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田中利幸:オリンピック広島誘致批判(後編)─ まやかしの「平和の祭典」

 現代オリンピックには2つの性格がある。1つは、すでに述べた「国家力誇示=ナショナリズム高揚」であり、もう1つは「市場経済=金銭的腐敗」である。

 オリンピックでトップ選手がどの会社が製造した水着や靴、スキー、スケート等々を使うかは、製造会社にとっては巨額の富をもたらすか否かの大きな違いにつながる一大事である。そのためスポーツ用品製造会社は選手やコーチに莫大な「投資」を行う。メダルをとるためには、選手は一流のコーチ、スポーツ・ドクターを雇い、豊富な練習設備と自己のパフォーパンスの科学的分析を行う高価なハイテク機器と分析専門家、働かなくとも毎日練習できる生活を数年間おくるための資金、練習キャンプ地に出かける旅費、宿泊費等々、これら全てを総計すると億単位の金が必要となると言われている。金メダルをとるには、文字通り巨額の「金(かね)」がまず必要であり、純粋な「能力」だけでは決してメダリストにはなれない。したがって、選手も、いやがおうでも大企業をスポンサーにして「金浸し」になる。1974年のオリンピック憲章改訂までは一応「アマチュア主義」を維持してきたオリンピックも、改訂以後は急速に商業化の道を強化拡大させていき、今では「五輪サーカス」と称されるほどオリンピックはあらゆる面でショー・ビジネス化され巨大産業化されてしまっている。

 それだけではなく、オリンピックは徹底的に資本家たちに利用され、そのため長年の間IOC委員会は腐敗と汚職で堕落しきっていることは周知の通りであるが、オリンピック誘致をめぐっては、誘致都市や国家の政治腐敗をも引き起こしている。

 例えば、長野冬期オリンピック開催にあたっては、堤美明が自分の会社が経営するスキー場やホテルを利用させるため、当時のIOC会長サマランチを買収するなどして誘致に狂奔したという噂は良く知られている。さらには長野県もまた、ゼネコンと結びついて新幹線や高速道路の建設を推進し、活動予算の不明朗会計、招致委員会帳簿の消却、町内会への圧力による動員=反対派の孤立化・非国民扱い、といったがむしゃらな「誘致活動」を行った。

 ほとんどの開催都市や地方自治体が、オリンピック関連施設建設を中心にしたこの種の巨大開発に多額の予算を使うため、その結果、住民のための福祉予算の大幅削減、住民税の増額、地価の高騰、借地借家賃の上昇、物価上昇などの深刻な経済問題を抱えることになる。さらには、すでに述べたように、貧困地区の強制撤去やホームレスの人たちの追い出しという人権侵害問題を引き起こすのが、開催都市でみられる共通の現象となっている。その上、オリンピック終了後は、開催都市は巨額の赤字を抱え込むことになるため、深刻な財政難に長年悩まされるのもまた、開催都市が直面する共通の問題である。

 昨年末、韓国政府は韓国最大財閥サムスングループ前会長で、背任や脱税で有罪判決が確定していた李健煕(イゴンヒ)氏を大晦日に特別赦免すると発表したが、その理由は、2018年開催の冬季五輪を韓国に誘致するためである。李元会長は現在、国際オリンピック委員会(IOC)委員の資格が停止されているが、李貴男(イギナム)法相は「資格回復の条件を満たし、五輪誘致の環境を整えるため」と特赦理由を説明した。経済界などが李元会長の赦免を求めていたことを踏まえ、「国益を最優先に考えた」としている。李元会長は昨年8月に、グループ会社の株式を安値で長男らに譲り渡して会社に損害を与えたなどとして、懲役3年、執行猶予5年の有罪判決が確定していた。このように、IOCに影響力を持つ人物は、犯罪を犯しても赦されるという政治腐敗を各国で引き起こしているのである。

 昨年秋、アメリカの『シアトル・タイムズ紙』が、いかにヴァンクーバーの冬季オリンピックがスポンサー企業と腐敗関係にあるかを徹底的に暴き出す連続記事を、数日にわたって掲載した。

 その企業とは「ジェット・セット・スポーツ」という名の会社で、持ち主はユーゴスラビアからアメリカに移民したセッド・ディザレヴィックという人物である。1984年のサリエボ大会のときに、故国とのコネを利用してオリンピック・ツアー業で大儲けをしてから、IOCとの繋がりを急速に強めた。IOC委員を「金浸し」にして、この数十年来、毎回の夏冬両方のオリンピック開会式・閉会式のチケットはもちろん、人気のあるゲームのチケットの大部分を独占的に販売できる権利を確保し、それらのチケットを飛行機とホテルのパッケージにして売り出し、大儲けをしている人物である。彼は、オリンピック誘致のためにもIOC委員に金で影響を及ぼすことができる人物の一人である。『シアトル・タイムズ紙』の記事を読むと、いかにオリンピックが腐敗に浸りきっているかが本当に良く分かる。誘致に数十億円という金が使われるが、その一部は、ディザレヴィックのような人物の懐とIOC委員の懐を潤すために使われる。

