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2010年8月31日

《出馬会見 録画放送中》小沢氏が民主党代表選出馬へ

 民主党の小沢一郎前幹事長は31日、9月14日に行われる民主党代表選挙に立候補することを正式に表明した。

小沢立候補で菅首相と全面抗争か? ── 「挙党態勢」?を巡る不毛な駆け引き

takanoron.png 私は前から言っているように、そもそもこの非常時に、代表就任からわずか3カ月で、首相として実質6日間の夏の臨時国会の議場に立っただけの菅直人首相の首をすげ替えるかどうかの代表選を行うなど、愚の骨頂だという説である。そんなことに時間とエネルギーを費やすよりも、今こそ全党の知恵と力を結集して当面の難局を乗り越えつつ、本当の勝負所である2013年の(たぶん)衆参ダブル選挙までに「21世紀日本の国家像」を描き上げてその承認を国民に求めることができるよう、ひたすら仕事に励むべきである。

 確かに菅の言動には問題があり、能力には不足があり、人格には欠陥があるだろう。しかし、言うまでもなく鳩山由紀夫前首相にも小沢一郎前幹事長にもそれぞれに別の種類や程度の問題や不足や欠陥があって、だからこそ2人の政権はわずか8カ月で倒れたのではなかったか。その2人が再び手を携えて「菅では駄目だ」と言い出しても、失礼ながら目糞鼻糞を笑うがごとき光景としか映らない。そのことに国民の多くはウンザリしていて、それが「菅続投でいいじゃないか」が78%(毎日)、73%(日経)、69%(共同)、67%(読売)に達するというここ数日の一連の調査結果に表れていると言える。

 小沢陣営からは、菅が参院選敗北の責任を取っていないのがけしからんという声も上がっているが、それは参院選総括のための7月30日の両院議員総会で、厳しい批判の意見も出たけれども、結局全体で菅続投を了承したのだから、すでに問題として終わっている。小沢が今になって菅体制をめくり返そうとするくらいなら、党大会に次ぐ決議機関であるこの席で堂々と菅批判の論陣を張り、菅本人の辞任なり枝野幸男幹事長の更迭なり、けじめの付け方を明示して議決に持ち込めばよかったのである。が、彼はいつもの"雲隠れ"で、この総会に出席さえせず、結果的には、直ちに仕事に取り組む態勢づくりを約2カ月間、先延ばしにしてしまった。

 そういう訳で、私は、やらなくて済むならやらない方がいい無駄な代表選だと思っているけれども、経緯があってやらざるを得なくなるのであれば、国の将来像をめぐる知的レベルの高い論戦を展開して、その様子自体が国民に希望を与えるような具合に戦ってもらいたいし、その結果、どちらが勝つにしても、戦いの後はノーサイドの精神で、一致協力、民主党革命を推進してもらいたいと願うばかりである。

●政策的争点なんてあるのか?

 とは言うものの、菅と小沢の間に本当に論争に値するような理念・政策・政治手法の違いがあるのかどうか。

 第1に、1年前の政権交代の歴史的意義について、小沢は「明治以来100年余りの官僚主導体制を打破する革命的改革」と言い、同じことを鳩山は「平成維新すなわち官から民への大政奉還」と言い、菅は「官僚主権から国民主権へ」と言っていて、その根本的趣旨には変わるところがない。

 第2に、昨年衆院選のマニフェスト厳守か修正かと言われているが、(1)そもそもマニフェストは、政権を獲ったら明日から実現しますというものではなく、4年間かけてその方向に努力をしていきますという野党時代の宣言であって、(2)実際に政権に就いて現実を見ればその通りに行かないことが多々出てきて当然だし、(3)まして世界金融危機の煽りもあって昨年度の税収が9兆円も減るという誰の予想も裏切る事態が降りかかり、今年度の見通しもどうなるか分からないという状況で、例えば子ども手当の支給が来年度、菅なら半額支給で小沢なら満額支給という話になるのかどうか。(4)しかも小沢にはマニフェスト修正の"前科"があって、昨年末に彼が突如として「党の要望」という形で予算編成作業に介入して、ガソリン税などの暫定税率(計2兆5000億円)を廃止せずに維持するよう押し込んだ"実績"がある。

 第3に、消費税増税について言えば、確かに菅の言い方は不用意かつ性急で、マニフェストから言えば4年間、今からなら3年間は上げないという公約を踏みにじったかの印象を与えるけれども、実際には、今から与野党協議を始めても半年では済まず1年か2年はかかるし、さらに直間比率の組み直しや社会保障財源との兼ね合わせまで整合性を追求しようとすれば、3年後に全体構想を示すのが精一杯である。小沢はもともと消費税主義者であり、93年の『日本改造計画』では、「所得税・法人税を半分にして消費税を10%とする」ことを主張していたし、細川政権時代には細川首相にも相談せずに、当時3%だった消費税に代わって7%の国民福祉税を創設することを強行しようとして細川政権の崩壊を招いた"実績"がある。従って、消費税を上げるかどうか自体は争点とはなり得ず、いつ、どういう形で上げるべきかという話になるのではないか。

 第4に、普天間問題である。この迷走は主に鳩山前首相の理想と現実の間の揺れ動きによるのであるけれども、今年2月にルース駐日米大使がわざわざ小沢を招いて「何とかしてほしい」と要請したにもかかわらず、「もう遅い」と言い放った小沢にも大きな責任がある。「もう遅い」ということになる事態の前に、どうして小沢は打開に動かなかったのか。当時、「政策は政府、党は選挙」という変な二元論があったことに加えて、小沢には鳩山にせよ誰にせよ「向こうから頭を下げて相談に来れば意見を述べ忠告を与えない訳ではないが、自分の方から出向いて『こうした方がいいのではないか』と言うことは絶対にしない」という妙な"哲学"があって、鳩山の迷走を放置し、それが政権崩壊の一因となった。鳩山は「辺野古案に戻す」という日米新合意を置き土産にしたが、こんなことなら何も決めないで辞めてくれた方がよかったのであって、菅政権はその新合意に縛られながら打開の道を探らざるを得ない。それは小沢政権になっても同じで、その時に小沢が「菅の普天間問題への対処はおかしい」と言い出すとすれば、天に唾するようなことにならないか。「鳩山・小沢政権の普天間問題への対応がおかしかった」のである。

 第5に、ネジレ国会への対応である。「熟議の民主主義」の理念を掲げて政策・法案ごとの部分連合で乗り切っていこうとしている菅に対して、小沢陣営からは「そんなのは甘い。小沢が首相になれば自民党との大連立や公明党との連携など大技を繰り出すことができる」との声も聞こえる。例えば鳩山側近で小沢擁立の急先鋒である松野頼久は「ネジレというのは、評論家が言うような、与野党がよく話し合って新しい形の国会をつくるチャンスだなんて、そんな美しい現実ではない。...小沢さんならいろいろな手立てを考えているはず」と語り、その手立ての中には「総代分離」もありうると見ている(『週刊現代』9月11日号)。総代分離とは、小沢が民主党代表選で勝っても自分が首相にならずに自民党=谷垣禎一かみんなの党=渡辺喜美か誰かに首相の座を渡して連立を組むという奇策のことだが、そんな小沢の傀儡になれという誘いに応じる者があるわけがない。小沢なら「いろいろな手立てを考えているはず」というのはあくまで「はず」であって小沢神話のなせる業である。それどころか、小沢が代表=首相になれば、野党とマスコミはまたぞろ「政治とカネ」問題を大々的に取り上げて、国会での証人喚問を要求し、応じなければ参院での問責決議採択、首相が参院審議に出席できないという事態となって、ハナからにっちもさっちも行かなくなる公算が大きい。菅では駄目で小沢なら乗り切れるとどうやって主張するのだろうか。

 こうして、理念・政策・政治手法の面から見て小沢が何を主張しようとするのかよく分からない。

●「政治とカネ」問題はまだ続く

 私は、検察=マスコミ連合軍の小沢・鳩山に対する「政治とカネ」疑惑キャンペーンは不当であり、民主党政権の実現を阻み、実現してしまった後では一日も早く潰そうとする反革命の試みであって、小沢は昨年は代表を辞めることなく自ら衆院選を戦って政権を獲りにいくべきだったし、鳩山・小沢は今年6月あのような形で政権を投げ出ずに自分らで参院選に挑むべきでだったという説である。

 しかしこの正面突破作戦には決定的な条件があって、例えば本論説3月19日付「さあ、鳩山政権、ここが正念場(1) ── 参院選勝利と小沢『辞任』問題」(INSIDER No.537)で次のように論じた。少し長いが、読者に検索の手間を省いてもらうために一部を引用する。

────────────────────

 選挙というものは、大筋のところ新聞やテレビの討論番組やワイドショーによって形成される情動的な大衆感情をいかに引きつけるかを争うのであって、論理的・法律的に正しいからと言って勝てるはずのものではない。

 この矛盾を打開する道筋は、正面突破策か大衆迎合策の2つのうちどちらかである。

 第1は正面突破作戦で、
(1)小沢が両事件の真相について誰もが納得するよう説明し、
(2)まずは党内を「小沢擁護」で結束させ、
(3)また党・官邸とも特別の広報体制をとって硬軟両様の綿密なマスコミ対策を講じて検察=マスコミ連合軍を切り崩し、
(4)大衆感情レベルで政権発足当時の小沢及び民主党への求心力を回復する、
----ことである。

 これには何よりもまず、(1)小沢が説明責任を果たすことが前提となる。「説明責任」などという言葉を使うと小沢熱烈信者からは怒られそうだが、私が言うのは、自民党が言う国会証人喚問、あるいは渡部恒三=元衆院副議長や又市征治=社民党副党首が言う「せめて政治倫理審査会に出て事態収拾を図るべきだ」といった半ば罪人扱いの屈辱に甘んじよということではない。完全オープンの記者会見を開いて自ら国民に向かって正々堂々、自らの潔白を疑問の余地なく主張すると同時に、特に(2)党内、とりわけ経験の浅い参院選候補者たちに対しては、彼らが支持者に胸を張って「うちの幹事長は正しい。間違っているのは検察とマスコミだ」と演説し、マスコミに毒された人びとが素朴な疑問をぶつけてきてもいくらでも反論し説得できるように、十分すぎるほどの資料と想定問答集を与えて懇切丁寧に指導すべきだった、ということである。

 ところが小沢は2月14日、検察の不起訴処分を受けての会見で、「検察の捜査に勝るものはない。捜査で全て調べて頂いて不正をしていないことが明らかになった」と言い放って、それっきりダンマリを決め込んだ。もちろんその言い方は、この1年来の検察=マスコミ連合軍のバカ騒ぎへの痛烈な皮肉であり、そう言いたい気持も分からないではないが、郷原信郎弁護士が指摘するとおり、「ならば大久保、石川らの起訴は公正だったと言うのか」という問い返しに答えることができず、従って民主党全体を検察の暴虐に立ち向かわせるよう導くことはできなくなる。つまり、問題を「検察vs小沢個人」の図式に封じ込めてしまった。これでは、選挙を控えて切羽詰まっている候補者たちに不安と動揺が広がるのは避けられない。(中略)

 本来ならこういう手立てを講じて検察=マスコミ連合軍に正面から立ち向かわなければならなかったが、小沢は、昨年の場合と同様、今年の場合もそうしなかった。

 昨年の場合は、そうしなかったことによって結局は代表辞任に追い込まれたのだったが、その教訓を小沢自身はどう考えてきたのだろうか。彼個人としては強気の姿勢を貫きながらも党を挙げての正面突破策を採ることはせず、結局は辞任せざるを得なかったというのは、「そうは言ってもやっぱり小沢は怪しいよね」という大衆感情を克服することに失敗して、むしろそれと妥協することによって選挙での勝利を確実にしたということである。今回は正面突破策を採らなくても辞任に追い込まれることはないという判断なのか、それともまたも辞任することになってもそれはそれで仕方のないことで、要は選挙に勝てばいいんだろうという考えなのか、そこは外からは窺い知ることができない。

