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金子勝:歴史の中の「自由貿易」 錦の御旗を立ててみたけれど...

やりたいことと正反対の理由をあげて、やろうとすることを正当化する...。
戦争を仕掛ける側がしばしば「平和」や「正義」を口にするように、世の中にはよくあることです。

最近、進められているEPA(経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)も同じ。それは「自由貿易」という名の「市場囲い込み競争」かもしれません。

菅直人総理も、TPP(環太平洋連携協定)への参加を「平成の開国」と呼び、「自由貿易」を錦の御旗としています。どうもTPPを考えるには、そもそも「自由貿易」にまで立ち返って考えてみないといけないのかもしれません。

通常、経済学では、昔デビッド・リカードが唱えた「比較生産費」説という考え方に基づいて「自由貿易」を正しいと教えます。比較生産費説とは、簡潔に言えば、各国は比較優位のある財に特化して輸出し、代わりに比較劣位にある財を輸入した方が、お互いに一国だったらできない量の生産と消費が可能になるという考え方です。

しかし、実際の歴史的事実に即してみると、自由貿易という考え方は絶対的とは言えない面が見えてきます。自由貿易主義の起源をたどっていくと、国家主導の重商主義を批判して、自由貿易の効用を説いたイギリスの経済学者アダム・スミスに行き着きます。しかし、これに対して、後発国のドイツでは、フリードリッヒ・リストが自国の産業の育成のために「保護貿易主義」を掲げて、先進国の「自由貿易主義」に対抗しました。

イギリスは穀物条例と航海条例を廃止して自由貿易を達成したと言われます。しかし現実には、通説とは異なり、イギリスも保護貿易主義をとって産業を育成しました。当時の基軸産業であったのはイギリス綿工業。その最大のライバルはインドの綿織物工業でしたが、イギリスは競争力をつけるまで、インドからの綿織物に対して高い関税をかけて保護していました。

つまり、歴史的事実としては、どの国もまず「保護貿易主義」を採り、自国の産業が強くなった途端に「自由貿易主義」を訴えるようになります。それが自国産業に最も有利だからです。当たり前のことですが、自由貿易は弱肉強食になりますから、国際競争力のある国には断然有利ですが、これから自国の産業を育成しようという国は、丸裸で市場にさらされると負けてしまいます。

自国の産業競争力が低い、あるいは幼稚産業や農業など弱い産業を抱える、経済が発展途上の段階にある国々では、「産業」を主語にして経済政策が語られる傾向があります。日本の戦後もそうでした。大学にも工業経済論、農業経済論、労働経済論といった産業論の講義がたくさんありました。ところが、国際競争力をつけると、途端に「市場」を主語にして「自由貿易主義」が語られるようになります。後からついてくる後発国に保護貿易主義をとらせないことが、自国の産業の優位を確保できるからです。最近でも、ケンブリッジのハジュン・チャンの『はしごを外せ―蹴落とされる発展途上国(Kicking Away the Ladder)』(日本評論社)が改めてこうした視点を掘り起こしています。

このように現実を見ると、関税ゼロが普遍的に正しいといった原理主義的な説明は必ずしも正しいとは言えず、それは発展段階の異なる国同士の国際的な力関係を表しているというリアルな認識が必要です。

考えてみれば、日本の戦後も同じプロセスをたどってきました。日本はアメリカに対して、弱い自国産業を保護しながら、国際競争力をつけるにつれて、徐々に自由化をしてきました。ところが、しだいに競争力をつけるにつれて、今度はアメリカから「公正貿易」という形で、対日要求がつきつけられるようになってきました。それは関税引き下げだけにとどまりません。アメリカが参加できない日本の市場そのものが「不公正」なのだから、制度そのものをアメリカにそろえろとか、アメリカ企業に市場を割り当てろと言った強引な要求がなされるようになります。

日本側も、バブル崩壊後、護送船団方式に対する批判や、日本のシステムは「社会主義」的だなどという声が強まり、日本は米国の要求にしたがって「自由貿易」「市場主義」を選んできました。そこには郵政の民営化のように世界的に普遍的とは言えないような対日要求も含まれていました。対米輸出が多くなる限りで、それは正当化されました。が、今は米国についていくメリットは次第に失われ、もはや中国をはじめアジア諸国が輸出先としては圧倒的に高い比重を占めるようになってきました。