 しばしばオリンピックは「平和の祭典」と呼ばれ、広島市長である秋葉氏もこのことを強調して、広島でのオリンピック開催の理由づけの一つに挙げている。しかし、いかにこの表現がまやかしであるかは、オリンピックの歴史を少し振り返ってみるだけで明らかとなる。

 例えば、1956年のメルボルン・オリンピックでは、イギリスとフランスが関与したスエズ動乱に抗議しエジプト、レバノン、イラクが不参加。ソ連によるハンガリー侵攻に抗議してスペイン、オランダ、スイスが不参加。水球のハンガリー対ソビエト連邦戦は乱闘流血騒ぎにまで発展した。さらに中国は中華民国の参加に抗議してボイコット。1968年のメキシコシティ・オリンピックでは、当時アパルトヘイト政策をおこなっていた南アフリカの参加に抗議してアフリカ諸国26カ国が出場ボイコットを発表したが、これにソビエト連邦、共産圏諸国も同調し、合計で55カ国がボイコットを表明した。これを受けてIOCは同年4月21日に決議を変更して南アフリカの参加を認めないこととしたため、ボイコットは回避された。しかし開催日の10日前に、政府の民主化を求めて1万人近い民衆が抗議集会を開いたため、政府側は軍・警察・機動隊にこれを攻撃させ、300人余りを虐殺した上に2千人を投獄。1972年のミュンヘン大会では、武装したパレスチナ過激派組織である「黒い9月」のメンバー8名がイスラエル選手団宿舎へ突入し、数名を殺害したうえ9名を人質にとり、イスラエルに収監されているパレスチナ人234名の解放を要求。しかし交渉は決裂し、テロ・グループは飛行機でエジプトの首都カイロへ脱出することを要求。ところが最終的には、警察部隊との激しい銃撃戦となり、人質9名全員と警察官1名が死亡し、犯人側も8名のうち5名が死亡するという悲劇的な結末となった。1980年のモスクワ大会では、前年末のソ連のアフガニスタン侵攻に抗議してアメリカがボイコット。日本もこれに同調し不参加を決定し、最終的に50カ国近くがボイコット。4年後のロサンゼルス大会では、今度はソ連側からの仕返しとして、アメリカのグレナダ進攻に抗議して多くの東側諸国が報復ボイコットを行った。まだ我々の記憶に新しいように、2008年の北京オリンピックでは、開催直前にチベット問題やダフール紛争への中国の対応を激しく批判する動きが世界各地でみられた。また開会式の翌日8月9日には、ロシア軍がグルジアに侵攻したが、この軍事行動がこの日行われたのは、オリンピックに対抗する国家力をロシアが世界に誇示したかったからというロシア政府の意向も働いていた。

 このように、これまでオリンピックが「平和の祭典」であったことなどはなく、むしろ紛争を煽る要因となった場合が多く見られるが、それは、すでに説明したように、オリンピックそのものがナショナリズムを競う場所となっているからに他ならない。

 こんな馬鹿げたことに、「広島・長崎の原爆投下の実態を知らせ、核廃絶を訴える」と称して、私たちの納める貴重な多額の税金を使うことは、まさに「ヒロシマの平和理念」に全面的に反する行為であり、被爆者を含む戦争被害者に対する侮辱行為とも言える。

 東京都は、2016年オリンピック招致活動のために、都の公式発表では2006〜09年度の3年間で73億5千万円(実際には150億円使ったと言われている)も支出したが、結局は誘致に失敗しただけではなく、当てにしていた企業寄付などの収入が大幅に不足して、7億円の赤字を出した。都民には、これがツケとして負担をおしつけられることになった。広島市に、オリンピクを開催するだけの経済力・財政力がないことは誰の目にも明らかなところである。自前で野球場一つでさえ建設する財政能力が広島市にはないのである。昨年3月、広島駅近くにオープンしたマツダ・スタジアムの建設には90億円かかった。建設費の分担は広島市が23億円、広島県11.5憶円、広島経済界11.5億円、国からの「まちづくり交付金」として7億円、市民からの募金 1.2億円、さらには球場を本拠地とする広島東洋カープが今後、広島市に払う球場使用料が35.6憶円である。このうち、広島市負担分の23億円は、球場建設のためのミニ公債を発行してなんとか調達。建設費総額90億円の球場一つ作るのに10年もかかっているのである。いかに近隣都市の協力を得るとしても、オリンピック開催に必要最低限の広島市内設備建設費を、いったいどうやって調達するというのであろうか。

