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郷原信郎:「政治とカネ」を代表選の争点にするな!

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 次期首相の座をめぐって激しい選挙戦が繰り広げられている民主党代表選。ところが、議論されている中身はといえば「政治とカネ」の話ばかりで、世論の動向にも大きな影響を与えている。その問題点について、名城大学教授・コンプライアンス研究センター長である郷原信郎氏が本誌編集部のインタビューに応じた。(9月3日取材)

(文責:《THE JOURNAL》編集部)

※動画バージョンは以下のURLにアップされています。
www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/09/post_638.html

★   ★   ★

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検察が危ない (ベスト新書)

郷原信郎氏(名城大学教授・コンプライアンス研究センター長)

──民主党代表選で「政治とカネ」が大きな争点となっています。事実上の首相を選ぶ選挙に「政治とカネ」は論ずべきテーマなのでしょうか

 昨年3月に西松事件、そして今年1月には小沢一郎氏の政治資金管理団体である陸山会の不動産取得問題が発覚しました。この間、検察は一貫して小沢さんをターゲットに捜査を行い、それをメディアが大きく報道しました。結果として、世の中には「小沢はカネに汚い政治家」というイメージが作られました。

 ところがその実態は何だったのか。少なくとも西松事件に関しては犯罪事実としての中身がなく、陸山会の不動産取得問題については元秘書である石川知裕議員は起訴されたものの、小沢さんは不起訴となっています。一連の流れを冷静に見てみると、これまで大騒ぎされた「政治とカネ」という問題は、今回の代表選を判断するほどの決定的な実態はありません。

──「実態がない」とは具体的にどういうことでしょうか?

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 今回の代表選で議論となっているのは、世田谷の不動産取得問題に関連するものですが、検察の判断ではすでに小沢さんは不起訴になっています。ただ、その不起訴に対して検察審査会に申し立てが行われたため、審議の結果として起訴相当の議決が出ました。しかし、市民の声を受けて検察は再捜査したものの、結果として再度不起訴にしました。これは、検察が短期間で結論が動かないと判断したことを意味します。ただ、検察審査会はもう一度審議を行うことになりますので、再度「起訴相当」の議決が出る可能性はあり、その場合は強制的に起訴されることになります。

 たしかに小沢氏が起訴される可能性はあるけれども、この被疑事実の中身とは、不動産の取得時期と代金支払時期がたった2ヶ月あまりずれた「期ズレ」の話で、そもそもこのこと自体が政治資金規正法上の違反に問えるのかどうかも疑問です。仮に、当時の会計担当者である石川さんが違反と判断されても、小沢さんが共謀したという立証は極めて難しい。そう判断して検察は不起訴にしたのです。つまり、検察が2回も不起訴にしたということは、小沢さんに「政治とカネ」で問題となるような中身はほとんどなかったということなのです。

検察審査会が首相への拒否権を持ってはならない

 もちろん、一般市民である検察審査会の審査員がどう判断されるかは自由です。ただ、訴追機関である検察が2回不起訴したにもかかわらず、それが審査員の判断で起訴となったとしても「検察限りの判断で終わりせず、裁判所の判断を仰ぐべき」ということにすぎません。

 ところが、いまのメディアは検察の起訴と検察審査会の2度の起訴相当議決による強制起訴を一緒にしているのです。コンサートにたとえるなら、検察の処分までは事前に発表されている正式な曲目で、検察審査会はアンコールのようなものです。起訴相当の議決も「おまけ」のようなものと捉えているのならいいのですが、そうでないから困るのです。

──残念ながら、現実には「政治とカネ」が代表選の争点の一つとなっています

 すでに法的にはほとんど決着がついている問題を再度掘り出して代表選の争点にすることは、明らかにアンフェアです。私は「政治とカネ」を代表選の争点にすべきでないということを強く言いたい。

 「政治とカネ」というとき、具体的な問題の中身を理解しないまま、イメージだけで判断してしまっています。これは非常に危険なことです。このような曖昧なイメージで首相になる資格が失われてしまうということになれば、特定の政治家に「カネに汚い」というイメージを植えつけるだけで、その政治家が首相になることを防げます。つまり、検察審査会に選ばれた11人の審査員のなかのわずか8人が、首相への拒否権を持つということになるのです。

