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高野閑話・塩と海と人(その1) »

少し見えてきた福島原発事故の真相 ── 田辺文也と早川由紀夫の研究成果で

takanoron.png 福島第一原発の事故から5カ月、本当のところ何が起きていたのかを示唆するデータが、政府・東電からではなく、民間研究者の地道な努力によって少しずつ出て来ている。1つは、旧日本原子力研究所の元研究主幹=田辺文也が9月の日本原子力学会で発表を予定している「3月21日の3号機の水素爆発は炉心の大部分が"再溶融"しその大半が圧力容器を突き抜けて(メルトスルー)格納容器に落下したことを示す」という説。もう1つは、群馬大学教育学部の火山学者=早川由紀夫が独自にマッピングした「放射能汚染地図」である。

●3号機は21日に再溶融

 1号機では、3月12日、電源車による電源確保作業がもたついている間に、10:04、核燃料が水面から50センチ露出していることが確認され、注水を続けるも15:28には水面から170センチまで露出、その直後の15:36に水素爆発が発生した。3号機では、13日02:44に高圧注入系が停止し、04:15には核燃料の頭頂まで水位が下がっていることが判明、その日午後には「12日に1号機で発生した事象と同じことが起こる可能性が否定できない」との判断が立てられ、海水注入が強化されたものの、14日11:01に大規模な水素爆発が発生し、炉心が溶融して圧力容器の底に落ちた(メルトダウン)と考えられている。

 東電の公表データによると、その後20日までの3号機への1日当たりの注水量は300トンを維持しており、溶融した核燃料は圧力容器の底で冷えて固まりかけていたと考えられる。ところが、21日から圧力容器内の圧力が急に高まって水が入りにくくなり、そのため注水量は21〜23日は24トン、24日は69トンと激減した。その間、21日15:55に3号機から「やや灰色がかった煙」が発生、23日16:20には「黒煙」が噴出して23:30頃まで止まらなかった。この事態について、政府・東電は、「炉の状態は詳しくわからないが、溶けた燃料の大部分は圧力容器の底に止まっているが、燃料の一部は格納容器に落ちてゴムや潤滑油などへ引火して黒鉛を出した」と説明していた。

 ところが、8月8日付朝日新聞が大きく報じた田辺の分析によれば、

▼21日以降の注水量は炉内の燃料の発熱を防ぐに必要な量の11〜32%しかなく、1日もあれば再び高温に達して溶け始める計算になる。

▼実際、21日01:00〜03:00頃に圧力容器の圧力が約110気圧まで急上昇しており、冷却不足のため何らかの爆発的な現象が起きたらしい。圧力容器内で固まっていた核燃料の塊が割れて内部から流れ出た溶岩状の高温物質が水に触れて大量の水蒸気を発生させた可能性がある。これが再溶融の始まりだろう。

▼これによって大量の放射性物質が放出され、また核燃料の大半は圧力容器の底を破って格納容器に落ちた(メルトスルー)と推測される。

▼黒煙は、溶けた燃料が格納容器のコンクリートと触れて起きる「コア・コンクリート反応」の可能性があり、これは炉心溶融後も冷却不足が続いた場合の典型的なシナリオである。

 ──とされる。田辺は旧原研時代に米スリーマイル島の原発事故の解析を手掛けたその道のプロで、この説明には、一連の事態を首尾一貫した流れとして理解させるだけの説得力があるし、また早くからメルトスルーが起きていることを指摘していた京都大学の小出裕章助教の考え方ともおおむね一致する。なお田辺は、海保博之との共著で『ヒューマンエラー/誤りからみる人と社会の深層』を出版している。

★朝日の報道:http://www.asahi.com/national/update/0807/TKY201108070330.html

●放射性物質の広がり

 さて、群馬大学の早川は火山学を中心とした防災科学の研究者で、とりわけ火山爆発の際の火山灰の分布の分析に関心を抱いていて、その手法を応用して各地の放射能測定結果を地図上にプロットした地図を作成した。最初は4月21日に、初歩的なマップを早川由紀夫研究室HP内の「早川由紀夫の火山ブログ」に掲載、それを「@nnistarさん」がフォローして7000地点の計測データを収集してプロットし、それをまた早川が等高線を引き直すなど修正を加えて改訂版を出し、いくつかの雑誌でも紹介された。その後さらにプロットを重ねて7月26日に最新の「三訂版」が公開されている。その三訂版を元に作成した地図は8月18日付読売新聞にも載っている。

★早川由紀夫の火山ブログ:http://kipuka.blog70.fc2.com/[7月26日付の三訂版と、同13日付の改訂版にルートと時間を描き加えたものを参照することをお勧めする]

★nnistarのnni's blog:http://www.nnistar.com/gmap/fukushima.html

★読売の報道:http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866921/news/20110818-OYT1T00169.htm[但し電子版に地図は付いていない]