────────────────────

 このような問題状況は、今も何ら変わっておらず、それで小沢が日本のトップの座に着けば、検察=マスコミ連合軍に加えてネジレ国会下の野党の総攻撃に晒されるのは必然で、国会はストップし、支持率は壊滅的となり、解散・総選挙への世論圧力がのしかかろう。

●37億円の「組織対策費」疑惑

 さらに小沢には、彼が代表・幹事長を務めていた4年間に党費36億5710万円を「組織対策費」として支出していた問題が降りかかる。この件は、前々から新聞等で報じられてきたことだが、菅政権になって仙谷〜枝野〜小宮山洋子財務委員長のラインが年額170億円の政党交付金を中心とする党のカネを握ってからは、公認会計士の助力を得て過去の帳簿の精査が始まって、その一端が今週発売の『週刊現代』と『AERA』でも改めて報じられた。

 06年4月に代表に就任した後、小沢は党の機構改革を行い、財務委員長というポストを新設、側近の山岡賢次を初代委員長に、07年に山岡が国対委員長になった後には同じく日教組出身の側近=佐藤泰介参院議員(7月参院選で落選・引退)を2代目委員長に就け、その2人にそのカネのほとんど全部を手渡した。党から議員(の政治団体・政治資金団体ではなく)個人に支出しても、その議員の領収証さえあれば使途を明らかにしなくても違法ではないというのが検察当局の政治資金規正法の解釈であることは知られていて、違法性はないと考えられるが、同法のこの"抜け穴"を利用して小沢が自由に使えるカネを手にしたことは間違いない。

 もちろん小沢がそれを私するなどということはあり得ず、選挙対策として重点候補に投入したりしたに違いないが、『週刊現代』によれば「党のカネを押さえ、その資金を自らの思うままに動かすことで"私兵"を増やしていく----。これが小沢氏のスタイル」であり、それを封じられたことは「小沢氏に想像以上のダメージ」となった。「参院選の際、小沢氏は独自に秘書や配下の議員を肝煎りの候補のもとに派遣してテコ入れをしていたが、党費がまったく使えなくなったため金欠に陥り、『応援のための旅費や経費は自腹を切れ』という話になり、一部でかなり揉めた」という。そのことが、小沢とその周辺が菅と仙谷〜枝野ラインを憎む大きな原因で、同誌が伝えるところでは「小沢グループ幹部」は「仙谷・枝野らは党費の出納に関する情報まで外部に流出させていた。そこまでやられたら、もはや許せるレベルではない。向こうがこちらを"殺(や)り"に来ているのなら、玉砕覚悟で全面戦争を仕掛けるしかない」と、思い詰めた心情を述べている。

 このような形で不透明な「組織対策費」を捻出することは、自民党では当たり前であり、それを踏襲して小沢は新進党党首時代には西岡武夫幹事長(現参院議長)に35億円、自由党党首時代には藤井裕久幹事長(元財務相)に41億円を支出している。藤井は「そんなカネは見たこともない」というようなことを言っていて、これが小沢"独裁"を支えるの党運営の手法だったと考えられる。そこに踏み込まれたことは、小沢とその周辺にとって危機感を募らせるに十分なことで、同誌によると、小沢が8月14日に京都・鴨川べりの料亭で、先の参院選で引退した自治労出身の側近=高嶋良充前参院幹事長、同じく引退した佐藤前財務委員長を「慰労」する席を設けたが、驚くべきことにそこに党の財務・経理担当職員で財務委員長の下で金庫番を務める西尾利逸を同席させ、「会合の最後、小沢氏が頭を下げながら西尾氏の手を握る姿」さえ見せた。これは、8月17日の日本TV系「ニュース・エブリー」が超望遠レンズで捉えた映像で報じて話題となった。民主党幹部は「こういう席に党職員ごときを同席させるなど、小沢の美学としては絶対にありえないことで、なんらかの口裏合わせが行われたのだろう」と推測している。

 結局、小沢陣営の言う"挙党態勢"とは、仙谷〜枝野を外せ、小沢本人はまさか無理でも彼の息のかかった人間を幹事長に登用しろ、というに尽きる。そんなことを菅が呑めるはずがなく、だから事態は全面対決へと突き進んできたのだが、さて昨日今日の鳩山の動きで、果たして小沢は出馬を撤回するのかどうか。撤回したらしたで「密室談合」「ポストの取引」という非難を免れない。私は、ここまで来たら堂々の一騎打ちで決めて、終わったらノーサイドということで進むしかないと思うが、果たしてどうなるか。決着は今夜である。▲

2010年8月30日

急転直下の民主党代表選 菅・鳩山会談で正面衝突の回避を模索

 激動の政局となった民主党代表選が急展開を見せ始めた。菅首相と鳩山前首相は30日夜、首相官邸で会談し、「菅 vs 小沢」の激突回避に向けて協議を行った。会談で鳩山氏は小沢・菅・鳩山に輿石東参院議員会長を加えた「トロイカプラスワン体制」の構築を要請、菅首相も基本的な線で了承した。31日にはこの流れで菅首相と小沢氏の会談を行う方向で動いており、場合によっては菅首相か小沢氏のいずれかが代表選の立候補を取り下げる可能性がある。

 一方、菅陣営で「脱小沢」を目指すグループは、菅首相が小沢氏と再び協力関係を結ぶことに激しく抵抗している。仮に菅首相が「脱小沢」の看板を取り下げた場合、無投票当選に抵抗するために仙谷官房長官をはじめ、小沢氏と対立している民主党議員を独自の候補者として擁立する可能性も指摘されている。

【関連記事】
■菅首相と鳩山氏の発言全文(西日本新聞)
■首相、小沢氏含む挙党態勢を築く考え表明(読売)

平田伊都子:米軍イラク撤退開始 アメリカ大統領のイラク戦争責任

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アブ・グレーブの人々。フセイン元大統領のお札を胸に掲げるフセイン支持者。

「大統領執務室に入ってすぐ、私は、責任あるイラク戦争終結に向けて行動を起こそうと決断した」と、2010年8月18日、オバマのメールは米軍最高司令官指令で始まった。

 「イラクの治安はイラク人治安部隊の責任だ」と、まずオバマはイラク治安に対するアメリカの責任逃れをする。そしてオバマ・メールは「大統領就任以来、私は9万人の米兵をアメリカに帰還させた。8月以降、イラクに残る5万人の米兵は戦闘のためではなく、後方支援だ。我々の責任は、退役軍人30万とその家族へのアフターケアーにもある。戦争トラウマやノイローゼにかかった奴の面倒も忘れないよ」とオバマは、もっぱらイラク帰還兵とその家族へのメッセージにチェンジさせていく。
 そして翌日のオバマ.メッセージでは、11月米中間選挙での民主党支持を訴えていた。
 明らかにオバマの言う<責任あるイラク戦争終結>とは、アメリカ有権者向けの選挙用公約である。米軍が殺傷した300万人を超えるイラク人戦争犠牲者や、イラク国土破壊に関しての<責任>には微塵も触れていない。

◆米軍刑務所引渡し

  2010年7月15日、ジェリー・キャノン米陸軍少将がイラク政府代表ヌール・ディーンに鍵の特大模型を渡し、米軍撤退に先がけて米軍刑務所を明け渡した。最後まで米軍が管理していた1,800人の囚人のうち1600人の身柄が、イラク政府に移された。米軍は、何故、200人を保持するのだろう?イラク政府とは、どんな団体をさすのか? 3月の総選挙後6ヶ月近く経つのに、イラクでは未だに政権が定まらず、無政府状態にあるはずだ。

 疑問が多々残る。
 翌7月16日、イラク・バース党系のアルバスラ・ネット通信社が、囚人SOSを発した。
 「米軍はイラクの囚人たちをイラク政府に渡したという。が、現在のイラクには政府が存在していない。結局、米軍はイラクの囚人たちをイラン系民兵に渡したことになる。囚人の大部分はスンニ派で、シーア派イラン系民兵の敵だ。囚人たちの命は風前の灯だ。
 囚人たちは拷問と虐殺で悪名高いカドミア刑務所に容れられた。囚人の中には、タレク.アジズ元副首相などの重病人が10人近くいる。シーア派が病人の面倒を見る訳がない」

 時を移さず、イラク人人権擁護団体<エッズ・アルイラク(イラクの名誉)>から、イラク刑務所情報が入った。それによると、206の公的な刑務所がイラク全土にあるという。 その内わけは、バグダッドに33、バビロンに15、アンバールに8、カルバラに9、ナジャフに10、バスラに15、その他の地域に 116とある。
 さらにイラクには、政府が関与できない民兵や武装した部族集団などが多数存在している。そんな集団が捕まえた人質などを入れる私設監獄などを考慮すると、イラクは<刑務所国家>の感がある。

◆囚人タレク・アジズ元イラク副首相(1936年生まれ)

 アルバスラ.ネットが健康を心配するタレク・アジズはキリスト教徒で、フセイン政権下では外務大臣(1983〜1991)と副首相(1979〜2003)を務めた。
 イラク戦争前には「米軍捕虜になってグアンタナモに送られるくらいなら死んだほうがましだ」と、アジズは大見得を切っていた。が、死より捕虜を選び、フセイン政権崩壊直後の2003年4月24日にさっさと米軍に投降した。彼は米軍作成のお尋ね者リスト55人中43番目だった。何故か後になって米軍は、彼を25番目に格上げしている。

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バスラの人々。写真の市場で43人の自爆テロ犠牲者を出した。バスラは世界最高気温58.8度の記録を持つ。

 2004年にフセイン弁護団が結成されると、アジズの長男ジアドもアジズ弁護団を作った。
 両弁護団とも保全のために、隣国ヨルダンのアンマンに拠点を置いた。
 「息子の一人は誘拐されて法外な身代金を要求されるし、親族は襲われるし、アジズ自身は脳溢血で心臓病だし...」と、アジズ夫妻の友人でヨルダン人のビシャラット夫人は、フセインと運命を共にする羽目になってしまった囚人アジズに痛く同情していた。

  2008年4月30日、アジズの初公判が開かれた。が、バディ・アレフ弁護団長が命を狙われていると出廷を拒否し、外国人編成の新弁護団が再構成された。2009年3月11日、まず最初の起訴に対して禁固15年の判決が下された。他の件でも起訴されていて、アジズ裁判はまだまだ続く。
 長男ジアドはフセイン政権下の1999年に逮捕され22年の禁固刑を言い渡されたことがある。告訴したのはジヤドの元愛人で、彼女によるとジアドは父の公用車で密輸をやり、彼女の夫や家族を殺そうとしたとか、この事件もアジズ裁判で蒸し返されるかもしれない。

  2010年8月5日、アジズはカドミア刑務所内で英紙ガーデイアンに語った。「オバマが大統領になった時、勇気づけられた。ブッシュのイラク戦争犯罪を正すと思ってからだ。しかし、彼は結局、偽善者なんだ。イラクを狼の手に渡し、破壊したまま無責任にもイラクからずらかろうとしている...」

◆米軍撤退は米国益に叶う

 アメリカは<義>ではなく<金>で動く。<徳>ではなく<得>を追求する。
 オバマもブッシュも、アメリカの大統領はイラク人が何人殺されようと、イラクがどんなに破壊されようと放射能汚染されようと、まったく意に介していない。今のオバマにとって一番大事なのは、米国有権者である米兵が一日も早く生還して11月の中間選挙に一票を投じてくれることなのだ。

 イラク戦争はアメリカの国益に適っていた。
 まず、米国本土ではない、イラクという戦場を作って、古くなった米国製の大量破壊兵器を償却し、新しい米国製大量破壊兵器の実践実験を行った。 それによってアメリカの軍需産業は大いに潤った。 さらにアメリカは、破壊したイラクの復興と言う名目で、世界中から金を集めた。 <イラク復興開発基金>とか<イラク復興信託基金>とか称する財団が<振れ込め>の窓口になった。
 日本も<振れ込ま>された<イラク復興信託基金>は一体、どうなったのか?検証しよう。

 2003年に世界銀行が、イラク復興の見積もりを約7兆8千億円と出した。しかし、2004年10月13,14日の東京会議では、約 9百億円の集金しか確認されていない。集金の内わけは、日本が4百41億円と全体の半分も<振れ込ま>されている。アメリカの振込みはたった9億円だけだった。 しかもこの時点で実際の復興に使われたのは、集金額の僅か2%のみだったという。我々の血税はどこに行ったのか?!
 2005年、米合衆国総括特別調査会が、CPI(旧連合国イラク暫定政府)に約8千億円の使途不明金があると糾弾した。
  2010年7月27日、再び米合衆国総括特別調査会が、2004年から2007年にかけて米国イラク復興開発基金約7千8百億円が行方不明だと告発した。同調査会によると、この基金の資金源はイラクの石油と天然ガスやフセイン政権の資産で賄われているという。が、基金の96%に関する収支が記載されていないと非難しているのだ。

 2010年8月9日、ゲーツ米国防長官は国防費の大巾削減を提案した。 具体的には、(1)今後5年間で7百74兆円以上の国防費を削減し、(2)3年間で国防省に属する文民や軍人の首を切るという。
 将来の米軍は、軍人+文民+民間請負業者、それに予備役の兵で構成されるそうだ。

◆米戦闘部隊撤退は国益に叶う?