検察審査会が民主主義のバランスを崩しかねない

──小沢氏は3日午前に出演したテレビ朝日の番組内で検察審査会のあり方について将来的には議論がおこるだろうとの主旨の発言をしました

 当然のことです。これは小沢さんの事件に限らず、検察審査会の議決に起訴の拘束力を持たせた現在の制度が、日本の刑事司法にとって、または検察制度にとってどのような影響があるのかを考え直さなければなりません。特に、政治資金規正法違反のような政治的な事件に対してこの制度を適用すれば、民主主義のバランスを崩す可能性があることも議論されなければなりません。

──明石の花火大会歩道橋事故の件も含め、本来は検察を審査するはずの検察審査会が被疑者を審査しているような形になっています

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 現状では検察審査会が「第二検察庁」のようになっています。検察審査会は「検察の処分が正当か」を審査することが本来の目的ですが、検察審査会の処分が2段ロケットの2段目のようになってしまっています。これは検察審査会の制度趣旨からしておかしい話で、考え直さなければなりません。

──西松事件で小沢さんは民主党代表の座を辞任し、陸山会事件では幹事長を辞任せざるをえなくなりました。次は、検察審査会が代表選に大きな影響を与えようとしています。この1年半の間、常に検察の動向が政局の中心となっていることについてどのように思われますか?

 極めて不健全な状態です。検察官は政治のキャスティングボートを握れるような世の中の民意を反映した組織ではありません。しかも、検察とは国家機関として捜査権限や訴追権限を行使する立場です。説明責任も情報開示義務も負っていません。検察内部で意思決定したことが政治に大きな影響を与えているという現状は、民主主義の基本である「権力分立」の観点から見ると、とても異常な事態だと言わざるをえません。

菅首相はホームベースにボールを投げろ!

──「政治とカネ」が繰り返し取り上げられることによって、特に序盤戦では本来代表選で取り上げられるべき政策論議が脇に追いやられてしまいました

 「政治とカネ」の問題とは何なのか。実は、ほとんどの人がその中身について理解していません。これは何を言っているのかわからないのに、なぜか効果が出ている「呪文」のようなものです。

 たしかに「政治とカネ」には法律的な意味と政治家としての倫理的な意味があります。「検察審査会が...」というのは法律上の問題で、法律的にはさきほどもお話したように何の問題もありません。一方、それとは別に政治倫理上の問題があるのかもしれません。であるならば、問題の中身を具体的に言えばいい。ところがそれも明確に指摘されることはありません。一体何が問題となっているのかすらわからない。

 ただ、憲法75条との関係では問題があると言えます。憲法75条では内閣総理大臣は、本人が同意しない限り訴追されないことになっています。小沢さんは検察審査会の2度目の起訴相当の議決によって起訴される可能性が残っている状況で、この条文を利用すれば、総理大臣の職を失うまで起訴が先送りされる効果が生じることは間違いありません。たとえ起訴されても有罪の可能性はほとんどないとしても、「首相になろうとしたのは訴追を逃れるためではないか」と疑われることは避けられません。

 なので、私は「あとは小沢さんの姿勢次第だ」と言ってきました。「訴追逃れ」と見られないためには、代表選への立候補を発表した時点から「訴追には同意する」と宣言すればいい。そうすれば「訴追逃れ」という批判を跳ね返し、「政治とカネ」が代表選の争点から消えるからです。

 それが、討論会の場で憲法75条について問われたとき、小沢さんが「逃げない」と発言しました。訴追を受ける意思を明らかにしたもので、これで「政治とカネ」の問題は今回の代表選の争点からは基本的に排除されました。「政治とカネ」の呪文はいまや完全に廃れた。これからは堂々と政策論争をやって、残りの代表選を盛り上げてほしいと思います。

──今後の代表選には何を望みますか?

