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2011年10月27日

野田内閣の"脱原発"はますます怪しくなってきた(その2)── 電力会社はいずれ無用の長物に

takanoron.png 現在の支配的論調では、太陽光や風力をはじめとしたいわゆる自然エネルギーの拡大が原発ストップの決め手であるということになっていて、それを促すために菅政権末期には自然エネルギー法が成立し、またその延長で電力会社の地域独占を制約して自然エネルギーの買い取りを促すための方便としての発送電分離構想も語られている。

●何のための発送電分離なのか

 が、これは論理的に余りに整理されていない議論で、第1に、前稿で根本的な選択の(1)に挙げた「集中vs分散----電力9社による"上から"の大規模・集権型の電力供給網を維持するのか、地域・事業所・家庭レベルの"下から"の中小規模・分散型の地消地産・自給自足的なエネルギー生活を目指すのか」で後者を選択するとすれば(しなければならないのだが)、集権型の電力供給網を維持したまま発送電分離によってその集権性に部分的な制約を加えるというのは、まことに中途半端な施策でしかない。

 もちろん、それでも今の電力会社の横暴を抑えるという意味はあるので、過渡的な措置としてやらないよりはやった方がいいとは思うが、逆に言えば集権的供給網の延命策ともなりかねない。そうではなくて、中小規模・分散型の地消地産・自給自足的なエネルギー生活を目指すという大方向について腹を決めれば、要するに遠隔地の大規模発電所も、長大な送電線網も、また地域の電柱も、従って電力会社そのものも、いずれ無用の長物となることが誰にでもイメージできるようになるので、発送電分離も単にそれまでの中間的な方策であるという位置づけがはっきりする。

●自然エネルギーは反環境的?

 第2に、太陽光や風力などのいわゆる自然エネルギーがいきなり原発の代替になるというのはほとんど幻想で、いくら自然エネルギー法や発送電分離でそれを促したとしても、そうなるには30年か50年かかって、その間、原発を存続せざるを得ないということになりかねない。それどころか、たとえ発送電を分離したとしても集権的な供給網を維持したままでは、自然エネルギーは決して自然に優しくなく、むしろ反自然的になる。

 孫正義が陥るかもしれない罠はまさにそこで、太陽光にしても風力にしても、それを遠隔地の大規模発電所として建設しようとすれば、山と森を大掛かりに切り拓いて稼働率10〜20%のパネルや風車をもの凄い数で設置しなければならない。特に風力の場合は低周波公害が深刻で、ヨーロッパなどでは海上に建設するようになっているけれども、それはそれで海洋環境の破壊に繋がる。

 これでは、エネルギーの創出方式そのものは自然的であるけれども、その建設様式は著しく反環境的ということになってしまう。太陽光や風力による大規模発電所は、砂漠の真ん中くらいしかあり得ず、むしろそれらは、地域や家庭での小規模な補助発電に用いるべきなのではないか。水力も、今まで以上に大規模水力発電を増やそうとしてももはや地理学的に限界があって、無理にやろうとすると八ッ場ダムのような悲惨な事態に陥ってしまうけれども、地域・個人単位の小規模水力であれば実に無限とも言える可能性をもたらしてくれる。むしろ、集権的な電力供給網をなくしていくという未来像に立って、自然エネルギーの活用法を考えるべきだろう。

 となると、自然エネルギーについても「集中vs分散」の選択が重要な意味を持つのであって、自然エネルギーであれば集中的でも分散的でもどちらが前提であっても好ましいということにはならない。

●ガスはキャリアになり得るか?

 第3に、そこでエネルギーの「キャリア」という概念に注目しなければならない。エネルギー源は様々で、薪、木炭、水力、石炭、石油、天然ガス、プロパン、ウラン、自然=再生可能エネルギー等々であるけれども、それらを主としてどういう形態に変換した上で伝送・運搬、貯蔵、再現を図るかという、その供給形態がキャリアである。現行の電力の地域独占による供給網としては水力、石炭、石油、天然ガス、原子力などによる大規模発電所が当然の前提であり、それらのエネルギー源を使って、要するにすべてを一旦は「電力」というキャリアに置き換えてそれを供給網を通じてあまねく各家庭にまで届けていた。そこでは、天然ガスを都市ガスというキャリアで届けてガス台や湯沸器や風呂釜で燃焼させるのは「従」と位置づけられていた。なぜかと言えば、ガスでは電灯や電気製品は使えないし工場の機械も動かないので、電力というキャリアの超高品質な万能性にはとうていかなわないと考えられてきたからである。

 ところがそこへ、コジェネ(中小型のクリーンガス火力による熱電併給)を用いた企業の自家発電や地域単位の発電&冷暖房システム、さらには家庭用の燃料電池(水素による熱電併給=エネファーム)システムが登場し、分散型であればガスでも電力を賄うことが出来るようになって、電力vsガスの抗争史は新しい局面に突入した。ガスでも電力を賄えるということになれば、電力はキャリアの座をガスに奪われる危険がある。そこで電力側は、地球温暖化問題を陰ながら煽り立てて原発を「クリーンなエネルギー」だなどと嘘をついて(CO2は出さないかもしれないが放射能という究極のダーティ物質を振り撒くというのに)「原子力ルネッサンス」を演出しようとした。その矢先のフクシマだったという訳である。

●ガスは電力より分散的

 この場合、電力と都市ガスはどちらも集中的な供給網であるけれども、両者の決定的な違いは、電力はオフサイトであるのに対し都市ガスはオンサイトだということである。電力では、どこか遠隔地にある発電所でエネルギー源が電力に変換されて送電網を通じて供給され、消費末端でそのまま電源として使ったり、再び熱に変換して熱源として利用されるが、天然ガスではオフサイトでの変換は不必要で、消費末端のオンサイトでそのまま熱源や冷暖房などに活用されたり、コジェネやエネファームとして熱電併給にも使える。

 現在、ガスには4つの利用の仕方があって、(1)大型の火力発電所の燃料として用いてその電力を電力会社の集中的な電力供給網を通じて供給する、(2)独自の集中的な都市ガス供給網として主として熱源を直接提供する、(3)中小型のコジェネ(熱電併給)システムとして工場や地域に電力と熱(冷暖房)を供給する、(4)液化天然ガスをボンベの形で輸送し家庭や事業所に熱源を供給する。

 (1)は電力網への従属であるためオフサイトであり、ガスタービンを回した後の熱は捨てざるを得ない。(2)は集権的ではあるが電力と比べてオンサイトの強みがあり、そうであるがゆえに(3)地域分散型の熱電併給が可能となる。(4)は(ボンベの輸送は誰かに頼らなければならないという意味では限定的ではあるが)最初から分散的で、エネファームに接合すれば熱電併給も出来る。

 集権的でしかあり得ない電力とは違って、ガスには分散化に向かう契機が含まれていることが重要である。従って、ガスをキャリアとする選択もないではないが、残念ながら天然ガスは有限な化石燃料でしかなく、それに未来を託す訳にはいかない。天然ウランも有限な地下資源で、その点では何の優位性もないが、だからこそ日本の経産省と電力会社は何が何でも「核燃料サイクル」を完成させてプルトニウムを永久的に使い続ける夢を追っている。しかし日本以外の原発先進国はすでにそれを諦めて放棄しているし、日本の計画もすでに失敗が明らかとなっている。ガスと同じくウランにも未来はない。[続く]▲

2011年10月26日

鈴木宣弘:TPPをめぐる議論の間違い ── 推進派の俗論を排す

■お知らせ
THE JOURNALも賛同している「TPPに反対する人々の運動」が、10月31日18時半から東京都文京区で緊急シンポジウムを開催します。講演には、慶大教授の金子勝氏も登壇します。お近くの方はぜひご参加下さい!
【詳細】http://bit.ly/nDGenf

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 本記事は、東京大学の鈴木宣弘教授が執筆したもので、鈴木教授の許可を得て転載したものです。PDF版は「TPPを考える国民会議」のホームページにありますので、以下のURLからダウンロードできます。
http://bit.ly/v4VE53

*   *   *   *   *

鈴木宣弘氏(東京大学教授)
「TPPをめぐる議論の間違い」 suzuki4.jpg

(1)TPPはアジア太平洋地域の貿易ルールになるから参加しないと日本が孤立する

 これは間違いである。米国は、自らはNAFTA(北米自由貿易協定)などで「米州圏」を固めつつ、アジアが米国抜きで「アジア圏」を形成することには強い懸念を表明してきた。米国が以前から提唱しているAPEC21ヵ国全体での自由貿易圏FTAAPは、その実現をめざすというよりも、ASEAN+3(日中韓)などのアジアにおける連携の試みを攪乱することが主たる目的と考えた方がわかりやすい。

 TPPの推進も、FTAAPの一里塚というよりも、ASEAN+3などのアジア圏形成を遅らせるのに好都合なのである。米国自身、「これは対中国包囲網だ。日本は中国が怖いのだから、入った方がいい」と説明している。中国も韓国もインドネシアもタイもNOといっているTPPに、もし日本が入れば、アジアは分断される。世界の成長センターであるアジアから米国が十二分に利益を得るためにも、米国が覇権を維持するにも、アジアは分断されているほうが好都合である。逆に言えば、日本が世界の成長センターとなるアジアと共に持続的発展を維持するには、ASEAN+3などの「アジア圏」の形成によって足場を固めることが極めて重要であり、それが、米国に対する拮抗力を維持しつつ、真に対等な立場で米国と友好関係を築くことにもつながる。

 TPPでは、TPPを警戒するアジア諸国とTPPに入るアジア諸国で、アジアは分断されるのだから、TPPはアジア太平洋全体のルールにはならない。ならないし、してはいけない。かりにも、TPPが拡大し、米国の利益の押しつけによってアジアのルールが決まるようなことは、アジアの利益にはならない。小規模分散錯圃の農業を含め、様々な分野で共通性のあるアジアが、その利益を将来に向けて確保できるルールはアジアが作るべきである。それをリードするのがアジアの先頭を走ってきた先進国としての日本の役割である。
すでに、ASEANは、TPPに対抗して、ASEANが主導してアジア太平洋地域の自由貿易圏を創設する方向性を提示しており、日本がTPPに入ることが、アジア圏の形成にマイナスになるとして、懸念を表明した。

(2)中国も韓国もTPPに強い関心を示しており、やがて入ってくる

 これは間違いである。韓国は、韓米で、コメなどの最低限の例外を何とか確保して合意したばかりなのに、それらもすべて明け渡すようなTPPに入る意味は考えられない。

 中国は、高関税品目も多いし、国家による規制も多いので、従来のFTAでも、難しい分野はごっそりと例外にするという大胆な柔軟性を維持して、お互いにやれるところからやりましょう、という方針を採っている。したがって、徹底した関税撤廃と独自の国内ルールの廃止を求められるTPPに参加することは、限りなく不可能に近い。

 かつ、米国自身、「これは対中国包囲網だ。」と説明している。TPPが拡大して中国が孤立して入らざるを得なくなる、というようなシナリオが描かれているのかもしれないが、とても現実的とは思えない。

(3)TPPに入らないと、韓国に先を越された日本の経済損失が取り戻せない

 これは間違いである。冷静に見れば、米国の普通自動車の関税はすでに2.5%でしかなく、現地生産も進んでいるのだから、韓国に先を越されると言っても日本の損失はわずかであろう。

 TPPによる日本にとっての経済利益が小さいことは、GTAPモデルの日本での権威である川崎研一氏の試算でも明らかである。FTAごとに日本のGDP増加率を比較すると、TPPで 0.54%、日中FTAで0.66%、日中韓FTA で0.74%、日中韓+ASEAN のFTAで1.04%となっている。つまり、日本が参加して10ヵ国でTPPを締結しても、日中2国間での自由化の利益にも及ばない。アジアにおけるFTAが日本経済の発展にいかに有効であるかということである。

 TPPによって得られる経済利益が少ないことは、推進する方々もわかっているのだろう。だから、TPPの利益としては、具体的な分野になると、投資、金融、サービス等の規制緩和がベトナム等での日本企業の展開に有利になる、というくらいの指摘しか出てこない。しかし、これは、日本も米国から攻められるわけで、その分を途上国で取り戻すと言っても、「両刃の剣」であることは明らかである。最終的に、かなり抽象的に、先述のような、「TPPがアジア太平洋地域の貿易ルールになるから、参加しないと孤立する」というような理由が語られるのである。

(4)TPP以外のFTAが具体化していないから、これしかない

 これは間違いである。実は、日中韓FTAの産官学共同研究会(事前交渉)は、2011年12月に報告書作成作業を完了し、2012年から政府間交渉に入る準備を進めている。いよいよ日中韓FTAが具体的に動き出す。TPPのような極端なゼロ関税ではなく、適切な関税と適切な国内対策の組合せによって、全加盟国が総合的に利益を得られるような妥協点を見いだせる。

 日本とEUとのFTAも、交渉の範囲を確定する予備交渉が開始されることになった。日本やアジアにとって、米国やオーストラリアといった新大陸に比べて相対的に共通性の高いEUとのFTAは真剣に検討する必要がある。EUは、適切な関税と適切な国内対策の組合せによって「強い農業」を追求する政策を実践しているので、TPPとは違い、農業についての着地点を見いだすことは可能であろう。

