Calendar

2010年8月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

Recent Entries

« 名古屋市議会リコール署名開始 石田衆院議員は対立出馬断る
メイン
急転直下の民主党代表選 菅・鳩山会談で正面衝突の回避を模索 »

平田伊都子:米軍イラク撤退開始 アメリカ大統領のイラク戦争責任

20100830_iraq1.jpg
アブ・グレーブの人々。フセイン元大統領のお札を胸に掲げるフセイン支持者。

「大統領執務室に入ってすぐ、私は、責任あるイラク戦争終結に向けて行動を起こそうと決断した」と、2010年8月18日、オバマのメールは米軍最高司令官指令で始まった。

 「イラクの治安はイラク人治安部隊の責任だ」と、まずオバマはイラク治安に対するアメリカの責任逃れをする。そしてオバマ・メールは「大統領就任以来、私は9万人の米兵をアメリカに帰還させた。8月以降、イラクに残る5万人の米兵は戦闘のためではなく、後方支援だ。我々の責任は、退役軍人30万とその家族へのアフターケアーにもある。戦争トラウマやノイローゼにかかった奴の面倒も忘れないよ」とオバマは、もっぱらイラク帰還兵とその家族へのメッセージにチェンジさせていく。
 そして翌日のオバマ.メッセージでは、11月米中間選挙での民主党支持を訴えていた。
 明らかにオバマの言う<責任あるイラク戦争終結>とは、アメリカ有権者向けの選挙用公約である。米軍が殺傷した300万人を超えるイラク人戦争犠牲者や、イラク国土破壊に関しての<責任>には微塵も触れていない。

◆米軍刑務所引渡し

  2010年7月15日、ジェリー・キャノン米陸軍少将がイラク政府代表ヌール・ディーンに鍵の特大模型を渡し、米軍撤退に先がけて米軍刑務所を明け渡した。最後まで米軍が管理していた1,800人の囚人のうち1600人の身柄が、イラク政府に移された。米軍は、何故、200人を保持するのだろう?イラク政府とは、どんな団体をさすのか? 3月の総選挙後6ヶ月近く経つのに、イラクでは未だに政権が定まらず、無政府状態にあるはずだ。

 疑問が多々残る。
 翌7月16日、イラク・バース党系のアルバスラ・ネット通信社が、囚人SOSを発した。
 「米軍はイラクの囚人たちをイラク政府に渡したという。が、現在のイラクには政府が存在していない。結局、米軍はイラクの囚人たちをイラン系民兵に渡したことになる。囚人の大部分はスンニ派で、シーア派イラン系民兵の敵だ。囚人たちの命は風前の灯だ。
 囚人たちは拷問と虐殺で悪名高いカドミア刑務所に容れられた。囚人の中には、タレク.アジズ元副首相などの重病人が10人近くいる。シーア派が病人の面倒を見る訳がない」

 時を移さず、イラク人人権擁護団体<エッズ・アルイラク(イラクの名誉)>から、イラク刑務所情報が入った。それによると、206の公的な刑務所がイラク全土にあるという。 その内わけは、バグダッドに33、バビロンに15、アンバールに8、カルバラに9、ナジャフに10、バスラに15、その他の地域に 116とある。
 さらにイラクには、政府が関与できない民兵や武装した部族集団などが多数存在している。そんな集団が捕まえた人質などを入れる私設監獄などを考慮すると、イラクは<刑務所国家>の感がある。

◆囚人タレク・アジズ元イラク副首相(1936年生まれ)

 アルバスラ.ネットが健康を心配するタレク・アジズはキリスト教徒で、フセイン政権下では外務大臣(1983〜1991)と副首相(1979〜2003)を務めた。
 イラク戦争前には「米軍捕虜になってグアンタナモに送られるくらいなら死んだほうがましだ」と、アジズは大見得を切っていた。が、死より捕虜を選び、フセイン政権崩壊直後の2003年4月24日にさっさと米軍に投降した。彼は米軍作成のお尋ね者リスト55人中43番目だった。何故か後になって米軍は、彼を25番目に格上げしている。

20100830_iraq2.jpg
バスラの人々。写真の市場で43人の自爆テロ犠牲者を出した。バスラは世界最高気温58.8度の記録を持つ。

 2004年にフセイン弁護団が結成されると、アジズの長男ジアドもアジズ弁護団を作った。
 両弁護団とも保全のために、隣国ヨルダンのアンマンに拠点を置いた。
 「息子の一人は誘拐されて法外な身代金を要求されるし、親族は襲われるし、アジズ自身は脳溢血で心臓病だし...」と、アジズ夫妻の友人でヨルダン人のビシャラット夫人は、フセインと運命を共にする羽目になってしまった囚人アジズに痛く同情していた。