さらに、これまで対米交渉のたびに、いつも農業が保護主義のやり玉に挙げられてきました。農産物が米国の重要な輸出品だからです。実は、その結果、コメ、コンニャクなどの関税は例外的に高いものの、農産物の平均関税率は10%ほどで、EU諸国より低くなっています。農家の戸別所得補償も欧州諸国は粗生産額の8割も出しており、欧米諸国に比べて非常に低い水準にあります。むしろ米国への譲歩を繰り返すうちに、日本の農業はほとんど裸同然にされてしまったというのが正確な実態です。それゆえに農業が衰退してきたと言ってもいいかもしれません。世の中ではきちんと検証しないで、まったく逆のイメージを流布するイデオロギーむき出しの議論が横行しています。

最近では、中国や韓国が日本と同じ道をたどって成長してきています。日本は小泉「構造改革」がとられた 2000年代以降に、産業の国際競争力を著しく低下させています。まだ規制緩和、市場任せで、中国・韓国などの国家資本主義に対抗できると思っている人は、日本の産業競争力の危機的状況を認識していないと言わざるをえません。

では、今日、なぜ自由貿易がこのように強調されるのでしょうか。その一つの理由は大恐慌期の教訓から来ています。80年前の大恐慌の時、列強各国は、為替切り下げ競争という「近隣窮乏化」政策をとり、宗主国が植民地市場を囲い込む「ブロック経済」政策を採りました。要するに自分さえ良ければよいという「自国中心主義」に走ったわけです。世界中が一斉に保護貿易に走ると、世界市場が縮小して不況を一層悪化させてしまい、その結果、世界大戦に突入してしまいました。その反省からいま「自由貿易」の必要性が唱えられているのです。

ところが、過去の歴史を振り返ると、最も強い国が率先して貿易を開き、弱い国や産業にはセーフティネットとして一定の例外規定を認める国際的自由貿易体制ができないと、国際経済は安定しないというのが正しいのです。それが実現したのは、パックス・ブリタニカやパクス・アメリカ― ナの全盛期くらいでしょうか。

しかしEPAやFTAも、よく考えると、二国間・少数国間だけで「自由貿易」を推進する協定であって、その他の国々には高い関税などを課すものです。本来的に世界中の多国間で自由貿易主義を推進するのはWTOです。実は、WTOという国際自由貿易体制が十分に機能できない中で、EPAやFTAは「自由貿易」という名を借りた「市場の囲い込み競争」という面を持っているのです。それは、ブロック経済の現代版と言えなくもありません。TPPも基本的に同じです。まさに、やりたいことと正反対の理由をあげて、やろうとすることを正当化するやり方です。

しかし、あちこちでEPAやFTAが次々始まったら、日本だけ締結をしないわけにはいかず、どんどん追い込まれてしまいます。しかし、そうであるなら、なおさら割り切って自国の利益になるかどうかをしっかり見据えなければならないはずです。

まずTPPが「国を開くか開かないのか」という選択だと、インチキな恫喝をかけるメディアがありますが、それは本当でしょうか。TPPにはロシアはもちろん、ASEAN+3でFTAを進めてきた中国は、米国主導のTPPには乗らないでしょう。また米国とFTAを締結した韓国も参加しないでしょう。実は、米韓FTAではコメが例外品目ですが、TPPではそれが許されませんから。今や世界で最も成長し、実際にも日本の輸出先として圧倒的に重要な中国などの東アジア市場でしょう。その中国や東アジア諸国が加わらないのに、TPPが「国を開くか開かないのか」という恫喝はないでしょう。これらの国々と個別に EPA、FTAを結んだ方が日本にとってずっと得です。

しかも、中国・韓国などとEPAやFTAをする際には、農業利害の衝突も起こりにくいのです。とくに中国は水田中心で平均耕作面積が1haにも満たない状態で、小麦・トウモロコシなどの穀物、畜産、砂糖などで競合せず、むしろ米や果物など日本の農産物の輸出の可能性が切り拓かれます。実際、中国最大の農業国営企業の中国農業発展集団と20万トンの日本米の輸出契約への取り組みが行われようとしています。

じゃあ、TPPで日本の農産物が壊滅的な打撃を被る一方で、日本の製造業品の輸出が伸びればいいのかもしれません。しかし、日本の製造業品の対米輸出が本当に伸びるんでしょうか。どうも、それも期待できそうにありません。オバマ政権は中間選挙で大敗したため、議会は機能しない中で、再び、金融危機が再燃する恐れが強まっているからです。オバマ政権が取りうる経済政策は限られています。そこで、オバマ政権は、今後5年間に輸出を倍増して雇用を200万人増やすと表明しています。つまりTPPは米国の輸出を倍増する計画の一環なのであって、決して日本の対米輸出を増やすものではないのです。