 このように、柔軟性を望めないのに利益は小さいTPPではなく、アジアやEUとの、柔軟性があり、かつ、日本の輸出を伸ばせる可能性も大きいFTAを促進する方向性が、日本にとって現実的で利益も大きいと思われる。ただしその場合は、米国との関係悪化を回避しつつ進めなくてはならないという非常に難しいバランスも要求される。そもそも、日本は、米国と中国という2つの大国の間で微妙なバランスを保ちつつ発展していく必要がある。米国との関係が非常に重要であることは間違いないが、TPPに傾斜しすぎるわけにはいかないのである。現実的には、TPPの動向は注視しつつ、日中韓FTAや日EU・FTAの準備を進めるという選択肢が考えられる。

(5)「TPPおばけ」で根拠のない不安を煽っている

 これは間違いである。TPPが今までのFTAと決定的に違うのは、関税撤廃などにおいて重要品目の例外扱いなどが原則的に認められない点である。また、非関税措置といわれる制度やルールの廃止や緩和、共通化も目指す。つまり、協定国の間に国境がない(シームレス)かのように、人やモノや企業活動が行き来できる経済圏を作ろうというのがTPPの目標である。

 しかも、たとえば米国企業が日本で活動するのに障害となるルールがあれば、米国企業が日本政府を訴えて賠償請求とルールを廃止させることができる条項も盛り込まれる。いわゆる「毒素条項」と呼ばれ、NAFTA(北米自由貿易協定)でも、韓米FTAでも入っている。経済政策や産業政策の自主的運営がかなりの程度制約される可能性も覚悟する必要がある。

 基本的に、米国など外国企業が日本で活動する場合に、競争条件が不利になると判断される公的介入や国内企業への優遇措置と見なされる仕組みは廃止が求められるということである。したがって、郵政民営化は当然であるし、医療における公的医療保険も許容されないということになる。

 ある面では、TPPは、EU(欧州連合)のような統合を、米豪と日本など、まったく異質な国が、数ヶ月で達成しようとしているようなものである。EUが形成されるのに費やされた60年という長い年月を考えれば、それと類似のレベルの経済統合を数ヶ月のうちに一気に達成しようというTPPの凄まじさがわかる。

 現在9カ国が参加して交渉中のTPPは、すでに2006年5月にチリ、シンガポール、ニュージーランド、ブルネイの4ヶ国で締結されたP4協定がベースになることも忘れてはならない。日本では、TPPがどのような協定になる可能性があるのかについて、政府は「情報がない」と言って国民に何も説明していないが、このP4協定に近いものになるのだから、少なくともP4協定についてなぜもう少し国民に説明しないのかということが問われる。

 P4協定は160ページにも及ぶ英文の法律である。P4協定は、物品貿易の関税については、ほぼ全品目を対象として即時または段階的に撤廃することを規定している。また、注目されるのは、政府調達やサービス貿易における「内国民待遇」が明記されていることである。内国民待遇とは、自国民・企業と同一の条件が相手国の国民・企業にも保障されるように、規制緩和を徹底するということである。たとえば政府調達では、国レベルだけではなく地方レベルの金額の小さな公共事業の入札の公示も英文で作り、TPP加盟国から応募できるようにしなければならなくなる。サービス貿易については、金融、保険、法律、医療、建築などの各分野で、看護師、弁護士、医者等の受け入れも含まれることになるだろう。金融についてはP4 協定では除外されていたが、米国が参加して以降、交渉分野として加えられている。

 もう一つ、参照すべきは、韓米FTAである。米国は、日本がTPPの内容を考える上で、アジアとの直近のFTAとして、韓米FTAを参照してほしいと指摘している。つまり、TPPは、P4協定、韓米FTAの内容を、さらに強化するものとなるということである。韓米FTAでは、投資・サービスの原則自由化(例外だけを規定する「ネガ」方式)、「毒素条項」に加え、エンジニア・建築家・獣医師の資格・免許の相互承認の検討、郵政・共済を含む金融・保険の競争条件の内外無差別化(公的介入、優遇措置の排除)、公共事業の入札公示金額の引き下げなども入っている(「付録」参照)。これらが、強化される形で、TPPで議論されることになる。

 遺伝子組み換え食品についても、米国が安全だと科学的に証明している遺伝子組み換え食品に対する表示義務を廃止するよう我が国が求められるであろうことは、現在9ヵ国のTPP交渉の中で、オーストラリアやニュージーランドが、すでに米国から同じ要求を受けていることからわかる。

 また、以前から米国は、米国牛肉はBSE(狂牛病)検査をしっかりやっていて安全だから輸入規制はやめるよう主張している。だが、米国人の監督による米国食料市場に関するドキュメンタリー映画『フード・インク』を見てもわかるように、狂牛病の検査は十分に行われていない可能性が高い。だからこそ、日本は独自のルールを設定して国民の命を守っているのである。だが、TPP参加とともに、それは駄目だという圧力が高まる。韓国は、韓米FTAの協定の中ではなく、韓米FTAをまとめるための「お土産」として、月齢規制を緩和した(なんと日本は、10月に早々と自ら緩和表明し、服従姿勢を示し始めた)。
以上のように、根拠なしに不安を煽るような「TPPおばけ」ではなく、しっかりした根拠に基づいて、危険性を指摘しているのである。推進する方々の「アジア太平洋の貿易ルールに乗り遅れる論」「とにかく入って、いやなら脱退論」こそが、根拠のない「脅し」や意図的な詐欺である。

(6)例外は認められるから大丈夫、不調なら脱退すればよい

 最近のTPP推進議論でよく聞くのは、「とにかく入ってみて交渉すれば、例外も結構認められる。不調なら交渉途中で離脱すればよい」といった根拠のない「とにかく入ってしまえ論」である。しかし、「すべて何でもやります」という前提を宣言しないと、TPP交渉には入れない。カナダは、「乳製品の関税撤廃は無理だが、交渉に入りたい」と言って門前払いになっている(一応は「全ての品目を交渉の対象にする」と伝えたが、「乳製品の問題にカナダが真剣に取り組むという確信が持てない」という指摘が既参加国からあり、認められなかった可能性もある)。

 ただ、米国を含めた世界各国が、国内農業や食料市場を日本以上に大事に保護している。たとえば乳製品は、日本のコメに匹敵する、欧米諸国の最重要品目である。米国では、酪農は電気やガスと同じような公益事業とも言われ、絶対に海外に依存してはいけないとされている。でも、米国は戦略的だから、乳製品でさえ開放するようなふりをしてTPP交渉を始めておいて、今になって、米豪FTAで実質例外になっている砂糖と乳製品を、TPPでも米豪間で例外にしてくれと言っている。オーストラリアよりも低コストのニュージーランド生乳については、独占的販売組織(フォンティラ)を不当として、関税交渉の対象としないよう主張している。つまり、「自分より強い国からの輸入はシャットアウトして、自分より弱い国との間でゼロ関税にして輸出を増やす」という、米国には一番都合がいいことをやろうとしている。

 こうした米国のやり方にならって、「日本も早めに交渉に参加して例外を認めてもらえばいい」と言っている人がいるが、もしそれができるなら今までも苦労していなない。米国は、これまで自身のことを棚に上げて日本に要求し、それに対して日本はノーと言えた試しはない。特にTPPは、すべて何でもやると宣言してホールドアップ状態で参加しなくてはならないのだから、そう言って日本が入った途端にもう交渉の余地はないに等しい。この交渉力格差を考えておかなければならない。米国は、輸出倍増・雇用倍増を目的にTPPに臨んでいるから、日本から徹底的に利益を得ようとする。そのためには、たとえばコメを例外にすることを米国が認める可能性は小さい。交渉の途中離脱も、理論的に可能であっても、実質的には、国際信義上も、力関係からも、不可能に近い。

 また、「例外が認められる」と主張する人の例外の意味が、「コメなら関税撤廃に10年の猶予があるから、その間に準備すればよい」という場合が多い。これは例外ではない。現場を知る人なら、日本の稲作が最大限の努力をしても、生産コストを10年でカリフォルニアのような1俵3,000円に近づけることが不可能なことは自明である。現場を知らない空論は意味がない。

 なお、日豪FTAはすでに政府間交渉をしており、多くの分野で例外措置を日本側も主張しているが、その日本がTPPでは、同じオーストラリアに対して例外なしの自由化を認める、というまったく整合しない内容の交渉を同時並行的に進めることが可能なのか、この矛盾に直面する。かりに、米国の主張にならって、既存のFTA合意における例外はTPPに持ち込めるから、日豪FTAなどを既存の2国間合意を急げばよい、という見解もあるが、それではTPPというのは一体どういう実体があるのかということになる。

(7)所得補償すれば関税撤廃しても大丈夫

 「所得補償すれば関税撤廃しても大丈夫」という議論があるが、これも間違っている。現状のコメに対する戸別所得補償制度は、1俵(60kg)当たり平均生産コスト(13,700円)を常に補償するものではなく、過去3年平均価格と当該年価格との差額を補てんする変動支払いと、1,700円の固定支払いによる補てんの仕組みであるから、米価下落が続けば補てんされない「隙間」の部分が出てくる。したがって、TPPでコメ関税を10年間で撤廃することになれば、さらなる米価下落によって「隙間」の部分がますます拡大していく。

 もし、平均生産コストを全額補償する「岩盤」をコメ農家に手当すると想定すればどうなるか。たとえば、コメ関税の完全撤廃後も現在の国内生産量(約900万トン)を維持することを目標として、1俵当たり14,000円のコメ生産コストと輸入米価格3,000円との差額を補てんする場合の財政負担額を試算してみると、

《コメ関税ゼロの場合》
(14,000円-3,000円)÷60キロ× 900万トン=1.65兆円

となる。概算でも約1.7兆円にものぼる補てんを毎年コメだけに支払うのは、およそ現実的ではないだろう。牛乳・乳製品や畜産物などコメ以外の農産物に対する補てんも含めると、財政負担は少なくともこの2倍近くになる可能性がある。さらには、1兆円近くに及ぶ関税収入の喪失分も別途手当てしなくてはならないことを勘案すれば、毎年4兆円という、ほとんど不可能に近い多額の財源確保が必要となる。

 これほど膨大な財政負担を国民が許容するならば、環境税の導入、消費税の税率の引上げなどによる試算から、具体的な財源確保の裏付けを明確にし、国民に約束しなければならない。もし空手形になれば国民に大きなリスクをもたらし、世界から冷笑される戦略なき国家となりかねない。「とりあえずTPPに参加表明し、例外品目が認められなければ所得補償すればよい」といった安易な対応は許されないのである。

 一方、もしTPPが関税撤廃の例外を認める形で妥結される可能性があるならば、それを踏まえた現実的な議論の余地も生まれる。たとえば、コメの例外扱いが認められて関税率が250%とされた場合は、補てんのための財政負担額は、

《コメ関税250%の場合》
(14,000円-10,500円)÷60キロ× 900万トン=5,250億円

となる。

 ただし、以上の試算で用いた輸入米価格3,000円という仮定が低すぎるのではないかとの指摘もあるだろう。たとえば、平成22年の中国産SBS(売買同時入札方式)米の入札価格は玄米換算で8,550円に達しているので、輸入米価格を9,000円程度と見込めば、

《高い輸入米+関税ゼロの場合》
(14,000円-9,000円)÷60キロ× 900万トン=7,500億円

となる。さらに、関税撤廃を10年で行う猶予がある場合、その間の構造改革によって補てん基準の生産コストを10,000円まで引き下げられると見込めば、

《構造改革を見込んだ場合》
(10,000円-9,000円)÷60キロ× 900万トン=1,500億円

と、許容範囲の財政負担におさまることも考えられる。こうした試算が、ゼロ関税でも対応可能だという根拠として出されてくるであろう。

 しかし、福岡県稲作協議会の黒竜江省調査(2010年7月30日〜8月4日)によると、現地のコメ輸出会社が受け取っている日本向け輸出価格は1キロ当たり3.6〜3.8元(約54〜57円)、1俵当たりで約3,200〜3,400円程度であり、SBSで9,000円程度となっている現在の価格は、輸入枠があるため中国側がレント(差益)をとる形で形成された高値と判断できる。したがって、輸入枠が撤廃されればレントを維持できなくなることを考えると、輸入価格を現状の9,000円のままと見込むのは危険である。また、農水省資料によれば、各国の米価は、米国 2,880 円、中国 2,100 円、オーストラリア 2,640 円(2008年の玄米換算1俵当たり生産者受取価格)となっている。TPPについては、中国産ではなく、米国産との比較が必要だが、米国産でも輸入米は3,000円程度を目安にした方がよいと思われる。
それから、先述のとおり、「ゼロ関税になるまでに10年間の猶予があれば、それまでに規模拡大して生産コストを下げれば、補てんの負担は大幅に縮小される」という議論もあるが、机上の試算を勝手にされても困る。規模拡大やコストダウンの努力はもちろん必要だが、日本のこの土地条件で、10年間で米の生産コストを半分にできるかというと、非常に難しい。

 すると、次に出てくるのは、「補てん財源が足りなければ、補てんの対象を大規模農家などに絞ればいい」という主張である。これでは、日本全国に広がる中山間地の農村はどうなるのか。慎重な配慮が求められる。

 また、以上の試算では、国内生産量を現状水準で維持することを前提としているが、もし「新基本計画」が掲げている食料自給率50%への引き上げ目標も同時に達成するならば、さらに膨大な財政負担が必要になる。関税撤廃が可能かどうか、あるいはどこまで引き下げることが可能かについては、必要な財政負担額とセットで検討する必要がある。そうした検討もなく、所得補償するからゼロ関税でも大丈夫と言うのも、コメ関税は一切手をつけられないと言うのも極論であり、現実的な解は、その中間のどこかに、適切な関税水準と差額補てんとを組合せることによって見いだすことができると思われる。しかし、そうした柔軟性はTPPには望めない。

