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三井環:バブル化したリーク情報が「起訴相当」の議決を招いた
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« 《速報》小沢一郎氏「起訴相当」 検察審査会が議決
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上杉隆:検察の失敗隠しに使われた「起訴相当」報道 »

三井環:バブル化したリーク情報が「起訴相当」の議決を招いた

――起訴相当の議決が出ましたが、ひと言お願いします。

 いま話を聞いてびっくりしている。2月26日に開催された「緊急シンポ!『小沢VS検察』にみる検察と報道のあり方」で、安田好弘弁護士も話していたが、起訴相当となればすぐにでも検察は起訴するだろう。

 現場の勢いはいやおうにも高くなる。水谷建設側から証言を引き出すなど、何だってやってくるだろう。

 おそらく、遅くとも5月中に検察は最終的な判断を下すはずだ。

>>続きは「Infoseekニュース 内憂外患」で

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この一覧は、次のエントリーを参照しています: 三井環:バブル化したリーク情報が「起訴相当」の議決を招いた:

» 『検察審査会』とは一体どういう種類の人達なのだろう?/マスコミの誘導に影響されている部分は無いのか? 送信元 晴れのち曇り、時々パリ
日本との時差が7時間で暮らしている。 仕事から遅く帰って来て、マックを開いたとたんに「小沢起訴相当」との記事が目に飛び込んで来た。 やっぱりな。。。 ... [詳しくはこちら]

» 【頭狂第5検察審査会】断固として小沢幹事長を支持しつづけることをここに宣言する!【起訴相当】 送信元 ステイメンの雑記帖 
 鳩山首相に対する偽装献金疑惑が検察審査会で不起訴議決を受け、「障害者割引郵便悪用事件」でも「凛の会」元代表倉沢被告の判決で、村木元局長との共謀容疑が明確... [詳しくはこちら]

コメント (102)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

検察が不起訴としたものを、一般から公募した検察審査会で起訴相当の結果が出るとは驚きだ。
検察のリークに依る小澤たたきのマスコミ報道で国民の志向が洗脳されたとしか思えない。
守旧派を中心とした自民党時代の
腐敗政治を改革し、真の民主政治の改革に進みだした小澤幹事長を
葬り去ろうとするマスメディアに乗せられたは絶対にだめだ。
マスコミの報道に左右されない堅固な意思を持って、この国の有るべき方向をしっかり見なけらばならない。
小澤幹事長、頑張れ!

官僚マスコミの二人三脚一心同体での国家国民支配モデルの崩壊?

公務員とマスコミとの利害対立が見えてきた
みんなの党の躍進が楔を打ち込む
結果数ではなく風がふいて

(マスコミの反民主感情から応援みんなの党)対(自治労連合応援民主党)

み党 公務員改革優先無党派層主
民党 マスコミ改革優先組織層主

今、いずれにしても自民党復活はありえず、
渡辺読売を持ってしても解消の妙案浮かばず
新たな支配システムが見えないためマスコミのあせった見出しがうめつくされる
 

《THE JOURNAL》編集部様
 
 こんがらがった問題で道に迷ったときは、取り敢えず、その問題の原点・立脚点・旗印・所定の集合地点・standard・宗教に戻って体制を立て直すべきだというのが、私の投稿の意図ですが、2度に亘って削除されましたので、執拗に投稿させていただきます。

 即ち、小沢一郎さん民主党の幹事長の地位から引き摺り下ろすために、政治資金規正法違反事件や検察審査会を利用するのは邪道に過ぎないから、大衆通信媒体の関係者や国民は、政治資金規正法と検察審査会法が制定された目的と基本概念および趣旨に戻って考え直す必要があるという趣旨ですが、お分かり頂けますか?

 そもそも、検察審査会の目的は、検察審査会法の第1条「公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るため』であり、その管掌は、同法第2条第1項の1号に「検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査に関する事項」と明確に規定してありますが、そこで『起訴相当』の決議がされたということは、検察審査会は、不起訴を決めた検察が故意か過失かは措いて、不適正な処理をしていたと判断したに過ぎないという必然的な結論に至りますよね。

 即ち、同じ証拠資料に基づいて、起訴すべきか否かの判断が、検察と検察審査会で分かれたということですから、検察審査会の判断を冷静に思惟すると、その本質は、検察の無能振りを白日の下に曝した事に過ぎないと、私は思量したわけです。 

 然し、検察も検察審査会も大衆通信媒体も国民も政治資金規正法と検察審査会法が制定された目的または基本概念もしく趣旨を踏み外しているいる可能性が高いから、法の本性を変えずに生き遺すために、法務大臣は、仮令、検察庁が滅んでも『正義』を行い、小沢一郎さんも、仮令、自身の政治生命が滅んでも『正義』を行うことを、私は期待したわけですが、お分かり頂けましたでしょうか?

 因みに、罪刑法定主義の本性は、「法律を試みるに道理と証文に基づく事実に過ぎず、道理証文よりも現実の証拠に裏付けらてた事実に過ぎず」のはずですが、単に「絶対権力者云々」という根拠のない主観的信念に基く『独断/臆見/思い做し/ドクサ(doxa)』に依る心証だけで起訴すべきか否かの判断が為されるならば、罪刑法定主義の『正義』が廃れ、秩序が乱れて『3K世間(危険な過誤で禍根を残す世間)』になリ、国民をして『不毛痴態』に沈没する『自殺行為』だと、私は思量したのですが、お分かりいただけないでしょうか?

秘書(会計責任者)が起訴されているのに政治家が起訴されないことの方が不自然なわけであって
市民が事件をつまびらかにすることを望む心性は不思議なことじゃありません。
大騒ぎし過ぎです。

ポイントは「共犯関係」の立証ですがこれについては「証拠」「状況証拠」を積極的に解釈するのか消極的に解釈するのかの問題であって
なにも起訴する側が判断するわけではなく、これこそ裁判所が決断し、一つの判例として残すのでありまして、
こうした事件が法の曖昧さを改善する切っ掛けにもなるのでありましょう。

昨日 予告した様に、米国上院で行われたGS(ゴールドマン・サックス)最高幹部7人を呼び寄せての議会証言が、昨夜深夜に始まりナント゛10時間以上゛ブッ続いて今ヨウヤク終了した!!!!!!!


形だけのセレモニーで終わらせる日本の証人喚問や参考人招致と違って、ヤッパリ アメリカのヤリ方は徹底・本気だ!!!!!!!


押尾 学事件を国会で取り上げるという話があったが、一体 何処に雲散霧消したのか!!!!!!??????


日本国民は、旧政権時に積もりに積もった、悪事と膿を全て国民の前に晒け出して欲しいと願っているのに、ソレが出来ずに寧ろ旧政権側と裏取引でもヤッテルとしたら、奴等の思う壺となり完全に奴等の筋書き通り事が進む(今回の検察審査会の余りにミエミエの猿芝居!等)のは当然ダロ!!!!!!!!!!

11人の有権者の判断ですのでこれが民意です。???

11人???

全会一致???

今朝のスーパーモー二ングでは、一人や二人が別意見でないのは不思議だという疑問を呈していました。マスコミの洗脳の結果でしょうか?
こんな事で日本の将来を決めて良いのか?との問題提起もされてました。

私は、今回の検察審査会自体が異例尽くしの物であったことを考えると11人の構成員選定の厳正さと同席の弁護士選定の公平さに疑問が残ります。
こう言っては何ですが明らかに黒い総理が白で、専門家が証拠を検証をして白の結論を出した幹事長を検察審査会は何故黒と認定したのか?担当検事は、膨大な資料の何をピックアップし提示したのか、その説明を私情を挟まないでしたのか?同席の弁護士も法的にも中立な態度で審査会の構成員たる有権者と接していたのか?と疑惑が尽きない。
なにより、膨大な資料を見て判断するのに必要であるはずの物理的時間不足を誰も言わないで決議したのか?
構成員・弁護士そして説明をした検事、非公開を利用した欠席裁判の疑惑しかない。
今週発売の週間朝日で上杉氏の取材で小沢事務所は既に準備しているとの事で小沢事務所は折込済みのようです。
やはり、検察の違法行為が正解かな?と思われます。

関係ない話ですが、いよいよ千葉婆は落選に向かって一直線が確定したように見えます。
参院選の為に幹事長を売ったとも言われるが、検察に手を貸した付けは自身で払う事になったのではないか?
今でもまだ間に合うと思うが今回の検察審査会に裏があるなら暴いて国民の関心を買うというジョーカーを千葉婆が切れるか!!!これしか千葉婆の生き残り策は無いと思う。
日本にとってこれも一つの希望でしかないのですが…

昨日 予告した様に、米国上院で行われたGS(ゴールドマン・サックス)最高幹部7人を呼び寄せての議会証言が、昨夜深夜に始まりナント゛10時間以上゛ブッ続いて今ヨウヤク終了した!!!!!!!


形だけのセレモニーで終わらせる日本の証人喚問や参考人招致と違って、ヤッパリ アメリカのヤリ方は徹底・本気だ!!!!!!!


押尾 学事件を国会で取り上げるという話があったが、一体 何処に雲散霧消したのか!!!!!!??????


日本国民は、旧政権時に積もりに積もった、悪事と膿を全て国民の前に晒け出して欲しいと願っているのに、ソレが出来ずに寧ろ旧政権側と裏取引でもヤッテルとしたら、奴等の思う壺となり完全に奴等の筋書き通り事が進む(今回の検察審査会の余りにミエミエの猿芝居!等)のは当然ダロ!!!!!!!!!!


今日の朝日新聞の社説を見て驚いた。「小沢幹事長はまだ居直るのか。大局に立った判断をすべき・・」とのこと。大局に立つ?この言葉をそのまま朝日新聞に返したい。
昔の朝日新聞には確かに大局に立った論があった。社説は新聞の顔であり読むのが楽しみであった。
ところで今回の告発した市民団体は何なの?11人の市民は市民代表なの?その審査過程は公正なの?もっと情報公開し勉強したうえで論を言って欲しい。他人に言う前に説明責任を果たして欲しい。昨今の朝日新聞の社説は、漢字が読めない(と子供からも馬鹿にされた)麻生前総理と同じレベルになったと言うこと?・・か。
「親がバカだと子供もバカになる」と言われるが、わが国の若者の将来はどうなるの?
対策は新聞の仕分けが必要になったということだろう。くだらない新聞は買わないことだ。国民皆で、2ヶ月間海外に行っていたと思って新聞を止めれば、約2割の売り上げ減になる。それでわが国の新聞が少しは反省し(国際的に)まともになってくれるだろう。選挙の投票だけでなくこれも大切な主権在民と思う。

<岩上安見氏が郷原さんに>
今日12時からインタビューするらしい。
何でも、郷原さんは今回の検察審議会の議決に激怒しているらしいから、岩上さんのツイッター、要チェックです。

検察審査会に申し立てた【市民団体】とは、誰でしょうか。

先ほど、この『コメント欄』で見たときは、どなたかのコメントで【右翼団体】の名前が載っていたと思いますが、現在、どうも削除されているようです。

私たちが疑問に思っている麻生内閣の末期、莫大な機密費を握ったまま鳩山政権に引き継いだ河村元官房長官をはじめ、自民党政権時代(橋本派)の歯科連盟からの一億円小切手など、数えればきりのないほどの疑惑について、
こうした疑惑は、誰でも【検察審議会】に申し立てができるのでしょうか。

刑法・刑事訴訟法など、刑事法に詳しいどなたか、お教え下さい。

ムネオ日記よりですみません。 
小沢幹事長の資金管理団体による土地購入を巡る一連の事件で、検察審査会は小沢幹事長に対し、「起訴相当」の議決を出した。
 検察審査会からは、「小沢氏の供述について、極めて不合理・不自然で信用できない」、「絶対権力者である小沢氏に無断で、今回の事件のような資金の流れの隠ぺい工作をする必要も理由もない」、「小沢氏を起訴して、公開の場で真実の事実関係と責任の所在を明らかにすべきである」等の指摘が出ている様だが、国会議員と秘書の関係、事務所のあり方について、十分理解していたのだろうか。
 また、検察は検察審査会にどの様な説明をしていたのだろうか。検察審査会の可視化も必要なのではないか。  検察が一方的な説明をすると、それに引きずられてしまうこともある。検察審査会の可視化も検討すべきである。お互い責任を持つためにも。
 私は中川一郎先生の秘書の時、全権を任せられ、仕事をしていた。それなりの政治家は、秘書に任せているというのが実態である。
 その秘書は責任を持ってミスのない様、代議士本人に迷惑がかからない様、細心の注意を払って仕事をしている。私の経験からもそうである。
 秘書のミスについて監督責任は生じるが、小沢幹事長が指示したり、あるいは法律を守るなと言うことは断じてないと考える。政治家の事務所の仕組み、あり方などを知らない人達が、マスコミの恣意的、意図的な間違った報道でイメージが作られ、それによって判断をしてしまうと、最悪のケースになる。
 8年前、私自身メディアスクラムとも言って良いバッシングに遭った。今回の小沢さんの件も、最初から「小沢ありき」の様な流れではなかっただろうか。
 民間人の声、判断も重要な民意だが、それが絶対でないことは明らかである。検察審査会の判断は判断として、今後の推移を見守りたい。
 同時に小沢幹事長は、堂々と幹事長としての職責を果たすことが、国民から選ばれた国会議員の責務である。雑音を気にすることなく、信念を持って、民主主義を守るのだという決意で先頭に立ち、頑張って戴きたい。

検察審査会ホームページから
http://www.courts.go.jp/kensin/

■審査の申立てについて
審査の申立てや相談には,一切費用がかかりません。 最寄りの検察審査会事務局までお気軽にご相談ください。
■検察審査会のある場所は
検察審査会は全国に165か所あり,地方裁判所と主な地方裁判所支部の中にあります。

■審査申立書
申立人(代理人)、不起訴処分をした検察官名、被疑事実の要旨などを記載しますが、書式は至って簡素!

