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《来日インタビュー》映画『ビルマVJ 消された革命』脚本家:政府がメディアをコントロールする危険性

<映画『ビルマVJ 消された革命』ダイジェスト版>

 2007年9月、ビルマ(ミャンマー)で起こった反政府デモの様子が世界で報じられた。報道制限されているビルマの様子を外国メディアに送っていたのは、現地で活動していたVJ(ビデオジャーナリスト)たちだった。


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(c) 2008 Magic Hour Films

 VJを題材にした映画『ビルマVJ』が5月に日本で公開される。5月の一般公開を前に来日したデンマーク出身の脚本家・ヤン・クログスガード氏をインタビューし、映画製作の動機、報道の自由、また日本のメディアが抱える問題について答えていただいた。

 *   *   *   *   * 

ヤン・クログスガード氏(『ビルマVJ』原案・脚本)
「メディアと政治勢力が結託することは危険」

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写真:2010年4月19日、シアター・イメージフォーラムにて

─ビルマを舞台にしようと思ったきっかけは

 2003年私が初めてビルマを訪問した時、世界にビルマのことを伝えるべきだと思いました。

 ビルマでは外国人と会話している姿が軍政に見つかると、すぐ軍の情報局に尋問されます。それをおそれるビルマ人は撮影に応じてくれません。国民が何十年も軍政に痛められ続けていたことを感じました。それ以降ビルマの問題を取り扱うべきだという気持ちが強くなりました。

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(c) 2008 Magic Hour Films

─『ビルマVJ』にはハンディカメラで撮った「粗い」映像がたくさん登場します。映像を提供してくれたVJは何人いるのでしょうか

 実際に映像を提供してくれたのは7,8人です。お金がなく食べ物に事欠くVJや、バス代が払えず現場まで歩くVJもいました。
 撮影者以外に、映像を分割したりファイルを送付する役割を含めると、現地では約30人が携わっています。

 今回彼らが使った撮影機材は貧弱で、カメラはすぐ壊れるし、テープの本数は限られるため貴重な映像を上書きして撮影していたようです。

─画質や撮影技術にもまさる価値が感じられたのでしょうか

 重要なのは中身であり、撮影技術は関係ありません。ビルマ国内のVJたちが安い機材で撮影する一方で、大手報道メディアは高級機材を抱えながらも(厳しい入国制限のために)ミャンマー国内では撮影できませんでした。どんな高級な機材をもって、優れた撮影技術を持っていても、中身がつくれなければ意味がありません。

─報道各社は自社記者を派遣するほどリスクを背負えません。その時に活躍するのがフリージャーナリストです。日本のフリージャーナリスト・長井健司氏が射殺された映像が映画に取り入れた理由は

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(c) 2008 Magic Hour Films

 軍政は誰でも殺すことができるということが伝わる事件だったからです。前世紀の遺物のようなビルマの軍政は、支配を維持するために何百万人もの人間を搾取しています。やりたいようにやっている軍政を放っておくことは恥じるべき事です。

─長井氏が射殺された写真や映像は日本でも頻繁に報道されました

 日本国民は海外から映像を届けようとしている記者たちの存在にもっと目を向けるべきだと思います。

 この作品は、人間が尊厳を保つために何をすべきかが全体のテーマになっています。自分たちの尊厳を保つために支配を続けるビルマ軍政がいる一方で、長井氏をはじめ映画に登場するVJたちのように自分の命をかけて映像を送り続けている人たちがいます。

─毎年国境なき記者団がまとめている「世界報道自由ランキング」2009年版によると、ビルマが175カ国中171位で、日本は17位です。「記者クラブ制度」による閉鎖性が指摘されてきましたが、日本には報道の自由があると思いますか

 日本は一般的には報道の自由がある国だと思われています。

 記者クラブについては教育を受けたジャーナリストなら誰でも記者会見場に入れるべきだと思います。メディアと政治勢力が結託することは危険で、いかなる場所でも批判する空間は必要です。政府がメディアをコントロールするとどうなるか、ビルマがその悪い例です。どの国でも共通して注意すべきことと思います。

─最後に、作品の見所を教えてください

 いままでビルマ人がビルマ人を撮影し、ビルマのことを検閲なく伝える映像は見られませんでした。貴重な映像を見て、VJたちの心境を感じてもらえればと思います。 

 *   *   *   *   * 

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(c) 2008 Magic Hour Films

<公開情報>
5月15日、渋谷シアター・イメージフォーラムにてロードショー、他全国順次公開

■映画『ビルマVJ』公式サイト
http://burmavj.jp/

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» ビルマVJ 消された革命 送信元 LOVE Cinemas 調布
第82回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞ノミネート作品。軍事政権下のビルマ、厳しい報道統制下にあるかの国で、自らの命を危険に晒して取材活動を行ってい... [詳しくはこちら]

コメント (4)