(8)日本のコメは品質がよいし、米国やオーストラリアの短・中粒種のコメの生産力は
それほど高くないので、関税撤廃しても、日本のコメ生産が極端に減少することはない。

 これは間違いである。カリフォルニア米が比較的おいしいというのは、米国滞在経験者なら、共通認識であり、値段とのバランスを考えれば、広く日本の消費者に受け入れられる可能性は高い。

 確かに、短・中粒種のコメ生産力が世界にどれだけあるのかについては慎重に検討すべきであるが、たとえば、オーストラリアは今、水の問題でコメは5万トンくらいしか生産できていないが、過去には、日本でもおいしく食べられるコメを100万トン以上作っていた。中国では、黒竜江省だけでも日本の全生産量とほぼ同じ800万トンのコシヒカリを作っている。オーストラリアも米国もそうだが、どの国でも、日本でのビジネス・チャンスが広がれば、生産量を相当に増やす潜在力があるし、日本向けの食味に向けての努力も進むであろう。米国も短・中粒種はカリフォルニアしかつくれないわけでなく、日本で売れるビジネス・チャンスが広がれば、アーカンソーでも生産できる。そうなれば、生産力は格段に高まる。だから、供給余力の推定や品質向上の度合いの推定はなかなか難しい。ただ、普段は、ビジネス・チャンスに応じて経営は対応してくることを重視する人達が、こういう場合だけ、現状固定的に、日本の品質はよいし、外国の生産力は小さい、と主張するのは、やや首をかしげる。

 いずれにしても、時間の経過とともに変わってくるし、不確定な要素が非常に多いので、日本のコメ生産が9割減少するとも言い切れないし、ほとんど減らないとも言えない。だからこそ、ゼロか百かの議論ではなく、極端なTPPではなく、アジアにおいて柔軟かつ互恵的な自由貿易協定を拡大する路線が現実的だということである。

(9)貿易自由化して競争すれば強い農業ができる

 これは間違いである。大震災で被災した東日本沿岸部に大規模区画の農地をつくって競争すればTPPもこわくない、という見解もあるが、それでも、せいぜい2ha程度の1区画である。それに対して、TPPでゼロ関税で戦わなければならないオーストラリアは、1区画100haある。農家一戸の適正規模は1万ヘクタールというから、そもそも、まともに競争できる相手ではない。土地条件の格差は、土地利用型農業の場合は絶対的で、努力すればどうにか勝てるという話ではない。車を工場で造るのと一緒にしてはならない。牛肉・オレンジなどの自由化も、牛肉や果物の大幅な自給率低下につながったことを思い起こす必要がある。

 だから、TPPのような徹底した関税撤廃は、強い農業を生み出すのではなく、日本において、強い農業として頑張っている人達を潰してしまうのである。コメで言えば、日本で1俵9,000円の生産コストを実現して大規模経営している最先端の経営も、1俵3,000円のコメがゼロ関税で入ってきたらひとたまりもないのは当然である。欧州の水準を超えたというほどに規模拡大した北海道酪農でも、平均コストは1kg70円くらいであり、1kg19円のオセアニアの乳価と競争できるわけがない。残念だが、これが、土地条件の差なのである。

【写真】西オーストラリアの小麦農家-この1区画で100ha
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(10)競争を排除し、努力せずに既得権益を守ろうとしいては、効率化は進まない

 誰も、努力せずに既得権益を守ろうとしているわけではない。TPPのように、極端な関税撤廃や制度の撤廃は、一握りの勝者と多数の敗者を生み、一握りの勝者の利益が非常に大きければ、大多数が苦しんでも、社会のトータルとしては効率化された、という論理の徹底であり、幸せな社会とは言えない。

 医療と農業は、直接的に人々の命に関わるという点で公益性が高い共通性がある。筆者は米国に2年ほど滞在していたので、医療問題は切実に感じている。コーネル大学にいたが、コーネル大学の教授陣との食事会のときに2言目に出てくるのは、「日本がうらやましい。日本の公的医療制度は、適正な医療が安く受けられる。米国もそうなりたい」ということだった。ところが、TPPに参加すれば、逆に日本が米国のようになる。日本も米国のように、高額の治療費を払える人しか良い医療が受けられなくなるような世界になる。地域医療も今以上に崩壊していくことは明らかである。混合診療が全面解禁されれば、歯では公的保険適用外のインプラント治療ばかりが進められ、低所得層は歯の治療も受けられない、という事例(九州大学磯田宏准教授)はわかりやすい。

 TPPの議論を契機に、また市場至上主義的な主張が強まっている。確かに、既得権益を守るだけのルールは緩和すべきだが、だからルールは何もない方がいいというのは、人類の歴史を無視した極論である。経済政策学者が政策はいらないと言うのは、ほとんど自己否定していることになる。All or Nothing(ゼロか100か)ではなく、その中間の最適なバランスを見つけるべきである。

(11)3,000円のカリフォルニア米で牛丼が100円安くなるのならTPPに参加した方がいい

 消費者の立場から見ると、「3,000円のカリフォルニア米で牛丼が100円安くなるのならTPPに参加した方がいい」という意見も当然ある。こうした消費者の目線で問題を見直してみることが重要である。言い換えると、農業サイドの貿易自由化への反対表明は、農家利益、あるいは農業団体の利益に基づいたエゴと見られがちなことを忘れてはならない。

 今こそ、生産者と消費者を含めた国民全体にとっての食料の位置づけというものを再確認することが必要だと痛感する。食料は人々の命に直結する必需財である。「食料の確保は、軍事、エネルギーと並ぶ国家存立の三本柱」で、食料は戦略物資だというのが世界では当たり前だから、食料政策、農業政策のことを話せば、「国民一人ひとりが自分の食料をどうやって確保していくのか、そのために生産農家の方々とどうやって向き合っていくのか」という議論になるのが通常である。ところが、日本では、「農業保護が多すぎるのではないか」といった問題にいきなりすり替えられてしまう。これは、意図的にそういう誘導をしようとしている人がいるということもある。しかし、日本では、食料は国家存立の要だということが当たり前ではないというのは事実である。国民に、食料の位置づけ、食料生産の位置づけについて、もう一度きちんと考えてもらう必要がある。

 まず、2008年の世界食料危機は、干ばつによる不作の影響よりも、むしろ人災だったということを忘れてはならない。特に米国の食料戦略の影響であったということを把握しておく必要がある。

 米国が自由貿易を推進し、関税を下げさせてきたことによって、穀物を輸入に頼る国が増えてきた。一方、米国には、トウモロコシなどの穀物農家の手取りを確保しつつ世界に安く輸出するための手厚い差額補てん制度があるが、その財政負担が苦しくなってきたので、何か穀物価格高騰につなげられるキッカケはないかと材料を探していた。そうした中、国際的なテロ事件や原油高騰を受けて、原油の中東依存軽減とエネルギー自給率向上が必要だというのを大義名分としてバイオ燃料推進政策を開始し、見事に穀物価格のつり上げにつなげた。

 トウモロコシの価格の高騰で、日本の畜産も非常に大変だったが、メキシコなどは主食がトウモロコシだから、暴動なども起こる非常事態となった。メキシコでは、NAFTA(北米自由貿易協定)によってトウモロコシ関税を撤廃したので国内生産が激減してしまったが、米国から買えばいいと思っていたところ、価格暴騰で買えなくなってしまった。

 また、ハイチでは、IMF(国際通貨基金)の融資条件として、1995年に、米国からコメ関税の3%までの引き下げを約束させられ、コメ生産が大幅に減尐し、コメ輸入に頼る構造になっていたところに、2008年のコメ輸出規制で、死者まで出ることになった。TPPに日本が参加すれば、これは他人事ではなくなる。米国の勝手な都合で世界の人々の命が振り回されたと言っても過言ではないかもしれない。

 米国の食料戦略の一番の標的は、日本だとも言われてきた。ウィスコンシン大学のある教授は、農家の子弟への講義の中で、「食料は武器だ。日本が標的である。直接食べる食料だけでなく、畜産物のエサが重要だ。日本で畜産が行われているように見えても、エサ穀物をすべて米国から供給すれば、日本を完全にコントロールできる。これを世界に広げていくのが米国の戦略だ。そのために皆さんには頑張ってほしい」といった趣旨の話をしたという。実はそのとき教授は日本からの留学生がいたのを忘れてしゃべっていたとのことで、「東の海の上に浮かんだ小さな国はよく動く。でも勝手に動かれては不都合だから、その行き先をエサで引っ張れ」と言ったと紹介されている(大江正章『農業という仕事』岩波ジュニア新書、2001)。これが米国の食料戦略であり、日本の位置づけである。

 ブッシュ前大統領も、農業関係者への演説では日本を皮肉るような話をよくしていた。「食料自給はナショナルセキュリテイの問題だ。皆さんのおかげでそれが常に保たれている米国はなんとありがたいことか。それにひきかえ、(どこの国のことかわかると思うけれども)食料自給できない国を想像できるか。それは国際的圧力と危険にさらされている国だ。(そのようにしたのも我々だが、もっともっと徹底しよう。)」という感じである。

(12)過保護な日本農業はTPPでショック療法が必要だ

 日本の農業が過保護だから弱いというのは誤った理解である。日本人は、ルールを金科玉条のように守るというその気質から、WTOルールを世界で一番真面目に受け止めて保護削減に懸命に取り組んできた。その結果、一般に言われているような過保護な農業は、日本にはもう当てはまらなくなっていて、逆に諸外国の農業の方がよほど過保護になっている。もう一度確認しておくと、農業所得に占める財政負担の割合は、日本の場合は平均で15.6%しかない。一方の米国の稲作経営は、巨大な経営規模で、輸出もしていながら、その所得の60%が財政負担である。それから、フランス、イギリス、スイスなど多くのヨーロッパの国々では農業所得の90%以上が財政負担で支払われている。こうした手厚い農業保護の背景には、食料生産や農業は国民の命を守り、国土を守り、国境を防衛してくれる、まさに公益事業だという国家の覚悟があるように思われる。

 農業経営収支は赤字で、それを補助金がカバーして所得を生み出すという構造は、驚くべきことに、EUで最も大規模なイギリスの穀物経営(平均規模は200ha近い)でも同様である。経営収支は△1.5万ポンド(1ポンドは現在120円強)だが、単一支払い4.2万ポンド、環境支払いなど8千ポンドを加えることで黒字になっている。いわば所得の100%が補助金である。もちろん、条件不利地域農業でも同様で、平均的には、経営収支は、△5千ポンドの赤字だが、補助金が単一支払い1.8万ポンド、環境支払いと条件不利地域支払いで8千ポンド加わることで黒字に維持されている。

 また、WTOに登録されている農業保護の総額は、日本は6千4百億円で、米国は1兆8千億円、EUは4兆円で、やはり総額でみても、日本の方がずっと少ない。しかも米国は過小申告をしていて、本当は3兆円以上ある。

 それともう一点、「日本の農産物は高い。その大きな内外価格差こそ、価格支持による保護の証拠だ」という誤った主張が、TPP推進のためにもよく使われる。こういうことが言われるのは、内外価格差によって農業保護度を測るPSE(生産者支持推定量)という誤った指標が国際的に使われているためである。我々のような研究者も、こういう誤った指標をきちんと訂正できていなかったことは申し訳ない。

 ある水準まで価格が下がると政府が無制限な買い取りを行い、補助金を付けて援助や輸出に回して国内価格を高く維持する仕組みは、米国、カナダ、EUなど、世界の多くの国々で維持され、こうした価格支持政策をうまく活用している。一方の日本は、世界に先駆けて、コメや酪農の価格支持政策を廃止した。コメの政府価格はまだ存在するが、数量が備蓄用に限定されているので米価の下支え機能はほとんどない。つまり、実質的にコメにも価格支持政策はない。

 しかし、PSEの計算では、日本には5兆円もの農業保護があり、その95%が価格支持だということになっていて、今の日本の実態とはまったく合っていない。なぜこういう間違いが起きているのかというと、PSEという指標が内外価格差をすべて農業保護とする指標だからである。内外価格差の原因をどう考えるかが重要なポイントである。ややもすると日本の農産物は輸入品よりも高いと思いがちだが、実は必ずしもそうではなくて、品質が良かったり、サービスや安全性が優れているなどのために高い値段が付けられている部分もある。日本の生産者が消費者のみなさんにいい物を食べていただきたいとがんばった努力の結果の「国産プレミアム」が含まれている。たとえば、見かけはまったく同じで、国産のネギが中国産よりも少々高く売られていたとしても、国産の方を買う人は結構多い。それが「国産プレミアム」である。

 しかし、PSEは品質の差をほとんど考慮していない。輸入牛肉を運んでくる輸送費と、港でかかる関税を足してもまだ内外価格差があれば、これは非関税障壁であり、価格支持が原因だという計算になっている。本当なら、日本の霜降り牛肉と、オーストラリアで草で育った肉とが値段が同じだったらおかしい。日本の霜降り牛肉の方が高く売られているのは、日本人なら誰もが納得するはずだが、PSEではこれが非関税障壁や価格支持としてカウントされてしまう。こういう数値に基づくと、世界的にも価格支持制度を最もなくした日本が、「世界で一番価格支持に依存した遅れた農業保護国なので、ショック療法でTPPが必要だ」というような奇妙な議論になってしまう。

(13)強い農林水産業のための対案がないではないか

 農林水産業関係者を中心にTPP反対の運動が進みつつあるのに対して、「日本の農林水産業はTPPを拒否するだけでやっていけるのか。TPPがなくても、日本の農林水産業は、高齢化、就業人口の減少、耕作放棄などで疲弊しつつある。どういう取組みをすれば農林水産業は元気になるのか。TPPがだめだというなら対案を出してほしい」という指摘がある。