  2010年8月19日午前6時、約4000人の第四ストライカー軍団第二歩兵師団がクウェート国境に入り、イラク戦闘部隊の引越しが終了した。クローリー国務省報道官は「引越しに約1兆円かかった。アメリカはこれからイラク治安部隊70万人の指導や民間軍事会社との折衝などに当たる。米兵による軍事行動から米外交官による市民行動に<チェンジ>したのだ」と、語った。米戦闘部隊撤退という軍事記者会見を国防省ではなく国務省がやったのは、その<チェンジ>を宣伝するためだった。

 これからのイラクでは米兵は戦わず、イラク兵や傭兵に殺し合いをさせる、つまりアメリカは戦争代理店を営業し、戦争成金を目論んでいるのだ。もし戦争になれば、アメリカは傭兵と武器の手配を民間軍事会社に依頼すればいい。(1)人件費、設備費、維持費など莫大な金がかかる米軍を常駐させる必要はない、(2)傭兵は公式な米兵ではないから、戦死しようが手足をもがれようが、米国が面倒を見ることはない、(3)米兵は戦争をしないのだから、反戦運動も起こらない、(4)金はイラク支援基金などを作って日本に<振れ込ま>せる、アメリカは米軍再編で一石四鳥を狙っている。

 勿論、アメリカが戦争産業から手を引いたわけではない。 それどころか、もっと効率よくアメリカが無傷で一人勝ちする戦略として、<軍隊の民営化>を図ろうとしている。
 しかし、戦闘という職にありついた傭兵はハリウッド映画のヒーローじゃないから、金の分しか戦わない。仕事が欲しい軍事会社は、営業のため戦争を捏造することもあり得る。戦争当事者、依頼人、請負人、戦闘労働者、さらに国際武器シンジケートや国際金融シンジケートや国際犯罪シンジケートがからみ、戦争は途方もなく泥沼化していく。

◆誰が爆弾を仕掛けているのか?

 7月のイラク人戦争犠牲死者数は、米軍が222人、イラク当局が535人と発表している。 どうして2倍以上も違うのか?
  8月に入って爆弾や銃撃で、イラク人死亡者数がウナギのぼりに上がっていく。8月3日にバグダッドで5人、4日にバグダッド南郊のクートで14人、7日にイラク南部のバスラで43人、8日にラマディとファルージャで計12人、そして米軍戦闘部隊撤退の前日17日にはバグダッドで61人の犠牲者を数えた。が、数値は定かではない。

 一体誰が爆弾を仕掛けているのか?
 米軍とイラク当局は相変わらず、イラク・アルカイダとフセイン残党との説を繰り返す。 6月2日に米軍総司令官オディエルノ自身が「イラク・アルカイダとフセイン残党の大部分を壊滅させた」と明言したのだから、この説は方便としか思えない。
 フセイン残党に「爆弾真犯人は誰か?」と聞いてみた。「犯人はイランが操るシーア派民兵だ。シーア派権力者の庇護の下で、イラクの混乱を増大させ、同時にスンニ派指導者絶滅を企んでいる。アメリカは、表向きは撤退するが裏ではイラン系シーア派民兵とも繋がっている。アメリカも共犯者だ。その上アメリカは、イラン系民兵のテロ行為を将来的にはイラン叩きの理由にしようと虎視眈々だ」と、潜伏中のスンニ派族長が答えた。

 1年前の8月25 日にエドワード.ケネディ上院議員が脳腫瘍で亡くなった。2007年1月9日、故ケネディは「イラク戦争はブッシュのベトナムだ。イラクは大量破壊兵器を持っていなかったし、フセインはアルカイダと繋がっていなかった。理由のない戦争をやったブッシュは米大統領として責任を取るべきだ」と、ナショナル・プレス・クラブでブッシュ大統領(当時)の責任を追及した。
 夏の休暇明けにオバマ大統領は、米軍撤退とイラク戦争に関する演説をやるそうだ。
 米大統領として、ぜひ、イラク国民に対するイラク戦争責任を明確にして欲しい。

文:平田伊都子(ジャーナリスト)
写真:川名生十(カメラマン)

(この記事は「日刊ベリタ」から許可を得て転載しました)

2010年8月29日

名古屋市議会リコール署名開始 石田衆院議員は対立出馬断る

 河村たかし名古屋市長の支援団体「ネットワーク河村市長」は27日、市議会解散の直接請求(リコール)を求めた署名活動を始めた。

 名古屋市では、河村市長が市長選挙で掲げた公約をめぐり、河村市長と市議会が激しく対立。市長側は市議会を解散して信を問うと市議会の解散を目指している。市内16区ごとで署名集めを担う"受任者"の登録数は26日の時点で約4万3千人にのぼっている。

「市長選で約束した公約を実現するために、市民のみなさんに立ち上がってほしい」署名を呼びかけている河村市長が目指すのは、2009年4月に掲げた公約を守ることだった。個人と法人の両市民税を一律10%削減する「市民税減税条例」は昨年12月に成立したものの、今年3月には減税を1年限りになり、「議会改革条例案」は市議会で否決された。公約実現の「最後の手段」が市議会解散のリコールだった。

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河村市長が前回の市長選で掲げた公約(pdf)

 一方、対立する議会側が描くシナリオは思い通りに進んでいない。市議会最大会派の民主党市議団は、リコールの先手を打とうと9月の定例市議会で河村市長の不信任案を出し、市長選に臨む方向で動いていた。しかし次期市長選の対抗馬として出馬要請を決めていた衆院議員の石田芳弘(いしだ・よしひろ)氏はその要請を固辞する方向で、28日朝、市議団の諸隈修身団長に「出馬しない」と断ったと伝えられる。

 河村市長は議会解散が成立した場合、自らも辞職し、市長選、市議選のダブル選挙が行う見込みだった。市長が自ら設立した地域政党「減税日本」から市議選に候補者約40人を擁立し、議席(定数75)の過半数獲得を狙う。また、来年2011年2月6日が有力視される愛知県知事選と合わせてトリプル選挙に持ち込む構えも見せていた。

 果たして1ヶ月間の署名活動の結果やいかに。河村市長の庶民革命の行方はどこへ向かうのか!?

【関連記事】
■名古屋市長選:石田衆院議員出馬断る 民主市議団が要請(毎日)
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100828k0000e010058000c.html
■河村市長の支援団体、市議会解散へ署名活動開始(読売)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100827-OYT1T00393.htm

2010年8月28日

上杉隆×高野孟:小沢一郎代表選出馬と民主党の行方

 ジャーナリストの上杉隆氏と高野孟が対談し、9月の民主党代表戦への出馬を表明した小沢一郎氏について、それぞれ持論を展開していただきました。


《対談映像(再生時間:5分52秒)》

* * * * *

高野:昨日小沢一郎が決起をすることをうけて、今日のJFNラジオ番組ではこれから一体どうなるんだということを話をしました。共通しているのは小沢が総理になるのは面白いということでしょうか。

上杉:まずひとつに、立候補した方がスッキリします。仮に総理になった場合、今まで政界で言われてきている官僚システム、メディアのシステム、つまり55年体制の残っている問題を一気に解消するところを一回見てみたいなと思います。

高野:小沢が「壊し屋」と言われていますけど政党を壊してもしょうがなく、55年体制の最後の土台部分を全部ブルドーザーでめくり返すぐらいの荒事をやってもらいたいです。

上杉:すでに国際的に時代遅れであることは明々白々です。

高野:菅さんがもう少し頑張るのかと思ったけど、なかなかそうも行かなかったです。

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上杉:ちょっと期待はずれでした。期待していたんですけど。

高野:そういう意味では小沢さんに荒事をやっていただくのもまたいいじゃないかと。とにかく民主党代表選は面白くなってきました。

上杉:国際的には総理があまりかわるのはよくないと言われています。この場合はちょっと、しょうがないかなと思います。経済・金融面でも菅政権はもたついた感もありますし、一回かわって、菅さんにしろ、小沢さんにしろ、選ばれた方は最後まで自ら辞めずに任期満了、やってみて立て直してほしいです。

高野:「挙党態勢」がキーワードに上がってますけど、そう言いながら挙党態勢を考えずにみんな自分のことばかり考えています。今は全員が知恵を集めて必死になったとしても、ついて行けないぐらいの世の中です。政権を自分たちでもぎ取っていこうということを思わなければ乗り切れないと思います。

上杉:高野さんと私が並んで座っていると、民主党の犬かと言われそうですけど、それは違います。

...つづきは映像でお楽しみ下さい!