 早川によると、噴火によって火山から吐き出される火山灰は上空数キロから十数キロを吹く高空の風で移動するが、福島原発から漏れた放射性物質は高さ数十メートルの風に乗って地表をなめるように移動した。盆地や山肌など地形の起伏を感じ取って分布しているのはそのためである。汚染ルートは少なくとも3方向にが伸びていて、それぞれ日時が違う。

(1)一関ルート──3月12日15:36の1号機の爆発の後、同日20:00頃に南相馬、13日01:50頃に女川原発を通って岩手県南端の一関あたりにホットスポットを生んだ。

(2)飯舘ルート──3月14日11:01の3号機の水素爆発の後、翌15日18:00頃に飯舘村を直撃し、19:00頃に福島、20:30頃に郡山を通って那須、日光あたりに達した。

(3)東京ルート──同じく3号機の水素爆発の後、15日04:00頃にいわき、08:30頃に水戸、09:30頃に東京=新宿、12:00頃に茅ヶ崎に達して相模湾に抜けたが、一部は首都圏に滞留し16:00頃には市原近辺に達してまた三郷、流山方面へ戻って行った。

(3')群馬サブルート──水戸近辺で東に枝分かれし笠間、館林、高崎、軽井沢(15日16:00頃)、沼田に達してホットスポットを作った。

(4)柏ルート──3月21日の黒煙=再溶融開始に前後して、同日06:00頃に水戸沖、09:00頃に柏、さらに流山、三郷から東京、川崎沖に達した。21日から23日には、関東地方で強い雨が断続的に降り、北から来た放射能雲と南から来た湿った空気とがぶつかって、その放射能の濃度と雨の強さによって東葛地方や霞ヶ浦のホットスポットが形成された。

 こうして見ると、広く東北から関東に重大な放射能被害をもたらしているのは、主として3号機の水素爆発と再溶融であり、同機がプルサーマル焚きであったことが余計に事態を深刻化させたことが伺える。しかもその広がり方は、福島第一原発を中心に機械的に描かれた10キロ、20キロ圏などの同心円とは全く無関係な形を示していて、民間個人の努力でも出来るこのような分析がなぜ政府・東電によってこれまで行われてこなかったのか訝しい思いが募る。

 早川の地図を紹介した18日付読売は、「政府や東電、福島県などで構成するモニタリング調整会議は、東北から中部地方までを測定した広域の放射線量地図を作ることを決めた」とシャラリと書いていて、なぜ今までやらなかったのかを追及していないし、しかもそのこととどういう関わりがあるのか示さないまま突然に早川の地図を紹介していて、何だかすっとぼけた記事である。▲

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

高野 様

保安院と東電は一心同体であって事故の状況内容把握はできていたと見るのが妥当でしょう。対策が的確に取れない、取れていない状況から、国民に大混乱が起きないようにするために、事故の状況把握内容を国民に審らかにしなかったと見るべきでしょう。

確かな対策が取れない状況で、状況発表をしても無責任であって、発表が遅れたことは理解できないこともないが、はっきりした時点で発表することなく、民間の研究者の指摘が無視できなくなった時点で、事故状況を発表したあるいは発表せざるを得なくなったのは、あらぬ誤解を国民に植え付けることになってしまった。

重大な原発事故は起きないとの前提でリスク管理しているから、重大な事故が発生しても対応のしようがないわけであって、現場の責任は問えない。

重大事故は起きないと原子力行政を執行してきた経済産業省の甘さを指摘せざるを得ない。行政は結果責任であって、行政のトップ3人が更迭されたわけであるが、退職金は1,000万円の加算がされていて、国民には理解のできない責任の取り方といえる。

我々社会の常識と官公庁の常識には甚だしい差があります。海江田大臣ほか内閣の人たちに異論を唱える人がいないのであろうか。官僚に飼いならされただらしない人間ばかり、最後の最後まで菅内閣は緊迫感のない無責任な内閣であった。

高野さん、こんにちは。

たいへん勉強になりました。
東京に住む者として、関東の汚染が度合いがなぜこんなに酷いのか気になっており、いままでわからなかったのですが、東京ルート、柏ルートを知り、なるほどと思いました。

同心円で離れているから、大丈夫であるかのような政府やマスコミによる情報発表に騙されてはならないようにしようと思いました。

3月21,22,23日を記録していたモニタリングがあります。

神奈川県には川崎、横須賀に原子力関連の工場があるので、以前より公設の放射線監視モニターが稼動していました。とくに横須賀には70年代米原潜入港時から設置されたところもあります。

そして、このモニターの10分単位の計測数値が、ほぼリアルタイムでネット上に公開されています。又、過去一ヶ月間の線量変化もグラフ化されて見ることが出来ます。


神奈川県安全防災局危機管理対策課 環境放射線モニタリングシステム

http://www.atom.pref.kanagawa.jp/

当然、3月15,16日そして問題の21,22,23日の線量激増も記録されていました。

残念ながら,当方そのHPにたどり着いたのが4月2日でしたので、当該日の10分単位での変化はPCに保存出来ませんでしたが、3月3日から4月2日までの線量変化のグラフは画面保存して置きました。

