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《対談》普天間基地問題の根源を考える(後編)〜吉元政矩(元沖縄県副知事)×高野孟 »

《対談》普天間基地問題の根源を考える(前編)~吉元政矩(元沖縄県副知事)×高野孟


《対談1(再生時間:9分05秒)》

「沖縄県の米軍基地を県外に移す努力を続けるのが大切」

 首相最後の演説で鳩山氏はそう述べて新政権にバトンを渡した。昨年の政権交代以後沖縄の基地問題に尽力してきた鳩山氏だが、自らの目標であった「最低でも県外」は実現できずに首相の座を降りた。

 鳩山氏は96年旧民主党結成当時から「沖縄・本土の米軍基地の整理・縮小・撤去」と明言し、米軍基地の国外移設への構想を練っていた。

 鳩山氏がその目標を描いたきっかけには、ひとつの"プログラム"があった。民主党結党時代からの「常時駐留なき安保論」の原点でもある「基地返還アクションプログラム」だ。今回のNewsspiralでは、かつて大田昌秀(おおた・まさひで)元沖縄県知事の知恵袋として「基地返還アクションプログラム」を策定した吉元政矩(よしもと・まさのり)氏に、基地問題が抱える諸問題とその解決方法を聞いた。

*   *   *   *   *

《普天間移設の原点「基地返還プログラム」》

高野:旧民主党結成の過程は1995年の寒い頃に始まりました。同年沖縄で少女暴行事件が起こり、当時大田昌秀沖縄県政のもとで吉元さんが中心となって「基地返還アクションプログラム」を発表されておりました。

 私は民主党の政策論議に加わっており、「基地返還アクションプログラム」を学びサポートしていこうと思いました。この考え方が1996年の旧民主党結成時に掲げた「常時駐留なき安保」論へとつながっていきます。

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元沖縄県副知事の吉元政矩(よしもと・まさのり)氏

吉元:1989年に天安門事件があり、11月にはベルリンの壁が崩壊しました。沖縄では1987年、1990年に嘉手納包囲行動があり、1990年11月に「21世紀、基地のない沖縄を、若者のために」をスローガンに掲げた大田昌秀知事が誕生しました。

 私は大田県政のもとで政策調整官として仕事に就きました。冷戦終焉後、米軍基地の負担を抱えた県民に対して撤退を含む「平和の配当」があるべきとの考えが当然起こり、その政策化に動き出しました。

 当時問われていたのは、沖縄の将来像をどう描き上げるかということでした。米軍基地をすべてなくすだけでなく、基地の後利用計画が必要でした。日本の独立と引き替えに米国に売り渡され、27年間米国の支配におかれてきた沖縄をつくり直せるかが課題でした。

 香港返還を目前に控え、東アジアは変化が起こる情勢下にありました。沖縄はかつての琉球王国のように交易を中心とした拠点・都市国家をつくろうと「国際都市形成構想」を中心政策に掲げました。それを実現するために米軍基地返還を求め、在沖米軍基地が集中する中南部地区を描き直し、一国二制度で全県をフリートレードゾーンにする計画をつくりました。

 「基地返還アクションプログラム」はメインではありませんでした。それが突出したかたちになっているのは、1995年の少女暴行事件があったからです。連合沖縄が中心となって翌年に県民投票をし、沖縄県民の意志が出されました。当時の村山政権にその問題を持ち込み、閣議決定で沖縄米軍基地問題協議会をつくってもらい、SACO(沖縄に関する特別行動委員会)ができました。

 「基地返還アクションプログラム」は1995年から2015年までの20年間で在沖米軍基地をゼロにしようという計画です。基地返還された後どうなるのか、1つずつチェックしていくことが必要だという理解が与野党問わず広がり、県議会が支持していきました。