 筆者が現場をまわっていて一番心配しているのは、「これから息子が継いでくれて規模拡大しようとしていたのだが、もうやめた」と肩を落とす農家が増えていることである。TPPは農林水産業の将来展望を暗くしている。まず、こういう後向きの思考に歯止めをかけねばならない。そうではなくて、TPPの議論を契機に、農林漁家がもっと元気になるための取組み、現場で本当に効果が実感できる政策とは何かということを、いろいろな方が関心をもってきてくれている今、地域全体で前向きに議論をする機会にしなくてはならない。

 水田の4割も抑制するために農業予算を投入するのではなく、国内生産基盤をフルに活かして、「いいものを少しでも安く」売ることで販路を拡大する戦略へと重心をかえていく必要性は認める。そのためには、米粉、飼料米などに主食米と同等以上の所得を補てんし、販路拡大とともに備蓄機能も活用しながら、将来的には主食の割り当ても必要なくなるように、全国的な適地適作へと誘導すべきである。

 さらに、将来的には日本のコメで世界に貢献することも視野に入れて、日本からの輸出や食料援助を増やす戦略も重要である。備蓄運用も含めて、そのために必要な予算は、日本と世界の安全保障につながる防衛予算でもあり、海外援助予算でもあるから、狭い農水予算の枠を超えた国家戦略予算をつけられるように、予算査定システムの抜本的改革が求められる。米国の食料戦略を支える仕組みは、この考え方に基づいている。

 地域の中心的な「担い手」への重点的な支援強化も必要である。今後農業をリタイアされる方がいる一方で、就農意欲のある若者や他産業からの参入も増加傾向にある。だが、新規参入される方の経営安定までには時間がかかり、長らく赤字を抱える方が多いのが実態なので、フランスのように、新規参入者に対して十年間くらいの長期的な支援プログラムを準備するなど、集中的な経営安定対策を仕組むことが必要である。

 また、集落営農などで、他産業並みの給与水準が実現できないためにオペレーターの定着に苦労しているケースが多いので、状況に応じてオペレーター給与が確保できるシステムづくりと集中的な財政支援を行うことも効果的であろう。20〜30ha規模の集落営農型の経営で、十分な所得を得られる専従者と、農地の出し手であり軽作業を分担する担い手でもある多数の構成員とが、しっかり役割分担しつつ成功しているような持続可能な経営モデルを確立することが関係者に求められている。その一方、農業が存在することによって生み出される多面的機能の価値に対する農家全体への支払いは、社会政策として強化する必要がある。これは、担い手などを重点的に支援する産業政策としっかり区別して、メリハリを強める必要がある。

 被災地の復旧・復興ということを考えるときにも基本になるのは、「コミュニティの再生」である。「大規模化して、企業がやれば、強い農業になる」という議論は単純すぎて、そこに人々が住んでいて、暮らしがあり、生業があり、コミュニティがあるという視点が欠落している。そもそも、個別経営も集落営農型のシステムも、自己の目先の利益だけを考えているものは成功していない。成功している方は、地域全体の将来とそこに暮らすみんなの発展を考えて経営している。だからこそ、信頼が生まれて農地が集まり、地域の人々が役割分担して、水管理や畦の草刈りなども可能になる。そうして、経営も地域全体も共に元気に維持される。20〜30ha規模の経営というのは、そういう地域での支え合いで成り立つのであり、ガラガラポンして1社の企業経営がやればよいという考え方とは決定的に違う。それではうまく行かないし、地域コミュニティは成立しない。これを混同してはいけない。

 こうした政策と、TPPのような極端な関税撤廃とは相容れない。TPPはこれまでの農家の努力を水の泡にする。自由化は、もっと柔軟な形で、適切な関税引き下げ水準と国内差額補てんとの組合せとを模索しながら行う必要がある。つまり、「農業対策を準備すればTPPに参加できる」というのは間違いである。「TPPでは対策の準備のしようがない」のであり、TPPでは「強い農業」は成立できない。

 たいへん多くのものを失った中で、何とか歯を食いしばって、その地で自分たちの生活と経営を立て直そうと必死に奮闘している東日本の農漁家の皆さんにとっても、その復旧・復興の気力を奪ってしまいかねない「追い打ち」になりかねない。

(14)ぎりぎりまで情報を隠し、議論を避け、「不意打ち」的に参加表明すればよい

 大震災によって、6月までの参加表明の決断は先送りされたけれど、情報開示も、国民的議論もしないまま、11月のAPECのハワイ会合に間に合うように滑り込むというような、要するに国民に対する「不意打ち」が起こりかねないと懸念されたが、案の定、10月になって、その事態は表面化した。

 しかし、ここまで、徹底して、情報は出さずに、国民的議論は回避して、強行突破しようとするとは予想以上であった。ぎりぎりまで情報を隠し、議論を避け、「不意打ち」的に参加表明しようとする、この政治姿勢は、もはや民主主義国家の体を成していない。

 全国各地を訪れると、非常に多くの県議会や市町村議会がTPP反対または慎重の決議をし、各道県の地元の新聞は、ほぼすべてが反対または慎重の社論を展開していることが確認できる。日本の国土面積の9割はTPPに反対また慎重であるとの感触である。にもかかわらず、そうした全国各地の民意に反して、拙速な参加表明がなされることは許容しがたい。政治家には民意を代表する政治を実現してもらう必要がある。民意を代表しない政治家には退場いただくことになろう。米国からの要請だから仕方ないというのが誰の目にも明らかでは、結局、日本は、自主性のない従属国家として、米国からも中国からも、世界全体からも冷笑されることになろう。

【参考文献】
鈴木宣弘・木下順子『震災復興とTPPを語る-再生のための対案』筑波書房、2011年
鈴木宣弘・木下順子『TPPと日本の国益』大成出版、2011年

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■「付録」 米韓FTA協定の特徴的な規定

【第1章(序章)】

省略

【第2章 内国民待遇と物品の市場アクセス】

○ 関税撤廃を、スケジュールに従い、即時又は段階的に行う(概要は別紙)(2条3.2)。

○ WTO協定上の内外無差別の義務を再確認し(2条2)、輸出入に関する規制の禁止を約束(2条8)しているが、以下は例外扱い。
・ 両国共通:WTOの紛争解決機関などで認められる行為(2条付属書A、B(c))。
・ 米国:丸太の輸出規制(米国17州の国公有林からの丸太の輸出を禁止)、海運に関するジョーンズ・アクト関連規則(米国国内の海運交通を、米国内で建造され、米国民が所有し、乗り組む船舶のみに許容)(2条附属書A 、B(a))。

○ 輸出税の禁止を規定(2条11)。

○ 自動車に係る国内税(特別消費税、自動車税)等につき、小型車(排気量小)に対する大型車(排気量大)の負担比率を軽減する方向で改正し、今後、排気量別の負担格差を拡大する税制の導入、改正を行わない旨を約束(2条12)。

○ 米国の「バーボン・ウィスキー」、「テネシー・ウィスキー」、韓国の「安東焼酎」、「慶州法酒」について、それぞれの国内法、国内規制に従い製造されたもの以外は相手国での販売を禁止(2条13)。

【第3章 農業】

○ 関税撤廃までの期間の経過的措置として、以下を規定。
1)農産物に適用できる関税割当制度(関税が撤廃されるまで、割当数量を年々漸増)(3条2)、
2)農産物に適用できる特別セーフガード(輸入量が増大した場合に自動発動。関 税が撤廃されるまで、発動基準数量を年々漸増。関税水準は年々漸減)(3条3)。

【第4章 繊維及びアパレル】

○ 関税撤廃までの期間、繊維・アパレルに適用できる措置として、以下を規定。
1) セーフガード(輸入量の増大とそれによる損害を要件とする数量セーフガード。補償措置も併せ求められる)(4条1)。
2)特別な原産地規則(絹、羊毛、綿など一部の製品で完全生産品基準を適用。)(4条2)。
3)韓国からの輸出に関する協力:(ア)韓国は、米国向け繊維を輸出に係る製造業者の連絡先、雇用者数、操業時間等の情報を定期的に米国に提供、(イ)米国が迂回輸出の疑念を持った場合は、製造業者に対する抜打ち調査等を実施、(ウ)調査が実施できない等の場合には米国は特恵扱いを停止。(4条3)

【第5章 医薬品・医療機器】

○ 米韓両国間の健康保険制度の違いを認識し、医薬品、医療機器の開発を促進し、国民へのアクセスを確保することの必要性を確認した上で(5条1)、以下を約束。
1)医薬品、医療機器の承認、価格、診療報酬の決定に当たり、合理的な無差別の基準に従い、市場競争価格に基づくこと(5条2)。
2)医薬品、医療機器の承認申請については、(ア)合理的な期間内に決定、(イ)明確な基準に基づき判断、(ウ)政府の個別の判断について申請者に十分な情報を与え、(エ)個別の判断について、独立したレビュー手続を設けること(5条3.5)。

○ サイドレター(協定の不可分の一部)では、以下を追加的に約束。
・ 医薬品、医療機器の価格、診療報酬に係る政府の決定について、申請者の要請に基づき、レビューする機関を設置すること。
・ この機関は各締約国の健康保険制度の当局から独立した機関とすること。
・ 申請者に対して、このレビューを求める権利を申請者が有する旨周知すること。

【第6章 原産地規則】

○ 他の多くのEPA協定と同様に、(1)締結国での加工工程により関税番号が変更する、 一定の付加価値が加わるなどの場合に、その締結国の原産と認める旨(6条1)、(2)原産品であることの証明の方法を規定(6条18)。

○ 米韓FTAでは、特に、(1)乳製品、米粉、果実の調製品を除き、輸入原材料を使用した農林水産品を締約国の原産品とすることを認め(6条付属書A PartⅡ)、(2)原産品の自己証明も認めている(6条15.3)。

【第7章 税関手続及び貿易促進】

○ 他の多くのEPAと同様に、各国の税関手続の予見可能性、透明性、効率性を促進するための原則、具体的方法を定めるもの、税関協力(税関間の情報提供)(7条6)、事前教示(関税分類等に関する事前の情報提供)(7条10)の手続を規定。

【第8章 SPS(衛生植物検疫措置に関する規定)】

○ 他の多くのEPA協定と同様に、SPS案件について協議を行う委員会の設置(年1回以上の会合実施)(8条3)を規定。

【第9章 TBT(貿易の技術的障害に関する規定)】

○ 他の多くのEPA協定と同様に、TBT案件について協議を行う委員会の設置(年1回以上の会合実施)(9条8)を規定。

○ 米韓FTAでは、特に、
(1)規格・基準の策定に相手国の国民の参加を認め(9条6.1)、提案された規格・基準の内容に加え、その政策目的、他の代替手法の検討経緯などにつき相手国に情報提供する(9条3.7)。

(2)自動車に関する規格・基準が不必要に貿易阻害的とならないことを義務付け (9条7)、自動車作業部会を設置し、規格・基準の効果に関する事後レビューを実施(附属書9-B)。

○ 2007年のサイドレター(協定の不可分の一部)では、以下を約束。
・ 米国産自動車について、韓国の環境基準(超低排出車両基準)の適用を緩和。
・ 米国車に課せられる排出ガス診断装置の装着義務について移行期間を設定。
・ 安全基準の認証について、基準適合義務を一部免除。

○ 2010年12月のサイドレターで以下を追加的に約束。
・ 基準適合義務の一部免除が適用される自動車の上限台数を引き上げるとともに、米国の基準を満たせば韓国の安全基準を満たしたものと認定。
・ 燃費・CO2基準について、韓国基準を緩和した基準を採用

【第10章 貿易救済措置】

○ 本FTAに基づくセーフガード措置(輸入量の増大とそれに応じた損害の発生を要件とした数量セーフガード。関税撤廃までの経過的措置。)を規定。(10条1〜10条6)

○ 反ダンピング関税、相殺関税について、調査の実施、両国間の協議、これらの関税の回避措置を規定。(10条7)
ただし、これらの規定については、本FTAでの紛争解決手続の適用がない。(10条7.2)

【第11章 投資】

○ 他の多くのFTAと同様に、投資規則について、内外無差別(11条3)、最恵国待遇(11条4)、パフォーマンス要求の禁止(11条8)、役員の国籍制限の禁止(11条9)等を規定。これらの約束の適用除外を別紙で規定(ネガ方式)。

○ 投資家が国内法廷での議論を経ることなく、国際仲裁裁判で相手国政府を訴える(投資家対国家)紛争処理メカニズムを規定(11条15〜11条27)。

【第12章 サービス貿易】

○ 他の多くのFTAと同様に、内外無差別(12条2)、最恵国待遇の原則(12条3)を規定するほか、参入業者数や総雇用者数等の数量制限の禁止(12条4)を規定。これらの約束の適用除外を別紙で規定(ネガ方式)。

○ 特に、以下の分野で追加的な規律を置いている。
(1)職業サービス:
(ア)各締約国は、エンジニア、建築家、獣医師について(12条附属書A.1)、資格、免許の相互に受け入れ可能な規格・基準を策定すべく関連機関を促し、本FTAの下の合同委員会に勧告する(12条附属書A.2)。
(イ)作業部会を設置し、同部会の下で相互認証に関する手続を検討し、合同委員会に報告する(12条附属書A.6)。

