起きても驚けず、経済も、小沢一郎が「世界恐慌が迫っている・・」と、その会見で述べた通り、世界中が逼迫を極めているのである。この国も、3.11という特殊事情が致命傷となり、二進も三進も行かない状況下にある。懸かる事態を、現行の官僚主導体制で切り抜けられると本当に思っているならお目出度いことだ。

とにもかくにも、一刻も早く本来の統治作用(政治)を復活させなければならないのだが、今、この国に唯一無二不可欠な政治家を、国を挙げて抹殺しようとしているのである。合法の名の下に進められて実は極めて非民主的なその遣り方は、その本質において、北朝鮮辺りと何ら変わるものではない。この事に、多くの国民が気づかない限り、真の復興など夢のまた夢である。

「まだ間に合う・・」と、[小沢一郎]はその会見で云ったそうである・・不幸な事だが、八割方の国民には、その言葉の意味はようとして伝わらない・・

文明とは残酷なものである
テレビジョンは、それだけに頼った多くの人々から、能相の感性を奪い所相の感性を植えつけてしまった・・その成れの果てが「二八国家」なのである。敗戦下からの復興は、その現実を国を挙げて受け止めることで成し遂げられたが、「二八国家」では八割方の国民にその認識すら無い。立ち直るのは論理的には不可能ということになる。


小沢さんに「証人喚問に出てこい」という論調はおかしいですね。むしろ不起訴になった管前首相にこそ「説明の場」を国会に設けなければ他に「説明責任」を果たす場はありません。

小沢さん弁護側の緻密に立てられた法廷戦略には事実を相手に突きつけることで検察側の論理を破綻させていくタイミングも含まれているはずです。「潔白なら国会で証言できるはずだ」という論理で戦略に関わる事実を事前に出せとは「被告側への不利益誘導」以外の何物でもないでしょう。
無実の人が戦略もなくただ事実を正直に話しさえすれば国会でも裁判でも正しい判断が下されると信じる人が多いとすればおそろしい国民レベルの低さだと思います。

マスゴミも御用学者の論調は、司法の正義に絶対性を国民に洗脳し国民の喚起を抑る役目を負っている様だ。公務員、検察官、判事、警察官彼らは我々と同じ人間であり我々とは違う存在では無い。痴漢で捕まるのも居れば、夫婦ケンカや離婚もし間違いを起こすタダの人間、何故神格化して、彼らの云う事を絶対視するのか?小沢氏の公判での反論彼らへの批判に、タダの人間だからカチッと来て、感情を害しただろう。小沢氏は敢えてああ言ったのは、小沢氏の政治哲学であり、小沢氏は大きな決意を国民に知らしめた、第1回公判でした。小沢氏は司法、検察に全面対決を宣言した。政治家は、あれを聞いて何も悔悟しないのだろうか?民主主義、国民中心で選ばれた政治家は、もっともだと思わないのだろうか?本当にブレず小生も最もだと思ったし、もし司法の人間が、まともにこrふぇを捕らえて変わったら素晴らしい、安心して生きて行ける国に成ると思う。政治家がほんとに遣らなければならない事dさと思う。勝手に司法試験受けて、裁判官、検事になった輩を弾劾しようとする政治家は出て来ないのか?今世界が危機に瀕しているのに、今この国は変わらなければならないときに何も変わらない政治家はバッジを外し、国民の税金の無駄を返却すすべきだ。最低その位は政治家のモラルとしてやるべきだ。政治屋に成る為に必死に国民だましていた事を詫びるなら。

法曹の間で有名な「ボ2ネタ」(下記URL)のコメント欄で、睦山会裁判について興味深い議論が展開されています。

http://d.hatena.ne.jp/bo2neta/20111008

清和会は絶対に逮捕されない

福田=小泉=安倍ライン(清和会系)は検察とズブズブ、
岸から連なるラインはアメリカに有利な政策を全面的に遂行し、
CIAからカネをもらい、ヤクザや右翼団体をはじめとした
黒い人脈をフル活用して政権を維持してきた。