《普天間基地移設問題 「国外」発言を最初にした民主党代表》

吉元:旧民主党時代から鳩山氏は、いつまでも沖縄に海兵隊はいらないだろうと考えていました。そして苫小牧東部(苫東)に海兵隊を全部移したらどうかというイメージを描き出します。ただ単にアイデアを出すのでなく、地元の北海道に計画を表明していました。政府関係のシンクタンクに依頼して調査し、有事駐留の構想になります。

高野:鳩山さんの過剰な基地の問題意識は思いつきでなく、自分の問題としてうけとめて考えているということですね。

吉元:1995,6年の段階で、彼は安保や米軍基地問題についてかなり詳しかったと思います。とりわけ戦後占領軍がいすわっていることに対する怒りや不合理さを感じ、日米軍事同盟が大事とはいえ現状のままでいいのかという問題提起をしていました。部分的な論議でなく、将来を見通した枠組みの話です。

高野:旧民主党発足時は「常時駐留なき安保」はスローガン止まりでした。鳩山氏は地元のことも含めてどう具体化するかを自分の中で煮詰めていました。

吉元:私が副知事を辞めた翌年の1998年、知人に呼ばれて北海道を訪れ、北海道開発局の責任者が苫東を案内してくれました。北海道開発局が調査に積極的で、データをシンクタンクに提供していたことは驚きました。

高野:私は鳩山氏の気持ちの流れを見ていましたので、普天間基地移設の問題は自分でイニシアティブをとり、落としどころをつくって内容を詰めていくのかと期待してみていました。しかし結局構想はバラバラになってしまいました。

吉元:普天間基地問題について、民主党の代表として一番最初に沖縄に来て発言したのは菅直人氏です。菅氏は明確に「普天間は国外に」と言っていました。2番目に言ったのは岡田克也氏です。2005年、普天間基地抗議行動の時に来て、県民大会の場で「県外」と明確に言いました。一番遅かったのが昨年2009年総選挙前に来た鳩山氏です。マニフェストにも書かれていないと言われていますが、民主党は米軍基地問題、とりわけ普天間基地移設問題に関する発言は一貫しています。

 鳩山氏が首相になって基地問題を検討すると言ったときは、民主党総体が1つの方向性をもって進むと思っていました。鳩山氏の足りなかったところはガバナンスです。本人はまさか関係する大臣がバラバラの意見を出すとは想定してなかったでしょう。

 1つの目標に向かって公務員と一緒に物事を進めるためには、首相が信頼できる人を1人座らせて、官僚を集めるようにチームをつくっていかなければいけません。要になるのは官房長官です。


《対談2(再生時間:9分58秒)》

高野:官房長官にできることは、事務局長としてチームを運営することです。平野官房長官(当時)の場合は勘違いをして、自分が新しい案を出してこうとしていました。

吉元:沖縄には外務省が事務所を、防衛省も組織を持っています。各省庁の機能はすべて沖縄にあるにも関わらず、平野官房長官は沖縄に直轄の事務所をつくりました。私は違和感を感じました。

高野:理解ができません。内閣を組織図で描くと、総理大臣の直下に官房長官がいて、すべてはそこに集中するようになっています。平野氏は何を勘違いしたか自分がすべてを取り仕切り、自らの手柄にしようとしたようです。

《グアムに移転した方が抑止力は強まる》

高野:次の菅政権で官房長官に就任したのは仙谷氏です。菅政権としては沖縄の基地問題にどう向き合っていくのでしょうか。

吉元:民主党政権として鳩山政権の「2プラス2(日米安全保障協議委員会)」の共同声明を継承するのは当然です。しかしその声明は完成されたものでなく、検討過程にあるとすべきです。8月末には辺野古の移設場所を確定し、9月に再び開かれる「2プラス2」で日米間合意をとりつけて首相に判断を求める流れになります。遅くとも11月にオバマ米国大統領が来日して日米首脳会談が予定されています。

