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« 田原総一朗×高野孟:民主党、今後の動きは?
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[記者レク]郷原信郎:民主党代表選の勝敗を分けたのは? »

"小沢神話"は終わった ── 民主党代表選の結果

takanoron.png 14日に行われた民主党代表選は、大方の予想に反する大差で菅直人首相の勝利に終わった。何よりも予想外だったのは、国会議員票で菅が412票(206人)を得たのに対して小沢一郎前幹事長が400票(200人)に止まったことである。それが僅差だったことを以て、小沢側近からは「党内をほぼ二分する健闘を示したのだから菅も小沢を無視できまい」とする強気の意見も漏れ伝わるが、それは戯れ言で、国会議員票で小沢が菅を上回ることが出来なかったのは、ほとんど致命的な敗北である。

 考えても見よう。党内最大の小沢グループ150人、早々に小沢を支持した鳩山グループ50人と羽田グループ20人を合わせれば、それだけで220人で、緒戦段階ですでに過半数を制している上、輿石東参院議員会長や赤松広隆元農相ら旧社民党系の過半や松木謙公など旧民社党系の一部も小沢支持である。もちろん、同党のいわゆるグループは、カネとポストで結束するかつての自民党の派閥とは違って、勉強会に出席する登録メンバーにすぎず、1人で2つ3つのグループに属している者もいるようなまことに緩やかなものだが、それは菅支持の各グループとて同じことで、差し引きトントンというところではないのか。

 加えて、選挙での虱潰しの組織工作には練達している小沢陣営のことであるから、投票の1週間ほど前だったろうか、山岡賢次副代表が「小沢支持が[国会議員の数で]50人以上、上回っている」と豪語するのを聞いても、「たぶんそのくらいの開きがあるのだろうな」と思っていた。

 山岡が正しいとすると、国会議員票はおよそ230人(460票)対180人(360票)になるから、それから逆算して、地方議員票50:50、党員・サポーター票100:200くらいになると想定して両者610票前後で拮抗、どちらが勝ってもおかしくないというのが私の事前判断だったし、実際に前日まで両陣営の要所のどちらに聞いても「本当に分からないんですよ。国会議員票で小沢が上回るのを菅が地方票でどれだけカバーするのか、いずれにしても51:49といった僅差で、どちらが勝ってもおかしくない」とのことだったので、私は内外メディアからの取材にそのように答えていた。

 開けてみればこの結果で、これがもし小沢が負けはしたけれども国会議員票では菅を上回っていたということであれば、菅側としては、小沢自身を実権あるポストに処遇し、まさか幹事長を渡すわけにはいかないけれども、まあ小沢が我慢できる中間派の誰かを据えると言った妥協策を講じなければならなかったろう。しかしこれで少なくとも小沢自身に関しては、(「最高顧問」への就任を要請し、小沢が断るという手順を踏んだ上で、結果的にそうなったという形をとって)「しばらく静かにしていて頂く」ことになるのではないか。

●狭義の「政治とカネ」の問題

 党員・サポーター票が大きな差となったのは、300選挙区ごとに総取り方式を採っていることによるもので、実数は、地方議員票と同様、菅が小沢の1.5倍を得ているに過ぎない。しかし、それにしても小沢がこの壁を突破できなかったのは、「政治とカネ」の問題について党内・支持者・国民に対する「説得責任」を果たしてこなかったからである。

 検察に対する「説明責任」ということであれば、彼はこれまで充分に果たしてきたし、検察審査会の再議決を前に4度目の聴取を請われればそれにも応じるつもりだろう。この件に関して説明責任が問われるのはむしろ検察とその言いなりで悪質報道を垂れ流してきたマスコミである。とは言え、だからといって小沢がただ「検察が散々調べて不起訴と言っているのだから、私にやましいところはない」とだけ言い放っていても、ならば秘書と元秘書が起訴されたのは検察が正しかったのかということにもなってしまうし、一向に国民の胸にわだかまる疑念を晴らすことにはならない。

 本論説が繰り返し述べてきたように、いくら捏造と歪曲によって作られたものであっても世論は世論なのであるから、それを小沢と民主党政権にとっての所与の環境と見据えて正面から突破する作戦を採らなければならなかった。それには小沢は記者会見を開いて、問題とされた土地の購入にまつわる資金の出し入れと帳簿への記載について自分の言葉で余すことなく説明し、何時間でも質問に応じ、もう明日から誰もこのことを話題にもしなくなるというところまで、完全にケリをつけるべきだった。が、実際にはそれをせずに、本論説などの「小沢辞めるな!」の叫びを無視して疑似世論に屈し、昨年は代表を、今年は幹事長をと2度までも辞任し、そしてまた今回は敗北した。

 仮に今回、小沢が勝って首相になったとしても、その問題にケリをつけていない以上は、状況は同じかもっと悪くなるはずで、それが分かっているから彼は最後まで立候補をためらった。彼が出馬表明をしたのは8月26日だが、その前日にこういうことがあった(9月1日付読売)。

「出馬表明前日の25日夕、小沢氏はひそかに衆院第2会館にある旧民社党系グループの田中慶秋衆院議員の部屋を訪ねた。『今は出るべきではない。"政治とカネ"の問題は予算委員会で追及されるし、(参院で)問責決議が可決したら、衆院解散に追い込まれますよ』と助言する田中氏に、小沢氏は『よく分かっている』と慎重な面持ちで答えた。そして『民社党系グループで、誰か代わりに擁立してもらえないだろうか』と続け、ある議員を名指しして調整を要請した。結局、名指しされた議員が拒否し、この構想は幻に終わった」

 小沢が名指したのが川端達夫か中野寛成か松木謙公か誰かは分からないが、ともかく彼は自分で出たくなくて、最後の最後までダミーを立てようと足掻いた。同じ読売記事によると、30日に小沢は連合幹部からの電話に答えて「若い連中がヒートアップしてしまっているので、のっぴきならないのかな、という感じだ」とも言っている。

 この問題に足を取られていつまでもそんな思いをするくらいなら、なぜ小沢は自分できっぱりとケリをつけなかったのか。私は小沢の信者ではないが相当な理解者だと思っているけれども、このことばかりは終始、理解不能である。

●広義の「政治とカネ」の問題

 以上は、狭義の「政治とカネ」の問題である。が、それとは相対的に別に広義の「政治とカネ」の問題があって、それは「政治文化」ということに関わっている。

 狭義の「政治とカネ」問題、すなわち陸山会事件には、小沢本人はもとより秘書や元秘書も逮捕されたり起訴されたりしなければならないような違法な事実はなく、村木局長事件と同様、検察によるデッチ上げである。しかし、陸山会とその活動そのものは架空でも何でもなく、小沢の"剛腕"を支える実体構造である。小沢が個人で建設業界など企業から巨額な献金を集めて、書生まで含めると50人に及ぶとされる秘書軍団を抱え、それらを住まわせるマンションだかアパートまで所有して育成し、いざ選挙となればそれらを選挙活動や組織工作のプロとして自派候補の重点区に投入して当選を確実にして勢力を拡大していくという、まさにかつて自民党内で猛威をふるった田中角栄軍団のそれと瓜二つの仕掛けを、我々はこの一件を通じて垣間見ることになった。

 加えて「組織対策費」の問題がある。そのようにして勢力を拡大してやがて党首や幹事長のポストを握るということは党財政を握るということであり、そうすると今度は、個人や派閥のカネだけでなく党のカネの一部をも「組織対策費」という名目で裏に回して、党首もしくは幹事長の裁量で誰にも妨げられることなくダイナミックに活用してますます党内権力基盤を固めていく。小沢は自民党を離れて以降も一貫してこのやり方を続けてきていて、報道されただけで自由党時代に35億円、新進党時代に41億円、民主党代表になった06年から今年6月までに36億円という「組織対策費」を操っている。

 そこに貫かれているのは、政治とは力であり、力とは数であり、数とは詰まるところカネであるという田中角栄由来の明確な政治哲学である。「当たり前だ。何が悪いんだ。民主党のヒヨコどもに何とか政権を獲らせるために小沢が全部自分で引っ被ってやっているだけのことじゃないか」という声が聞こえてきそうで、それはそれで民主党の現実を見れば一理あるのだが、敢えて奇麗事を言えば、これはいかにも旧態依然の「古い政治文化」であって、民主党に限らず日本の政治がいつまでもこういう手法に頼らなければ動かないということでいいのかどうか。党のカネをダイナミックに動かし、選挙や組織工作の(昔風の言葉では)「オルグ」機能を持ったプロを育てることも必要だが、それは近代的な組織政党として当然やるべきことであって、誰か特別の剛腕者個人に託さなければならないことではない。

 鳩山由紀夫前首相が辞任に際して小沢を道連れにした上で「クリーンな民主党に戻したい」と言ったのはそのことであり(しかしこの辞め方は正しくなかった)、また後を継いだ菅が「1つの時代を築いた小沢氏をこれからも頼っていくのか、みんなで1つの時代を乗り越えていくのか、時代の節目に立っている」と語ったのもそのことである。小沢はそれに怒り、幹事長ポストを取り戻そうと謀り、それに失敗して自ら立候補せざるを得なくなり、そして敗れた。ということは「1つの時代」が確実に終わり始めたのである。

●小沢一郎という矛盾

 考えてみれば、小沢一郎も矛盾に満ちた存在である。共同通信の西川孝純=特別編集委員が「拝啓小沢一郎様」という今回代表選の後のコメントで引用していたので思い出したのだが、私も親交があった故早坂茂三がよく「小沢一郎の悲劇」という話をしたものだった。西川は、小沢がこの20年間、常に政局の舞台回しを演じてその存在感で右に出る者はなく、昨年の政権交代もその手腕によるところが大きいと述べた上で、次のように言う。

「あなたの政治の師である田中角栄元首相の秘書だった早坂茂三氏(故人)の著書に『政治家は"悪党"に限る』があります。同氏は『日本の政治家で職人と呼べるのは小沢一郎だけだ。だが、これは悲劇だ。他に誰もいないため、52歳の一郎がキングコングのように虚像化され、実体以上に騒がれ、冷酷、非情、金権という目で見られている』と書きました」

「68歳になった現在まで、あなたを取り巻く状況は変わっていませんね。実像を伝えきれないのはマスコミの努力不足であり、さまざまな局面で説明を怠ってきたあなた自身の責任でもあります」

 その通りで、小沢が政局を動かす職人的達人であることは確かだが、その剛腕ぶりが実像以上に虚像化されて、彼を非難する者は「諸悪の根源は小沢だ」と言い、賛美する者は「小沢が立てばすべてがたちまち解決する」かのごとく言うけれども、実はどちらも同じ虚像を反対側から見ているに過ぎなかったのではないか。小沢自身は、自分自身について言われているいいことと悪いことの全部とは言わないが少なくとも半分は神話であることを熟知していて、だからこそ自民党時代も民主党時代も、進んでNo.1の座を獲りに行くよりもNo.2にいて裏で操ることを選ぼうとしてきたのではないか。今回、周知のような経緯で広義の「政治とカネ」の実体構造までが露頭し始めたこともあって立たざるを得なくなり、ということはしかし、自らNo.1となればよくも悪しくも一層その実体を晒さなければならないということであり、そこに最後の最後まで彼が立候補をためらった理由があったのではないか。

 小沢神話は終わっても、もちろん政治家=小沢はまだ終わらないし、周辺には「どうせ菅は長くもたないから次のチャンスを待とう」という考えが強い。上述の西川は「あなたのキャリアと知見は貴重です。負けた悔しさをぐっとのみ込み、菅さんを支えてこそ大政治家です」「融和のために率先して小沢グループを解消する度量をみせてほしい」と勧告するが、なかなかそんなふうには収まらないのが小沢である。かと言って、グループを率いて反主流化して菅下ろしを仕掛け、再び小沢が立って敗れれば党分裂、政界再編成......といった『日刊ゲンダイ』あたりが大好きなドタバタのシナリオは、国民の多くはうんざりで、見たいとは思っていない。その狭間にあって、しかも菅率いる民主党が「小沢が築いた1つの時代を乗り越えて」行こうとする"脱小沢"ならぬ"超小沢"の方向へと布石を打ってくるのを眼前にして、小沢は果たしてどう次の一手を編み出すのだろうか。▲

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» 小沢一郎氏への毀誉褒貶 送信元 psw_yokohamaの第2ブログ
民主党元代表・小沢一郎氏の人物評、毀誉褒貶は定まりませんが、いくつか参考になるものを記録します。 ”小沢神話”は終わった ── 民主党代表選の結果 (N... [詳しくはこちら]

コメント (220)

■コメント投稿について編集部からのお願い

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http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

<勝てば官軍>
参りました。っと一応言っておく・・・。

em5467-2こと恵美 さま

<小沢氏惨敗に関する考察>拝見しました。

民主党代表選の結果について、小沢氏に対する考察を苦言も含めて的確に述べられているのには、お見事としか言いようがありません。
まったくそのとおりだと思いました。

この髙野氏の論説は、どうでもいいですね。民主党解体の危機を恐れて、小沢氏を支持した民主党議員に「だから、もう小沢氏についていくのはやめなさい」って勧誘しているだけにしか過ぎないようです。

うーーーーん、何が言いたいのかよくわからないのですが(^^;;;

>>小沢が個人で建設業界など企業から巨額な献金を集めて、書生まで含めると50人に及ぶとされる秘書軍団を抱え、それらを住まわせるマンションだかアパートまで所有して育成し、いざ選挙となればそれらを選挙活動や組織工作のプロとして自派候補の重点区に投入して当選を確実にして勢力を拡大していくという、まさにかつて自民党内で猛威をふるった田中角栄軍団のそれと瓜二つの仕掛けを、我々はこの一件を通じて垣間見ることになった。

この手法のどこがいけないのか? 議会制民主主義の日本では、議会で多数を取ることが何よりも大事であり、そのためにどういう手法をとればいいのか? を考えた時に、至極理にかなったやり方であると思うのですが。選挙戦というのはぽっと出の素人が徒手空拳で戦って当選を果たせるような甘いものではないですよね。選挙を良く知るプロの助けはどうしても必要でしょう。まさかと思いますが、高野氏は「選挙なんて勝つ必要はない」と思っているわけでしょうか?

次に

>>加えて「組織対策費」の問題がある。そのようにして勢力を拡大してやがて党首や幹事長のポストを握るということは党財政を握るということであり、そうすると今度は、個人や派閥のカネだけでなく党のカネの一部をも「組織対策費」という名目で裏に回して、党首もしくは幹事長の裁量で誰にも妨げられることなくダイナミックに活用してますます党内権力基盤を固めていく。小沢は自民党を離れて以降も一貫してこのやり方を続けてきていて、報道されただけで自由党時代に35億円、新進党時代に41億円、民主党代表になった06年から今年6月までに36億円という「組織対策費」を操っている。

これもまたよくわからないのですが、この「組織対策費」というのは、小沢さんだからそれだけの金の動きがあったということなんでしょうか? 別に誰が幹事長になっても、誰かが党の財政を扱わなければならないわけですから、同じ額の金の動きがあったはずです。問題はその金の使い方と? どなたかのように「全員に公平に配分」すれば良かったと? まさかと思いますが高野氏は「選挙なんて勝つ必要はない」と思っているわけでしょうか?

いや、そうではない、そうやって金を恣意的に配分することにより、自派閥を拡大するということが良くないのだ・・・と言いたいのかもしれません。

しかし今回の代表戦の結果をみれば明らかなように(笑)、小沢さんご自身の派閥はさほど大きいものではありませんでした。今回の民主党代表戦での議員さんの総数は何人でしたっけ? その多くが、弱小民主党時代から小沢さんの恣意的な組織対策費運用(なんですかね?)の中で当選した議員さんたちのはずです。つまり組織対策費の恣意的な運用(?)は、結果として「民主党の党勢を拡大」したが「小沢派の拡大」とは別だったということですよね。

つまり、小沢さんは最も有効で合理的な手法をもってして民主党を大きくしてくれたが、自分の「得」には何もなっていない、それどころか文句をつけられている(笑)。

いや笑い事じゃありません。客観的に見れば、そういう理不尽なことを言われているということです。()の中は(怒)の文字ですよね。でも「笑」を入れたくなってしまうのは、「小沢神話は終わった」などという思わせぶりなタイトルであおるジャーナリスト自身が、結局は作られた「神話」にすがっているというのがなんかおかしかったからです。

一般的な、B層主婦のたわごとだと思ってください。

高野さんの論説を読んで、確信を持ちました。
そうです、古い小沢さんは終わったんです。
これからは、新しいイメージ戦略を打ちたて、ニュー小沢として活躍されたらいいんです。
恵美さんが申していたように、
バラエティー番組に出て、払拭していけばいい。
できれば、紳助さんあたりの番組で、
陸山会の土地が秘書のための厚生施設であるということを言えばいいんです。私腹をこらしているわけではないことを、編集できないゾーンで一言言うだけですよ。
これで、B層陥落です。
政策だのなんだの言う前に、イメージだけで判断される。
代表選で、政策を語りました。夢も希望も語りました。
あとは、作られたイメージを壊すだけです。
嫌われている人が、少しだけいい人だと、雪崩をうっていい人に評価が代わるもんです。
逆にいい人が、悪い人だったときの嫌悪感は半端ないです。
鳩山さんがそうだったのではないですか?それだけですよ。

高野様

代表選は菅氏勝利で終わり、ノーサイドではないか。
これからは、菅氏に、政権運営の注文をしていかなければならないときに、まだ、小沢呪縛から脱却できないのですか。
投稿を見ていますと、勝っても今尚小沢氏の幻影に怯えているようで、本当に見苦しい。
政策を重視する高野氏が、政局から抜け出せないのは、哀れでしょうがありません。
あなたは、前の投稿で、小沢氏は死んだといっていたのではありませんか。
今、議論している小沢氏は何でしょうか。亡霊でしょうか。亡霊になどに取り付かれてはなりません。
小沢氏は、幹事長を辞めて、参院選で勝利することを、誰よりも強く願っていたと思います。
其の期待を、調子に乗って、菅氏は裏切ってしまいました。
今回も、小沢氏は出る意志はなかったようですが、素晴らしい演説から出てくる国家像、政策ビジョンに度肝を抜かれたのではありませんか。
其の底知れない魅力は、菅氏の遠く及ぶところでなく、あたふたしているのが、目に浮かびます。
小沢氏から離れて、菅氏に応援をしていかないと菅政権持たないですよ。
しっかり、菅氏をバックアップしてください。死んだ小沢氏は、もういいではありませんか
小沢氏は、菅氏のようにいつでもしゃしゃりでなければ満足の出来ない人ではなく、若い人の成長を誰よりも強く望んでいると思います。
小沢氏は、信じる人のみが、支援します。

高野 様

政治スタイルに矮小化するのはやめましょう。菅氏が既得権者に擦り寄ったために、小沢氏が立候補した。そしてそれには主にネットで若者が反応した。

変化を嫌う方々(年配の方、既得権のある方、成功された方)が、小沢氏を嫌うことは仕方ない。小沢氏は革命をしようとしているのだから。(革命とは簡単に言うと既得権者から権力と金を奪うこと)

この文章を見ると、高野さんも残念ながら後者であるように感じてしまう。如何。

<小沢神話は終わらない>

神話は、終わらないから神話なのであって、終わらないのである。

高野様、卓見です。

他のプロの論説は、事実を直視せず、いたずらに常連の小沢熱を煽るばかりの論説が多く、頭がクラクラするのみでした。

しかし、この優れた論説も、ここに集まる常連の小沢神話愛好家たちによって、さんざんに叩かれるでしょう。残念なことです。

「政治と金」を狭義と広義に区分して、狭義について何故、小沢氏本人が説明しないのだろうという疑問は当然であり、誰もが疑問に思うところです。

思うに真実の説明をすると関連する広義の「政治と金」に飛び火するため、したくても説明できなかったのではないでしょうか。

さて、国民の多くが問題視している「政治と金」の問題は、高野さんがおっしゃる広義の「政治と金」の問題であり、更に加えて自民党時代にまてさかのぼる長期の「政治と金」の問題も含まれていると思います。
ですから、ここの小沢シンパの論説者や「週刊朝日」、ワイドショーのコメンテイター達が、いくら特捜のデッチアゲと力説しても、多くの国民の納得が得られなかったのでしょう。

僕は普通に小沢神話なんて信じてなかったけど、国会議員もそんなの信じていたんですかね?僕ももし最悪今回負けたら、不敗神話だのなんだのが払拭されると思ってましたけど。
日本人の多数はそういう神話を信じる人もいるのだろうけど、意外と神話は言いすぎだろうと思ってる人も相当数いたんじゃな人ですかね?
しかし僕は今でも小沢さんが首相になって、本当に力があるか無いかを見てみたいですね。買いかぶりすぎなのかどうかを。
代表選の数日前までは、小沢さんも神様じゃないんだから、期待かけすぎると幻滅するぞ。とも周りに言ってましたよ。
ちなみに、ここ数日僕の周りは菅さん選んじゃって「日本人馬鹿だね~」を言いに来ます。

高野さま
 「神話」というものがあったとすれば終わったのでしょう。
そもそも、信者ですらないぼくは「神話」化したのはマスメディアであって高野氏が言われているほど小沢氏を神格化していないと思います。
 政治をクリーンにということを標榜するのであれば、政党助成金そのものを改め、献金を中心に透明な政治を行うことが必要でしょう。恰も法的問題と倫理的な問題を峻別せず、政党の金の使い道を持ち出し、まだぞろ小沢は悪いというイメージを果てしなく追及しつづけるジャーナリズムものこそ立花隆氏以来の大衆迎合ジャーナリズムに他ならない。
 大きな力を決して持たせず、日本の国益を損なうことをしているのが日本のマスコミ人であると、中央公論に寄せたウォルフレンの記事で確信しました。

<所詮損得の中に小沢軍団の絆>
政治の世界ほど汚らしい世界は無い。結局は、てめえの懐、欲得なんだと思うが。しかしこれだけは言える。田中軍団。小沢軍団だけは人間としての絆が形成されている。小沢一郎は人から裏切られても裏切った事は無い。小沢一郎にはてめえの懐の損得勘定は無い。田中角栄と小沢一郎には物凄く臭い日本人の魅力がたまらなくあるのだ。「金で繫がっている関係」と殆どの人は揶揄している。その人達は極めてお下劣なその世界しか知らないからである。全ては小沢一郎という人間に嫉妬しているだけである。特に男の嫉妬ほど始末が悪い。それはこの間どれ程の攻撃に曝されて来た事か。まともな識者はこう評価している。小沢一郎の政治的能力に匹敵する人物は欧州にもいない。当然オバマ大統領よりも上であると評している。高野さん小沢一郎の資質、力、日本再生にとってどれ程必要な政治家なのかを評価するのが真のジャーナリストだと思う。菅が圧勝し、小沢終焉と希望的観測に終始する三文紙と同じレベルではあなたが終焉することになりますよ。小沢一郎という政治家は世界が必要としているのです。その時は厳然たる輝きで登場しますよ。お構いなく。

『小沢は政治に臨む発想とその行使と手法において自分にも人にも厳しく、それでいて手抜かりがあり、甘く、なお冷たく、政治思想を生み出すときは鉄壁の印象を抱かせる一方で、老婆心ながら何とかしたらいいのにと口を挟みたくなるほどに不用意で、なおかつ人がいい。端から見ていると驚き、あきれるほどに用心深いかと思うと、簡単に人を信じて、狐に化かされたのかと唖然とするほどの騙され方をする。そういうときの小沢は決まって「騙すより騙されるほうがいい」と言いつつ臍を噛むのが通り相場である。』
 これは「小沢一郎嫌われる伝説」渡辺乾介著に書かれている小沢評ですが、私はこの評が最も小沢氏の実像に近いのではないかと思っています。

 私は政治家では唯一小沢氏を支持し応援していますが、いわゆる「小沢神話」なるものを真に受けたことはありません。そして、多くの小沢氏を支持する方々もまた私と同じではないかと思います。

 誰かを熱烈に支持する者は、その支持する誰かの実像にどこまでも近づこうとするものです。

「小沢神話」なるものは、高野さんも含めたマスコミが政局を論じるときに創り上げた「便宜上の虚像」であり、その自分たちが創り上げた虚像にマスコミ自身が勝手に振り回され踊らされてきたというのが、「小沢神話」なるものの正体ではないでしょうか。

 こんにちは。

 高野さん、お疲れ様です。

★ 「“小沢神話”は終わった」は終わった ★

 【民主党代表選】小沢一郎前幹事長の決意表明全文(投票前)
 2010.9.14 15:31

 この時点で、党員サポーター票のポイント大敗を知っていたのか、立会演説会のときに見られた漲る躍動は無かったものの、その言葉に込められた覚悟、気迫は凄まじく、語る内容は日本国の危機的現状、そこからの脱却改革策、それを成し得たときにある日本国の有様を、よく整理されて訥々とした如何にも誠実な語り口で、聞くものに明瞭な国家観を提示するものでした。民主党代表選挙の討論会、立会演説会などを通して、それまでに小沢氏にこびり付いた先入観を一定程度払拭し、新たな小沢一郎観が生まれたように思います。

 阿修羅で話題の一般人、檀公善氏の孤軍奮闘は、その動機付けが最近成されたとご本人が告白されています。

檀公善:「小沢真っ白」8千枚、札幌演説会で配布。付:小沢候補演説全文
檀公善:「小沢真っ白」第1期総括報告。権力+マスメディアとネットとの壮絶な闘い

他にも多くの小沢一郎印象の『気付き』が、ブログや、ツイッター、ネットメディアなどで告白されています。つまり、民主党代表選挙を通して “新たな小沢神話” が始まったのではないかと思います。つまり、今、「“小沢神話”は終わった」は終わったのです。

~マスコミの勝利とネットの敗北 - 菅直人に散見される躁と鬱の病理~

(末尾)
菅直人の最近の表情や態度というのも、何か尋常でないものを感じる。理性が壊れていると映るのは、私だけの偏見だろうか。まず、昔と較べて顔が変わった。どう変化したか精確な描写は難しいが、昨年までの菅直人と較べて別人格の容貌が漂う。それと、代表選の演説のときの手の振り方が粗暴乱雑で、壊れた機械が暴走しているような勢いで手を振り回している。見苦しくて、聴衆への説得を補助する視覚効果になっていない。何だろうかと不審に思う。指導力不足が言われ、「強い指導力」の演出が必要だと助言され、必死でアピールしようとしたのだろうか。小沢一郎と較べて中身がプアな演説内容を視覚的に攪乱させ、演説の比較評価を際立たせないようにしようと意識したのだろうか。そうした効果の計算とか動機の気配も察知できるけれど、それ以上に、もっと本源的で身体的な原因と言うか、手の振りの暴走が「脳の異常」に起因しているように思えて仕方がないのである。野党政治家の菅直人は、理性と論理での論戦が得意で、相手の主張全体の矛盾を衝き、破綻させて論破する攻防が印象的だった。防戦に回ったときは詭弁で逃げたが、詭弁を詭弁と自覚する理性は持ち合わせているように見えた。現在は、一から十まで嘘の皮ばかりで、官僚言語による官僚政策の官僚説明に徹している。これは、野党時代に菅直人が批判の対象にし、論破の対象にしていたものだ。頭の中で自己の詭弁と変節を理解納得し、役割演技の欺瞞を続けても、身体でそれに拒絶反応する心理作用があるのだろう。その心理的抑圧が、「顔が変わる」という形で表出しているのではないか。

つまり、病的なのだ。菅直人を見る苦痛は、人間の変節と欺瞞を見る苦痛であるけれど、それと同時に、一人の男の精神の病を見る苦痛なのに違いない。心理学とか精神分析の領域については、私は無知で何も言える資格はないが、健康な人が少しおかしくなり、いわゆる躁鬱病を医師に診断されるときの変化とは、こういう症例を指すのではないか。

最近の高野氏の文章は、政局の話ばかりで政策の話が無い。今回の文章も、高野氏が書かなくても、他のいろいろな人達が書いたり語ったりするだろうし、実際そうなっている。
今回の代表選で明らかになった、小沢・菅 両氏の政策の違いについてこそ、高野氏に語ってもらいたい。そうでなければ、機密費記者や機密費評論家達と、何ら変わらないことになってしまう。──そんなはずはない、と私は信じたい。

高野様

この高野さんの論文は小沢さんを嫌いな方のみに受けるように感じたのは、私だけではないようです。

今の日本に本当の民主主義がないことを今回の民主党選挙で確認できました。
そもそも、小沢さんを貶める検察とメディアの動きが表面に出てきた過程をメディアの良心をお持ちの高野さんが深堀してくださることを期待しておりましたが、この論文で無理なことを知りました。

小沢さんの最後の演説が国民の生活を第一したいと思う気持ちが伝わってきました。官僚との戦いはいけないことですか。官僚は無意識のうちにお家大事の行動をとっているのではないでしょうか。小沢さんはそこを正そうとしたからこそ、検察とメディアにしてやられたのでしょう。

高野さんはそのことを十分に承知の上で、なぜ、このような論文をお書きになるのですか。
思慮深いと尊敬していた高野さんに煮え湯を飲まされた重いです。


<コネリー真一様>
レスありがとうございます。拙文を拝見頂いた由、ありがとうございます。
実は、当サイトのよろんずにも投稿したのですが、公開まで時間がかかるようですので、あちらにも投稿した所、半日で公開になりました。
それにしても随分早くご覧くださったのですね。深謝

高野氏の見解は代表選前後で一貫しており、常に小沢氏を客観的冷静に分析して居られる。私自身の小沢氏への印象は代表選前後で変わりました。私は細かい政局の現状や歴史的経緯に疎く、専門的厳密な政策評価もできない人間ですが、今回の代表選での小沢氏の演説や討論に、深い感銘を受けました。

政局や国の行方とは無関係な単なる個人的感想に過ぎませんが、代表選を通して人間小沢一郎の「実像」に少しでも触れ得たとすれば、傍観者である私にとって今回の代表選は貴重な学びの機会でありました。

どのような形であれ、氏の今後の活躍を期待して止みません。

何か読者にケンカをふっかけているような文面ですね、もうちょっと優しい言い回しは出来ないのでしょうか。

さて、私の感想を一つだけ

>個人や派閥のカネだけでなく党のカネの一部をも「組織対策費」という名目で裏に回して

この部分は違うと思いますよ、選挙期間中においては、通常の組織対策費を使う場合、決済をとらなければならず決済がおりるまで時間がかかってしまう。

だから対策費の一部分を別会計に入れて、決済にかかる時間を省略しているのだと思いますよ。現に余った金額は組織対策費に戻して監査を受けているみたいですし、問題はないと言われているじゃないですか。

選挙の時に、決済を受けている時間なんてないのは当然ですよ。まぁ別会計に入れてしまえば懐に入れるのは可能じゃないかと言われる方もいるかも知れませんが、それぞれの選挙事務所の帳簿と照らし合わせれば、金の流れは透明になりますよ。

選挙資金に濃淡をつけるのは基本中の基本ですよ、選挙を仕切ったことがない人にはわからないでしょうが。高野さんだって知っているでしょうに、小沢さんが自民党を出てもこのやり方をしているって、誰だって選挙を仕切る人ならやってますよ。民主党だけでしょ、「みんなに平等に」なんて言って配るのは。

あ、だから参議院で負けたんだっけ。

高野さん、
政局の解体新書ですか、これは。

私も代表選の結果には、あぜんとさせられました。
それは、国会議員の200人と206人という数字にです。
菅氏に投票した彼らは、「たった3カ月でころころと・・・」とか、「クリーンな・・・」とか、「新しい政治」とかといった価値観で物事を判断しました。
彼らは、国会議員の仕事を勘違いしているとしか思えません。
彼らの仕事は、国民の幸せの為にこそあるものです。
この点をこそ評価の基準として、判断を下すべきものを。
つまり、政策だったり、理念に対して判断すべきでした。
彼らが基準としたものは、一体何だったのでしょう。
このような「幼稚な」判断能力で、重要な判断など下せるものでしょうか。
政治家の判断は、特に大を生かすために小に涙をのませる事もあるのです。
政治家の「誠意」は、一般人の「誠意」とは、全く異なる時が有ります。
そんな事も解らないで、街ゆく人に判断を委ねる国会議員など、全く必要ありません。

そんな理由で驚きました。

高野さんの感想とは、だいぶ異なりますが、驚きました。

さて、
高野さんは、「狭義の政治と金」についても書いておられますが、私も「説明」についてはいろいろと考えます。
しかし、「説明責任」などという言い方をしてはいかんとも思っています。
政治家に求められるのは、「結果責任」です。
何を主張し、それをいかに行ったか、そしてそれの成果はどうだったかでしょう。
しかし、それでも小沢氏の「説明」に関して言えば…。
小沢氏が、国会であれ、TVであれ、説明を行ったとして、それをどれだけの人が見聞きするでしょうか。
これまででも、時間の長短に関わらず言えば、小沢氏は様々の場で記者の質問に答えています。
しかし、それが正確に伝えられたでしょうか。
もともとが、「そのような事実は有りません」というのが「説明」なのです。
疑惑を立証する事は、事実であれば可能です。
しかし、その疑惑を「無い」と反証することなど、「悪魔の証明」が、誰に出来るでしょうか。
改めて「説明」をしたところで、見聞きする人は限られた数でしょうし、だいいち、質問者には「理解しようという姿勢」など、はなから無いのではないですか。

「小沢に政権を取らせたくない何物か」が、大勢でしかけたこの「ねつ造された事件」に対し、いかで反論など出来ましょうか。
もともと聞く耳など持たないのですから。
どうせ、マスゴミの「はしょった記事」で、「説明は納得のいくものではなかった」と、書かれるだけでしょう。
放送されるだけでしょう。

そんな「説明責任」を、果たすの果たさぬのと、高野さんまでが本気で書くのですか。

少し長くなりすぎました。
一旦、投稿ボタンを押します。

「小沢神話」なんてものはないでしょう。高野さんのような立場の方たちが小沢さんを矮小化するため言っているだけで、実体は今までの足跡以上でも以下でもない「小沢一郎の歴史」が厳然と存在するだけじゃないんですか?「小沢神話」なんていう言葉が流布し始めたのはいつごろなんでしょう?小沢さんが若かった頃その豪腕を「小沢神話」だなんて言った人がいたでしょうか?おそらく小沢さんが苦境に立って、「もう終わりだろう」と推測する評論家が言い始めたのでしょう。ということは「小沢神話」は終焉ではなくこれから始まるのではないですか?本当に神話なのか実像なのかこれからそれが証明される。私は期待しています。

みんなで小沢一郎に手紙を書こう

拝啓小沢一郎様

小沢一郎、あなたは代表選挙に立つことで、寿命を縮めました。あなたは、死んでも良いとすら覚悟をしました。

今回、私は、小沢一郎、あなたを出演させ誹謗中傷を繰り返すテレビ各社の番組を観ることで、つるし上げに近い四面楚歌の中でも、決して感情的にならず、丁寧かつ論理的に見事に論を展開するあなたを目撃することで、対米従属ではなく、対等な日米関係を目指す、小沢一郎、あなたのりっぱな発言を聞くことで、本当にあなたが金銭欲と権力欲にまみれた汚い政治家ではないということ、一方、政治家・マスコミ・霞ヶ関・大企業・アメリカが、共同で作り上げてきた、うそ絵空事だったと、はっと、気づくことのできる、絶好の機会を得ました。真実を知ることができました、ありがとうございます。

共同記者会見、共同討論会、その後の各テレビ局での出演インタビュー、そして選挙当日のどの姿、主張を見ても小沢一郎、あなたは立派であり、主張も一貫しており、説得力に満ちています。意気地のないテレビキャスター、政治評論家や記者達は、一人では到底太刀打ちできないのでしょう、2人がかりどころか、3人4人と並んで小沢一郎、あなたを攻め立てますが、ぶれず憤らず、四面楚歌の中で、小沢一郎、あなたは見事です。あなたを日本国王だという人がいる、私もそうだと思います。国王は、国の独立自尊のため、覇権国に挑みます。アメリカに挑みます。明治維新政府の偽善を見抜き、反旗を翻した西郷隆盛のようです。最後に、西郷は明治維新政府の偽善を見抜き、当時の覇権国家イギリスに挑み、西南戦争を起こし憤死しました。小沢一郎、あなたには、決して邪悪な何者にも陥れられることなく、生きて欲しいと願っています。あなたの後ろには、あなたを見守るだけではなく、必要ならば、できうる有効な行動をする意志と胆力を有する日本国民がおります、まだおります。
小沢一郎、あなたには総理大臣になってもらいたかった。しかし、今は立つ時ではない、とする直日神(なおひがみ)の命があったのです。

小沢一郎様、私は、日本国民である私は、あなたを、今回の選挙を通して、正当に評価し、あなたは正しい人だと知りました。あなたとあなたに続く正しい日本人が立つ日を夢み、できることを私も日々の暮らしの中でやって参ります。
草々
                      I Have a Dream,
We Japanese Have a Dream!