ただ、どれくらいの申し立てが有って、取り上げるプライオリティ付けは誰がどういう判断でやるのかは不明。

検察審査会に申し立てした市民団体は、次のようです。

検察へ不服申し立てをした右翼たち
不服申し立てをした内容がこちらにあります。


この程度で政治家をメディアにさらせるのですね。検察と親米右翼が手を結べば彼らの意に沿わない政治家はいつでも誰でも起訴・有罪にし放題です。

桜井誠
http://ameblo.jp/doronpa01/entry-10451351357.html
2010-04-28 08:53 noname URL

検察審議会のメンバーの実名とかって公開可能なんですかね?

今回の検察審議会の決定書面を見て、日本の弁護士はどの様な感想を懐いているのだろう。
裁判員制度の時は、一般の民間人が司法の判断に影響力を持つことにあれほど論議を交わしたはずです。
私もよく知らなかったのですが、審査委員が一般人構成されているとすれば、同様の論議が起こっていても不思議なことでないはずです。
検察組織だから、異議を唱えることができず、裁判所だから異議を唱えることができたと、勘ぐりたくもなります。

明石の花火事件、JR尼崎脱線事件の審査期間に比べ、明らかにこの審査は短すぎると感じる。しかも3ヶ月後がキーポイントとなるなど何か恣意的な思惑が見えて気持ち悪い。

<三権の内二権は同一>
法務省 人事覧をチェックすると、度々、検事が裁判官に転出している。
有罪率が高くなる訳です。
立件した検事が裁判官もやるのですから・・・。

小沢氏に対する検察審査会の結果は、中世ヨーロッパにおける、キリスト教による魔女狩りと同じである。当時は、キリスト協会の異端者を魔女と称して裁判にかけ、数万人を死刑にしたとのこと。

小沢氏の件では、当時のキリスト教会に当たるのが、現在の大手マスコミである。

少なくとも、小沢氏は国民から選挙で選ばれた人である。しかも、日本で最も優秀といわれる特捜部員が1年以上に亘り捜査しても、不起訴になった人である。

本来なら、小沢氏不起訴の時点で、小沢氏の政治とカネの報道は終了すべきにも関わらず、大手マスコミは、検察審査会(魔女狩り裁判)に向けて、引き続き、小沢氏のネガティブキャンベーンを張り続けた。その結果、これも異常としか言いようがないが、審査員の11人全員が起訴相当との判断を下した。

これが魔女狩り裁判と同じなのは明白である。今の大手マスコミ関係者は日本の歴史に残る犯罪に手を染めていることに、今すぐに、気付くべきである。

こんなことを許せば、日本は取り返しも付かないような国になってしまうだろう。

何故、誰も起訴理由の矛盾を指摘して反論しないのだ!!!
そもそも、石川議員等の起訴自体が不当なのだ。

【起訴理由の矛盾】
1.土地計上を2005年にすることは、虚偽記載ではない。
  むしろ、登記手数料等を含む取得価額の342,640,000円で計上したのは正しい。
  だいたい、他人名義の土地を収支報告書に記載せよとはムチャクチャな話です。(登記を2005年にすることが隠蔽工作で違法とはフザケルな!!!)
2.小沢氏からの4億円の収入は、下記の通りちゃんと記載されている。
  記載されていないのは、小沢氏が銀行から借入した4億円と小沢氏個人が支払った土地代金であり、2005年に陸山会に譲渡するまでの小沢氏からの預かり金の世界のことであり、収支報告書に記載してはいけない事項です。
  尚、小沢氏への返済は2005年、2006年にそれぞれ2億円づつ返済されて完済されています。なので、2007年の返済は、その返済金をもって小沢氏が銀行へ返済をしたということなのです。

下記に収支報告書の記載内容を示しますので、もう一度よく見て下さい。
【2004年 収支報告書の記載内容】
【収入】
前年繰越額 151,229,466
寄付 政治団体分 157,100,000
借入金 小澤一郎 400,000,000
【支出】
事務所費  38,355,343
【資産】
預金等(定期預金) 471,500,000
【負債】
借入金 小澤一郎 491,478,416

【2005年 収支報告書の記載内容】
【収入】
前年繰越額 610,051,380
寄付 政治団体分 309,060,000
【支出】
事務所費 415,254,243
その他の経費 239,702,734
【資産】
預金等(定期預金) 256,500,000
(土地)世田谷区 342,640,000 17.1.7 476㎡
【負債】
借入金 小澤一郎 263,939,061

今までは有名無実だった検察審査会に強大な権限が付与されたわけだから、結論に至る過程、議論内容を公開すべきだと思います。

検察審査会事務局とやらに電話してみた。委員はどうやって選考するのか、アメリカの陪審制のように、外部との接触を禁止でもしなければ、マスコミの洗脳状態で審査することになり、危険極まりないではないか、と。窓口の「鈴木」とかいう若造は、めんどくさそうに、ここは制度的な変更を討論する場ではなく、粛々と審査をする場であるから、意見は最高裁に言え、と。検察審査会事務局と銘打っているからには、意見を取りまとめ、各方面へ流すのが筋ではないか、というと、いかにもいやそうに、それならファクスで送ってよこせと。これが、市民感覚の検察審査会だそうだ。どこの市民だか??

違和感を感じる、怖いの意見TV朝日スーパーモーニング、鳥越氏番組

http://www.j-cast.com/tv/2010/04/28065540.html

しかし千葉法務大臣はこの件で大臣特権として、委員に話を聞けないのか?起訴相当が検察の嫌疑不十分で不起訴と知っていながら、全員が起訴相当になったら何かの働きが無かったのか?それを調べられるのは法務大臣しか居ない。この社会を正しく導くべき民主党の法務大臣、是非調べて欲しい。皆でお願いしましょう。

2010年に入って以来小沢氏のnegativeキャンペーンをマスコミ各社何百何千とやっている
口の上手いテレビ屋、ラジオ屋
文章の上手い新聞屋、雑誌屋
こんな連中に毎日毎日朝から夜まで小沢悪と宣伝されると
審査員は洗脳状態になるだろう
かのヒットラー、嘘も100回言えば
真実になると言っている
検察審査会が冤罪を生まない事を
願う

SOSさん

私も今朝、この番組を見ていました。まともにこの偏見した状況を受け止めて発言しているのは、この番組だけですね。

曜日によっては、殆どが民主党バッシングを三反園中心で行う酷い放送の日も有るんですが、一番まともだと思えます。

山口編集長や大谷さんなども、局上層部に余り媚びずに堂々とした発言をしている。多少は気を使ってるのが判りますが。

昼のスクランブルでは、河村さんが検察ご用達の大沢弁護士の発言、小沢バッシングに悠然と反論していた。

後はわれらが高野さんが出演時の火曜日テレ・ミヤネ屋しか、まともなワイドショーはありませんね。

勝谷さんも、たまには良いこと言う。先週のたかじん委員会で民主1名VS反民主6名プラス辛抱アナという偏見した劣勢メンバーの構成でも果敢に討論していた。この国を悪くしている一番の原因はマスコミだと!辛抱アナにも噛み付いていて小気味良い感じでした。

今日28日の日刊ゲンダイの記事に依ると「小沢幹事長の検察再捜査は自民党政権復活を狙う右派勢力の策謀」とある。誰が考えても、やっぱりそうか---である。氏素性も全く分からない検察審査委員11人全員が「起訴相当」の結論を出すとは、検察、守旧派と組んで行われた出来レース言われても仕方無い。今朝の朝日新聞の社説に「小沢氏はまだ居直るのか」とある。朝日の論説委員も狂っている。何故もっとまともな社説を載せないのか。善良なる国民は、参院選挙前の小沢幹事長追い落としの裏に有る真実を知りたいだけだ。大マスコミは自分の利益のみを追求するのではなく、真っ当なジャーナリズムを発揮して欲しい
国民を馬鹿にしてはいけない。
その報いは必ず来る。

早速生方から御託宣。

こうなりゃ衆議院選挙もやってガラガラポンで良いんじゃないか。
自公だって沖縄の解決策なんかないんだから。

多分、より人本位で選ばるというのが予想だが。

----- Original Message -----
From: "生方幸夫"
To: 私
Sent: Wednesday, April 28, 2010 6:58 PM
Subject: 生方幸夫メルマガ「今日の一言」


> 国会で証人喚問に応ずるべきだ
>
> 5月28日(水)
>  
>  昨日、検察審査会で小沢幹事長に対して起訴相当という議決が出ました。この議決を受けて、小沢幹事長は自分の潔白はすでに検察が証明しているので、粛々と任務を務めると続投を宣言しました。
>  どうしてこうなるのでしょうか。検察審査会は裁判員制度と同様に、国民の意見を検察にきちんと反映させようと、改定されたものです。11人の国民が弁護士のアドバイスも受けながら真剣に議論をした結果、起訴相当という結論が出たことは極めて重く受け止めなければなりません。
>  検察が不起訴にしたからといって、小沢幹事長の潔白を証明したことにはもちろんなりません。検察審査会が起訴相当という判断を下したからといってクロというわけでもありません。ただ、不起訴はおかしい、きちんと裁判をやって真相を国民の前に明らかにしてほしいというのが審査員の率直な意見ではないでしょうか。
>  その真剣な結論に対して、一顧だにすることなく、検察は既に不起訴にしているのだから検察審査会がどんな結論を出そうが自分には関係ないという態度をとるのは、さらに国民感情を逆なでにするのでは、と心配です。
>  今日行われた副幹事長会議で私は、副幹事長として幹事長に対して、国会できちんと説明してくれるように申し入れすべきだと発言しました。もっとも幹事長に近いところにいる副幹事長だからこそ、言わなければいけないという思いからの発言でしたが、残念ながら受け入れられませんでした。
>  小沢幹事長は速やかに国会で国民に対して説明をしなければいけません。潔白を言うのであれば、やはり証人喚問に応じるのがいいと思います。事実に反したことを言えば偽証罪に問われます。そこで国民が納得する説明ができれば疑惑はなくなります。それができないということは、疑惑を晴らすことができないということになります。その時は上に立つものとしてしっかりと身を処してほしいと思います。
>  幹事長は党のトップです。幹事長にかけられた疑惑は党にかけられた疑惑です。疑惑を放置すれば民主党に対する不信感がますます広がります。小沢幹事長は党を再生させるためにも、決断をしてほしいと思います。決断が長引けば長引くほど党へのダメージが大きくなることは間違いありません。
>  党内からまだ大きな声が上がってきません。国会議員は国民の代表として国政を預かっています。一番の仕事は自分の意見をきちっと述べることです。一人ひとりがきちんと小沢問題について意見を述べれば事態はいい方向に向かうと確信しております。
>  このブログを読んでいる方も、是非、地元に戻った民主党議員にどんな意見を持っているのか積極的に聞いてみてください。
>
>  ご意見・ご感想は zxe04624@nifty.ne.jp まで
>
>
>

<死して名を残せ>
鳩山さんにいいたい。
外務省は勝手に普天間移設を辺野古沖修正案でキャンベルに提案したと報じられている。(岩上安見さんの質問、沖縄に海兵隊がいたからといって抑止力になりえるか、について岡田氏は、抑止力だと断言しながらも、理由については言葉を濁した)
平野官房長官は、官房機密費で、密かに県内容認派に金をばらまいている。(喜納民主党沖縄県連会長の証言)
防衛省は、これまた勝手に省独自案を提出すると発表した。
閣内では、誰も貴方を相手にしていません。一国の総理としての矜持があるなら、貴方が人任せにせず「良きに計らえ」ではなく、貴方の意志を直接国民に語りかけるしかありません。
マスコミが「すわ、辞任か!」というタイミングで、官房長官にも誰にも内容は明かさないで「普天間基地は国外、テニアンでお願いします」というしかない。官邸内の秘書官はおろか、ご友人の二本松(松井、松野氏)にも決して明してはいけません。事前に漏れれば、必ず潰されます。
貴方は自殺に見せ掛けて殺されるかもしれません。変な注射を打たれて脳梗塞と同じ症状にされるかもしれません。
でも、それでいいじゃないですか?総理にまで登りつめたのですから、残りの人生などオマケでしょう。
貴方の名前は国民に記憶されます。沖縄の方々からは、語り継がれる事になります。
もう、あちらを立てる、こちらに配慮するなんてヤメちまえ!外務大臣も防衛大臣も官房長官も、貴方の思い(駐留なき安保)なと一顧だにしていないではないですか?
鳩は死して何を残すか?
代表選挙に立つ貴方に小沢さんが問うた言葉「本当に日本の総理を引き受ける覚悟はあるのか」、今まさに、それが試されているのです。

[em5467-2こと恵美] さん

<死して名を残せ>  いいぞ! その意気だ。  テレビの韓国時代劇に登場する為政者達は, 後世に名君の名を残そうとして, 史料編纂所 (?) の記録に拘ります。 「残りの人生などオマケ」 だよね。 [「普天間基地は国外, テニアンでお願いします」 と言うしかない]  ね。 それで行こう。  テニアンだけが人生だ!