 鳩山元首相は海兵隊を「抑止力」として必要だと言いました。菅首相は決してそれを固定的に受け継ぐ必要はありません。本当に抑止力になっているのかをもう一度考えて欲しいです。私たちは海兵隊を抑止力とは考えていませんし、沖縄でそんなことを言ったら笑われます。

 鳩山氏が首相を辞めたことで、海兵隊の重要だという印象が広がったように感じます。「やはり沖縄でなければいけない」という考え方が、押しつけという形で出ているように思います。そうならないためにも日本全体に配置されている在日米軍をみて、どれぐらいが「抑止力」として認識できるのか、初歩的なところに戻って欲しいと思います。

高野:私も同意見です。私は昨秋から真正面から「抑止力」論争をやるべきだと言ってきました。沖縄の海兵隊が「抑止力」というのであれば何に対する抑止でしょうか。冷戦が終わり旧ソ連の陸軍機械化師団が日本に上陸陸侵攻する事態は非現実的となりました。

 日本を取り巻く東アジアのありうべき脅威のシナリオはどういうものかを議論し、それに対して「抑止力」を考える必要があります。自衛隊だけでは対処できない事態がありえるならば米軍が必要かというような合理的な脅威の見積りをし、その脅威に対する米軍と自衛隊の量と質を再検討されなければいけません。

吉元:まったくその通りです。その議論が欠落しています。日本政府は国民に知らせていませんでした。米国は1990年代、パパ・ブッシュの段階で陸軍の大量なリストラをしています。冷戦終焉後に米国の過剰な軍事力は減らす計画がすでに進んでいました。そしてクリントン政権で少女暴行事件が重なりました。

 1990年代は世界的な海外駐留米軍をその後どうするかという議論が出て、海外駐留米軍をあちこちで撤退させるようになります。米国とソ連の軍事的衝突はないという前提で、「駐留米軍は帰れ」という声があちこちに出てきます。イヤという場所には置かないというのが米軍の考え方であり、ドイツでも相当米軍が削減されました。

 つまり日本の米軍再編は、世界的な動きの1つだったのです。ところが少女暴行事件だけが突出した見方をされ、中心の問題として宣伝されてしまったことで、在日米軍の問題が矮小化されてしまいました。本質が隠蔽されました。

 日本では論議が日米間に限定される傾向があります。世界的な視点からの論議にもう一度なってほしいです。そうすれば日本や韓国から米軍を引き揚げさせ、陸・海・空・海兵隊の4軍の統合基地をつくっているグアムの意味が出てきます。海兵隊8,000名引き揚げても、逆に抑止力が強化されます。だからこそ「抑止力」論に落ち込んでしまったのかが私にはわかりません。

高野:今回海兵隊は8,000人が引き揚げます。8,000人は引き揚げても大丈夫というのであれば、残る5,000人は「抑止力」論からみるとどうなのでしょうか。海兵隊の艦隊は佐世保にあり、飛行機は岩国にあります。5,000人もまとめてグアムに持って行った方がむしろ抑止力として強化されるのではないですかという方向に持って行けばいいと思います。

吉元伊波洋一(いは・よういち)宜野湾市長のもとで米国の公表する情報を全部集めて調べてみました。すると沖縄の海兵隊は全部グアムに移ることになっていました。私は2008年ごろから外務省や防衛省に説明してきましたが発表しませんし、国会の委員会で質問しても"わかりません主義"を通しています。完全に隠しています。

高野:自民党政権時代に外務・防衛官僚の中に「在日米軍は国外に出て行ってもらっては困る」という意思がはたらき出しました。「米軍が引き揚げると日本では右翼が盛り上がり、『日本は自主防衛力を高めろ』『核武装しろ』と声を上げるから出て行かないで下さい」と依頼している実態があります。私は結局日本が引き留めているのではないかと思います。