(2)エクスプレス宅配サービス:
ア)各締約国は、エクスプレス宅配サービスの独占を乱用しないこと、独占による収益を他の業務の経費に充てないことを約束(12条附属書B.3)。
イ)サイドレター(協定の不可分の一部)で以下を約束。
・国内法を改正し、韓国ポストの独占の例外を拡大すること
・米国の国内、国際のエクスプレス宅配サービスは、USポスタル・サービスの独占の下に置かない。
・韓国の民間エクスプレス宅配サービスが扱う内容を重量、値段、他国の経験なども考慮して、客観的に設定

○ 「人の移動」に関する規定は米韓FTAには置かれていない。ただし、FTA交渉に前後して、以下を米韓二国間で合意。
(1) 企業内派遣(L1)ビザの期間延長:支社設立時の新規派遣(1年→3年)、既存 支社の常駐社員(3年→5年)。2010年12月の韓米FTAの再交渉を妥結した際に発表。
(2)ビザ免除プログラムの新規適用:90日間以内のビジネス、観光目的の滞在にビザ取得を免除するプログラム(日本を含む27か国には既に適用)を新たに韓国に適用。2008年10月に発表。

【第13章 金融サービス】

○ 他のFTAと同様に、外国企業と国内企業との無差別待遇(13条2)、最恵国待遇(13条3)、市場アクセス制限(外国企業による会社設立、他社の買収に係る制限)の禁止(13条4)などを一般的に規定。

○ 米韓FTAでは、特に、以下を追加的に約束。
(1)国境間取引
国内で会社を設立していない外国企業や国内企業と同様の事業許可を受けていない外国企業に対しても、自国民に対するサービス提供(国境間取引)を認める。(13条5.2)
(2)外国企業の本国でのデータ処理
自国での活動で入手した顧客情報を外国企業が本国へ持ち出してデータ処理することを認める。(13条5.1、13条附属書A、B)ただし、韓国は協定発効の2年後から適用。
(3)外国企業の本国での取引
金融取引に必要な業務を自国内の企業を用いて実施することを求めず、外国企業本国で行うことを認める。(13条附属書B)
(4)新サービスの許可
自国企業に新たな金融サービスを認めた場合、相手国企業がその新サービスを自国民向けに提供することを無条件で認める。(13条6)
(5)共済事業
協同組合が実施する共済事業を、同種の民間保険より優遇しない。協定発効の3年後から、農協、漁協、信協共済、セマウル金庫の共済事業を、韓国政府の金融監督委員会(FSC)の規制、監視の下に置く。(13条附属書B、F節)
(6)韓国ポストの保険
韓国ポストが実施する保険業務を、同種の民間保険より優遇せず、同一のルールを適用する、可能な限り、韓国ポストの保険サービスをFSCの規制、監視下に置く。(13条附属書D)

○ サイドレター(協定の不可分の一部)では、韓国ポストにつき以下を約束。
・ 新商品の販売は行わない(SL-5)
・ 既存商品の変更は認められるが、その場合FSCのレビュー、勧告に従う(SL-5)
・ 保険商品の販売限度額を引き上げる場合、事前にFSCと協議する(SL-5)

【第14章 電気通信】

○ 電気通信分野でのサービス自由化について、以下を規定。
・ 公衆通信事業者は、
(ア)事業者の通信網間の相互接続(interconnection)、(14条3.1)
(イ)事業者間桁数の同一番号の持越し(number portability)、(14条3.2)
(ウ)いずれの業者からの接続も同じ桁番号とする(dialing parity)(14条3.3)
を非差別的に提供することを規定。
 ただし、附属書において、韓国は国際電気通信事業者には(ウ)の義務を免除し、米国は地域交換業者に対して、(イ)、(ウ)の義務を免除している。(14条附属書A)
・ 接続料、回線使用料などで、韓国政府が、施設非所有業者に比べた施設所有業者に対する優遇を容認する旨を規定。ただし、施設非所有業者に対して接続事業等に関する紛争解決手続を提示。(14条附属書B)
・ 周波数の割当についての透明で非差別的に配分することを義務づけた上で、効率的で競争促進的な方法、例えばオークションや無免許利用などにより割り当てるべき旨規定。(14条17)

【第15章 電子商取引】

○ 電子的に送信される商品・サービスと実際の取引で提供されるものとの無差別を確保。(15条2)

○ ソフトウェア及びデジタル・プロダクツへの関税不賦課(無税)の確保。(15条3)

○ 電子認証、電子署名に係る法的有効性、法的要件、適合性を確保。(15条4)

【第16章 競争政策】

○ 他の多くのFTAと同様に、各締結国における競争法の執行の義務付け、競争政策の透明性の確保を規定(16条1)。

○ 米韓FTAでは、特に、指定された独占企業が商業ベースで無差別原則で活動すること(16条2)、国家企業が競争法の原則に従うこと(16条3)、消費者保護対策での相手国との協力を確保すること(16条6)などを規定。

【第17章 政府調達】

○ 中央政府、地方政府、その他関係機関のうち、中央政府のみを対象に規定。(17条附属書A)

○ 適用基準をWTO基準の13万SDR(米国:19万3千ドル、韓国:2億1千万ウォン)から、米国10万ドル、韓国1億ウォンまで引下げ。(17条附属書A)

【第18章 知的財産】

○ 他のFTAと同様に、TRIPS等の国際規約の再確認、手続の簡素化、透明性の確保などを、一般的に規定。

○ 米韓FTAでは、特に、医薬品に関連する特許、映画、ソフトウェア関連の著作権等に関して、以下を追加的に規定。

(特許)
(1)特許との関係(patent linkage)
医薬品の後発開発者が市販に向けた許可を当局から得る場合、その製品に係る特許権者に通知する等、特許権の侵害を防止するために必要な措置を当局が実施する。(18条9.5)
(2)特許期限の延長
医薬品の市販に向けた許可の審査に不当に長期間を要した場合には、その分だけ、特許期間を延長する。(18条8.6(b))
(3)データ独占(data exclusivity)
医薬品、農業用化学品の市販に向けた許可を得る際に先発開発者が特許に当たって用いた安全性、効率性関連資料の使用につき、医薬品は5年間、農業用化学品は10年間の使用を認めないなどの制限を課す。(18条9.1,2)

(著作権)
① 著作権保護期間の長期化
著作権の保護期間をTRIPs協定に規定されている50年から70年に延長する。(18条4.4)
このほか、サイドレター(協定の不可分の一部)で、以下の考えを確認。
② 二次的賠償責任(a secondary liability mandate)の明確化
著作権侵害について、著作物を転載した侵害者本人だけでなく、その転載物をインターネットに掲載した業者にも制裁を加える。

(商標)
○ 音声、匂い等の商標としての保護対象化
音声、匂い(例:インテルの効果音、プリンタートナーのレモンの香り)等を商標法の対象とする。(18条2.1)

(地理的表示)
○ 地理的表示(GI)の確保
EU、スイスが主張している厳格なGI保護ではなく、商標制度やその認証制度を活用して地理的な表示を保護する旨規定。(18条2)

【第19章 労働】

○ ILOの加盟国としての義務を確認する一般的な規定に加え、以下を規定。
(1)ILO憲章の下での労働者の権利(結社の自由、団体交渉権の認定、あらゆる形態の強制労働の禁止等)を保護するための規制、措置の実施を約束。(19条1)
(2)労働問題理事会を設立し、本条の下での義務違反につき、専門家等との協議などにより当理事会で問題解決を図る。(19条5)

【第20章 環境】

○ 貿易・投資の促進のため、環境規則を緩和しない旨、確認する一般的な規定に加え、以下を規定。
(1)次の国際環境条約の下での義務の履行。そのために必要な国内規則の実施を約束。
・ 絶滅危惧種の保護に係るワシントン条約。(20条付属書A1-a)
・ オゾン層の保護に関するモントリオール条約。(20条付属書A1-b)
・ 湿地保護に関するラムサール条約。(20条付属書A1-d)
(気候変動に関する京都議定書、生物多様性条約など米国が締約国ではないものは除外されている。)
(2)両国間に環境問題理事会を設置し、国際環境条約の義務違反について、当理事会での解決(各環境条約の下での規制当局・専門家との協議、各国内措置について、各条約に係る当局に条約解釈を求める等)。(20条9)

【第21章 透明性】

他の多くのFTAと同様に、法律、規則の公表、提案段階でのコメント機会の提供を規定。(21条1)

○ 米韓FTAでは、更に以下を規定。
(1)影響を受ける関係者に対して、法律、規則等の評価や修正のため手続を規定。(21条3及び4)
(2)政府関係者の汚職の禁止の明確化(21条5)

【第22章 組織的事項と紛争解決】

○ 他の多くのFTAと同様に、(1)両国の窓口設置(22条1)、合同委員会の設置(22条2)、②両国間の紛争を解決するためのメカニズム(協議、パネル設置、パネル裁定の実施、対抗措置、金銭的賠償等)を規定。(22条3〜15)

○ 米韓FTAでは、特に、自動車に関する紛争解決メカニズム(パネル手続の迅速化、パネル裁定に基づく提訴国の自動車関税の引上げ)を別途規定。(22条附属書A)

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【プロフィール】鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)suzuki2.jpgのサムネール画像
1958年、三重県生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科教授。
1982年、東京大学農学部を卒業後、農水省に入省。2006年より現職。著書に「TPPと日本の国益」「現代の食料・農業問題〜誤解から打開へ〜」など

2011年10月25日

TPP反対の国会請願に賛同した356議員の名前を全公開!

■お知らせ
THE JOURNALも賛同している「TPPに反対する人々の運動」が、10月31日18時半から東京都文京区で緊急シンポジウムを開催します。講演には、慶大教授の金子勝氏も登壇します。お近くの方はぜひご参加下さい!
【詳細】http://bit.ly/nDGenf

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 全国農業協同組合中央会(全中)は25日、与野党の国会議員356人の協力を得て、TPPの交渉参加に反対する国会請願を衆参議長に提出した。政務三役など請願に参加できない議員を除くと、事実上、国会議員の過半数がTPP交渉参加に反対したことになる。また、野党第一党である自民党も約8割の議員が交渉参加反対の立場を明確にした。請願に賛同した全議員の名簿は下記の通り。

■TPP交渉参加反対に関する国会請願の紹介議員一覧
(↓の画像をクリックすると拡大します)
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(全中ホームページより)

2011年10月23日

野田内閣の"脱原発"はますます怪しくなってきた(その1)── 根底にある政策的発想が間違っている!

takanoron.png フクシマの後では"脱原発"は当たり前で、前回高野尖報(i-NS593)でも述べたように、争点はすでに、その脱原発が「即」(すなわち1年以内)なのか、朝日新聞も言うように「30年かけて」(つまりほとんど現状維持)なのか、それともその中間のどこかなのか、という時間軸の設定に絞られている。

 こういうことを考える場合に重要なのは、手前から現実的に可能な範囲で少しずつでも変えていこうとするのか、最初にあるべき将来像を描いてそこに至る段階的なプロセスを設計し、あくまでそこに接近していく手始めとして目の前に横たわる問題に対処しようとするのか----つまり、現実から未来へなのか、未来から現実へなのかという政策的発想の違いで、実はここに、官僚主導なのか政治主導なのかという鍵が潜んでいる。もちろん、実際の施策としては、何事も目先の現状から一歩ずつ変えていくしかないのだが、だからと言って、最初から現状を前提としてそれを少しだけマシな方向に変えることだけ考えようとすると、結局、変え損なったり、少しは変わっても途中からあらぬ方向にねじ曲がったり、大体はロクなことにならない。それが官僚の思考方法とその無惨な結果であり、過去の自民党政治も、つまりはそのような官僚の思考方法に従属することで"現実的"であろうとしてこの国を行き詰まりに追い込んでしまった。

●旧民主党の理念

 そこで、96年の旧民主党の結党理念の第2節「2010年からの政策的発想」では、要旨こういうことを提起していた。タイトルと文中で「2010年」となっているのは、当時は、数年中に政権を奪取してそれから約10年間で新しい国のかたちの骨格を作り上げるつもりだったからで、今からだと2020年か25年のことになるのだが......。

▼私たちは、過去の延長線上で物事を考えようとする惰性を断って、いまから15年後、2010年にこの国のかたちをどうしたいかに思いをめぐらせるところから出発したい。

▼私たちは、あるべき未来の名において現在を批判し、当面の問題を解決する。そしてたぶん2010年までにそれらの目標を達成して世代的な責任を果たし、さらなる改革を次のもっと若い世代にゆだねることになるだろう。

▼私たちは、未来から現在に向かって吹きつける、颯爽たる一陣の風でありたい。

 この「未来から現在に向かって吹き付ける風」というのは、宮沢賢治から剽窃とは言わないが着想の借用で、発表当時少しく話題になって原案執筆者の私としては我が意を得たりの思いをした。しかし、この理念文書そのものが98年春の民主党再結成では全く無視されて歴史的記録からも抹消されてしまい、それに伴って、真の意味の"脱官僚"を果たすための思想的根拠もどこかへ行ってしまった。

 私に言わせれば、没官僚と反官僚の間の不毛な右往左往を超えて真の脱官僚を進めるには、政治が常にこの「未来からの風」を官僚に向かって吹き付けて、官僚の戦術論的・現実的な漸進志向と政治の戦略論的・未来的な飛躍志向との間に不断の緊張関係を作り出すことが決定的に重要で、そうしないと、どうしたって政治は官僚に屈従せざるを得ないのである。