小澤氏の好き嫌いは別として、どう考えてもすっきりしません。色々な点でそれこそ「説明」を求めます。
①この検察審査会の判断した人達は個人名はともかく、どんな層の人達ですか。性別、年齢層、職業(無職、自営業、会社員・・・とかでいいですから)。これだけ今後の日本の政治にも影響させることを、このたった11人で決めたのなら、それくらい教えてもらってもいいかと思います。
②これを訴えた市民団体とはどんな団体ですか(名称、構成員数、主義主張、活動履歴など)
③この文章(検察審査会の)はどなたがまとめたのですか。「絶対権力者」などの言葉を無作為で選んだ11人の有権者が本当に使ったのですか?私の回りでこんな単語を使う人は皆無です。独裁国家ではあるまいし、普通には思いつきません。
④「善良な市民感覚」とはなんでしょう。ここで書き込みしている人や反対の意見者は「善良」ではないのですね。
・・・上げだしたらキリがありまさせん。11人全員一致も不思議です。誰一人反対意見がなかったのですか?(個人的にはそちらの方が怖い)どんな証拠が出され、どんな議論がされたのですか。議事録などは公開できないのですか。(密室で決められる、といつも批判されるのにこれはいいのか?)こちらの方こそ、説明して欲しいことが山ほどあります。

本当にigami様のおっしゃる通りですね。小沢か否か、のレベルではない根本的な疑問を整理していただけています。この質問についての回答の責務を持つ機構は存在しないでしょう。だからこそ、この質問をすべきシステムは、マスコミでなければならなかった。この矛盾。だから計り知れない怒りしか残らない、と、だれでも至る。誰が、どうすれば、この根源的な問題を提訴し、解決へ迎えるのか、、、、。わたしにできるのか?

民主・辻氏、検察審査会に疑問=司法制度見直しで議連発足

民主党の「司法のあり方を検証・提言する議員連盟」(会長・滝実衆院法務委員長)が28日発足し、衆院議員会館で初会合を開いた。議連の事務局長に就任した辻恵副幹事長は、検察審査会がJR西日本の歴代社長や小沢一郎同党幹事長を起訴相当と議決したことを念頭に、「国民の感情で簡単に被告席につけてしまっていいのか」と述べ、審査会のあり方に疑問を呈した。
 初会合には、辻氏や陣営幹部が政治資金規正法違反罪で起訴された小林千代美衆院議員ら国会議員約20人のほか、元検事の郷原信郎名城大教授が出席。郷原氏は「検察がわれわれに理解できないような捜査をやって、(捜査が)止まってしまったら、それをあおるような方向でこの制度が使われている」と指摘した。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201004/2010042800912&rel=j&g=pol

そもそも、この制度がおかしいのである。
ちなみに俺は以前から制度に疑問を持っていた。
法に感情を入れてはならない。
それと司法試験を受かった検察の捜査をど素人が否定することがあり得ない。
それとこの制度の重大な欠陥がある。
被疑者側の弁護人の証拠や意見聴取がないのである!!
三井環氏が言ってたが検察は有罪を追いかけ被告に有利な証拠や無罪を証明するような証拠を隠滅(実際村木氏の公判で隠滅した)したり証拠採用しないのである。
そういう証拠は被告弁護団が持ってるのでお互いの証拠や意見を聞いた上で判断するのが普通では無いのか?
被疑者側の弁護人の意見や証拠が無い状態で決議出すのは魔女狩りと思う。

それと三井環さん民主党から参院選出馬して下さいそして検察の裏金を暴いて下さい。
あなたの作った法務・検察改革案素晴らしいので法務大臣になって欲しい。
元々、裏金の口止め逮捕で検察の腐敗も知り尽くしてるし。

《THE JOURNAL》編集部様
 Mochizuki(2010年4月28日 09:46)で「…、2度に亘って削除されましたので、…」と記述しましたが、別のブログに投稿したのに私の勘違いで、削除はされていませんでした、申し訳ございません。

 さて、強制捜査や秘書を逮捕・公訴までして、「きちん」とした証拠も取れずに、小沢一郎さんを『不起訴処分』にしたということは、法的根拠が「ろくに」ない主観的な信念や固定概念に基く『独断/臆見/思い做し/ドクサ(doxa)』による役にも立たない捜査を1年間以上も高い費用をかけて続けていた検察庁の捜査官や検事は無能だったということは、明白な事実でしょう、たぶん。

 一方、11人の満場一致で『起訴相当』と決議した検察審査会の人々は、自分の頭で論理的に考えて合理的な判断をする能力はなく、誰某の云うことに依存して、法的根拠のない主観的な信念や固定概念に基く『独断/臆見/思い做し/ドクサ(doxa)』による判断をした可能性が高いということでしょう、たぶん。

 何れにしても、「法律を試みるに道理と証文に基づく事実に過ぎず、道理証文よりも現実の証拠に裏付けらてた事実に過ぎず」という『罪刑法定主義』の本質を無視して、法的根拠のない主観的な信念や固定概念に基く『独断/臆見/思い做し/ドクサ(doxa)』による訴追が是認されるような風潮になると、例えば、偏差値が、80以上または20以下の少数の人々は『異端者』とみなされて『魔女狩り』が行われると、『正義』が廃れ、秩序が乱れて『3K世間(危険な過誤で禍根を残す世間)』になリ、国民をして『不毛痴態』に沈没する『自殺行為』だと、私は思量します。

検察にとっては小沢氏が起訴されるか(できるか)よりも、不起訴という判断は間違っていなかったということの方が大事なのではないでしょうか。
素人の集まりである検察審査会の言うことを喜々としてきくとは思えません。

『133,978人の民意を11人が覆す』

 小選挙区で133,978票も獲得し、支持された政治家をたったの11人が葬り去ることが民主主義なのか?

 「市民団体」、「市民感覚」、「市民目線」と言えば聞こえが良いが、「街宣排外主義団体」、「俗物感情」、「俗人の懐疑目線」そのものではないか!

 自ら「善良な」と名乗ることこそイカガワシさそのモノだ。

 戦前の「善良な」庶民は栄えある「皇軍兵士」や「天皇の赤子」として何をしたのか、そして何を許してきたのか

 数多の宗教の偉大な教えに帰依した「善良な」信者や宗教指導者が為してきたことは善行もあるものの、それを上回る害悪そのものではなかったのか

 一般の市民が少しばかりの(検察審査という)「権威」と「権限」を与えられただけで某かの「善行」を為すべく、堕ちた陥穽が今回の議決そのものではないかと思う。

 己と己の置かれた立場を弁えぬ、極普通の、善良なる市民と称するモノたちが為す悪行に辟易する。

zzzさん、検察側も感情を優先されてもって困惑してます。
また、強制起訴した被告が無罪になった際の責任を検察に散らさないでって言ってる。

一方で、検察内部からは否定的な見方が相次いだ。

 「証拠の評価よりも感情論が勝った気がする」。ある幹部は「裏付けが取れて初めて直接証拠と言えるはずなのに、元秘書の供述のどの部分が直接証拠なのかも書かれていない」と指摘。別の幹部も「小沢氏の共謀を示す積極証拠だけしか見てないような書きぶりだ」と苦言を呈した。

 小沢氏の不起訴処分は「検察が組織の存亡をかけて挑み、敗北した結果」(幹部)と総括されている。結論を見直すには、小沢氏の「明確な指示」を示すような新証拠が必要だという意見が根強いが「今さら関係者の供述が変わるとは考えにくい」という声もある。

 法務省幹部は「具体的な再捜査のポイントも何も示されなかった。このまま起訴したら前回の判断が誤りだったと認めるようなものだ」と語った。再捜査の行方は、新証拠にかかっている。

 ◇検察幹部、戸惑いも
 「検察が『有罪に持ち込む証拠がない』と不起訴にした政治家や企業幹部を検察審査会が次々に強制起訴したら、刑事裁判の意味合いが変わりかねない」。一定の捜査を経た不起訴判断を覆す議決に、検察幹部は首をひねる。「密室審査の末に、公判で無罪が出たら誰が責任を取るのか」と懸念も漏れる。

 2度の「起訴相当」議決による強制起訴を盛り込んだ審査会の権限強化は国民参加を柱とする司法制度改革の流れの中で決まった。01年6月の司法制度改革審議会の意見書は「公訴権行使の在り方に民意をより直接反映させることも重要」と、議決に法的拘束力を与える必要性を指摘した。その背景には、01年2月に福岡地検次席検事による捜査情報漏えい問題が発覚し、検察への信頼が揺らいでいたこともあったとされる。検察審査会法が04年に改正され、09年5月に施行された。

 裁判員制度が殺人などの重大事件に限定されたのに対し、審査会は全事件が対象だ。ある法務省幹部は「(法改正の)当時から政治家が対象になる可能性は懸念されたが、野党の民主党からも反対論は出なかった」と振り返る。対象犯罪を限定する議論もあったが、最終的に「国民による公訴権の監督を限定してはいけない」という方向でまとまったという。その一方で「政界事件を巡って、これほど審査会への申し立てが相次ぐとは想定外だった」と漏らす司法関係者もいる。

 別の法務検察幹部は「今後、強制起訴となった被告に無罪判決が出るケースも出てくるだろう。その積み重ねの中で、審査員の判断基準が定まってくるのではないか」と話している。

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100428ddm003010217000c.html

ふざけろ!

マスゴミも検察当局(巷間言われてる通りとしたら)も野党も何が市民感覚の「検察審査会」の判断・議決は、尊重・重要視されなければならないとのオンパレード。

ふざけるな!

1948年に検察審査会制度が出来て以降、不起訴に対する異議申し立ては約15万件。昨年に法改正(2度起訴相当の議決がされれば強制起訴に権限強化)されるまでに再捜査等で起訴にした例は約1,100件程度。

1%にも満たないのでのである。

何が、検察審査会≒市民の声を尊重・重要視すべきであるとな!?

今までは、テメエラ何をやってたんだ?!

ご都合主義そのものである。

また、過去の例が示すようにそうした「市民感覚」無視の検察・警察組織そのものの制度・法律・組織の有り様にこそ問題視すべきであろう!!

まったくもって、今更になって「何をいわんや」である。

こんにちは。

東京地検特捜部副部長の吉田というのが石川議員への取調べ中に「今回小沢は不起訴でも検察審査会を使って必ず起訴する。」と問題発言しているそうです。在特会の幹部が検察審議会に訴えて麻生の弁護士が強烈にリードして一度目の起訴すべしの結論を出したようです。

ふじふじのフェルターさん
http://fujifujinovember.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-8588.html

では。

ここの掲示板はなぜに<小沢絶対善>から
思考を組み立てる方が多いのでしょうかね。
批判精神をもたざれば一般的な支持は受けません。
同じ考え方のものしか求めないというのも一つの
掲示板の考え方ではあるのでしょうが、世間一般と座標軸をずらしてしまいますよ。

 市民の道具である<検察審査会>の制度にまで異を唱えるというのは行き過ぎです。

市民の道具という言葉には、漠然とした雰囲気しかない。その曖昧な危険性を議論することこそが重要な課題になる。市民の道具、というのなら、中央官庁だって市民の道具、であろう。新聞、テレビも市民の道具、なのだろう。しかし、どこにいる誰を市民というのか、そして代表とすることを決める根拠は何か。中身のない言葉で終わってはいけない。ここは徹底的に検察審議会の誤謬を指弾すべきであり、それこそが批判精神のもっとも正当な発露ではないか。

>ここは徹底的に検察審議会の誤謬を指弾すべきであり


 そうやって一般的な感覚から遠のいていくんですよ。これ以上は言いませんが。

阿修羅版を見ていたら昨日の
スクランブルをアップされていました。

大澤弁護士、生方副幹事長に異を唱える川村さんの勇士、コメントの正当性をご覧下さい。

http://www.youtube.com/watch?v=RasgHT7xwRc

マスコミ報道による世論誘導での小沢悪を盾にした人民裁判では簡単に冤罪(政治家にとって被告人はそれに相当)に成る怖さ。

起訴相当という審査人に、陸山会の会計処理の深部が判っているんだろうか?何が虚偽で何が悪なのか?それ以前に虚偽記載といえるのかも。

意図的に悪として作られた検察側だけの調書をみて言葉で巧みに悪を植えつけられての判断だろう。

恐らく、マスコミ報道しか知らない方に、判っている方は皆無だと思えます。お客さん数十人にこの件に関して聞いても、本当に判っていた人は誰も居なかった。

春風さんのような大衆追随主義者がいるから, 大衆蔑視論者が出てくるのです。 ヒトラーやスターリンの時代が特殊だった訳ではないですね。 現代も同じで, 変わりはありません。 昨年から, 田中良紹氏がこのブログで再三警鐘を鳴らしてきましたが, 投稿者の皆様も慨嘆・憤激するように, 「朝日新聞」 を始めとする各新聞, NHKを始めとする各テレビのいわゆる 「マスゴミ」 の垂れ流し煽動記事・煽動放映には, 手の打ちようもありませんでした。 結局は 「自業自得」 の一般大衆の道連れになって, ドストエフスキーの 『悪霊』 ではないですが, 悪霊に憑かれて, 破滅の道を集団暴走するブタの大群と一緒に, 私達も崖から谷底に転落するしかないでしょう。

南の光様(2010年4月29日 08:52)
> しかし、どこにいる誰を市民というのか、そして代表とすることを決める根拠は何か。
中身のない言葉で終わってはいけない。ここは徹底的に検察審議会の誤謬を指弾すべきであり、それこそが批判精神のもっとも正当な発露ではないか。<

 中身のない言葉、中身が曖昧な標語の羅列で終わってしまうと、、誤解や曲解が生じて、一般的な感覚から遠のいていくのではないでしょうか?

 因みに、『検察審査会』の目的は、検察審査会法の第1条「公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るため』であり、その管掌は、同法第2条第1項の1号に「検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査に関する事項」と明確に規定してありますが、検察審査会の何処に、どのような『誤謬(一見正しくみえるが誤っている推理を指し、推理の形式に違背したり、用いる言語の意義が曖昧であったり、推理の前提が不正確であることから生ずる詭弁・論過。虚偽)』があると、貴方様はお考えですか?