2010年8月26日

菅 ─ 鳩山会談決裂! 小沢氏、民主党代表選立候補へ

8/26 9:15 追記
 小沢氏が民主党代表選に立候補することを正式に表明した。鳩山氏との会談後に明らかにした。また、鳩山氏は会談後に小沢氏を支援することを表明した。

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 9月14日に行われる民主党代表選に小沢氏が立候補する可能性が高まった。

 鳩山前首相は24日に小沢氏と会談し、翌25日に菅首相に党内融和・挙党一致体制の構築するよう進言したが、菅首相が事実上のゼロ回答で決裂。小沢氏は立候補の意思について早ければ26日午前中にも発表する。

 小沢氏が出馬するとなれば党内は全面抗争となることは避けられず、1978年に自民党総裁の座をめぐって繰り広げられた福田赳夫氏 vs 大平正芳氏の「第二次角福戦争」の再来となる。第二次角福戦争では、現職首相の福田氏が圧倒的有利と考えられていたが、いざ選挙がはじまると田中派が門外不出のはずの党員党友名簿を持ち出し、電話作戦や戸別訪問で大平氏を支援。下馬評をくつがえして大平氏が勝利し、福田氏は「民の声は天の声というが、天の声にも変な声もたまにはある」という台詞を残して総理総裁の座を降りた。

2010年8月25日

天笠啓祐:なぜ動物皆殺し政策を続けるのか

 7月27日、山田正彦農水大臣は、口蹄疫の問題について述べた際、「家畜伝染病予防法」の改正にふれた。当日の記者会見の速記録によると、宮崎県との間で意見の相違があり対策に影響が出たため「国の危機管理体制を強化する」方向で改正を考えている、という発言内容だった。さらに国の権限を強化して、家畜の皆処分を迅速に進めたい、とも述べていた。これに対して新聞記者から反論はなかった。

 家畜伝染病予防法は、病気をなくすために、罹患した動物はもちろん、周辺の動物も皆殺しにする考え方の上に成り立っている。「病気を見て動物や農家を見ない」考え方である。市民感覚では、なぜ家畜をあれほどまでに大規模に殺さなければいけないのか、という思いがある。この点について、考えてみたい。

 口蹄疫は、きわめて感染力の強い口蹄疫ウイルスが引き起こす病気である。感染すると発熱したり、口の中や蹄の付け根に水膨れが出たりするなどの症状が出る。そのためこの名前が付けられた。しかし、死亡率は高くない。健康な家畜であれば、まず死ぬことはありえない。

 ではなぜ口蹄疫の牛や豚を、なぜ殺すようになったのか。この点について、山内一也東大名誉教授がその経緯を述べている。この病気は、元々、英国で地方病として定着し、農民に大きな被害をもたらしてきた。社会防衛の観点から、病気が広がらないように、1892年以来、その周辺の家畜を含め、すべて殺処分する方式が始まった。

 ところが1920年に発生した病気は、殺処分対象が多すぎて、殺す順番が回ってくる前に直る動物が出始め、農民の間で殺処分方式に疑問が広がったという。この病気は、免疫力がついて自然に治癒することが判明したのである。農民の間で、治癒するのだから殺す必要はないのでは、という声が強まり、議会で議論が進められた。投票の結果、僅差で殺処分方式継続が採用された。殺処分方式は、議会による多数決で決定されたということである。

 この殺す方式を、国際的なものにしたのがOIE(国際獣疫事務局)で、1957年に口蹄疫予防のための国際条約を作り、この殺処分方式を国際的に採用させていった。日本では、1951年に施行された「家畜伝染病予防法」によって先行して、口蹄疫にかかった牛や豚を、強制的に殺処分することになった。殺さなければ、法律に違反することになる。宮崎県の種牛を飼育していた農家が、最後まで殺処分に抵抗した。しかし、国は強制的に殺処分に踏み切った。国としては、法律に基づいた執行措置であり、この法律がある限り殺処分は繰り返される。

 グローバル化によって、もはや口蹄疫から逃れられる国がなくなってきた。この病気と共存していく仕組みが求められているはずだ。そのため、これまでのような、農家に負担を強い、動物をいたずらに殺す、時代遅れの殺処分方式を止めることが必要である。病気発生を確認したら、時間をかけ直るのを待ち、農家に負担を強いないように転換をはかる必要がある。そのためには、国際条約を改正させるとともに、家畜伝染病予防法を改正させる必要がある。

(この記事は「日刊ベリタ」から許可を得て転載しました)

【関連記事】
■DNA鑑定は誰の利益に資するべきか(神保哲生の「マル激トーク」)
http://www.the-journal.jp/contents/jimbo/2009/06/dna.html

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【プロフィール】 天笠啓祐(あまがさ・けいすけ)
1947年東京都生まれ。1970年早稲田大学理工学部卒業。01年より市民バイオテクノロジー情報室代表。科学ジャーナリスト。著書に「DNA鑑定―科学の名による冤罪」(共著)、「生物多様性と食・農」、「世界食料戦争」など。

小沢氏出馬断念か 党内に正面衝突回避の空気が広がる

■小沢一郎講演録@小沢一郎政治塾(48分29秒)

 小沢一郎前民主党幹事長は25日、都内で自身が主宰する小沢一郎政治塾で講演を行ったが、「政治塾は下世話な政局話をする場ではない」と述べるにとどまり代表選について触れることはなかった。

 小沢氏が出馬表明をできない背景には、党内では菅首相を支持する勢力と小沢グループの正面衝突を避けたいという雰囲気が広がっており、小沢氏擁立の動きが想定より鈍いことにある。24日夜には小沢氏は鳩山前首相と会談したが、そこでも党内融和をはかりたい鳩山氏は小沢氏に出馬を断念するよう説得したという。

 その鳩山氏は、昨晩の会談を受けて本日25日に菅首相と面会する予定だ。菅首相に小沢氏側の考えを伝え、挙党一致体制を築くよう進言するものと思われる。ただ、鳩山氏は菅首相の続投支持について「現時点では」という限定をつけており、菅首相側の対応次第では鳩山氏が支持を撤回する可能性も残っている。

#ozawa_speech

小沢一郎講演録(2010年8月25日@小沢一郎政治塾)

Online video chat by Ustream

※配信状況によって途中で中断される場合があります。あらかじめご了承のほどお願いいたします。

2010年8月24日

山下惣一:「矛」と「盾」

 パレスチナの農村巡りをしながら「矛盾」の由来を思った。周知のようにこれは昔中国で矛と盾を売っていた者が「この矛はどんな盾でも貫く」といい他方で「この盾はどんな矛も防ぐ」と宣伝するので「では、その矛でその盾を突いたらどうなるのだ」と客に問われて答えられなかったという故事に由来する。

 ユダヤ人の受難は人類史上最大の悲劇だったといわれる。なにしろ2,000年間も祖国を持たず世界中に離散・放浪して迫害に耐えながら生き延びてきた。アウシュビッツの大虐殺などでヨーロッパ各地にいたユダヤ人1,000万人のうち600万人が殺されたとされ、アンネ・フランクの「アンネの日記」に涙した人も多かったはずだ。そのユダヤ民族が1948年にパレスチナの地に悲願の国家を建国したことがパレスチナの人々の新たな受難と悲劇の始まりとなる。

 ひところ私はイスラエルの「キブツ」に関心があった。そこは能力に応じて働き必要に応じて分配する集団で若者たちは親が築いてきた基盤に安住することなく、次々と独立して新しいキブツを作っていくと聞かされていた。おそらく砂漠に水を引いて次々と新しい共同農場を作っていくのだろうと想像していた。

 オリーブの産地であるから乾燥地帯であることは予想していたが今回初めて現地を訪問してみて驚いた。いわゆる「ヨルダン川西岸」のパレスチナ自治区では山に一本の木もなく「丘」と呼ばれる荒涼たる石灰岩の山の連なりだった。したがって水がない。パレスチナの人々は山の中腹から麓に集落を作り周辺の岩山を拓き、石の間にオリーブを植えて暮らしており、山の中腹から頂上にかけては放置されている。手つかずの荒野なのだ。

 その山頂にイスラエルの入植地が次々と作られていく。現代の技術ではどんな山頂にも送水できるからである。あっちの山、こっちの山頂に赤い屋根の新しい住宅が並び数日間の滞在で私たちですらイスラエルの入植地が見分けられるようになった。入植地と入植が新しい道路で結ばれ、検問所によってパレスチナ人は立ち入り禁止とされ、道路によって住居と耕地を分離された人たちが、道路の下にトンネルを掘って通勤耕作していた。あるいは「アパルトヘイト壁」と呼ばれる壁によって自治区が分断され囲い込まれる。

 つまり、イスラエルという国家の中にパレスチナという自治区があるわけで、パレスチナ地域の8割がイスラエルの支配下にある。「パレスチナはイスラエルの占領下にある」というのが毎日枕詞のように出てくる。

 パレスチナの人たちからみれば「キブツ」こそは侵略の尖兵、どんな「盾」も破ってくる「矛」みたいなものだ。国連も国際世論も「盾」になれない。まずは入植者を送り込み、その警固を口実に軍隊を送って領土を拡大していくというのは侵略者の古典的な手口である。

 一方、パレスチナの農民たちは「盾」となって命がけで村と自治区を守っている。

 「農民は国防兵士だ」農民がそういう呼び方をされるのを私は初めて聞いた。攻め込んでくるのも農業・農民、それと闘って守るのも同じ農業・農民なのだ。平和産業であるはずの農業が、そしてそれに従事する農民たちが「矛」と「盾」となって戦っている。この事実は私にとって新しい発見であり大きな衝撃でもあった。これが農業の本質なのだろうか。

 それでもパレスチナの農村には若者がたくさんおり子ども達があふれていた。「盾」はやがて「矛」になるのかもしれない。

 ひるがえってわが日本の農業農村はどうか。1960年に600万戸あった農家は減りつづけ、耕地30アール、農産物販売額50万円以上の「販売農家」は現在たったの175万戸だ。私たち日本の農民は何と闘って敗退をつづけているのであろうか。いろいろと考えさせられる重い旅であった。(「アジア農民交流センター」会報(2010年7月号)より本人の許可を得て転載しました)

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DSC_9965.jpgのサムネール画像【プロフィール】 山下惣一(やました・そういち)
1936年佐賀県唐津市生まれ。
農民作家。中学卒業後、家業の農業を継ぐ。
「生活者大学校」教頭、「農民連合九州」共同代表、「アジア農民交流センター」共同代表。1969年「海鳴り」で第13回農民文学賞、1979年「減反神社 」(1981年)で第7回地上文学賞を受賞。著書に「惣一じいちゃんの知っているかい?農業のこと」「直売所だより」など。

2010年8月23日

マニフェストの理念を否定することは政権交代の意義の否定だ!

※以下の文章は8月23日に辻恵民主党衆院議員のホームページに掲載された文章を転載したものです(タイトルは編集部作成)
http://www.tsuji-ganbaru-sakai.jp/index.php?UID=1282524081

★   ★   ★   ★

辻恵氏(民主党衆院議員)

 9月14日の代表選挙に向けてマスコミ報道がかまびすしくなっています。しかし、本当に何が問題かに関する正鵠を射た報道は殆どありません。いわく、首相をこれ以上コロコロ替えたら外国から侮られることになり日本の恥だ、政治とカネの問題がある中で小沢が立候補したり勝利したりすると国民から民主党が愛想を尽かされる、等々。

 しかし、これらは、昨年の政権交代が何のためにあり、民主党の存在意義は何なのかを見落とした極めて皮相な見方と言わざるを得ません。二進も三進も行かなくなった日本の国と社会の仕組みを根本から覆して組み立て直して欲しい、という期待を民主党が受けたからこそ政権交代が実現出来たのであり、この変革に向けて民主党が闘わない限り民主党は何の価値もないと言っても過言ではないのです。

 小沢前幹事長に対する西松建設や水谷建設からの金銭授受の疑惑は、東京地検特捜部の数年にわたる捜査の結果立件出来ないことで既に決着済みであり、現在検察審査会で審査中の政治資金規正法違反事件は、不動産取引の代金決済と登記移転が年を跨ったため収支報告を前年ではなく翌年にしたという点を捉えた全くタメにする言い掛かりであって、自民党政権時代に問題になった日歯連事件等の政治とカネとは質的に全く異なるものです。

 今日の日本の政治状況がピンチだと思うのは、多くのマスコミと政治家が、明らかに質的に異なる事実を理解せずムード的に一緒くたにして小沢前幹事長を非難していることです。理解した上で政敵を貶めるために敢えて違いに気付かない振りをして立ち回るのならまだ話は分かりますが、内閣の中枢部をはじめ本気で信じて言っているように思えてなりません。だとすれば、こんなに簡単な問題ですら正確に分析認識出来ない人達に、面従腹背の官僚との困難な闘いや高度な政治判断が要求されるタフな外交交渉を任せられる筈がありません。

 マニフェストは政策の集積であって個々の政策が修正されたり変更になったりするのは現実政治では当然ありうることですが、マニフェストの根底にはこれまでの官僚主導の政官業癒着は許さないという理念、思想が厳然と存在します。従って、マニフェストの根底にある理念、思想に反する政権運営は、政権交代の意義の否定以外の何物でもありません。

 今回の民主党代表選挙の真の争点はまさに、マニフェストの根底にある理念、思想を否定するのか、それともこれを堅持し発展させるのか、にあります。リアリストとは現実との妥協と同義であり、政治とは未来に対する理念や思想を語ることでなければなりません。