そう考えると、TPPで問題になるのは、実は農業だけではありません。実はTPPは単なる輸入関税の話ではなく、より広範なパートナーシップを目指したものであり、さまざまな分野が協議の対象となるかもしれないのです。いくつかの可能性があります。

①公共事業などの入札に関しては、すでにWTOルールにしたがって事業金額規模に基づいて政府調達へ海外企業の参加条件が決まっています。その金額の引き下げが求められてくるかもしれません。

② 金融分野で門戸開放も含まれる可能性があります。このテーマであれば、民主党が2009年マニフェストで掲げた郵政民営化見直しも含まれると考えるのが自然でしょう。米国政府の要求は「自由貿易」というより「公正貿易」なので、米国企業が参入していないこと自体が問題だということになります。郵貯や簡保資金の運用に関して、米国金融機関への割り当てをよこせということになるかもしれません。

③BSE絡みで米国産牛肉は月齢20ヶ月という輸入条件がありますが、その条件の緩和が要求される可能性もあります。

④労働市場の開放によって、ベトナムなどから移民労働を受け入れる問題も出てくる可能性もあります。

まだ分かりませんが、米国が「年次改革要望書」であげる対日要求のどれが出てもおかしくないでしょう。TPPに乗ることで、先に挙げた対日要求が強まり、むしろ日本は犠牲だけを強いられるのではないでしょうか。米国が「不公正慣行」だといえば、財界は諸手を挙げてそれに賛成するのでしょうか?今の日本にそんなゆとりがあるとは思えません。とりあえず民主党内の反対で、菅政権がTPPで米国が何を求めてくるのか、まず情報を収集するとして、何も考えていない菅首相の失点は防がれました。

今は、折からの尖閣問題や朝鮮半島の緊張もあって、民主党政権は、当初のマニフェストで掲げた東アジア共同体構想から、旧来の自公政権による「日米同盟」重視の路線へと乗り換えつつあります。しかし、TPPの議論の過程を見ていると、イラク戦争に突っ込んで失敗したプロセスとそっくりです。米国について行けば、うまくいくという思考停止に陥っているからです。この歴史的転換期にそれでは、国の進路を誤ってしまう危険があります。

そういえば、証拠がないのに始めたイラク戦争も「中東平和のための戦争」だったはずですね。やりたいことと正反対の理由をあげて、やろうとすることを正当化するやり方でした...。バイアスを排して、状況を冷静に見て判断することが大事です。

(本記事は12/21付の金子勝ブログより、ご本人の許可を得て転載したものです。一部の情勢変化についてはご了承下さい。)

【関連記事】
■金子勝:Uターンする日本 そこに未来はあるのか?─TPPと戸別所得補償
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/11/u.html

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【プロフィール】金子勝(かねこ・まさる)
1952年東京都生まれ。東京大学経済学部卒。現在、慶應義塾大学経済学部教授。主な著書に、『日本再生の国家戦略を急げ!』(武本俊彦氏と共著、2010年)、『新・反グローバリズム――金融資本主義を超えて』(岩波現代文庫、2010年)、『金子勝の食から立て直す旅―大地発の地域再生』(岩波書店、2007年)がある。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

金子 様

自由貿易主義というと、かっこよく聞こえるけれど、セイフティネットがある程度整っている国の主張であるとの論点、まさしく其の通りではないかと、共感するものです。

日本のように、工業製品は著しく競争力があり、国によっては、其の国の基幹産業に大打撃を及ぼしている。そのようなことには、全く目をつぶり、輸出しまくってきた。

一方食料自給のほうは全く無策な上に、米などの消費減に対応するため、どんどん減反を進め、にっちもさっちもいかなくなっている。農家戸別補償などは、一時的な付け焼刃でしかない。

このような政府の無策をよく認識せず、また、TPPの利害を徹底的に分析せず、アメリカにただ追随して、TPPなる条約を結ぼうとする菅首相は、言葉は悪いが、自国の国民のことを考えず、ただ自分の権力保持のため、アメリカに従属しているとしかいえない。

条約締結は、さすがに来年中旬以降に延ばしたが、日本の国土の安全保障もアメリカに従属的で問題であるが、わが国の食料自給の安全保障は、どのように考えているのであろうか。