 尚、民主党幹事長の小沢一郎さんの『不起訴処分』に対する『検察審査会』の査定は、政治資金規正法と検察審査会法の目的・基本理念を弁えず、物事を自分の頭で論理的に考えて合理的な判断をする能力はないと思しき11人の審査員が、何者かの論説などに依存して、主観的な信念や固定概念に基く『独断/臆見/思い做し/ドクサ(doxa)』による独断的な決議であったと推察されますので、その因縁を徹底的に究明して、再発防止に向けて『検察審査会』の運営方法を是正する必要があると、私は思量します。

その由縁は:
 先ず。其々の審査員の方々が公正に選任されて、自由な立場で、自分自身の六根・六境・九識を通じて、現実の証拠を正しく見て、法の論理的な配列を考慮して正しく思惟し、正しい語(情報)の読み書き算盤(勘定)をし、業務の目的を正しく弁えて、正しい使命を全うするために、正しく精進し、正しい信念を以て、正しい査定をしたならば、全会一致ではなくて異論・反論があって然るべき事案だと、私は思量します。

 次に、検察審査会の結論は「上記1ないし3のような直接的証拠と状況証拠があって、被疑者の共謀共同正犯の成立が強く推認され、上記5の政治資金規正法の趣旨・目的・世情等に照らして、本件事案については、被疑者を起訴して公開の場(裁判所)で真実の事実関係と責任の所在を明らかにすべきである。これこそが善良な市民としての感覚である。よって、上記趣旨の通り議決する」とされていますが、然し、上記1ないし3のような直接的証拠と状況証拠というのは、被疑者の共謀共同正犯の成立しないと検察は判断したはずですが、検察の判断に如何なる不適当または不正なさまが存在するかの事実関係を『六何(5W1H)の原則』に従って特定して、真実で有ることが検証されいぇいません。

 次に、検察審査会の結論の最後に、「これこそが善良な市民としての感覚である」とまとめてありますが、本来、検察審査会法の第1条「公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るため』という規定は、国民の意思・意見を反映させて、検察の不適当または不正な処理を防止するのが目的ですから、検察が不適切または不正な処理をしたと査定するならば、その事実関係を『六何(5W1H)の原則』に従って特定して、真実で有ることを検証した上で、検察が何故に不適切または不正な処理をしたかの動機を究明知ることが、再発防止のための是正をするの最も大切な要素ですが、それが欠落しています。

 結論として、検察審査会の決議は、わずか11人の感情、即ち、『不起訴処分』に感じて起こる不快、嫌い、疑念、恐怖、怒りなどの気持ち、即ち、事件の刺激の感覚や観念によって引き起こされる、被告人に対する態度やび美的な価値付けだけで、独断的に『起訴相当』決議しており、絶対的な明証性をもつと見做すべき法律の基本的原理:ドグマ(dogma)、即ち、政治資金規正法の目的と基本理念に基づく『自由・公正・明快の原則』を根底におき、そこから事件の構造を明らかにしようとする態度は、微塵も読み取れませんので、民意は微塵たりとも反映されておらず、いわゆる『愚痴ウヨ・愚痴サヨ』の鬱憤晴らしに過ぎないと、私は判断します。

 さらに、検察の処理の不適正・不正を指摘するならば、『不起訴処分』をしたということは、『立件(刑事事件において、検察官が公訴を提起するに足る要件が具備していると判断して、事案に対応する措置をと)』ができるという前提で、鳴り物入りで『見込み捜査(予め犯罪者像を決め付けた上で、行われる捜査)」をしたが、『立件』できなかったという点にあると、私は判断しますが『検察審査会』は。

即ち、恣意的な『見込み捜査』は、犯罪者像と合致する者は、最初から犯罪者であるとの前提で捜査がなされ、犯罪者像と合致しない者は、捜査の対象にすらならないので、冤罪を起こし、真の犯罪者を見逃す温床になるが故に、強制捜査や秘書を逮捕・公訴までして、きちんとした証拠も取れずに、小沢一郎さんを『不起訴処分』にしたということは、法的根拠がろくにないのに、主観的な信念や固定概念に基く『独断/臆見/思い做し/ドクサ(doxa)』による役にも立たない『見込み捜査』を1年以上も続けていた東京地方検察庁の特捜部と検事総長の不適正・不正な行為の事実を白日に晒して是正するのが『検察審査会』の『正義』だと、私は理解します。

春風 様(2010年4月29日 08:40)
> ここの掲示板はなぜに<小沢絶対善>から思考を組み立てる方が多いのでしょうかね。<

 何処を見ても、<小沢絶対善>または<小沢絶対悪>から思考を組み立てる方が多いようですね。

 批判精神を持って一般的な支持を受けても、善悪を問わず物事を批判するためには、絶対的な明証性をもつと見做すべき『基本的原理:ドグマ(dogma)』を根底におき、そこから、『自由・公正・明快の原則』に従って、事象の構造と価値の判断基準を明らかにしなければ、単なる空騒ぎに過ぎませんよね。

> 同じ考え方のものしか求めないというのも一つの掲示板の考え方ではあるのでしょうが、世間一般と座標軸をずらしてしまいますよ。<

 世間一般の座標軸が<絶対『正義』>から同じ考え方で世論・国論を組み立てると、国民をして『不毛痴態』に沈没させる危険が高いでしょうね、きっと…。

> 市民の道具である<検察審査会>の制度にまで異を唱えるというのは行き過ぎです。<

 然し、<検察審査会>の制度も所詮は道具に過ぎませんから、絶対視しないで、使うたびに『批判(人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること)』をして研かなければ、錆び付いて陳腐化してしまいますよね、きっと…。

>正しい信念を以て、正しい査定をしたなら ば、全会一致ではなくて異論・反論があって然 るべき事案だと、私は思量します。


 なぜそう思量するのか、その確たる根拠を
論証してもらえますか?

>世間一般の座標軸が<絶対『正義』>から同 じ考え方で世論・国論を組み立てると


 世間一般に<絶対『正義』>は不要でしょう。

まず言葉の間違いですが、検察審議会ではなく検察審査会でした。失礼しました。わたしの明確な位置としては、検察審査会の存在は現状では容認できない立場です。また違う局面でよく似たような意味で議論される裁判員制度も容認できないという立場です。さて、検察審査会についてですが、そもそも論理的客観性の担保がない、ということにもっとも大きな誤謬を生む素地があります。その11人が、客観的かつ公正な論理的思考にたどり着くための段階を、検察審査会のどこにどう用意されているのか、が、全くわかりません。例えは簡単で、お寿司屋さんの職人に臨床内科医の診断の当否を判断させるようなものではないでしょうか。知識や経験を補うことのできない審査員は、必然的に感情に基づいた判断に偏ることになります。これは仕組み上避けがたいものではないかと思っています。したがって、カウンターパートとしての位置づけがむしろ気がつくとふところ深く権力機構の代弁者となる危険性を感じます。その理念としての権力機構のチェック役を任じるのであれば、明らかに高い透明性と専門的な高度に訓練された倫理性をもつ構成員の仕事としなければならないと思います。市民、あるときは消費者、あるときに生産者、あるときは農業者、あるときは都市生活者等々。あまりに不明確な市民という言葉では、その恣意性を剥ぐことは出来ないように思います。このように出だしから誤謬に満ちた成り立ちの組織であればこそ、mochizuki様のご指摘のような、本来なされるべき客観的な正義の行為が実行されない、という結果が必然となってしまうのではないでしょうか。mochizuki様の指摘される正義の実行を行う組織があるというのなら、それはこの検察審査会ではない、という結論にならざるを得ないのではないかと思います。

春風(010年4月29日 15:53)
> なぜそう思量するのか、その確たる根拠を論証してもらえますか?<

 普通の市民が普通の生活をする前提として、何事につけても、自分の頭で論理的に考えて『信義の原則(信ずるべきは信じ、疑うべきは疑って真義を正し、真心を以て約束を守り、責任を果たすこと)』を遵守し、『信頼の原則(人は特別の事情がない限り、法律に従って行動するだろうと信じて頼ること)』に沿って行動し、『推定無実の原則(対象とする事実については、因果の道理と証文および/または現実の証拠により裏付けられた実際の様相が立証されるまでは無実と見做すこと)』を判断の基準にし、合理的な結論を出すべきだと、私は理解しますが、春風様はこの前提に賛同していただけますか?

 前記の前提に立てば:

 先ず、『陸山会』の政治資金収支報告書に真実と異なる事実の記載が存在したことは、秘書三人が公訴されたという事実からして、信ずるべき事実だと、私は判断します。

然し、『陸山会』の政治資金収支報告書に記載されている真実と異なる事実の内容と、それが為された因縁・理由・目的について検察側からの明確な説明はなく、また、小沢一郎さんは『証拠不十分』で『不起訴処分』としており、他方、小沢一郎さんは疚しいことはなく潔白であると、単純明快にその事柄が、よくわかるように述べて説明しておりますので、小沢一郎さんが『虚偽の記載』を、指示したたり、承知しながら隠蔽したりしていると疑うべき根拠はないと、私は判断します。

 次に、政治資金収支報告書に真実と異なる事実の記載が存在した経緯について、公訴された三人の秘書の方々には、真実ではないのに、真実のように見せかけたいという特別な事情があったと見做すことができるでしょうが、単なる間違いとか法解釈に相違がある程度の理由ならば収支報告書を修正すれば訴追されることはないはずで、公訴されたということは違法行為を隠蔽する意図があったと見做すべきだが、その内容を検察は詳らかに説明していないし、小沢一郎さんを『不起訴処分』にしたことは揺るがし難い事実です。

 次に、検察側の立場に立てば、小沢一郎さんを『不起訴処分』にしたということは、政治資金収支報告書に真実と異なる事実の記載による隠された真実は、小沢一郎さんが違法行為に関与していたであるという仮定が、真実の様相だということを、現実の証拠により裏付けて立証できる可能性は低いと判断したことの証であることは揺るがし難い事実です。

 結論として、其々の審査員の方々が公正に選任されて、自由な立場で、自分自身の六根・六境・九識を通じて、現実の証拠を正しく見て、法の論理的な配列を考慮して正しく思惟し、正しい語(情報)の読み書き算盤(勘定)をし、業務の目的を正しく弁えて、正しい使命を全うするために、正しく精進し、正しい信念を以て、正しい査定をしたならば、全会一致ではなくて異論・反論があって然るべき事案だと、私は思量した訳です。

 然し、春風様が、審査員11人の方々の全員が『起訴相当』と査定するのが当然だと思量さされるのであれかば、その確たる根拠を論証してもらえますか?

春風様(2010年4月29日 16:07)

> 世間一般に<絶対『正義』>は不要でしょう。<

 では、市民の道具である<検察審査会>の制度にまで異を唱えるというのは、何故に行き過ぎなのか、その確たる根拠を論証してもらえますか?

 因みに、『正義(物事の正しい意義た正しい解釈、または、人間の社会行動の評価基準で、その違反に対し厳格な制裁を伴う規範)』は、時世時節の流れに連れて変化するのは当然だが、同じ時世時節に共存する人々の『正義』は共通である必要があり、また、『正義』が如何に変化しようとも、その原点・立脚点・宗教・所定の集合地点・旗印・standardは、絶対的な『宇宙(万事・万有のこと)』の因果の道理または、摂理と言うこで、確立すべきだと、私は思量します。

春風さん

少なくとも、大手マスコミは自分たちが絶対正義だと信じ込んでますよ。
だって、この人たちは誤りは認めないし責任を取る事もない。いつも自分の事は高い棚の上にあげて、上司の顔色をうかがい自分たちに都合の良いサイドに立ち、都合のよいニュースばかりを一方的にたれ流しているだけの人達ですから。
大昔、ジャーナリストに憧れた事もあったんだけどなぁ。
現状を鑑みると報道の看板は重すぎるようなので、いっそ読売新喜劇とか朝日芸能プロとかに社名変更した方が良いんじゃないだろうか?

mochizuki様

 なぜ私が確たる根拠を論証しなければならないのですか?