  2008年4月30日、アジズの初公判が開かれた。が、バディ・アレフ弁護団長が命を狙われていると出廷を拒否し、外国人編成の新弁護団が再構成された。2009年3月11日、まず最初の起訴に対して禁固15年の判決が下された。他の件でも起訴されていて、アジズ裁判はまだまだ続く。
 長男ジアドはフセイン政権下の1999年に逮捕され22年の禁固刑を言い渡されたことがある。告訴したのはジヤドの元愛人で、彼女によるとジアドは父の公用車で密輸をやり、彼女の夫や家族を殺そうとしたとか、この事件もアジズ裁判で蒸し返されるかもしれない。

  2010年8月5日、アジズはカドミア刑務所内で英紙ガーデイアンに語った。「オバマが大統領になった時、勇気づけられた。ブッシュのイラク戦争犯罪を正すと思ってからだ。しかし、彼は結局、偽善者なんだ。イラクを狼の手に渡し、破壊したまま無責任にもイラクからずらかろうとしている...」

◆米軍撤退は米国益に叶う

 アメリカは<義>ではなく<金>で動く。<徳>ではなく<得>を追求する。
 オバマもブッシュも、アメリカの大統領はイラク人が何人殺されようと、イラクがどんなに破壊されようと放射能汚染されようと、まったく意に介していない。今のオバマにとって一番大事なのは、米国有権者である米兵が一日も早く生還して11月の中間選挙に一票を投じてくれることなのだ。

 イラク戦争はアメリカの国益に適っていた。
 まず、米国本土ではない、イラクという戦場を作って、古くなった米国製の大量破壊兵器を償却し、新しい米国製大量破壊兵器の実践実験を行った。 それによってアメリカの軍需産業は大いに潤った。 さらにアメリカは、破壊したイラクの復興と言う名目で、世界中から金を集めた。 <イラク復興開発基金>とか<イラク復興信託基金>とか称する財団が<振れ込め>の窓口になった。
 日本も<振れ込ま>された<イラク復興信託基金>は一体、どうなったのか?検証しよう。

 2003年に世界銀行が、イラク復興の見積もりを約7兆8千億円と出した。しかし、2004年10月13,14日の東京会議では、約 9百億円の集金しか確認されていない。集金の内わけは、日本が4百41億円と全体の半分も<振れ込ま>されている。アメリカの振込みはたった9億円だけだった。 しかもこの時点で実際の復興に使われたのは、集金額の僅か2%のみだったという。我々の血税はどこに行ったのか?!
 2005年、米合衆国総括特別調査会が、CPI(旧連合国イラク暫定政府)に約8千億円の使途不明金があると糾弾した。
  2010年7月27日、再び米合衆国総括特別調査会が、2004年から2007年にかけて米国イラク復興開発基金約7千8百億円が行方不明だと告発した。同調査会によると、この基金の資金源はイラクの石油と天然ガスやフセイン政権の資産で賄われているという。が、基金の96%に関する収支が記載されていないと非難しているのだ。

 2010年8月9日、ゲーツ米国防長官は国防費の大巾削減を提案した。 具体的には、(1)今後5年間で7百74兆円以上の国防費を削減し、(2)3年間で国防省に属する文民や軍人の首を切るという。
 将来の米軍は、軍人+文民+民間請負業者、それに予備役の兵で構成されるそうだ。

◆米戦闘部隊撤退は国益に叶う?

  2010年8月19日午前6時、約4000人の第四ストライカー軍団第二歩兵師団がクウェート国境に入り、イラク戦闘部隊の引越しが終了した。クローリー国務省報道官は「引越しに約1兆円かかった。アメリカはこれからイラク治安部隊70万人の指導や民間軍事会社との折衝などに当たる。米兵による軍事行動から米外交官による市民行動に<チェンジ>したのだ」と、語った。米戦闘部隊撤退という軍事記者会見を国防省ではなく国務省がやったのは、その<チェンジ>を宣伝するためだった。

 これからのイラクでは米兵は戦わず、イラク兵や傭兵に殺し合いをさせる、つまりアメリカは戦争代理店を営業し、戦争成金を目論んでいるのだ。もし戦争になれば、アメリカは傭兵と武器の手配を民間軍事会社に依頼すればいい。(1)人件費、設備費、維持費など莫大な金がかかる米軍を常駐させる必要はない、(2)傭兵は公式な米兵ではないから、戦死しようが手足をもがれようが、米国が面倒を見ることはない、(3)米兵は戦争をしないのだから、反戦運動も起こらない、(4)金はイラク支援基金などを作って日本に<振れ込ま>せる、アメリカは米軍再編で一石四鳥を狙っている。

 勿論、アメリカが戦争産業から手を引いたわけではない。 それどころか、もっと効率よくアメリカが無傷で一人勝ちする戦略として、<軍隊の民営化>を図ろうとしている。
 しかし、戦闘という職にありついた傭兵はハリウッド映画のヒーローじゃないから、金の分しか戦わない。仕事が欲しい軍事会社は、営業のため戦争を捏造することもあり得る。戦争当事者、依頼人、請負人、戦闘労働者、さらに国際武器シンジケートや国際金融シンジケートや国際犯罪シンジケートがからみ、戦争は途方もなく泥沼化していく。

◆誰が爆弾を仕掛けているのか?