●"脱原発"への思考方法

 野田佳彦内閣の"脱原発"方針がヘロヘロになるのも、その根本原因はそこにある。脱原発をどう進めるかについて、まず思考しなければならない論点は少なくとも3つあって、そこをしっかり定めた上で現実の問題に対処すれば、こんな無様なことにはならないだろう。3つとは、

(1)集中vs分散----電力9社による「上から」の大規模・集権型の電力供給網を維持するのか、地域・事業所・家庭レベルの「下から」の中小規模・分散型の地消地産・自給自足的なエネルギー生活を目指すのか。

(2)電力vs水素----エネルギーの主要なキャリアが、従来どおり電力であるのか、それとも将来は水素に転換すると考えるのか。

(3)自然vs火力----以上をどう考えるかによって、原発が抜けた分の穴埋めを、太陽光や風力など自然エネで賄えるのか、天然ガス・石炭で過渡期を繋がなくてはならないのか。またそのそれぞれでどのような形態と機種を選択すべきなのかが決まってくる。

 ----である。野田首相は、こうした根本的な未来選択について国民に問いかけて大方向を決定し、それに従って国内原発をいつまでにどうやって"脱原発"に追い込むのかを決断し、そのためには差し迫った定期検査後の再稼働にどういう条件を付けるかを明示しなければならないが、そういうことを何もせず、従って国民の合意を得ないまま、取り敢えず「原発輸出」については推進すると先のニューヨーク訪問で一方的に国際的に宣言し、現に今ベトナムに仙谷由人元官房長官を派遣して同国への原発輸出の交渉を進めようとしている。原発輸出はすでに国際公約となっていて、国内原発政策がどうであれ交渉を中断する訳には行かないと、たぶん説明するのだろうが、これでは"脱原発"戦略とどう整合するのか全く不明で、国民には「輸出は止められないので国内原発も長期に維持せざるを得ない」という、なし崩しの"脱原発"からの撤退の布石ではないかと疑われる。"脱原発"からの撤退は、即、"脱官僚"からの撤退でもある。野田が"現実主義の罠"に囚われつつあるとすると、その先行きはもう見えてきた。

●集中でなく分散

 (1)について。

 フクシマの惨状を見た後で、誰もが考えるのがエネルギー供給における究極の安全とは何かということである。結論から言って、それはエネルギーの徹底分権化を実現することである。エネルギーの個人・家庭レベルとビル・病院・自治体・工場など事業所レベルとにおける「自給自足」、大都市の再開発区域から地方・農村の共同体まで含めた地域レベルにおける「地産地消」である。

 小沢一郎の得意の台詞を借りれば、民主党政権のメインテーマは「明治以来100年余りの官僚主導体制を打破する革命的改革」すなわち発展途上国特有の開発独裁型の官僚主導・中央集権体制を爆砕することであって、ならばエネルギー生活もまた集権型から分散型に根本的に転換しなければならない。

 国が貧しく発展途上にある時代には、全国くまなく良質のエネルギーを一律に供給できるようなネットワークを築き上げることが差し迫った課題であり、それを地域独占の形をとった集権型の電力・都市ガスの供給網の普及に委ねたのはある意味で当然だった。しかし、最低限の需要を一律に満たすという発展途上国型の目標設定は、100年を経て世界最先端の経済先進国となるにつれ、ますます多様化する需要にきめ細かく対応して社会や産業の潜在力を最大限に引き出すような成熟国型の目標設定に転換しなければならないのは必然で、それをしないで過去100年の惰性で旧体制を維持しようとすれば、そのことがかえって社会の発展を妨げる桎梏となる。

 今の日本が直面している諸困難はおおむねそういうことで、例えば医療の崩壊や介護の不調や年金の破綻は、いずれも、発展途上時代には最低限の医療・福祉サービスをあまねく行き届かせるという考え方に基づいた公平を第一とする制度設計が適切であったものの、成熟段階ではそれが通用しなくなっているという問題だし、税制の行き詰まりも、産業社会時代の直接税中心の税体系がポスト産業社会では機能せず、何らかの程度、間接税中心に組み替えなければならないのにそれを怠っていることに根本原因がある。

 エネルギーについても同じで、何もかも「官」すなわち政府や国策会社としての電力会社などが「上から」国民に与えてやらなければ立ち行かないという段階は終わったのであるから、「民」すなわち企業や地域や個人がそれぞれの事情に応じて自由闊達に知恵を発揮して「下から」現に必要な多様な需要を満たそうとするのを、「官」は妨げてはならないということが原則となる。エネルギーという「公」的価値を形成し負担するのは「官」だけではなく、それと同等かそれ以上の多彩な知恵を持つ「民」であり、ということは「公」は「官」の占有物でなく、むしろ逆に「官」が「公」を今まで通りに占有しようと必死にしがみつこうとすることが、この社会の持つ潜在力を発揮させるのを妨げているということである。

 現在、日本国内の企業が保有するガス火力を中心とする自家発電能力は6000万kWもあって、真夏の数日間の電力需要ピークが大変だというなら、その間企業がお盆休みにして工場を止め、しかし発電機だけ動かしてその電力を地域レベルで巧みに融通すれば、理論上、原発を全部止めても電力不足など起こりえない。それをそうさせないでいるのは経産官僚と電力会社の癒着をコアとする旧原発利権体制である。

 これまでの集権的なエネルギー供給網が国民の幸せの保証であるという発展途上国型の発想を基礎にして考えると、当然、原発も簡単に止める訳には行かなくなる。そうではなくて、出来るだけ速やかに分散型のエネルギー自給に転換することが問題の抜本的解決に近づく早道だということになれば、原発を止めることに何のためらいも生じないはずである。[続く]▲

2011年10月20日

農文協の主張:原発から農発へ──いまこそ農家・農村力発電を

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『現代農業』2011年11月号

 本論説は、農文協が発行する『現代農業 2011年11月号』に掲載されたものを許可を得て転載したものです。著作権は農文協にありますが、以下のリンクに書かれているとおり、本論説はコピーフリーとなっています。
http://www.ruralnet.or.jp/syutyo/2011/201111.htm

 農村をまわり続けてきた農文協が「再発見した」という農の力、ぜひ中小水力発電をキーワードにご覧下さい。そして『季刊地域』を手にみなさまの地域に隠れた"宝探し"をしてみては?(「季刊地域」については文末参照)

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原発から農発へ──いまこそ農家・農村力発電を
http://www.ruralnet.or.jp/syutyo/2011/201109.htm

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富士緒井路第二発電所水圧鉄管わきの歌碑

《減反の 余水生かさむ 発電の
  夢の叶いて 賦課金下がる》

 大分県豊後大野市(旧緒方町)、富士緒井路(ふじおいろ)第2発電所。取水槽から発電所に下る山道には、用水路と発電所への感謝の念が刻まれた歌碑が建立されている。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故による被害が深刻化するなか、太陽光・風力・水力・地熱・バイオマスなど、再生可能エネルギーで発電した電力の全量を、電気事業者に一定期間、一定価格で買い取る義務を課す「再生可能エネルギー促進法」が成立した。

 この法案の成立を受け、ソフトバンクの孫正義氏が、数百億円を投資してギガワットクラス(1ギガワットは100万キロワットで、原子炉1基分に相当する)の太陽光発電施設を建設する計画を発表し、マスコミはこれを大きく報道しているが、本誌と同日発売の『季刊地域』7号の特集は、農家、集落、農協、土地改良区、自治体による中小水力を中心とした「いまこそ農村力発電」だ。

■大正の通水開始と同時に発電を開始した土地改良区発電所

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白いレースのカーテン状に水が落ちる白水ため池(富士緒井路土地改良区)

 農山村における小水力発電の歴史には、これまで3回の画期があった。1回目は発電事業の黎明期である明治・大正期であり、2回目は昭和27年(1952年)制定の「農山漁村電気導入促進法」を受けた昭和30年代、3回目は減反政策の開始とオイルショックを受けて、農業用水の余水活用策として水力発電所が建設された昭和50年代である。

 冒頭の豊後大野市富士緒井路土地改良区(「井路」とは用水路のこと)には、第1、第2の2カ所の発電所がある。

 富士緒井路開削の歴史は慶応3年(1867年)の大干ばつにまでさかのぼるが、実際に起工式が行なわれたのは明治四十四年。幹線水路総延長15kmのうち隧道が70カ所、10.5kmにもおよび、ダイナマイトや機械力のない時代の手作業による開削は困難をきわめた。

 大正3年(1914年)の井路通水と同時に発電を開始した第1発電所の有効落差は25.5mで出力200キロワット。電気そのものが普及していなかった当時、発電所建設をめざしたのは、井路より標高の高い地域に電動ポンプで揚水し、開田を進めるためだった。また近くの竹田市に、明治33年(1900年)、電力会社「竹田水電」が設立されていたことも影響した。西南戦争で町が焼かれた経験から町に防火水道が引かれ、その水道から川に落ちる水の落差10mを利用して水力発電を行なうため、県内に先駆けて商家や医師が設立したもので、60キロワットの発電機を設置して夜間は電灯用の電気を、日中は精米用の電気を供給していた。当時は町でも村でも電気は地域でつくるものであり、大分県では第二次大戦中に九州電力に統合されるまで、地域ごとに四十数社の電力会社があった。

 第1発電所による揚水と灌漑は昭和に入るまで実現しなかったが発電は順調で、「水利組合の経営を助けるために電力を売り、財源に充てよう」と、大正10年(1921年)に株式会社「富士緒電灯所」として、周囲の集落に電気を供給し始めた(昭和11年からは電力会社に売電)。

 戦後、第1発電所は機械の老朽化と人件費増大のために廃止か改修かの議論が重ねられたが、昭和52年(1977年)に総額6500万円をかけて改修工事に着工、出力380キロワットに増強し、遠隔操作による無人化で再び経営を軌道に乗せることができた。

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昭和52年の大改修で出力380キロワットに増強(水車はイームル社製)

 一方で同時期の土地改良区には水路改修工事のために約10億円の借入金があり、その返済や、減反政策による賦課金対象面積の減少のため、10a当たり1万8000円の賦課金を3万円に値上げしなければならない事態となっていた。その打開策として、第1発電所改修による採算性向上の実績を受け、幹線水路末流の落差100mの地形に着目して計画されたのが第2発電所建設である。

 第2発電所は昭和58年(1983年)に総事業費7億6700万円で着工、翌59年に竣工した(最大出力1500キロワット)。第1、第2合計の年間売電額は推計約1億2000万円となり、土地改良区はその収入を借入金の償還に充てるとともに、冒頭の歌碑にあるように、賦課金を昭和60年には8000円に、平成12年には2000円に軽減した。さらに売電収入によって毎年水路を改修して隧道以外の水路の90%を有蓋化し、豪雨時の土砂流入を防ぐことができるようになった。発電所建設のための資金は、25年で償還し終えた。

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富士緒井路第二発電所の水圧鉄管

 この特集には、標高1400~1700mの祖母傾山系に富士緒井路と同じ水源をもつ豊後大野市の長谷緒井路発電所、宮崎県の日之影発電所も登場する。いずれも江戸時代末期に発案され、明治・大正・昭和初期にかけて開削された農業用水を利用して昭和50年代に建設された土地改良区の発電所で、長谷緒井路は落差173m、出力1300キロワットで売電収入年間6000万円を得、日之影は落差209m、出力2300キロワットで1億3000万円を得て、農家の賦課金を大幅に軽減している。

■農村の小水力発電を支援する企業

 一方、中国5県(広島・岡山・鳥取・島根・山口)には昭和20年代から30年代に94カ所の小水力発電所が建設され、うち54カ所が現在も健在である。これに大きく寄与したのは昭和27年に議員立法で制定された「農山漁村電気導入促進法」だ。この法律により通産省は売電方式による小水力発電の規制を緩和し、農林省は農林漁業金融公庫から建設費の80%を貸し出すことになった。これは元利均等償還25年という優遇措置で、小水力発電の建設資金確保に大きな道を開いた。

 この法律の制定を働きかけたのは、当時の電熱温床による米増産の電源には農業用水路や小河川を利用した小水力発電が最適と考え、中国電力の要職を辞して昭和22年に地域の水力発電を支える「イームル工業」(本社東広島市)を設立した織田史郎(1895~1986)だった。イームル=EAMLの社名は、electric(電気)のE、agriculture(農業)のA、machine(機械)のM、life(生活)のLからなり、「小水力発電で農業を支え、農家の生活を向上させる」という織田の想いが込められている。

 同社は、中国地方の小水力発電所(出力50~500キロワット)の大半(74カ所)を直接受注建設するとともに、電力会社への売電価格交渉の仲介も行なった。

 徹底した現場主義の織田は全国の5万分の1地図1255枚すべてを購入し、各地を歩いて発電可能地点を計算したという。調査対象は、大規模発電所の開発可能性がある大河川を避け、有効落差10~150m以内の出力10~300キロワットの範囲に限定していた。織田は、「小水力の使途は大水力のように大都市や工業地帯の大需要を対象とするものではなく、農村の小需要を地元において供給しようとするものであるから、使用効率が非常に高く、農村の需要電力を大水力に依存している従来の非能率的なやり方と比較にならない利益がある」と語っていたという。

■地元住民が運営する農協発電所

 1950年から1967年までの18年間にイームル工業が支援し、建設された農山村の小水力発電所は73カ所。そのひとつ島根県奥出雲町(旧仁多町)三沢地区(人口720人・254戸)の出力90キロワットの三沢小水力発電所は、昭和32年(1957年)の稼働開始。建設当初の目的は、地域の産業振興を図り、住民の経済発展に併せて無点灯家屋を解消することにあったが、発電所建設には多額の資金が必要で、当時の村の財政事情では困難だった。そうしたなか、農山漁村電気導入促進法の融資対象が「営利を目的としない農林漁業団体」であったことから、旧三沢村農協が発電所の経営主体となることで着工可能となった。建設費用は1866万円。うち7割は農林漁業金融公庫からの借り入れでまかなったが、残りは地区の農協理事の借入金や、農協組合員からの出資金(1口200円で1万1039口、合計約220万円)が充てられた。