私は <絶対『正義』>の正義は不要と言っている。
漠然とした<正義>に<確たる>根拠の論証もないでしょう。

 いっぽう、貴殿は<絶対の「正しさ」>を要求している。
だから、こちらとしては貴殿に、貴殿が<絶対の「正しさ」>を
要求するに至った根拠としている貴殿の捉えている<絶対の「正しさ」>
について
お尋ねしているのです。ぜひとも教えて頂きたい。貴殿の認識している
<絶対の「正しさ」>とやらを。


 私は、<検察審査会>には、漠然とした<正義感>があればよいと
考えている。なにも裁判所ではないのですからそう厳密なものを求めてはいません。
また、検察には<法にもとづいて>日本の法文化から育まれた正義感があれば
よいと思う。
裁判所には<法理>にもとづいて論理的に厳密な説明可能な法的論証を
心がけてくれればよいと考えております。

 法律は<絶対>に正しいものではない。

 政治資金規正法とて、ある政治家の政治行為に伴う責任の範囲にありながら秘書と政治家
本人との責任を区別してしまう法律に仕上がっている(会計責任を区別している)。だから、法理に
もとづいた専門家の判断(検察)では、秘書は「起訴」、議員は「嫌疑不十分」といった
判断もなされている。
 それに対して市民の側が「証拠」「状況証拠」への<積極>評価、解釈から必ずしも「法理」に
あらっぽさがあっても一般市民感覚として「秘書」「議員」の「共同正犯」まで
解釈を広げ、議員本人についても「起訴相当」という判断をした。

これによって、少なくともこの事件がヴェールに包まれるのではなく、
裁判所でつまびらかになる可能性が一つ開いた。これは市民にとっては歓迎すべき
ことでしょう(有罪無罪の是非はここでは問いません)。

 裁判所は、厳密に<法理>にもとづいて可能な限りの正義を貫いてもらわなければなりませんが、市民はもっと広い感覚で(法律の不備を訴えるのは市民の側が求めること。ほんらいは政治家のやることでもありますが)

>大手マスコミは自分たちが絶対正義だと信じ込んでますよ。

 そんなこと信じている記者が今の時代にいるはずないでしょう。

 正義感はあるでしょうが。

様々なご意見、勉強させていただいております。
さて、小生の感覚では今回の検察審査会の決議は「リンチ」でしかありません。法律の専門化が大掛かりに一年も「捜査」した結果の不起訴を法律の素人が覆して起訴して有罪にできるのかと言う点です。
新たな、確たる証拠があるのであればそれは可能でしょうが、それがなければ「再審」と同様に扱うべきでしょう。
推定無罪の原則を「感情」で押さえ込む社会はまさに「リンチ」社会でしかなくなってしまいます。
小沢氏が好きか嫌いかという感情論からではなく、法治国家としての観点から議論すべきと考えるのです。
その意味で、検察審査会制度もとても良い制度ながら、感情論を制限してリンチが生じないようにし、弁護側の意見陳述の場を設けるなどの改善をして然るべくと考えるものです。

花咲爺 様
>法律の専門化が大掛かりに一年も「捜査」した結果の不起訴を法律の素人が覆して起訴して有罪にできるのかと言う点です。


 検察審査会は裁判所じゃありません。
ここで有罪にするわけじゃありません。
 また、検察と審査会ではアプローチが違います。
 検察は法理にもとづいて検察のハードルを高く保ち(99%以上の有罪確率が期待されている)「嫌疑不十分」とした。

 検察審査会の方は何も有罪に100%することが期待されているわけでもない。
むしろ、裁判という場所において、事件が公開されることを求めて「嫌疑が不十分であろうと」「嫌疑なし」でないのならば、有罪の可能性があるのならば、今回のように「起訴相当」と判断することもあるということでしょう。

 別に、そう大騒ぎすることじゃありません。

これで確実に有罪になるというのならば
花咲爺さんのいわれるように「リンチ」ともいえましょうが、そういう制度ではありません。

mochizuki様
mochizukiさん、コメントを読み飛ばしておりました。
質問の件、以下の通りです。

>然し、春風様が、審査員11人の方々の全員が『起訴相当』と査定するのが当然だと思量さされるのであれかば、その確たる根拠を論証してもらえますか?

 秘書は起訴されています。それが有罪無罪になるかどうかはここでは問いません。
 ここでは「共同正犯」の可能性について証拠が十分か、不十分であるかが示されれば良いわけです。

 検察審査会は判断の根拠をちゃんと示しています。
その中に小沢さんが記者会見を通じて否認したことについての不十分について述べられた箇所があります(「3 被疑者が否認していても、以下の状況証拠が認められる。」)。大凡の国民はこれについて疑念を抱いたままだと思いますので、この点については「裁判所」という公の場を通じ法理にもとづきて法的な事実関係を明らかにしてもらいたい。私の期待はこれです。

春風さん

>別に、そう大騒ぎすることじゃありません<

いやいや、マスコミのこの大騒ぎは何でしょう。そして性懲りもなくどこどこ調べで小沢さんに議員を辞めるべき80%を出してきて、朝から晩まで批判の嵐です。

仮に起訴が決定すれば推定無罪である原則などなくなり、マスコミ・野党は勿論、民主党内部の反小沢グループや、支持団体の小沢嫌いの人々が怒涛の辞めれコールを投げ続けることでしょうね。

そうなれば、いくら芯の強い小沢さんでも目指す理想国家のために政権維持が重要と考えて自ら辞任の道を選ぶ可能性が強いと思います。

これが正しい法治国家ですか?一体何の罪で辞めなくてはならない事を小沢さんがしたんでしょうかね?そもそも論で、秘書3人の「起訴」自体が公判を維持できそうもない言いがかりではないですか?西松事件の公判と同じく、都合が悪くなると途中でうやむやにして終了でしょう。これをどのマスコミが咎めました?一切検証もしない現実があります。

今回は金銭面で言いにくいプライベートなこともあるかもしれず、証人喚問を受けないのかもしれませんが、その内容はすべて検察が必死に聞き出しお咎めなしを言い渡したんです。

それを野党やマスコミは政局にして説明責任だと迫り、それを受けないことを良いことに、一斉にそして洗脳的に小沢バッシングを一年以上も続けている。

説明は逃げずに定期的に受けているという事実も国民には知らせず。これは民主党自体の問題でもあるのですが。

その甲斐があっての今回の世論と審査会の判断でしょう。民意さんによればメンバーも怪しいみたいだし。これまで一連の出来事すべてが、意図的な悪意に満ちた筋書きですね。

春風さんは小沢氏が嫌いだからって感情で語ってるね。

検察幹部の方も言ってましたがその感情なるものや国民目線で裁判?
日本はそこへ行くまでに被告の人生が潰れる。
もしそのわけのわからない理由で強制起訴し無罪だった場合誰が責任を取るのかと幹部は言ってたがまさにその通りで春風さんのように感情で公判に持ち込んで無罪でしたとなっても時間は帰って来ない人生も潰れているこれだけ人の人生を潰し感情なる憎しみで人権侵害をし無罪だった知りませんでは俺が当事者だった場合怖い制度で困る。
春風さんその責任の所在を述べて?
無責任で許されないよ?

 検察審査会が市民目線を反映した制度であることは認めますが、取調べの可視化にも同じことが言えますね。

 もちろん、検察は反対しませんよね?いえ、反対とはいわせませんよ。

はっきりしてきた

全員一致で小沢「起訴相当」=
虚偽記載問題、在特会桜井会長の大勝利
http://defferentiatejapan.blog115.fc2.com/blog-entry-501.html

素朴な疑問
1.虚偽記載を問うはずの検察審査会への申し立て人「桜井某」がブログで、申し立ての理由を「在日外国人の地方参政権阻止」だと素直?に白状している。日本はいつから司法がブラック・コメディになったのかい?

2.審査会のメンバーに「学力テスト」はあるのか?政治資金規正法はややこしく、素人に分かるとは思えない。さらに、この一件には簿記の知識も必要。日本人から適当に11人選んで、その全員がこの要件を満たすなど3億円の宝くじに2回連続で当たるより確立低そうだ。ここは、漢字読めない男が首相になれた国だってことを忘れてはいけませんぞ、おのおのがた。

春風様(2010年4月29日 18:25)

> なぜ私が確たる根拠を論証しなければならないのですか?<

 その理由は、春風様が「市民の道具である<検察審査会>の制度にまで異を唱えるというのは行き過ぎです」(2010年4月29日 08:40投稿)と、主張されたから、その根拠を知りたかっただけですが、確たる根拠がなければ、論証は困難でしょうから、無理強いはしません。

> 私は <絶対『正義』>の正義は不要と言っている。
> 漠然とした<正義>に<確たる>根拠の論証もないでしょう。<

 そうですか…、貴方様の認識する『正義』とは、ぼんやりとして、はっきりしないさまでしたか…。

同じ社会に共生する人々の『正義』が漠然としていたら公序良俗が紊乱するのは当然でしょうね、やっぱり…。

> いっぽう、貴殿は<絶対の「正しさ」>を要求している。
> だから、こちらとしては貴殿に、貴殿が<絶対の「正しさ」>を要求するに至った根拠としている貴殿の捉えている<絶対の「正しさ」>についてお尋ねしているのです。ぜひとも教えて頂きたい。貴殿の認識している<絶対の「正しさ」>とやらを。<

 その回答は、既に済んでいますがご理解いただけなかったのでしょうか?

 では、もう少し詳しく説明させていただきますが、『正義』という語は、「物事についての正しい意義または正しい解釈、もしくは、人間の社会行動の評価基準で、その違反に対し厳格な制裁を伴う規範」という概念を表現・認識するのに用い、『正義』、それ自体は、社会における物および人に関する固有の秩序についての正しい意義または正しい解釈であり、『正義』を行えは秩序を保つ徳に対して利益を被り、『正義』に違反すれば秩序を乱す罪に対して刑罰が科されるという果報がついてまわります。、

 時世時節の変化に連れて『正義』の内容が変化するのは当然だが、同じ時世時節に共存する人々の公序良俗を維持するための『正義』は共通である必要があり、また、『正義』が如何に変化しようとも、その原点・立脚点・宗教・所定の集合地点・旗印・standardは、絶対的な『宇宙(万事・万有・万象のこと)』の『因果の道理』に係わる『諸法実相』の『正義』を究明して確定する必要があり、『正義』を行い自然の恵沢に浴する果報として利益を被り、また、『正義』に違反して自然の秩序を乱す罪の果報として災害を被るのというのが『因果の道理』だと、私は理解します。

ここで、『因果の道理』とは、時間的空間的な流れに沿って変化する『宇宙(万事・万有・万象のこと)』に生起・興隆・衰退・消滅するすべての事象は、必ず或る因が縁に触れることによって起こり、因縁、即ち直接原因と間接条件なしには何事も起こらず、何の果報も生じないという普遍的な原理を指し、また、『諸法実相』とは、『宇宙(万事・万有・万象のこと)』の『因果の道理』を研究して、解説した諸々の基本的な法則に係わる真実の様相を指します。

> 私は、<検察審査会>には、漠然とした<正義感>があればよいと考えている。なにも裁判所ではないのですからそう厳密なものを求めてはいません。<

 物事についての意義や解釈が漠然としていては公序良俗が成立する訳はなく、漠然とした不正を憎み、漠然とした正義を尊ぶ気持ちの強い人々が,公権力を握ると、如何なる社会になると、春風様は想定しますか?

> また、検察には<法にもとづいて>日本の法文化から育まれた正義感があればよいと思う。<

 あの~、『日本の法文化』といいますが、日本民族や日本社会に世代を通じて伝承されてきた法に係わる風習・伝統・思考方法・価値観などのは、具体的にどのような事柄で、それにより育まれた正義感とは、具体的に、如何なる意義を憎み、いかな意義を尊ぶ感情かを、もう少し具体的に説明していただけますか?

 日本の検察は、『訴追権(刑事事件について公訴を提起し、それを遂行する権限)』を一手に握っており、検察が公訴しなければ裁判所は法解釈や方判断をしませんので、法律の運営体系において、検察は、ある意味で裁判所よりも重要な役割を担っていますので、検察の『正義』が廃れば、日本国の秩序は乱れるという『因果の道理』は、真理であると、私は確信します。

> 裁判所には<法理>にもとづいて論理的に厳密な説明可能な法的論証を心がけてくれればよいと考えております。<

 その標語の中身を、もう少し具体的に説明していただけますか?

 裁判では、被疑者の行為が法律に違反する罪を犯したという事実関係を特定する権限と、道理と証文に基く事実、及び。現実の証拠に裏付けされたを提示して、容疑事実が真実であることを証明する責任は検事にあり、公訴されて裁判の対象になる事実関係および法律関係を取り調べて明らかにし、特定された行為が罪に相当するか否かを判断して決める責任と権限は裁判官にあります。

> 法律は<絶対>に正しいものではない。<

 法律は、絶対に正しいものだと認識している人は、たぶんいないでしょう、然し、春風様のように中身のないまたは中身が曖昧な標語を羅列するだけでは、当座に必要な、法律の、正しい意義や正しい解釈は得られないでしょう、やっぱし。

 因みに、制定法の無欠陥性と論理的完結性とを前提として、法令の条文を忠実に検討し、法概念の体系を形式論理によって構成することを法学の任務とする立場を『概念法学』と称し、19世紀後半から20世紀初頭にかけて欧州で主流であったが陳腐化して、現代では、前近代的な『概念法学』を離れて、須らく、法文に使われている文字列の意味を国語的・文法的に明らかにして、法律の論理的な配列を考慮し、『自由法論』や『利益法学』、『法社会学』などを基調として事実関係を検討した上で、法律を制定した目的や基本理念、趣旨などに従って合理的な結論を得て、法律の『正義』を行わなければならないとする立場が主流だと、私は理解します。

尚、『自由法論』とは、法は固定した概念に捉われるべきものでなく、条理や社会的現実面に即するように、自由に運用して『正義』を究明すべきであるとする立場を指し、日本国憲法の第76条第3項に「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と規定されています。

また、『利益法学』とは、すべての法的基準は、特定の社会的あるいは経済上の利益闘争を視野に入れながら整備されたと理解すべきであるが、抽象的に表現された法的基準から不十分な点が見つかった際は、それを埋めるために、法的基準の論理的な配列を考慮して法的基準を整備した目的や基本理念に従がって、拡張解釈・反対解釈・類推解釈・縮小解釈などの技法を用いて法基準の中に記録され残っている利益闘争解決のための判定を手本・基礎として『正義』を究明することを法学の任務とする立場を指します。

さらに、『法社会学』とは、法を他の社会現象との関連において考察し、法の機能・構造などを社会学的な方法・理論により経験科学的に『正義』を研究しようとする学問を指します。

> 政治資金規正法とて、ある政治家の政治行為に伴う責任の範囲にありながら秘書と政治家本人との責任を区別してしまう法律に仕上がっている(会計責任を区別している)。だから、法理にもとづいた専門家の判断(検察)では、秘書は「起訴」、議員は「嫌疑不十分」といった判断もなされている。<

 ある集団に係わる刑法上の罪は、その団体の構成員として犯罪行為に関与した個人が責められるものであるから、犯罪に相当することが立件できた行為者は地位や身分を問わず『公訴』の処置がなされ、立件できない行為者は地位や身分を問わず『不起訴』の処置が為されるのが原則ですから、「秘書は起訴」、「議員は不起訴」という検察の処置について、情状を問わずに、『不正』と判断することは、間違いです。