 民主党をまともな政治路線に引き戻して、昨年の政権交代で端緒についた本来の政治革命に向けて全力を尽くします。

■辻恵民主党衆院議員 ホームページ
http://www.tsuji-ganbaru-sakai.jp/

《民主党代表選》加速する切り崩し工作 菅首相は新人議員と直接対話

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↑ 菅首相が新人議員に送った手紙(クリックすると拡大します)

 9月に開かれる民主党代表選で、菅首相の対抗馬として小沢一郎前幹事長の出馬の可能性が高まったことで、党内の動きが活性化している。

 菅首相は小沢支持派が多いとされる衆参の新人議員計157人を対象に自ら面会を申し入れる手紙を送り、切り崩し工作を開始した。日程は23日から3日間の予定で100人程度の参加者を見込み、日々高まる小沢待望論の沈静化を狙う。党内基盤が弱いとされる菅首相だけに、この会談の結果が首相続投に向けて最初の試金石となる。

 対する小沢陣営は、いまだ最終的な態度を明らかにしていない小沢氏の出馬表明を取り付けるために党内の環境整備をすすめている。今回の代表選はマスコミでは「小沢派vs反小沢派」の戦いと見られているが、一方で党内では参院選でマニフェストを独断で変更した菅首相に強く反発する議員が「反菅派」を形成し、2009年衆院選のマニフェストの実現を要求している。小沢陣営としては、鳩山グループ内に少なからず存在する「反菅派」の議員と連携することを視野に入れている。

 また、注目されるのは党員・サポーター票の行方だ。党員・サポーター票は300小選挙区ごとに最多得票候補に1ポイント与えられるため、今回の代表選の総ポイント数1226ポイントのうち約4分の1を占める(国会議員票は1人2ポイントの計826ポイント、地方議員票は計100ポイントで得票数に応じて候補者に配分)。小沢グループは参院選前から熱心に党員・サポーターの勧誘を行っているため、世論調査で菅首相続投の意見が多数を占めるからといって、その結果がそのまま反映されるとは限らない。

 小沢氏は自ら主宰する小沢一郎政治塾の講師として25日に登壇する。その前後に出馬の意思について最終的な発表をすると思われる。

2010年8月20日

普天間移設問題で気になる政府の動き 名護"前"市長と会談

 17日に東京都内で前原誠司沖縄担当相が島袋吉和(しまぶくろ・よしかず)氏らと会談した。

 島袋氏といえば名護市の"前"市長。米軍普天間飛行場移設の是非が最大の争点だった名護市長選で、「辺野古に基地はつくらせない」と公約を掲げた稲嶺進氏に敗北した。

 なぜ今の時期に前市長と会うのだろうか。

 市長選後に前原氏が前市長と会談をもったのは今回が初めてではない。5月28日に結んだ日米合意の直前にも会談の場を設け、従来の北部振興策に代わる新たな地域振興施策について提案したといわれる。その会談の場には沖縄県建設業協会前副会長で名護市建設業者「東開発」会長の仲泊弘次(なかどまり・ひろつぐ)氏、名護市商工会会長の荻堂盛秀(おぎどう・もりひで)氏が同席していた。(琉球新報:「沖縄担当相、前名護市長らと接触 新たな北部振興策提示」)

 菅政権が鳩山前政権から引き継いだ「日米共同声明」は、代替施設の位置や配置などの検討を「いかなる場合でも2010年8月末日までに」を終えると明記されている。会談同日(17日)米国では日米両政府による専門家協議が開かれ、報告書作成は最終段階に差し掛かる。今回の島袋前市長との会談は前回同様、市内移設のメリットを提案した最終確認だったのだろうか。

 辺野古移設に反対している稲嶺進"現"名護市長は政府の頭越し会談の動きについて、「常識では考えられず、理解に苦しむ」「このタイミングでの会談は『地元の地元』の懐柔策をやっていると思われても仕方がない」と反発を強めている。

 市内移設の是非をめぐり政府と市の溝は深まるばかり。9月には名護市議選が行われる予定で、普天間移設をめぐる問題はますます目が離せなくなってきた。

【関連記事】
■"2方面交渉"に批判 移設容認派と密会重ねる前原氏
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-166535-storytopic-25.html
■普天間移設めぐる日米共同声明・全文(朝日新聞)
http://www.asahi.com/politics/update/0528/TKY201005280309.html
■前原国交相の重大背信(ゲンダイネット)
http://gendai.net/articles/view/syakai/125716

2010年8月19日

「菅おろし」がはじまった!? 民主代表選に小沢氏出馬の可能性高まる

 参院選の惨敗後、静けさを装っていた民主党内の政局が動きはじめた。

 19日、民主党の小沢一郎前幹事長が9月の党代表選(9月1日告示、同14日投開票)への出馬を検討していることがわかり、これまで水面下で繰り広げられてきた「菅おろし」の動きが表面化した。小沢氏本人は出馬の意志について最終的な態度を明らかにしておらず、現時点では情勢も流動的ではあるが、民主党内の反菅勢力の間では小沢待望論が高まっており、出馬表明までは時間の問題となっている。

 代表選のカギとなるのは、一時は菅首相続投を表明しながらも、現在は特定の人物を支持することを拒否している鳩山前首相の動きだ。鳩山氏は菅首相や仙谷官房長官と同じく民主党創設にかかわったオリジナルメンバーだが、首相辞任後も鳩山氏と小沢氏は電話会談も含めて交流は続いており、鳩山氏および鳩山グループがすんなりと菅首相の続投支持に固まるとは限らない。

 そのほか、結束力のない「サークル活動」と言われる民主党の党内グループのなかで、鉄の団結力をほこる旧社会党(約35人)と旧民社党(約30人)グループの動きも注目されている。代表選の得票数の底上げには固定票の力が不可欠で、代表選を有利に進めるにはこの2つのグループの支持が欠かせない。

 首相就任後、わずか3ヶ月で直面した政局に菅首相が切り抜けることができるのか。それとも豪腕・小沢一郎が日本の新しいリーダーとなるのか。次期首相の座をめぐり、すでに激しい神経戦がはじまっている。

2010年8月12日

沖縄県知事選で民主党はどう動く 伊波氏の選挙協力は「困難」

 7月参院選に続き、民主党が11月の知事選でも後手に回っている。

 沖縄県知事選(11月28日投開票)で、社民党、共産党、沖縄社会大衆党の県政野党3党は7日、現宜野湾市長・伊波洋一(いは・よういち)氏に出馬要請をした。

 一方、県政与党の自民党は仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事に出馬要請し、本人も意欲を示している。

 普天間飛行場の辺野古崎地区への移設を盛り込んだ日米合意の撤回を求めるかどうかが今選挙戦の最大の争点となる。

 仲井真氏は6月定例県議会で「県内移設は不可能に近い。拒否の選択肢もある」と述べたものの、日米合意の見直しを要求するまでには至っていない。

 これに対し、伊波氏は普天間飛行場を抱える当該市長で、「基地のない平和な沖縄」を理想に掲げ、普天間部隊のグアムへの完全移駐を求めてきた。移設先について仕切り直しをし米国と再交渉するよう政府に求める姿勢だ。鳩山前政権が当初掲げてきた「国外、最低でも県外」の方針に近い人物で、「吉元政矩×高野孟:《対談》普天間基地問題の根源を考える」では仲井真現知事の対立候補として注目人物としてあがっていた。

 その伊波氏について、8月10日民主党は選挙協力をしない意向を表明した。民主党・安住淳選対委員長は協力しない理由を「政治的スタンスが違う」としている。

 民主党は7月の参院選でも同様の状況だった。「県外・国外移設」を主張した民主党県連と県内移設を宣言した日米共同声明を踏襲した政府の整合性がとれず、結局独立候補を出せずに自民党から議席を奪えなかった。

 伊波氏の協力をしない民主党は、今後独立候補を立てるつもりなのか。それとも参院選と同じような「沈黙」を繰り返すのか。政府が繰り返す「負担軽減」の具体策は見えてくるのだろうか。

【関連記事】
■県知事選:民主・安住氏 伊波氏支援に難色(毎日新聞)
http://mainichi.jp/area/okinawa/news/20100812rky00m010002000c.html
■宜野湾市長・伊波洋一さんインタビュー(D-navi)
http://d-navi.org/node/159

2010年8月11日

田中利幸:オリンピック広島誘致批判(後編)─ まやかしの「平和の祭典」

 現代オリンピックには2つの性格がある。1つは、すでに述べた「国家力誇示=ナショナリズム高揚」であり、もう1つは「市場経済=金銭的腐敗」である。

 オリンピックでトップ選手がどの会社が製造した水着や靴、スキー、スケート等々を使うかは、製造会社にとっては巨額の富をもたらすか否かの大きな違いにつながる一大事である。そのためスポーツ用品製造会社は選手やコーチに莫大な「投資」を行う。メダルをとるためには、選手は一流のコーチ、スポーツ・ドクターを雇い、豊富な練習設備と自己のパフォーパンスの科学的分析を行う高価なハイテク機器と分析専門家、働かなくとも毎日練習できる生活を数年間おくるための資金、練習キャンプ地に出かける旅費、宿泊費等々、これら全てを総計すると億単位の金が必要となると言われている。金メダルをとるには、文字通り巨額の「金(かね)」がまず必要であり、純粋な「能力」だけでは決してメダリストにはなれない。したがって、選手も、いやがおうでも大企業をスポンサーにして「金浸し」になる。1974年のオリンピック憲章改訂までは一応「アマチュア主義」を維持してきたオリンピックも、改訂以後は急速に商業化の道を強化拡大させていき、今では「五輪サーカス」と称されるほどオリンピックはあらゆる面でショー・ビジネス化され巨大産業化されてしまっている。

 それだけではなく、オリンピックは徹底的に資本家たちに利用され、そのため長年の間IOC委員会は腐敗と汚職で堕落しきっていることは周知の通りであるが、オリンピック誘致をめぐっては、誘致都市や国家の政治腐敗をも引き起こしている。

 例えば、長野冬期オリンピック開催にあたっては、堤美明が自分の会社が経営するスキー場やホテルを利用させるため、当時のIOC会長サマランチを買収するなどして誘致に狂奔したという噂は良く知られている。さらには長野県もまた、ゼネコンと結びついて新幹線や高速道路の建設を推進し、活動予算の不明朗会計、招致委員会帳簿の消却、町内会への圧力による動員=反対派の孤立化・非国民扱い、といったがむしゃらな「誘致活動」を行った。

 ほとんどの開催都市や地方自治体が、オリンピック関連施設建設を中心にしたこの種の巨大開発に多額の予算を使うため、その結果、住民のための福祉予算の大幅削減、住民税の増額、地価の高騰、借地借家賃の上昇、物価上昇などの深刻な経済問題を抱えることになる。さらには、すでに述べたように、貧困地区の強制撤去やホームレスの人たちの追い出しという人権侵害問題を引き起こすのが、開催都市でみられる共通の現象となっている。その上、オリンピック終了後は、開催都市は巨額の赤字を抱え込むことになるため、深刻な財政難に長年悩まされるのもまた、開催都市が直面する共通の問題である。

 昨年末、韓国政府は韓国最大財閥サムスングループ前会長で、背任や脱税で有罪判決が確定していた李健煕(イゴンヒ)氏を大晦日に特別赦免すると発表したが、その理由は、2018年開催の冬季五輪を韓国に誘致するためである。李元会長は現在、国際オリンピック委員会(IOC)委員の資格が停止されているが、李貴男(イギナム)法相は「資格回復の条件を満たし、五輪誘致の環境を整えるため」と特赦理由を説明した。経済界などが李元会長の赦免を求めていたことを踏まえ、「国益を最優先に考えた」としている。李元会長は昨年8月に、グループ会社の株式を安値で長男らに譲り渡して会社に損害を与えたなどとして、懲役3年、執行猶予5年の有罪判決が確定していた。このように、IOCに影響力を持つ人物は、犯罪を犯しても赦されるという政治腐敗を各国で引き起こしているのである。