高野さんの論説によってNews Spiralにコメント
される方々のレンズの度数が時代事象に焦点を
合わすべく変わる切っ掛けにならんことを願う。

それが事実だとしても、

醜い官僚のうみが世間へ垂れ流されている現代。


政治主導、国民主導の理念には強い共感を覚えました。

高野さんがおっしゃるとおり「神話」は終わったのだと思います。今後は「実像」のイメージによって判断される、むしろ望ましい姿になるのではないでしょうか。
私自身は、今回の代表選挙の報道によって、初めて生身の小沢一郎を少しばかり認識した次第です。そしてそれは、意外に実直な人物だなという印象であり、以前よりも好意的になれるものでした。
「実像」のイメージの小沢一郎が、今後、世に支持を広げていくかどうかは分かりません。いずれにせよ「神話」でなく「実像」のイメージで判断されるようになるのは良いことでしょう。民主主義にとっても。
私は、「実像ある小沢一郎」の捲土重来に期待します。

私は信者であるかどうか解りませんが、人間として欠点もあり、寿命や体力の限界だってあることは承知して、小沢の私心の無さ、政治哲学に心酔しています。
小沢は虚像が一人歩きしているのは否定しないが、時にダイナミックな行動と何を仕出かすか解らない怖さがあってこそであり、虚像なんて誰でも金があれば作れるモンじゃないと思う。
菅陣営が盛んに訴えていた、「くりーんでオープンな政治」がこれからの新しい政治とでも言いたいのでしょうか。まあ、そういう一つの理想があってもいいとは思う。でも、
カネで数を集める政治は古いですかあ?世の中所詮カネで動いてるのが現実、でもカネに汚いと嫌われますし、またカネだけじゃ長続きしないのでは?そこに夢や哲学が有ってこその政治家である。だから清濁併せ呑むと言う政治家は普遍だと私は思うし、ビジネスの世界だって同じだと思う。
KYという言葉が流行ったが、多くの日本人は殊更、「その場のクウキ」に弱い。
代表選の直前に党員サポーター票の結果が漏れ、20人程度がクウキを読んだという噂も聞く。
それはそうと昨年の政権交代の前夜から、この代表選挙に至るまでの各界からの不可思議な程の小沢潰しを見ていると、この国は政治権力を超越する「大きなクウキ」、そしてそのクウキを支配する「何か目に見えない強大な権力」が覆っているんだなと確信した。
民主党が目指すはずだった「脱官僚」って一体何なのでしょうか?最近、何か不毛なる言葉に聞こえてきます。脱官僚とは「米国→官僚→政治家」といった構図からの脱却と言う側面もあるとも聞く。脱官僚によって脱米国支配=対等なる関係を作るということなのか?それが、これからの日本にとって真の改革に繋がるのか良く判りませんが、「くりーんでオープンな政治」がこれを実現する手段にならない事だけは絶対確信できますね。
小沢を古いタイプの政治家と見るか、失うものが無い今こそが小沢待望の時であるかは、今日本中に覆っている様々な「巨大なクウキ」をどのように解するかによって違ってくるだろう。

いまの民主党は、いつの間にか脱官僚から「脱小沢」へ摩り替わり、最大の懸案事項になってしまったことを付け加えておきます。
「脱小沢」=脱「脱官僚」 ??

再投稿させて頂きます。小沢神話を信じていた訳では有りません。これまでの安倍以後の軽い内閣よりマシだと応援してきました。

心理学を少し齧りましたので、小泉・竹中・木村の詐欺師的な論法は出てきた当時から家内にもクラス会でも経済界でも周りの人間にしゃべっていました。

後になって皆さんから、小生の言った事は本当であったねと言われました。

菅さんのインチキ論法も少し勉強した方なら化けの皮を見抜いていると思います。


昨日、ある会合に行きましたら、次の様な事を言われた方がおられました・・・・。

1、小沢氏の選挙前の挨拶で最初に「政治と金」で皆さんにご迷惑を掛けた事をお詫びします・・・・・これは言わない方が良かったのではないかと・・・。


2、東京・大阪・札幌での演説会の様に原稿を持たないで、政治主導・消費税反対・09年のマニフェストの実行など幅を狭めた方が迫力が有ったのではないか・・・・


3、東京地検が1年以上も調べて不起訴だし、自分も悪い事をしてないから、村木さんと同じ捏造だと叫び、もし検察審査会で基礎になったら、総理として受け入れない。粛々と今の政治・経済・行政改革を行う。当然取り調べの可視化を行う・・・・・


以外に一年生議員は安心して小沢一郎と書いたのではと・・・・


仮定の話です・・・

矛盾だらけの論説である。例えば、
>党のカネをダイナミックに動かし、選挙や組織工作の(昔風の言葉では)「オルグ」機能を持ったプロを育てることも必要だが、それは近代的な組織政党として当然やるべきことであって …

と言っておきながら、「組織対策費」の機動的運用を「裏に回した」がごとく(たいした論拠もなく)やっつける。菅氏や小宮山氏がやればクリーンで小沢氏周辺がやれば恣意的で汚いということらしい。論拠は平等に配ったとか、そんな幼稚な平等主義だろうか。現職圧倒的優位の現行選挙制度の中で、政党として現職のいないところに当選者を生み出すことの困難を知っていてそれをおっしゃるのか。是非もない。

ましてや党や政治家自身が運用する資金を、生活費や選挙対策費的な次元でしか論じれないところなど、議会制民主主義制度下の本当の意味での政党・政治家のあり方を、氏は一体どう考えてきたのか、どう高説を垂れてきたのか、耳を疑う。
膨大な予算と人材を駆使する行政府に対し、三権分立の最上位にあるべき国会が「手弁当と竹やり」で対抗しなければならない現状を、ましてや「国民の選択」の主役となるべき「現職でない」候補者を如何に「働ける人材」に育て上げるかという課題に政党が全く応えるすべを持っていない状況を(それこそが議会制民主主義の実行に最大の問題点であるのに)どう考えているのだろうか。

「主権在民」の実態であるべき国会に必要なのは、行政府から独立した情報収集力・分析力・対策立案能力であり、それをこなし得る人材の育成であり、その人材が有権者と密接に結びつく状態の創出(それこそが現在は“どぶ板”と揶揄されている選挙運動の本質)であろう。
しかもそれが安定した社会的存在であるために、組織として成立していなければならない。

そうした「独立したシンクタンクとしての政党」を国民が手に入れるために一体何が必要なのか。「政治とカネ」という問題がもし存在するとするならば、そうした次元で論じられなければならない。
「金のかからない選挙」「金のかからないクリーンな政治活動」などというスローガンで、一体どうやって行政府(≒官僚)から独立した政治勢力を、実効性のある政策を、実情を踏まえた外交方針を生み出せるというのか。
そうした政治的事業を行うために、「カネ」は集めなければならないのである。
税金(行政府)に関係ないところで、個人・法人に関係なく、オープンに、できるだけ多く。

そうした本来あるべき姿の政党はいまだ日本に現れていないが、現行の制度の中で最も近かった存在は、私の知る限りでは「旧民主党」ではなく「旧自由党」であろう。上記の前提を認めるならば。
(「金のかからない選挙」「金のかからないクリーンな政治活動」「組織力はないが清貧な政治家」こそが議会制民主主義にもっとも必要な要素と考えるなら話は別だが)
日本初の本格的政策提言政党「自由党」は、その理想からは全く不完全な存在であったが、その志の揺るぎない点では(政権政党を目指す存在の中では)他に例を見ない。
選挙互助的政党で党綱領もない民主党とは真逆の存在である。(政権交代という文脈の中で、そういう存在としての民主党の存在は歴史的必然であったかもしれないが)

空論の「議会制民主主義」でなく、真に実効性があり実現可能な「議会制民主主義制度」とは、三権のバランスとは一体何なのか。
もし「小沢一郎」という存在を政局話でなく政治史的意味で論説しようというのであれば、そうした点まで含め、論の構築を望みたい。上記の論説はただの政局話だと私は思う。
高野氏に再考・再論説を求めたい。
(敬称略をお許し願いたい)

ここは時々読んでますが、ハッキリ言って貴殿(高野さん)の最近の論説は、僕の心を揺することはないのですが、大昔組合運動やってた経験の中で今の日本の”左派?ジャーナリスト”と称する意識は、この国の13年にも及ぶ自死者や若者の絶望感に応えられない、泰平な既得権益派に頭を乗っ取られた、また左派敗北を自戒できない感性のダラクぶりを感じさせてくれます。
*貴殿は、ダラ「菅」首相は、この社会の閉塞感を破り、若者や弱者・国民に希望を、夢を与えてくれるリーダーの資質ありと本当に思ってるのでしょうか?!
*僕は敢えて”おフランス派”と言っておきますが、270万余の参加と言われる9/7『年金改革反対』仏全国統一デモの世論と、米軍基地撤去を言えず擦り寄るだろう「ダラ菅政権」を(日本”左派”の奮起を言わずに)支持できる意識の裡に、もはや過っての『総評』以下の保守・反動化した『連合』『自治労』に支えられた左派?政権が、”政権交代”の期待だった基本理念(官僚政治打破・政治主導など)を本当に実行できると思っているのでしょうか?!
*貴殿と比較的近い政治的位相にいると思ってた、魚住昭氏などは「小沢は社民主義者、菅は新自由主義者」ともはや言ってるし、「昔は、小沢は大嫌いだった」と言う小沢遼子女史も、今や≪小沢支持≫なのだ。「小沢対菅」論を貴殿と議論してもらいたいほどだ。
<日共の一部であれ、中核派であれ、”菅・仙石一派よりは、鳩山・小沢の方が「マシ」だったと言ってるのを、ご存じか?!>

先ずは、参考までに、下記報道、ビデオをご覧下さい。

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201009/2010090800171&rel=j&g=int (パリ時事の記事)
http://www.npa2009.org/npa-tv/all/all/21316?page=1 (「NPA」のビデオ映像)

高野さん

「小沢神話は健在なり」ですよ。

今回の論説は、小沢嫌いの自民党支持者が書くような文章ですね。

国会議員の票が、負けたといっても200票を得た。

表に出ない機密費や組織対策費をばら撒きながら、地元ではマスコミに洗脳された支持者に脅かされ、選挙後のポストなどをちらつかされた。

現職側が持つ有利な全ての力を使って買収活動しても、小沢さんの訴える真の改革に共感して入れた方がこれだけ居たんです。

菅総理の基盤なんて、それから見ればなんてひ弱で脆いものだろう。消極的な支持者は、直ぐに離れていきます。

政治と金の問題は、何度も言うように説明責任は検察とマスコミ側にあります。それが冤罪だと解るから絶対に出来ないのです。

何故、無実だと言うことを知っていて、何度も生放送に出演している貴方が説明しないのですか?

ノリピー・押尾学・今日なら田代まさし。彼等の事件や裁判は本人か説明しなくても、ニュースやワイドショーで繊細まで国民は知らされています。

多分、小沢さんは総理に成れば、国会で証人喚問を受けるつもりで出馬したのでしょう。そうでなければ無実をテレビが説明しないので。

無実の人間を80%の国民が悪いと言う世論を造れるのが大手マスコミです。それを一人の改革者だけに全ての責任転嫁して恥ずかしいことだと思いますよ。

もう一度、松本サリン事件の被害者で有るのにマスコミの為に疑われ続けた河野さんのコメント、載せてみますね。

http://paradigm2020.jp/bmov/index.php?UID=1284366822

組織対策費が、新進党時代から合計100億円ですか?意外と少なくてビックリです。

その有効に使われた対策費が、二大政党制を実現させる民主党を大きくし、政権交代を実現させ、国の無駄使いを年間10兆円以上を捻出できる為に使ったんでしょ?

そんな政治家は他にいませんよね。間違いなく、小沢さんがそうしなかったら?

想像しただけで恐ろしい。小沢と言う政治家が居て良かったと心底思っています。

小沢さんは政局が好きだなんていうのは評論家の勝手な妄想です。

自分の信念を貫き、官僚政治の打破の為にありとあらゆる事を模索しているだけで、既得権益側に剥がされて行く同士を恨むこともなく戦ってきただけです。

坂本竜馬と同じで、真の改革者は狙われ叩かれながらも闘い続けるんですよ。

その意味で、分裂などありえない選択肢であり着実に次の定石を打ち込んだのだと思います。

そう遠くない内に、その意味が解ると思いますけど、果たしてどうなるのかは凡人には判りません。(笑)

日本の総理大臣を決める選挙で問われるのは、常に「いかなる国を作るか」であるべきだ。

その理念と政策を実現するために金を集め、数を形成していく事のどこに不都合が有るのだろうか。

戦後の55年体制の中で有れば、「小沢」なる者の必要性は、どこにもなかった。
しかし、89年の大変化以降、この国はどうにかなってしまっている。
第一、89年の段階で世界の変化に真正面から向き合い、動いた政治家が他にいただろうか。
高野さんも、「世界地図変動の読み方」を著わしていたが、政治家にあって、この問題と正面から向かい合い、明確な姿勢を示したのは小沢一郎一人だったように思う。
その小沢でさえも、少数派のゆえに何もできなかった。

数を頼まず、立派な議論で、日本を覚醒させることなど、誰が出来ただろうか。

小沢一郎は、「日本改造計画」を著し、言論でこの国を動かそうとしたが、一部の好評とは裏腹に、ほとんど大衆は見る事もなかった。
政治家は、かえって小沢一郎を排除にかかった。

数の力以外に、国を動かすどのような力が有るのだろうか。
そして数を集めるのに金を使う事を、なぜ批判するのだろうか。

日本人が長く手本とし、大好きな、そして一番恐れるアメリカを見てみるがいい。
選挙の度に巨額の金を集められる人間だけが、国を統治できるのである。
オバマが、ケネディが、いかに素晴らしい演説が出来ても、それだけでは選挙には勝てない。
金があってこそ組織が作れ、組織があってこそ聴衆を動員できるのだ。
金がない政治家、金の使い方が解らない政治家など、存在意義さえもないではないか。

この国のマスゴミは、その「金」を、政治家の悪の「核心」においてしまった。
田中良紹氏が書く通りである。

「脱小沢ならぬ超小沢」とは、選挙で敗北し政権を危機に追い込む事なのか。
やっと政権を獲得し、これから変化を起こそうという時に、「変化への目標」を捨て去り、「小沢的手法」?を、脱ぎ捨てる事が、昨年8月に日本人が選んだ事なのか。

「小沢が築いた一つの時代を乗り超える」とは、どのような事なのか?
小沢一郎は、未だ何も築いてなどいない。
新しい姿の日本を築く端緒についたばかりではないのか?
小沢の理想を良しとしたからこその昨年のマニフェストではなかったのか?

「小沢を超える」とは、国民にウソをつく事だったのか?

小沢一郎を援護する事なく、後ろから鉄砲を撃ってきた「同志」たちが小沢を超えて行く事を、日本の民主主義の進化と、高野さんはとらえるのか。

いかに政治とはいえ、
道義も正義も、どこにもないではないか。

終わったのではなく、今から始まります。
過半数を超えるのはもう間近ですね!

マスコミなどの一方的な偏向報道からしか情報を得られなかった昔とは違い、自分で情報を集めることが可能になった。それによって真実を見極めるチャンスを与えられた人々が、今後ますます増えてくるでしょう。

特に若い人々はネットを通して冷めた目で自分なりの真実をかぎわける能力を得ています。

「うんと若い人はわかっている。」

と言った小沢氏。

本当にそれが今の日本の実状でしょう。

閉塞感一杯の日本はこれから変わっていく事だと感じています。

小沢氏がその突破口を開いたとも言える今回の選挙戦でした。

神話などどうでもいいのです。

今、満たされない現状を抱えている人々は真実が何なのかを理解しているのです。

それがわかっていない人々は今後苦しむことになっていくでしょう。


<格言について>
「池に落ちた犬を叩く」
vs
「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」
皆さんは、どちらがお好きですか?
私は断然「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」が好きです。
「菊づくり菊見る時は陰の人」も大好きです。
要は、人としての品性の問題です。
また、さかんに言われている謀略論には加担しません。そんな説に逃げてはいけない。
あったとも無かったともいえないが、それも含めて小沢選対のリスク管理がなってなかったからです。

狭義であれ広義であれ、やはり「政治とカネ」を持ち出すのですね。残念です。

高野氏も言っているように、政治とカネの問題は検察が作り上げたデッチあげなんですよ。だから、「政治とカネ」の観点から小沢氏を評価することは止めようではありませんか、皆さん。

今回の代表選におけるお二人の主張から、お二人の国家ビジョンや政策の違いを論じようではありませんか、皆さん。("・・か、皆さん"を言いすぎですね m(-_-)m)

その観点から見て、高野氏は菅氏と小沢氏のどちらが総理にふさわしいと感じたのでしょうか? 私がネットで調べる限り、主張は小沢氏の方が説得力も迫力も有ったという人が多いですね。

小沢氏は、自分の考えを代表選の最初から最後まで、堂々と主張しました。しかし、菅氏はどうでしょう。代表戦の最初のころの主張はあまり内容がないですね。代表戦の後半は、小沢主張に抱きつくような主張をし始めました。お二人の言動を見れば見るほど、お二人の力量の差を感じました。

このような感想は、小沢支持者だけが持っているのでしょうか? とてもそうとは思えません。どちらが、総理として相応しいか一目瞭然です。

それと、組織対策費の使い方にからめて「政治とは力であり、力とは数であり、数とは詰まるところカネであるという小沢流の考え方を変えよう」という高野氏の考え方には幼稚性を感します。

「戦争に勝ったにもかかわらず、戦争を指揮した将軍の作戦が、兵士を平等に動かさなかった」と言われて糾弾されるっておかしくないですか? 

そして、「戦争において優れた将軍なんかいらない、近代戦では組織が指揮するば良い」というような高野氏の言い分にも違和感があります。その「組織の戦略」で参議院選挙は大敗したではないですか。

検察とマスコミの小沢攻撃がなければ、誰が見たって、小沢氏の方が総理に相応しいと感じたでしょう。今回の小沢の負けは、検察とマスコミに負けたのであり「小沢は政治家として終わった」という類のものではないと思います。

高野さんともあろう人が「菅下ろし」とは驚いた。
今回の代表選の論戦では、現職であるにもかかわらずなぜか菅首相が「小沢下ろし」を仕掛けていた。
代表選までの3ヶ月間も小沢グループは何ら「菅下ろし」と言えるような敵対行動は取っていない。

今後のポイントは内閣改造と党人事で小沢グループの力を使える体制を構築できるかどうかで、小沢氏が明確に拒否しない限りはひとえに菅首相側の責任だ。
今のところ、協力を求める姿勢はない、と言うのはメディアの報道姿勢の問題かもしれないが。

神話は終わった。しかし小沢氏は終わっていない。
終わったと思えば無視すればよいのではないか評論屋高野さん。
いまや政策でも演説でも小沢の姿を初めて知って唖然として開いた口が閉まらないのではないか。
 後はくだらない政治と金の話とか政局話しかできないわけでご愁傷様といいたい。
 終わった人を恐れて幹事長もなり手がいないではないか。誰しも貧乏くじは引きたくない(私心(損得勘定だけか考えているから)。菅に命を張って付き合う議員はいないのです。外からは偉そううに小沢排除を言いながら。仙谷でも持ってくるか。
 どのように小沢を排除するか検察審議会しか残されていませんよ
捏造で汚名を着せる以外は。

自分も小沢氏の説明を聞きながら、その言葉足らずにもどかしさを感じてきたので、高野さんのおっしゃる事は一部多いに共感できます。
しかしビデオニュースのお二人などもそうですが、今回菅支持に回った人たちはなぜこうも口を揃えて「小沢は終わった」論展開に終始するんでしょうか。菅さんを支持する理由の弱さから目を逸らすために、そうせざるを得なかった?などと邪推したくなります。
菅支持の方々は現総理の何を支持したんでしょうか。この3ヶ月の失言無策ぶりと、代表選での空虚なスピーチ、終盤のみっともない小沢氏への抱きつき作戦等、どう考えているんでしょうか。小沢氏は強いメッセージで緊急経済対策や、地方分権、何より政治主導を打ち出しましたが、それよりも民主党の総理として菅氏が優れているんでしょうか。
小沢氏は確かに説明で国民を納得させる力はなかったかもしれませんが(次にどんな攻撃が来るか分からない状況で守りに徹しすぎたんでしょう)、それと今回のメディア&検察の理不尽なバッシングは分けて考えるべきで、このサイトもそういう論調だったはずです。また、敢えてこの期に及んで「政治とカネ」の解釈を拡げ、小沢氏の政治手法そのものを否定するそもそも論も、菅支持を表明した方々に共通してます。論調が似通っていて気持ち悪いです。去年の政権交代までの小沢氏の貢献度と、先の参院選挙での惨敗ぶりを考えればその理屈は通らないはずです。色々と問題があっても、マスメディアに寄りかかりイメージと1フレーズを振りかざすだけのポピュリズムより遥かにマシだと思います。
何れにせよ、自分はまだ当面小沢さんを応援したいなと思ってます。彼を個人崇拝するつもりは毛頭ありませんが、少なくとも小沢氏に期待した改革ができそうな政治家が他に見当たりませんので。

小沢神話を創り上げたのは、国民ではなく高野さんあなた達評論家諸氏とマスコミに他ならない。
小沢を化け物にして、政治空間で起こる様々な問題を小沢絡みで処理し更に、小沢のイメージをモンスター化させていったのはマスコミによるものだ。

政治とカネに広義も狭義もない力のあるところに集まるただそれだけである。
カネは使い方(カネの力)を知る者に使われてこそ活きる。
オバマだってヒラリーだって個人献金の名目で企業から莫大な献金を受けているのはもはや周知の事実です。力が有る所・自分の利益を叶えてくれる処ににカネが集まるそれが民主主義ってものだろう。そう考えると、公平公平と差をつけない教育じゃあるまいし、私には、菅・仙石・小宮山・安住・レンホーなど共産党員みたいに感じる時すらある。

まして、小沢ははるか昔に、自身の政治構想として日本改造計画を発表しその構想を実現する事を目標として一貫した政治活動を行ってきただけである。自身の政治構想を具現化する事を目的としてまい進する小沢のその手法を批難して政局へと導いて来たのはマスコミと評論家諸氏である。
莫大なカネと強固な支持基盤を持つ政権与党自民党を倒す為には莫大なカネがいる事くらい子供でも解るだろう。

小沢は、常に高い所に目標を定め自身の政策を実現する為に邁進してきた政策論争を避け小沢の政策に触れることなく、小沢と政策論争をすることもなく、その手段を捉えて金権政治化のレッテルを張り歪曲化させ政局へ誘導し政治を不安定にしてきたマスコミの責任は大きい。

政治資金に関しては別の方も述べられている通り、小沢ほどオープンに私的な書類まで公表している政治家はいない。また東京地検特捜部と言う強権を持つエリート集団が総がかりで1年間捜査しても起訴できなかった事実の重さは誰あろうマスコミや評論家諸氏が一番の解りのはずでありその事についてきちんと報道しておりさえすれば疑惑は起こりようがなかったのである。
マスコミや評論家諸氏は説明責任と言う言葉を連呼し小沢を貶める報道に腐心するばかりで正確な事実を国民に伝えると云う報道機関の使命すら忘れてしまいそれすら小沢の責任として処理しようとしている。
キレイ好きの民主党には、息子の事務所費を政治資金で援助して挙げるお父さんとか・政治資金でキャミソールや漫画を買い平気で収支報告書に記載したり、説明責任が大好きでキレイ好きなだけが取り柄なのに痴漢を働いた秘書をこそこそ辞めさせ何の説明責任も果たさない人達とは格段に違う高みで政治活動に励んでいるのが小沢一郎である事はマスコミ・評論家諸氏が一番ご存じのはず。
小沢にはあらゆる目が注がれており、それが故に己を厳しく律している事も一番ご存じのはずの貴方達がその事実さえ正確に伝えれば良いだけだ。

高野さん、はっきり言おう、小沢にこだわり排除しようと腐心する貴方達には辟易する。

ここに集う多くの人はそんなことよりももっと先の事、日本国民をどの様に守り導いてくれるのか?どんな国を作ろうとしているのか?そのリーダーにはどちらが相応しいのかを真剣に考えている。

いい加減、しょうもない小沢バッシングから目覚めたら如何か?
貴方の推す、菅や仙石はこの国をどうしたいのか?どこへ連れて行こうとしているのか?その政権構想こそここで明らかにしてほしい。誰がアドバイスしたのか抱きついてばかりの首相や官房長官に本当にこの国を担えるだけの器量が備わっているのかを、小沢について語るくらい熱心に解説して欲しい。
政治とカネの話はもうイイ、私にはなにがしたいのかまるで分らないので現政権の思想を詳しく教えて欲しい。

高野氏も所詮評論家であり、歴史のの傍観者でしかなかったのかと、失望しました。小沢氏を自分の描いた革命構想に外れるからといって排除してしまい、素直に小沢氏の根本的な思想の気高さに感応できない寂しい評論家だ。
 以下天才能楽師高林吟二の言葉の一部を高野氏をはじめとする民主党議員に贈る。
「あまりに高きものはもっとも低きところを好む。あまりに大なるものはもっとも小さき者となる。あまりに謙虚なるものは最も高慢に見える。あまりに畏き者のは最もバカに見える。あまりに美しき者のは何の見映えもない。あまりに愛する者は憎まれる。あまりに先の見える者は殺される。
 我が三輪一露の芸道は最後の人の子の栄光である。--中略ーー
 然し、この世は芸道を殺す所である。芸道の士はアベル以来みな殺される。悪魔の嫉妬故にである。この世はあの芸術宗教や知識や政治でよいという。あの偶像と教会と律法権力が好きだという.世はいつの時代にも家元と偶像を担ぐ生まれながららのカソリックである芸道のごとく申の真理はいらないという申の歓喜はいらないという。嗚呼、暗黒の鬼窟よ、不申のヒポクラシスよ、汝らの杯を満たせ、それでも芸道は永遠に紫微垣に神遊びする。その声、耳ありて聞こゆる者は聞くべしだ。」

神道的共生の国日本の人心を動かすに何党の誰であろうと信義なき人間に革命などできはしないと思いませんか。

> 小沢はそれに怒り、幹事長ポストを取り戻そうと謀り、それに失敗して自ら立候補せざるを得なくなり、そして敗れた。
> ということは「1つの時代」が確実に終わり始めたのである。

こんな観かたも あるもんなのですね!!!
驚きです。

社会とは何故成立し継続するのか、皆で暮らすほうがより生きやすいため。
政治とは何のためにあるのか、国をより合理的に経営するため&利害調整。

高野孟氏は 何故 政治の裏側だけに目を向けられるのか。
政治とは 国民のためにあるもの、ブラックボックスから出るものであっても、国民の支持を受ければ良いというのが 民主主義というものでしょう。
ブラックボックスの中で 何が起きようと犯罪でもない限り 国民にとってはどーでも良いこと。
現行犯でもない限り 国会議員は選挙区の付託を一定期間受けた者であり、身の保全をされるべき存在でしょう。
国会議員を政治的に裁けるのは 選挙でしかない。。

検察審査会・検察・マスコミは 民主主義を貶めております。。

このブログオーナーの視点は どこにあるのか???
政局ばかり云々し この国の戦後政治の中で民主党政権が置かれている本質を語ろうともしない。。
今日は 戦後を支え続けた社会システムが変わってしまわなければならない。過渡期。
官僚システムは”継続性を哲学とする”存在です。
替えられるのは 政治しかありません。

菅直人首相が消費税増税を語った瞬間に 彼は財務省に代表される自民党とともにあった官僚システムに絡めとられました。
検察が そして戦前に軍国主義に身売りしていた“マスコミ”が こことばかりに続きます。
円高は 日本の政治を客観的に 見つめています。

>菅さん選んじゃって「日本人馬鹿だね~」

ちょっと待った。
菅さんを選んだのは民主党員とサポータ。
日本人は不適切でしょ。

>このような「幼稚な」判断能力

それが民主党ということですね。

>ともかく彼は自分で出たくなくて、最後の最後までダミーを立てようと足掻いた。

海江田氏ではダメだったんでしょうかという疑問がわきます。
ダミーを立てようとしたのではなく、断られることを見越した上で小沢氏しかいないということをわかってもらうための芝居ではないでしょうか。

高野氏の本論説は秀逸だ。特に「被疑者」としての検察に対する説明責任と、「政治家」としての国民に対するそれの違いを的確に論じている。

しかし、信者あるいは「依存病]患者には理解できない。それどころか、ヒステリーを増悪させている。

「依存病」から逃れられない方々は、本当に哀れだと思う。

今回小沢が基礎票220あるのにもかかわらず負けたのは小沢が小沢的なものに負けたのだと思います。つまり金とポスト、金と数、金と力そんなもんになびいた結果の議員票でしょう。現職閣僚の仕事そっちのけでの行動や民社党系のわかり易い行動など面白かった。両者の演説でも政策の有無は明らかであったがマスコミ世論と金と力がそろえば政権は取れると民主党が学習した代表選だった。

<小沢一郎の次の一手まで>高野さん、まずは、菅政権の記事をきちんと書いてください。(笑)粘着ですよ、いい加減に。
私は小沢さんの「金と政治」はある種日本の政治文化という以上に、日本文化そのものだと思ってます。収賄、斡旋利得と言えば最もらしい罪状になるけれど、ようするに元来は日本文化のなかの”気持ち”ってやつだったと思います。そのくせ、日本人の中に眠る救いがたいほどの見返りに対する執着と分配への嫉妬。カネを渡したほうより、渡された方に激しい批判を浴びせる断罪の方向性に日本人の本音が現れているようにすら思います。
現在、政治の世界に渦巻くのはカネではなく、組織という自己規制が産む組織票であり、世論であり、ポストでありと、私は逆に日本の文化土壌が、外見上はクリーンに見えながらより汚れた方向に汚染されているように思えます。
高野さん、政治とカネと称して小沢さんだけに責めを負わせるマスコミはこれで終にするべきではないですか。私は情報を取るための正義が黒いことを知っています。また、多くの日本人も日本の社会に地下水脈の如く流れるカネに纏わる暗いものを認めるべきだと思う。私は鳩山さんのときにも、「あんた、あの人とおなじように息子にお金やってるでしょ?、四億と十万円が違ってもやったことは同じことだよ」と言って数人の年寄りからど顰蹙を買ったが、リテラリシーの思考訓練とは私たち自身が逃げないことだと思うのです。小沢一郎を追求することではなく、一罰百戒的な法案解釈とわれわれの日常に潜む金と見返りについて、もっと考えねばならないのではないか?あの、メディアの狂乱を見るにつけ、そう思いました。小沢一郎は今も、昔も小沢一郎だったはず。神話にしたてあげたあなたたちの虚像など、できの悪いオブジェに過ぎません。

菅さんを支持した60%の人の内、『コロコロ総理が代わるのは良くない』との理由がほとんどでしょう。本当に菅さんに期待している人は、ほんの数%です。
一方小沢さんの40%は、本当に小沢さんに期待しているのです。
『神話』から『実話』となる日は近いと思います。

 小沢一郎と言う政治家は、その当選一回生の最初から、この国の政治には、政治主導が必要であると考えていたと伝え聞きます。
 今回の代表戦は、その意味で、その小沢一郎の『政治理念』が敗れたのであって、新聞テレビが意図的に宣伝し続けた「政治と金」が敗因でもないし、小沢氏が「古い政治家」であったからだと言う事が敗因だったのでもありません。
 何よりも、今回の代表戦は、この『理念』が届かず、理解されず、敗れたからこそ、残念なものであり、この国の政治が、希望を失ったのです。

 『政治主導』とは、菅氏の言うような『民主党議員が、みんなでやること』ではありません、「国民に選ばれた」政治家が政治を行うという意味であり、その意味で『国民主権=主権在民』を実現するという事であり、官僚と自民党政治家達により、ないがしろにされた『日本国憲法』の理念を実現するという事なのです。
 その意味で、小沢氏の敗北により、この国の民主主義は、明らかに一歩後退したのです。
 
 『民主主義』と言うこの国のに、未だ実現された事の無い『新しい理念』が、初めて、小沢一郎によって、この国で、開始されようとした時に、『民主主義』を敵視する、検察・官僚・マスゴミにより、これが阻止されたと言うのが、今回の選挙戦の全てです。

 残念ながら、高野氏のようには、私は、管政権に期待する事は出来ません、管政権が新しい政治を起こすとも思いません。
 私は、実のところ、多くの民主党議員が、国会議員になれるなら、自民党でも民主党でもどちらでも良く、自民党に空きがなかったから、民主党から立候補した人たちだと考えています、前原などと言う議員は、その最たるものでしょうし、そうした議員達の目的は、これまでの自民党議員が居た席に、自分達が座る事で、自民党議員の変わりに、権力と利権を手にすることなのです。
 それは、徳川幕府の替わりに薩長藩閥政権が権力を掌握した事と同じです、そしてその藩閥政権が『化身』したものこそ、現在日本の「官僚システム」なのです。

 私は、管民主党で、新しい政治が生まれるなどと言う幻想を、全く持ちません、菅氏の言う「みんなでやる」と言う呼びかけこそは、まさにそんな古いタイプの政治屋どもへの利権誘導だとしか、私には聞こえませんでした。
 勿論面倒くさい『政策』は、全て官僚への丸投げとなり、その影で官僚は、至福を肥やし続けるでしょう。

 「みんなでやった」からと言って、族議員が増えるだけの政治が、小沢氏の語る『政治主導』になるとは、私には全く思えません、むしろ一人でもよいから「主権在民の夢を実現する」そうした『理念』と『志』のある政治家が、リーダーとして必要だったのです。

 その意味で今回の結果は。実に残念なものです、管政権は遠からず行き詰るでしょう、しかし、日本の経済的没落と、国際的凋落は、その時には、もはや手の施しようも無いものになっているかもしれません、その意味で、今回は、日本再生の、最後のチャンスだったかもしれないと、私は思案しています。

小沢氏が駆使したであろう古いらしい政治手法にかかわる一切が使えなくなるような、選挙制度と政党制度における新しいらしいものを提案してもらって(政党廃止論も含め)、そこで想定される期待される新しい政治家及び政治家 to beの振る舞いを例示してもらって、その結果日本にもたらされる功罪を論じてもらえればわかりやすいかも知れんし議論も深まるかも知れん。小沢氏がよくいう今までのことをそのままにしておくことを前提にして将来のことを按配するのではダメだ、どころか既に今までに出た結果について即ち何故小沢氏が現在の位置にいるかその原因のほぼ全てを小沢氏自身に求めるのはどうじゃろかいと思う。トップを走るマラソンランナーにあなたがその位置を走っているのが理解不能とか歓迎しないとかなんかインチキしたんじゃないかという声もありますがどんなお気持ちですかとインタビューしてうるせえと応えたところだけ放送するのに似て(似てないか)。なにしろこういう論調は自分はもう10年以上前から満腹なのだが小沢氏本人やこの場の多くの支持者の方たちが未だ意気軒昂と察せられるので自分もしらけてないでなんとかついていこっと。

こんどの総裁選を「やってよかった」などと言っておられるようですが、私は、菅さんは随分と男を下げたなと感じました。とくに菅さんや周辺で、いくつか言ってはいけないことを言ってしまったように思います。①小沢さんが首相である姿を想像できない、②小沢さんが数と力にたよる政治家であると「これは私だけではなく国民みんなが思っている」、③就任して3ヶ月だからコロコロ代えないで、④夢は「私にも」ある、などです。最終の演説の前後のキョトキョトした挙措や、内容のない演説は正直、目を覆いたくなるものでした。あんな演説を聞かされて、なお菅さんに投票する民主党議員の正気を疑います。

 小沢一郎と言う政治家は、その当選一回生の最初から、この国の政治には、政治主導が必要であると考えていたと伝え聞きます。
 今回の代表戦は、その意味で、その小沢一郎の『政治理念』が敗れたのであって、新聞テレビが宣伝し続けた「政治と金」が敗因でもないし、彼が「古い政治家」であった事が敗因だったのでもありません。
 何よりも、今回の代表戦は、この『理念』が理解されず、敗れたからこそ、残念なものであり、この国の政治が、希望を失ったのです。

 『政治主導』とは、菅氏の言うような『民主党議員が、みんなでやる事』ではありません、「国民に選ばれた」政治家が政治を行うという意味であり、その意味で『主権在民』を実現するという事であり、官僚と自民党政治家達により、ないがしろにされた『日本国憲法』の理念を実現するという事なのです。
 その意味で、この国の民主主義は、明らかに一歩後退したのです。
 
 『民主主義』と言うこの国のに、未だ実現された事の無い『新しい理念』が、初めて、小沢一郎によって、この国で、開始されようとした時に、『民主主義』を敵視する、検察・官僚・マスゴミにより、これが阻止されたと言うのが、今回の選挙戦の全てです。