> それに対して市民の側が「証拠」「状況証拠」への<積極評価、解釈から必ずしも「法理」にあらっぽさがあっても一般市民感覚として「秘書」「議員」の「共同正犯」まで解釈を広げ、議員本人についても「起訴相当」という判断をした。<

 或る事件の被疑者を公訴する目的は,被疑者に刑罰を科す事にあり、国民も不満足な感情を晴らすことではないが、それを勘違いしている国民は、自分が殺人事件の被疑者になった場合を想定したうえで、法律の常識を弁えた発言をすべきでしょうね。

 因みに、刑法第38条 第1項に「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない」と規定されているいるから、政治資金収支報告書に真実と異なる事実が記載してある場合でも、それを記載した秘書が、或る真実を隠蔽するために故意の虚偽の記載をしたことが証明できなければ罪を責めて公訴することができないということは法律の常識です。

 また、刑法第60条 に「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする」ときていされているが、政治資金収支報告書に真実と異なる事実が記載してある場合でも、それを記載した秘書が、或る真実を隠蔽するために故意の虚偽の記載をしたという事実を知りながら、議員が故意にその行為に関与したことが証明できなければ『共同正犯』は成立ないということは法律の常識です。

> これによって、少なくともこの事件がヴェールに包まれるのではなく、裁判所でつまびらかになる可能性が一つ開いた。これは市民にとっては歓迎すべきことでしょう(有罪無罪の是非はここでは問いません)。<

 刑事事案についての事実関係がはっきりとわからないように覆い隠す帳帷(とばり)を剥いで事実関係を特定して、刑事事件として公訴を提起するに足る要件が具備していると判断したら訴追の措置を講ずる責任と権限は検事だけにあるというのは法律の常識ですが、然し、常識を弁えずに事実関係がはっきり分からない事案について公開の裁判で帳帷(とばり)を剥いで被疑者を丸裸にすることを歓迎する国民は、法的責任能力が欠如した異常者または変態者に相当します。

世間に異常行為や変態行為が蔓延すれば、『正義』が廃れて、公序良俗が紊乱するから、法的責任能力が欠如した異常者や変態者は、強制的に隔離するかまたは適切な保護観察処分とするのが法治国家の普遍的な通則です。

> 裁判所は、厳密に<法理>にもとづいて可能な限りの正義を貫いてもらわなければなりませんが、市民はもっと広い感覚で(法律の不備を訴えるのは市民の側が求めること。ほんらいは政治家のやることでもありますが)<

 法律が、道徳や倫理または慣習などと違うところは、国の統治権に基づく強制力を有する『社会規範(人間が社会生活をしていく上で、守るべしとされる行為の模範のこと)』であるから、年齢的及び精神的に法的責任能力を有すると見做される人には誰でも守れ、且つ、公序良俗を維持するために必用最低限の水準の道徳や倫理または慣習を前提として又は内容として法律は規定されますが、市民の不満感情を晴らす目的で法律を利用して特定の人物や集団に対する強制捜査や逮捕をしたり、公訴を提起したりするのは邪道に過ぎません。

尚、憲法第16条に「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」と、規定されていますから、市民が法律の不備の苦情を訴えて整備を要望する場合は、静かで穏やかな所定の手続を以て国会または内閣に対して請願することができます。

また、刑事訴訟法の第239条第1項に「何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる」十規定されておりますから、犯罪があると思料する市民は、事実関係を特定して検察官または司法警察職の警察官に口答または書面で被疑者を告発することができます。

然し、刑事訴訟法第183条第1項に『告訴、告発又は請求により公訴の提起があつた事件について被告人が無罪又は免訴の裁判を受けた場合において、告訴人、告発人又は請求人に故意又は重大な過失があったときは、その者に訴訟費用を負担させることができる』と規定されておりまた、同条第2項に「告訴、告発又は請求があった事件について公訴が提起されなかった場合において、告訴人、告発人又は請求人に故意又は重大な過失があったときも、前項と同様とする」と規定されていますので、注意が必要です。

さらに、刑法第172条 に「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者は、3月以上10年以下の懲役に処する」と規定されていますから、市民の不満足な感情を晴らす意図だけで以て特定個人の刑事処分を受けさせることを目的とする公訴を請求することの不当性は、異常者や変態者でないもない限り、思慮分別できるでしょうね。

春風さん
>>そんなこと信じている記者が今の時代にいるはずないでしょう。
正義感はあるでしょうが。

記者たちが本当にそのようなスタンスで正義感があるのなら、ここで多くの方たちがコメントしているように。”全会一致”で小沢を”絶対権力者”と評した検審に疑義を抱くのが普通じゃないでしょうか。

また、政治家である小沢を絶対権力者として裁こうとするのなら審査員のメンバー及び審査補助員の弁護士が政治的に中立であることは最低担保されるべきです。事件事故とは全く異質な政治案件をこの審査会で処理する事にはそもそも無理があるのではないでしょうか?

そしてマスコミの報道も検審が出した結論を錦の御旗に小沢=有罪というイメージで報道するその報道姿勢のどこに記者の正義を感じ取れるのでしょうか?
小沢批判では、おきまりの黄門気取りの渡辺議員と生方議員のコメントばかりとお手軽取材、生方議員の国会軽視の政治活動には無批判ですがこんな議員の言葉に実があるのでしょうか?
マスコミは公正公平どころか、自らの正義の尺度と利害に従い裁いているのです。

このバカげた状況に歯止めをかける為に立ちあがる正義感のある記者がいたら喜んで支持します。


mochizuki様
 連休はご自宅でおくつろぎですか?

さて、

>確たる根拠がなければ、論証は困難でしょうから、無理強いはしません。<

<正義>の名の下に<検察審査会>を批判するような絶対的な<正義>は存在しないわけですから、そうした批判は当たらないということですね。宗教裁判じゃないのだから。
 いっぽう、検察審査会は「共同正犯」について論拠を示している。それを論駁するのであれば貴殿自ら<根拠>をちゃんと示し明らかな事実誤認がある論理矛盾がある点指摘して批判するということは可能ですので、こちらをやれれては如何ですか?

>そうですか…、貴方様の認識する『正義』とは、ぼんやりとして、はっきりしないさまでしたか…。<

 日本は自由の国ですよ。正義なんてものは強制されてあるものではありません。人を律するのは法律であってその背景として様々な文化背景があり正義はそれぞれに活きている。絶対視する<正義>が一つあるわけではありません。そんな国、どこかありますか? 宗教国家ならあり得ますね。


>同じ社会に共生する人々の『正義』が漠然としていたら公序良俗が紊乱するのは当然でしょうね、やっぱり…。<

 一つの<正義>に抑圧される国よりは様々な正義が活きそれぞれ人間精神は自由にあるという社会の方が良いではありませんか。少々公序良俗が紊乱していようが、私は自由な国を好みますね。


>『正義』に違反して自然の秩序を乱す罪の果報として災害を被るのというのが『因果の道理』だと、私は理解します。<

 それは貴殿の考える<正義>であって万人が強制されなければならない<正義>ではありません。そこのところ理解されたし。つまり貴殿の説明する<正義>は万人が戴かなければならないような<絶対>の<正義>なんてものではありません。貴殿が一人それを<絶対>と考える自由まで否定するものではありません。日本は自由の国です。

> 物事についての意義や解釈が漠然としていては公序良俗が成立する訳はなく、漠然とした不正を憎み、漠然とした正義を尊ぶ気持ちの強い人々が,公権力を握ると、如何なる社会になると、春風様は想定しますか?<

 法律というのは背景に法文化、<法>がありそれは歴史社会によりそれぞれ育まれておりまた<幅><様々>であり人の立ち位置によっても理解のされかた解釈のされ方もそれぞれに多様です。法律のように成文化されているものでもありません。いろんな正義があり得るでしょう。また<審査会>とてそこへ参加している方々も様々な正義の履歴、感覚をもってもいるでしょう。彼らは共有している法律と制度と共有可能な価値観の幅の中でそれぞれの正義感に基づいて判断を下したわけで、市民目線ではあっても<法理>に基づきながらも各人が議論しそれぞれが判断をしたのでしょう。
その結果としてある一つの制度からもたらされた示された「判断」に過ぎません。

>あの~、『日本の法文化』といいますが、日本民族や日本社会に世代を通じて伝承されてきた法に係わる風習・伝統・思考方法・価値観などのは、具体的にどのような事柄で、それにより育まれた正義感とは、具体的に、如何なる意義を憎み、いかな意義を尊ぶ感情かを、もう少し具体的に説明していただけますか?<

 法文化というのもは茫漠とした広がりのあるものであってその言葉をあるいは漠として捉えるにしても理解も解釈も人それぞれに幅があるでしょう。憲法を戴く以上、自由、博愛、平等といったいわゆる<普遍主義>にも根ざしているでしょうし、それを日本の法慣例から生まれていくる法文化の背景もある。そうなにも特定せずともよいのではありませんか。成文憲法は抽象的な文面があるからこれとはいえても法の文化はこれとはいえないでしょう。そりゃ無理です。


>検察の『正義』が廃れば、日本国の秩序は乱れるという『因果の道理』は、真理であると、私は確信します。<

 検察が有罪の判決をだすわけではありませんよ。
制度として<審査会>がある以上、それはまた法の手続であり別段検察の「正義」を廃らせるわけでもありません。
また、検察にしろ人為であり完璧ではないのですから、ときに政治的配慮もするでしょし、今回のように市民感覚では政治的な配慮なんてのはおかまいなしだろうし、それが制度としてあるいじょう私は歓迎致しますね。


>> 裁判所には<法理>にもとづいて論理的に厳密な説明可能な法的論証を心がけてくれればよいと考えております。<
 その標語の中身を、もう少し具体的に説明していただけますか?<

 標語? 法理にもとづかずに判決を下す裁判所というのは今の日本にありますか?そりゃ初耳です。


> 法律は、絶対に正しいものだと認識している人は、たぶんいないでしょう、然し、春風様のように中身のないまたは中身が曖昧な標語を羅列するだけでは、当座に必要な、法律の、正しい意義や正しい解釈は得られないでしょう、やっぱし。<

 あなた失礼な方ですね。正しいものだと認識している人がいないなら素直に人の言っていることを受け止めなさい。子どもじゃないんだから。
 
> 「秘書は起訴」、「議員は不起訴」という検察の処置について、情状を問わずに、『不正』と判断することは、間違いです。<

 貴殿は勘違いしておりませんか? 誰が検察の判断が「不正」だと言いましたか。検察は法理に則り検察なりの判断を下した。
しかし法律がなにも完全なわけじゃない。そこに市民感覚で検察と違った判断が法律の隙間から表れたっておかしくありませんよ。
今回のケースはそれでしょう。法律が会計責任者と政治家の役割を区別している。だから、検察の判断もあり得るし、そこへ共同正犯を証しする証拠があるのならば秘書も議員も「起訴相当」という判断も可能になる。市民の側は検察よりも「証拠」を積極的に解釈した。それだけのことでしょう。検察の判断も市民の判断もどちらが間違っていることではない。また「検察起訴」と「審査会の起訴(強制起訴はこれからですが)」とでは役割も異なる(かならずしも目的が一致しているわけでもない)。後者は、法に則って法的事実を公の場で明らかにしてもらいたいという市民感情がある。これはこれで悪いことではないしだからこそ作られた制度でしょう。
制度自体に不服があるなら「小沢事件」とは別に批判されては如何ですか?


> 或る事件の被疑者を公訴する目的は,被疑者に刑罰を科す事にあり、国民も不満足な感情を晴らすことではないが、それを勘違いしている国民は、自分が殺人事件の被疑者になった場合を想定したうえで、法律の常識を弁えた発言をすべきでしょうね。<

 法律の常識を弁えた発言をしているのではありませんか。
貴殿の「常識」とは違うかもしれませんが。

>然し、常識を弁えずに事実関係がはっきり分からない事案について公開の裁判で帳帷(とばり)を剥いで被疑者を丸裸にすることを歓迎する国民は、法的責任能力が欠如した異常者または変態者に相当します。<

 それは貴殿の気苦労です。検察審査会とて極めて慎重に判断を下しているのでしょう。検察とはアプローチが違うということ。

 いか貴殿のコメントは長過ぎる。もっと要点を簡略に、かつ、議論に必要なところだけコメントしてくれないとこちらは余り時間がありませんので宜しく頼みます。

sirokuma 様

>記者たちが本当にそのようなスタンスで正義感があるのなら、ここで多くの方たちがコメントしているように。”全会一致”で小沢を”絶対権力者”と評した検審に疑義を抱くのが普通じゃないでしょうか。

 それは貴殿にとって普通ではあっても人それぞれでしょう。
8人以上が「起訴相当」と判断することじたいが稀なことです。逆に言えば8人も11人も変わらない。
それくらいに明らかな「証拠判断」があるということでしょう。
 ここでは「共同正犯」について「証拠」「状況証拠」が証拠足り得るかがテーマであって、一般感覚として、小沢氏の否認を信じる方の方が稀だと思いますが(有罪、無罪の是非はともかくとして秘書が単独で行ったということを小沢さんはちゃんと国民へ説明し理解を得なければならなかった。これからでも遅くないと思いますがね)。

 相変わらず「起訴=有罪」の域を出ない。早くこの考え方から脱却してほしい。

では春風さんは国民目線から見ても鳩山総理と秘書の共犯は無いと言いたいんだな?
この人の言うこと矛盾してるよ。
そこにあるのは小沢が憎い嫌いだから罰せろだからな。

証拠足り得るってW
ど素人の判断が検察の証拠判断より正しいって笑えるよ。
しかも、その判断が絶対的権力者だから知らないはずがないと言う推定
で、~なはずだなる推定で罰して無罪だった場合の責任は??
ここが一番大事人の人生を潰しておいて無罪だってでも知らないでは話にならない。
疑わしきは罰せずと言う犯してはならない司法の根源を犯すのかW
春風は自分が被疑者だった場合。
あいつが嫌いだから罰せろと言われたらどう思う?