 昨年秋、アメリカの『シアトル・タイムズ紙』が、いかにヴァンクーバーの冬季オリンピックがスポンサー企業と腐敗関係にあるかを徹底的に暴き出す連続記事を、数日にわたって掲載した。

 その企業とは「ジェット・セット・スポーツ」という名の会社で、持ち主はユーゴスラビアからアメリカに移民したセッド・ディザレヴィックという人物である。1984年のサリエボ大会のときに、故国とのコネを利用してオリンピック・ツアー業で大儲けをしてから、IOCとの繋がりを急速に強めた。IOC委員を「金浸し」にして、この数十年来、毎回の夏冬両方のオリンピック開会式・閉会式のチケットはもちろん、人気のあるゲームのチケットの大部分を独占的に販売できる権利を確保し、それらのチケットを飛行機とホテルのパッケージにして売り出し、大儲けをしている人物である。彼は、オリンピック誘致のためにもIOC委員に金で影響を及ぼすことができる人物の一人である。『シアトル・タイムズ紙』の記事を読むと、いかにオリンピックが腐敗に浸りきっているかが本当に良く分かる。誘致に数十億円という金が使われるが、その一部は、ディザレヴィックのような人物の懐とIOC委員の懐を潤すために使われる。

 しばしばオリンピックは「平和の祭典」と呼ばれ、広島市長である秋葉氏もこのことを強調して、広島でのオリンピック開催の理由づけの一つに挙げている。しかし、いかにこの表現がまやかしであるかは、オリンピックの歴史を少し振り返ってみるだけで明らかとなる。

 例えば、1956年のメルボルン・オリンピックでは、イギリスとフランスが関与したスエズ動乱に抗議しエジプト、レバノン、イラクが不参加。ソ連によるハンガリー侵攻に抗議してスペイン、オランダ、スイスが不参加。水球のハンガリー対ソビエト連邦戦は乱闘流血騒ぎにまで発展した。さらに中国は中華民国の参加に抗議してボイコット。1968年のメキシコシティ・オリンピックでは、当時アパルトヘイト政策をおこなっていた南アフリカの参加に抗議してアフリカ諸国26カ国が出場ボイコットを発表したが、これにソビエト連邦、共産圏諸国も同調し、合計で55カ国がボイコットを表明した。これを受けてIOCは同年4月21日に決議を変更して南アフリカの参加を認めないこととしたため、ボイコットは回避された。しかし開催日の10日前に、政府の民主化を求めて1万人近い民衆が抗議集会を開いたため、政府側は軍・警察・機動隊にこれを攻撃させ、300人余りを虐殺した上に2千人を投獄。1972年のミュンヘン大会では、武装したパレスチナ過激派組織である「黒い9月」のメンバー8名がイスラエル選手団宿舎へ突入し、数名を殺害したうえ9名を人質にとり、イスラエルに収監されているパレスチナ人234名の解放を要求。しかし交渉は決裂し、テロ・グループは飛行機でエジプトの首都カイロへ脱出することを要求。ところが最終的には、警察部隊との激しい銃撃戦となり、人質9名全員と警察官1名が死亡し、犯人側も8名のうち5名が死亡するという悲劇的な結末となった。1980年のモスクワ大会では、前年末のソ連のアフガニスタン侵攻に抗議してアメリカがボイコット。日本もこれに同調し不参加を決定し、最終的に50カ国近くがボイコット。4年後のロサンゼルス大会では、今度はソ連側からの仕返しとして、アメリカのグレナダ進攻に抗議して多くの東側諸国が報復ボイコットを行った。まだ我々の記憶に新しいように、2008年の北京オリンピックでは、開催直前にチベット問題やダフール紛争への中国の対応を激しく批判する動きが世界各地でみられた。また開会式の翌日8月9日には、ロシア軍がグルジアに侵攻したが、この軍事行動がこの日行われたのは、オリンピックに対抗する国家力をロシアが世界に誇示したかったからというロシア政府の意向も働いていた。

 このように、これまでオリンピックが「平和の祭典」であったことなどはなく、むしろ紛争を煽る要因となった場合が多く見られるが、それは、すでに説明したように、オリンピックそのものがナショナリズムを競う場所となっているからに他ならない。

 こんな馬鹿げたことに、「広島・長崎の原爆投下の実態を知らせ、核廃絶を訴える」と称して、私たちの納める貴重な多額の税金を使うことは、まさに「ヒロシマの平和理念」に全面的に反する行為であり、被爆者を含む戦争被害者に対する侮辱行為とも言える。

 東京都は、2016年オリンピック招致活動のために、都の公式発表では2006〜09年度の3年間で73億5千万円(実際には150億円使ったと言われている)も支出したが、結局は誘致に失敗しただけではなく、当てにしていた企業寄付などの収入が大幅に不足して、7億円の赤字を出した。都民には、これがツケとして負担をおしつけられることになった。広島市に、オリンピクを開催するだけの経済力・財政力がないことは誰の目にも明らかなところである。自前で野球場一つでさえ建設する財政能力が広島市にはないのである。昨年3月、広島駅近くにオープンしたマツダ・スタジアムの建設には90億円かかった。建設費の分担は広島市が23億円、広島県11.5憶円、広島経済界11.5億円、国からの「まちづくり交付金」として7億円、市民からの募金 1.2億円、さらには球場を本拠地とする広島東洋カープが今後、広島市に払う球場使用料が35.6憶円である。このうち、広島市負担分の23億円は、球場建設のためのミニ公債を発行してなんとか調達。建設費総額90億円の球場一つ作るのに10年もかかっているのである。いかに近隣都市の協力を得るとしても、オリンピック開催に必要最低限の広島市内設備建設費を、いったいどうやって調達するというのであろうか。

 広島市では1994年にアジア大会が行われ、その結果、膨大な市財政の負担と借金ができた。アジア大会開催にかかった経費は、アストラム・ラインや幹線道路など新交通システムの整備費や起債などを含めて約4千億円かかった。広島市民が一年間に納める税金が約2千億円。広島市の借金は、アジア大会が行われた前年の1993年に9千8百億円近くに達し、毎年の借金返済が一般会計だけで502億円。これが市の財政を長年にわたって圧迫してきたことは周知のところである。

 秋葉市長は、「金のかからない新しいオリンピックの形を提案する」と言うが、いっこうにその「新しい提案」とやらの具体的な内容の説明がなされていないのが実情である。しかも、商業化で腐敗しきっている国際オリンピック委員会を相手にオリンピックを改革するのはとてつもなく大変なことである。にもかかわらず、すでに誘致活動費として2千6百万円が予算として計上された。しかし、それに携わる人件費をはじめとする関連諸経費を含めると、本年度分だけでも1億円をはるかに超える経費が出ていくとも言われている。市長はこの金は「オリンピック招致費ではなく、あくまで検討のための費用で、専門的な観点からの調査のため」に使われるものであると主張している。ほとんど可能性のないオリンピック開催のために、なぜゆえに1億円もの我々の貴重な税金が使われなくてはならないのか。「これは市長の次期選挙のためのキャンペーンのためではないか」とすら皮肉なコメントをする市民すらいる。しかも、市長は、「オリンピックは、2020年に核廃絶が達成されることを祝って広島で開催する」(今年5月2日のニューヨーク、タイムズ・スクエアでの平和行進における演説)と言う。これは、誰が考えても本末転倒で、まずは、いかに核廃絶を達成するのか、その有効な手段を考え、様々な可能性のある手段を実行に移すことにこそ税金を使うべきであり、達成のメドもつかない目標があたかも10年後には必ず達成されるがごとく国内外で公言するのは、全く無責任極まりない。

 しかも、たとえオリンピック開催が可能であったとしても、オリンピックは極めて一過性的イベントであり、オリンピック直前と開催中の数週間だけは世界から注目を集めるが、終了すればたちまち忘れ去られる。こんなお祭り騒ぎに「核廃絶」というメッセージをのせようとしても、どこまで真剣に且つ深く受け止められ、実際の「核廃絶」につながるような影響をもたらすことができるか、極めて懐疑的にならざるをえない。

 オリンピックは金さえあればどこの都市であってもできる。広島は広島市にしかできない反核運動を考え、それに集中すべきである。

 例えば、核廃絶のための具体的で実行可能な方法に関するアイデアを、現在4千を超えた平和市長会議のメンバー都市の市民から募る、「核廃絶のためのアイデア・オリンピック」なるものを企画するというのも一つの案であろう。あるいは、「世界核被害者大会」の広島・長崎でのできるだけ早い時期での開催というのもまたひじょうに有意義なイベントである。これまで開かれた「世界核被害者大会」は、1987年ニューヨークと92年ベルリンで開かれた2回限りである。核兵器廃絶の声が高まっている今こそ、原爆、核実験、原子力災害の被害者が一同に広島・長崎に集まり、反核の声を世界に発信し、その声を「核兵器禁止条約」の設置のために活かすほうが、オリンピック誘致費用の数十分の一ほどの予算で、遥かに効果的な結果を生み出すと私は確信する。(終わり)

【関連記事】
■オリンピック広島誘致批判(前編)─オリンピックの「祭典化」とナチスの「神話化」
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/08/post_613.html

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【プロフィール】
田中利幸(たなか・としゆき)
広島市立大学広島平和研究所教授。西オーストラリア大学にて博士号取得。オーストラリアの大学で教員を長く務めた後、敬和学園大学教授を経て現職。第2次大戦期における戦争犯罪の比較分析を研究テーマとしている。著書に『空の戦争史』(講談社現代新書)、『戦争犯罪の構造―日本軍はなぜ民間人を殺したのか』(大月書店)などがある。

2010年8月 9日

田中利幸:オリンピック広島誘致批判(前編)─オリンピックの「祭典化」とナチスの「神話化」

 周知のように、近代オリンピックは、教育改革の一環としてスポーツを取り入れるべきだと考えていたフランスの教育者、ピエール・ド・クーベルタン男爵(1863年〜1937年)が提唱したものであり、その賛同者たちが国際オリンピック委員会(IOC)を設置して、1896年にアテネで開催したのが始まりであった。クーベルタンは万国博覧会の理念と運営方式にいたく感銘していたため、当初はオリンピックを万博の一部分として開催することを目指した。そのため、1900年のパリ大会、1904年のセントルイス大会は、両方とも万博会場の中で小規模に行われ、しかも競技は国別代表形式はとらず、純粋に個人的な能力を競うものであった。したがって初期オリンピックでは、参加選手の帰属国間の「ナショナリズムの対立」は見られなかった。さらには、厳格な「アマチュア主義」方針が守られたため、メダル獲得後に実はプロの選手であったことが判明してメダルが剥奪されるというケースもあった。IOCの運営も会員が納める会費によって賄われていた。

「参加することに意義がある」というクーベルタンの有名な言葉にシンボリックに表れているように、こうした比較的純粋なスポーツ精神に則って運営された初期オリンピックではあったが、IOC委員はもちろん参加選手もそのほとんどが裕福な中産階級もしくは上流社会に属する白人男性であった。そのため、1920〜30年代には、これに対抗する形で労働者スポーツ運動が起こり、「労働者オリンピック」が開かれるようになり、中産階級の女性たちも国際女性スポーツ大会を発足させるなどの動きがみられ、一時はオリンピックを凌ぐほどの勢いをみせた。ところが、1930年代半ばになると、「代替オリンピック」とも称せるこうしたスポーツ民主化・普及運動は、台頭してきたファシズムによって弾圧されるようになった。1936年7月にバルセロナで開催される予定であった第3回国際労働者オリンピックは、スペインのフランシス・フランコ率いるファシスト反乱軍による内戦勃発によって中止となった。一方、同年8月にベルリンで開催された第11回オリンピックは、ナチスの政治プロパガンダとして最大限に利用され、このベルリン大会を機に、オリンピックは政治的に利用される「大規模な催し物」と化し、今日に至っている。その意味で、現在のオリンピックの実態を知る上で、その原型とも言えるベルリン・オリンピックの歴史的背景の考察は避けて通れないものである。