 1957年の発電所の稼働以降、運営のすべては農協役員(1962年合併の仁多町農協)に委ねられてきた。だが、創業以降の売電料の据え置きや運転員の人件費上昇で、1975年には100万円の赤字を出し、経営の合理化が求められることになる。

 そこで82年、旧三沢村の10の自治会代表で構成する「三沢小水力発電運営委員会」が、農協と業務請負契約を締結。以後、運営は地元住民に任されることになった。

 現在は1993年に合併したJA雲南から年間500万円で運営委員会が運営業務を受託。売電収入と請負料の一部を使って、自治会集会所の電気料助成(5万5000円)や、地区の文化活動を行なう福祉振興協議会への助成(25万円)を続けており、その他にも地元の小学校の備品購入などに充てるなど、さまざまな地域振興策の財源となっている。なかでも2002年に発足した農産加工所「味工房みざわ」へは、売電料と委託料の一部から、これまで合計400万円ほどの助成金を出してきた。

 味工房取締役の田部和子さん(68歳)は、「発電所の助成金には助けられています。これまでも圧力釜や麹の発酵機、冷凍ストッカーなど、機器の購入に使わせてもらいました。こうした設備投資ができたおかげで、農家の手取りを増やす農産加工の手伝いができるのです」と語る。

■原発とは真逆の農発の思想

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平成3年完成の長谷緒井路発電所取水槽(左が農業用水、右が発電用水)

 こうした九州地方の土地改良区発電所、中国地方の農協発電所の例をみていると、この農家、農村の力による発電、すなわち「農発」は、つくづく原発とは真逆の思想に立つものだと思い知らされる。

 原発の寿命は当初30年で設計されていた。しかし経済性を重視した延命を重ねるうち福島第一原発の事故は起きた。また、事故が起きなくても、すべての原発は廃棄物、使用済み核燃料、廃炉の問題など、ことごとく問題の解決を先送りにして運転されており、たかだか1、2世代の経済的繁栄のツケは、未来永劫子々孫々に回される。

 一方、土地改良区や農協の発電所の多くは、江戸末期から昭和初期にかけての先駆者たちがひたすら地域と子孫の繁栄を願って開削した用水路を生かしたもので、開削に私財を投じた先駆者のなかには困窮して故郷を離れた一族も少なくないという。しかし、その水路を生かした発電事業のおかげで、冒頭で紹介した歌碑のように、現代を、そして未来を生きる子孫が恩恵を享受する。

 原発と農家・農村力発電が真逆であるのはそれだけではない。原発のエネルギー源は地球上の特定地域に偏在する有限かつ希少資源のウランだが、農家・農村力発電のエネルギー源は普遍的に存在する無限かつ希薄資源の「雨」である。「雨は地上に降ると、地形のひだに集まり、せせらぎとなる。小さなせせらぎは沢となり、沢が集まり渓谷となり、渓谷が集まり川となる。単位面積当りのエネルギーが薄い雨粒が、地形と重力によってしだいに集積され、濃いエネルギーとなっていく」(※1)。「雨」という希薄資源の「地形と重力による集積」を、人の力が助けるのが農業用水であり、それは農業の本質にもかかわることだ。「『農業とは生きものの力を借りて、再生可能な地球上の希薄資源を集め利用する営みである』、この点が居座りで有限の資源を使っている工業との基本的なちがいなのです」(※2)。

(※1)小水力利用推進協議会編・オーム社刊『小水力エネルギー読本
(※2)西尾敏彦著・農文協刊「自然の中の人間シリーズ」[農業と人間編](1)『農業は生きている―三つの本質

■農家・農村の発電はむしろ「本業」「本流」

 「いまこそ農村力発電」で茨城大学農学部の小林久教授は、水力は「不確実な予測しかできない状態で海上にまで広く展開するような風力発電や、あらゆる土地に敷き詰めることを前提とするような太陽光発電、あるいは深々度まで掘削する地熱発電のような『大風呂敷の開発』を語ることができない。逆説的な言い方をすれば、小水力は推計に見合った開発が確実に見込める堅実な再生可能エネルギーといえる」と述べている。さらに「水力は、水が豊かで、地形の起伏が大きい地域で包蔵水力も実際の開発量も多い。小水力の適地も同様のところである。先人たちは平地や台地を耕し、丘陵地や山麓まで拓き、さらに勾配が急な山地まで水が容易に使え、水を引くことのできる限り谷沿いに集落をつくって農地を拡大した。拡大の限界が、サト(里)とヤマ(山地森林域)の境界である」「つまり、『限界集落』と後ろ向きに表現されることが多いサトとヤマの境界部(里のフロンティア)こそ、小水力開発に適している」と述べ、環境省が開発余力(導入ポテンシャル)として推計した1000キロワット未満の1万8756地点の多くはサトとヤマの境界に近い山間地域に位置しているはずであり、「小水力は農山村地域、とくに水源域に近い山間農業地域の集落においてこそ、最初に開発すべき再生可能エネルギー」だと述べている。

 電源別の発電コストは、水力がもっとも高く、1キロワット時11.9円、ついで石油火力10.7円、LNG火力6.2円、石炭火力5.7円、原子力5.3円とされている(総合資源エネルギー調査会電気事業分科会コスト等検討小委員会資料による。むろんこの原子力のコストには、事故処理費用や使用済み核燃料、廃炉等のコストは含まれていない)。しかし、九州の土地改良区発電所、中国地方の農協発電所は、10円以下と推定される売電単価で発電所建設のための借入金を返済するだけでなく、改良区の賦課金を軽減し、地域の農産加工所に助成金を出し、また、地域にさまざまな雇用をつくりだしている。それが可能だったのは、たとえば富士緒井路では総延長15km、長谷緒井路では21.8km、日之影ではなんと35kmにもおよぶ用水路が先人の無償の努力によってすでに完成しており、新たな取水堰や導水路の建設が不要だったからだ。

 農家・農村の発電は、農業のかたわらの「余業」ではなく、ある意味で「本業」であり、第二次大戦下の国策による電力会社への統合がなければ、日本における発電事業の「本流」でもあったのだ。

■原発から農発へ

 東電福島第一原発事故、再生エネ法の成立を受け、農山村の小水力発電は、4回目の画期を迎えている。その画期とは、原発が象徴する少数・中央の専門家管理の大規模集中型エネルギーから、多数・地元の住民管理の小規模分散型への転換の画期ともいえる。

 小林教授はこう続ける。

「大規模集中型電力システムは、中越沖地震の柏崎刈羽原発や東日本大震災の福島第一原発の例をみるまでもなく、災害に対してきわめてもろく、リスクが桁違いに大きい。また、福島第一原発の処理に地元がまったく関与できないという事実が示すように、地域の技術・人材や意思決定を排除して、集権的になりやすい。さらに、これがもっとも大きな罪かもしれないが、資源が生み出される環境や生産の現場を壁の向こうに追いやることで私たちを無知にさせている」

「これ対して、小規模分散型システムは地域の技術や人材を活かすことができる。さらに、住民や身近な関係者で、地域の環境や文化を、あるいは整備や管理を決めたりすることができ、一般的に分権的な意思決定を行ないやすい。このように、分散型は発電にも地域住民が直接かかわれる機会を提供することができる。小規模分散型エネルギーシステムは、私たちを無知にする危険性が少なく、むしろ地域の主体性を活かしてくれる。『地方分権』『地域主権』の実現は、行政や予算の地方への移譲だけではなく、地域が暮らしや産業にかかわる社会構造を、主体的に編み直すものでなければならない。地域性を活かした小水力などの再生可能エネルギー生産は、その実際の取り組みであり、エネルギーの未来と農山村の再生という『地域主権』に向かう具体的な第一歩でもある」

 福島第一原発事故は、原発と農林水産業は根本的に共存できないものであることをあらためて明らかにした。避難生活や農産物・土壌の汚染、風評被害に対する補償要求は当然のことだが、ここでは一歩進み、「原発から農発へ」への転換を農家・農村・農協が主導すべきときではないだろうか。

(農文協論説委員会)

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2011年10月14日

「TPP反対!」耳を傾けるべき被災地の声

 9月21日の日米首脳会談を終えた野田佳彦首相は、帰国するなり閣僚会議でTPPへの交渉参加をめぐる議論を再開することを表明し、10月11日には関係閣僚会合を開いた。野田首相は11月に開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議までに、現在9ヶ国で協議されているTPPへの「結論」を出すことを目指し、鉢呂元経産相を座長とする「経済連携と農業再生に関するPT」を設置し党内議論をまとめる方向で動いている。

 TPP参加に後押しするのは全国5紙の社説だ。
「首相はTPP交渉参加へ強い指導力を」 (日経10月12日)
「TPP参加 もはや先送りは許されぬ」(産経10月9日)
「TPP首相の力強い決断を」(毎日10月12日
「TPP参加が日本の成長に不可欠だ」(読売10月6日)
「TPP参加―丁寧な説明で再起動を」 (朝日10月5日)

 この横並び社説と対照的なのは地方紙、それも311で被災した東北地方紙だ。宮城県の河北新報は10月12日の社説「TPP参加問題/拙速な結論は避けねば」で、「食料と貿易という国の根幹にかかわる問題だ。だからこそ、バスに乗り遅れるな式の議論は避け、その両立の道を探るべく、状況の変化も踏まえ議論を尽くさなければならない」という。
 4,664人の死者(※)を抱える岩手県下の岩手日報は、「TPPは多方面に影響が及ぶ。日本の将来を左右する問題だけに拙速な結論は避けるべき」として「『見切り発車』は避けよ」と社説で訴えている。

 どちらも農業は大問題。「状況は変わった。巨大津波と原発事故で太平洋沿岸は漁業も水田農業も甚大な被害を受け、生産性向上どころか生産基盤の復旧すらままならない。TPP参加はそんな国内有数の食料基地に追い打ちをかけかねない」(河北新報)「大震災で農地損壊などのダメージを受けた本県農業にTPP参加が追い打ちをかけるようであってはならない。」(岩手日報)

 この一連の動きは一年前に突然出たTPP発言とまったく重なる。菅前首相は昨年10月に所信表明でTPP参加への意向を口にし、それによる影響を説明しないまま「開国」の必要性を観念的に訴え、中央財界と全国マスメディアが後押した。《THE JOURNAL》では「『TPP反対!』地方紙からの声(1月24日)」で取り上げたが、TPPの対立軸はマスメディアがあおる「一次産業vs輸出産業」ではなく、「中央vs地方」の構図になっている。

 野田首相は明確な表現を避けながらも、TPP推進派で財界の顔色をうかがう玄葉氏、前原氏、枝野氏を要職に就ける人事を敷いている。玄葉氏は「目を見開いて打って出るべきだ」と国家戦略室担当相以来の主張を続ける。
 急速に推進スピードを上げているTPP議論は11月上旬にも「結論」が出るとされる。「忘れてはならないものがあります。それは、原発事故や被災者支援の最前線で格闘する人々の姿です」(9月13日野田首相所信表明演説より)
 最前線で報道を続ける地方紙の声を野田政権はどこまで聞くことができるだろうか。TPPの動向を被災地はじっと注視している。

(※注 11日現在、岩手県総合防災室より)

【関連記事】
■「月内決着」の工程表判明 農業強化策は20日前後 TPP問題(産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/smp/politics/news/111013/plc11101301150000-s.htm
■特集:TPPとは一体何物か?TPPの真相と深層
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/09/tpp_19.html

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 《THE JOURNAL》編集部が賛同するTPPシンポジウムが10月31日に開催されます。基調講演はかねてからTPPの問題点を指摘してきた金子勝(かねこ・まさる)氏です。事前予約は不要、ぜひともご来場下さい。

【とき】
10月31日(月)18:30〜21:00(開場18:00時)

【ところ】
文京区民センター3階3-A会議室(文京区本郷4-15-14)
http://www.city.bunkyo.lg.jp/sosiki_busyo_kumin_shisetsu_kumincenter.html

【シンポジウム概要】

1、 意見提起(18:40〜19:30)

◎色平哲郎さん(佐久総合病院医師)
 1960年神奈川県横浜市生まれ。京都大学(医学部)卒業。長野県南佐久郡南相木村診療所長、NPO「アイザック」事務局長を経て現職。著作に「大往生の条件」「命に値段がつく日 所得格差医療」など。

◎鴨桃代さん(全国ユニオン会長)
 1948年静岡県清水市生まれ。72年淑徳大学(社会福祉学部)卒業。千葉市役所、労働組合「なのはなユニオン」書記長・委員長、コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク共同代表を経て現職。著書に「非正規労働の向かう先」「どうする派遣切り 2009年問題 」(共著)など。

◎山下惣一さん(百姓・佐賀県)
 1936年佐賀県唐津市生まれ。中学卒業後、家業の農業を継ぐ。1969年「海鳴り」で第13回農民文学賞、1979年「減反神社 」(1981年)で第7回地上文学賞を受賞。著書に「直売所だより」「安ければ、それでいいのか!?」など。

司会:大野和興さん(日刊ベリタ編集長)
1940年愛媛県生まれ。四国山地の真只中の村で育ち、農業記者として約40年を日本とアジアの村を歩く。著書に「食大乱の時代」「日本の農業を考える」など。

