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小沢一郎講演録(2010年8月25日@小沢一郎政治塾) »

山下惣一:「矛」と「盾」

 パレスチナの農村巡りをしながら「矛盾」の由来を思った。周知のようにこれは昔中国で矛と盾を売っていた者が「この矛はどんな盾でも貫く」といい他方で「この盾はどんな矛も防ぐ」と宣伝するので「では、その矛でその盾を突いたらどうなるのだ」と客に問われて答えられなかったという故事に由来する。

 ユダヤ人の受難は人類史上最大の悲劇だったといわれる。なにしろ2,000年間も祖国を持たず世界中に離散・放浪して迫害に耐えながら生き延びてきた。アウシュビッツの大虐殺などでヨーロッパ各地にいたユダヤ人1,000万人のうち600万人が殺されたとされ、アンネ・フランクの「アンネの日記」に涙した人も多かったはずだ。そのユダヤ民族が1948年にパレスチナの地に悲願の国家を建国したことがパレスチナの人々の新たな受難と悲劇の始まりとなる。

 ひところ私はイスラエルの「キブツ」に関心があった。そこは能力に応じて働き必要に応じて分配する集団で若者たちは親が築いてきた基盤に安住することなく、次々と独立して新しいキブツを作っていくと聞かされていた。おそらく砂漠に水を引いて次々と新しい共同農場を作っていくのだろうと想像していた。

 オリーブの産地であるから乾燥地帯であることは予想していたが今回初めて現地を訪問してみて驚いた。いわゆる「ヨルダン川西岸」のパレスチナ自治区では山に一本の木もなく「丘」と呼ばれる荒涼たる石灰岩の山の連なりだった。したがって水がない。パレスチナの人々は山の中腹から麓に集落を作り周辺の岩山を拓き、石の間にオリーブを植えて暮らしており、山の中腹から頂上にかけては放置されている。手つかずの荒野なのだ。

 その山頂にイスラエルの入植地が次々と作られていく。現代の技術ではどんな山頂にも送水できるからである。あっちの山、こっちの山頂に赤い屋根の新しい住宅が並び数日間の滞在で私たちですらイスラエルの入植地が見分けられるようになった。入植地と入植が新しい道路で結ばれ、検問所によってパレスチナ人は立ち入り禁止とされ、道路によって住居と耕地を分離された人たちが、道路の下にトンネルを掘って通勤耕作していた。あるいは「アパルトヘイト壁」と呼ばれる壁によって自治区が分断され囲い込まれる。

 つまり、イスラエルという国家の中にパレスチナという自治区があるわけで、パレスチナ地域の8割がイスラエルの支配下にある。「パレスチナはイスラエルの占領下にある」というのが毎日枕詞のように出てくる。

 パレスチナの人たちからみれば「キブツ」こそは侵略の尖兵、どんな「盾」も破ってくる「矛」みたいなものだ。国連も国際世論も「盾」になれない。まずは入植者を送り込み、その警固を口実に軍隊を送って領土を拡大していくというのは侵略者の古典的な手口である。

 一方、パレスチナの農民たちは「盾」となって命がけで村と自治区を守っている。

 「農民は国防兵士だ」農民がそういう呼び方をされるのを私は初めて聞いた。攻め込んでくるのも農業・農民、それと闘って守るのも同じ農業・農民なのだ。平和産業であるはずの農業が、そしてそれに従事する農民たちが「矛」と「盾」となって戦っている。この事実は私にとって新しい発見であり大きな衝撃でもあった。これが農業の本質なのだろうか。

 それでもパレスチナの農村には若者がたくさんおり子ども達があふれていた。「盾」はやがて「矛」になるのかもしれない。

 ひるがえってわが日本の農業農村はどうか。1960年に600万戸あった農家は減りつづけ、耕地30アール、農産物販売額50万円以上の「販売農家」は現在たったの175万戸だ。私たち日本の農民は何と闘って敗退をつづけているのであろうか。いろいろと考えさせられる重い旅であった。(「アジア農民交流センター」会報(2010年7月号)より本人の許可を得て転載しました)

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DSC_9965.jpgのサムネール画像【プロフィール】 山下惣一(やました・そういち)
1936年佐賀県唐津市生まれ。
農民作家。中学卒業後、家業の農業を継ぐ。
「生活者大学校」教頭、「農民連合九州」共同代表、「アジア農民交流センター」共同代表。1969年「海鳴り」で第13回農民文学賞、1979年「減反神社 」(1981年)で第7回地上文学賞を受賞。著書に「惣一じいちゃんの知っているかい?農業のこと」「直売所だより」など。

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山下様

農業、オリーブ栽培などなど、需要があるが、それ以上に、農業、オリーブ栽培をしていかなければ生きていけない。生活の基盤になっている。逃げ道がないのである。
わが国の国策が間違っているのは、アメリカに対する配慮が過剰で、わが国の農家よりアメリカの農家を大切にしている。また大企業がアメリカに輸出することのほうが、優先するのである。
ODAもしかり、お金の援助とか大企業ひも付き援助をやめ、お米を援助すれば、減反の必要性はほとんどなくなる。
国民第一に密着した政策を遂行しない政府に問題があるのである。
さらに見直せば、さまざまな産業が生き返るのではないか。
政治家、官僚に発想の転換を強く求めたい。

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