で、一般感覚として朝言った事が夜になると180度変わりよくブレると言われる鳩山総理の「全く知らなかった」は信用出来るんだな?
俺は鳩山氏程信用出来ない人は居ないと思うが。

>ど素人の判断が検察の証拠判断より正しいって笑えるよ。

 貴殿は 裁判官 なのですか? そうした考え方が奢りに通じるのです。検察は神様じゃない。

どちらが正しいかは裁判所が裁判を通じて下すもの。検察は政治配慮から起訴しなかっただけなのかもしれないし、法律に厳密に処理するのであればこのケースでも起訴したかもしれませんよ。これは推測の域は出ませんが。

 

 ちにみに鳩山さんの案件に対しても
「議員の責任が問われない法律でよいのか」
といった法律そのものの不備についての疑義にまで踏み込んで申し添えをしているし(本来はこれは政治家の仕事です。彼らが怠慢だからこうした制度が活性化しているともいえる)検察にはこうした仕事はできませんよ。

「議員の責任が問われない法律でよいのか」
これはさ、法律の不備だろ?
春風さん法律の不備は立法である国会で話し合い埋めるのが普通だろ?
問題あるなら司法の場に言わず国会議員に言えよ。
っても、この法案を小沢氏は変えようとして企業・団体献金禁止と一層の透明化を図る法案を議員立法通じて提出してるので少しはましになるかな。
司法はさ現行法に乗っ取り裁くべき。
春風は法律は守らなくても良いと言ってるんだな?
政治的配慮って証拠はあるのか?

春風様(2010年4月29日 19:17)

> 秘書は起訴されています。それが有罪無罪になるかどうかはここでは問いません。
> ここでは「共同正犯」の可能性について証拠が十分か、不十分であるかが示されれば良いわけです。<

 刑事訴訟法の第1条 に「この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」と明確に規定してあり、また、第247条に「公訴は、検察官がこれを行う」と、明確に規定してあります。

 また、刑事訴訟法の第256条第1項に「公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない」と規定され、同条第2項に「起訴状には、左(次)の事項を記載しなければならない」、同項第1号「被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項」、同項第2号「公訴事実」、同項第3号「罪名 」と規定され、同条第3項に「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない」と規定されており、、同項第4項に「罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。但し、罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない」と規定され、同条第5項に「数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的にこれを記載することができる」と規定され、同条第6項に起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない」と規定されております。

 従って、非公開の場で被疑者や関係者を取り調べて事案の真相を明らかにする責任と権限は、起訴状を作成して公訴を提起する検察官にあり、裁判は明らかになった事実関係を公開で審理して、被疑者の罪の有無を判定して量刑を決定する場に過ぎず、これが、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現する目的を達成する所定の作法ですから、市民感情につられて事案の真相を暴露する目的で被疑者を公開の場に引き出して丸裸にするというのは、甚大な人権蹂躙行為であり、刑事訴訟法の『法理』・『正義』から逸脱した手順です。

 また、法的責任能力を有する普通の『正義感』と『法理』に鑑みれは、何人の基本的人権をも尊重するのは当然であり、また、公訴された秘書が有罪でなければ、論理的に「共同正犯」は成立する訳はありませんので、春風さんの言論は、所論に対する論旨も結論も、、常識を弁えない異常者や変態者が春情を催して快楽に耽る行為の如く常軌を逸脱しており、憎むべき邪道による破廉恥行為の類に過ぎないと、過ぎないと、私は判断します、悪しからず…。

> 検察審査会は判断の根拠をちゃんと示しています。
> その中に小沢さんが記者会見を通じて否認したことについての不十分について述べられた箇所があります<

 嫌疑を受けた事実のの真相を明らかにする責任がすべて検察にあるのに、被疑者は記者会見を通じてどの事実を否認したことの信頼度が、仮令、0%としても、それが何故に、検察審査会の「不起訴処分は不当であり、起訴を相当とする」という決議の趣旨の妥当性を認める理由になるのか、検察審査会法と刑事訴訟法などのに依る『法理』と『正義感』の根拠・判断基準を示して説明していただけますか?

因みに、検察審査会の査定は、検察の責任を被疑者に転嫁して、被疑者を公開の場に引き出して丸裸にするという、常識を弁えない異常者や変態者が春情を催して快楽に耽るの如く常軌を逸脱しており、憎むべき邪道による破廉恥行為の類に過ぎないと、私は判断します。

> (「3 被疑者が否認していても、以下の状況証拠が認められる。」)。<

 人は『特別の事情』がなければ法律を遵守すると見做すというのは、刑事事件に適用される『信頼の原則』という『法理』であり、『法理』を信ずることを尊重するのは『正義感』だという前提に立って、検察審査会が「不起訴処分は不当であり、起訴を相当とする」という決議をした理由に対する、私の疑問を提起します:

 (1)銀行への融資申込書や約束手形に被疑者自らが署名、押印をし、陸山会の定期預金を担保に金利(年額約450万円)を支払ってまで銀行融資を受けている等の事実が、何故に、小沢一郎さんから借り入れた4億円を原資として土地を購入した事実を隠蔽するための執拗な偽装工作だと、検察審査会は断定できるのですか?

陸山会はの会計報告書には、小沢一郎さんから4億円を借り入れたことは記載してあるが、それを原始として土地を購入する事実を隠蔽しなければならない『特別な事情』は何事だと、検察審査会は判断したのですか?

 (2)土地代金を全額支払っているのに、土地の売り主との間で不動産引渡し完了確認書(2004年10月29日完了)や2005年度分の固定資産税を陸山会で負担するとの合意書を取り交わして、本件不動産登記を翌2005年にずらしているいることが、如何なる事実を隠蔽するための偽装工作だと、検察審査会は断定したのですすか?

不動産引渡しの完了と不動産登記の時機を1ヶ月余りずらしたことで、何事が隠蔽され、その事実を隠蔽しなければならない『特別な事情』は何事だと、検察審査会は判断したのですか?

 (3)仮令、小沢一郎さんが多額の資金を有していると周囲に疑われ、マスコミ等に騒がれないための手段として、上記の諸工作をしたというのが真実だとして、その行為が何故に犯罪に相当すると断定できるのですか?

小沢一郎さんが多額の現金を有していると周囲に知られ、マスコミ等に騒がれたら、例えば、泥棒や強盗などのの災害を被る危険性が高くなると考えれば、必然的な安全対策と見做すことはできませんか?

 (4)『絶対権力者(他の何ものにも制約・制限されない権力者)』と検察審査会に『認定(各種の事柄の存否・当否などを判断して決定すること)』された小沢一郎さんから政治資金の運用管理の権限を委譲されたと思しきA、B、Cらが、本件のような資金の流れによる資金繰りの手続きの詳細を、何故に、『絶対権力者』の小沢一郎さんに逐次断わる必要があると、検察審査会は断定したのですか?

そもそも、『絶対権力者』の行為が、市民感情や法律に制約・制限されなければなわないない言う趣旨の検察審査会の決議は、根底から論理が破綻しているが、その因縁は、憲法・刑法・政治資金規正法・刑事訴訟法を基調とする『法理』・『正義』に従って検察が『不起訴処分』とした情状に対して、『瞋恚の炎(自分の心に逆らうものに対する燃え上がる炎のような激しい怒り・憎しみ、恨み)』に捉われた審査員たちの心情が『絶対権力者』という不適切な表現をさせたと推察すれば、審査員たちの審査・決議をした当時の変態的に異常な『正義感』の実相が客観的に『認定』できませんか?

 公的機関である検察審査会が検事に対して、「不起訴処分は不当であり、起訴を相当とする」という事実を、諸法の『法理』・『正義』に照らして『認定』するには「現実の証拠に依り裏づけた資料を提示して、命題(仮定)が真実であることの証明」をを必要とするが、前記(1)~(4)に掲げた事実を総合して、小沢一郎さんとA、B、Cらとか如何なる犯罪の共謀した可能性が、如何程の『実現度(有罪率)』と『情報変化容量』及び『情報量』で『認定』できると検察審査会は認定したのですか?

 因みに、刑事事件の控訴事実の情報は、一般的に『実現度(有罪率)≒0.99(99%)』に相当すると云われているようだから、無罪の判決が出る可能性の指標として『情報変化容量≒0.014』となるから、関連する法律に基づく『正義』は概ね検察により行われていると見做すことができ、起訴されたという情報が、その受け手に与える影響はの指標として『情報量≒0.986』と勘定されます。

然し、上記の結論を反対解釈すると、日本人の潜在意識の中には、或る事件の被疑者について公訴が提起されると、その被疑者を犯罪者(犯人)と見做す固定概念が刷り込まれているいるので『推定無罪の原則』が形骸化してしまい不適正な公訴提起の果報として、社会的に甚大な悪影響をもたらすと推察されるので、無罪判決を受けた1%の人々に対する配慮の実態を調査して、不正があれば、適切に是正・規正する必要があると、私は思量します。

 本題に戻って、本件に関連して既に公訴された三人の秘書のついて検察審査会が発表した情報を基に前記(1)~(3)に掲げた疑問をも含めて、『実現度(有罪率)<0.5(50%)』と仮定すれば、無罪の判決が出る可能性の指標として『情報変化容量>1.0』、となるから、情報の内容が受け手に与える影響の程度の指標として『情報量<0.5』となるはずだが、異例に低い『実現度(有罪率)』での公訴提起と大衆通信媒体の過剰な報道により、世論が加熱した状態にあり、本来は『推定無罪』として扱われるべき被疑者の三人と、その関係者に与えた社会的悪影響は甚大であり、『集団私刑』または『魔女狩り』による重大な人権侵害だと、私は理解します。

 また、本件について検察審査会が発表した情報を基に前記(1)~(4)に掲げた疑問をも含めて小沢一郎さんを起訴した場合について分析してみると、『実現率(有罪率)<0.25(25%)』、『情報変化容量>2.0』、となるから、情報の内容が受け手に与える影響の程度または情報の質の指標としてか『情報量<0.5』となるはずだが、現実的には『瞋恚の炎』に捉われたと思しき審査員たちの変態的異常な『正義感』による「不起訴処分は不当であり、起訴を相当とする」という決議と、それを巡り『赤新聞・イエロージャーナリズム(Yellow Journalism)』と化した大衆通信媒体による連日の報道により、諸法の『正義』が廃れ、公序良俗が紊乱した状況は、小沢一郎さんと、その関係者に与えた社会的悪影響は甚大であり、『集団私刑』または『魔女狩り』による人権侵害に止まらず、その果報として国政の運営に多大な困難をもたらしているのは紛れもない事実であり、この状態を看過すると、日本国は、やがて大きな災害を被ると、私は予想します。

> 大凡の国民はこれについて疑念を抱いたままだと思いますので、この点については「裁判所」という公の場を通じ法理にもとづきて法的な事実関係を明らかにしてもらいたい。私の期待はこれです。

 繰り返しますが、刑事事件についての疑惑を解明するのは検察の責任と権限であり、裁判署の管轄ではないというのが刑事訴訟法の『法理(法律の原理、法律の下で事物・事象が依拠する根本法則)』・『正義(正しい意義・正しい解釈)』ですから、春風様の言動は、『法理』を放り出した裁判所に『ストリップ‐ショー(strip show)』の開催を期待するような変態的に異常な感覚で快楽の妄想に耽るが如く、憎むべき邪道による破廉恥な言動の類に過ぎないと、私は批判します、悪しからず…。

mochizuki 様

 貴殿のコメントは長過ぎる。もっと要点だけに絞ってもらいたい。
私向けでないというのならば構いませんが。

>起訴状を作成して公訴を提起する検察官にあり、裁判は明らかになった事実関係を公開で審理して、被疑者の罪の有無を判定して量刑を決定する場に過ぎず、これが、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現する目的を達成する所定の作法ですから、市民感情につられて事案の真相を暴露する目的で被疑者を公開の場に引き出して丸裸にするというのは、甚大な人権蹂躙行為であり、刑事訴訟法の『法理』・『正義』から逸脱した手順です。<

 mochizuki さん 何か勘違いされておりませんか?
検察審査会は検察に対してもの申しているのですよ。
検察は再捜査し「起訴」「不起訴」を決めるのは審査会ではなく当然検察です。貴殿の懸念は当りません。
>憎むべき邪道による破廉恥行為の類に過ぎないと、過ぎないと、私は判断します、悪しからず…。<

 貴殿は感情がインフレーションを起こしますね。公の掲示板です。抑制に努めましょう。

>嫌疑を受けた事実のの真相を明らかにする責任がすべて検察にあるのに、被疑者は記者会見を通じてどの事実を否認したことの信頼度が、仮令、0%としても、それが何故に、検察審査会の「不起訴処分は不当であり、起訴を相当とする」という決議の趣旨の妥当性を認める理由になるのか、検察審査会法と刑事訴訟法などのに依る『法理』と『正義感』の根拠・判断基準を示して説明していただけますか?<

 貴殿は妙なことを言いますね。検察が提議しない案件につき申し立てがあり検察審査会法に基づき審査会が開かれ決議がなされ「起訴相当」と断がなされた。後は検察の判断でしょう。これ以上に何か根拠が必要ですか? 何か『法理』を逸脱したもの『正義感』に外れたものがどこかありますか?