 7月のイラク人戦争犠牲死者数は、米軍が222人、イラク当局が535人と発表している。 どうして2倍以上も違うのか?
  8月に入って爆弾や銃撃で、イラク人死亡者数がウナギのぼりに上がっていく。8月3日にバグダッドで5人、4日にバグダッド南郊のクートで14人、7日にイラク南部のバスラで43人、8日にラマディとファルージャで計12人、そして米軍戦闘部隊撤退の前日17日にはバグダッドで61人の犠牲者を数えた。が、数値は定かではない。

 一体誰が爆弾を仕掛けているのか?
 米軍とイラク当局は相変わらず、イラク・アルカイダとフセイン残党との説を繰り返す。 6月2日に米軍総司令官オディエルノ自身が「イラク・アルカイダとフセイン残党の大部分を壊滅させた」と明言したのだから、この説は方便としか思えない。
 フセイン残党に「爆弾真犯人は誰か?」と聞いてみた。「犯人はイランが操るシーア派民兵だ。シーア派権力者の庇護の下で、イラクの混乱を増大させ、同時にスンニ派指導者絶滅を企んでいる。アメリカは、表向きは撤退するが裏ではイラン系シーア派民兵とも繋がっている。アメリカも共犯者だ。その上アメリカは、イラン系民兵のテロ行為を将来的にはイラン叩きの理由にしようと虎視眈々だ」と、潜伏中のスンニ派族長が答えた。

 1年前の8月25 日にエドワード.ケネディ上院議員が脳腫瘍で亡くなった。2007年1月9日、故ケネディは「イラク戦争はブッシュのベトナムだ。イラクは大量破壊兵器を持っていなかったし、フセインはアルカイダと繋がっていなかった。理由のない戦争をやったブッシュは米大統領として責任を取るべきだ」と、ナショナル・プレス・クラブでブッシュ大統領(当時)の責任を追及した。
 夏の休暇明けにオバマ大統領は、米軍撤退とイラク戦争に関する演説をやるそうだ。
 米大統領として、ぜひ、イラク国民に対するイラク戦争責任を明確にして欲しい。

文:平田伊都子(ジャーナリスト)
写真:川名生十(カメラマン)

(この記事は「日刊ベリタ」から許可を得て転載しました)

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/7293

コメント (3)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。投稿される方は、投稿前に下記のリンクの内容をご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

かつてフセイン大統領が恐怖政治で国内を治めていた理由が、湾岸戦争以降のイラクの状況を見ると理解できる。元々イラクは帝国主義諸国の赤線協定で生まれた国だから、部族とか民族とかの範囲を元に国境が引かれていない。そのためにクルド人のように様々な民族が国境をまたいで存在する。その上、イラク国内は多民族国家となっているので、部族間の争いが絶えない。
アメリカは善悪はともかく、恐怖政治で統治されていたイラクを石油利権のために攻撃し、部族対立というパンドラの箱を開けてしまった。そのあげく、その収拾をつけられず、本国に逃げ帰る迷惑さと言ったら開いた口が塞がらない。
こういった事例を見るにつれ、アメリカの存在が世界に不安定を生んでいるとしか思えない。テロリストを敵と見なしているが、世界の国々から見たら、アメリカこそが世界に戦争をばらまく、テロリスト国家であるのかもしれない。

BS1世界のドキュメンタリー等で次々「消えた復興資金」には呆れ果てていましたが、
今更ながら小泉政権のポチぶりを思い知らされました。

再び軍縮・民需転換で、新技術が米国はじめ世界経済・生活に寄与する事を願うばかりですが、

軍事NGO・民間会社・傭兵集団・武器証人等が、各地で紛争を惹起・煽動し、悲劇に苦しめられる人々が増えるのが心配ですね‥

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

日々起こる出来事に専門家や有識者がコメントを発信!新しいWebニュースの提案です。

BookMarks




『知らなきゃヤバイ!民主党─新経済戦略の光と影』
2009年11月、日刊工業新聞社

→ブック・こもんず←




当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.