 私は、これまで小沢さんがどのような政策を考えているのか明確に聞いたことがありませんでした。漠然とした印象では、小沢さんは積極財政論者で、公共工事や子ども手当てなどで国債を増発する方向ではないかと感じています。緊縮財政的な政策をすすめる菅政権とは政策が大きく違うという印象でした。また、小沢さんは官僚主導の今の国のあり方を変えていくという強い意志を持っていると感じています。ただ、これは小沢氏だけではなく、民主党全体がこれまで言ってきたことですので、具体的に「官僚主導をどう脱却していくのか」という観点から、今の日本に必要なことを菅さんと小沢さんの間で政策論議を闘わせることが必要だと思います。

 その意味では、小沢さんは自らの政策を今回の代表選で積極的に表に出しています。ところが、菅さんは「政治とカネ」の話を繰り返し持ち出し、ホームベースにボールを投げないといけないのに、一塁方向に向かって牽制球ばかり投げていました。しかも、その牽制球は暴投で大量失点。菅さんはちゃんとホームベースに向かってストライクを投げないと勝負にならない。

 だから、菅さんにはもっと頑張ってほしい。今までのように「政治とカネ」で揚げ足をとるようなことをしてほしくない。一塁に牽制球ばかり投げていたのでは「8年ぶりの民主党代表選はいったい何だったのか」ということになってしまいます。多くの人は菅さんは財務省べったりで、官主導からの脱却ができていないと思っているわけだから、一発逆転を狙うのであればここは一つ、財務省中心の官僚組織に対して「こうやって正面から戦いを挑む」ということを主張して「官主導からの脱却は私でないとできない」と示してほしい。日本には財政制度、単年度予算主義、補助金のあり方など、根本的な部分で変わらなくてはいけないものが残っています。財務省中心にこの国が動いてきて、その財務省の支配から脱却し、本物の政治主導・民間主導という、新しい日本の社会をつくりあげないといけない。このことを主張できたとき、菅さんははじめて小沢さんを逆転できると思います。政策論議で勝負することが、あるべき代表選の姿です。

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■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。投稿される方は、投稿前に下記のリンクの内容をご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

郷原様

小沢氏の無罪は信じて疑わないのですが、あまりに長い間、マスコミ批判にさらされ続けました。
国民のマインドコントロールされた心を正常化させることは並大抵のことではありません。
しかし、総理になれれば、政策を一つ一つ着実に実行していけば、国民の支持はすぐ50%などは超えてしまうと思います。
一番の問題点は、菅氏は、明らかに「政治とお金」を問題視し、「数とお金の旧い政治」を小沢氏として、攻撃材料にしています。
菅氏グループは反小沢の排除の論理なのに、小沢氏は、菅氏を要職に起用することを明言しています。
人物、人格の差といえば聞こえがいいのですが、売られた喧嘩を受け流している感じがします。
小沢氏はそれでよいとしても、グループの人たちは、納得できないのではないか。
郷原氏は、菅氏が官僚と戦う姿勢があると思っておられるようであれば、大きな間違いです。マスコミと官僚は切っても切れない密接な仲間なのです。もう少し政治を知って話しておられると買い被っていましたが、がっかりしています。

郷原さんは小沢氏と菅氏、双方の良いところを見せてほしい、と言っている。
これは間違いじゃない。一方を責め、一方を擁護するでは偏向報道の旧態メディア(=新聞テレビ)となんら変わりないことであり、双方に頑張ってほしい、と言っている郷原さんは、『ジャーナリスト』として正しい発言をしているので批判するつもりはない。

ただ、今回の『政治のカネ』については、法律云々じゃなくて、それが具体的にどう悪くて、どのように国民にとって不利益をもたらすのかを論ずるべきではなかろうか。
単なる期間のズレ、という現実を知らない新聞テレビ至上主義者はたくさんいるが、周りでは少しずつ変化が起こっている。年始に奇声を上げていた新聞テレビ至上主義者であっても、こっちが村木氏の話を持ち出し、「去年、アレだけ騒いだのに顛末を知らないのか?」と聞いたときは口篭り、小沢氏が不起訴になり「ありもしない5000万を調べるのに血税20億が無駄にされたことは構わないのか?」と聞いたらバツが悪そうな顔をしたから、少しは考え直した気はする。
でも、まだ足りない。
真実どころか事実にすら到達していない連中はごまんといる。
今現在、ジャーナリズムが確立しているのはおそらく週刊誌の方だろう。
ポストとアサヒあたりは菅氏不支持、現代や大衆は小沢氏不支持と二通りの選択肢を見せてくれている。
少なくとも二つの考えがなければ、それは偏向であり、事実ですらないのだ。
新聞は6社、テレビは4社あるのに報道が同じだと言うことを疑問に思わない新聞テレビ至上主義者たちは「百聞は一見にしかず」という諺を知らないのだろう。
誰かが自分の女房を説得したいと言ってたが、「百聞は一見にしかず」って諺を知っているか?と言ってみたらどうだろうか。