 残念ながら、高野氏のようには、私は、管政権に期待する事は出来ません、管政権が新しい政治を起こすとも思いません。
 私は、実のところ、多くの民主党議員が、国会議員になれるなら、自民党でも民主党でもどちらでも良く、自民党に空きがなかったから、民主党から立候補した人たちだと考えています、前原などと言う議員は、その最たるものでしょうし、そうした議員達の目的は、これまでの自民党議員が居た席に、自分達が座る事で、自民党議員の変わりに、権力と利権を手にすることなのです。
 それは、徳川幕府の替わりに薩長藩閥政権が権力を掌握した事と同じです、そしてその藩閥政権が『化身』したものこそ、現在日本の「官僚システム」なのです。

 私は、管民主党で、新しい政治が生まれるなどと言う幻想を、全く持ちません、菅氏の言う「みんなでやる」と言う呼びかけこそは、まさにそんな古いタイプの政治屋どもへの利権誘導だとしか、私には聞こえませんでした。
 勿論面倒くさい『政策』は、全て官僚への丸投げとなり、その影で官僚は、至福を肥やし続けるでしょう。

 「みんなでやった」からと言って、族議員が増えるだけの政治が、小沢氏の語る『政治主導』になるとは、私には全く思えません、むしろ一人でもよいから「主権在民の夢を実現する」そうした『理念』と『志』のある政治家が、リーダーとして必要だったのです。

 その意味で今回の結果は。実に残念なものです、管政権は遠からず行き詰るでしょう、しかし、日本の経済的没落と、国際的凋落は、その時には、もはや手の施しようも無いものになっているかもしれません、その意味で、今回は、日本再生の、最後のチャンスだったかもしれないと、私は思案しています。

高野さま

こんばんは、お疲れ様です。
いつもこのジャーナルの場を多様な意見投稿に広く門戸を開放していて下さいまして、ありがとうございます。是非今後とも変わらずにこの方針をご継続下さいます様よろしくお願いします。
さて、高野論説、読ませていただきました。いろいろ私なりの感想や異論はありますが、いまこの論説を出した意図は何だろうな?と浅慮をかえりみず考えてみました。
要は、この前の「コロコロ論」の高野論説で世論案内の先鞭に一役買った時と同様に、今回は、どこかに向けて或いは誰かに向けて「小沢神話(?)はもう終わった、もはや脱小沢ならぬ超小沢の時代に入った。時代の流れを見誤らず早く頭を切り換え身を切り換えて自主自立せよ。」という企画メッセージでもあるのかな?と思いました。
もし、間違い・思い違いでしたなら、ご容赦下さい。


コネリー真一 | 2010年9月16日 15:02 様

>小沢氏を支持した民主党議員に「だから、もう小沢氏についていくのはやめなさい」って勧誘しているだけにしか過ぎないようです。<

そうですね、私もその様な感想・印象をもちました。
あなた様のコメントを拝見して、私と似たような感想をお持ちの方がいらしゃったと思いまして、レスさせていただきました。失礼いたしました。

高野様、教えてください。

多くのフリージャーナリストは今回の代表選挙で不正があった事を発信しています。
また、貴兄の師である田原氏はテレビ局の縛りがなければ小沢氏の潔白や政治家としての力量を認める発言をしています。
このJournalに寄稿されている二見氏や平野氏も同様です。
それとやはり寄稿されている田中良紹氏は政治とお金の関係を米国中心に世界の先進民主主義国家の実情を紹介され、小沢氏を高く評価されています。

全ては嘘なのでしょうか?
続きがあります。

神話とは、「実体は明らかでないのに、長い間人々によって絶対のものと信じこまれ、称賛や畏怖の目で見られてきた事柄(Yahoo辞書より)」
私も、確かに20年前の自民党幹事長時代から、実体は分からないのに「畏怖」を感じていました。
しかし、先の衆議院選で「国民生活が第一」を掲げたとき、そして今回、猛烈な検察・マスコミの政治攻撃に立ち向かい、議会制民主主義の根幹である「公約」を守り抜こうとした姿に、小沢氏の「実体」を感じました。
政治村では、どうだか分かりませんが、庶民のなかでは「小沢神話」から抜け出し、実体としての「小沢さん」に、期待するひとが増えています。
国全体を覆いつくさんばかりの「悪人小沢」キャンペーンのなかでの、国会議員200名、地方議員・サポーター4割が小沢支持というのも、「小沢氏の実体」を知ればこそでしょう。
国民生活や地方経済は、実に深刻です。
小沢氏への期待は、高まることはあっても、減ることはないでしょう。
もう政治村のなかでは、理解できないうねりがもう起き始めていることを感じます。
今回の小沢氏の実体の露出は、まさに出発点になってしまったのです。
その意味で、小沢神話は終わったと言えます。

初めて投稿します。
高野さん、小沢さんの話題はもう止めませんか。
民主党が日本の抱えている問題や課題をどう解決していくかが、最重要ではないですか。今回の代表戦で、小沢さんは菅さんにかなり考えるヒントを提示したように思います。
私は沖縄の皆さんに多大な負担をかけてきた事を、肌で知ったのは2年ほど前です。日本は独立国家でなく、米国の植民地とかポチなどと言われて良いのでしょうか。不平等な関係を改善してもらいたいと思います。
1年ほど前から新聞購読を止めました(newsでない)。
またかつては面白かったテレビも今は殆ど見ません(スポーツは別)。
政治番組等での民主党、鳩山さんそして小沢さんに対する敵対的な扱い。またアナウンサーや評論家の憎々しい顔つきや筋肉が引きつったような女性アナウンサーの堅い表情は、見ていて不愉快でした。

高野氏の「小沢神話」??

 このブログへのコメントの多くは、「小沢一郎氏待望論」がまさにマックス状態だったかもしれないが、それは神話でも夢想でもなく国民の切実なる願いであり、希望であり、理不尽な事ばかりが国おいても地方において罷り通っている現実の世の中に対する反感であり、意思表明である。

 高野氏があえて小沢氏のカネに纏わる論説をここでするとは片腹痛しである

 それも共同通信社の西川孝純氏(特別編集員)の代表選後のコメントを掲げ小沢一郎氏を評しているが、マスゴミの一画を成す共同通信社であり、今回も堂々と世論調査として事前工作された党員・サポーター票の数字の如くの新聞一面を何度となく地方紙を中心に牛耳った連中である。

 西川孝純氏といえば中曽根康弘氏とは昵懇の間柄であり、諸悪の根源の一員であり、何おか言わん也である。

 今回の小沢氏の出馬は高野氏の指摘内容の通りかもしれないが、それは本人も百も承知の上であったはずである。また、神話の如くの多くのコメントも当然小沢氏の人となりを熟知しての待望論である。

 諸悪の根源・大蔵省財務省によって既得権益の為なら、何人であろうがこの世から消し去り、葬り去られてきたことか。カネの為に如何に悪の限りを尽くしてきたことか。

 高野氏に勇気があるなら今日の「高野論説」如く、闇ではなく白昼堂々と奴らのやってきた悪事について論じて欲しいものである。

 「毒をもって毒を制す」
 ここまで腐れ切った日本を変えていくには高野氏の論じた   

「小沢一郎氏」しか考えられないのである。

 「諸悪の根源・中曽根康弘・大蔵省財務省」 

高野孟さん

「大きなエール」と「不合理なこと」

久し振りの高野論説をお待ちしていました。
細かい部分は兎も角として、一貫したご趣旨に同感し賛同し「大きなエール」を贈ります。
同時に、今の日本の政治界にあって稀有な見識の中の「一つの見識」だと確信しています。
因みに、私の予てのキーワードは「求む! 21世紀の政治と政治家」です。
今後も引き続きご活躍下さい。

其れにしても、2点。
1.写真や動画で観る高野さんが、痩せておられるは好いとしても窶れ(やつれ)が観て取れるのが心配です。ご自愛ください。
2.このTheJournalの場で、その主宰者である高野さんに対して、批判が厳しいのは好いとしても多数の強い非難や誹謗が渦巻く状況は、不条理とは言わないが極めて「不合理なこと」だと思っています。直近の暫くは掲載される板の趣旨までもが、高野さんの主張と激突している!
高い志によるとはいえ「軒を貸す」のもNetでは大変にご苦労なことだと感慨が深い。
重ねて、今後も引き続きご活躍下さい。


追伸:上記1&2と全く無関係ではありませんが、別観点から「このTheJournalへの投稿には有料会員制を導入されること」を改めてお薦めします。システム導入の手間やRunnningの手間とCostなどマイナス要素もあるでしょうが、Siteの品と質は上がると思います。残るべき人達は残るでしょう。

民主主義は高コスト、と聞いたことがありますが、金と数の否定=民主主義とそれに掛るコストの否定ですか。オバマが大統領になるためにどれだけ稼いだとお思いですか。奇麗事だけで野党や官僚機構、諸外国と渡り合っていけますかね。僕だって善意で議員さんに献金してますし会費払って政党のサポーターになってます。その議員さんや政党の主張に合致するところが多いから実現のために少しでも力になれれば、と思うからです。このお金も微力ながら実現、実行の力となっているはずです。それから代表戦の結果は直接決めたのは議員さんや党員ですが圧倒的な世論の圧力が無ければ結果はまるで違っていたので結局はその代表を選んだのも国民、という事になります。帰省した議員さんに突き上げ食らわす人も党員サポーターとは限りません。中には「一度も投票なんか行ったこと無いよ」なんて人もいるでしょう。

「日本改造計画」を描いて自民党を飛び出して以来、小沢氏を支持してきた私にとって、「小沢神話」など初めからありません。そんなことより、自らトップに立つ決意をしたことに、新鮮な驚きを覚えました。演説も菅さんよりはるかによかったです。これも新鮮な驚きでした。

終わったのは「左翼神話」の方である。しかし「ラディカル」の魂は死なず。

「転向右翼」の非法者達のことを「左翼」と冠せられるのが我慢ならず、とも、もはや、この官政権が「左翼政権」として認知され、その評価ともども「左翼」そのものが地に堕ちた。それは、過去の我々の所作の全否定であり、日本左翼運動の墓碑銘である。

しかし、意半ばであまたの天に昇った同志たちは、なにを思うのだろうか。
ワゴン毎焼き殺されたもの、脳みそが飛び散るほどにバールを打ち下ろされたもの、火炎瓶の業火に焼かれたもの、階上から突き落とされて絶命したもの、あるいは乱闘の中で絶命したもの、そして閉鎖空間の中で、袴田と同じく、傷害性ショックで絶命した者達、その数、100数十名の昭和の革命戦士達の若き尊い命などは、もはや歴史の中に埋もれてしまった。
そして、その悲劇を生み出した全過程に参加したもの、敵対した者達、全ての日本新左翼の魂は、この菅左翼政権によって踏みにじられ、「歴史の屑篭」」へ捨て去られたのだ。同時に「日本労働運動」の帰結がこのダラ官政権であるとしたならば、ここに「冷戦イデオロギー」の一翼であった、「20世紀の亡霊」が音もなく消えたのである。世界はとうに「社会主義=左翼イデオロギー」とは決別したというのに、「帰ってきた酔っぱらい」でしかない。こんな情けない自己利権の亡者に帰結する「亡霊」のために命を賭したのか、という二重の自己嫌悪に苛まれる。

口惜しい限りだ。

菅よ、やりたいようにやるがいい。もはや、おまえ達の「青ざめた馬」の顔を見るのももうごめんだ。40年前に我々が喝破したように、所詮、プチブル自己中運動こそが全共闘運動の本質でしかなかったのである。

21世紀には、新しいドグマが求められている。
その有力なひとつは「恒久平和」「核廃絶」「国民(人命)が第一」であることは間違いないのだが。
21世紀はまだ始まったばかりである。いまだ定見が見えない21世紀の世界は、少なくともこんな日本を中心には回らないであろう。「過去の亡霊」にしがみつくエセ左翼政権なんぞ、世界から見たら芥子粒にも満たない、腐敗菌の菌種みたいなものである。

「ラディカル=根源的」に考える「原点」に戻ることにしか、未来は開かれない。

このサイトでは、小沢さんのお友達の方々は、小沢はこんなにすごい政治家なんだぜ!っていう投稿をなさっていて、それを読むたびに、私自身小沢氏に対する見方が当初から180度変わりました。

反対に、高野さんが菅さんのお友達であるのは存じ上げていますが、小沢は終わった終わったと何度も投稿されているのに、菅さんはこんなにすごい政治家で、人間的にもすばらしいんだ!という投稿はあまり見かけないように思います。

小沢さんが負けてうれしいのはわかるのですが、終わったと思っているのでしたら、小沢さんのことはもうあれこれ言わずに、勝った菅さんのほうを褒め称えてあげてはいかがでしょうか?

そうすれば、私を含め菅さんに対する見方が変わるかもしれません。

私には、今の高野さんは、em5467-2こと恵美さんが出された「池に落ちた犬を叩く」という格言そのものを述べられているように思えてなりません。

高野 様

 前々から、高野先生も田原総一朗先生と同じく仰っていたように、今回の民主党代表選挙は「大義」なき、極論すれば、金庫争奪が目的の争いだったと、私は理解しています。

 いくら党の規定にあっても、この最悪の経済状況で、両陣営とも選挙に踏み切るべきではなかった。菅先生は現職代表なので立候補にはまだ筋が通りますが、小沢先生は3か月前に引責辞任したばかりで、その原因になったカネの問題による「政治不信」に関しては頬被り。

 田原先生や高野先生が仰るように、小沢先生は、本当のところは出馬したくなかったのでしょうね。でも、無役のままでは徒に水膨れしてしまった「軍団」を食わすことができない。このままでは皆、離れていってしまう。焦りが生じても仕方ありませんね。

 西郷隆盛さんが急進的な門下生たちに祭り上げられ決起したように、小沢先生も「先生、2年後の代表選挙まで待てません。このままでは資金も細るし、人心も離れます。座して死を待つよりも立ちましょう」なんて信者側近に言われたのかもしれません。う~ん、辛い決断だったでしょうね…。

 まさに菅軍(官軍)に破れ、くたばる坂(田原坂)で、一命(政治生命)を落とされる事になってしまった…。

 日本政界にとって、誠にもったいないことです。これまで決起のタイミングを間違えることはなかった「常勝」小沢先生が、よりにもよって最後の最後でドジを踏んでしまった…。

 結局は「カネ」(=政党助成金や内閣報償費などの争奪)が原因。恐ろしいし、虚しい限りです。

追伸

今回クリーンでオープンな政治を標榜する方々の、ネガティブキャンペーンには呆れた。クリーンでオープンなのはお金だけの話でしょうか。お金よりもっとどろどろしたものを感じたのは私だけでしょうか。

今回の代表戦で注目すべきは議員票ですね。
「ウケ狙い」を「民意に従う」と言い換えておられる方々。
それって全然別モノですから。

検察、マスコミ、国会議員に地方議員、全員揃ってウケ狙い。

財務省の(日銀はオペのみ)単独介入もウケ狙い。
「ミスター円」と呼ばれた榊原氏が成功していたのは協調介入ができたときだけ。
単独では連敗。
為替投機ファンド(ギャンブラー)を喜ばせただけ。
また外貨準備が増えますね。

「ウケ狙い不況」はいつまで続くのだろう。

 高野さんのおっしゃる通り、小沢氏の政治手法は経世会由来の「古い政治文化」だったのでしょう。ですが、その反対の「新しい政治文化」は果たして生まれたのでしょうか?

 今回の菅陣営の勝利はもっぱら大手マスコミとの結託によるものですから、今後、記者クラブの解体はストップし(既に党大会でのネット中継禁止の通達がその兆候)、政権や個々の議員は国民よりも大手マスコミの評価をもっぱら気にして仕事をしていくことでしょう。

 16日朝日朝刊の星浩氏の論説は、早くも菅内閣に「自民党と合同で景気対策の補正予算案を作れ」とけしかけ、消費税の増税や公務員賃金の削減を強い態度で実現しろと主張しています。

これが新しい政治文化ですか?

高野さんは、今回の菅勝利のマイナス面を小さく見すぎているのではないでしょうか?

""
民主党幹事長への就任を要請、岡田氏は受諾した。""


これで民主党も安泰です。  もう挙党体制も出来たも当然です。

小沢支持の議員も安心して選挙戦の疲れを取る事が出来るでしょう。


自民党の幹事長と良い勝負でしょう。自民党の皆さんも「岡田さんなら恐い。これで我々自民党も解党だ」と嘆いているでしょう。


さすがの「子供手当ては母親のパチンコ代」とすごい発想と見かけ以上に大物都知事のご子息であられる大幹事長も白旗を上げるでしょう。


もうこれから小沢神話は止めましょう。小沢の昼行灯と呼ぶ事にしましょう。四十七士ならぬ二〇〇士の方々もしばらくはのんびりと浪人暮らしを致しましょう。

小沢さんは希有な人。

どなたか苦言を呈する人がいなかったのか、いたが聞く耳持たずだったのか。
民由合併は、お互いに不幸ではなかったか。

様々な想いが去来するが、「もったいない」とは思う。

民主党に賭けるのであれば、ぜひとも早急に我が意を体現する後継者を指名されたら良いと思う。

小沢氏を支持しない者からの余計なひと言でした。

高野さん

失望しました。
民主党立党の立役者であったあなたが小沢が嫌いなのは分かります。
菅政権がまだ3カ月じゃないか、といった時点で、あなたは国の姿を建て直すという崇高ともいえる志から、民主党をひっかきまわす小沢に嫌悪感を抱き始めたのではないかと思う。菅政権の実力と方向性は3か月で見極めができたではないか。
これだけのアメリカに言いなりで官僚のやり放題の日本を変えなければという崇高な志で、利権と脅しで理性を失ったマスメディアに敢然と戦いを仕掛ける良質のインターネットメディアの中心としてこのジャーナルを期待していた。
しかし、あなた自身の小沢嫌いにより、日本を変えるための勢力拡大の中心であることを捨てて、負けた小沢にすがるなと言いだした。小沢以外にいまだれがいるのか?
正々堂々の戦いで、負けたのなら負けは負け、しかしマスメディアの恣意的な世論操作により、日和見の軟弱議員の勝ち馬に乗るだらしない様での結果だ。
それで負けは負けで片づけてよいのか?
日本の現状、その流れを変えれるとして小沢氏に期待し、応援している人に対し、小沢は終わったと言って、次に何があるのか?
あなた自身、歳のせいかあまりやる気がなくなったという感じを受ける。
挙党態勢をと言っていた菅、まるっきり言ったことがすでに消えようとしている様をみて、これからなにに頼めば良いとあなたは提言されるのか。
いまさら、小沢の「政治とカネ」の解説なんて何の意味があるのか?
このジャーナルも発信する有識者が減って来たのでつまらなくなってきた。
すべて、アメリカの仕組んだ情報戦略に呑まれて行くのか、あなたも負けてゆくのか?
気概はなくなったのか、と言いたい。日本を変える気概をもちなおしていただきたい。

堀口雪文さま | 2010年9月16日 18:04

こんばんわ。お久しぶりです。
ご意見全文に同意同感です。
高野さん、何かやけにごだわっていますね。どうなさったのでしょうか?

高野さま

「反小沢の小沢頼み」は,これ以上勘弁してください。いろいろなこれまでの表も裏も知ってしまっているがゆえで,やむを得ないのかも知れませんが・・・。

しかし,今回の公の場での,小沢さんと菅さんの演説・記者会見を比較すれば,政策論・見識の差は歴然としているのではないでしょうか。目の前にある事実から目を背けて,どうするのでしょう。

「脱小沢」「反小沢」「超小沢」であろうが,もし小沢さんがいなければ,菅さん,あるいは,菅政権にはいったい何が残るのでしょう。会議と,麻生政権時代の焼き直しの政策だけです。いったい麻生政権に対する批判は何だったのでしょう。あるいは,立場は違えど,またどんなに薄っぺらでも,まだ安倍首相の方が,菅さん,仙石さんよりは,政治家として自分なりの思想・理念を持っています。麻生・安倍政権以下の菅政権ではないでしょうか。

小沢さんの政治人生を見ていてつくづく感じるのは,もし別に小沢さんが演じてきた裏方・悪役の仕事をできる人・する人がいたならば,小沢さんも政策で勝負する表の政治家を演じることができただろうに!ということです。

小沢さんにいわれる”バラマキ政策”は,国民の自己決定・自己責任を要求するため,この国に民主主義を確立するための土台作りのための政策です。児童手当など,FRBのバーナンキ議長が言われる”ヘリコプターマネー”に相当するのですから,それなりに筋のとおっているものです。

しかし,高野論説なり,マスコミなり,菅政権・支持議員の「世論万能論」こそ,民主主義の否定です。「絶対権力は腐敗する」,それは民主主義という政体をとっていても同様です。だかこそ,憲法をもち,三権分立がとられているし,議会制がとられている,それは世論という権力が暴走・濫用と対峙するためではないのでしょうか。選挙を否定しながら,世論万能を主張する,非常に怖くて危険な主張です。

1 もし,菅さんが,政権発足直後,「小沢さんには黙っていて欲しい。それが日本の政治のためだ」などと言わなければ,
2 もし,菅さんが,政権は,経済が世界的に不安定な状況にあり,日本経済も苦しんでいる最中に,消費税をあげるなど,馬鹿な議論をぶちあげなげれば,
3 もし,菅,仙石,野田が,円高・株安を「注視」し続けなければ,

果たして,小沢さんは代表選に出馬していたでしょうか,あるいは,小沢支持議員から,小沢出馬論が出ていたでのでしょうか。

小沢さんが終わっただの,これからは「超小沢」だの,高野氏の論説もまた,菅政権と同様のしょせんは小沢さんあっての「小沢頼み」の議論でしかありません。

菅さんが,小沢さんを超えていようが,いまいが,菅さんが,小沢さんとはまた違うしっかりしたものを持った首相であり,それなりの政権運営をしていれば,どんなに小沢さんがすばらしい政治家であっても,200票の議員票は集まりませんでした。また,繰り返しになりますが,そもそも小沢さんが出馬することもありませんでした。

高野論説は「衣の下の鎧」が見えてくるような見解です。

初めてコメント致します。
高野氏へ
いつも論説拝見させて頂いております。
今回のコメントに付きまして
政策に付きまして、高野氏は小沢さんに近いのではないかと思うのですが、例えば 米軍基地の問題。 きちっと
米国と話し合おうという事です。その他、現況においては財政出動も吝かではない等 煎じて行くとそのような
結論になるのではないでしょうか、しかし 現内閣ではその逆です。あなたは政策では意見が違うが 人となりがクリーンでよろしい方向であるとおっしゃるが、ワールドベースボールにアマチュアを派遣すると言えますか。私も 高校野球は見ますが、プロ野球は見ません。アマチュアよりプロは強くなる為お金が掛かります。結果はプロであるべきだ。しかしやり方はアマであるべきだとは 矛盾していませんでしょうか。
もちろん 現内閣の方がプロであると おっしゃれば別です。

卓見の高野論説、予想通り、小沢教信者からボコボコにされてますね。

常連の皆さんは、お仲間同士で頭に上った血をお互いに、さらに沸騰させているのだから、直ぐには無理でしょうが、2、3週間過ぎた頃に、もう一度、冷静に、この高野論説を読んでもらいたいですね。

「政治と金」の狭義、広義の意味合いも重要ですが、この論説、小沢神話の終結の肝は、国会議員票においても小沢氏は、菅氏に敗北したことでしょう。

あの無能な管総理や全共闘運動家(あれはアマチュアだったなー)の仙石官房長官に接近・陣地戦で負けてしまってはプロ失格でしたね。

自民党や新進党時代に育てた選挙のプロたちが次々に去って、実は小沢軍団は張子の虎だったのかもしれない。

繰り返すが、基礎票で圧倒していた国会議員票で遅れを取ったことが致命傷であった。

いずれにしても、管政権は、遅くても来年春には予算関連法案を通せなくなり、解散か総辞職に追い込まれるでしょうが、もし、小沢政権になったとしても、同じ運命、いやもっと早く立ち往生したであろう。

怖い者見たさで「小沢政権」を見たい気持ちもあったが、年末までに行き詰ったかもしれない。

どっかの新聞社の論説委員の論説と勘違いした。(すみません)

「小沢神話」はまだ終わっていない。菅(仙谷)内閣はいまだに小沢一郎に頼って内閣を維持してるだけである。小沢がいなければ何もできないサラリーマン内閣である。勝手に「小沢神話」をつくり「小沢神話」は終わったと語っている人の気持ちが理解できない。小沢神話って何なの?って感じである。

普通の小沢信者の中には「小沢神話」などないでしょう。小沢さんは普通の政治家です。他の政治家に何ら魅力を感じないから小沢一郎を支持しているだけなのです。
小沢一郎以上に魅力がある政治家がいるのなら教えて欲しい。

政治家は十万票以上の国民の投票により選ばれた国民の代表という一面がある。その政治家に対して「静かにしておいたほうがいい」ということは十万人以上の国民に政治活動をするなと言っているようなものである。
私はそんな言葉を平気で使うことができる菅直人という人間が全く信用できない。

 もういい加減にやめたらどうでしょう。読む気もしません。いつもいつも小沢氏の話、今回の選挙が終わっても脱小沢。新聞もTVもジャーナリスト(という人)も、小沢氏がどうしたこうした。菅氏が勝ったのなら、放っておけば良いじゃないですか。
 皆さん、小沢氏が軸にないと、物事を組み立てられないのですか。アンチ巨人という巨人ファンがいましたけれど、そんな風でしょうか。批判している方たちこそ、小沢氏がいなくなった時の飯の種がを考える必要があるのでは、菅氏、仙谷氏がこれほど受けますか。小沢氏を批判している方達もそろそり親離れ(小沢氏離れ)をして頂きたいもんです。

■高野論説に諸手を上げて賛成します■

高野孟 様

この度の高野論説,小沢氏についての私の基本的理解を見事に表出されたものであり,諸手を上げて賛成します.
蛇足かと思いますが,代表選での小沢演説についての私の理解は以下です.
確かに演説は説得力の有る内容でした.しかしだからと言って,実現出来るということとは別の話です.
演説で述べられた,政治主導,地方主権,交付金一括交付,普天間処理,日米交渉ですが,いざ実行するとなると,小沢さんの言葉通りには行かないと思います.
もしその言葉通りに出来るとすれば,鳩山政権時代に,それらしきことが出来たはずです.結局9ヶ月の短命政権に終わった現実は,豪腕小沢にしても果たせなかったことであり,仮に小沢さんが総理になったとしても事態は実質同じだと思います.いやその時は幹事長だったから,と言うのは言い訳に過ぎません.

何だか片肺飛行で飛び出すような気配ですが、いつまでもつんでしょうか。とりあえず首相になればよい、大臣になればよい、というような手合いばかりのようですね。こんな様子ではガラガラポンの政界再編にもあまり期待がもてそうにありません。さりとてまたまた解党、純血路線も「いつか来た道」というわけで。いつまでも小沢さんにお願いするのも心苦しいのですが、「松明の渡しどころ」が心配です。受け取るほうの問題だと思いますが。200人の議員さんは、ここはきちんと小沢さんの気持を汲んであげてください。

高野様
面白い記事ありがとうございます。

国会議員票で逆転されたのは痛恨の極みです。

しかし、菅陣営は最終日には過半数にかなり自信を持ていたように思います。

クリーンな政治と言いながら、クリーンでない手法を、政治とカネはダメと言いながらその点で最も汚い選挙をしたのではないかと疑っています。

菅さんはクリーン(ある意味では無能とも言える)かもしれないが司令塔がクリーンとはおよそ程遠い人だ。

私も高野さんの小沢評は十分聞いたので、菅評、仙谷評をされてはいかがですか。
もっとも興味を持つ人はほとんどいないかもしれませんが。

じゃあ、何が始まったのだろう。まさか、菅がクリーンでオープンな政治の体現者ではないよね。
一年後、いや半年後にもう一度掲載して欲しい文章です。
果たして、国民に対してのクリーンでオープンな政治は芽吹いているかしら。

私は小沢さんがその剛腕で国会議員票を過半数以上を得るのだろうな、と単純な素人考えで予想していました。しかし、結果は違っていました。予想外のことでびっくりしました。

党員・サポーター票については、どうなるのかまったくわからず、ネットにおいての小沢支持の圧倒的多数が結果にどのような影響を及ぼすのかについて強い関心がありました。
結果は人数でいえば、小沢対菅は4対6、小選挙区の勝敗でいえば、2対8。
ネット世論はまだマスコミ世論には勝てない状況なのだろうと私は勝手に想像しています。


高野さんのおっしゃる、
【誰か特別の剛腕者個人に託さなければならないことではない。】
に、私は強く同感します。
と同時に、この革命的政治改革において、強力なリーダーシップの必要性の重要さも感じています。
とはいっても、そのようなリーダーにお任せの国民が多数となってしまってはならないはずであって、国民・市民の主体的な行動がこの改革にあって強く求められているはずです。

私は小沢信者ではなく、菅さんの支持者でもなく、無党派一市民です。
民主党の地域主権国家、東アジア共同体を構想に私は強く賛成するために、民主党を支持しています。

三年後の総選挙で、これをぶち上げて、何が何でも、民主党に勝利してもらわなければならないと私は強く願っているのです。勝ってもらわないと困るのです。

あと三年しかないのです。
のんびりしていられません。

民主党は挙党一致で、一丸となって、この革命的改革のために、必死にがんばってもらわないと困ります。
私も一市民として何が何でも実現するためにがんばります。国民が主役ですから、当然やらなければなりません。

ネットメディアが既存のマスメディアにまだ勝ててないとしても、着実に、その力は伸びているわけですし、今後もますます発展していく可能性は大きいでしょう。
われわれ市民がその主体となっていくことが必要なのでしょう。
ひとりひとりの情報発信と行動が求められているのでしょう。

その政治意識に目覚めた市民のひとりひとりの行動がこの革命的政治改革を実現していく。これしかないでしょう。

われわれはやれることから、着実にやっていく。とはいえ、時間はないのでのんびりもしていられない。その意識をもって、私は私のなすべきことをひたすら、やっていきます。

<政治と金にクリーンなら>さんざん批判した小沢さんを代表代行にすることはないでしょう。それに普通なら年下に代行をさせませんか?私は原口さんが妥当だと思います。若返りがいいんでしょ?矛盾した政府。

 高野論説に首を傾げる事が多くなりました。今回は、結局何を仰りたいのか理解ができませんでした。
 私は小沢さんを支持しますが、小沢派的なものは支持していません。小沢さんの理念に共感する人は支持しますが、小沢さんに頼るだけの人は支持しません。その意味で、この代表選はいろいろ見ることができました。
 両候補の演説を見て、その上で菅氏に投票された方。まったく支持できません。日本のことを考えているとは到底思えないからです。
 サポーターはともかく、国会議員・地方議員は誰がどちらに投票したのか公表すべきではないでしょうか。選挙が終わればノーサイド、と言うのであれば問題などどこにも無いでしょう。たったそれだけのことで、国のことを考える人、保身に走る人、はっきりと判断することができます。
 金と権力、政治にはどちらも必要なものでしょう。問題は、その金、その権力を何のために使い、行使するかではないのですか?小沢さんの演説からは、その全てを国のために使う、その意思が一点の曇りもなく伝わってきました。残念ながら、菅さんの演説にはその意思を感じるものはありませんでした。
 高野さん、今回の論説は「日刊ゲンダイ」がどうのこうのと言うに足らないと感じました。

平成の西郷隆盛・小沢一郎を賞賛しよう (一)

 小沢一郎は、敗れるべくして敗れた。しかし、政権交代を果たした民主党に対して、大いなる使命を果たしたことは、賞賛に値することだった。

 今回の小沢氏の代表選出馬の意義は、二つあった。

 それは、菅vs小沢の一騎打ちは、マスコミの報道番組を独占し、いよいよ本格的「民主党の時代」の到来を、国民に対してアピールしたことの意義は非常に大きい。実に見事なドラマであった。国民注視の下でのこの二週間のドラマは、日本の政治史においても、日本国民に忘れられない歴史の一コマとして永久に語り伝えられるであろう。

 また第二には、参議院選挙で敗北し、やや自信喪失気味の菅首相に、大きな自信を与えたということだ。私は、この代表選に勝ち抜くことこそ、菅首相にとっての「通過儀礼」であると語ったことがあるが、菅首相の「総理としての器」を大きくしてゆく上で、どうしても通らなければならないハードルであった。菅首相は、首相就任直後の参議院選挙で、大敗し、責任を追及されるという、非常に厳しい立場に立たされていた。「選挙に敗れた政治家」ほどみじめなものはない。また「選挙で勝ち抜いた政治家」ほど気力に満ちあふれたものはない。菅総理にとって、参議院選挙での敗北が、どれほど心理的ダメージを受けたかは想像するにあまりある。

 そんな時に、小沢氏の代表選出馬は、菅総理にとって渡りに舟であった。小沢一郎という「百戦錬磨の老練な剛腕政治家」と戦って勝ち抜くチャンスを与えられたことは、菅総理はどんなに感謝しても感謝し切れないものであろう。

 菅総理の前に、立ちはだかった強力な剛腕政治家・小沢一郎を、打ち倒してこそ、政治家・菅直人は、日本国の「総理としての器」を獲得することになるのだ。

 菅総理は、見事に剛腕政治家・小沢一郎を打ち破った。また政権交代の立役者・小沢一郎は、菅直人の前に立ちはだかり、勝算なき戦いを引き受けることをもって、その使命を見事に果たした。

 わたしは、一貫して菅直人を支持し続け、小沢一郎を批判してきたが、改めて言いたい。

「小沢一郎よ、ありがとう。

 第一に今回の代表選出馬によって、本格的民主党の時代を、国民の前に確立できたこと。

 そして、第二によくここまで政治家・菅直人を、強い政治家として育ててくれたことに、感謝の言葉を申し上げたい」

>小沢はそれに怒り、幹事長ポストを取り戻そうと謀り、それに失敗して自ら立候補せざるを得なくなり、そして敗れた。

この一文は「敗れた」以外は空想だ。空想を事実に紛れ込ませ、空想と事実を摩り替えるような文章はジャーナリストの肩書きが泣く。

---ロッキード事件からの仲良し---

小沢を評論することで生活の糧にする方々。
一方、無償で小沢氏を応援している参加者は、まだ頑張ろうとしている。

両者の対比は明確である。「小沢憎しで生活の糧をえている者」と 「小沢氏に自分の夢を託している者」との対比です。

所詮は、金かとつぶやいてみる 皆さん、徐々にツイッターに移行するのか。

小沢氏、輿石氏に代表代行打診。
選挙前にも後にも挙党一致を約束したんだから、当然小沢氏は受けるべきだと思います。

お二人とも代表選お疲れ様でした。ともあれ、終わった事に対して後から文句を言うのは筋違いです。
どんな結果が出たとて、その責任を負うのは国民です。管氏が頑張って国を立て直せるならそれで良し。出来なければ交代してもらう。ただ、それだけの事です。交代するのが何も小沢氏でなければならないと言うわけでもありません。他に自分が出来るという人がいれば、手を上げれば良いだけです。まぁ、好きか嫌いかで選んでいる時点で底がしれているとしか思えませんが・・・。

今日の選択を後で悔やまないように、日々独自で情報を集め、勉強し、世の中が悪くなっても自分だけは助かるようにするのが賢い生き方です。世の中の動きに惑わされない。これが一番賢い生き方です。人は人、自分は自分を貫ける人がこれからの世の中、生き残っていけるような気がします。

高名な高野さんがこの時期に"小沢神話は終わった"などと高説を述べられると、何か"小沢神話"を恐れていらっしゃるのではないかと疑ってしまいます。
もし小沢氏が過去の人ならば、このような小沢氏支持者を刺激するような論説は不要で、菅氏を応援する論説の方がタイムリーではないかと訝しく感じています。

今回の代表選は結果としてサポーター票が大勢を決めてしまいました。
代表選の結果発表で初めてサポーター票は比例配分ではなく小選挙区でのポイント総取り方式である事を知りました。
また、サポーターとは個人の意思で会費を払っている方だけでなく組織票的なサポーターも多くいる事を知りました。
そうすると、サポーター票で大負けする確率が高く、"負けない選挙はしない"小沢氏が本当に代表選に勝つために出馬したのか疑問に感じています。
今回の代表選は公職選挙法に触れないので何でもありの選挙のはずですが、小沢氏陣営の汚い選挙活動は聞こえてきませんでした。
マスコミはこれだけ反小沢でネガキャンを張っていますので、少しでも小沢氏陣営の選挙活動で問題があれば大きなニュースになっていたと思います。
そう考えると、小沢氏はこの代表選でどうしても勝つ必要がなかったのかもしれません。

きれい事で言えば、国民に約束した昨年のマニフェスト(=小沢氏の政治理念:『脱官僚』や『国民の生活が第一』)を菅氏やその他民主党議員に再確認させ、参議院選の大惨敗を総括するための出馬だったのかもしれません。