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 歴史的時間、地域場所を選ばず、一つの政治体制が普遍的であるかのように無意識的に断定してしまうのはの思い上がりである。
 日本は今もこれからも日本国憲法とアメリカ、及びアメリカ軍で大変苦労して行くであろう。これは歴史的に見て本質的問題点が当初は隠ぺいされていたが、時の経過とともに次第に露呈してきたモノと断言できる。
 欧米でも本当に物事を考えてきた人間は過去も現在もそのような浅はかな考えを否定してきた。
この件に関する先進国の古典と称される著作のほとんどすべてが弱い民族や国に対する特別な配慮をして、その力を引き出す方向を探っている。
 ところがジャーナリストを自称する人間のかなり多くの部分は欧米の一面的価値観の虜になり、その目玉からしか事態を把握できない限界のある人間が多い。日本に政治混乱の種をまき散らかしている輩にもこの種の人間が多数含まれている。
 世界中の富をかき集めてきたアメリカに「民主主義」が何処の国よりアメリカ的に存在しているのは当たり前の事実にすぎない。だからと言って、公平に見て、アメリカが内外で「正しいこと」を実行しているとは限らないのは承知の事実である。アメリカ的価値観は本質的に歴史観の欠如した一面性に特徴がある。従ってこういうものを押し付けられて、黙って追随できたのは今のところ世界中で日本人だけである。ところが当の日本人もこの間違いに気付きつつある。
 批判の権利を主張することは正しいが、自分の基本見解も同時に明らかにすべきである。批判者が批判にさらされるだけの見解を述べて初めて、民主主義ではないか。言いたいことをいうのは3歳の子供でもできる。
あなたは国籍を明らかにし、自分の社会、政治、政府に対する見解を明らかにして初めて他人を納得させられる。今の多くの日本人にとってもう欧米は先進国ではなく、批判的に検討する対象となっている。マスコミやその周辺のような毒された世界からみると判断を誤る。ここのところを勘違いしないように願いたい。
 ミャンマーはアジアの弱い国である。この点を深く考慮せず、様々な要求を突き付けることは間接的に国と民族を抑圧することに繋がってしまう。本質的に国の政治を決めるのはその国の国民に任せなければならない。他国のモノ、特に先進国のモノは思い上がりを慎まねばならない。
 無遠慮な一元的価値観の方は本当の抑圧者の手先になる事が多い。
ミャンマーの圧政者よりも性質が悪い人間である可能性も否定できない。

wacwac | 2010年4月25日 21:16 様
5年程前に、10日間ミャンマー(ビルマ)、ヤンゴンの地を旅行しました。
といっても、バンコクでミャンマーのヴィザを申請し、今(注目?)のカオサンで日本人が経営する旅行社に依頼しての旅程でありましたが、ミャンマー人の友人が経営者として居ることもあり、不安はありませんでした。
今注目?の’桝添’が国際政治学者然として’私の友人がミャンマーの高官で・・・’などとTVで吹聴していた頃ですから、そんなことは’チャンチャラおかしい事’と思いつつミャンマーの地を踏んだら’そのとおり・チャンチャラおかしい’ウッソー?でした(笑。
旅行者にとっては、タンシュエが最高位であろうが、ス-チー女史が最高位であろうがあまり問題視されないのではないですか?
基本的に
wacwac | 2010年4月25日 21:16 様
の意見に賛同いたします。
椋代能行 | 2010年4月25日 14:45 様
一度、ミャンマーの地をお踏みになってからの寸評をお願いいたします。
ドベの部分で暮らしている人達の思いを思慮しているとは思えません。
シュエダゴン・パゴダ、スーリー・パゴダ、他パゴダをお参りしてください。
言葉は通じなくとも、下足番のおじちゃん、おばちゃんは暖かく迎え入れてくれる筈です。


 この手の底の浅いモノを「革命」など称しても日本では通用しないよ。
 日本人は戦前、ミャンマーに迷惑をかけた。同時に欧米の戦争捕虜を無謀な軍事作戦に動員して虐待行為を働いた。さらに犯罪的戦争指導から当地で膨大な同胞を失ってしまったが、その圧倒的多数は飢餓や病死であった。
 その一端はデビット、リーン監督の名作「戦場にかける橋」に描かれている。
テーマソングの「クワイ河マーチ」は有名である。
 ところがあの映画を政治的に読み込むと一つの事実が浮かび上がってくる。 
 前近代的な日本側の早川雪舟演じる所長を先頭とする捕虜収容所側と捕虜となっても軍律を崩さないイギリス人兵士たちの毅然とした英雄主義的抵抗、アメリカ人捕虜の自由と近代性。この二つのコントラストでストーリーは展開していく。解り易く言えば西部劇におけるインディアンが日本兵で騎兵隊が欧米。
 この姿勢がさらに進むと脱走する一人のアメリカ人兵士に大勢の現地人が親身になって協力する茶番が長々と描き出されている。ここがこの作品の質を落としているところなのだが、原因はこの両者の関係こそ主人と召使の関係の典型であることを気付いていない、演出者の思い上がりにある。
 (なお、この監督には同傾向の作品として「アラビアのロレンス」がある。イギリス帝国主義の中東工作のデタラメぶりに対する反省が一かけらもない)
 演出者にとって日本人は野蛮なインディアンで現地人は忠実な召使であった
 つまり開明的で民主的な欧米に対して野蛮で前近代的な日本がアジアを舞台に理不尽な戦いを挑み、正義が勝ち悪が滅びたというわけだ。
 しかし実際は同じ強盗同士がアジアの獲物を巡って争って一方が勝って他方が負けた。
 ただし日本は物量や近代意識のない軍隊として多大な過ちを犯した。日本兵がアジアで行った戦争行為には戦争一般から大きく逸脱し、正視をためらい吐き気を催すようなの残虐行為が余りも多すぎる。
 第二次大戦の敗戦国の中で後々までその傷跡に苦しまなければならなかったのは結局、日本だった。沖縄の地上戦では多くの民間人が死傷させられ、広島、長崎に原爆がアメリカによって落とされこの世の地獄を味わされた。
 そして今日、居座り強盗、アメリカは沖縄に人類史上例を見ないような軍事基地を密集するばかりか、この軍事力を背景に日本に対してユスリ、タカリ行為や、手配のモノを使った政治混乱により、国民を政治的なアパシー状態に陥れ、国力の弱体化を通じて自分たちの意のままに操れる再度の「恒久的な」政権の誕生さえ目論んでいるのである。
 日本人はこのような政治方向と戦わなければならない。

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