>小沢氏の「政治とカネ」の報道について、マスコミに説明責任がある<
 もともと、この問題は、特捜検察とマスゴミが共同して有りもしない政治資金規正法違反を意図的にデッチあげ、あたかも不正な資金で贈収賄が有るかの如くに世間を騒がせて作り上げられたものである。
 その結果が1年以上にも亘る国家権力による捜査にも拘わらず、小沢氏を起訴することができなかった。起訴された小沢氏の秘書達もそれが起訴に相当する違反であるのかはなはだ疑わしいものであるとは、郷原先生のご指摘の通りである。
 ならば、あの検察のリークとそれに輪をかけて毎日の様に新聞やテレビで報道して大騒ぎしたあの政治とカネの報道の中身はなんだったのか?これこそが、マスコミが世間に対してしなければならない“説明責任”である。
 

郷原さん、是非朝日新聞、NHKなどの大手メディアに関する官房機密費問題を取り上げてください。この問題は、日本の民主主義の根幹にかかわる問題であるにもかかわらず、大手メディアは頬冠りして逃げようとしています。先日法廷で官僚が開示は国益を危険にさらすなどと言った時の報道もきわめて短くおざなりなものでした。仙石氏が開示にはまだ一年くらい検討が必要などと言った時も、その理由さえ追及していません。
小沢氏のような(なぜか)嫌いな人物に対しては政治と金、あるいは古い体質などと非常に抽象的だがアピールしやすい言葉でイメージを作り、その反面として自分は清らかな印象を振りまいているのが、朝日新聞やNHKなど、今のマスコミです。しかし、その実、彼らもきれいごとでは政治はできないと分かっているのです。だから官房機密費をもらっていても、それで記事さえ曲げなければいいのだと思っている。しかし、実際には曲がっているのではないか?
この問題は、たとえば、欧米で起きたならば、間違いなく大問題になるのではないでしょうか?
日本のチェック機能、ジャーナリズムは一体どうなってしまったのでしょうか?
憤り、憂慮に堪えません。
よろしくお願いいたします。

【この被疑事実の中身とは、不動産の取得時期と代金支払時期がたった2ヶ月あまりずれた「期ズレ」の話】ということが、どのマスコミも報じないことの異常さに本当に恐ろしくなります。
新聞、テレビが一様な報道の内容で、それを見る大衆はそれを真実であると思ってしまう。
こんなバカなことがあっていいんでしょうか。

その報道によって形成された一般大衆が抱く小沢悪、絶対権力者などというイメージ。そのイメージを持った大衆である市民が検審に参加して決めることの怖さ、それは中世ヨーロッパの魔女狩りのようであることを多くの国民は気づいていないようです。

この異常さを質すには、このようなことが可能となってしまう現状のシステムを変えていくよりほかありません。

これを変えようとすれば、既成の勢力が抵抗することは目に見えて明らかなことです。

この恐ろしさを知っている少数派の人間が力を合わせて、これを変えていくことに挑戦していくよりほかありません。

小沢さん、菅さんのどちらが勝とうと、民主党の議員の皆さんのなかの意識ある人たちが結集して、取り組んでもらいたいと念じています。

私は一市民として、やれることはやっていくつもりでいます。
政治家任せではなく、国民・市民が立ち上がらなくてはならないでしょう。
必ずやれます。
われわれ市民は弁護士である郷原さんや高野さんをはじめとする心あるジャーナリストの皆さんの力を得て、いままで闘ってきたのですから。

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2009年11月、日刊工業新聞社

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