 ヒットラーのナチス政権はドイツ国家の軍事支配力を世界にアピールするための恰好の催し物としてベルリン・オリンピックを徹底的に利用した。オリンピック開催中は、外国からの批判を避けるため、反ユダヤ主義を唱えるポスターや看板は市内から撤去されたが、ベルリン市内の美観整備と安全維持と称してロマ民族(いわゆる「ジプシー」)を全員逮捕し強制収容所に送り込んだ。これが、前回の北京オリンピックのみならず、今では開催都市が必ず行う「ホームレス追い出し」や「貧民街の取り壊し」政策の始まりであった。ナチス政権はこのオリンピックのために、当時としては驚愕的な額にのぼる3千万米ドルを使ったと言われている。国家政府が一都市で行われるスポーツ行事であるオリンピックに多額の国家予算を提供し、ナショナリズムを高揚させる一大祭典として利用するようになったのも、このベルリン大会からである。

 かくして、国家の最大限の介入による財政支援の下で、10万人の観衆を収容できるスタジアム、プール、野外劇場、ドイツ・スポーツ行政ビルなど様々な施設を一カ所に集中的に建設し、ベルリン郊外には選手村が建設された。因に、この選手村はオリンピック大会後には兵舎に転用された。観衆で埋め尽くされたスタジアムでは、オリンピック競技とは関係のないマスゲームが繰り広げられ、夜には高射砲の空砲を利用して作られた光のドームがスタジアムを幻想的な舞台に変化させた。このようにオリンピックをショー的なスペクタクルとして演出することによって、主催国であるナチス国家自体が荘厳で聖なるものとして提示され、英雄化され、ナチズム=国家社会主義の強大さが大衆に強く印象づけられた。

 さらには、ギリシャのオリンピアから開催都市まで聖火リレーを行うという今ではおなじみの行事も、ナチス政権がドイツの国家力を外国人に誇示するために最初に始めたものであった。開会式を大々的な祭典とするようになったのも、これまたこのベルリン・オリンピックからであり、周知のように、ヒットラーは鬼才レニー・リーフェンスタールに、開会式や閉会式はもちろん、様々な競技を映画記録として撮影させた。『オリンピア』と題されたこの記録映画は、第1部「民族の祭典」と第2部「美の祭典」から構成されており、ドイツ民族の力と美を讃える内容になっている。この映画製作も、その後慣例化されたオリンピック映画製作の端緒となったものであった。この時代にはテレビは未だ普及していなかったが、実は、オリンピック競技の生放送が行われたのもこのベルリン・オリンピックからであった。当時はまだ試験的放送にとどまっていたテレビの受像機はごく限られた台数しかなかったため、ベルリン市内とポツダム市内の数カ所の郵便局にテレビが設置され、合計70時間にわたって、多くの視聴者にスタンドと一体感をもたせるような工夫がなされた。また、限られたエリート層にだけ利用可能な特別室が設けられて、このテレビ放送サービスが提供された。

 このように、現在私たちが目にするオリンピックの様々な関連行事や国家政策の多くの原型は、ナチス政権がそのファシズム国家の軍事力・支配力誇示のプロパガンダとして考えついたものであった。かくして、オリンピックの一大「祭典化」という大衆操作を通して、ナチス国家の「神話化」が計られたのである。

 オリンピックのこうした背景を考えてみると、最近のオリンピックがますます国家力を誇示するような、いわば(ナチスの巨大建築をいくつも設計した建築家)アルバート・シュペーア的とも称せるものになってきていることに気がつくはずである。かくして、大衆操作でナショナリズムを高揚させるためのオリンピック利用はますます大規模で且つ様々に工夫を凝らしたものになってきている。(後半につづく)

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【プロフィール】
田中利幸(たなか・としゆき)
広島市立大学広島平和研究所教授。西オーストラリア大学にて博士号取得。オーストラリアの大学で教員を長く務めた後、敬和学園大学教授を経て現職。第2次大戦期における戦争犯罪の比較分析を研究テーマとしている。著書に『空の戦争史』(講談社現代新書)、『戦争犯罪の構造―日本軍はなぜ民間人を殺したのか』(大月書店)などがある。

2010年8月 5日

鈴木宗男:我が国の民主主義が根底から崩されている! ── 在職25年表彰演説全文

 新党大地代表の鈴木宗男衆院議員は4日、衆院本会議で行った在職25年表彰を受けての演説で、「検察官僚の小さな出世欲のために、密室における誘導や誤導、取引が常態化している病的な現状を、何としても矯正しなくてはならない」と、あらためて検察改革の必要性を訴えた。

 あっせん収賄事件で上告中である鈴木氏が表彰を受けることについては、自民、公明、共産らの野党から「表彰を自粛すべき」との意見もあり、演説中も激しいヤジが飛んだが、鈴木氏は表彰を受けたことについて「(表彰は)個人的信条の話ではない。国会議員は国民によって選ばれた、国民の代表」と語った。

 演説内容の全文は下記の通り。動画は衆議院HPからも視聴できる。

■衆議院TV:http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php
※上記リンクから「8月4日→本会議→鈴木宗男(民主党・無所属クラブ)」の順にクリックして下さい

★   ★   ★   ★   ★

以下、ムネオ日記8月4日(水)より転載

★   ★   ★   ★   ★

 12時15分から衆議院本会議が開かれ、永年在職表彰を受ける。

 思い返せば、昭和58年12月19日の第37回衆議院議員総選挙で初当選して以来の在職25年である。

 この間、平成15年11月の選挙は、胃ガンが見つかり、手術を優先し、出馬しなかった。そして平成17年8月18日、新党大地を立ち上げ、国政にカムバックできた。

 本会議場で謝辞を述べながら、奇跡の当選と言われた、あの厳しかった最初の選挙、二度目の奇跡の復活と言われた平成17年9月の選挙を想い出し、この間私を支えて下さった心ある多くの皆様を想い出し、万感胸に迫るものがあった。特に亡くなられたかけがえのない方々が脳裏をかすめ、ただただ感謝の気持ちで一杯になった。

 波瀾万丈というより、天国と地獄をみた私である。そんな私を最初から、そして今も応援して下さる方々は、神様、仏様である。

 改めて、心から、心からお礼申し上げたい。

 一回目に当選した時は、「二回目は大丈夫だろうか」と心配し、二回目の時は三回目を心配したものである。三回連続当選して先が見えてきたものだ。

 それから順調な歩みを続けたが、足をすくわれてしまった。

 しかし今、私は心ある多くの方のご支援で、国政の第一線で働く機会に恵まれている。

── 宿命に生まれ、運命に挑み、使命に燃える ──

 私は自然体で、与えられた環境で精一杯、国民の目線に立って汗をかいて行くのみである。

 本日本会議で述べた謝辞を全文掲載し、後援会の皆さんに心からのお礼と感謝にしたい。


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 私は今、最高裁判所に上告中の刑事被告人の身です。しかし、必ず真実が明らかになると確信しております。

 ただ、永年在職表彰のお話を伺った時、私の心の中で二つの声が交錯しました。

 一つは、「あなたは刑事被告人だ。このような場で表彰を受けることは自粛した方がいい」という声です。もう一つは、「このことはあなたの個人的信条の話ではない。国会議員は国民によって選ばれた、国民の代表である。二十五年間、民意を体現してきたあなたの役割に対して表彰がなされるのであるから、ここは淡々と受けるべきだ」という声です。

 この二つの声とあわせて、私が今日あるのは、昭和五十八年十二月の初当選以来、いついかなる時でも私を支えて下さった、松山千春さんはじめかけがえのない後援者、秘書はじめ事務所スタッフ、家族、友人のおかげであるということを考えた時、政治家・鈴木宗男として、職業的良心に基づき、受けさせて戴くという結論に至りました。

 改めて、この機会を与えてくださった皆様方に、心から感謝申し上げます。

 この場をお借りして、私の率直な思いを述べさせて戴きます。

 今日本は、国家統合並びに民主主義の危機に直面しております。ここで私たちは、何よりも過去の歴史を振り返るべきです。

 昭和五年以降、我が国は急速に破滅への坂を転げ落ちていきました。その原因は、当時最大のエリートであった軍事官僚の独りよがりの正義感、現実から遊離した情勢認識でした。

 今、一部官僚により、それが繰り返されています。外交面でも、日本は国際社会の中で孤立し始めております。

 私は北方領土問題の解決に向け、政治生命を賭けて取り組み、国益に即した活動をしてきたと自負するものです。しかし、一部の外務官僚の情報操作と、それと手を握った検察官僚によって失脚させられました。

 しかし、国民が私をもう一度この席に送り出してくれました。私の北方領土返還への取り組みを、民意が正しく理解してくれたのです。

 私は北方領土問題とともに、竹島問題や沖縄の米軍基地問題、アイヌ民族の権利確立の問題の解決に努力して参りました。

 それはまさに、日本国家を維持し、強化したいと考えていたからなのです。

 取調べの可視化に取り組んでいるのも、検察官僚の小さな出世欲のために、密室における誘導や誤導、取引が常態化している病的な現状を、何としても矯正しなくてはならないと考えるからなのです。

 このことが実現されない限り、我が国の民主主義が根底から崩されるという危機を、自分自身の体験をふまえ、痛切に感じております。

 冤罪はあってはなりません。権力による国策捜査も、断じてあってはなりません。

 同僚議員の皆さん、時代のけじめをつけることは、国策捜査によって行うのではなく、国民によって選ばれた我々国会議員が、政治主導によって行うべきではないでしょうか。

 我々国会議員も、党派的な問題、個人的な野心といった、本質から外れ、重要でない問題に、エネルギーを注ぎすぎている現状を改めなくてはなりません。

 我々がこうしている間に、政治が民意から離れていくのです。そして、国家が弱っていくのです。

 私は国民の英知を信じます。国民の声に耳を傾け、国民とともに進んでいくことにより、日本は現在の危機から脱出できると確信しています。

 最後に今一度、至らぬ私をいつも親身になって支えて下さった、松山千春さんはじめかけがえのない選挙区並びに全国の後援会の皆様、秘書はじめ事務所スタッフ、そして特に我が妻、息子、我が娘に心から感謝申し上げ、謝辞といたします。

田中利幸:核兵器廃絶へ「市民による平和宣言2010」

 本日5日に「8.6ヒロシマ平和のつどい2010」が広島市内で開催され、「市民による平和宣言2010」が採択される予定だ。

 この宣言は毎年広島市長が読み上げる「平和宣言」とは別に、8月6日に市民が発表している「市民の平和宣言」だ。オバマ政権の核に関する矛盾点をあげ、日本政府の姿勢についても厳しい指摘をしている。

 平和宣言の起草者で広島市立大学広島平和研究所教授の田中利幸氏(8.6ヒロシマ平和へのつどい2010実行委員会代表)に許可を頂き、以下に草案全文を掲載する。


----- 【市民による平和宣言2010】(案)-----

 1945年7月16日午前5時半、米国アラモゴードでプルトニウム爆弾が炸裂し、この核実験で人類は恐るべきパンドラの箱を開けました。8月6日にウラン爆弾が広島に、9日にはプルトニウム爆弾が長崎に投下され、両市で一瞬のうちに数万人の市民が殺害され、年末までに20万人以上が死亡しました。あれから65年、今年5月に開かれたNPT(核兵器不拡散条約)再検討会議の最終報告書で、核兵器禁止条約の必要性が初めて唱われました。いかなる理由・目的にせよ、核兵器の使用は「人道に対する罪」であり、核抑止政策はそのような重大な罪を犯す計画を立て準備をしているという意味で、明らかに「平和に対する罪」という犯罪行為であるという認識が広島の平和運動の原点であり、被爆者のメッセージの中に常に込められている思いです。8月6日の平和記念式典には、初めて米国政府代表としてルース駐日大使が出席しますが、米国政府が犯した重大な犯罪に対する真摯な謝罪を私たちは要求します。