 広島市では1994年にアジア大会が行われ、その結果、膨大な市財政の負担と借金ができた。アジア大会開催にかかった経費は、アストラム・ラインや幹線道路など新交通システムの整備費や起債などを含めて約4千億円かかった。広島市民が一年間に納める税金が約2千億円。広島市の借金は、アジア大会が行われた前年の1993年に9千8百億円近くに達し、毎年の借金返済が一般会計だけで502億円。これが市の財政を長年にわたって圧迫してきたことは周知のところである。

 秋葉市長は、「金のかからない新しいオリンピックの形を提案する」と言うが、いっこうにその「新しい提案」とやらの具体的な内容の説明がなされていないのが実情である。しかも、商業化で腐敗しきっている国際オリンピック委員会を相手にオリンピックを改革するのはとてつもなく大変なことである。にもかかわらず、すでに誘致活動費として2千6百万円が予算として計上された。しかし、それに携わる人件費をはじめとする関連諸経費を含めると、本年度分だけでも1億円をはるかに超える経費が出ていくとも言われている。市長はこの金は「オリンピック招致費ではなく、あくまで検討のための費用で、専門的な観点からの調査のため」に使われるものであると主張している。ほとんど可能性のないオリンピック開催のために、なぜゆえに1億円もの我々の貴重な税金が使われなくてはならないのか。「これは市長の次期選挙のためのキャンペーンのためではないか」とすら皮肉なコメントをする市民すらいる。しかも、市長は、「オリンピックは、2020年に核廃絶が達成されることを祝って広島で開催する」(今年5月2日のニューヨーク、タイムズ・スクエアでの平和行進における演説)と言う。これは、誰が考えても本末転倒で、まずは、いかに核廃絶を達成するのか、その有効な手段を考え、様々な可能性のある手段を実行に移すことにこそ税金を使うべきであり、達成のメドもつかない目標があたかも10年後には必ず達成されるがごとく国内外で公言するのは、全く無責任極まりない。

 しかも、たとえオリンピック開催が可能であったとしても、オリンピックは極めて一過性的イベントであり、オリンピック直前と開催中の数週間だけは世界から注目を集めるが、終了すればたちまち忘れ去られる。こんなお祭り騒ぎに「核廃絶」というメッセージをのせようとしても、どこまで真剣に且つ深く受け止められ、実際の「核廃絶」につながるような影響をもたらすことができるか、極めて懐疑的にならざるをえない。

 オリンピックは金さえあればどこの都市であってもできる。広島は広島市にしかできない反核運動を考え、それに集中すべきである。

 例えば、核廃絶のための具体的で実行可能な方法に関するアイデアを、現在4千を超えた平和市長会議のメンバー都市の市民から募る、「核廃絶のためのアイデア・オリンピック」なるものを企画するというのも一つの案であろう。あるいは、「世界核被害者大会」の広島・長崎でのできるだけ早い時期での開催というのもまたひじょうに有意義なイベントである。これまで開かれた「世界核被害者大会」は、1987年ニューヨークと92年ベルリンで開かれた2回限りである。核兵器廃絶の声が高まっている今こそ、原爆、核実験、原子力災害の被害者が一同に広島・長崎に集まり、反核の声を世界に発信し、その声を「核兵器禁止条約」の設置のために活かすほうが、オリンピック誘致費用の数十分の一ほどの予算で、遥かに効果的な結果を生み出すと私は確信する。(終わり)

【関連記事】
■オリンピック広島誘致批判(前編)─オリンピックの「祭典化」とナチスの「神話化」
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/08/post_613.html

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【プロフィール】
田中利幸(たなか・としゆき)
広島市立大学広島平和研究所教授。西オーストラリア大学にて博士号取得。オーストラリアの大学で教員を長く務めた後、敬和学園大学教授を経て現職。第2次大戦期における戦争犯罪の比較分析を研究テーマとしている。著書に『空の戦争史』(講談社現代新書)、『戦争犯罪の構造―日本軍はなぜ民間人を殺したのか』(大月書店)などがある。

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田中利幸さま

コメントが遅くなりましたが、前後編共にそのとおりとうなずきながら読ませていただきました。

又、私の知らないことも教えていただきありがとうございました。

特に
>例えば、核廃絶のための具体的で実行可能な方法に関するアイデアを、

以降に付きましてはまさにそのとおりと諸手を挙げて賛同いたします。

秋葉市長も市長になってから、徐々に変わってきたように感じますね。既に賞味期限が切れているのでは?

やはり長くやると腐敗するというか、周りがイエスマンばかりで権力の美酒もあり、全体が見えなくなっていくのでしょうか?

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