小説的に言えば、小沢氏は連立による政治再編の協議を終えているのではないでしょうか?
代表選で菅氏陣営に汚い選挙活動(機密費による買収、サポーター投票結果の偽装・リーク、等)をさせ、これからの国会でその事実を連立相手から暴露させ、菅政権を破滅に追い込み真の政権交代を完成させるつもりなのかもしれません。
代表選で誰が裏切り者か明確になりました。

ひょっとして、菅総理が代表選に勝利しても浮かない表情なのは、そのような動きに怯えていらっしゃるのかもしれませんね。

今回の代表選の結果が真の『天の配剤』として日本の政治改革に繋がる事を希望しています。

 時系列としての正統性は小沢氏にある。それが歪められた理由は官僚機構の恣意的権力の行使およびそれに加担するマスコミという第4権力という、最も忌むべきふたつの不当な権力機構の暴力である。したがって、それが正されない履歴は、今後常に倫理的に悪、となる。その悪、こそ、根源的なものだという認識をもつ。わたしは小沢信者ではないが、小沢氏の考え方と情熱を支持するものである。小沢氏は正統性を回復されるべきだった。それを怠ったことの深い倫理的失態は、決して容易には補われないだろう。高野氏も田原氏も、この射程を深めないところにどうしても浅はかさを感じてしまう。何故第4権力に膝まづくことが説明義務ということなのかは、理解できない。説明を伝えるべき責務、義務を怠ったのは自分たちだと反省するのならわかるが。
なおいしばしば小沢信者、という表現をする方がいるが、同じように菅信者、仙石信者、サークル民主主義信者と揶揄されたらどう受け止めるだろうか。ここでの小沢支援の多くは、かなり理路整然とした共感者の群れであるように思うのだが。

高野論説を読んで。日本のジャーナリストとか呼ばれている種類の人は、一般的なジャーナリスト外の範疇に入る人を指すらしいと、今日やっと腑に落ちました。世の中を観る視点そのものが別物であると理解できました。この国を憂える良識ある国民は、菅だとか小沢とかそういう視点ではなく、バイアスを外し、入手できるあらゆる情報から、一応の「ほんとうのところ」という情報から判断し、その上で、この国を今一番託したい、なんとかしてくれる、そう考えられる人物像として、誰がふさわしいかを見てきたつもりです。マスコミの論調は、ネット情報を解さない、その手段がない、国政に興味がない、そういう層に特化して向けた、まさにマスコミに都合のいい情報しか流していない、そう見えたから、マスコミ攻撃を強めていった、あるいはマスコミ離れに拍車が掛かった、これが自然の良識ある側の主張です。政治と金を盾にとりたいのであれば、インターネット内でここまで結論がでている、を、ネット情報のじょの字も知らない人々に知らしめてから言うのがフェアな態度ではなかったでしょうか。そういう小汚い、正義のない人々が作る偽世論に辟易しているのが、裏の情報まで集められるネット側の正義論です。組織で働いていて、理屈ではなく、目的地というか目指す所に辿り着ける一番早い道は、マスコミその他、菅側が嫌うワンマン及び豪腕です。さまざまな仕事をしてきた私の経験則です。間違ったワンマンでは困りますが、目指す目標、未来像に、間違いが無ければすばらしいスピードで目標へと向かいます。非難するのは、経験不足の実績のない、自信だけが強い挫折のない若造達です。個人的に小沢さんという性格の細部まで知り得る手段がないのでなんともいえませんが、人を動かす、人を行動に導く原動力は、緻密な数字や理屈なんかではありません。政治家とは、大きな方向性を指し示し、それに向かう胆力こそを求められるのであって、みんなで決めよう、責任も分散させよう、こっちの顔も立てよう、あっちの顔も立てようでは話になりません。ジャーナリスト及びマスコミ、官僚は、私の持論ですが、中流より上の側を見ながらこの国をとらえています。政治家は中流より下の、生活自体が立ち行かない層を自身の痛みと捉える感性があるかないかで決まると信じております。上しか知らない人は、政治を語れないし語ればますます下の層の反感を増やすだけだとおもっています。高野論は私に言わせれば論外で、この国のどの層のどの塊に向けた発言なのか、まさにバイアスそのものだと感じました。最後に「たった3ヶ月でコロコロと」と「クリーンな」は、それこそ単なる世間体です。しかもどこにも向かわない世間体。世間体を気にしてこの国を滅ぼすことの無いように、私たちは天に向かって祈るしかない。

僕は、今回の代表選の結果は、もう4~5人の国会議員票は欲しかったという点を除けば、小沢さんにとってベストの結果だったと思います。

なぜなら、もし本当に今回、小沢首相になっていたら、政治とカネの問題で大混乱になって、国会が動かなくなって、本当に解散総選挙になっていた可能性もあるからです。

どうせ菅政権が長く続かないなら、政治とカネの問題を整理し、「政策の小沢」「表の小沢」を国民に浸透させるための時間があった方がよいと思います。

菅政権の方だって、政治とカネの問題では、仙石官房長官の政治資金規正法違反の刑事告発の動きが出てくると思います。

仙石官房長官の政治団体が長男の会社に毎月10万円の「人件費」を支払っていたというのは、もし長男の会社の中に「仙石さんの政治団体による雇用契約関係の実態」が無かったなら、「虚偽記載」の問題となりうるからです。

また、「世に倦む日々」さんなど多数の人が指摘してますが、菅さん自身の顔付きの変化、話し方の変化など、いろんな「劣化」が見られるようですが、この人で日本は大丈夫かなとちょっと心配です。

 「政局」の詳細な解説を拝見しましたが、さすがに高野氏だけあり読み応えのある内容です。

 しかし、残念ながらジャーナリストとしての「資質」には疑問符が付きます。
 「政局」を解説する評論家など他に居るのであって、この評論が今後の日本においてどれ程の価値があるのでしょうか?
 私は小沢信者ではありませんが、この国を憂いて政治生命を賭けている政治家に対して、この国を憂うジャーナリストである高野さん御自身は世に何を問うているのでしょうか?

 プロを前にしてジャーナリズムの本質を語るまでもないので割愛しますが、高野さんに求められる評論は「政局」ではなく、存亡の危機にあるこの国の然るべき「政策」を国民に正しく語ることではないでしょうか?
 それとも危機意識を正しく把握されていないのでしょうか?

 今回の駄文には、ジャーナリストとして世に問う「政見」がありません。
 ジャーナリストの頂点を標榜するのであれば、ジャーナリストとして「マスコミ改革」の先頭に立たれてみてはいかがでしょうか?

 それこそジャーナリストとしての''最後の御奉公''ではありませんか?

 自身の分野であるマスコミ界で改革のために立ち上がらない者に、政治の世界で強大な権力を相手に戦っている者を語る資格などあるはずもない。

 ''器''の大きさを見せて頂きたく存じます。

市民壱 | 2010年9月16日 21:51さんの意見に賛成
>もういい加減にやめたらどうでしょう。読む気もしません。いつもいつも小沢氏の話、今回の選挙が終わっても脱小沢。新聞もTVもジャーナリスト(という人)も、小沢氏がどうしたこうした。菅氏が勝ったのなら、放っておけば良いじゃないですか。

昨年、衆議院の選挙が行われる前から、政界は小澤一郎氏を軸とした話題ばかりでウンザリしていた。そして極め付きは今回の民主党代表選でした。その結果、菅氏が勝ったのだから、もう、小澤氏のことを話題にするのはやめようではないか。小沢氏も「一兵卒として民主党のために働く」と言っているのだから。一兵卒と総理大臣を同格に扱うことはやめようではないか。民主主義の選挙はたとえ1票差であっても、勝ちは勝ち。だからこそ、小澤氏は今まで選挙に勝つことに全精力を費やしてきたのではないか。小澤氏を支持する人たちは、潔く負けは負けとして認めなければ、民主党政権が吹っ飛んでしまいますよ。せっかく政権交代したのに、身内である菅氏をボロクソに言って何の得があると思っているのですか。小澤氏は68歳です。本来ならば、小澤氏が立たなくても、小澤氏の後継者が立ってもよい年齢です。それができなかったのはなぜか、考えてみて下さい。小澤氏は後継者を育てることができなかったのです。豪腕とかリーダーシップとか言っても、所詮、その人がいなくなれば元の木阿弥です。小澤氏を支持する人たちはいつまで(小澤氏が何歳になるまで)、小澤氏にがんばってもらいたいと思っているのですか。いいかげんに、小澤氏だけに期待するのはやめましょう。今後は、小澤氏が民主党のトップに返り咲くのを期待するのではなく、後継者を育てることに期待すべきだと思います。

代表選が終わって確信が持てたのは、
小沢一郎の潔さ、誠実さです。
国会議員は本来こうあるべきという姿を見させていただきました。中身のある素晴らしい演説にも感動いたしました
。我々国民の為にとことん
小沢総理を待望します。

神話は崩れました。だからと言って、民主党政権は管支持派だけでは出来ません。

菅さんたちは自分達の力を過信するとしっぺ返しを食いますよ。

菅さんを支持した議員は表六玉が多いですが、小沢さんを支持した人の中には熱烈な支持者がいると言う事を忘れないで下さいね。


党を割ることなどは朝飯前です。
小生は一日も早くその日が来る事を期待します。

国会が始まり、自民から不信任案が出た時は迷う事無く賛成する事。みんなの党の渡辺氏がいうハルマゲドンが爆発するでしょう。(すでにマグマは溜まりに溜まっています)

高野さん、時代と環境に合わせて、貴方の考えも変わらないと進歩がとまりますよ。

冷戦終結までの日本は米国のサポートのお陰で、政治にリーダーシップが無くても国が成長できた。只、冷戦終結後は、米国の敵対国がソ連から日本に替わり、日本としては政治を新しいシステムに変更する必要があったが、大きな変更がないまま20年が経ってしまい、ついに二流国に落ちてしまったのである。

今、この国を新しい政治システムに変えるには強力なリーダーが必要だし、この国を新しい成長路線に載せるには、フレキシブルで早い決断ができるリーダーが絶対必要なのだ。

高野さんやオリジナルの民主党の人達は、会議大好きで、物事を決めるには、時間をかけて総意を得ることを大事にしているようだが、競争相手が弱い場合はこれでも問題ないだろう。しかし、今、競争相手は益々強力になり、その数も増えているのだ。こんな環境の中で、従来通りで競争相手に勝てると思っているとしたら大間違い。競争相手に勝つには、議論は適当に切り上げて、現場では相手に合わせて臨機応変でなければならないのだ。どうも、オリジナル民主党の皆さんは実戦での成功体験が少なく、どうしても『みんなで渡れば怖くない』という無責任体質となり、結果的に成功できないループに入ってしまっているようだ。

今の政界で強力なリーダーシップを発揮できる人は小沢さんしかいないと思う。菅さんが総理大臣になる前、彼のリーダーシップに期待をしたのだが、消費税10%値上げという最も反対の動きをしてしまった。

判りやすい例では、小資本のソフトバンクが、大資本のドコモやauを敵に回して、携帯電話契約数で伸ばしていることを見れば明らかであろう。

高野様

ご意見に賛同します。
小沢神話は終わりました。
完敗です。小沢は西郷隆盛ではなく、敵に友の大久保もいなく、刑場で惨殺された民権派江藤新平です。
しかし江藤なきあと民権運動が日本各地に湧きあがり、大正期の民権政治が花開いたように小沢の演説は政治家、国民の心を揺さぶった。やがて各地に花が咲く。

そして一方で乾杯も始まっています。
自民党は大喜び乾杯です。
大復活の道筋が見えました。
民主党の政権交代は都市部の民主党に地方の小沢自由党が合体して政権党になったのです。
今回の参議院選挙結果を見ても自由党小沢支持票を取り込めないと自民党以下の議員しか獲得できません。
現に菅支持は206人、これは旧民主党議員数と大差ない数字です。
もし菅が長期政権をめざすなら小沢を副総理で処遇して挙党一致をめざしたものですが、覇者仙石に押し切られ小沢を切り捨てました。小沢は信義の人で菅をきちんと支えたでしょう。しかし菅は覇者仙石を取りましたが、鳩山は下剋上を認めたため、菅は仙石の下剋上に、仙石は岡田・前原の下剋上に悩むでしょう。いずれ党内は大混乱です。
更に今回の人事も自由党小沢をきっちり切り捨てたのですから地方の支持者は離れます。
自民党は大喜びです。
都市部はみんなの党が手ずくねを引いており、まさにこれで民主党の終わりの始まりです。
一平議員小沢について高野様心配してくださってありがとうございます。
小沢については心配ありません、相変わらず政局の中心です。
小沢は王道で戦いました。山岡議員の見通しも正しいが、代表選当日午後0時の異変、マスコミもご存じの、シークレット情報で見通しが狂ったのです。
覇道が王道を制しました。
経団連も野党も何があったかは衆知のことです。自民党代表選でも金が動き、裏切りがあったが、最低限の信義はルールとして守られています。今回はその枠を超えての戦いです。はどうからは大業は成し遂げられません。野党も近寄らないでしょう。
小沢は最後の演説で決意表明をしました。小沢のいく道は決まっています。堂々と王道を行きます。
小沢ファンは増えることはあっても離れるファンはいません。
ますます改革の実現を応援します。
小沢不敗神話は終わったが、改革の夢は終わりません。
高野様小沢の心配より民主党の心配をしてください。
裏コソの覇者仙石は為替でお粗末発言でみん党渡辺に馬鹿にされ、火だるまになっていますよ。仙石にしてこれ、岡田や前原では米の言いなりになっても米に対応できないのだ。
誰が真っ正面から普天間に対応するのか、ねじれ対応をするのか、不景気・円高対応をするのか、小沢ファン無党派としてはじっくり見てみたい。

所詮”評論屋”は他人のフンドシで飯を食っているだけか・・・。

投稿者: 残九郎 | 2010年9月16日 22:54 さん
>金と権力、政治にはどちらも必要なものでしょう。問題は、その金、その権力を何のために使い、行使するかではないのですか?

 違いますね。何のためにつかうかではなくて、どのように使う(制限される)かは民主主義では非常に大事です。私はそれを尊重します。
 ただし、私は与しませんが、現代においては民主主義などダメだという思想もそれなりに正統性はあるとおもいます。

官僚と主権者(国民)不在ですね。
コップより、もっと小さなもので、嵐を起こしたいのでしょうか?。

人間を家畜のように考える者らに利するだけですよ。

どれだけもつか判りませんが、小沢が総理になり、小沢が総理を降りたとき、新たな政治が胎動するんですよ。
小泉純一郎は、そのことをよく理解しており、既に手をうっているではありませんか…。

この国は、空気が読めない高名な方々こそが、一番の障害となっているようにおもいます。

古い古いと言いますが、
古い手法の何が悪いというのでしょう。
その古い手法全盛期の方が、政治家も国民ももっと質が高かったように思います。
新しい手法というのは、亜米利加流ということですかね。
なんでも亜米利加に習えばOKというのは、敗戦国ならではの負け犬思想なのでしょうか。
日本の方がずっと歴史が古く、古人の知恵がつまっているのに。
「政治」「カネ」「古い」は印籠ですね。この3つのキーワードで政治家をやっつけることができますね。

小沢さんは、立会演説会で、「私の政治生命のすべてを懸けて皆さんのために頑張る・・・」と言われました。とても気迫を感じ、TVを見ながら、父と「これはきっと小沢さんは、政治家引退を決断しているね・・・」などと会話しました。
しかし一向にその気配はなさそうですね。
これも公約ではないのですか?有限実行の小沢さんでは?
これは一平卒になると言う意味だったのですか?
やめる決断ができない政治家に、演説での公約を実現するなんてとうてい無理ですね。
もしスパッと政治家をやめる決断をされていたなら、男を上げたのでしょう・・・。
そして小沢神話が語り継がれる事になったのかもしれないですね。
残念ながら、小沢さんとて決断ができない政治家だったと、僕は確信したのでした。
以上、一般庶民の普通に感じた事でした・・。

政治家の決まり文句だ!なんて間違っても言わないで下さいね。

あと、狭義の説明責任について、どなたかが、

> しかし、それでも小沢氏の「説明」に関して言えば…。
小沢氏が、国会であれ、TVであれ、説明を行ったとして、それをどれだけの人が見聞きするでしょうか。
これまででも、時間の長短に関わらず言えば、小沢氏は様々の場で記者の質問に答えています。
しかし、それが正確に伝えられたでしょうか。
もともとが、「そのような事実は有りません」というのが「説明」なのです。・・・・・・・・


とおっしゃっていましたが、僕は間違っていると思います。

それでも伝えようと努力すべきです。事実、国民には逃げているように写っているのですから。
マスコミのせいにするのは簡単ですが、小沢さんの汚名?が晴らせなかった結果が今回の代表選挙の結果ではないでしょうか?
国会で説明すれば良いではないですか?
与野党交えて、全ての質問に丁寧に説明してあげる。
国会議員が納得すれば、みな地元に帰って説明する。
これが、議会制民主主義ですよね。
さらに・・・政治家の責任として、TVのコメントでも説明する。そして記者会見も開く。
たとえマスコミ抜きにしても、そうやって世論の見方を変える努力を地道にすれば、
何かがかわるはずです。それだけの事だと思います。それを何故か避けている。

興味があって、政治資金の説明について、いろいろなサイトを覗き、読んでみましたが、あいまいな部分(おそらく、こう言う事であろう・・・。このように説明がつく・・・)という言い回しが多いのが気になります。(時系列や、数字(公開されている)については明確でしょうが)

是非とも、国会で説明していただき、堂々と総理大臣をやっていただければ、良いのではないでしょうか?。

今回の高野論説は、納得できる部分が多い。高野氏も最近は「説明不足」気味だったが、これは力作だと思う。

小沢支持者は、やはり猛反発されているが、高野氏は田中角栄~小沢の「数と金の手法」を否定しているものではなく、むしろ評価もしている。
ただ、今の民主党で、小沢だけが「数と金の手法」をやっている(やる能力がある)ことは、弊害が大きすぎるということだと思う。

昔の自民党政権時では、程度の差はあれ、どの派閥でも「数と金の手法」をやっていた。有望な政治家もその中で活動していた。
民主党では、政権を奪取するために、小沢の「数と金の手法」が大きく貢献したことは明らかだが、民主党には「頭でっかちの議論好きの手法」もあり、有望な政治家の多くが、小沢の「数と金の手法」よりも、「頭でっかちの議論好きの手法」の方を選ぶことが多かった。小沢の手法は、どうしても親分・子分的で、自由な議論ができない傾向にあり、昔の自民党のようにどの派閥でも同じならそこでやるしかないと思うのだろうが、他に選択肢があるなら、有望な政治家がそっちに流れるのもやむをえない気がする。

親小沢と反小沢の政治家を見ると、有望な政治家は反小沢に偏っていると思える。狭義の小沢グループで、有望な政治家は思い浮かばないし、広義の親小沢でも、ごく少数だと思う。たとえば、今回小沢を支持した議員だけで、内閣を構成することは、想像できない。

こうして、親小沢は選挙重視の「体力系」の多数派となり、反小沢は頭でっかち「頭脳系」の少数派となり、感情的な反目もあり、溝が大きくなり、民主党全体がうまく機能しなくなっているのではないか。問題は、数と質のねじれで、小沢がすごいとしても、一人で全てできるわけもない。

今思えば、小沢もそれを分かっていて、鳩山政権時に内閣と党を明確に分け、それぞれ得意なミッションをさせ、お互いの口出しを最低限にしていたような気もする。

アメリカでも大統領選等でも民主主義は「数と金の手法」ではないかという意見もあるが、イギリスでは違うのではないか。そして小沢はイギリス型を目指していたのではないか。

今回の代表選で、小沢と菅の政策は、方向性に大きな違いはなかったと思う。どこまで徹底的・抜本的にやるか、具体的に語れるか、どこまで覚悟はあるか、という違いだった。小沢vs菅と見れば、小沢が圧倒的にすばらしかったと思うが、小沢を支持する議員の集団vs小沢を支持しない議員の集団、または、小沢的手法vs非小沢的手法という見方で比較して、後者の支持が多かったのではないか。


代表選の最中、テレビに小沢が出ていた際、田中角栄のことを聞かれ、「優れた政治家だった。ただ、昭和のあの時代だから有効だったが、現在は状況が違う」というようなことを言っていた事も思い出される。

「数と金の手法」は、特に政権奪取する過程で有効だったことは確かなのだが、今後の政権維持と改革の実現には、その比重は低下するのが、やはり望ましいと思う。

小沢も今回の代表選で、国民に語りかけ、逆境から支持をかなり集めたという新たな「神話」があるのだから、これからは手法を変えて、民主党内の溝を埋めて、融和するようにしてほしい。
いずれ遠くないうちに、菅政権は行き詰る可能性が高いのだから、その時に、全党的に大きな期待を集めるようになっていることを期待する。
(代表選後、小沢に妙にサバサバした雰囲気を感じるので、その兆しがある気もする。)

高野論説は正しい。

世論は小沢一郎議員に厳しい。しかしながら代表選挙を通して小沢一郎議員が理解出来たし好きになった。

小沢議員は圧倒的な支持を3割強集めればいい。

代表選前の小沢が好き嫌い…?

私は小沢議員が好きになったし議員として尊敬出来る人物であることが理解出来た。

momonngaamanさま
>『民主主義』と言うこの国に、未だ実現された事の無い『新しい理念』が、初めて、小沢一郎によって、この国で、開始されようとした時に、『民主主義』を敵視する、検察・官僚・マスゴミにより、これが阻止されたと言うのが、今回の選挙戦の全てです。

おびただしいコメントの中で、貴方のコメントが最も本質をついていると、私は思い、貴方に賛同し、貴方とともに、つらい気持を共有しております。
今回の小沢氏の負けは、小沢神話がどうのこうのというような、いわばくだらない問題ではなく、日本の民主主議が、一歩後退か、2歩後退か、後ずさりして、底なし沼に沈んでしまったのか、という悲惨な問題です。
小沢氏の主張は、「日本改造計画」以来ずっと変わらず、「この国に議会制民主主義を確立すること」です。
つまり、小沢氏はこの国が、民主国家ではないことを分かっていて、そのことを国民に伝えようとしていた、ただ一人の政治家です。しかも自民党を飛び出すほどに、「民主主義」というものが、大切だと、考えていたのです。
愚かな私は、西松事件がおきるまで、この国は、曲がりなりにも民主国家であり、法治国家だと思っていました。しかし、それは、自民党一党独裁の60年間、この国は「民主]ではなく「官主」であること、おまけにその「官」は、属国の統治機関にすぎない、ということが、顕在化しなかったというだけのことです。
小沢氏は早くからそのことに気付き、身をもって、そのことをこの一年半、我々に、教えてくれたとのだ、と思っています。
国家権力とマスコミが、結託した時、国民はいかに無力であるか、どこにも窓が開いていない暗い出口のない箱の中にわれわれは閉じ込められているようです。
検察とマスコミが結託すれば、自分たちに都合の悪い無実の政治家を、好き勝手に葬り去ることが出来る。
それに乗じて、総理大臣の座を手にいれ、さらに、検察とマスコミの強烈なバックアップによって、政権を維持しようとする菅内閣を支持することなど、私にはできません。
民主主義を確立し、行き詰まった官僚政治を改革しようとした小沢氏を、なんとしても葬ろうとする大きな力の働く今の日本は、momongaamanさまがおっしゃるように、再生の最後のチャンスを失ったのかもしれない。
そうだとすれば、なんと悲惨なことでしょうか。
菅氏にこの国をゆだているかぎり、この先この国には、真っ暗な未来しかない。
「俺たち反体制だぜ」とかつては、口にされた高野サン、検察とマスコミのファシズムが成立させた菅内閣を支持するのですか?
貴方も「民主主義を敵視する者達」のお一人だったのですか。

今回小沢氏は負けましたが、「国民主権」を地方交付税のの問題として説明したその説得力と、政治にかける情熱は、国民に伝わったと、思います。
種はまかれたのです。

 政局話を
 反菅内閣から言えば今回の仙谷官房長官の円売り介入に関する発言は、とんでもない発言でした。
 みんなの渡辺氏の言うように大馬鹿発言で金融界や投機ファンドにとってこれ穂ほど美味しい発言はありません。防衛ライン83円発言しかも単独介入を明言の上欧米当局に理解を得ている最中と。
 国益を害する発言です。
 官房長官不信任決議案、問責決議案を臨時国会冒頭で出せば胃腸上がりです。
 自民とつるんでいるのでそれはないですか
 高野田原も民自大連立派ですか。小沢の場合は与党経験を一度させるという目的がありましたが。

小沢さんは「政策オタク」であるような記事を読みました。そこで、オタクの聖地である秋葉原を拠点にして、小沢チャンネルのようなインターネットテレビ局を作って、細かな1つ1つの政策について、細部に渡るまで掘り下げて発信してみてはいかがでしょうか?評判が良ければ、テレビ東京などが地上波やBSの番組を作ってくれるかも。。。

小沢信者が多いことを知っていながらあえて”小沢神話崩れる!”と論評しているあたり、さすが高野さんプロの釣り師ですねw

案の定、たくさん釣れてますw

このサイトは小沢さん支持者が圧倒的に多い中、私は”菅政権誕生するまでは”菅さんに期待していた数少ない人間の1人ですが、法務大臣人事に絶望しその勉強不足の激しさに落胆して菅さん不支持になってしまった消極的小沢支持者ですw

10%一律削減とか今まで小泉さんを批判してきたことと矛盾することが相次いでいることに驚きを隠せません。

だったら初めに

「自分は間違ってました。自民党さん、ごめんなさい。」

って謝るべきじゃないですか?

今まで自民党を批判してきたのに政権に付いたら自民党と同じことやるんだったら民主党にした意味はないですよね?

選挙前に言っていた政策を180度変えるんだったら何故変えたのかをきちんと国民の前で説明すべきです。で、素直に謝るべき。

”民主”党って言ってるけど民意を無視して法務大臣を起用し続けている時点で菅さんの見識を疑いますし、村木事件での検察の失態に対してなんら指導力が発揮できない法務大臣に対して変える意思を示さない菅さんには、この事件の意味についてどう思っているのか本当に問いたいです。

この事件は鈴木宗男氏や小沢氏、他にも元福島県知事やホリエモン、三井さんを初め多数の冤罪を生んでいる特捜検察の体質が問われているわけで、法務行政がしっかりしないとこの国の民主主義が根こそぎ腐ってしまうという危機的状態であることを菅さんはもっと認識すべきだと思います。

さらに言えば、特捜検察こそがこの国を弱体化させている張本人であると私は思っているんで、ここにメスを入れられない内閣であれば今までの内閣同様、官僚の手の内で踊らされるだけで終わるだろうことは容易に想像できてしまいます。

で、知らない間に特捜検察によって世論操作されてこの国を間違った方向に持って行かれてしまうだろうと危惧してます。

菅さんでも小沢さんでもどっちにしても特捜検察を何とかしないことには企業は検察OBたちに甘い汁を吸われるだけでチャレンジ精神を削がれてしまって国際競争力に打ち勝つことはほぼ不可能になるだろうと思ってます。

ホリエモンみたいなのが出て来ても足を引っ張らないでどんどんやらせるだけの環境を作るには、コンプライアンスを飯の種にして企業に巣食って甘い汁吸ってる連中を駆除しないとダメです。

日本という体内に宿ったガン細胞ですからこれを駆除することが何より求められることだと思います。それがあって初めて日本は復活できると思ってます。

高野様

結果として、負けたのだから、どう書かれても仕方がないのかもしれないが、この論説は7月に書かれた「小沢の時代はほぼ終わったということ」の補完でしかないように思える。

敢えて反論すれば、
「小沢神話」なるものは、
自民を飛び出し、自社さで負け、新進党を解体し、自自公で騙され、少数政党に落ちぶれ、旧民主党に呑込まれ、その都度「もう小沢も終わりだろう」という予想をはね除け常に政治の中心にいる意外性から、起こった事であって、メディア側が勝手につくりあげた今回の論説のそれとは論点解釈が違うと思う。

国会議員票、200対206については、
陰謀説的捉え方はしてないが、しかし現実は、菅氏側が党員サポーターのポイントを事前に掴み、投票日当日、態度未定や小沢寄り議員への誘導説得に利用した結果と受け取っています。
原因を作ったのは、他ならぬ「50」しか取れなかった陣営であり、その実態すら把握出来なかった小沢選対の甘さの問題である。
今更陣営の批判をしても仕方がないが、論説との関連性からやや脱線する事も躊躇なく言わせてもらえば、
選挙区党員サポーターを取りこぼした者(北海道2区の三井氏、埼玉10区の松崎氏)が選対班長では勝てる筈もない。
選対は代表選の仕組みポイントすら理解していたのか疑問である。
全体としても、
小沢側近の樋高、奥村両氏、
鳩山グループでは鳩山、中山、小沢、平野、松野(頼)等主要諸氏、
役職者では海江田、細野、松本(剛)、原口等次世代主要諸氏、
その他、赤松、筒井、辻、高木各諸氏、
それら主要どこ選挙区が全滅である。
何のための党員サポーターなのか。
特に、鳩山派は如何ともしがたい。小沢側近、小沢に付き次を担う世代も残念としかいいようがない。
そんな中、樽床氏、川内氏、田中眞紀子氏、羽田氏等はさすがであるが。
陣営各人が選挙区を守ることの理解と最低限の仕事をしなければ、選対が実態すら掴める筈もなく、逆に相手方に情報を利用させ、選対が押さえたつもりの国会議員票も、ただの期待値に過ぎず、後の祭りである。
要は、担いでおきながら、小沢氏一人に頼りきった結果であって、負けるべくして負けた事をとって「神話が終わった」というには少し無理がありはしまいか。

狭義、広義にかかわらず、「政治と金」について反論はあるが、それと「神話は終わった」との論点がズレ過ぎで、ただの小沢批判の何ものでもありません。

今回、一番いただけないのは、旧民社協、田中慶秋とのやり取り以下についてであるが、たとえ事実としても、結果が出た今になって持ち出すのは如何かと思う。

何れにせよ、今回の代表選出馬は、小沢氏にとって一般大衆に向け人と成り、政策論をアピールし、新たな支持層の獲得も出来たと理解しており、今後とも支持していくいく所存です。

高野さん
かくれんぼ遊びはもういい加減にしては?
小沢さんの演説の内容その論理展開についてキッチリと批判して頂けないでしょうか?小沢さんの金についてのウンチクは聴き飽きました。
菅さんの消費税発言、衆参ねじれを天の配剤、熟議の民主主義、412人の内閣、これら支離滅裂な論理展開を見せつけられて、それでも菅さんを支持される高野さん。ここはひとつ腹をくくってビシッときめてください。
そうでなければ議論は前に進みません。それとも多くの菅さん支持者のように議論のかく乱が目的なのか、議論そのものの発展が怖いのでしょうか? 彼らは小沢さんの主張の中味には少しも触れようとしません。
また今回の高野さんの文書についてもここまでで充分に反論されつくしています。ついでに反論に対する反論もお願いします。

高野様

菅氏は、今までどおり、「脱小沢路線」を継続し、岡田幹事長に決めました。世論は、今尚、小沢氏に厳しい風が吹いていますが、流れが微妙に変化しているようです。
1.次期首相に誰が好ましいか?
  菅氏   26.9%
  小沢氏   7.8%
  渡辺氏   7.3%
  *今までランクに入っていな   かった小沢氏が2位になっ   た。
2.菅内閣支持率
  日経   71%
  朝日   57%
  *代表選のときは、何度アン   ケートしても、各社横並び   で差異がほとんどなかっ    た。
代表選の公開討論会,街頭演説会によって、ベールに包まれ、側近といわれる人たちによってしか小沢氏を理解できなかったが、生の小沢氏に接することができた。
私でさえ、側近といわれる人たちの自己保身を図った小沢氏の虚像にごまかされてきたようだ。
普通の人たちは、あの力強い誠実な話をお聞きし、「ちょっと待てよ、小沢さんって、周りの人によって誤解されている」と実感したのではないかと思う。
菅氏は、世論の流れに気がつかず、「脱小沢」で、二匹目の泥鰌を狙っているようであるが、菅氏の失政に対しては、ふわふわした支持率なので、厳しい批判が沸き起こり、党内、野党両方の攻撃の前に、もろくも撃沈していくだろう。
同じ党内で、「脱小沢』しか選択できない政局の人に、困難な国内情勢、海外情勢に対処できるわけがない。
お仲間の高野さん、今からでも遅くないので、菅氏に忠告したほうがいいですよ。
小沢氏批判している場合ではありません。

小沢神話の虚構。
そもそも小沢氏が選挙の神様なら、民主党と合併しなくとも自由党だけで政権が取れていたはず。それすら叶わなかった小沢氏の何処が神懸かりなのであろう。つまり、小沢氏の実力は始めから知れていたのである。

平成の西郷隆盛・小沢一郎を賞賛しよう (二)
         ー民主党を救った小沢一郎ー


 小沢氏は、菅氏に敗れることによって、自らの使命を果たした。

 その第一は、菅政権に自信を与えたことであろう。鳩山政権の崩壊、そして参議院選挙で敗れた菅政権の弱体化の中で、なんとしても菅民主党政権の強化は焦眉の急であった。その意味で、菅総理に政治家としての自信を与えた意義は大きい。政権交代の実績を確実なものとするための、本格的民主党政権が樹立されることになったのだ。

 その第二は、小沢氏がもし勝ったならば、自民党から「政治とカネ」問題を徹底的に追及されて、解散・総選挙に追い込まれることは必至であった。そうなれば、民主党は、大惨敗、小沢ガールズともども、民主党は野党転落、衆議院100議席台に議席は半減したであろう。つまり、民主党・小沢心中政権が樹立されることになったのだ。小泉郵政選挙大敗後、4年目にしてようやく議席を回復した、多くの民主党衆議院議員は(少なくとも100議席以上)落選の憂き目にあったに違いないのだ。落選議員の怨嗟と怒号の中で、政権交代の立役者・小沢一郎は惨めな政治生命を終焉させなければならなかったはずだ。

 つまり、以上のような意味で小沢氏は、敗れることによって、民主党・衆議院300余議席を守ったのである。

 小沢氏の剛腕神話の洗脳から覚めない民主党議員諸君は、「日本の国難を小沢の剛腕にかけるのだ」と言っておられたが、「政局への見通し」を欠いたあまりにも空想的な議論でしかない。希望的観測の積み重ねで作ったシナリオで、「小沢総理」への夢を実現しようとした議員たちは、大きな勘違いをしていたのだ。

 小沢氏は、敗れることによって、民主党の危機を救い、そして自らの政治生命を守り、小沢グループの新人議員たちを大量落選から守ったのだ。

 そういう意味で小沢氏は、絶妙なタイミングで、菅政権を強化し、しかも解散・総選挙による民主党・大惨敗へのシナリオを回避したということができよう。

 おはようございます。

★ 「“小沢神話”は終わった」は終わった ★-2

 高野氏がここで書いていらっしゃる論点「“小沢神話”は終わった」は、ある意味理解できます。しかし、その“小沢神話”なるものは、当時の、最実力者の一人宮沢氏を総裁候補試験面談したと伝えられたり、海部総理を「神輿は軽い方が良い」と評したと伝えられたり、また、政権与党中枢経世会にいながら大与党自民党を集団脱党したり、8党会派を糾合させて細川政権を構築してみたり、大政党新進党を解体させたり、自自連立を組んだり離れたり、自由党から分派を許したり、旧民主党と合併したり、民自大連立を仕掛けて失敗したり、参議院選挙・衆議院選挙と立て続けに過半数獲得大勝に導いて政権奪取を実現させてみたり、わけのわからん市民団体告発をすんなり受けた検察特捜からインネン付けられてみたり、・・・その時々に語られては消え、語られては消えしてきた、そのことを、旧来の“小沢神話”や旧来の「“小沢神話”は終わった」を仰っているのだと、私は勝手に理解しています。

 まぁそんなもん、旧来の“小沢神話”は、傍観者が当事者気取りでその都度取り上げてハシャギ、勝手に玩具にし、ある者は飯の種にしていたものですから、薄汚い手垢にまみれていて、私としてはどうでもいいんです。そんなわけで、私は『「“小沢神話”は終わった」は終わった』 と、旧来の“小沢神話”も、旧来の「“小沢神話”は終わった」も、この辺で卒業して、次のステージ(新しい“小沢神話”?(笑 )に進みましょうよ、既に新しい変化が起っていますよ、と訴えたかったわけです。

 「既存メディア」からの情報収集もアリですが、その中の情報には意図的に編集され、改竄され、捏造されているも含まれていますから注意しなければなりません。「ネットメディア」からの情報収集も、情報量や発信元の信頼性にイカガワシイものが含まれている可能性がありますから、利用する者のスキルやリテラシーの向上を常に求められます。これらへの依存度バランスは常に自ら検証しながら、ハイブリットな利用がいいんじゃないんでしょうか、偏るのは危険ですと思います。そんな中、「ネットメディア」への依存度は確実に高まりつつあり、それには能動性要求や双方向性、だだ漏れ性(笑)などもあって、“神話”があっても旧来の“神話”は在り得ない、そういう意味で

★ 「“小沢神話”は終わった」は終わった ★

のです。次のステージで小沢氏がどのように評価されていくのか、新しい“小沢神話”が生まれるのか、腰を据えて小沢氏を応援していきたいと思っています。ただ、今回の民主党代表選を扱う「ネットメディア」に象徴的に現れていた、ある種の熱狂の集中は恐いですね。注意したい。

「政治と金」が捏造であると言いつつ、「説得責任」などと新たに新語を発案してまで難癖を付けたところで、悪魔の証明に変りない。そもそも、根も葉もない事、小沢排除の怨念が腐臭がおびているので幾ら上手に隠しているつもりでも、臭いが漏れてくる。
やはり、臭いは元から断たねばだめなのだ。
既に種は撒かれた、しばらくすれば彼方此方から芽がふきだしてくる。
高野さん、あんたも芽吹く者達の肥やしに過ぎない。

ここでの論説から外れますが。

世に倦む日日 | 2010年9月16日 16:06 さまと同じ

私も、映像で見る菅直人氏の最近の表情態度になにか尋常でないものを見てしまいます。

投票直前の演説も、小学生が教科書を文節の途中でページをめくって読むごとくでしたし・・

どうしたのでしょう。


あまり話をややこしいものにする必要などありません!