 オバマ米国大統領は、核軍縮を提唱しながらも、この「核抑止力」をあくまでも維持することを表明。備蓄核弾頭の「寿命延長計画」を中心とする核兵器関連予算に今年度は約5,700億円、来年度は6,300億円をあてています。国防予算も、ブッシュ前政権時代をはるかに上回る63兆円が来年度要求額で、ノーベル平和賞を授与された大統領の下で、米国の軍事予算は史上最大額となっています。その上、アフガン戦争はパキスタンにまで拡大し、米兵の数は10万人を超えて戦況は泥沼化し、多くの市民が米軍無人爆撃機の無差別爆撃で殺傷されています。さらにオバマ大統領は、イスラエルの核保有・パレスチナ人とその支援者の殺害を黙認し、インドへの核技術輸出政策を一方でとりながら、イランへの強圧的外交で中東危機を煽っています。東アジアにおいても、核抑止が相変わらず米政府の基本戦略であり、これが北朝鮮問題を中心とするこの地域の政治不安定の根本原因の1つであることは明らかです。

 そのような米国に、沖縄・岩国をはじめ多くの市民の「基地はいらない」という強い声を、日本政府は、はっきりと伝えることができません。「予算仕分け」では、毎年約2,000億円近い米軍への「思いやり予算」や防衛費(今年度約5兆円)については全く手を触れようともせず、日米安保体制という日本・アジア支配政策で市民に犠牲を強いるこれまでの政治経済構造を維持し続けようとしています。政・官・業の腐敗した長年にわたる癒着が原因である財政危機を口実に、菅政権は、消費税引上げという、一般市民、とりわけ高齢者、母子家庭、非正規雇用者、障がい者などの経済的弱者をさらに窮乏化するような愚策しか打ち出していません。私たちにとって今最も必要なのは、この閉塞した日本社会を根本的に変革する政策であり、そのための基本的指針は憲法、特に前文、憲法第9条「戦争放棄・平和主義」と第25条「健康で文化的な生活を営む権利」に明確に表現されています。誇るべきこの憲法の尊重と、憲法精神に基づいた真の政策変革を、私たちは政治家と官僚に強く要求していきましょう。

 さらに、核兵器製造につながる危険性をもつ原子力の利用、とりわけ六ケ所再処理工場の稼働、もんじゅ運転、プルサーマル導入によるプルトニウム利用の即時停止を私たちは求めます。また、美しい瀬戸内海の環境を破壊する中国電力による上関原発建設を中止させ、自然エネルギー源を利用する運動の力強いうねりを被爆地・広島からつくり出しましょう。同時に、経済利益を優先させるためには核兵器保有国でありNPT非加盟国であるインドへの原子力技術輸出も促進するという菅政権の態度に対して、私たちは強く抗議します。

 今年は「韓国併合」という日本による朝鮮植民地化の開始から100年目にあたります。しかし朝鮮に対する日本の圧迫は実際には1875年江華島への軍事攻撃から始まっており、その後長く(朝鮮人被爆者を含む)朝鮮民族への差別・搾取が行われ、様々な不義不正行為を日本人は行いました。今こそ、私たち日本市民と政府が、侵略と植民地支配の歴史を根本的に反省し、償い、新しい平和関係を構築する機会にしたいと願います。

 核兵器廃絶を達成するために最も必要なものは、非人道的行為を徹底的に否定する強い意志と、差別や暴力行為の被害者の痛みに対する深い倫理的想像力です。被爆者の体験から私たちが学んだことは、どんな状況下においても人間性を深く追求し続けることの大切さです。私たちは、「想像力を活かした人間性追求」を根本理念とする反戦・反核平和運動をこれからも続けていきましょう。

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【プロフィール】
田中利幸(たなか・としゆき)
広島市立大学広島平和研究所教授。西オーストラリア大学にて博士号取得。オーストラリアの大学で教員を長く務めた後、敬和学園大学教授を経て現職。第2次大戦期における戦争犯罪の比較分析を研究テーマとしている。著書に『空の戦争史』(講談社現代新書)、『戦争犯罪の構造―日本軍はなぜ民間人を殺したのか』(大月書店)などがある。

* * <告知> * *

<8.6ヒロシマ平和のつどい2010>
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<開催日時>
8月5日(木)18:00〜20:30

<会場>
広島市まちづくり市民交流プラザ 北棟研修室ABC(広島市中区袋町6-36)

<参加費>
1,000円

<連絡先>
8.6ヒロシマ平和へのつどい2010実行委員会(代表・田中利幸)
住所:広島市西区天満町13-1-709
FAX:082-297-7145 
Eメール:kunonaruaki@hotmail.com

2010年8月 3日

東祥三:小沢一郎の時代は本当に終わったのか?

 ねじれ国会下での与野党対決に注目が集まるなか、本誌編集部は3日、民主党の東祥三衆院議員にインタビューを行ないました。民主党所属の議員が深く理解していないという"政治家"という仕事の本質や7月30日付の高野論説に掲載された「小沢時代はほぼ終わった」との見方に対する意見など、片手に葉巻の煙をくゆらせながら存分に語っていただきました。

 (以下にインタビュー全文を掲載/8月4日更新)

*   *   *   *   *

東祥三氏(民主党・衆院議員)

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─7月の参院選で民主党は「敗北」を喫しました

 今回の選挙は有権者の多くが民主党の政権担当能力に対して不信感をもった結果が現れたのだと思います。その原因は一体何だったのでしょうか。

─29日に行われた両院議員総会で民主党執行部から総括案が出されました

 民主主義の世界において。選挙は戦争と一緒です。誰の指揮の下で動くかというと執行部です。民主党執行部は自分たちがどういう責任を取ったらいいかという責任の所在を明確にして、民主党の再生を考えていかなければないのです。

 しかし残念ながら今回の総括案には血が通っていません。誰か別の第3者が書いているようなもので何も伝わってきません。

 参院選の選挙区候補者は、敗北の原因を執行部になすりつけるのではなく、自分の責任であり、努力、運動量が足りなかったと言っています。それに対する執行部が第3者的な総括をしてるようではいけません。人間の魂の触れ合いがありません。ありとあらゆる角度から見ても、あんな総括案はありえません。

 

─菅総理は敗北の原因は自身の消費税発言にあったと言っています



 消費税発言だけではありません。それ以前の問題です。

 なぜ鳩山政権がコケなければならなかったのでしょうか。日米安全保障体制いう外交政策の重要な問題の核に入り、行き詰まったからです。このままでは政権交代させてくれた有権者を裏切ってしまう、多くの仲間たちに迷惑がかかると思って腹を括った彼なりの責任の取り方でした。



 菅総理は鳩山退陣をどう捉えたのかと私が聞いても回答は出ません。菅総理は鳩山政権を受け継ぎ、国民は普天間問題、政治とカネの問題をどうするのかを見ています。それに対する説明がないと思ったら、突然消費税発言が飛び出しました。その上中身がどんどん変わってしまうのです。



「綸言汗の如し」一度飛び出した汗は取り返すことはできません。指導者の発言はまさにそれと同じで、慎重に発言しなければなりません。

 出処進退については、他から言うことではなく、自分で決めることです。



─両院議員総会に欠席した小沢氏について、7月30日の高野論説で「小沢時代はほぼ終わった」と論じています

 以下の映像をご覧ください!



─民主党は詰めが甘い?



 普天間の問題はどこにいったのでしょうか。政治とカネの問題は?倫理審査会を開いて証人喚問すればいいという話でもないでしょう。政治とカネの問題をどう考えていくかを、しかるべき人が言い切っていかなければいけません。そこで消費税の話がでてきて、全部が尻切れトンボになります。別の政策をもってきても俎上 に上らない限り、それぞれが勝手なことを言っているだけで政策論争にならないでしょう。



 普天間問題と政治とカネの問題で2人が辞めました。それらの問題は続いているべきことなのに、すべて決着したかのようです。引き継いだ人間はどうしているのかと思ったら何もやっていません。今はどこで議論しているのでしょうか。政策調査会のような枠組みだけつくっても議論になりません。

 

─メディアにも問題がありますね



 目先のトピックだけを追いかけているように見えます。そこで政策論は議論できますか。

 どうも政策論という言葉だけが一人歩きしているように思えます。議論しているかのような錯覚に陥るのでしょう。

 

─民主党は2009年の大勝利の直後の参院選で敗北しました。この敗北を再生につなげるために何が必要ですか?

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 原点に立ち返ることです。政治の要諦に戻らなくてはいけないということです。

 国民が安心して暮らしていけることが大前提にあります。家に鍵をすることは個人でやることですが、地域の安全は個人ではできません。政治がやるべきことです。地域や共同体、社会の問題は政治が受け持つことです。その根本が失われつつあるので、今は原点に帰るべきだと言っているのです。

 昨年の総選挙は、安心した暮らしを自民党政権には任せられないという結果です。


 公約に掲げた数値ばかりを追いかけるのでなく、哲学を語らなければいけません。野党時代に掲げた数字を、与党になって財源と照らし合わせるのは当然です。もし数値通りにできなかったのであれば今できない理由を述べた上で、哲学は生きている、やり切ろうとしている、と有権者に向かって堂々と話さなければなりません。今は、議論の場所として政調を復活させました、枠組みだけつくって議論しましょう、と言ってるだけです。



2010年8月3日《THE JOURNAL》編集部取材&撮影 

2010年8月 2日

米国議会も"ねじれ"? 中間選挙でオバマ民主党が過半数割れの危機

 11月2日に投開票を迎える米国の中間選挙で、オバマ政権が日本の民主党と同じく、政府と議会で"ねじれ"状態となることが現実味を帯びてきた。

 中間選挙では上院(定数100)の37議席、下院(定数435)は全議席が改選の対象で、オバマ政権に対する事実上の信任投票となる。

 現有議席では上下院ともに民主党が過半数を保っているものの(上院59議席、下院255議席)、米キニピアック大学の最新調査によると「今日、下院選が行われるとすれば共和党候補と民主党候補のどちらに投票するか」との質問について「共和党候補」と回答した有権者は43%と民主党候補の38%を5ポイント上回った。

 また、同調査で2012年の大統領選挙の投票先についてたずねた項目では、オバマに投票すると答えた有権者は36%にとどまり、候補者の決まっていない共和党候補の39%を下回った。その他の世論調査でもオバマ政権の支持率は軒並み50%を下回っており、中間選挙の獲得議席数が上下院ともに過半数に届かない可能性もある。

 もっとも、大統領選挙とは別に直接選挙による二院制をとる米国では、大統領が所属する政党と連邦議会がねじれ状態になることは日常茶飯事で(※下記表参照)、「分割政府(divided goverment)」という用語も定着しているため、日本の国会のような混乱はおこりにくい。

 ただ、議員立法中心で党議拘束の弱い米国では、分割政府になると与野党の政治家が法案について妥協するために大胆な政策変更は抑制され、大統領も議会の顔色をうかがいながらの政権運営を余儀なくされる。オバマが掲げる「チェンジ」も期待できないとなれば、2012年の再選に黄信号が灯ることとなる。

↓ 米国における大統領の所属政党と議会の多数派勢力(R-共和党 D-民主党)
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『知らなきゃヤバイ!民主党─新経済戦略の光と影』
2009年11月、日刊工業新聞社

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