清和会系は緊縮財政で
アメリカ・共和党流の「小さな政府」を目指す。
社会福祉や公共事業には熱心でない。
むしろ、弱肉強食的な市場原理を肯定する。
努力した人間が勝って何が悪い、という発想だ。
経世会系は積極財政で、
公共事業などを行なってとにかく景気を良くする。
社会福祉にも力を入れる。
なるべく公平に分配しましょう、という考え方である。

清和会的な人、つまり小泉的な人しか生き残れなくなっている。
経世会のドンであった野中広務が引退を決意したのは、
小泉政権がアメリカベったりのスタンスで
新自由主義的な経済政策を強硬に推進し、
弱者切り捨てを平気で行なうようになったからだという。

経世会ラインの政治家たちが汚職、
スキャンダルまみれだったことは事実だ。
田中角栄、竹下登など、
叩き上げで生き残ってきた政治家が多い。
彼らが権力を握るにはカネが必要だった。
一方、清和会のラインは、昔からアメリカなどから
潤沢な資金をもらっていた連中である。
つまり、カネに困っていないのだ。
果たしてどっちがマシだったのか。

どっちもどっちだと思いますけどね。

""
マトモな国会議員なら司法当局の「推認」に次ぐ「推認」で同僚議員を有罪とした裁判官を招致して聞くべきではないだろうか?""

あるブログで上記を見ました。

裁判官を証人喚問出来るのでしょうか?


石破・石原・谷垣などは可笑しいのではないか?

山口様
私は建設業の端くれにいた者で、この記事を読んではっきり気がつきました。
「水谷建設は国の胆沢ダム工事を受注していなかった」ということです。
鹿島JVと大成JVの単なる「下請け」と言うことは、鹿島JVと大成建設JVからの発注だということです。
これが本当なら、「天の声」は存在しなかったことになるし、1億円の裏金も有り得ないと思います。
約34億の工事ということですが、複数年の工事である上、ゼネコンの下請けは利益がほとんど出ません、会社を回しているだけという状態で裏金など想像の産物、悪意意外に考えられません。
ただ、発表記事の方は、「幹事社になれなかった」と最初から書いてあったので、これらを承知のうえで「天の声」報道をしているようであまりに悪質です。
さらなる記事の展開を期待します。

>梅光さん
>裁判官を証人喚問出来るのでしょうか?

明確に憲法・法律に禁止規定があるわけではありませんが、出来ないと考えるべきです。
もちろん裁判と無関係の件で裁判官を証人喚問することは出来ます。
しかし現在進行形の裁判に関して裁判官を証人喚問して説明を求めるなどというのは、立法権の司法権への介入以外の何物でもありません。
同じ理由で小沢さんの証人喚問など認めるべきではありません。
裁判所を正す方法は最高裁長官にまともな人を任命するしかないのですが、残念なことに今の長官の竹崎さんの任期は2014年までです。
自民党に最高裁長官に任命してもらうために、ひたすら自民党寄りの判決を書き続けた犬コロ裁判官ですから自浄能力なんてあるわけありません。
衆院選の際はこのゴミ虫に×をつけましょう。

投稿者: ヒラメ裁判官 | 2011年10月12日 16:51様

分かり易いご説明ありがとうございました。

衆院選の際はこのゴミ虫に×をつける事にします。

裁判が不当と言ってみたところでどうしようもない。
検事には起訴するかどうかの権限が、裁判官には有罪か無罪かを決める権限が与えられている。
彼らはその権限を行使しているだけ。それが仕事だから。
裁判官や検事が自分たちが不利になることが分かっていて、国民の立場に立ったり、真実を求めることはない。それが官僚です。
それは政治家の役割です。

小沢さんに対する国民の印象は今や真黒です。これ以上悪くなることはないでしょう。

証人喚問を受けて、災いを転じて福となすぐらいの気持ちに立たないとこの難局に潰されるしかないかもしれない。

裁判所日の陳述のように、堂々と自分の意見を言うのもありかなとも思う。

今のままでは、何も語らないと、また裁判官に「推認」の余地を与え、それに基づいて有罪となる可能性が大である。

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