吉元:沖縄海兵隊の全司令官は、駐留場所は沖縄に限らず日本のどこでもいいと発言しています。米国が一番心配していることは、海兵隊は全部国外に出て行けと言われたり、嘉手納基地まで出て行けと言われれることです。沖縄に残ってくれと願っているのは日本なんです。

後編へつづく)

【関連記事】
高野論説:普天間問題が「元に戻った」というのは本当か?(5.31)
田中良紹:普天間問題は終らない(5.26)
高野孟:鳩山首相の辺野古移設表明にモノ申す! 今こそ「抑止力」を議論せよ!(5.24)

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「常時駐留なき安保」構想を強く支持します。
これを民主党の党是にしてほしいです。

【高野:私も同意見です。私は昨秋から真正面から「抑止力」論争をやるべきだと言ってきました。】
これを菅政権にしっかりとやってもらいたいのですが…。

グアム移転計画は、海兵隊八千人がグアムに引き上げても、軍事的プレゼンスが低下しないように配慮されている。それどころか、グアムに移転したほうが、抑止力は強まるとされている。
このことを本土の国民はほとんど知っていない。これは本当に困ったことです。マスコミはなぜ、それをしっかりと報道しないのか。まったく理解不能です。

辺野古基地建設はときの自公政権の意向や基地建設利権のためなのでしょう。

鳩山さんが粘りに粘って、県外、国外移設したいという強い思いがあったわけですが、防衛省、外務省、アメリカに包囲されて、辺野古回帰することになってしまった。

グアムでは、インフラの問題や基地建設反対の住民の声も強いそうですね。予算獲得の難しさを海兵隊は心配しているようですね。

辺野古にすれば、居場所を確保できる。予算獲得の心配もない。思いやり予算ももらえる。
こんな好都合なことはないでしょう。
抑止力なんて建前上の言い分であって、本音は居場所確保でしょうね。

海兵隊出身の議員が結構いるアメリカ議会なのですから、議会を動かすことはなかなか難しいのでしょう。

沖縄がベストだが、本土でもいい、とキーティングさんはこの前、来日したときに、言っていましたね。
そういう問題なのだろうと思います。

日本本土の国民が、日米同盟は大切、海兵隊が日本に居てほしいと強く望むのであれば、本土がそれを負担するのが当然ではないですか。

各知事がオレのところは嫌だといっていますが、誰だって、負担するのが嫌でしょ。では、どうするのか?いい所取りはできません。

沖縄の75%の過重な負担をどう思っているのか。それを放置して、押し付けるのは、明らかに、沖縄差別です。

日米同盟が大事だと絶叫する知事さんが何人かいるようですから、その知事さんの住むところへもって行けばよいでしょう。自分が負担すれば、よいではないですか。

沖縄は全部の基地はいらないでしょうから、嘉手納もハンセンもシュワブも日本本土に移してしまうのが一番よい。

アメリカは日本の本土の人間をそう脅迫すればいいではないですか。
沖縄がその過重な負担を背負い続けてきたのです。そのことをアメリカは日本の本土の人間より、理解する可能性があるのではないですか。

パッカードさんもつい先日来日され、鳩山政権は県外を目指すべきであったと述べたようです。

沖縄のみなさんは、いま、沖縄差別ということばが盛んに叫ばれているそうです。

日本本土の人間のエゴとその冷酷さ、弱いものいじめに、ヤマトの人間である自分も無性に腹が立ちます。

自分は今後も本土での集会、デモに参加し続けます。

今から言っても遅いが
鳩山は日米合意を行わないまま辞任すべきだった。
選択の余地を狭めた。
すでに現政権は合意の尊重をとうとうと述べ沖縄県民の具体策なき負担軽減と沖縄支援策(お金)で解決解決できると旧態依然の考えに戻っている。
政権交代で振り出しにすべきだ。
米国は弾道ミサイル防御でロシアとの関係から中央ヨーロッパとの合意を反故にしている前科がある。合意は国益によっていつでも変えられるし金科玉条のものではない。

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