小沢さんを支持している人たちのコメントを読んで感じるのは、みんな、政治家小沢に惚れているんですよ。彼はたしかに武骨者であり、要領よく生きていくタイプの人間とは全く異なる人間なのです。でも、彼を見ていると日本人が世界に誇れる武士道精神を思い起こさせてくれるのです。

このグローバルな世界の諸悪の根源は主に同盟国である、あの戦争中毒国家にあります。一部の超大金持ちが、政治家やマスメディアをコントロールしつつ好き勝手なことをやっているのです。9.11事件の背景を時間をかけて、芋蔓式に調べて唖然とさせられています。彼らは世界支配を試みているのです。

その現実の中にあって私たちが信頼できる総理大臣の登場を願うのは当然ではありませんか?

今回の代表選挙で小沢さんが行った演説を聞いて何ら感動することのない人は政治的な不感症に陥っているのだろうと思います。どう控え目に評価しても、相手候補とは段違いの内容でした。

勿論、小沢さんが全てを解決してくれるなどと思ってはいませんが、語った言葉を死に物狂いで実現しようとすることは確信できるのです。そういう男なんです、彼は。

国民主権とは関係のないところからの指示に従っている特捜とかマスメディアは、私たちにはインテリ風のチンピラとかゴロツキにしか見えません。実際、そうでしょう、彼らのやっていることは!

税金から支払われている高給をもらいながら冤罪を生み出している人をこそまず責めるべきなのに、国民の生活第一のために命をささげようとしている人に、微罪ともいえないような点をあらさがしして、ことさらに説明責任を要求するのですか?

メディアはまず、何をすべきなのですか?明らかになっている事実をそのまま伝えるのがメディアの仕事じゃないんですか?アンポンタン向けの分かりやすい説明で人気のある池上氏も”政治とカネ”問題の本質については決して説明しません。

オバチャンたちに人気があるというだけの司会者が”政治とカネ!、政治とカネ!”と呪文を唱えているのを見て、私の親しい英国の友人は、日本のテレビの質はレベルが低いねえ!と言っています。

そもそも、小沢さんは政権交代後の最初の総理大臣であったはずの方なんですから!

細かいことは分からないし、知りたくもない、ただ、不公正なことが大嫌いな人間の意見です。失礼な表現がありましたらお詫びします。

高野様
オリジナル民主党を支持している人からは小沢氏が邪魔なのはよくわかります。
民主党から一刻も早く小沢氏だけを追い出したいわけです。
民主党が与党としてふるまうだけの党勢を作ったのは小沢氏ですが、管氏はじめ利用するだけ利用して、ポイッですね。
民主党内の内部抗争なんて、国民からすれば何のメリットもなく、政策で論争して欲しいわけです。
このような傾向に、ジャーナリストはワイドショー的で政局話ばかりで火に油を注ぐような話ばかりです。
こんな政治状況の国に誰がしたと問われれば、軟弱なジャーナリストにも責任あると思います。
人の金のことをあーだこーだ言う前に、ジャーナリストに流れていたと言われる「官房機密費」について、率先して調査でも何でもして説明してくださいよ。
ジャーナリストも商売と言うのは重々分かりますが、超えてはいけない一線を超えている人がいるかどうか、国民は知る必要がありますし、そもそもそこをうやむやにしてしまうジャーナリストたちなんて何をどう主張されようと全然信用できません。

大変まっとうで説得力のある分析だと思いました。

広義と狭義の「政治とカネ」問題という切り分けや、過激な親小沢と反小沢というコインの裏表のような「小沢神話」を支える共通したメンタリティーについては、どちらも非常に重要な論点だと思いました。

賛否はいろいろあれど、これらを整理して議論できない一種の「幼さ」をTHE JOURNALのコメント欄からも感じていました。ここでアクティブにコメントされている方々は教養もあり、人生の酸いも甘いも経験されている方々が多いだろうに、なぜこれほどエキセントリックで論点を切り分けた議論にならないのかが不思議です。

高野さんの論旨は、過度な神話がはがれ等身大になった小沢さんが、裏に回ることなく自ら発信し、より全体を見据えて行動することに期待したいという事ではないでしょうか?(もっとぶっちゃけて言うと、今までのやり方を続けるだけでは「もったいない!」という事では?)
私の思い込みかもしれませんが、さして複雑な論理でもないのに高野さんのアンビバレントな想いがなぜ伝わらないのか良く分かりません。

そこでTHE JOURNALの企画として、高野さんには是非小沢さんと2時間ぐらいぶっ通しでインタビューする機会をつくってほしいと思います。

GON さん

>小沢信者が多いことを知っていながらあえて”小沢神話崩れる!”と論評しているあたり、さすが高野さんプロの釣り師ですねw
案の定、たくさん釣れてますw<

いちいち反応するのも大人げないが、こういう言い方、止めませんか。
愚にもつかない。みっともないですよ。

この類の頭出し抜きなら、内容的にも”なるほど”と思わないでもないが、いっぺんにスーッと引いてしまって興ざめです。結局、読んでったことの後悔だけが残ってしまった。

ついでですが、信者とか神話とか云う表現、使ったり追認したりしていて恥ずかしくないのかなとも思っています。まあ、どうでもいいことですが。

小沢神話ですか…。
それは他人が勝手に作り上げた物なのでは?
私が思う小沢氏はただひたすら国や国民の為に働いている議員さんです。
この姿勢が何十年も変わらないから、風に吹かれてばかりいる政治家の中で稀有で目立ってしまうから叩かれるんだと思います。

相変わらず「政治とカネ」で盛り上がっていますが、素朴なギモンです。

小沢氏にこれ以上何を説明をしてもらいたいのでしょうか?
みなさんが期待している筋書き通りに言ってほしいのでしょうか?
説明しなきゃならないのは、もはや検察のほうでしょう。

「政治とカネ」を問うなら全議員を洗いざらいするくらいになってもらいたいものです。マスコミには。
政治家と仲良しな政治記者やジャーナリストばかりですから、出来ないと思いますけどね。

小沢一郎という政治家は単なる政治家ではなく「革命思想家」であると私は常々思っている。今まで「国民の生活が第一」とか「中央集権官僚政治の打破」とか「中産階級の復興」など、明確な政治理念を発した政治家がいたであろうか。今この国で起きていることはまさに「静かな革命」なのであって、通常ならば空虚に響くかもしれないこれらのイデオロギーが少なくともネット上で強い支持け、演説会で「小沢コール」が湧き上がるのはその証拠である。
しかしそのイデオロギーほど中央官僚を脅かすものはなく、小沢が発するそれらの言葉は彼らにとって「闘争宣言」として響くから、その先兵である検察・マスコミが必至の抵抗をするのは当然である。
福沢諭吉は述べている。「時代を動かすリーダーはある日突然天から舞い降りるのではなく、人民が一方的に望んで現れるものでもない。たまたま両者が一致する時がありその一つが明治維新であった」と。
私は小沢一郎の存在をそのように位置付け、今回の代表選も日本という国の大きな変動の枠組みの中でとらえなければならないと私は思っている。
世の中の「ジャーナリスト」は、くだらない「政治とカネ」の講釈をしている場合ではないのではないか。

小沢さんの演説に共鳴しました。しかし負けました、捲土重来を期待します。

菅さんはクリーンでオープンを標榜されました。記者クラブの廃止、記者会見のオープン化、可視化を期待して裏切られないのでしょうか。天下り根絶・官僚の人件費20%削減せず、消費税を増税することには反対です。
菅さんは、これらのことを実行できるのでしょうか。

ここ20年の日本の政治は良くも悪くも小沢氏が好きか嫌いかを軸に動いてきたといってよいのではないかと思います

彼が同時代の政治家と比べて、抜きん出るものがあったことは認めないわけではありません

シンパにしろ、アンチにしろこれほど熱狂させてくれる政治家は今の政界を見回してもいません

でも、もうそろそろ良いのではないかと思います
今回のことがひとつの区切りにしては良いのではないでしょうかね


彼を越えようという、理想と情熱、人間的魅力と政治力を持とうという政治家がどんどん出てくれることを期待しています

実像の小沢すら越えられない政治屋ばかりの日本の政治に漠然とした不安を感じてしまいます

心変わりした恋人を未練がましく責めるのは、みつとも無いと思うのは、小生だけでしょうか?
変節された高野 孟を今更、なじっても、彼の考えが以前に戻る訳ないのです。「小沢は死んだ」「小沢神話終焉・・」の論説は
菅内閣、オリジナル民主党の勝利を呼び込んだんだと自画自賛されている事でしょう。
ジャーナリストも生活の為に心変わりするものです、現在の日本は
小沢さんの悪口を云いさえすれば
タレントでも、学者でもお座敷が
かかる現状です、あの北朝鮮の女性アナが両肩に力を入れて何か
喚いている姿を「みのもんた」に
置き換えてみれば、異常さが判るのではないかと思います
田原総一郎は大道芸人ジャーナリストで更に言えばガマの油売り的
言葉で処、場所で発言内容がコロット変わっています、
弟分の高野 孟もこれに続くことは否定できません、
プロレタリアの言論人ではないのです、両氏ともリッチマンなのです・・そろそろ、楽隠居を目指してもいいでしょう
人間の考えなんて簡単に変わるものなのです・・菅 直人から比べればナンチュー事ないですよ!
小沢さんは、腕を撫して準備体操をしています、高野氏の高笑いが
こわばる時がやがて訪れるでしょう。 


かかる現状です
あの北朝鮮の女性アナ

昨日、この高野論説を読み、今回の論説に反論を書き込んだ後、その後は止まる事のない大多数の方が寄せる論説への反論コメントに納得して観覧していました。

高野さんが造り上げたこのジャーナルというサイトは、政権交代を望み、民主党に託す有権者が情報を得たり、自らの考えを書き込んだり出来る場所。

ネットの政治版で、日本で屈指?の良サイトだと評判になるまでに認識されるように成っています。

だからこそ、私は沢山のお客様にこのサイトを教えて、一度は読むことを勧めてきました。タイトル通りに、マスコミの言うことと違う真実が判るようになるとね。

おかげさまで、我が石川県や近隣の県が小沢圧勝ということに誇りを感じています。あの森元総理のお膝元で自民保守王国だったのですから。

口こみは、本当に大事ですね。(笑)

でも、菅政権発足後ぐらいから、高野さんの小沢排除コメントを読むにつけ、毎回がっかりさせられています。高野さんもマスコミ側の人であり、あんな政治で政権交代は成功だと言う立場なのだと。

高野さんご自身が立ち上げたサイトなのに、ご本人への反論が多いことに怒り心頭の思いが有るでしょう。

でも恐らくここに集まる民主党支持者の大多数が小沢さんを支持しています。口先だけの改革者なのか?本気で実行しようとする方なのか?

それを見極めての支持でしょうから、どんなに力作で論説を書いても理解を得ることは出来ないでしょう。

一度小沢名人に総理をやらせて見て判断するしかない。神話はますます大きくなるんですよ。

「小沢神話は終わった」・・・そう言うレッテル貼りをしながら出てくるのは「小沢」なのです。真の改革者が本気の改革をすることが怖いのでしょうか?

昨日、今朝とニュースやワイドショーは組閣の話題を流していますが、やはり出てくるのは「小沢さんが代行を断った」「反小沢人事だ」「小沢さんは如何思ってるの・・・」

間違いなく、『小沢』という名前が一番多く発言されています。本当に終わったのならそうなりますか?

既得権者に雇われて発言させられているキャスター・コメンテーターも、まだまだ気を抜けないとの思いがそうさせるんでしょうね。

でも、その通りですよ。間違いなく第二幕が上がる。そう遠くないからこそ、マスコミは菅総理を持ち上げ続けなければならない。

本当は自民党やみんなの党を応援したいのに、マスコミ内でジレンマが起きていますね。

高野氏の論説にはうなずける部分もあるが、常々「政局よりも政策を!」と言っていた氏が、小沢批判ばかりして、両者の政策の中身について一顧だにしないというのは全く頂けない。
それともこの論説は小沢信者を煽って、アクセス数を増やすための陰謀なのですか?(笑)
そもそも先の衆院選マニフェストに共感して民主党に一票を投じた私としては、就任早々、官僚の軍門に下り、消費税増税や企業減税をぶち上げた菅(高野氏に倣って呼び捨てにする)に、国民が付託を与えた政権を続投させる大義などどこにもないと考える。
菅は代表戦でどのような目新しい政策を打ち出したか、私はとんと耳にしたことがない。
欧米が円高誘導を行っている最中、何らの戦略性も持たず為替介入したところで、一時しのぎの人気取り施策でしかないのは明らかだ。
菅はこの日本をどのような国にしようとしているのか、それこそ国民に向かって説明する責任があるのではないか!
小沢氏の政治手法が古いの新しいのなどどうだっていい。
国民にとって、ファイティングポーズをやめてしまった民主党政権などもはや唾棄すべきものとしか映らないのです。

タブローさん

私、もしかしたら他の方々も、ここに反論するのは、誰も「小沢神話」なんか言った事も思った事もないからです。

小沢さんについて、「選挙に強い」だとか、「政局の人」「政局に強い」などと書かれるたびに、そうじゃないんだ「理念の政治家なんだ」、と思い続けているからです。

それを、さんざおかしな視点から小沢一郎を評価した挙句、「小沢神話は終わった」などと結論付ける、その姿勢・態度に怒っているのです。

政策や、理念から「小沢」を評価というか批判した記事やワイドショーをご覧になった事が有りますか?
有ったとしても、せいぜい外国人の地方参政権くらいのモノの筈です。

この薄っぺらさに、腹が立つのです。

メールマガジン「大前研一ニュースの視点」で「国有財産の証券化」について述べられていた。以下に一部引用します。

「「国有財産の証券化」は議論する価値すらない
(中略)小沢前幹事長は以前から「無利子国債」による財源捻出という、私に言わせれば「意味が分からない」政策を提案していました。

「無利子国債を購入してくれたら、相続税を免除する」という形でお金持ちに国債を購入してもらおうという政策とのことでしたが、これは何の変化ももたらしません。

 そもそも現在の国債は主に「郵貯」「銀行預金」を通じて買い支えられていますから、国債購入の手段が「間接的」から「直接的」に変わるだけだからです。

 今回提案している「国有財産の証券化」による政策財源を捻出するという方法は、この「無利子国債」よりもさらに「意味不明な政策」だと私は思います。

 そもそも「国債とは国有財産を証券化したもの」です。国に万一の事態が発生したときには、国有財産を売却してでも返済に充てるという意味を持っています。

 この上さらに「国有財産を証券化して」「国債とは別の形」で販売するとなると、一体どちらの優先順位が高いのか?と問いたくなります。

 日本が債務不履行に陥った場合、どちらが優先されるのでしょうか?当然、「国債」が優位であるべきでしょう。

 しかしここで矛盾が生じてしまいます。国債によって「理論的」には抵当に入っているはずの国有財産を別の形で証券化し、それを国債の抵当としては認められないとすれば、その時点で日本国債は暴落してしまうでしょう。

 分かりやすく言えば、「金目になるもの」だけを国債ではない形で証券化してしまうので、国債の担保には「値打ちのないもの」しか残らないということです。

 国債とは、国の財産であり将来の税収を裏づけに発行されるものです。
 もし小沢前幹事長が言うように「証券化」を進めたとして、国債の不履行という事態になったら、小沢前幹事長はどうするつもりなのでしょうか?(後略)」

今回の代表選、小沢さんが政策について雄弁に語ったのは良かった。ただ、いろいろ、内容について批判もでている。小沢さんは、今後、これらの批判を参考にして、政策を練っていってほしい。

momongaaman様(9/16 18:30)
ねこのしっぽことsumiko様(9/17 02:17)
金子敏彦様(9/17 08:43)
心から同意します。
正確にご意見を受け止めました。
横着して自分の筆で意見を述べず失礼をお許しください。

残念ですが仙石氏の小沢排除路線で、民主党は来春には予算関連法案が通らず解散総選挙に追い込まれ野垂れ死にすると思います。
未来永劫自公官僚主導政権が続く事になるでしょう。

高野さん曰く
「政治とカネ」の問題について党内・支持者・国民に対する「説得責任」を果たしてこなかった。
小沢は記者会見を開いて、問題とされた土地の購入にまつわる資金の出し入れと帳簿への記載について自分の言葉で余すことなく説明し、何時間でも質問に応じ、もう明日から誰もこのことを話題にもしなくなるというところまで、完全にケリをつけるべきだった。

ここまで言うのであれば、証人喚問にも政倫審にも立ち説明すべきであった。ともいえる。

しかし、これは小沢さんが検察と徹底的に闘うという事であり、一国の有力政治家が検察の捜査のお粗末さを暴露する事に他ならず、法治国家としての根幹をゆるがす事態となるであろう。
検察と徹底的に闘えと言ってきたのは、検察の謀略を信じている我々であり、当の小沢さんは、法治国家の体裁を守るために一貫して検察の捜査は正しいと主張してきたのではないか。
正しい捜査で正しい結果「不起訴」となったのだから、自ら雄弁に語るまでもない。
小沢さんの「政治とカネ」の問題については重大な発表があった。
大林検事総長が2010.9.1(もちろん党首選前)に日本記者クラブで小沢氏は嫌疑不十分だったということ。公判請求し、有罪を取るための十分な証拠がなかった。起訴しなかったのは、証拠判断以外何ものでも無い。とういう主旨の発現をしているが、マスコミは一切報じていない。
http://www.youtube.com/watch?v=XXO8Bf60ZPQ&feature=player_embedded#!
マスコミの偏向報道により、国民から疑いを持たれている小沢さんが自ら弁明するより、もう一方の当事者である検察が嫌疑不十分だと言っているのだから、これ以上説得力のある事は無いだろう。
これほどのビッグニュースを報じないというのは、現職総理側(官僚・マスコミなど)の情報統制以外の何ものでもない。
はなはだ卑怯である。

高野さんは否定的な小沢論を縷々述べているが、あまり説得力があるとは思えない。

高野さんは、小沢の理解者であるとか、検察の捜査は不当であるとか、中立を装ってはいるが、責められるべきは小沢が自ら疑惑を晴らす努力をしなかったところにあるという。さらに、腰を抜かさんばかりに驚いたのは、だから、大手の新聞テレビが「政治とカネ」の虚構を振りまき、それに大衆が踊らされるのも現実の政治環境として受け入れなければならないというのだ。その程度の論に留まるのであれば、高野さんのような本物の評論家は必要ないではないか。単なる現状追認の評論家など、新聞やテレビに掃いて捨てるほどいる。代表選の討論会で明らかになった小沢一郎の真の姿、大手新聞テレビの偏向ぶり、戦前と変わらぬ検察の有り様、背後に垣間見えるアメリカの影などなど、本質論に切り込み大衆を啓蒙することこそ高野さんに求められているものではないだろうか。山崎行太郎氏がブログに「文芸や哲学を知らずして政治や経済を語るなかれ」という言葉を掲げているが、現象にとらわれ、それを肯定するだけであれば、高野さんの存在意義とは何かと疑問に思わざるをえない。さらに、失礼をも省みずいえば、高野さんは、思想と行動は別物だとお考えになっているのか (つまり、オリジナル民主党を擁護するあまり、自身の本当の思いに忠実ではないのではないか)。あるいは全く一致しているとおっしゃるのだろうか。高野さんの根本的なところが問われているような気がしてならない。

小沢神話が終わったのではなく、
日本が終わったんだと思います。
菅内閣は、官僚と共に対米従属を選択し、アメリカと共に心中する道を選びました。
中国は、日本に尖閣諸島でシグナルを送り続けていたのに、無視して、前原を外務大臣に選んだんです。これで、日中韓のFTA(でしたっけ?)構想も頓挫です。
だって、ガス田開発の協議すら持てなくなったんですよ。
財界は、建前はともかく、本音は中国との関係悪化は避けて欲しいと思っているはずです。
今、世界が大きなうねりの中で変革しようとしているのに、
日本のメディアは小さいこと言ってんじゃないよ!って感じです。

高野孟様

 貴方様の唱える"小沢神話"の内容は、分かりませんが、「小沢一郎さんの政治理念の実体は明らかでないのに、長い間人々によって絶対のものと信じこまれ、称賛や畏怖の目で見られてきた事柄」が終わったということなら、それは悦ばしいことだと、私は思量しますが…。

 そもそも、“小沢神話”なるものは、『人情(人間のありのままの情感)』と『感情(外界の刺激の感覚や観念に縁って生起され、或る対象に対する、快・不快、好き・嫌い、恐怖、怒りなどの態度や価値)』に感覚・認識が支配されている人々の間で作り上げられた風聞に過ぎないと、私は推察します。

 尚、小沢一郎さんが唱える政治理念の実態は、『日本国憲法』・『国連憲章』などを基調とする『義理(物事の正しい筋道、また、社会生活を営む際の立場上・道義上の問題として、他人に対して務めたり報いたりしなければならない事柄に関わる態度や価値}』と『勘定(他から受ける作用や先々生じるかも知れない事態などに関して予め計算した種々の事柄に係わり、考察して出た結論)』を尊重することを根本とする考えていると、私は推察します。

 故に、『義理』と『勘定』を蔑ろにし、愛国忠誠や清廉潔白を理念する『人情』と『感情』に支配されて、情に溺れがちでお人好しだがまとまりがない、または、自信過剰で馬鹿正直な血気に走り軽挙妄動の陥る“某機関や某国の忠犬ポチ公”と思しき政治家・官僚・大衆通信媒体関係者などが、小沢一郎さんの唱える政治理念が実現しそうな兆しを察すれば、それに障害・妨害を加える目的で“小沢神話”の教宣・宣伝活動を活発に展開するのは、極めて当然な出来事だと、私は推察します。

 因みに或る物事について教宣・宣伝などの目的を含む情報活動においては、必然的に『情報操作(或る対象に関する証言・論評・記事・写真・映像などの図応報を制限したり、虚偽または虚偽にならない範囲で改変したりすることによって、その情報の受信者が受ける印象や判断結果に影響を与えようとする行為)』が、存在するのはやむを得ないが、『義理』と『勘定』を欠いた『情報操作は“自殺行為”に相当すると、私は推察します。

 譬えば、民主党の臨時党大会で、菅直人さんは「政治主導は一人ではできない。412人の民主党議員全員で、いわば412人内閣をつくり上げたい」と民主党の国会議員に対する
“ゴマすり”とも思しき、“人情”・“感情”に訴える演説をしたようです。

 然し、内閣法には、第2条第1項の「内閣は、国会の指名に基づいて任命された首長たる内閣総理大臣及び内閣総理大臣により任命された国務大臣をもつて、これを組織する」という、同条第2項の「前項の国務大臣の数は、14人以内とする。ただし、特別に必要がある場合においては、3人を限度にその数を増加し、17人以内とすることができる」という規定がありますので、『義理』と『感情』の面を鑑みれば、如何ように譬えようとも、「412人内閣」は作り上げようがなく、“捏ち上げ”・“イカサマ”による『情報操作』の謗りは免れないと、私は思量します。

 尤も、『義理』と『人情』を秤に掛けりゃ、『義理』が重たいと思しき政治の世界において、法律を知らない“ゴマ菅(ゴマすりの菅さん)”が“だら勘(堕落した勘定)”で唱えた“捏ち上げ412人内閣”を言質にとって、党人事や内閣人事に関する苦情を呈すような民主党の国会議員は存在しないと思いますが、法律を基調とする『義理』や『勘定』を欠いた宣伝活動は、菅直人内閣、延いては民主党政権の命取りになる危険性があると、私は推察します。

 結論として、最近の政治の世界は右を向いても左をみても筋の通らぬことばかりの様相でございますが、『義理』が廃れば、この世は真っ暗闇じゃあござんせんか…、然し、“小沢神話”を本当に終焉させて、『小沢真話』を真っ向から検討して、日本と世界を日本国憲法と国連憲章の『義理』と『勘定』に沿って現実的に変革する好機だと、私は推察します…。

「すべてはお芝居?」
小沢氏が悪役になり、菅政権の支持率が上がる。小沢氏をつぶす名目で官房機密費がばらまかれ、マスコミが民主党政権を支持するようになる。鳩山政権で躓いた失敗から得た教訓を生かしているように思えます。
 もしこれがトロイカ3氏の陰謀であるならば、大芝居ですね。マスコミを懐柔した後に、官僚組織に徐々に切りこんでいく。2正面作戦は必ず破たんする。個別撃破こそ戦いの基本。官僚との戦いということでみんなの党と連携をとり参議院を乗り切る。
 本当の政治とはこのようなものではと推測しますが、妄想でしょうかね。

>小沢神話は終わった
小沢さん個人に頼る政治は終わったが、彼の精神は生き続けて欲しい。素直にそう思う。
私は小沢支持者ではありませんし、民主党支持者でもありません。しかし、国の行く末を考えた時、彼の気持ちの一部は理解出来る。

小沢さんが負けたことによって「207兆円の組替え」が出来なかったのは残念に思う。数年かけてでも組み替えが出来れば、本当の「政権交代」になったはずだ。
但し、組替え先が衆院選マニュフェスト項目ならば、大いに異論はあるが。

人は、自分の一生が意外と短いことに気が付いた時、迷いが無くなるという。小沢さんが自民党を離脱したときがこれに当るのではないかと思う。神話の誕生だった。
つまり、自分の残りの人生を賭けて目標に向けて走り出した。この国を変える!
小沢さんの主張は、官僚任せの政治では変革は生まれない。故に、国民に選ばれた政治家のみがこれを実行出来る。「政治主導」「脱官僚依存」だ。
しかし、人間の本性は保守的である。この保守性を打破するには選挙で勝つしかない。
ここから選挙に勝つための権謀術数、金にまつわる手法等々の「小沢なるもの」が生まれ、結局はその手法が代表戦での勝負を決めた。

小沢さんは、2度と代表戦に出ることはないと思う。
しかし、この国を変える!とうい精神は、自分は捨て石となっても若手に引き継いで欲しい。
ただ選挙に勝てばいいわけではない。選挙に勝つためのバラマキ型マニュフェストは頂けないし、公認を与える候補者は厳選しなければならない。
これで初めて民主党は政権担当能力を持つ。長い時間の始まりの始まりであろう。


》狭義の「政治とカネ」問題、すなわち陸山会事件には、小沢本人はもとより秘書や元秘書も逮捕されたり起訴されたりしなければならないような違法な事実はなく、村木局長事件と同様、検察によるデッチ上げである。《


断言しているのならば、なぜマスメディアで、テレビではっきりと伝えないのですか。

まだ検証する時ではないでしょう。少なくとも去年の3月から止まっている時計を動かす役目が、メディアに籍を置く人には残っています。

永遠に?

もう一度言わせてください
去年の3月でジャーナリストの時計は止まったままなのです。

>"小沢神話"は終わった<
という高野氏の見解及びその論旨は基本的に正しいと考えます。

その上でですが、論旨の中に弱点もあり、そこを突いた反論も散見されます。

第一点は政策中心の論になっていない、政局話と受け取られる展開となっていることです。

第二点はやはり小沢氏中心の展開になってしまっていることです。乗り越えるべき点は語られているが新しい政治が見せられていないという難点です。

問題の重点は氏の最後の文
>ドタバタのシナリオは、国民の多くはうんざりで、見たいとは思っていない。その狭間にあって、しかも菅率いる民主党が「小沢が築いた1つの時代を乗り越えて」行こうとする"脱小沢"ならぬ"超小沢"の方向へと布石を打ってくるのを眼前にして、小沢は果たしてどう次の一手を編み出すのだろうか。<
の「"超小沢"の方向」をより掘り下げていくべきではなかったかと存じます。

ところで
今まで自分が信じ込んでいたことが覆ったとき(負けた時)、どういう総括をするかということはその人間を見る上での最大の注目点です。

他人の所為にするのが一番良くない、例えばマスコミの所為とか、陰謀があったとか。
次は努力が足りなかったからもっとがんばろう総括です。がんばったんだから叩くのはやめてくれとかなりますね。
最高は相手を認める、その上で我が方の弱点をつかむことで次の方向を考えるという総括です。

小沢氏は「負けたんだから一兵卒でやり直す」といっていますから最高側に来ているようですが、その支持者は納得がいかないようです。半数を占めているんだからポストをよこせというのは派閥の論理ですよ。

さて今後ということですが
国民の政治文化はどこにきているかですが、小泉政治から政権交代を経てどこまで政治家や政治をみる目が成熟してきているか、政策を論じ実行に移していくための参加形態はどこまで進化しているかでしょう。ここでの代表選の意義は大きい、旧自民党のそれと比べてみれば一目瞭然です。
そしてそれを促進し、受け取っていくのは議員の側の政治文化です。
これが国会運営や政策の発動にどういう変化をさせていくかーこれが政治主導のあり方となります。
国民を納得させ世論をバネにして反対派を抑える手法を手にできるか否か、今後問われることでしょう。

私は菅氏が代表になって以来民主党支持をやめました。理由は、あの小泉純一郎の流儀を真似しているからです。小泉流とは、党内に敵(反郵政)を作り、国民にとっては大して重要でもない(郵政民営化)ことをマスコミを使い繰り返し宣伝しまくり、真の目的を達成する(経世会潰し)というものだったと理解しています。菅政権はそれが「反小沢」「政治と金」「親小沢派の一掃」に変わっただけです。私は小泉純一郎に具体的なこの国の将来像や理念などというものは無かったと思っています。もちろん新自由主義者でもない。ただ、権力闘争に明け暮れていただけだったと思っています。だから官僚や既得権益者達に、都合良く、まんまと利用されてしまったのだと思っています。菅氏もスローガンばかりで、具体的なこの国の将来像を示してくれませんでした。新閣僚の顔ぶれを見れば、政策や理念より反小沢色が前面に出ている。小泉政権の構図と全く一緒です。私達の生活や、この国の構図まで小泉時代と同じ物になってしまうのではないかと不安です。小泉後の私達の生活(私の住む田舎では特に)と日本人の美徳は、加速度を増して破壊されてしまいました。
 ただ、今の民主党がB層に支持されているということが、今回の代表選で確認できたことが、ここまで同じ構図であることが驚きではありますが、せめてもの救いです。小泉後の自民党は衰退の一途をたどりました。ということは、菅政権も消滅することが自動的に確定するからです。私は一刻も早く今の民主党が解党することを望んでいます。

正直、マスコミが煽らなければ、国民にとってはクリーンだとかどうでもいいことなのです。
田中眞紀子氏のクリーンはクリーニング屋に任せとけという台詞の通り、人間はそこまでクリーンじゃないし、クリーンを求めてもいません。誰でも、親の財布から金をくすねたことや、100円以上の金を拾っても届けないことや、勝手に人のものを借りて使ったことなど、1度はあるはずです。
ただ、クリーンとクリーンじゃないのはどっちがいいことかと言われれば、クリーンの方がいいというに決まっている。それをマスコミが煽って、クリーンが一番みたいなイメージを国民に植え込んでいる。それだけのこと。

小沢氏が「組織対策費」を使う権限があったのなら、どう使おうが知ったことじゃないし、どうでもいいことです。別に、選挙のために使っていたわけだし。
もしもそこに何か問題が合ったのなら、それは警察が判断することであり、マスコミが判断することではない。
組織対策費を使う権限があったのは、他の党を含めて今までで小沢氏だけではなかったでしょう。その人たちのことは一切書かない。偏向報道と言われてもしょうがない。書くなら、他の人たちと必ず比較して書くべきです。

結局、高野さんをはじめ、マスコミが金のことを書くから、小沢氏が金に汚いイメージがつくというだけのこと。
人を金にきたないという記事を書くマスコミは、面白おかしく記事を書き、それで自分が金を手に入れるわけだから、50歩100歩ではないでしょうか?

ジャーナリストを名乗る以上、平等な視点で記事を書くべきではないでしょうか?
ジャーナリストを名乗る高野さんの時代も終わってますよ。

 一応ほとんどのコメントは読みましたが。ここ見てると、小沢神話はこれから本当にに始まるんじゃないかと思って来ましたよ。

投稿者: 谷口 | 2010年9月16日 17:11

さんなんかと同じ考えになってますね。

こりゃー、首相にならないままで終われば、本当に神話になっちゃいますよ。

だれか僕のコメントに指摘した人がいましたが。この代表選でのマスコミ露出で、僕も含めて民主党員じゃない人間が相当小沢さんの実像が解ってきたようです。だから日本人馬鹿だねを言っているようです。僕なんかは「だから小沢さんすげーって言ってたろ。」なんて言ってますよ。これって少しづつなんちゃって政権交代から確実な政権交代になってきてると思いますよ。

それと以前にも書きましたが、小沢さんの説明責任は、特に国会ナントカは、国民が馬鹿になるのでしないほうがいいですよ。民主党員の方には申し訳ないですけど。
だってまだここでも「説明責任を果たせ」なんて書いてる人いるじゃないですか。別に日本人が馬鹿になるからとか国のことを思ってとかを考えなくても、個人的に思うのは、ちょー意味が無いものなので、やらないほうが無駄が無くていいと思います。

だけどこの期に及んでマスコミの言いなり、くだらない世論の言いなりにならない、小沢さんは、サッカーのオシムの様に一流の指導者なんでしょうね、いちいち答えを言わず、国民に考えさせるという。

恥ずかしながら自分でうまく表現出来ないので、投稿者: toshibon | 2010年9月17日 11:05様のコメントをお借りします。
>...それともこの論説は小沢信者を煽って、アクセス数を増やすための陰謀なのですか?(笑)
>...税をぶち上げた菅(高野氏に倣って呼び捨てにする)に、...

特に呼び捨ての文章に違和感を覚え、あなたはいったい誰?といった感想しかありません。

菅氏は代表選の演説で、故石井紘基氏について触れていましたが、菅氏と石井氏の地盤を継いだ小宮山女史は、この暗殺事件の真相を明らかにする覚悟があるのか?