当局がこのデータをどのように扱ったのか聞き及んでいませんが、特に21,22,23日はグラフの表示範囲を思い切り超えてしまっているのです。

このサイトに画像を添付できたならご覧いただけるのですが。


テレビでも電気予報なんて、電気を使うなと、原発再開をうながそうとしているが、今どんな放射能浮遊状態なのか全くTV他マスゴミは放送しない。多くのこう云う学者の情報を、国民の為に採って、正確に報道するのがマスゴミの役目なのに、困った状況です。今や国民の期待を裏切る政治家は信用されない。今はネットでこう云う情報を得られるが、PCやらない人はマスゴミ頼りなのに、ウソの情報や、国の言う事聞いて都合の良い隠蔽はやめよう。その内新聞も購買しなくなるよ、こんなていたらくな事していたら。

<計画停電という名の戒厳令>
高野様、こんにちは。我社では、突然、15日夕方に自宅待機の御達示がありました。
聞けば大手の代理店D、Hも自宅待機だという。
つまりマスコミは、危ない情報を得ていた証左です。あまりに怪しいので、その夜から、東北、北関東の知り合いに「逃げてくれ」と手が痛くなるまで、電話をかけまくったが、反応は鈍かった。
このサイトでも「女、子供、妊婦さんは旦那を置いてでも逃げて欲しい」と投稿した覚えがある。
タクシーの運転手さんからは、田園調布はじめ金持ちの街はまるでゴーストタウンの様だと聞いた。
悔しくて仕方ない。せめてあの一週間、十日でも福島の方々が逃げていてくれていたら、と今でも思う。
当時は怪しい計画停電があった。どう考えても怪しい。だって夜間は、電力が余っているはずだし、真夏でもない。名前を変えた戒厳令だと感じた。
一般庶民は、情報勝者から置き去りに自宅に早く帰され、少しでも外出を控えさせる措置だったのだと、今更ながら思う。
「ただちに健康に影響はありません」「20キロ圏避難も万一の措置であり、レントゲン一回分の被曝もありません」といいながら、家族をこっそりシンガポールに、「たまたま観光旅行に行かせた」政治家もいた。
どうしても、我々は過去を忘れがちになる。放射線の通り道の検証もまたしかり。政治家の検証もまたしかり、です。
イギリスは、日本在留国民に被災地の隅々まで指令を出し、大使館が車を手配して帰国させた。
フランスは大使館を一時閉鎖して、関西に逃がし、在留者に安定ヨーソ剤を配った。アメリカは80キロ圏内からの避難をさせた。
聞けば、アメリカから安定ヨーソ剤提供の申し入れされたが断った、という。
現内閣の一員は、民主党代表選挙立候補の資格はない。福島の子供の4割を甲状腺被曝させておいて、どのツラさげて華やかな舞台に登ろうというのか!それは、小鳩グループメンバーだろうが同様です。内閣の一員は立候補してはならない。一生、十字架を背負い、ひたすら頭を下げて生きていくしかない。
国家は戦争になれば、軍人に死ねと命令もできる。そして、責任を取らねばならない。それだけの覚悟がならねば政治家の資格はない。
西岡参議院議長は、「参議院記者クラブの諸君には何度も原発は相当危ない状況だと伝えたが、只の一社も報じてくれなかった」と振り返っている。
今更、脱原発など論陣を貼る新聞社など、廃業して頂きたい。

投稿者: 矢車草 | 2011年8月21日 01:06 です。

グラフの表示範囲ですが

3月、4月の時点では最大0.15μGry/hまででした。

現在は 0.3μGry/hまでとなっています。

 高野孟様、読者諸賢様

 私には下記URLのニュースが理解できません。
何方か解説いただけませんでしょうか
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011081800562
----------------------
ニュースでは『検出器を喉に当て測定した』となっており、体内残量の測定の様に思いますが、単位がBq/Kgになっていません。
ヨウ素の半減期は短いので、体内残量から積算被爆量を推参すべきと思うのですが・・・・
また、20gにも満たない甲状腺で0.2μSv/hourがどの様な意味が有るのでしょうか。
-------------------
以下、ニュース引用
『政府の原子力災害対策本部が福島県いわき市などの15歳以下の1149人を対象に放射性ヨウ素の甲状腺被ばく検査をした結果、最大で毎時0.1マイクロシーベルトの被ばくが確認されたことが18日、分かった。
中略
調査は3月24~30日、0~15歳のいわき市、川俣町、飯舘村の子どもを対象に実施。甲状腺に取り込まれやすい放射性ヨウ素について検出器を喉に当て、放射線量を簡易測定した。』

""
寺田前首相補佐官:「福島第一から帰るヘリ内で菅首相の線量計アラームが鳴り、子どもがつくれなくなる恐怖を感じた」""

阿修羅ランキングで見つけました。私もBS11で放送を見ました。

こんな人間が管の周りにいた。


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