2,基調講演(19:40〜20:30)

◎金子勝さん(慶應義塾大学経済学部教授)
1952年生まれ、東京大学大学院(経済学研究科)卒業 。茨城大講師、法政大教授を経て、2000年10月から現職。著書に「「脱原発」成長論─新しい産業革命へ」「金子勝の食から立て直す旅―大地発の地域再生」など。

3,全員討論(20:30〜20:55)

【参加費】
500円(『TPP 何が問題?暮らしはどう変わる?~』パンフレット1部付き)
※参加申込は必要ありません。直接会場へお越し下さい。

【主催】
TPPに反対する人々の運動

【共同代表】
山下惣一(佐賀・百姓) 菅野芳秀(山形・百姓) 天明伸浩(新潟・百姓)

※ 詳細は→「TPPに反対する人々の運動」HP←より

2011年10月 4日

山口一臣:陸山会裁判の判決要旨を読んで気がついたこと(2)

 今回の判決の決定的な矛盾は、1億円の〝裏献金〟に関するものだ。裁判官は、水谷建設元社長、川村尚氏の「胆沢ダム工事の下請けJVのスポンサーとして参入したい旨を大久保秘書(当時)に陳情し、その見返りに1億円(5000万円×2回)を小沢側に手渡した」という証言と、現金を手渡した当日のホテルの領収書があることなどを根拠に、小沢事務所がダム工場受注に便宜をはかる見返りに1億円の裏献金を受け取ったと認定している。判決は、ホテルのレシートを〈客観的証拠〉などと評価しているが、レシートはあくまでも元社長がその日、ホテル(六本木の東京全日空ホテル=当時=)にいたという証拠にすぎず、元社長が小沢側に現金手渡した証拠でないのは言うまでもない。

 それはさておき、裁判官は西松建設事件において〈(小沢事務所は)岩手県や秋田県では、公共工事の談合におけるいわゆる本命業者の選定に関して、小沢事務所の意向が決定的な影響力を持っており...〉と断定している。

 もしこの裁判官の認識と川村元社長の証言が真実ならば、水谷建設は1億円の裏献金の見返りに胆沢ダム工事の「下請けJVのスポンサー」になっていなければならない。ところが、結論からいうと水谷建設は「下請JVのスポンサー」にはなっていない。ここでいうスポンサーとは幹事社のことで、一般の下請けに比べ利益率が格段にいいとされる(とはいえ5%くらいか?)。水谷建設は幹事社の下の一般下請での受注はしているが、幹事社にはなれなかった。 1億円もの巨額の裏献金をしながら、結局、希望はかなえられなかったということだ。

 この事実から何が導き出されるかというと、「岩手県の公共工事では小沢事務所の意向が決定的な影響力を持っていた」という裁判官の認定が誤りだったということか、もしこれが誤りでなければ「1億円の裏金授受」の事実はなかったということだ。私はこの両方とも、裁判官(大元は検察官)の邪推に基づく妄想だと考えるが、いずれにしても裁判官の認定には合理的な矛盾がある。

 小沢事務所が公共工事の本命業者選定に決定的な影響力を持っていて、陳情の結果としての1億円の裏献金が本当にあったとしたら、水谷建設が胆沢ダム工事の下請けJVのスポンサーになっていなければおかしいからだ。

 水谷建設・川村元社長にすれば、会社のカネを1億円も支出しながら、希望どおりの受注が得られなかったのだから、社内での立場をなくしただろう。公にできないカネなので、大久保元秘書を詐欺で訴えるわけにはいかないだろうが、何らかのおとしまえを求めて詰め寄ったはずだ。しかし、裁判官らがそうした事情を考慮、検討した形跡は見られない。

 それだけではない。新聞報道等から拾った数字で恐縮だが、胆沢ダムの総事業費は約2440億円あり、水谷建設はこのうち鹿島JVが約203億5000万円で受注した堤体成立工場(第1期)と大成建設JVが約159億円で受注した原石山材料採取工事(第1期)の下請け(幹事社ではない)として約34億円分の工事を受注している。仮に利益率5%で計算すると、水谷建設の利益は約1億7000万円ということになる。単純に考えて、1億7000万円の利益を得るために1億円もの裏金を使うだろうか。もちろん、将来への実績づくりの布石であったり、とにかく売上を立てなければならない都合があったりなどの事情も考えられる。

 しかし、いずれにしても裁判官が認定した「1億円の裏金の授受」については経済性の観点から合理的な疑いをはさむ余地がかなりある。しかし、この点についても、裁判官が考慮、検討した形跡は見られない。

 次に、裁判官が大久保元秘書らが受け取ったと認定した5000万円の現金はどこへ行ってしまったのだろうか。1993年の金丸事件のように、小沢事務所の家宅捜索で〝たまり〟として発見されたという話は聞かないし、大久保氏らが金融機関に入金したという情報もない。では、陸山会の土地購入のために小沢氏が用立てた4億円の原資として使われたのかというと、これは以前指摘したように、日付が合わずあり得ない。すなわち、小沢氏が石川知裕秘書(当時)に4億円を渡したのが2004年10月13日であるのに対し、裁判官が認定した最初の現金授受の日付は10月15日で、2回目は翌05年4月19日なので、4億円の原資に水谷マネーが含まれるという主張には根本的な矛盾がある。

 では、現金はどうなったのか。もし、裁判官ら言うように現金の授受が本当にあったとしたら、例えば1回目に大久保氏の代わりに受け取りに行ったとされる石川氏はうけとった現金をどう処理したのか? 大久保氏に手渡したのか? 事務所の金庫に入れたのか? あるいは秘密の隠し場所があるのか? まさか受け取ったとだけで消えてなくなってしまったというわけではあるまい。

 消えてしまったという意味では、小沢事務所側の受け取り人である石川氏か大久保氏が個人的に着服してしまった可能性は考えられないか? ああるいは水谷建設側の川村元社長に事情があって着服した可能性はどうだろう? 過去の贈収賄捜査でも、途中で賄賂(裏金)の運び役が相手に渡さず着服してしまったことがわかり、立件できなかったというケースは少なくないという。にもかかわらず、裁判官がこうした可能性について検討した形跡はみらてない。

 素人が考えても気がつく矛盾や可能性について、裁判官は検討することもなくすべて検察側の主張には沿った認定をしている。なぜなのか?

 おそらくは、まともに検討をすれば都合の悪い(検察にとって)結論が出ることがわかっていたからではないか、と私は疑っている。私のような大雑把な人間でも分かる矛盾を、緻密であるべき裁判官が気づかないはずがないからだ。

 裁判官は知っていながら故意に過った認定を繰り返したと言わざるを得ない。

 司法の劣化は深刻だ。

 判決の異様性についてはまだまだ続く。

2011年10月 3日

山口一臣:これが判決文コピペ事件だ!

 まず、西松建設の国沢幹雄元社長に対する検察側冒頭陳述を引用する。

〈すなわち、岩手県下または一部秋田県下の公共工事の受注を希望するゼネコンは、小沢事務所に対し、自社を談合の本命業者とする「天の声」を出してほしい旨陳情し、同事務所からその了承が得られた場合には、その旨を談合の仕切り役に連絡し、仕切り役において、当該ゼネコンが真実「天の声」を得ていることを直接同事務所に確認のうえ、当該ゼネコンを当該工事の本命業者とする旨の談合が取りまとめられていた〉

 これが大久保元秘書らに対する判決で、こうコピペされていた!

〈岩手県等の公共工事の受注を希望するゼネコンは、小沢事務所の担当の秘書に対し、談合において本命業者となることの了解を与えてほしい旨の陳情に赴き、当該秘書の了承が得られると、鹿島建設の仕切役にその旨を連絡していた。連絡を受けた仕切役は、当該秘書に確認を取るなどした上で小沢事務所の意向に沿ったゼネコンを本命業者とする談合を取りまとめ、この談合に沿った入札 落札が行われて、本命業者が受注業者として決定されていたのである〉

 要するに、登石郁朗裁判長以下、今回の裁判官たちは、はなから検察の意向に沿った判決を書こうとしていたということだろう。検察の主張をそのままコピペして判決文を書くとは、裁判官にプライドはないのだろうか。いずれにしても、これは今回の判決の異常性の証拠のひとつにしか過ぎない。

 判決の決定的矛盾については、また後で書く。

2011年10月 2日

山口一臣:陸山会裁判の判決要旨を読んで気がついたこと(1)

(※これは、あくまでもいま分かっている情報を元にした拙速分析です。判決の全文を読んだ後に訂正する部分があるかもしれません。あらかじめご了承ください。また、事実関係の間違いや誤解は指摘していただけると助かります。よろしくお願いいたします)

 問題とされたふたつの政治団体は西松建設がその社名を隠して政治献金を行うための隠れ蓑だったとする論法は、私にも違和感はない。その理由も丁寧に説明されている。したがって、大久保隆規元秘書が寄付の主体が西松建設であるということを認識していたというのも、普通に納得できる。

 ところが、ここから先、迷走が始まる。

 判決は〈岩手県や秋田県では、公共工事におけるいわゆる本命業者の選定に関して、小沢事務所の意向が決定的な影響力を持っており、その了解がなければ本命業者になれないという状況であった〉と、何の根拠も示さず断定しているのだ。その上で、大久保氏が「天の声」の発出役を務めていたと認定する。

 これらはいかなる証拠に基づくものなのか、判決要旨からはわからない。そもそも「天の声」の存在自体は、09年7月の西松建設 国沢幹雄元社長の判決で明確に否定されている。献金をして「天の声」をもらって、工事を受注するといった単純な話はもうないといってもいい。

 しかし、今回の判決がここまでハッキリ断定しているということは、国沢元社長の裁判でも出て来なかった何らかの根拠や証拠があるのだろうか。もしないとしたら、登石郁朗裁判長は頭がどうかしていると考えるのが、自然かつ合理的だ。

 判決によると、岩手県等の公共工事の受注を希望するゼネコンはまず小沢事務所の秘書に陳情し、了解が得られると鹿島建設の仕切り役にその旨を連絡し、小沢事務所の意向に沿った談合が行われていたという。これについても、認定した根拠は示されていない。

 それはさておき、ごく普通に一般社会で仕事をしている人間にとって、この判決に書かれたようなことが本当に行われていたとはにわかに信じ難いだろう。公共工事の受注は建設会社にとっては経営上、きわめて重要な問題だろう。それが、いくら地元の有力政治家とはいえ、一野党議員の一秘書(事務所)が「天の声」を発して差配していたと考えるのは無理がある。

 裁判官は何を根拠にこう認定したのか、要旨だけではわからない。しかし、ここまでハッキリ書いている以上、何らかの証拠があるのだろう。もしないとしたら、登石裁判長は頭がどうかしていると考えるのが、自然かつ合理的だ。

 ちなみに、東北の公共工事の談合について徹底的に取材したという政治評論家の森田実氏は、9月29日付の日刊ゲンダイで、「岩手県や秋田県では公共工事の談合において小沢事務所が決定的な影響力を持っていたと判断しましたが、そんなことはありません」と断じている。森田氏の取材の結果は「結論は小沢事務所に出る幕はなかったというものです」というものだ。ごく普通に考えて、公共工事の受注になぜ、発注者でもない小沢事務所の許可が必要なのか? 裁判官はどう考えたのか。有力政治家ならば、経済合理性を超えて何でもできると思っているのだろうか? 今回の判決をくだした裁判官らの頭の中を見てみたいものである。

 もちろん、だからといって、小沢一郎氏が与党の実力者として権勢を振るっていた時代には、そうした仕組みがあったであろうことまでは否定しない。小沢事務所と公共工事の実態については、久慈力・横田一著『政治が歪める公共事業 小沢一郎ゼネコン支配の構造』(緑風出版)に詳しい。しかし、この本で指摘されている事実は、今回の裁判で扱われた時期よりずっと前のことである。

 ちなみに、ゼネコン各社は独禁法改正前の2005年末にいわゆる「脱談合宣言」している。宣言後も談合事件が発覚したケースはあるが、これをきっかけに公共工事の受注の仕組みが大きく変わったことは間違いない。しかし、今回の判決はそうした基本的事柄も考慮されていないように見える。また、小沢事務所の公共工事発注に対する影響力の変化についても、検討された形跡はない。

 当時の小沢氏の立場を考えるなら、森田氏が言うように「出る幕はなかった」と考えるほうが合理的かつ自然ではないか。

 と、ここまで書いて古い資料をひっくり返していたら、驚くべきことに気がついた。

 先ほど指摘した、判決要旨に書かれた岩手県等における公共工事の受注に関するくだりは、西松建設事件の裁判のときの検察側冒頭陳述の丸写しだったのだ。一言一句がほぼコピペされているといっとも過言ではない。こういうことは、よくあるのだろうか? 判決の文章が検察側冒陳と同じということは、やはり判検が癒着していることの証拠ではないか。

 それはさておき、このくだりを読み返してもうひとつ指摘したいのは、百歩譲って小沢事務所が当時もまだ、公共工事に影響力を持っていたとしても、小沢事務所が陳情を受けて働きかける相手は、談合の仕切り役ではなく、発注者である首長もしくはその周辺ではないか。そうでなければ「天の声」など出せるはずがないのである。

 判決の要旨をざっと読んだだけでも、次から次へと矛盾が出てくる。まだまだ指摘したいことがたくさんあるが、少し長くなったのでいったん休む。続きはまた。

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『知らなきゃヤバイ!民主党─新経済戦略の光と影』
2009年11月、日刊工業新聞社

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