いままで、多くの政治家や記者が不審な死に方をしている、それに対して官憲はほとんど自殺や病死として処理している。

今回の代表選で小沢一郎は敗れたが、菅直人が勝ったのではない。
勝ったのは「官僚=マスコミ」複合体であろう。高野氏が西松建設・陸山会事件を捏造と認めるなら、官僚とマスコミを批判し捏造を批判するとともに説明責任を求めるべき。
残念なのは、マスコミに洗脳される国民は仕方ないとしても、民主党議員の多くが洗脳されていることが知れてしまった。理念のない民主党には日本は任せられまい。

小沢神話は終わり、国民の期待に応えうるリアルな政治家として浮き彫りになった。
今回の代表戦の結果は、そうではないのか。
いまだに自民党政権時代の動くことのない(政権交代の無い)山の中でのボス猿争いを前提とした論調であり、むしろ終わったのは小沢神話ではなく、マスコミを中心とした古臭いジャーナリズムが終焉を迎えたというべきだろう。

先の政権交代によって、すでにサルの群れは新たな住処となる山を目指して移動を開始したのだ。新たな山で餌場を確保し、老いた猿から子猿まで飢えることなく安心して暮らせるための明確なビジョンを示したのも小沢氏である。
それに比べて菅氏は「雇用だ、御用だ、御用だ」と政治と金の問題を煽り、「クリーン」
だか「アイーン」だか「キャイーン」だか、訳のわからないことを叫んでいるだけで、政策に関しては、恥ずかしくなるような抱きつき作戦。
それでも議員票が拮抗したのは、まだ議論が必要であるということであり、権力の勝敗を求めたものではない。政治力学をわかっている与党議員ならそんなおろかな争いをするわけが無い。

われわれ一般の猿の群れは、どちらのリーダーに付いていくのかを求められているのだ。
その判断となる情報は、既存のマスメディアからはほとんど正確に伝わってこない。
だから私のような猿までもが、インターネットの世界でその答えを求めようとしているのだ。
「政治と金」というわけのわからない問題の、説明責任を果たせということも、検察が不起訴と結論を出した背景を詳しく取材して報道すれば、国民は納得する。検察審議会の問題も「検察は十分な捜査をしていないのではないか」という検察に対する疑念なのだから、
どうなっているんだ、説明しろと検察に問いかければいい。
「お前、なんか悪いことしてんだろう、白状しろ」という説明責任など、だれが聞いても言いがかりにしか聞こえない。逆の立場で考えてもらえばどうだ。高野さんでも「何もしていない、うそだと思うなら警察に調べてもらえばいい」そう答えるでしょう。

大久保氏などの秘書の問題も、司法の場で現在どうなっているのか。なぜ訴因変更したのか、公判はどうなっているのかを、マスコミはまったくといっていいほど報道してくれない。あれほど大騒ぎをしていたのにだ。もうニュース価値はないのか。だったら、小沢氏に説明責任などと騒ぎ立てるな。
国民の胸の中でもやもやしているのは、小沢氏の説明責任のなさではなく、そのほとんどはマスコミの報道責任に起因する問題なのだ。
日本のジャーナリズムはどうあるべきか、国民の一人としては、その辺を立ち止まって今一度見つめなおしていただきたい。

高野氏の論を支持します。

 結党以来民主党を支持してきた一国民です。
 難しい政局のことなど全く解りません。しかし、自民党時代から続く「政治とカネ」の不毛の議論にはうんざりしてきました。
 良い加減政策中心の本来の政治に進んで欲しいと願い続けてきました。
 昨今、色々な政治塾から若い俊英が育って、政治の中枢に至るようになり、政治家の土壌変化に大いに期待するところです。
 おそれながら小沢氏や鳩山氏が生まれ育った政治家としての土壌は、旧態と言わざるを得ません。

 尻が青いと言われようが、夫々の理想社会に向けて、具体的な政策を研鑽し行動している若い有能な議員達に、明日を託したいと思っています。
 その意味において、菅氏は中継点として影響力の強い小沢氏に優ります。

 日本の政治土壌を野党も含めて深め発展させるには、嘗ての政治手法に練達した方々には退場願う外ありません。

1.私は論者を評価する基準の一つとしてその人の主張が果たしてその通りになっているか否か、一二年後に読み直して評価することにしている。高野論説によれば管氏を高く評価されているようだが、果たしてそうか、一二年先には当否が分かるだろう(小生は否定的だが)。
2.このところ発表される高野論説はザ・ジャーナル論壇の議論を盛り上げる触媒として大いに寄与しており、大変結構である。論議を盛り上げるため敢て挑発的なサンドバック論文を提示しているが如くである。賛成者の多い凡庸な論説では発言が活発にならないと思うからである。今後とも参加者のストレスを発散させるのに良い論文をどんどん発表して欲しいものである。

mochizukiさん曰く:
>>尤も、『義理』と『人情』を秤に掛けりゃ、『義理』が重たいと思しき政治の世界において、法律を知らない“ゴマ菅(ゴマすりの菅さん)”が“だら勘(堕落した勘定)”で唱えた“捏ち上げ412人内閣”を言質にとって、党人事や内閣人事に関する苦情を呈すような民主党の国会議員は存在しないと思いますが、法律を基調とする『義理』や『勘定』を欠いた宣伝活動は、菅直人内閣、延いては民主党政権の命取りになる危険性があると、私は推察します。
全く、その通りです。(^^)
菅政権は、財界や与太ゴミに急接近しているが、小沢一派を塵扱いしてしまった。取り返しが付かない。低所得者層を蔑ろにしたツケは、早晩民主党の分裂を引き起こし自民党に政権を取られてしまうだろう。
政界再編で小沢さん一派の捲土重来
を地の底から祈願しています。
http://www.youtube.com/watch?v=NmULYXLKL6c&feature=player_embedded

元株やさん

「良薬は口に苦し」ではないですが、私にはこの高野さんの記事は、小沢さんに対する苦言でもありエールでもあると読めました。
そりゃ、この分析に対し異論反論いろいろあって当然ですが、これに限らず少しでも小沢さんにネガティブな内容には、「ジャーナリストとしての見識を疑います」といった全否定的なコメントが付くのには違和感があります。やはり、多くの人が「異なる意見同士の積み上がる議論」よりも「敵と味方の区別や、仲間同士による共感の場」を求めている事の表れという気もします。

今回の記事は元株やさんにしたら「薄っぺらい」内容だったかもしれませんが、どちらにしても小沢さんと高野さんのガチンコ討論があったら面白いと思いませんか?

小沢信仰はいまや新興宗教に似てきたようだ。
教主が言っていないことまで教典に書き出す。
サポーターの投票した小沢票は捨てられたに違いないと言い出す。
小沢こそマスコミ・検察の聖なる受難者であると描き出す。
教主の慈愛は触れた者にしかわからないと言う。
教団にカネがかかって何が悪いか、小沢さんが集めるこのカネは汚れた政治資金ではなく、崇高な目的のための浄財であり、誰にも文句を言わせない。
 そう思えるお方が居なければこのニッポンは光明なき闇でしょうが。
 さてこの共同幻想がこれからどう発展・進化していくかは、ただただ社会学的にのみ興味深い。

 小沢神話は元々作られた表現と思う。小沢さんの実績を秘かな揶揄を込めて神話と呼んだのだろう。
 このたびの党首選で小沢さんの生の声と姿が報道され神話は影をひそめ、実像がかなり前に出てきた。メディアの脚色を排す良い機会で、極めて有意義だと思う。
 小沢さんをうさんくさい人物だと思っていたが、どうも一方的な決めつけ報道が多いので、改めてこの一年ばかり、ネットを検索して、公正公平な報道がなされていないのに気がついた。小沢個人は正直まだよくわからないところが多いのだが、主張は良く理解できた。
 何よりも訴えたいのはメディアリテラシーの重要性だ。大メディアの小沢叩きは異常でイージーだと思う。政治記者から小沢という単語を取り上げたい。

高野さんは、解ってると思います。菅内閣では将来いき詰まると
ということが。
でも、今まで言ってきた以上言えないんでしょう。
党内派閥は、あると思います。しかし、かつてこんなにあからさまに、一つの派閥を冷遇したことがあったでしょうか。今、民主党が一つにならないでどうして政権を維持していけるんですか?
そこを高野さんに尋ねたい。

高野氏はこの論説で次のように述べています。
「私は小沢の信者ではないが相当な理解者だと思っているけれども...」
以前ラジオ万華鏡での発言だと思いますが、「小沢一郎は政策には全く興味はない、選挙が得意であるから選挙をずっとやって地方を回っていればいればいいんだ」とのような発言をしていました。
どこが相当の理解者ですか?この発言を聞いたときに「高野孟氏は小沢一郎を全く理解していない」と思いました。
そして今回の理解者発言です。
申し訳ありませんが高野氏の’浅はかさ’をしみじみと思い知らされた次第です。

断片ばかりでごめんなさい


≫所与の環境と見据えて正面から突破する作戦を採らなければならなかった≪

そもそもジャーナリズムがちゃんと機能していれば(ジャーナリストがしっかりしていたら)「正面突破」などないはずでしょ。


≫小沢がただ「検察が散々調べて不起訴と言っているのだから、私にやましいところはない」とだけ言い放っていても≪

言い放っているとは思えません。「正面突破」しない小沢さんの、国に対する「愛情」の表現ではないのでしょうか。

小沢氏が打てる最善且つ唯一の手は、無能な取り巻きを捨て、3年を掛け次世代を育てる事。今の陣容を将棋の駒に例えると、どう頑張っても、所詮は成金程度の歩がずらりに、一本槍の香車。あとは常に役に立つとは限らないない桂馬だけ。駒が揃うまでの間は、日本の為に裏方に徹し、全力で民主党菅政権を支える事だ。それが出来なければ、真っ先に国民の怒りが向く事となる。菅政権がこけて、小沢グループが浮上する様な事態は起きないし、政局を成功させる程の神通力も失った。景気の回復、安定を前に党を割ろうものなら、日本人の怒りが爆発する。では、テレビ出演でイメージアップ?とても無理。黒で定着したものを白に見せようとするのだから、これはもう10年掛かりの大プロジェクトですよ。そんな間抜けな事をしてる間に、残り少ない消費期限が切れてしまう。なぜなら、小沢鳩山政権での失態と、そこで無駄にした1年は、日本にとってあまりにも痛い損失だったからだ。その間の感心しない言動は、マスコミの影響でも捏造でも何でもなく、心有る日本人に深く刻み込まれている。そうそう、獲得に頑張った問題のある党員サポーター票も、4対6で負け。補正をかければ、実質マスコミの支持率通り。棄権が多かったのも、ノルマの為に自腹斬った議員でも居たのかと疑いたくもなるんだよね。もうこれ以上の伸び代はない。今後、見直さざるを得ないだろうし。え?今回不正があった?それはどちらに?確か郵送だったね。郵送。亀井さんが不正に加担したとでも?まさかそんな事は無いでしょうよ。

広義の「政治とカネ」
金庫争奪戦に敗れた今
『小沢神話は終わった』のではなく『小沢は終わった』
--------------------
また、個人の財テクと政治資金との混同は、常識ではあり得ない法解釈を引出す可能性がある。

高野さんは結局何が言いたいのか
良くわかりませんでした。
論説の中身があっち行ったりこっち行ったりでまとまってない感じします。

菅さんは大勝したってことでも
ないと思います。
いつもは?な石原慎太郎氏が
めずらしくまともなこと答えてました。
記者に「菅さん、大勝でしたね。」と問われ
「何言ってんだよ、どこが大勝だよ。良く見てみなよ。国会議員票なんて接戦だった。ヘタしたらやられてたよ。いかに党員・サポーターの常識と永田町の常識が乖離してるかってことだよ。」と言ってました。

つまり、何を意味してるかというと、ネガキャンですっかり騙されてしまっている国民とは違って、民主党の半分の議員はきちんとわかってるってことだと思います。

党員・サポ票の差を事前にリークされて寝返った多くの議員が
いたけど、それを知っても半数の小沢さんを支持した本気の民主党議員がいたってことがすごいと
思います。

改革を押し進めようとしている
小沢さんを検察・マスゴミで徹底的に潰しにかかり、官僚に擦り寄る菅政権に危惧を抱き自らの損得ではなく政治をやろうとしている
議員が200人もいたこと、私たち国民にとって大きな強みだと思います。

■小沢派の人材育成は十分か■

本高野論説に全面的に賛同する旨のコメントをした者である.同じ趣旨であるが,以下補足のコメントを述べさせて頂く.
代表選での国会議員票の票読みについて,事前の解説では,小沢派150人,鳩山派60人,合計210人が基礎票でそれをどれだけ積み上げられるかとのことであった.他派からの隠れ小沢票もあるので,220から230人は堅いとのことであった.結果は過半数割れの丁度200人であった.
菅演説に比べれば,小沢演説の方が相当良かった.それでもこの現実である.
選挙戦では,国会議員に成り立ての,谷亮子など小沢ガールズが目立っていたが,山岡氏以外のベテラン政治家の姿はあまり感じられなかった.
結局小沢派には人材が育っていないということだと実感した.
歴史に残る有る人が「金を残すのは下,仕事を残すのは中,人を残すのは上」と言ったが,この視点からすると,政治家小沢に高い評価をつけることに疑問を感じる.

今度の代表選挙を通してついに現われた実像は将に「蛙になった王子さま」グリム童話です。 悪い魔女に魔法を掛けられて蛙になった王子が、キスではなく、壁に叩きつけられバージョンの方で、たちまち元の凛々しい王子に戻るお話。

高野さまの文からは、隠し切れないほどに、生理的に相容れない「小沢一郎」という存在が浮かび上がって来ます。旧民主党は政権を取るためだけに、その瞬間まではと我慢してきたのですね。 神話を作り上げたのは、(全貌を隠したのは、)実像を知られたら、国民も騙して自民党と入れ替わる、ということが出来なくなるからでしょうか。

小沢首相を見たかった人々は、小泉政権が残した傷跡を治し、一度は民主主義を基調とした日本社会を見たいと思ってきたから。小沢さんのお考えも、そうではないかと思っています。

菅内閣は組閣も済んで、きっと、目玉商品は前原外務大臣でしょうね。米国の要求だったのでしょうか。

東京新聞15日より
>>外交問題評議会(CFR)のシーラ・スミス上級研究員は「日米両政府は今後、高レベルの戦略対話のような枠組みを用いて、安全保障や経済上の必要な政策に優先順位をつけて定期的に協議していく必要がある」と強調。<<
もしかすると、復帰前の沖縄仕様でしょうか。

(これもボツ?)


文章の上手い方々が多いので皆さんにその部分は委ねますが、今回の党首選で分かったことを3つ連ねますと

1.小沢一郎さんが立ったことで民主党菅内閣の支持率が飛躍的にアップしたこと。

2.新豪腕として仙谷由人さんが手腕を発揮したこと。

3.従来のメディアもネットメディアも参考程度に取り入れる、そこに徹すること。


一年半前、小沢一郎さんが党首として麻生内閣を圧倒的に上回った、あの頃の期待感、一国民としての希望とはかけ離れた、政治への空しさが残ります。

揚げ足取りですみません。
しかし、「『日刊ゲンダイ』あたりが好きなドタバタ劇」という軽蔑した言い方に、高野氏のメディアにおける立ち位置が理解できました。この言い方はあの日テレ辛坊と同じ言い方です。
曰く「所詮三流紙のざれごと」。

日刊ゲンダイは希少な論評紙であると思っております。

小沢云々以上になんか、いや~な本音、見たくないものをを観せられた思いです。

私は小沢の信者でも理解者でもないが相当なファンである。 ホントは大の理解者であると言いたいところだが、認めてくれる人が少ないのでしょうがない。

その大ファンの目から見ても、今回の高野論説はしごくマットウ。 こんな程度で小沢バッシングとか言わんだろう、普通。

信者の人ってさ、正義とか良心とかが必ず自分サイドにあるって思ってらっしゃるところがちょっとイヤん。

と、何度でも言うけど、小沢の最終演説は明らかに出来が悪かった。 街頭演説と比べてね。それでも菅よりは全然マシだけどね。 しかし菅もあんなに出来んコだとは正直思わんかったな。 トホホ・・・。

でも、議院内閣制である限り首相にリーダーシップは必要ない、というのが持論なんで、与党、内閣で何とか頑張ってくれ。

以上、高野に倣って敬称略。

 保阪正康氏は、「週刊現代」9月25日号で次のように述べています。
「小沢さんの政治家としての資質が象徴的に表れたのは9月1日の共同会見の場でした。小沢さんは挨拶の中で、『戦後の民主主義が必ずしも十分に正確に理解されないままに今日に至ったと思う』という現状認識を示した上で、『約束した政策の実行ももちろん大事だが、その前提として政治主導、国民主導の政治が必要なんだ』と述べています。それに対して菅さんは、(中略)。つまり小沢さんが政治哲学や思想を語ったのに対し、菅さんには語るべき思想や哲学がない。だから、ひたすら国民に対し、『私はみなさんのために働いていますよ。私を支持すればあなたの利益になりますよ』という利益誘導的な話をするしかなかったのです。」
 高野氏の論評には、保阪氏のかかる真っ当至極の視点が完全に欠落しているように見えるのはなぜなのでしょうか。

高野孟様

『政治と金』の問題は、『政治と金⇔情報』という視点で捉えて分析・解析しなければ、『狭義』にも『広義』にも、政治を理解、納得することは不可能でしょうね、たぶん。

 即ち、『国民が第一』の政治をやるために必要な情報の情報源は、1億2790万以上あり、そこから情報を収集して分析・解析をして政策を立案し、その情報を伝達するのにどれだけの費用が掛かるかを考察でき」ないと、いわゆる『クリーンな政治=勘定できない政治』に陥ると、私は推察します。

そもそも、金は、物事の価値を勘定をするための道具に過ぎず、汚くも悪くもないはずですから…。

髙野さんは小沢神話は終わったと仰る。失礼ですが、オリジナル民主党に思い入れがお有りなのではないですか。

政権交代出来たのは、自民党に飽き足らない保守層を取り込んだからだと思います。保守層の取り込みには小沢さんや、鳩山さんが媒介していると思います。

菅さんが脱小沢を標榜したことにより、昨年衆議院選挙から民主党支持したことを悔いております。

民主党が本当に小沢神話が終わり、オリジナル民主党に戻るのであれば、民主党支持を諦めざるを得ません。

政権交代は、保守層も巻き込んだ数の力が有ってこそのものだったことに思い巡らして頂きたいと思います。

このままでは、次回選挙で野党に転落することは自明のことと思います。

高野さんのお説に、なるほど、というところがありますが、読み終わって1つ大きな疑問が残ります。
どなたかも書いていますが、米国との関係についての考え方は、菅さんと小沢さんとでは180度の違いが有ると言われています。
菅さんは明らかに米国に従うことを選択しています。
いきなり消費税10%アップを言い出したことですでに首相失格ですが、それは生理的な劣化を疑わせるものです。
しかしそれより以上に、いつまでも米国追随でもないだろう、というのがわれわれ国民の感情ではないでしょうか。
そろそろきしみ始めてきた大国の米国が日本国民の金融資産に狙いを定めたら、菅さんの政権は小泉政権のようなことをするのではないですか。
それではどんな政策を実行しても底が抜けたようなもので、国民としては「何もするな」と言いたくなります。
何の期待もありません。

「小沢神話」とはマスメディアが作ったものです。「政治とカネ」にしても検察とマスメディアが創作したおとぎ話です。

つまり「小沢神話」なるものを克服する、あるいは卒業するというのは、小沢氏にある課題ではなく、マスメディアに課せられた課題なのです。説明責任は小沢氏にあるのではなく、マスメディアにあるといってよいでしょう。

高野様には、どうしてマスコミ・検察・官僚が前は麻生氏と今回は菅氏と一体化して小沢氏を潰そうと、異常なまでのバッシングをし、負の「小沢神話」を国民に撒き散らすのか、その背景と構造に切り込んでいただけたら幸いに存じます。

今回小沢氏を支持した国民の多くは旧来の「剛腕」という「小沢神話」に頼った人もいるのでしょうが、その多くは、旧体制の障壁を打破しようとする小沢氏の政策に共鳴した人たちです。この人たちは「小沢神話」なるものはすでに克服しており、政策・実行力で候補者を選び、結果で政治家の業績を評価することのできる人たちであると私は考えます。

「小沢神話」なるものに固執し、それを煽っているのは、むしろ菅陣営と官僚、マスメディアの方であります(菅氏は政権延命のため旧体制側に抱き込まれることを望んだと多くの人が感じており、これが先の脱小沢路線と消費税増税路線に現れていると思います)。
ではなぜ、彼らがそうするのかといえば、彼ら自身が小沢氏が打倒しようとしている旧体制そのものだからではないでしょうか。

高野様の論説はこの点に関して、腫れ物には触らないようにしようという態度が滲んでいるように感じられ、結果として切れ味の悪い内容になっていると感じます。

The Journalが既存のマスメディアの壁を打破するためものか、あるいはそれを補完するためのものなのか、今試されているように感じます。

私は高野様のThe Journalは、新自由クラブと同様の役割を担った陽動部隊なのではないかと考え始めております。新自クは自民党から分裂し、都市部で躍進したものの、中曽根時代に自民に復帰しております。結果として、都市部中間層の保守離れを食い止め、革新が伸張するのを防ぐ効果がありました。

The Journalは国民を旧体制側につなぎとめておく役割を担っているのかなと、最近の高野様の論説を拝読させていただき危惧しております。

なお、小沢氏とその支持議員、鳩山グループなどは、民主党を離党し新党を結成するのが筋だとおもいます。
高野様は「党分裂、政界再編成......といった『日刊ゲンダイ』あたりが大好きなドタバタのシナリオは、国民の多くはうんざりで、見たいとは思っていない」と断言しておられますが、果たしてそうでしょうか。
政党政治を根付かせるためには、政策ごとに政党が分かれたほうが国民にあいまいな選択肢をあたえるよりずっと良心的です。菅執行部の政策は自民党の財政再建論と通じるものがあり、前回衆議院選挙の際のマニフェストとは随分異なる政策を掲げております。どちらかというと、民主党から離党すべきは菅執行部かと思いますが、小沢氏側が敗北したので、小沢氏は党内のねじれを解消し、その政策を訴えるべく新党を作ればよいと思います。
政策ごとの政党がわかれ、政策を選挙で戦わせることこそ、真の政党政治制度の実現につながります。そうすることで、個人的な好悪やイメージ、神話といった呪縛から国民が解放され、政策によって投票先を選択するようになるでしょう。そして政治家も選挙で掲げたマニフェストが簡単に反故にできるものではないことを思い知るでしょう。

私は「党分裂、政界再編成......といった『日刊ゲンダイ』あたりが大好きなドタバタのシナリオ」が今あえて日本の議会政治に必要だと考えています。

執筆なさる方々は大都市に居住する自分の生活レベルからいろんな評価をしているようにしか見えませんが。首都圏メディアで形成し発信した「小沢一郎」が終焉を迎えつつあると思いたいです。大都市やその衛星地域から隔絶した過疎化し老齢化してきている地方では”活性化の為に”小沢さんの様な政策の実行が求められているのです。企業にしても海外に工場を移設するよりも国内の過疎化された地域を再開発する事に目を向けてほしいし、小沢さんなら話を聞いてもらえると思う。そんな期待を抱いています。日本の隠し玉がやがて陽の目をみると信じてます。

高野編集長様
上杉隆様

このジャーナルのサイトを愛読し、マスコミと検察の横暴等を具体的に知ることが出来て、感謝しています。しかし、最近のコメントの風潮を見ていると、これからの日本の行く末が心配になってきて、初めて投稿します。今回の「高野論説」に対しても、ものすごいバッシングです。何人かの人が異なる意見を述べていますが、このサイトではまったくの少数意見です。いま、このサイトで議論されている観点から少し異なる切り口で述べたいと思います。一老研究者の「たわごと」と思って聞いてください。無視や、バッシングは覚悟しています。編集長と何人かの人が考えて下されば有り難いです。

まず、マスコミですが、日本記者クラブ制度の撤廃は絶対に必要なことです。個人的な経験を含めて、意見を述べます。有名な、ニクソン大統領のウォーターゲート事件の起こった1972年から1974年にアメリカに研究者として滞在しました。拙い英語力で、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストを時々読んで事件を追いました。新聞と権力との戦いを目のあたりに、日本との決定的な差を痛感しました。大統領に対して決定的だったのは、執務室での会話を全部録音したテープが存在することが分かり、裁判で提出することになったのですが、肝心の部分が消去されていることが判明します。そのことが分かった朝刊の新聞のことです。タブロイド版、あるいは大衆紙といわれる新聞の一面は、「ニクソン、証拠を隠滅!」などと、はでに報じていました。一方、ニューヨーク・タイムズは一面で「テープに18分半の空白部分存在」で、淡々と事実のみを記述しています。そして2面で、署名入りで、詳細な図入りで、空白部分を生ずるには、人間の手と足を両方使用したかなり複雑な操作が必要であること、たまたまミスで消去することなどいかに無理かが説明されていました。これらが決定的な証拠になり、有罪確実となり、辞任に追い込まれたのです。現職大統領をペンの力で辞任に追い込んだ画期的な出来事でありました。
長い期間を要した事件であり、その間、ワシントン・ポストもニューヨーク・タイムズも執拗に追い詰めていきましたが、全く感情的な表現、センセーショナルな見出しなどどこにもありませんでした。事実と論理力だけによった記事でありました。
日本に帰国し、改めてマスコミの酷さを痛感し、日本を改革するにはマスコミを改革するしかないと思い、それに関連した本を探しましたが、30年以上見つかりませんでした。しかし、上杉隆著「ジャーナリズム崩壊」を読んでやっと探していたものに出会えたと思い、記者クラブ制度の酷さを初めて知りました。大部分は賛同するのですが、24ページの「日本人にとっては、海外の新聞記事といえば、日本でいう週刊誌の記事だと思ったほうがわかりやすいかもしれない。」は誤解を与えやすいとおもいます。上杉氏の記事は裏付けを確実に取っていることは知っていますが、一般的に週刊誌の記事にはセンセーショナルな見出しと裏付けもないうわさ程度の記事もかなりあると思えるからです。

上杉氏の強調するように記者クラブを解放することが第一歩だと私も思います。それとネットによる力にも期待しています。しかし、一方で、ネットの危険性も感じるようになりました。匿名性と一人で複数のID所有可能な点です。あるグループが意図的に論調を誘導することも可能です。また、ネット上では、言葉がどうしても感情的、過激的になりがちです。事実と論理だけで冷静に議論できる場になってほしいと思います。高野編集長もそう考えていると思います。誰かが、有料化を提案していますが、名案はないでしょうか?顕名性にすると議論は低調になってしまう可能性がありますが、一案だと思います。

現在の日本は極めて厳しい状況で閉塞感に満ち溢れています。このような時にこそ、強いリーダーシップを持った政治家が必要とされ、また期待もされるのはもっともです。近代史を紐解いても、そのような時代は何回もありました。私は歴史に詳しい訳ではないのですが、日本の明治維新や、ドイツのワイマール共和国の最後の時期などもそのような時代であったのだと思います。しかし、社会を改革するのは、並大抵なことではなく、一人のリーダーシップだけで実現されないことは歴史が証明していると思います。国民全体が賢くなり、忍耐強くなることが必要です。
小沢一郎氏が強いリーダーシップを持っており、政治的な力も持っていることも確かです。西松建設事件などで、検察とマスコミにより小沢一郎氏のネガティブ・キャンペーンがなされ、虚像がでっち上げられたことも事実です。しかし、それだからといって、小沢一郎氏が首相になれば何でも解決できるような礼賛は理解できません。小沢一郎氏がそんなに大人物ならば、かつての盟友、側近だった人がなぜ彼のもとを去ったのでしょうか?今回の代表選でも、彼の側近と言われる人々に日本の将来を託すことができるのでしょうか?会社であり、大学であり、本当に信頼される人は有能な人材が周りにいて、組織の改革を行えるのであって、一人だけでリーダーシップでことをなそうとすると独裁になり、禍根を残すことは多くの例が示しています。小沢一郎氏が、自由民主党、新生等、新進党、自由党、そして民主党時代に何をやって、何をやらなかったのかを踏まえて、冷静な議論をすることを願います。

高野様には、現在の危機的な日本状況とこのサイトをはじめとするネット上の情熱あふれる憂国のコメントをどうとらえたらいいのかという、少し違った切り口で、歴史的な事実などと照らし合わせて、この方面の造詣の深い方と対談をしていただけないでしょうか?

今回の代表戦はネットの意見がいかにアテにならないものかを如実に示したと思います。
小沢氏自身が「報道よりネットでは支持が多い」とうそぶいていましたが、結局は報道の世論調査通りでした。
つまり「ネット世論」などそれこそ幻想ですね
新聞にしろTVにしろ地道に、しかもお金をかけて意見を集め分析した結果を報じているのですから当然ですが
ネットの意見は、このサイトに象徴されているように、非常に部分的な狭いものである、と思いますよ。アングラ情報と未確認情報の区別もついていないのが現状ですかね
今回の結果懸念されるのは「ネット情報はやはり信用できない」という認識が広まることでしょうね
。ネット上でどれだけ騒いでも、知らなきゃそれで終わりってことです
マスコミを敵視するネット依存の皆さん、残念でした。小沢氏の敗北はマスコミにはなんら関係ありませんね
ザ・ジャーナルをはじめ、週刊朝日、日刊ゲンダイなど、あまたの偏向マスコミが小沢氏を応援したんですがね。国民の認識とは違っていたということです

ヒトラーも初めはそんなに危険な政治家と思われていなかったいうか、要するに大した存在とは見られていなかったそうですね。ちょっと演説が好きなゴロツキという程度の存在。それがいつのまにかひとつの政党を掌握し、やがては・・・。菅さんのあの「まぬけ面」をあまりあまく見ないほうがよいのかもしれません。政治を動かすのは思想でも知性でもなさそうですから。あれだけコトあれば「政治とカネ」と叫んでいたテレビも新閣僚の紹介が終わったらもう名前も聞かないようなタレントのゴシップのほうへ行ってしまいました。さて一般の国民はどうすればいいんでしょうね。

テレビのワイドショーには、どこどこ新聞、なになに通信の政治部長・政界取材歴何十年というような肩書の方がゾロゾロ出てきて、新橋駅頭の酔っ払いと同じようなことを言っています。何十年も取材をしていてあの程度の認識にしか到達できないというのがどうしても理解できません。もっとも、新橋の酔っ払いが政治部長殿のテレビを見てマネをしているだけだということかもしれません。人は結局、どこかで見たもののマネをするものですからね。だとすると世論の正体もそんなところにあるでしょうか。まさか、あの酔っ払いのなかに政治部長殿がまぎれこんでしゃべっているわけではないでしょうね。

一老研究者さん

長いコメントの前文は賛同できるんです。しかし

>小沢一郎氏が首相になれば何でも解決できるような礼賛は理解できません。<

そう、誰も小沢さんがどれだけ改革出来るのかが判らないのは事実です。只、絶対に曲げない政治信念の確かさと、実現してきた行動力、そして既得権益側にこれだけ敵視された現実があれば、疲弊した国民が期待して当然であり、批判出来るものでもないでしょう。
貴方が無理に理解することも無いですよ。支持する多くの方が支えます。

>小沢一郎氏がそんなに大人物ならば、かつての盟友、側近だった人がなぜ彼のもとを去ったのでしょうか?<
既得権益側から、与党側からの政党助成金や献金、地元後援会や支持団体の誘惑に負けて気持ちが揺らぎ離れていくんです。

真の改革を志すものが、自民党に戻りますか?小池女史や石破さんなどを例に出すまでも無く。

「本気で革命をしようとしていたんだ」なんて離れて言った盟友の彼らは笑って言うでしょうね。

>今回の代表選でも、彼の側近と言われる人々に日本の将来を託すことができるのでしょうか?<

さてどうでしょう。個人攻撃で側近やチルドレンが政策に疎いなどとの批判でしょうか?恐らく民主党が挙党一致で戦っても力不足かもしれない相手です。

しかし、託すことや目指す方向は間違っていないと思いますよ。

amayadori さん

>小沢氏自身が「報道よりネットでは支持が多い」とうそぶいていましたが、結局は報道の世論調査通りでした。<

???わざとですか?
報道の世論とネットの世論は正しいし、比較になりません。対象の方が違いすぎるのですから。

そして言ってみれば、マスコミの報道こそ捏造であったとの数字ですよね。

ネットで小沢さんの事件の真相を知っている方では80%が支持をしているのが現実ですあり、小沢さんの言い分が正しい。

マスコミが出した数字が正しくないのは,総得票数が13万:9万ということで明かに捏造だと判ります。

>マスコミを敵視するネット依存の皆さん、残念でした。小沢氏の敗北はマスコミにはなんら関係ありませんね<

そう言いたい!願望は判りますが、残念なのは貴方ですね。ネットユーザーは年々増加し、テレビ新聞離れが加速していきます。

ますます真実を知る方が増えていきます。その結果80%の母数が増えていくんですよ。

党のルールで出来た代表戦の規約です。これだけ票と得点が異なる方式なら改善もされるでしょう。

菅総理が立ち往生となれば、真実を知っている国民待望の総理が出現することと成る。多分ね。

民主党はもうすでに「与党民主党」という既得権であり、菅さんと共に民主党の創立に深く関わってきた高野さんも、今や他ならぬ与党既得権の当事者なんですよ。今回の記事はそんな「譜代大名」の既得権を守ろうとして必死な高野さんの様子が浮かび上がってますね。その必死さがかえって小沢神話を増強しているようにすら思えます。記事の内容があまり論理的でなく扇情的なところがそれを際立たせています。
狭義の「政治と金」については小沢さんは定期的な代表会見、幹事長会見で散々説明をしてきました。それでも疑惑が晴れないのは、マスメディアにも問題がありますが、それ以上に「悪魔の証明」はできないからです。疑いをかけられたら晴らすことは極めて難しいのですよ。ましてや政治資金規正法における資金の出し入れの記録は企業会計における複式簿記とは異なる単式簿記であり、出入りを詳細に証明するには甚だ不十分です。云わば制度上の不備です。これをいくら説明をしても一度疑いを持った人々を納得させることは難しく、定例会見で説明した以上のことは期待できないでしょう。
だからこそ近代司法は疑わしきは罰せずの原則を尊重するわけであり、無罪の証明ではなく、明確な証拠に基づく有罪の証明を求めるわけです。強制捜査権のある司法行政の結果としての不起訴に勝るものはないという小沢さんの発言はそのとおりでしょう。
一方で高野さんは秘書が起訴されたことを引き合いに出していますが、あの強引といわれるな特捜部が不起訴にできなかったということと、無理筋でも格好をつけるために秘書を起訴したことは分けて考えるべきでしょう。同じく政治案件であった村木さんの裁判を見れば、最終ターゲットの政治家に到達できずに高級官僚を無理筋で起訴したケースと相似であることは明らかです。
また、政治手法を「古い」と切り捨てていらっしゃいますが、「古い」という言葉には意図的な価値判断が含まれます。モードファッションの世界ならいざ知らず、物事は古いからだめなのではなく、使えないものが自然に無くなるのです。政治においてのみならず、一般的に合理的な手法は無くなりませんし、無理やり無くしても合理的である限り必ず復活します。あまりに過度に「政治と金」に拘ることは日本に不利益をもたらす恐れがあります。
政治家は結果責任です。手法が新しい政治家よりも結果をもたらしてくれる政治家がよい政治家です。その意味で「古い」とレッテルを貼る政治評論家は政治を語る資格はないでしょう。「古い」というイメージを政敵に植え付ける政治家やその取り巻きならその発言も理解できますが。
そう考えると今回の高野さんの記事は、既得権を守るための極めて「政治的」なアジテーションなのでしょうね。

高野さんがせっかく用意してくれた大きな釣り針だから、僕も釣られよう(笑)。

>小沢は…民主党代表になった06年から今年6月までに36億円という「組織対策費」を操っている。
>当たり前だ。何が悪いんだ。…
>これはいかにも旧態依然の「古い政治文化」であって…

で、誰かがこのような「古い政治文化」がオザワンに対して嫌悪感を持つ原因だと言ってましたが、
へえー
僕も「組織対策費」は「何が悪いんだ?」派なんだけど、これを操っているのが民主党でオザワンだけと信じている人(反小沢派)がとても気持ち悪い。
当然仙谷さんも使っているんだろうけど、で、それは悪くないの?
先の代表選挙で使っててももちん全然構わないんだけど、オザワンが使うと悪,仙谷が使うと見て見ぬふりというダブルスタンタードぶりが卑怯だよね。
要するに、こういう人たちって、誰かターゲット(悪者)を作ってそれを叩くことで人気を維持しようとする手法だね。
次は誰がターゲットになるんだろ?!
自分が生き残るためには仲間を平気で裏切る人たちだからね。ご用心、ご用心。

読売新聞の恐らく販売店の女性からTELがあり なじみの元購読者に戻ってきて欲しいとの事でした 断ると なにか不都合がございますかと言うので 記事に不都合があるのですと言って 電話を切りました 余程苦しいのでしょうか
NETによる情報により 紙媒体の恣意的な旧聞は 不要になりました

 わずか3年前、小沢氏が民主党代表だった時、時の首相・福田康夫氏とこっそり密談して、福田さんの自民・民主大連合構想に傾き、民主党役員会で菅さんたちに拒否され、涙を流しながら代表を降りるなどとみっともなくもうろたえた人だったことを、小沢信者たちはもう忘れてしまったのでしょうねぇ。彼の「救国」イメージとは保守バリバリなんではないでしょうか。
 
 

>>ウーさん

残念ながら、ネットが真実である、というのは幻想です

「便所の落書き」って知ってますか?