多分菅氏の頭の中には、食料問題の深刻さは、意識されていないのではないか。高野氏などのように、TPPを結んでから、別途食料自給問題を考えればよいと考えているのであろう。

TPPによって、食料自給体制が壊滅的打撃を受けるのである。戦後、我々の世代は、学校給食によって、パン食が生活の中に知らず知らずのうちに取り入れられ、米の需要がどんどん減っていったのである。

今度の場合は、もっと酷いことになり、米、小麦粉などが金融商品となり、値段がうなぎのぼりに上がるだろう。国民生活の大打撃である。このようなことは、誰でも理解可能であるのに、TPPに現を抜かす人が多いのには、困ったものである。

日本人は、理性的というより、情緒的であり、其のときにならなければ、認識しない国民性があり、ひどい目にあうことが必要かもしれない。

1.【21世紀の新しい資本主義】
原丈人さんが数年前から「公益資本主義」を手掛けているが、その中味が殆ど空っぽのままなのが勿体無い。まあ、美し過ぎて鈍さを想起させる標語KeyWordは換える必要もあるし、米国辺りの「強欲な猛者達(19-20世紀の亡者)」から邪魔が入るのは必定ですがね。
其れらを含んでも、公益資本主義の理想は安易に潰れるには「勿体無い」ものだと。

2.【仕掛けられる戦争】
金子さんの熱い心情が心に滲みますね。多謝。
その脈絡で、次の記事をご紹介します。流石にHardWarに懲りたのか、ソフトな戦争の仕掛けが進んでいる。米国は危険で凄い。jbpress.ismedia.jp/articles/-/5143 via @JBpressティーパーティー‥金本位論議

金子先生
先生のブログも読ませて頂きました。
仰る事はごもっともな事で何時も心が動かされます。
ただ2点、この様な事を申しては、申し訳ないのですが、

1、 日本人としてのバブル崩壊後からの虐げられた心はどの様にケアーされるのか。
神道等宗教以外での心物の支えはどこにあるのか。
2、 バブル崩壊後民間はその個人の能力に関係なく報酬のディスカウント(一律50%off等)
を余儀なくされた。しかるに公務員等多くの税金で飯を食っている者達の報酬は全く
と言って良いほどディスカウントされていない。とても不公平国家である。(これでど
うして税金の値上げに賛成出来るか・・・?)これの民間なみへの是正。大至急である。

というのは如何か。これらの事が気付かない経済評論家等本当にこの国が分かっているだ
ろうかと疑念を持つ。金子先生、次回はこの公務員改革等(政治改革・JA改革も含め)の
理念をお聞かせ頂きたい

TPPを結んだあとの日本の農業のイメージは・・・?

最もイメージしやすいのは林業ではないかと思う。農業が今の林業のようになっていいのかどうか,これに尽きる。

TPPの議論は国の形を変えるだけに本当に難しいが,長い目でみれば完全自由化は行きすぎた行為であるように思う。資源や食糧は有限であるのに,資本主義経済はそのことにまだ気づこうとせず肥大化を突き進もうとする。

食糧・資源はそのうち高騰する(その時,円が強ければ少し話は違ってくるが)。それは関税云々でカバーできる話ではない。その前提で議論を進めれば,日本の進む道はおのずと決まってくると思う。


YES!
「WTOがあるのになんでTPPが要るんだよ」という素朴な疑問を抱かないまま、なぜみんな「TPPに遅れるな!」などと騒いでいるのか、とても訝しく思っていた少数派の私には納得できるご意見です。
ホントにエコノミストも評論家も新聞記者も一様に「TPPに参加しなきゃ日本は沈没する」とか言ってました。たぶん今年もそう言うでしょう。本当に頭の悪いやつらだと思います。

TPPについては、結局、落ち目のアメリカに「本気」で付き合うことはないというのが正解ですね。

別にWTOがいいとは思っておりません。TPPは動機に不純なものを感じて気に入らないだけで、WTOが現状機能不全状態で、公正で秩序ある国際的自由貿易体制にはほとんど役立たずであるのも認めざるを得ないところです。
しかし、公正で秩序ある国際的自由貿易体制も地球規模の環境問題対策も、つまるところ「世界政府」の登場を待つしかないでしょう。
その世界政府への道のりが最も困難なわけですから、やはり自由貿易も環境問題も、変に力んで中心に座ろうとしたりせず、あと50年くらいはのらりくらり日和見にやってたほうがよかろうと思います。

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2009年11月、日刊工業新聞社

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