ネット情報は細分化されすぎて、どこが多数派なのか、ますます分かりにくいのですよ

あなたが寄稿しているこのサイトも星の数ほどある政治サイトのひとつにすぎない

「ネットで真相を知っている」など、何を根拠にしているのか分かりません。「ネットが根拠」というならそもそも意味がないのです

言論には責任を持って欲しいものですね。「自由」とは「みずからよしとする」と読むのです。すなわち責任を取るということです


以上、小沢派の皆さん、残念でした

高野様

「ドタバタはやめて政策を」と何度もおっしゃりながら、相変わらず過去のドタバタしか書かれないこの不思議。
お願いですから、一度、菅直人の政策と小沢一郎の政策について論評をしてください。
もしかして小沢氏の目指す基本政策に大反対なのではないでしょうか。
それはそれで私には大いに勉強になるのですから。

高野孟様

 そもそも、『奇兵』とは、『正兵(奇策などによらず正々堂々と陣を張って戦う軍隊)』と違い、奇策を用いて敵の不意を討つ軍隊のことを指しますから、一般的に予想されることは何もせず、常識的な予想・期待を裏切る事柄を実行するのが、『騎兵隊内閣』の本質的な能力のようですね。

 そう考えれば、組閣後に、参議院予算委員会を開催しないで国会を閉会したのは、『奇兵隊内閣』の本領を発揮した出来事であり、『有言実行内閣』も、『奇兵隊内閣』の遺伝子を受け継いでいるということでしょうね、たぶん…。

地道でお金が掛かる世論調査を毎週のように今のマスゴミが出来る筈がない。時間もお金も掛からないので毎週できるのであって、更に有効回答率が60%にも満たない世論が国民の意見の訳がない。

以下引用-------


残念ながら、ネットが真実である、というのは幻想です

「便所の落書き」って知ってますか?

ネット情報は細分化されすぎて、どこが多数派なのか、ますます分かりにくいのですよ

あなたが寄稿しているこのサイトも星の数ほどある政治サイトのひとつにすぎない

「ネットで真相を知っている」など、何を根拠にしているのか分かりません。「ネットが根拠」というならそもそも意味がないのです

言論には責任を持って欲しいものですね。「自由」とは「みずからよしとする」と読むのです。すなわち責任を取るということです


以上、小沢派の皆さん、残念でした

投稿者: amayadori | 2010年9月18日 22:39


-------引用終わり

これを便所の落書きって言うんでしょ!ワロタ

投稿者: 便所の落書き | 2010年9月19日 02:41
笑うのは勝手だけど、アンタがたがその程度だってことではないのかな

<論説には説得力がない>
先ずタイトルであるが、確か以前にも「小沢は終わった」旨の論説を書いているので、“小沢は再び終わった”とも言えないから今度は“神話は終わった”とされたのだと思われるが、いわゆる「小沢信者」は、先の代表選でも示されたあの真摯で不器用そうな彼の実像を支持しているのであって、別に神話を信じている訳ではないので、“神話は終わった”などと唱えられても言葉の空虚さを感じるのみである。
■4人の帰趨に全てが懸っている
そしていきなり、もしも「国会議員票で菅氏を上回っていたなら」小沢氏は「まさか幹事長は無理としても何か実権のあるポストにつけたであろう」に、「上回ることが出来なかったのは致命的な敗北」であって、「しばらく静かにして貰う」しかないという結論が提示される。両者の支持議員数の差は6人であったから、要するに4人の議員が小沢支持に回るか菅支持に回るかで、上述の劇的な振幅が生じるというわけである。一体こんな理屈に説得力があるのだろうか。
■次が説明責任である
そして小沢氏の「政治とカネ」の問題が「捏造と歪曲」の所産であることを一応認めておきながらも、例の「説明責任」を果たす:“ないことの証明をする”ことを迫り、「自分の言葉で余すことなく説明し、何時間でも質問に応じ」れば、「もう明日からは誰も話題にしなくな」り、「完全にケリ」がつけられたのに、と断じている。果たしてそうだろうか。その種の説明は、小沢氏はすでに彼のオープンな記者会見のなかで記者たちの質問に応じて繰り返し行ってきたが、メディアはこれまでそのことを一切報じて来なかったのではないか。そもそも明確な意図をもって「捏造と歪曲」を繰り返しているメディアが、そんな風にして彼を「救済」するだろうか。メディアをそんな風に見ているのだとしたら、その純朴さに戸惑うばかりである。先日の報道機関主催の演説会をご覧にならなかったのだろうか。
また「検察が散々調べて不起訴と言っているのだからやましいところはない」というのなら、「秘書らが起訴された」ことについても、「検察が正しかった」ということにならないのかと噛みついているが、これは「無実の秘書らを起訴するほどに悪辣な検察ですら、小沢氏を起訴できなかった」という風に素直に解釈すれば済むことである。当事者である小沢氏としては、さすがにそこまであからさまには言えないだけのことであから、それくらいのことは分かってやるべきである。
■週刊誌ネタに入る
広義の「政治とカネ」の問題では、自由党時代から民主党時代にかけての「組織対策費」が高額であったという週刊誌ネタもどきが書かれているが、高野氏の書く小沢論文にはしばしばこういうネタがさりげなく提示されている。『小沢信者たちよ。こんなことも知らないのか』という「親切心」が感じられて気になるところである。党のカネを預る立場に居た人であれば、長年のうちには累積額は大きくなるであろうし、その詳細はことの性質上公表しがたいのであろう。運用の任に当たった人がそれを有効に活用して今日の民主党が築けたのだから、それで良いのではないか。それともまさかとは思うが、直近の財政担当者のように立候補者全員に選挙資金を均等に配分(参議院選の惨敗の原因の一つと言われている)するようなやり方が理想的だとでもお考えなのだろうか。
■小沢一郎という矛盾
反小沢の急先鋒ともいうべき共同通信記者の記事が紹介されているので、高野氏の心の琴線に触れたものなのであろうが、そこに見られる「まず小沢氏を神話化しておいて次の瞬間にはそこから引きずり下ろして貶める」という低劣なマッチポンプ手法(論法)こそが、矛盾といえのではないか。
また「小沢の賛美者は小沢が立てばすべてのことがたちまち解決するかのごとく言う」という記述があるが、こういう表現もこの論文を粗雑なものにしているだけであって、そんな賛美者はどこにも居ない。小沢氏の支持者たちは、彼が総理として立ったときには、官・検・メディア・それにアメリカなどの旧体制側が総がかりで攻撃する中を、彼なら不屈の精神で歩を進めてくれるものと、その実像に即して期待しているのである。
  ~~~~~~~~~~~~~~~
高野氏は、かつて蓮ほう氏の「業務仕訳」に端を発したわが国の「スパコン」開発の問題点に関して、見事な論文(報文)を発表された。それがこと小沢問題に関することになると、どうしてこんなにも説得力に欠ける論説しか書けなくなるのか不思議である。菅氏擁護の論説もまたしかりであり、こちらはまさに没論理的で「○○の深情け」か、と思うほどである。
もしも小沢と聞いただけで頭も筆も不調を来たすというのであれば、しばらくは小沢問題に触れない方がいいのではないか。これは「哀れ小沢一郎、君の時代は終わった」を「週刊現代」に書いた立花隆氏についても言えることである。彼がかつてネット上に連載した「小沢は終わった」には、多くの人たちから「痴の虚人」という称号が与えられたものである。

菅氏に任せていてはどうにもならないということは、既に多くの識者が色々な角度から断言しているところである。あと数カ月もすれば否応なく小沢氏の出番が来る。

なお、小沢問題に関しては最近発表された「小沢氏惨敗に関する考察」(em5467-2こと恵美)が、短文ながら見事な視点と緻密さ・明快さで問題点を鋭く摘出している。是非一読をお勧めしたい。
   ※所用外出が重なったために投稿が遅れました。幸いにしてもうコメントも出尽くした頃だと思われるので、随分と長文になってしまったというためらいを振り切って投稿させていただく。

ヨウスケ | 2010年9月18日 23:13 様

小沢氏が貴殿の仰る「権力集中型」であるとしても、小沢氏への支持が「イチか、バチかの危険な賭け」であるとするのは論理の飛躍です。これは小沢氏の「危険性」なるものを具体的明確に指摘して始めて言える事です。「権力集中」や「強権的手法」のみでは曖昧に過ぎます。徒に「神話」を助長するのみでしょう。

極言すれば、予知能力者でもない限り、あらゆる政治行動はある種「危険な賭け」であるとも言えます。小沢氏でなく菅氏を支持する事が「危険な賭け」でないと言い切れるでしょうか。

小沢氏が他の政治家に比して熱狂的に支持される傾向があり、それが危惧すべき状況であるとするならば、先ず人々が支持する具体的理由への考察がなされるべきです。

私自身は小沢氏が国民の自立共生という理念を持っている以上、「独裁」や「強権」などとは寧ろ縁の薄い政治家であると認識しています。従って問題は氏の支持者各自が自立共生の理念をどのように理解し、実行に移していくか、にかかっているとも言えます。

既得権益化した大メディアの恣意的報道を「強権的手法」と見る事もでき、官僚組織、巨大資本、外国政府等も言わば一国を左右する「強権」でありす。それら諸勢力のいくつかの利害が一致した時は更に大きな力となる。現代社会に於ける「権力」とその仕組みを多角的に見つめる必要があります。

ともあれ、小沢氏のみならず、世に蔓延る「神話」を破り「実像」に迫る為には、常に事実に目を向け、様々な視点を共有することに努めたい。多様な視点、意見が「真実」或は「事実」そのものである必要はなく、真実/事実を炙り出すための材料であると見なけらばならない。従って情報の発信者と受容者が豊かな教養を持ち、批判的倫理的態度を養うことが、政治を、国を誤らぬ為の一要件になりましょう。

ずっとここのコメントを読んで来て、疑問に思ったんですけどね。小沢支持派はきっちり論理的に反論されてる文章が多いのに、反小沢派はほとんどの書き込みが、相手の人格を否定する誹謗中傷ばかり。これは何故なんでしょう。興味深い現象です。

投稿者: 通りすがり | 2010年9月19日 12:34 さん。
>小沢支持派はきっちり論理的に反論されてる文章が多いのに、反小沢派はほとんどの書き込みが、相手の人格を否定する誹謗中傷ばかり

 見る方にバイアスがかかってるからと思います。 それこそ論理的に検証していけば判るかと。

高野孟様

> しかし、それにしても小沢がこの壁を突破できなかったのは、「政治とカネ」の問題について党内・支持者・国民に対する「説得責任」を果たしてこなかったからである。<

 『説得責任』とは、如何なる概念か私には分かりませんが、馬を水辺につれていくことはできても、無理矢理に水を飲ませることはできないのとどうように、政治資金の収支に関係する真実の情報を提示することはできても、無理矢理に『説得(理解するように説明して相手に納得あせる子よ)』は不可能だから、『説得責任』は存在しないのではないでしょうか?

 それよりも、最近の世相が狂い始めて、子殺し、親殺しなどの事件が多発している時勢になったのは、法治主義の四原則である『罪刑法定主義』・『信義の原則』・『信頼の原則』・『推定無罪の原則』を蔑ろにして、根拠・証拠もないのに他人に対する疑惑を煽り、法を謗るヘナチョコ族が小賢しく跳梁跋扈して、社会生活に必要な血液ともいえる『信』の交流を阻害していることを因縁として、国民の根性が勃起不全の障害に陥った果報だろうと、私は推察します。 

> 検察に対する「説明責任」ということであれば、彼はこれまで充分に果たしてきたし、検察審査会の再議決を前に4度目の聴取を請われればそれにも応じるつもりだろう。この件に関して説明責任が問われるのはむしろ検察とその言いなりで悪質報道を垂れ流してきたマスコミである。<

 其の通りで、昔も今も、地位の如何を問わず、他人に嫌疑をかけるなら『六何(5W1H)の原則』に沿って事実関係を特定して、其の事実が真実であることを証明する責任は嫌疑をかけた方にあり、検察は、事実関係を特定して取り調べたが、特定した事実が真実であることを検証できなかったと言うのが実相・真相だと、私は推察します。

> とは言え、だからといって小沢がただ「検察が散々調べて不起訴と言っているのだから、私にやましいところはない」とだけ言い放っていても、ならば秘書と元秘書が起訴されたのは検察が正しかったのかということにもなってしまうし、一向に国民の胸にわだかまる疑念を晴らすことにはならない。<

 秘書と元秘書を起訴した検察の判断が正しいか否かは、裁判所が決める事柄だが、高野孟様ともあろう御仁が、その小賢しい一言を吐くならば、「国民の胸にわだかまる疑念」について『六何(5W1H)の原則』に沿って事実関係を特定しなければ、検察と大衆報道機関の思惑に追従して、被疑者に『悪魔の証明』を求める愚か者に過ぎないと、私は断定します。

■「小沢氏が政治と金について潔白である」ことが疑わしい根拠■

小沢氏が「政治と金で潔白だ」というのであれば,何故国会の政治倫理審査会等への出席を拒むのか.
言い訳が色々あろうが,結局,国民へのメッセージとしては「潔白は疑わしい」となる.

また小沢氏は,自身について検察捜査不起訴とされたことから,「検察により潔白が証明された」という論理展開を述べている.だとすれば,起訴された小沢秘書3名は「検察により疑惑が証明された」という論理展開をするのか.
両者を両立させる唯一の論理は「トップの小沢は合法的に対応したが,法律を知らない秘書が違法行為を行なった」ということである.
そうすると,小沢氏は法律的には正当であるが,道義的あるいは政治的には,監督責任が生じる.
この点は郷原氏が一貫して主張していることであるが,小沢氏の論理に一貫性を持たせ,国民への理解を得るためには,「自身も秘書も,違法行為を行う意図はなく,仮に秘書の帳簿処理に不都合が有ったとしても,それは単なるケアレスミスであり,政治資金報告書の訂正で十分である」ということを,強調すべきである.
しかし実際の小沢氏は,このことの詳細に立ち入ることを極力避ける姿勢を貫いている.疑問である.

いいかげん親小沢、反小沢っての
やめられないんですかね?
バブル景気以降ぴったり成長が止まってしまったけど、こいつらの暗躍とふごうするんだよね

個人の蓄財のために国民が犠牲になるのか?どこの南アだよ、といいたいね

amayadori さん

>あなたが寄稿しているこのサイトも星の数ほどある政治サイトのひとつにすぎない<

そうでしょうか?私はジャーナルこそ、政治版では日本一だと思っています。

高野さんを初め、有名なブロガーが、コメントを発信し、ユーザーがその感想や議論を戦わす。たまに、ブロガー自身が答えてくれる。

認証制になり、2chの住民のような工作員風のあらしは少なくなり、ますます読みやすく、参加しやすくなりました。

そんな良いサイトが星の数ほど在りますか?ぜひ、ここと同様の良いサイトと言うものを教えてください。

>「ネットで真相を知っている」など、何を根拠にしているのか分かりません。「ネットが根拠」というならそもそも意味がないのです。<

たとえば西松事件です。ネットをしていない方はどんな事件でどんな裁判経過で、今どうなっているのか?多分判らないでしょう。

秘書三人の逮捕された・・・どんな事件であるのか?それも判っていません。

貴方の身の周りでネットをしていない方に聞いてみてね。そうそう、貴方自身は知ってるの?小沢さんは何か罪が有るのでしょうか?

>言論には責任を持って欲しいものですね。「自由」とは「みずからよしとする」と読むのです。すなわち責任を取るということです<
そういうことです。ちゃんと明確に答えられますよね。

うーさん 9月19日 07:32

もしかして、成りすましですか?
平仮名だから別人!?(笑)

>笑うのは勝手だけど、アンタがたがその程度だってことではないのかな<

悪戯で、成りすましてこんな暴言を書き込む人は小沢さんの支持者には居ません。どんな程度であってもね。

書き込む人間の人格に対しては、誹謗しないのが望ましいですよ。

古いから駄目とか、自民党的だから駄目とか、この手の論理を伴わないプロパガンダは通用しなくなりつつある事を知るべきだ。

 おはようございます。

 ちょっと気になりましたので書かせてください。

 スピンとは、パブリック・リレーションズ(PR)において、特定の人に有利(不利?)になるような、非常に偏った事件や事態の描写を意味する、通常皮肉のこもった言葉である。

 検察官は公訴権を独占しているのであって、「正義」、「不正義」の在処、有無を判断する機能ではない。法治国家日本国において、それを判断する機能を有するのは裁判である。検察官はその判断を仰ぐに足る根拠を、与えられた強制捜査権をも駆使して、その根拠を証拠という形で捜し出し、その判断に耐え得る証拠を根拠に、独占している公訴権を行使し、裁判にその判断を仰ぐのである。

 西松建設事件、陸山会事件について、その強制捜査権を幾度も駆使し、約1年半に亘って捜査された。その結果、小沢氏自身に関しては「公訴に足る証拠は無かった」、つまり、、「正義」、「不正義」の在処、有無判断を裁判に仰ぐ必要性が認められず、係る嫌疑を是とする可能性を示す根拠は無い、捜査対象とならなかった時点現状が是認されたということである。ほとんどの国民は捜査対象にはなっていないが、そのことを以って、そのような貴方方と同様な「潔白」であるというのなら、小沢氏は捜査対象とならなかった時点現状が是認されたのであるから、その貴方方と同様に「潔白」なのである。

 さらに、検察審査会の権能は、検察審査会法の第1章総則第2条1.-1.に明記されている通り
「検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査」
であり、被疑者の嫌疑について、提出された捜査資料の範囲を逸脱して審議する権能は有しない。検察官が独占する公訴権に対するチェック機関である。例えば、「証言」を裏付ける証拠が無い、或いは、証言者の信頼性に関わり「証言」の信憑性が無い、と検察官が判断したことについて、それを覆すだけの証拠が提出された捜査資料に見出せないのであれば、それを覆すことは出来ないはずである。因みに、検察官聴取の検察官主張を補完する「証言」の信憑性について、検査官の恣意性介在が疑われる事例が相次いでいる。

 また、起訴された3人の元秘書については、最近、「無罪を主張」して後半に臨む意向が報じられている。改めて確認すると、被告人が「有罪判決」を以って結審するまでは、被告人は「無罪推定の原則」に則って看做されなければならない。特に「無罪を主張」しているなら、尚更のことである。

 何故に、今でも、このことへの無知、阿呆を装ってスピンを試みようとするのか、それを主張する厚顔無恥を自覚しなさ過ぎる。「離党勧告」云々までされるに至っては、薄汚く政局を操ろうという邪悪な人格の介在無しには有り得ない。鳩山由紀夫氏の偽装献金事件では、既に有罪結審した元秘書が存在し、鳩山由紀夫氏にしても、有罪判決を受けたに等しい被疑事実容認による追徴課税も受け入れている。こちらは既に真っ黒の黒なのに、「離党勧告」の り の字も か の字も出てこないのは何故なのだ?えーっ?

 これらのことは、少なくともここで散々議論されてきた。私はこの主張を繰り返し書いてきたし、大筋ではここに出入りするジャーナリスト諸氏、司法関係者諸氏、投稿好きの小沢好き諸氏、・・・などの方々は重々承知のことと了解していたのだが、何を血迷ったのかスピンを試みる輩が未だに・・・残念。

[例文] 
小沢氏は,自身について検察捜査不起訴とされたことから,「検察により潔白が証明された」という論理展開を述べている.
だとすれば,起訴された小沢秘書3名は「検察により疑惑が証明された」という論理展開をするのか.

これが論理展開か?馬鹿も休み休みにしても言ってはイケナイ事がある(笑。検察官は、小沢氏には「疑惑が証明できない」と言い、貴方方と同様の状態=「潔白」と断じ、元秘書3人には「疑惑があり」、その真偽を裁判に仰ごうと断じたのであって、疑惑源泉の罪状を証明したわけではない。

 今一度書きますが、秘書も含めて鳩山氏本人の罪状がほぼ確定した鳩山由紀夫偽装献金事件と、疑われた罪状が無いとほぼ証明されつつある小沢一郎氏自身や疑われた罪状は無いと主張して裁判に臨む元秘書3人を、よーく比較してみてください。スピンを試みて政局を動かそうとすることが如何に不法、不公正、不公平、不平等で邪悪なことか理解できるはずです。

西郷隆盛になってしまいそうだ。いやむしろ吉田松陰じゃないか。宇垣一成みたくなるんじゃないかなど、小沢さんは、さまざまな悲劇的な最期を遂げた、あるいは挫折した人物に擬せられています。現在の「革命が裏切られつつある状況」に照らせば、小沢さん=トロツキー説もありそうです。民主党の代表選挙のほうも、コップのなかの嵐にすぎない、同じ政党の中でムリヤリ違いを強調しているだけだ、やらなくてよかった代表選挙だった、政治とカネから決別する戦いだった、クリーンな民主党を取り戻す戦いだ、と様々な声があるようです。私は、何年かあとで思い返したとき、あのときが岐れ道だったと思うような出来事になりそうな気がしています。

はじめてコメントします。

もうすでに代表戦は終わり結果は出ました。
にもかかわらず
今更「小沢の出馬の裏話」やら「小沢のお金の歴史」やらを聞かされる私達国民の身になってみてください。うんざりします。
菅さん自身はもとより菅支持のマスコミ人は「小沢はだめだから菅だ!」しか言わない。
勝ったんだからもう小沢さんを引き合いに出すことはないのかなと思ったら、またこの高野説です。
小沢に縛られてきたのは高野さんをはじめとするマスコミ人ではないのですか?
菅支持の高野さん、せっかく勝ったんですから
もっとどうして菅のほうが日本の為になるのか、菅の政策のどこに私達は期待すればいいのか教えて欲しい。
本来は菅がやるべきことなんだろうけど代表戦を通して全く菅の政治理念や政策がわからないのだから、
菅支持で民主党を作ったと自認なさってる高野さんがやるべき仕事では?
菅の訴えで覚えてるのは
「クリーンな政治」と「雇用」と「市川房江」と「市民活動家」と「薬」と「挙党体制」と職業羅列の件くらいです。
菅の演説のどこに政治家として人間としての魅力を感じるのかさっぱり分かりませんので
高野さん、菅の政策や政治家としての素質を論じて私達読者を納得させてみてくれませんか?
ただし「疑惑つきの市民活動家時代の話」や「厚生労働大臣時代の話」は要りません。聞き飽きました。
高野さん、小沢さんが負けて落胆してる小沢支持者がもっと前向きに菅政権に期待できるような話がもしあるなら書いていただけないですか?
小沢支持の私はこれからも小沢さんにこだわっていきたいと思いますが、
高野さんはもう小沢さんの記事を書かなくていいんじゃないですか?
僅差でも勝って力を得たわけですから。その力を何にどう使うかに注目して評価する段階に入ったんでしょ?
もし失敗すれば高野さんだって責められる立場になるんですから、
小沢評論なんてしてる場合ではありませんよ。

高野さんへ
あなたの小沢神話は終わったと幹事長を降りた時の小沢は死んだであなたの政治観がわかりました。。この前の大衆をまえに小沢さんが語った政策には何も触れないあなたは小沢一郎を語る資格があるんだろうかと疑問に思いました。これからはあなたが終わったと言う政治家を無視して小沢ぬきで政治を語ってください。
でないとあなたの言ってることが矛盾してしまいますよ。

投稿者: 大野保志 | 2010年9月19日 23:42  さま


<小沢氏は,自身について検察捜査不起訴とされたことから,「検察により潔白が証明された」という論理展開を述べている.だとすれば,起訴された小沢秘書3名は「検察により疑惑が証明された」という論理展開をするのか.


そのような論理展開をすることはないでしょう。

小沢氏の論理は、検察が1年半の時間と国民の税金30億円をかけて捜査し、”起訴すべき脱法行為が認められない=悪いことはしていないことが認められた”と言うことであり、それは9/7日本記者クラブで大林宏検事総長が「小沢氏を有罪にする証拠はない」と述べていることからも明らかです。

そして、発端となった小沢氏元秘書の政治資金規正法違反容疑では、第一回の公判で西松建設関連政治団体からの政治献金に問題が無いと言う証言が得られ、東京地検に不利な状況でした。現在、訴因変更して政治資金による土地購入と政治資金収支報告書の虚偽記載を加えましたが、検察に起訴されたから法律違反を認めたと言うことにはならないでしょう。そもそも論理定義に無理があります。
郵便不正事件の村木元厚労局長に対する冤罪でも解るように、検察も裁判で敗訴することはあり、最終的に結審しなければ、それまでは推定無罪の状態です。また、検察が描くストーリーの矛盾を指摘すると共に、単式簿記における小沢氏の政治資金報告書に問題がないことを証明すれば良いだけです。例え、解釈に相違があったとすれば、本来修正すれば済むことなのに、なぜ検察は逮捕したのかを弁護側から問われるでしょう。


<両者を両立させる唯一の論理は「トップの小沢は合法的に対応したが,法律を知らない秘書が違法行為を行なった」ということである.

訴因を見る限りでは、元秘書が法律を理解していなかったと言うより、「法律の解釈に幅があり元秘書と検察の解釈が違っていた。」と言うだけでしょう。元秘書も悪いことをしているとは思っていないと思います。むしろ、「検察が小沢氏の政治的な権力に対して介入して来た。」と思っているでしょうし、「法律を検察権力のために都合の良いように解釈している。」と思っているでしょう。

したがって、”両者を両立させる必要が無い”と言うことです。
例えば、郵便不正事件で上村元係長が一部有罪になっても村木元厚労局長は無罪になっています。すなわち、同じ検察の見解を用いたからと言って、全ての見解を用いる必要があるでしょうか?日本は法治国家であり、法と証拠に基いて小沢氏を立件することが出来ないと言うだけのことです。

大野保志様(2010年9月19日 23:42)

> ■「小沢氏が政治と金について潔白である」ことが疑わしい根拠■

 『信義の原則(何人と雖も、政治と金について、永久に潔白を維持・継続できるというう事実は疑うべき事柄であるという信義)』と『信頼の原則(何人と雖も、特別な事情がない限り違法行為は実施しないと推定すべき信頼)』を前提に『政治資金規正法』が、立法されたのだと、私は思量します。

 故に、小沢一郎さんが政治と金について潔白であることが疑わしい根拠は、小沢一郎さんが、法律違反を為すべき特別の事情が存在したという事実関係を『六何(5W1H)の原則』の沿って特定するのが、情報通信の普遍的な常套手段であり、政治家の名誉・信用に係わる事実を公然と摘示する場合の刑法上の礼儀作法だと、私は思量します。

> 小沢氏が「政治と金で潔白だ」というのであれば,何故国会の政治倫理審査会等への出席を拒むのか.
言い訳が色々あろうが,結局,国民へのメッセージとしては「潔白は疑わしい」となる.<

 或る事実の有無の証明が問題になる場合における『消極的事実(全称を肯定する命題または、その対偶としての特称を否定する命題)』を証明することの困難性は、比喩的に『悪魔の証明』という言葉で表現されますが、「政治と金で潔白だ」ということを証明するのは、当に『悪魔の証明』に相当します。

 一方、『積極的事実(特定の事実)』については、その事実が現実にが存在することを、一例でも検証すれば、その事実が真実であると見做すことができると証明できま巣から、一般的に『積極的事実』を主張する側に当該事実の存在について証明すべきであり、『積極的事実』が悉く否定されたら、その主張は『無実(事実・実質がない事柄または妄言)』と見做すのが『論理学(正しい思考過程を経て真の認識に達するために、思考の法則・形式を明らかにする学問)』における普遍的な常識であり、刑法上の『推定無罪の原則』もそのような理論に基づいて成立していると、私は思量します。

 因みに、小沢一郎さんが不当な疑惑を受けていると思しき内容の内、『積極的事実』として特定された事柄に関する有実または無実かに係わる証明は、東京地検特捜部による『不起訴』の措置および検察審査会の議決に沿った措置などで明確になり、一方『消極的事実』として特定されて以内事柄に関する有実または無実かに係わる説明は『悪魔の証明』に相当するから、小沢一郎さんが自ら政治倫理審査会の開催を申し出ることは無駄に過ぎず、粛々と対処するしかないと言うのが、小沢一郎さんの心境だろうと、私は推察します。

 また、衆議院の政治倫理審査会の審査委員の過半数が賛成を以て政治倫理審査会の開催を決議したのに小沢一郎さんが出席を拒否していると言う事実は、『国会法』・『政治倫理綱領』・『行為規範』・『政治倫理審査会規程』などに鑑みると、在り得ない事態であり、さらに、参議院または衆議院の委員における証人喚問を小沢一郎さんが拒絶ことも、『議員証言法』などに鑑みると、在り得ない事態だと、私は思量します。

 故に「小沢一郎さんが、国会の政治倫理審査会等への出席を拒んでいるがごとき情報」は、小沢一郎さんが政治倫理に違反しているという疑惑を『積極的事実』を以て主張することができない“能足りん族”が、論評・証言・記事・写真・映像などによる情報の内容を制限したり、実相を逸脱した虚偽の内容に改変することによって、その情報を受け取った者が受ける印象や判断結果に悪影響を与えようとする行為に相当する『情報操作』をしている危険性が高いと、私は推察します。

> また小沢氏は,自身について検察捜査不起訴とされたことから,「検察により潔白が証明された」という論理展開を述べている.だとすれば,起訴された小沢秘書3名は「検察により疑惑が証明された」という論理展開をするのか.
両者を両立させる唯一の論理は「トップの小沢は合法的に対応したが,法律を知らない秘書が違法行為を行なった」ということである.
そうすると,小沢氏は法律的には正当であるが,道義的あるいは政治的には,監督責任が生じる.<

 貴方様は、『日本国憲法と』・『刑事訴訟法』の内容をご存知の上で、『能足りん族』と同様な論理を展開しているのですか?

 先ず、日本国憲法の第31条荷「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と規定されており、次に、刑事訴訟法の第1条に「この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」と規定されており、また、同法の第第247条に「公訴は、検察官がこれを行う」と、さらに、同法の第249条に「公訴は、検察官の指定した被告人以外の者にその効力を及ぼさない」と規定されています。

故に、『能足りん族』のような『情報操作』をして世間を騒がすことなくなく、法の手続きを尊重して鞭声粛々と世間を渡るのが、日本国民としての『道義(人のふみ行うべき正しい道筋・道理・道徳・倫理)』であり、『義理(人として守るべき正しい道筋・道理、なたは、社会生活を営む際に、立場上・道義上の問題として、他人に対して務めたり報いたりしなければならない事柄)』と。道義)』だと、私は思量します。

 因みに、刑事訴訟法の第247条および同法の第249条の規定に鑑みて、検察官が不起訴処分を決定した被疑者には『推定無罪の原則』を適用するのが、日本国における『道義』・『義理』であり、不起訴処分を受けた被疑者が「検察により潔白が証明された」という理論展開をするのは論理的には合理的な行為であり、何の不都合はないと、私は思量します。

 また、公訴された被疑者のについては、譬え、公訴事実が事実無根である又は事実有根せあると確信しても、刑事訴訟法の定める手続きで有罪/無罪が確定するまでは『推定無罪の原則』を適用して、世間も関係者も鞭声粛々とするのが、日本国における『道義』・『義理』であると、私は思量します。

故に、≪両者を両立させる唯一の論理は「トップの小沢は合法的に対応したが,法律を知らない秘書が違法行為を行なった」ということである.≫という貴方様の論法には欠陥があり、≪そうすると,小沢氏は法律的には正当であるが,道義的あるいは政治的には,監督責任が生じる.≫という貴方様の結論は、騒々しい鞭声を打ち鳴らして世間を闊歩する『能足りん族』の軽挙妄動の類に相当すると、私は思量します。

再投稿します。老人なのでペースが遅く申し訳ありません。

ウー | 2010年9月18日 17:54 さん、私の投稿(一老研究者 | 2010年9月18日 14:18)に言及して頂き有難うございます。「長いコメントの前文は賛同できるんです」とのこと。前文では、マスコミはもちろんのこと、ネットの議論も、事実と論理だけで、冷静に議論できる場になってほしい、ということを述べただけなので、誰も反対しないと思います。しかし、これが実は難しいことなのです。ウーさんの私の後半に対する議論は、事実と論理に基づいているとは、私には思えません。この点は主観的なことも入るので、水掛け論になるのを避けて、別の観点から論ずることにします。

小沢さんを支持する人々が、「小沢問題に関しては最近発表された「小沢氏惨敗に関する考察」(em5467-2こと恵美)が、短文ながら見事な視点と緻密さ・明快さで問題点を鋭く摘出している。是非一読をお勧めしたい。」と述べているので、拝見しました。確かに、事実と論理だけによった明快な論文だと思います。6点のべられていますが、1番目、2番目と6番目は、どちらかといえば技術的なことです。3番、4番、5番目は本質的な点です。この3,4番目は、私のコメント「小沢一郎氏がそんなに大人物ならば、かつての盟友、側近だった人がなぜ彼のもとを去ったのでしょうか?今回の代表選でも、彼の側近と言われる人々に日本の将来を託すことができるのでしょうか」 に対応しています。3番目は全文引用したいのですが、「ベテラン議員が人間的な魅力に乏しく 」などと述べられています。4番目も全文引用したいところですが。「それに比して小沢グループはあまりに貧弱であり、田中真紀子氏や田村亮子氏ではいかにも見劣りする」 という記述があります。これらの事実は、小沢グループの中に、それらに代わる人物がいなかったことを意味していると考えます。3番目には、「小沢さんは今回の敗戦を教訓に統治システム自体を見直すべきと考える。」とも述べられています。事実認識は一致しています。

5番目は政策に関してなので、さらに重要です。ウーさんの「 絶対に曲げない政治信念の確かさ」のように言い切れるのでしょうか? 例えば、日米同盟に関して、1996年ごろの発言と最近の発言は大きく異なっていることは良く知られています。考え方が変化することは、この変化の激しい時代にあって自然なことで悪いことではないと思います。「絶対に曲げない」ことより、「柔軟に現実に対応」すべきで、小沢氏においてもそうではないでしょうか?

最後に、大学関係者として、高等教育費の公費負担について一言。新聞でも何回も報じられているのでご存じかもしれませんが、日本の高等教育費の公費負担の対GDP比はOECD加盟国(28国)中、チリを除いて最下位(27位)です。韓国、中国、では大学に対する投資を、国を挙げて増やしており、日本はじり貧です。東大も、韓国の1大学、中国の4大学に抜かれました。人材を育てなければ、産業もじり貧です。民主党も「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げています。自民党時代でも、党として大学関係者の考えを聞く機会を何回もつくってくれました。しかし、昨年、民主党がやっと政権をとったのに、幹事長室に一元化ということで、大学の関係者が面会を申し込んでも、アポイントメントを一度も取れなかったのです。道路建設などの陳情は受け付け、大学関係者とは会いもしない、というのは、「コンクリートから人へ」というスローガンと矛盾しています。大学関係者は選挙の時、建設業界のように、まとまった票にならないからだそうです。もちろん、選挙に勝って、政策が実行できるのですが、何かおかしくないですか?

■政治の貧困が英雄待望を呼ぶ■

投稿者: 一老研究者 | 2010年9月20日 14:59 様

御指摘に賛同します.

英雄待望論が小沢崇拝へとつながっていると思います.
その原因は,政治の貧困,更に言えば民主党の政治的貧困に行き着くと思います.党の名前は「民主党」ですが,現状の末端党員は単なる「集票マシーン」であり,政策論議を行うことは皆無です.
この惨状を担保しているのが「公選法」です.選挙期間中は「選挙事務所でお酒を一杯」でも,誰かが警察に通報すれば逮捕されます.
結局,警察検察というお上の監視下で「びくびくしながら一票をお願いする」という実情で,まともな人間はこんな「割に合わない選挙運動」には参加しません.
お上の期待は,「善良な日本国民である為には,特定の政治的運動に参加せず,ただ単に投票日には棄権しない」ことです.
公選法改革,政党組織の充実,政策を中心とした政治議論の活性化,国民の政治に対する見識の深化,そして日本国の発展へとつなげていくべきと思います.

菅政権には,この視点で政権を運営して欲しいと願っています.

一老研究者さん

丁寧な返信をして頂まして有難うございます。

>「ベテラン議員が人間的な魅力に乏しく 」や「それに比して小沢グループはあまりに貧弱であり、田中真紀子氏や田村亮子氏ではいかにも見劣りする」 これらの事実は、小沢グループの中に、それらに代わる人物がいなかったことを意味していると考えます。<

うーん、恵美さんのコメントがすべて事実と決め付けていいのでしょうか?彼女の主観で書かれているものです。「恵美さん、ごめんなさい。」

あなたが言う、水掛け論そのものであり、小沢グループが貧弱だとも、田中真紀子や柔ちゃんが見劣りするなど、私はまったく思いもしません。

テレビに何時も出ていればスター議員だと言えますか?リベートが優れていれば優秀な議員でしょうか?

それで言えば、反小沢の生方議員が優秀な大スター議員です。私のもっとも軽蔑する民主党議員ですが。あの方は小沢さんがどんな罪があるのか判らないで批判しています。

改革を望んで自民党を離れた議員が、何の解決も党改革も無いのに自民党に復党して居る議員。そんな人がテレビで何を言っても白々しいだけですが、それでも優秀なのでしょうか?

そして、小沢グループの議員、全ての人格や考え方を知っているんでしょうか?それこそ想像と主観ではないですかね。小沢さんでさえ、代表選であんなに喋るのが上手いと言われるんですよ。

もちろん、一年生議員は経験不足は当然であり、まだまだ勉強することが多いでしょうが、どう育つのかを否定的に見ていませんか?

蓮ほう大臣を超える一年生が出てくるかもしれません。未来は誰にも判りませんよね。私は頑張って信念を貫いた議員を、暖かく見守るつもりです。

>「 絶対に曲げない政治信念の確かさ」のように言い切れるのでしょうか? 例えば、日米同盟に関して、1996年ごろの発言と最近の発言は大きく異なっていることは良く知られています。<

基本的理念の柱の部分は、日本のシステムを変える。官僚依存の無駄使い政治を政治i家が主導で行い、中央主権を地方にお金も権限も渡して全ての地方を豊かにすることを目指す。

この改革こそ全くぶれない事であり、小沢さんの語る夢です。

日米同盟や、消費税、その他の案件などは相手や景気、財政の変化で柔軟に変えるのはむしろ当たり前です。それが出来ないようでは国の指導者とは成れないでしょう。

それを捕らえて、ブレタ等と言う事こそ揚げ足取りで議論になりません。

>民主党がやっと政権をとったのに、幹事長室に一元化ということで、大学の関係者が面会を申し込んでも、アポイントメントを一度も取れなかったのです。<

そんな現実があるのですね。

でもね、私の思う「コンクリートから人へ」は、大学側の陳情・利便は可也ウエイトが低いです。

まず、低所得者が疲弊し生きるのが困難な時代です。そんな弱者に対する生きる為に使うことが最優先です。

そして、少子高齢化、肥大し続ける社会保障をどうするかで将来不安を和らげること。

我が家にも来年、大学生になる子供が居ます。甲斐性の無い親ですから奨学金を利用するつもりで申請準備中です。

でもね、本来なら、就職させるつもりでしたが、希望する職種の会社は全て高卒の求人が無いのです。

大学が不必要だとは言いません。国際競争力をつけるために必要な勉強ということも理解しているつもりです。

でも,学歴や専門的な知識の必要性が少ない職種の会社までが高卒を取らなくなっている。本末転倒の学歴社会が一層、国民生活を追い込み子供を造る事に負担が生じている。

国民が生きる為の目処がつけば
次は教育に使うべきでしょうね。コンクリートはそのずっと後で良い筈です。

 ある時点では積極的意味を持った主張も、状況が発展変化し、政治配置が違ってきた状況では、そのエンドレスな繰り返しが滑稽なことになり、真理だったものが誤謬に転化しかねない。小沢擁護の膠着した論調がそれを示す。
 民主政権の誕生を控え、支配者がそれを畏怖し、検察がそれに呼応するかのように、大々的なパフォーマンス捜査を仕掛け、小沢氏に打撃を与えようと無理筋のストーリーを描いた時期が確かにあった。あっせん利得罪で小沢氏をしょっ引こうとしたこのストーリーが虚妄であったことは現在明白である。
 これが、小沢氏が繰り返し語る、私については現在の法律で何ら罪とするに値しないということは検察自身が認めて居ります、これ以上この問題でどんな説明をしろというのか、もう4回も事情聴取に応じ説明責任を果たしていますという語り口である。
 しかし、世論はまったく納得していない、到底その説明を受け容れていないことは、直感的ではあるとしても強固な小沢不信が溶けないことに示されている。とするならば、世論は、検察が問うている法律上の罪があるか否かという問題だけで判断しているのでは無いという事を推察しなければならないだろう。
 政治的な能力とはこのような状況に対して新たな接近をすることができるかどうかということである。これが高野氏が問題にした新しい論点ではないか。
 その核になっているのが、岩手で行われた小沢事務所による集金術である。公共事業への新規受注参入を狙う西松建設が東北地方における小沢氏の「隠然たる影響力」を信じたのかあるいは中央ゼネコンに吹き込まれたのかは知らないが、巨額の献金を行った。私は実際に小沢事務所による割り振り受注票などが作られたとは思っていない。しかしここに小沢神話が登場する。私の会社は小沢事務所には話を通していますよ、という手形がおそらくこの地域で「小沢氏の潜在的影響力」という神話によって一人歩きしてゆく状況があったと考える。小沢事務所の側はその「潜在的影響力」という広く流布された神話を敢えて否定せず西松やゼネコンから寄せられる献金を受け取っていたのだろう。そしてその献金は小沢事務所の50人を超えると言われる秘書軍団の活動費のためにぜひとも必要だったのだ。
 いずれにせよ、小沢事務所が公共事業にかかわる企業から多額な献金を受けていたことは動かせない事実である。これこそまさに、田中角栄が行った集金術そのものである。この集金術を良しとし丸ごと肯定し、この問題について何も弁解する必要は無いという者は、古い政党スタイル・自民党の金脈スタイルを肯定する側に身を置くことになる。えっ! 小沢さんだけは、私心無き無欲政治家だから企業献金を認めてもよしということですか。そう言えば、政治献金禁止という言葉が最近小沢さんの口から出てきませんね。
 これをどう評価するか、ということが世論を形成する目下の主題なのである。国民世論が求めている「説明責任」の内容がここにある。
 いずれにせよ、国民の7割からNOを突きつけられている政治家が首相になることは金輪際あり得ないだろう。
 これまで検察批判の側に立った者は正しかった。しかし、いまエンドレステープのようにそれを繰り返すだけなら、その言説はひいきの引き倒しという滑稽な誤謬に転化するだろう。

投稿者: 佐藤 泰 | 2010年9月19日 08:24 殿

 組織対策費や自由党解党時の残金が小沢氏の財テクへ流用されなかったと言う論証ができるのでしょうか。

さしずめ改革国民会議と改革フォーラムの会計責任者である平野貞夫氏に説明すべきでしょう。

 検察審査会の強制起訴で離党勧告
中塚一宏氏さえ証人喚問に同意
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 政治資金と財テクの関係が白日にさらされる。
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投稿者: がらんどう | 2010年9月20日 20:25さま

>世論はまったく納得していない
>高野氏が問題にした新しい論点

特に目新しい論点ではありません。
たとえば山口二郎氏は以前から主張しております。
http://uonome.jp/article/yamaguchi

本件に限らず、小沢氏の国民(支援者ではない)へのメッセージ性が低いことは指摘され続けてきたことであると認識しております。

高野氏は小沢氏の諸問題をコンパクトにまとめて再提示したのです。責められるべきは、この問題を放置してきた小沢氏と高野氏のいうところの小沢信者でしょう。

がらんどう様(2010年9月20日 20:25)

> いずれにせよ、小沢事務所が公共事業にかかわる企業から多額な献金を受けていたことは動かせない事実である。<

 その動かせない事実というのは、何時の時点のことで、何処の企業からいかほどの政治資金の寄付を受けていたのですか?

今の時点で、小沢事務所への企業献金に関する事実を、『六何(5W1H)の原則』に沿って特定せずに、公然と摘示する行為は、虚偽の情報により小沢一郎さんの名誉または信用を不当に毀損することを意図する情報操作に相当する危険性が非常に高いと、私は思量します。

 因みに、政治資金規正法(改正=平成11年12月20日法律159号:施行=平成12年1月1日)の第21条第1項に「会社、労働組合、職員団体、その他の団体は、政党及び政治資金団体以外の者に対しては、政治活動に関する寄附をしてはならない」と、また、同条第2項に「前項の規定は、政治団体がする寄附については、適用しない」と規定されており、さらに、政治資金第25条には「政治資金収支報告書またはこれに併せて提出すべき書面に記載すべき事項の記載をしなかつた者や虚偽の記入をした者は、5年以下の禁錮又は100万円以下の罰金に処する」という趣旨の罰則規定があります。

従って、平成12年1月1日以降に、政党及び政治資金団体以外の者に多額の政治資金を寄付をしていた企業は違法行為をしていたことになり、政党及び政治資金団体以外の者が収支報告にその事実を記入しなかった、または、虚偽の記入をしていたら違法行為をしていたことになります。

 然し、企業側が政治団体の名義で政党及び政治資金団体以外の者に寄付していたとしたら、企業側の違法行為は存在しても、政党及び政治資金団体以外の者には、特別の事情がない限り、違法行為は存在しないと看做すべきです。

> これこそまさに、田中角栄が行った集金術そのものである。この集金術を良しとし丸ごと肯定し、この問題について何も弁解する必要は無いという者は、古い政党スタイル・自民党の金脈スタイルを肯定する側に身を置くことになる。<

 田中角栄さんは、平成5年12月16日に死亡しておりますが、平成12年1月1日に、政治資金規正法の第21条第1項が施行される以前には、企業献金も容認されていたことになりますが、貴方様の見解は、小沢一郎さんの名誉または信用を不当に毀損することを意図する情報操作に相当すると、私は思量します。

> えっ! 小沢さんだけは、私心無き無欲政治家だから企業献金を認めてもよしということですか。そう言えば、政治献金禁止という言葉が最近小沢さんの口から出てきませんね。<

 えっ、小沢一郎さんが企業献金を受領していたのですか?

それとも小沢一郎さんだけは、悪人だから政治団体からの寄付を受領してはいけないと、不当差別をするのが日本の司法制度だと貴方様は主張するのですか?

 小沢一郎さんに限らず、“政治献金禁止”という言葉を口から出すような『能足りん族』はいないでしょうね、たぶん、政治活動ができなくなるから…。

 結論として、貴方様は、小沢一郎さんの名誉または信用を不当に毀損することを意図して、虚偽の情報を垂れ流す『能足りん族』の類に相当すると、私は断定します。

 おはようございます。

◆ 「♡小沢さん大好き♥」派なわたし(笑 ◆

 私は、ご承知の通り「♡小沢さん大好き♥」派の一人です。この1年半ほどここの投稿欄コメントをご覧になっている方ならご存知のことと思いますが、私なりに「小沢氏の失敗、欠点や限界、小沢氏側近の無能さ加減。」などを何度か書き、小沢氏が現在『隠忍自重』の時であるとも散々書いてきましたので、その私も含めた「♡小沢さん大好き♥」派へのご批判をいただくのは、一向に構いませんが、小沢氏が放つ全てのことを受け入れているようなご批判には当たりませんので、是非、その辺は自制されて書かれることをお勧めします。

 小沢氏評価・批判には、現在、二つの論点があると思います。

1.代表選挙を通じて菅氏と相対化された「小沢一郎」像について。
 これは、未だ代表選挙を終えて間もないことによる論点であり、時間経過と共に漸減し、菅氏がいなくなれば消滅する論点であって(笑、次第に論点2.へ移行していくものと思います。

2.小沢氏の43年に及ぶ政治家としての「小沢一郎」観について。
 小沢氏の政治理念に絞って履歴を確認しておくと、
 1)自民党→新生党→新進党→自由党→民主党
と政党政治の政治基盤を変遷し、現在は民主党非主流派といわれる立場にある。
 2)その間、政策理念・基本政策の変遷は
 ・・・「日本改造計画」→理念「自由、公正、友愛、共生」の元での基本政策「日本再構築宣言」(新進党)→「自由で公正な開かれた社会」と「自立した国民による自立国家・日本」の実現を目標に「新国家の設計図」として「日本一新11基本法案」(自由党)→ 「信頼される民主党」にするため“I、教育 =「人づくり」から「国づくり」を始める”から始まる「政権政策」を発表(民主党党首就任時)→「国民の生活が第一」(2007年マニフェスト、2009年マニフェスト、2010年代表選挙政見政策)。
と、各節目で自身の思想に合った基本政策を取りまとめて発表し、現在は2010年代表選挙政見政策が基本と成っていると思います。
 
 小沢氏以外の政治家を対象にして、このような論議が起こることはほぼ無いので、その意味でも政治家「小沢一郎」は近現代政治史においても特異な、稀有な政治家であると、「↓小沢大嫌い↓」の方々も含めてお認めいただけると思います。

 さて、小沢氏評価・批判には上述「政治理念」以外に、「政局」に纏わるものが多いですが、これは、所謂「政治ゴロジャーナリスト」の虚実入り混じった論評が飽きないので、ここでは私は避けます(笑。

 さて、小沢氏の主張の一貫性は「明治以来の官僚主導の国家中心型社会の根本的転換」を唱えて続けていることに象徴され、その転換後国家観として、国家統治主権者個人(政治家、官僚、メディア関係者の当然含む)の自立、国家統治委託先である政治(という機能の官僚という機能から)の自立、それらの利己に偏らない相互互恵関係という意味の共存としての「共生」があり、その「共生」社会日本国が自立して世界に存在していることであると思います。

 時の流れと共に、世界は変化を続け、日本国社会も変化のダイナミズムにあります。当然のこととして、その時々によって政治に要求される施策は変化し、政策優先順位は変化します。財政状態、人口の地域集散・年齢構成・中長期増減傾向、社会構造劣化箇所・程度、世界需給構造変化、・・・etc.、変化の中にあって掲げる政策の時系列も質も対応変化します。それをマルで無視したかのような、評価・批判は建設的なものとはいえないと思います。まして、代表選挙時を含めて、現在の小沢氏政策各論への批判が、自由党時代の「日本一新11基本法案」を基にしているなどは、小沢氏がかつて引用した「変らずに生きてゆくためには、自分が変らねばならない」の無理解に見えます。

 小沢氏のカリズマ性について、盲目的英雄視に対する批判は尤もなことと思いますが、街頭、ネットメディア露出に比例して支持率急上昇が実証しているようにも思います。しかし、批判する一方で、例えば、陳情面会アポイントが取れなかったとか、マルで全てへの対応を期待出来る能力を有しているかのような英雄視を前提にした批判は、矛盾していると思います。そのような批判の中には、予め知り得た陳情システム能力に対して、その限界への想像力が無さ過ぎる能力不足、ご自身の捻じ込む政治力不足、などを自省された方が良さそうな、トンチンカンなものもあるようです。

 小沢氏の政治思想分析を様々な方がされていますが、自民党脱党当時は新自由主義:Neo Liberalism、民由合併以降は党内左派との融合を進めリベラル色を強めた社会自由主義: Social Liberalism、そして現在は、小泉-竹中路線絶対自由主義(: libertarianism)的思想と、その対極にある菅氏一派が唱えている大衆迎合主義:populism(これは権威主義とも全体主義とも言われることがある)を結んだノーラン・チャートの対角線で仕切られた右寄りのどこかにある共同体主義: communitarianism(その中でも保守思想寄りという意味)、あえて言うなら日本的共同体主義思想にあるのではないかと思います。

 共同体主義: communitarianismは最近人気のマイケル・サンデル: Michael J. Sandel ハーバート大政治哲学教授が唱える政治思想だそうです。実は、代表選挙期間中、あちこちの民主党議員に小沢氏支持説得メールを送りましたが、説得材料として恐れ多くも小沢氏政治思想を共同体主義: communitarianismと忖度して書き送ってしまいました(笑。何の検証もしないで、単なる私の勘で書いてしまいましたが、今でも私はその勘を信じています。菅氏は信じていませんが(笑。

 小沢氏は常に進化しています。

◆ 「♡小沢さん大好き♥」派なわたし(笑 ◆

も進化しなくは!

お断り:
 私へ名指しのお褒め、叱咤に直接お応えはしかねます。この内容についてのご批判には、私が必要と感じたら、その都度、ご批判内容について、名指しせずに書かせていただきます。よろしくご了承ください。

一老研究者さま

冷静かつ理性的な素晴らしい投稿です。
常々考えている事柄に関してのご指摘があり、その点に質問があるのですがよろしければお付き合いください。

>事実と論理だけで冷静に議論

本件は日本国民一般に可能だとお考えでしょうか?

日本国民をマスとして捉えた場合、少なくとも今世紀での実現は不可能だと考えます。根拠は「事実と論理だけで冷静に議論」することの意義とその実践の教育がほとんどなされていないことです。米国では初等教育に組み込まれていると理解しておりますが、その点で著しく異なります。さらに、来世紀以降も絶望的だと考えます。根拠は日本の社会構造です。

評価されておられる「小沢氏惨敗に関する考察」ですが、本質に迫っておらず表層的な分析に私には見えます。ただ一点、‘人間は理や利だけで動くものではない、最後は情・誠で動く。’を肯定的に記していることはポイントです。それは、日本国民一般にとって、情・誠など、あるいは「和」が古くからの規範であり、「事実と論理だけで冷静に議論」は二の次で、それが教育にも反映していると考えます(是非は論じているのではないことをご理解ください)。

「事実と論理だけで冷静に議論」する姿勢を保つことができるのは、それが職業上最重要な規範であるため鍛練する必要があった方々、あるいは何らかの原因で個性として持つことができた方々に限られるのではないでしょうか。一方、情緒的な規範をもつ大多数の日本国民は、大事な場面であればあるほど「事実と論理だけで冷静に議論」はないがしろにされる傾向にあると考えます。

マスコミも商売相手が日本国民一般である以上、「事実と論理だけで冷静に議論」が彼らの職業上最重要な規範となり得る状況が想像できないのですがいかがでしょうか。

ウーさん、早速のコメント有難うございます。

恵美さんの「小沢氏惨敗に関する考察」のごく一部を引用したところ、それに関する細部にわたる議論に陥りそうなので、大枠について論じたいと思います。特に、6項目のうちの3,4,5番目についてです。

ウーさんはこの論文の3,4,5番目をどう思われるのですか?異議があるならば、どの点ですか?

私は、修正したい点や、付け加えたい点もありますが、本質を突いていると思います。恵美様さんはこれらを敗因と考え、「小沢さんは今回の敗戦を教訓に統治システム自体を見直すべきと考える。」と提案されています。決定的に異なる点は、私は、これらの諸点は小沢一郎氏の政治手法そのものに依ってきたると考えるところです。小沢一郎氏が、自由民主党、新生党、新進党、自由党、そして民主党時代に何をやって、何をやらなかったのかを踏まえて、私はそう考えます。もちろん、小沢一郎氏も変わってきていますので、小沢一郎氏もこれから変わる可能性は否定できません。そこをどうとらえるかが、大きな分かれ道だと思います。各個人が、事実に基づき、冷静に判断すべきことだと思います。

最初の投稿でも述べたように、現在の日本は極めて厳しい状況で閉塞感に満ち溢れています。このような時に、強いリーダーシップを持った政治家が期待されるのはもっともです。ドイツのワイマール共和国の最後の時期などもそのような時代であったのだと思います。その状況が結果として、ナチの台頭をゆるしたのです。社会を大きく改革するのは、並大抵なことではなく、一人のリーダーシップだけで実現されないことは歴史が証明していると思います。国民全体が賢くなり、忍耐強くなることが必要です。このサイトは、事実と論理だけで冷静に議論できる場になって、日本を改革していく力になってほしいと願っています。脱_依存( 2010年9月21日 06:28)さんも危惧しているように、日本にはその基盤が脆弱であることは確かです。しかし、それを克服していかなければならないと思い、今回、初めてウェブに投稿しました。しかし、老人にとって、しかも仕事しながら、コメントに対応していくのは難儀なことだと分かりました。これをもって投稿するのは最後としたいと思います。コメントして下さった皆様有難うございました。

一老研究者 さん

最後とは言わず、いつでもお暇な時で構いませんのでご投稿され、貴方なりの論説をお聞かせいただければと思います。

私も、恵美さんのオリーブニュース投稿記事を読み、そう考えてるんだと、感心し感想を投稿しています。

貴女は、サポーターなどで民主党に深く関わり、議員にも接する機会が有るようですので、議員個人の性格、考え方も私達より正確に理解されての論説でしょう。

でも、だからと言って全てが正解で事実だからと言う貴方の論の組み立てには納得できません。

これは貴方への返信であり、恵美さんの論説を全否定する訳ではありませんので誤解のないように。

【三、議員の間接支配について
】>>小沢さんは、幹事長時代、配下のベテラン議員に新人議員を教育させる事にした。これが滅法評判が悪い。よけいな事をしゃべるな。政策を勉強する以前に地元でドブ板を踏め。
地元での地盤固めは最優先事項であり小泉チルドレンの末路を見れば、一理あるのだが、自由な発言すら封じるのは、言論弾圧であり「自由党」の流れを汲む小沢グループが最もやってはいけない事である。
それはベテラン議員が人間的な魅力に乏しく、本当に新人議員の事を思っているのか、それとも舌下事件によって、自身の教育管理が小沢氏から減点を食らう事を恐れてか?は、接している人間には敏感に伝わる。
今回は小沢支持で汗を流した三宅雪子さんでさえ、小沢幹事長時代は自由に発言できなくて息苦しかったと述べている。
小沢さんは今回の敗戦を教訓に統治システム自体を見直すべきと考える。菅代表は最後の演説で、新人議員の前職を述べて、全員参加を強調した。ネット社会の現在は、フラットな組織が望まれる。思い切って小沢氏は、自ら胸襟を開き、議員会館をオープンにして新人議員と常にお茶会を開いたら如何か?茶は茶でも、茶坊主議員は、排除した上で・・・。<<

小沢さんの選挙での教えは、多数決の論理です。勿論、数の傘を利用した強硬な傲慢政治を意味する筈は無く、信念の政治実現には政権を得る議員数を確保することが第一。

私は横粂議員のテレビで話す映像が全てを物語っていると思います。頭脳は優秀であっても、信念が弱く、無様な姿を曝してしまった。

まだまだ教育途中で経験不足である以上、民主党のマニフェストと言う掲げた目標を貫く方向で精進する。テレビで話すのは議員としての核が出来上がるまで出来れば避けたほうが良いと思います。

それに小沢グループの中堅議員が無能だとも思いません。上手く新人を育て上げると思います。

私は、野球部でしたが上下関係が厳しく一つ年上でも先生より怖い縦社会を経験してきました。

仲良しグループよりも、規律や挨拶、厳しい教えこそ、一人前に鍛え上げる事に良い期間だったと今でも思っています。

体育会系の人間関係では小沢さんはとてつもなく大きく遠い存在に見える。しかし、一旦話してみるとビックリするぐらい優しく暖かい笑顔で包んでくれる。だからこそ尊敬と信頼有る関係に成れるのでは?

【四、スター議員の誠意について】

前の投稿で述べたように、テレビ出演が偉いのではなく、生方・偽黄門などは最悪の人格だと思います。勿論、恵美さんの言わんとすることは理解できます。

でもそれは、マスコミ側の意向で小沢派を使わないのだと思います。細野さん・原口さんの様にグループ外で擁護してくれる人が居るだけでも今は仕方がないでしょう。見た目に良い男は、結構居るのですよ。


【五、小沢氏の露出について】
これも同じく、まずマスコミ側が出さない。そしてそれ以上にご本人がバラエティには出ないでしょう。

オリーブコメに投稿しましたが、TVタックルで、小沢さんが時代劇にカツラをかぶって出演なんて絶対にしないし、して欲しくない。有る意味のカリスマ性を失わせ、官僚に舐められるのは、総理に成った後に良いとは思えません。

まあ、たかじん委員会や金曜スパモニへのゲストコメンテーターにサプライズ出演は良いでしょう。

このジャーナルに、高野さんと激論を毎週行うと言う企画も良いと思います。

ウーさん、

恵美さんの「小沢氏惨敗に関する考察」の6項目の5番目は
五、政策について
であり、五がだぶっており、小沢氏の露出については6番目であることだけを指摘して、お仕舞にします。

≪最近テレビの街頭インタビューも含めて、人々の言動で気になること≫

少し引用させていただきますが、

<<
【誰か特別の剛腕者個人に託さなければならないことではない。】<<
この後に、しかしリーダーシップは強くあって欲しいと続く。そして、
>>
私は小沢信者ではなく、菅さんの支持者でもなく、無党派一市民です。
民主党の地域主権国家、東アジア共同体を構想に私は強く賛成するために、民主党を支持しています。<<

この方は、高野さんに賛同なされている方ですが、であるから、菅さんを応援し3年の歳月の間(しかない)に上記の政策をと願っているのです。

私の言いたいこと分かって頂けますでしょうか。
>民主党の地域主権国家、東アジア共同体を構想<
これこそ小沢さんの主張される政策であって、「日米同盟の強化」を政策とする菅内閣の政策ではないのです。

また別の方は
>>
 尻が青いと言われようが、夫々の理想社会に向けて、具体的な政策を研鑽し行動している若い有能な議員達に、明日を託したいと<<

古い政治家は引っ込んでという前提と思いましたが、この「夫々の理想社会に向けて」と言うところ!!
昨年の鳩山政権が挫折した一つの大きな原因が、夫々の閣僚が、夫々の理想を追いかけて走り出したことに依るのではなかったでしょうか。


街頭でも。菅さんの増税論には支持すると答えながら、子育て支援は5万円欲しい。年金も教育も、とにかく暮らしやすい世の中にして下さい。と続くのです。消費税増税の意味するところが分かっていない。昔目にした、戦前の小学校にしか行っていない人々の方が、どれほど知的であったか・・・”先生の作り方”が間違っているのではないでしょうか。

小沢が政局を動かす職人的達人

小沢が政局の達人ということならば、こういう豪腕による芸のみが残ったというのが、
今の日本の政治の貧困を示していて、 そのことに寂しさを覚える。
私にとっての 歴史上の政治の達人とは、 川島正次郎 とか 椎名悦三郎だが、 かれらは
必ずしも 力技を用いず、 柔を持って剛を制する というような、ひじょうに洗練されたものだった。
川島の芸が 政治の術としてなぜ継承されて こなかったのか。 というか、 川島の芸が 小沢に力技によって無効化されてしまったということかもしれない。

ただ、政治の職人ということでいえば、 小沢よりも 川島のほうがはるかに上段者だろう。


1960年代までの日本は、 子供たちであれていた。 小路では、 多くの子供たちが
遊んでいた。 そういう風景が 普通だったはずです。

この時代は、 子供たちの間で グループが形成され、 そのグループの中に
ガキ大将というのが生まれた。 ガキ大将というのは非常に重要な役回りで、
子供たちを 彼なりの知恵で持って
うまく操縦して危険なことにならないように気を配ったのに違いない。

あるいは、 別の子供たちのグループの間で衝突することもあったでしょう。
そういうときにも、ガキ大将は 先頭に立ってリードした。

今の時点で 60歳代以上の日本人は、おそらくこのような時代の少年であったはずだ。
まさに、小沢一郎も こういう情景の中で 少年時代を送った。小沢自身も
ガキ大将であったかもしれない。

このようにたくさんの子供がいて、 そこにグループが出来て、ガキ大将が生まれて、
そして グループ内で 主導権争いもあったろうし、 グループ同士での衝突もあったろう。
そのようにして、 この当時の 日本人たちは、政治、あるいは権力というものの原初的体験を
積んだのに違いない。

それが、政治の世界で 派閥という現象となって 現れる。
まさに、子供時代の風景を 大人になっても 再現しているような感じだ。

ということからすると、
このような日本の派閥を特徴とする政治のあり方は 必然的に変わってくるのではないか。
今の日本は 少子化社会です。 小路には 子供たちが溢れているわけではない。
だから、 子供たちが徒党を組むということも出来ない。だから ガキ大将も生まれない。

こういう状態での子供たちは、 1960年代前の子供たちのような権力体験を持つことはない。
おそらく、小沢一郎の世代が ガキ大将世代の 最後かもしれない。

60歳より若い政治家は、おそらく派閥の形成力が弱く、よって より個として立たなければならなくなる。
おそらく 日本には 派閥に縛られない 別の政治スタイルが 次第に形成されるはずだ。

高野さんの意見はつまるところ、..
> 鳩山由紀夫前首相が辞任に際して小沢を道連れにした...(しかしこの辞め方は正しくなかった)

に尽きるのでは?
わたしはこの考え方に賛同しません。
この作られた世論、つまり「..いくら捏造と歪曲によって作られたものであっても世論は世論」を正す闘争劇を(あの時点で)しろということですよね。

はてしてそうだったでしょうか?
参院選を間近にしたあの時点でのダブル辞任劇は致し方ない判断だったと思います。
来る参院選までに、世論を味方に付けられるような見込みなんて全く無かったし、
かりにその汚名挽回闘争に打って出た結果、参院選惨敗という可能性の方が高かったのではないでしょうか。

ダブル辞任に至るまでの時点で、この政治とカネの問題とは、単に鳩山氏と小沢氏という個人にとどまらない、もっと大きな、政権交代をなしたエネルギーに対する攻撃であるという明確な意識をもって動いていた人はどれだけ居ましたでしょう?。
高野さんの論理が正しいのなら当時そのような動きがあってしかるべきです。しかし、菅氏をはじめ現閣僚の多くの方々は彼ら二人を守ろうとしなかった。それどころか、むしろ彼ら二人の退場を待っていたような気配が濃厚です。決然と行動したのは原口氏など数えるほどだったのではなかったでしょうか。
そんな状況で汚名挽回の闘争劇を始めたとして勝算が見込めるとはとても思えないのでは。

このような汚名挽回の闘争劇をすべきだったという論理は、
あの時点では確実性が全く見込めない架空の議論をしかけているように思います。つまり、いまさらの無い物ねだりということです。
それと、参院選が終わった後に、そんな汚名挽回の闘争劇を言うというのもいかがかと思います。そこまで言うのなら何故あの時点で並みいる閣僚達に鳩山氏と小沢氏を守らせようと働きかけなかったのでしょうか?。

> 私は小沢の信者ではないが

私も小沢信者ではないですが、それにしても このJOURNALに
なんでこんなに多くの小沢信者が居ついてしまったのか、だれが 謎解きしてください。
このJournalの読者の8割以上が小沢信者という印象だが、 民主党支持者全体からしても
多い割合だ。このJournalに それだけ多くの小沢信者がやって来た からくりはなんだ。

それと、ツイッターを見ていて、この「小沢信者」という言葉が決まり文句にまで
なったことが わかった。つまり、 「小沢信者」が一つの現象として捉えられるように
なったということだな。

>せめて何らかの意見や反応が出来たのではないでしょうか?ちょっと苦言です。

丁重に理由まで述べた上でご辞退されている方に対し、(少々追加書き込みをされたからといって)さらなるコメントを求める態度は不遜かつ傲慢です。私も当サイト・他エントリーで、小沢信者の方から同様な振る舞いをされた経験があります。

「信者の傲慢さ」を信者自身は気付くことができず、さらに指摘されても理解できない方が多いようです。それがどれほど負の作用を持っていることか。

信者=「依存病」患者たちは、なんとも哀れな存在だと感じます。

 おはようございます。

 自覚的思考停止がレッテル貼りをさせる 

 小沢氏が民主党党首であったとき、不当な強制捜査の結果、大久保元秘書が任意聴取を装って出頭させた直後に逮捕され、検察特捜のマインドコントロール下に置かれて思考停止したメディアによって、小沢氏に「政治とかね」問題を抱えた悪い人物というレッテル貼りがなされ、広く流布されて世論も思考停止に堕ちた。いま、その大久保元秘書が起訴された嫌疑は訴因変更によって胡散無償している。その間、当時側近と言われていた渡部恒三氏、藤井裕久氏始め、民主党議員の多くは思考停止状態に自ら貶め、思考停止に堕ちた世論に後押しされてそこから抜け出す努力もせず、更に、小沢氏に「政治とかね」問題を抱えた悪い人物というレッテル貼りに勤しんだのである。

 それでも、小沢氏が築いた選挙態勢の下で衆議院選挙に大勝し、政権を獲得し、小沢氏は幹事長として返り咲いた。これで悪質なレッテル貼りは一旦止んだかに見えたが、怪しげな市民団体告発に不法にも乗った東京地検特捜部は新たな攻め手を捏造までして小沢氏を攻め立て、そのレッテルの正当性を強化する試みに出た。しかし、司法判断に問うほどの事実は無く、辛うじて元秘書3人を実在が疑われる形式的違法行為に頼って起訴するに留まった。怪しげな市民団体はそれをいいことに、小沢氏を起訴された元秘書の共犯関係で告発し、検索不起訴を不服として、検察審査会に申し立てをした。それによって、小沢氏は「政治とかね」問題を抱えた悪い人物というそのレッテルは活き続けることになってしまった。

 参議院選挙を目前に控えて、普天間基地移設問題で不評を買っていた鳩山由紀夫氏は、自身の偽装献金問題が有罪確定し、国会答弁にて押収資料が戻されたら使途仔細を公表すると明言約束していたにも拘らず、使途公表の前言を翻して拒否し、内閣支持率は10%を割ろうかという勢いで、民主党が窮地に陥っていたとき、小沢氏が鳩山氏に辞任を促し、その責めの一切を小沢氏自身が負うことを覚悟してダブル辞任が実現した。既存のレッテルを逆手に取った「脱小沢」の目論見通り、「クリーンの民主党を・・・」とイケシャアシャアと語った鳩山氏のダブル辞任理由に、民主党議員は愚か、世論も同調し、内閣支持率・民主党支持率は無意味に急上昇して、「脱小沢」のレッテル貼りは大成功した・・・かに見えた。

              ・・・つづく

つづき

 その間、事実確認努力、冷静な論理的考察努力の帰結として、小沢氏には「政治とかね」問題は皆無であるという事実を知った者達は、小沢氏や小沢氏の立場を支持し始めた。しかし、検察特捜のマインドコントロール下にあって思考停止したメディアは、メディア自身の利権死守使命も有って、小沢氏は「政治とかね」問題を抱えた悪い人物というレッテル貼りを強化流布、「脱小沢」路線の正当性を繰り返し流布し、それによって意識コントロール下に置かれることになった世論は、ある種のヒステリー状態に陥り、つまり、強迫的嫌小沢意識の虜にされてしまった。

 小沢氏がプレゼントした「脱小沢」レッテル貼りによる政権支持浮揚は、政権自身の無能により無駄にされ、参議院選挙に大敗して、政権にとって塗炭の苦しみを余儀なくさせられるだろう参議院議員与党系過半数割れの衆参ねじれ地獄を示現させてしまった。それでも「脱小沢」レッテルの威力は、強迫的嫌小沢意識の虜にされてヒステリー状態にある世論に活き続け、それに縋って民主党代表選挙において、表現を変えたレッテル「反小沢」、「非小沢」、「親小沢」、「古い政治手法の小沢」、「小沢信者」、「小沢信者=「依存病」患者」を作り出し、その思考停止レッテル貼りに勤しんで現政権に辛勝を齎した。国民にとって不幸なことに、思考停止によるレッテル貼りの成功体験が、現政権にまた一つ積み重ねられてしまったのである。

 ここで言う「小沢信者」というレッテルには、それを好んで使う者の属性として、小沢氏や小沢氏の立場を支持する者達が訴える事実や論理に対して理解することを放棄、寧ろ、理解能力の無さを、事実と論理に基づいて反論する能力の無さを自覚している事実が含まれているから、その定義を問うても意味は無い。それに答える能力が無いから、思考停止してこのようなレッテル貼りをするのだから。ただ、最近、面白いレッテルを見つけた。「小沢信者」の対極にあるレッテルである。それは、

             ・・・つづく

つづき

「小沢信者」 ⇔ 「小沢信者え!」

である。この自虐的レッテルは、「反小沢」の究極=「小沢信者」よ小沢とともに消えてなくなれ=「小沢信者え!」、ということだろうか?何とも恐ろしい残虐さであるが、幼児が時折見せる残酷さに酷似していると考えれば、このレッテルは「なるほど!幼児と同レベルの思考能力なら アルアル!」と納得されることと思います(笑。

 さて、今、FD改竄を、「FDに時限爆弾を仕掛けた」と、その理由を含めて平然と同僚に語ったと報じられたが、「物的証拠」の改竄が明るみに出たことだけがメディアで取りざたされている。それ以前に、村木氏の裁判を通して明らかになった信頼性の無い「供述証拠」、多くの不採用「供述証拠」聴取に、直接主導的に関わったのが前田特捜検察官だったことを忘れてはならない。つまり、それら信頼性の無い「供述証拠」の存在が未だに検察庁内部で問題視されていないことに注意すべきで、このままでは、検察官全員共有の矯正されるべき体質が存続しかねない。今回は、偶々「物的証拠」捏造という形で象徴的に報じられているが、その直前には「供述証拠」に信頼性が無いことが裁判所で指摘されていたのである。

 「供述証拠」聴取の問題点は、・・・、佐藤栄佐久氏の事件、鈴木宗男氏の事件、西松建設事件、陸山会事件などでも徐々に明るみに出ているが、村木氏の事件公判でその正当性は悉く否定され、FD改竄を、「FDに時限爆弾を仕掛けた」と、その理由を含めて平然と同僚に語れる検察内部の雰囲気の中で、独善的に強引に供述させられ、あるときは捏造さえされている、多くの偽装「供述証拠」生産の実態である。その偽装「供述証拠」を御用メディアは何ら検証もせずに垂れ流し、思考停止レッテル貼りに勤しみ、それによって思考停止レッテル貼りは世論を形成し、その世論に押された検察は、その毒牙に掛かけて多くの市民の人生を破壊してきたのである。

 さぁ 思考停止レッテル貼りに騙されるなよ!

 今度の犠牲者は、貴方方鴨?(笑 

終わり。

投稿者:: ばろんでっせ | 2010年9月23日 06:03

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2009年11月、日刊工業新聞社

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