>因みに、検察審査会の査定は、検察の責任を被疑者に転嫁して、被疑者を公開の場に引き出して丸裸にするという、常識を弁えない異常者や変態者が春情を催して快楽に耽るの如く常軌を逸脱しており、憎むべき邪道による破廉恥行為の類に過ぎないと、私は判断します。<

 貴殿は制度そのものに不服があるようですね。ならばそれはそれでよいではありませんか。日本の制度が「破廉恥行為の類」に過ぎないと貴殿が判断されるのはそれは自由です。
いっぽう、これが必要と思うものがいたから法律があるわけで現実に存在し活用されている以上、法にのっとって行われている事柄に対して不満をいったってはじまらない。

>検察審査会は断定できるのですか?

 貴殿だって断定くらいはするでしょう。その是非を判断するのは貴殿が信頼するところの検察に任されているわけだから制度上なにも問題はないでしょう。

>検察審査会は判断したのですか?

  私に聞かれても困る。

>憲法・刑法・政治資金規正法・刑事訴訟法を基調とする『法理』・『正義』に従って検察が『不起訴処分』とした情状に対して、『瞋恚の炎(自分の心に逆らうものに対する燃え上がる炎のような激しい怒り・憎しみ、恨み)』に捉われた審査員たちの心情が『絶対権力者』という不適切な表現をさせたと推察すれば、<

 貴殿は推察を間違っている。「絶対権力者」というのは秘書に対して「主従」が徹底しているという意味でしょう。
前後の文脈から読めばそう過激に反応するような言葉遣いでもない。
  貴殿のコメントは長過ぎる。また、同じことの繰り返しなので端折りますが、要点だけ応えるが、

>繰り返しますが、刑事事件についての疑惑を解明するのは検察の責任と権限であり、裁判署の管轄ではないというのが刑事訴訟法の『法理(法律の原理、法律の下で事物・事象が依拠する根本法則)』・『正義(正しい意義・正しい解釈)』ですから、<

 「検察審査」一回目の判断までは制度上検察の独占する起訴権限から外れるわけではない。審査会で二回目の決議が出ればその限りではなくなるが法律では「強制起訴」という権限付与がすでに与えられている以上それをとやかくいっても仕方ないでしょう。
不満があるのならば法律の改正を求めればよいのではありませんか。
ただし現実にこの法律がある以上、貴殿の希望する法体系にはなっていないというに過ぎない。

ひろ様

>政治的配慮


「起訴猶予」案件なら政治的配慮といえるが「嫌疑不十分」だとそこまでは断定は出来ません。ただし、おおよそ、贈収賄でもないのに政治家を起訴するのはやり過ぎではないかといった「政治的配慮」で小沢さんを擁護する論調が底流にありますよね。

市民はそんな配慮はしないから法律にのっとり整合性が成り立てば結果は自ずと出る。

春風様(2010年5月 1日 11:52}

 要点だけを云うと、貴方様の唱える『法理』は、内容が何もない『題目」・『標語』『空念仏』に過ぎず、貴方様もの唱える『正義感』は『邪道』た『極悪非道』の『正義感』に過ぎないということですが、何か?

mochizuki 様

 善悪で物事は考えない方がよいですよ。
このやり取りの中で貴殿もそろそろ理解されたかと思いますが
正義は一つではありません。貴殿が頑にこだわる検察の正義に「強制捜査権が付与された」市民の正義が対峙しもたらされた今回のような案件もある。

それを一方の正義だけで論じると片手落ちでありますし、貴殿のような感情的な方は対者が悪魔にさえ思えてくる。

その善悪といった価値観をはずされもっと筋をたどり貴殿の能力を冷静に使われることを今後は期待致しますね。

失礼、訂正

「強制捜査権が付与された」

 ↓

「<強制起訴>という公訴権が付与された」

公訴権というよりも準起訴権とした方がいいですね。


「<強制起訴>という<準>起訴権が付与された」

春風様(2010年5月 1日 11:52)

> 貴殿のコメントは長過ぎる。もっと要点だけに絞ってもらいたい。<

 短い文章で真意を表現するには、相互に『用語の正義』を認識しておく必要がありますが、春風様は、刑事事件に適用される、『信頼の原則(人は特別の事情がなければ法律を遵守すると見做すというの法理)』、と、『推定無罪の原則(疑わしきは被疑者に有利なよう判断するという法理)』の『正しい意義、正しい解釈』を如何ように認識しているにのか表明して下さい。

> 私向けでないというのならば構いませんが。<

 春風様が、前記の表明を拒否なさるなら名、私の意見は『馬耳東風』に過ぎないと見做します。

> mochizuki さん 何か勘違いされておりませんか?
> 検察審査会は検察に対してもの申しているのですよ。
> 検察は再捜査し「起訴」「不起訴」を決めるのは審査会ではなく当然検察です。貴殿の懸念は当りません。

 衆議院議員の小沢一郎さんに対して2010年2月4日に東京地検検事の木村匡良さんがした『不起訴処分(嫌疑不十分)』の当否に関し、東京第5検察審査会による「不起訴処分は不当であり、起訴を相当とする」という趣旨の議決を、『法理』に従って解釈すれば、検察官の不当行為を責める決議であり、付随的に被疑者の小沢一郎さんを公訴しなさいと要求する内容だと、私は理解していますが、何処かに勘違いがあるでしょうか?

 従って、検察審査会は、先ず、小沢一郎さんを不起訴処分とした東京地検検事の木村匡良さんが如何なる理由で、如何なる不当行為をしたと断定したのかについて、如何なる現実の証拠により裏付けられた事実にに基づいて判断したかを説明にしたないと、検察庁としても国民としても、検察審査会法の『法理』が歪められたという事実について、理解・納得できないはずですが、私の知る限りその説明は全くありません。

 故に、11人の審査委員と、議決書の作成を補助した審査補助員で弁護士の米沢敏雄さんは、検察審査会法の『法理』・『正義』を理解する能力がなかったと見做すべきであり、また、それ諾々と受領した東京地検の関係各位と、決議書の趣旨を本末転倒して『起訴相当』という言葉尻だけを捉えて市民感情を煽る大衆通信媒体の関係各位ならびに、春風様を含み本末感情を煽られた市民各位はなどは、『良心』をどこかに置き忘れ、『邪心』に支配されて『極悪非道』または『邪道』の『正義感』で言動をしているに過ぎないと、私は推察します。

> 貴殿は制度そのものに不服があるようですね。ならばそれはそれでよいではありませんか。日本の制度が「破廉恥行為の類」に過ぎないと貴殿が判断されるのはそれは自由です。<

 検察審査会制度が『法理』を遵守して運営されるならば、私は諸手を挙げて賛成しますが、東京第5検察審査会のように、『良心』をどこかに置き忘れ、『邪心』に支配されて『極悪非道』または『邪道』の『正義感』に支配されている検察審査会は廃棄すべきだと、私は確信します。

 因みに、検察審査会制度が遵守すべき『法理』は、検察審査会法の第1条「公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るため』であり、その管掌は、同法第2条第1項の1号に「検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査に関する事項」と、目的と趣旨が明確に規定してありますが、本来的には、検察官が公訴を提起した事件に対しても、裁判所とは別に、検察の捜査手段の当否の審査すれば、検察審査会法の目的を達成でき、冤罪の防止に役立つと、私は思量します。

> いっぽう、これが必要と思うものがいたから法律があるわけで現実に存在し活用されている以上、法にのっとって行われている事柄に対して不満をいったってはじまらない。<

 検察審査制度は必要だと思いますが、一方、検察審査会は、『良心』をどこかに置き忘れ、『邪心』に支配されて『極悪非道』または『邪道』の『正義感』で、政治的に利用される危険性が高いことが、今回の東京第5検察審査会も決議書の内容から判明したのは明白な事実だと、私は思量します。

> 貴殿だって断定くらいはするでしょう。その是非を判断するのは貴殿が信頼するところの検察に任されているわけだから制度上なにも問題はないでしょう。<

 断定はします、何せ、私は、困難な状況の中から好機を見い出し、絶対的な明証性をもつとされる『基本的原理/教条/ドグマ(dogma)』を根底におき、そこから世界の構造を明らかにしようとしている、『楽観的独断主義者』のつもりですから…。

 然し、刑事訴訟法と検察審査会法の『法理』や『信頼の原則』と『推定無罪の原則』を蔑ろにした東京第5検察審査会はの審査員の方々は、根拠のない主観的信念に基く『独断/臆見/思い做し/ドクサ(doxa)』を基調とする『懐疑的独断主義者』が揃っていたようですね。

> 私に聞かれても困る。<

 あの~、春風様が、東京第5検察審査会の決議を支持して、反対者も批判するならな、検察審査会が、証拠/論拠としてに掲げた事実を総合して、小沢一郎さんとA、B、Cらとが如何なる犯罪の共謀した可能性が、如何程の『実現度(有罪率)』と『情報変化容量』及び『情報量』で『認定』できると、検察審査会は判断したかの推量を明確にして、説明する責任があると、思いませんか?

 春風さんの本性が“馬耳東風”ならば別ですが…。

> 貴殿は推察を間違っている。「絶対権力者」というのは秘書に対して「主従」が徹底しているという意味でしょう。前後の文脈から読めばそう過激に反応するような言葉遣いでもない。<

 何故に、検察審査会がそのような意味で『絶対権力者』ということ名を用いたと春風様は断定できるのですか?

 因みに、普通の国語辞書に依ると『絶対(他に比較するものや対立するものがないこと、また、そのさま、または、他の何ものにも制約・制限されないこと、また、そのさま)』と『権力者(何らかの物理的強制力の保有という裏づけをもって、他者をその意に反してでも服従せる力を持つ者、または、国家の統治するために、国民に対する強制力を行使する者)』との結合語である『絶対権力者』で普通に認識する『正義』は、「市民感情や法律に制約・制限されないで、他者をその意に反してでも服従せる力を持つ者」となりますよね。

 それを、秘書に対して「主従」が徹底しているという意味に縮小解釈させたいのならば、『越山会内の絶対権力者』または『小沢一郎事務所内の絶対権力者』と表現すべきだが、凡その、国会議員の政治資金管理団体や政治団体などでは、須らく代表者が、絶対的な権力保有しているでしょうから、公文書の中で、小沢一郎さんに対して『絶対権力者』という断定的な評価をして善良な国民感情に示威的な悪意を刷り込むのは、不当行為・不法行為に相当すると、私は思量します。

然し『正義感』から検察審査会の弁護をしていると思しき春風様からの、日本国の法律による『法理』を尊重しら異論・反論をお待ちします。

> 「検察審査」一回目の判断までは制度上検察の独占する起訴権限から外れるわけではない。審査会で二回目の決議が出ればその限りではなくなるが法律では「強制起訴」という権限付与がすでに与えられている以上それをとやかくいっても仕方ないでしょう。<

 あの~、検察審査会は、公開の『ストリップ‐ショー(strip show)』の企画・宣伝を器官ではありませんから『一回目』も『二回目』もなく、検察審査会は、検察審査会法の『法理』を遵守して運営するべきだと、私は主張しているだけです。、

> ただし現実にこの法律がある以上、貴殿の希望する法体系にはなっていないというに過ぎない。<

 あの~、私は『法律の運営体系』に対して苦情を言っているだけで、『法体系』に不満は言っていませんが、この意味の違いが、春風様には理解できませんか。

 因みに、刑事事件の控訴事実の情報は、一般的に『実現度(有罪率)≒0.99(99%)』に相当すると云われているようだから、無罪の判決が出る可能性の指標として『情報変化容量≒0.014』となるから、関連する法律に基づく『正義』は概ね検察により行われていると見做すことができ、起訴されたという情報が、その受け手に与える影響はの指標として『情報量≒0.986』と勘定されますが、これを反対解釈すると、日本人の潜在意識の中には、或る事件の被疑者について公訴が提起されると、その被疑者を犯罪者(犯人)と見做す固定概念が刷り込まれているいるよいうのは日本の『法文化』ですから。『公訴相当』という言動を乱発するのは、基本的人権を蔑ろにした邪道に過ぎません。

 mochizuki 様

 相変わらず長いですが、このコメントの途中で、懸念が解けるでしょうから後半は省略します。


>春風様は、刑事事件に適用される、『信頼の原則(人は特別の事情がなければ法律を遵守すると見做すというの法理)』、と、『推定無罪の原則(疑わしきは被疑者に有利なよう判断するという法理)』<

 教科書通りに考えておりますので、貴殿と一致していると看做して構いません。
 検察審査会が『信頼の原則』『推定無罪』の原則を踏み外していると貴殿は考えているわけでしょう。
 原則は原則。
 法手続の中で許容の範囲にあれば原則は守られたと考えてよいのではないでしょうか。審査会の場合は市民(専門家ではない)ですのでその辺は緩やかなものがあるでしょうが(求められているものは法律の専門家と違っておりますので)審査会が「起訴決議」をしても「公訴権」は検察にありますので、一般人の「起訴決議」が制度上暴走することはありません。

 二回目の場合(強制起訴)はこれとて裁判所指名の弁護士(専門家)が専門家として関わる手続を通じそれが法理の枠組みになりますので暴走は避けられるでしょう。
民意を反映する制度ですが だからといって法の専門家と対抗するように出来ている制度ではありません。

>検察官の不当行為を責める決議であり、付随的に被疑者の小沢一郎さんを公訴しなさいと要求する内容だと、私は理解していますが、何処かに勘違いがあるでしょうか?<

 検察官は責められてもなにも<審査会>にそれに拘束されるものではありません。あくまで市民はかく考えて一つの審査をしただけであって制度として起訴が可能なのは検察だけです。警察の「不起訴」に「恣意生」が介在していたのであればそれについての改善の役割は担うでしょうが検察が公正な捜査により「不起訴」と判断しているのであればそれを転じるには検察も新たに証拠の見直し、事件に対する新たな視野と証拠が必要となってくるでしょう。それが新たに生じなければ「起訴」にはなりません。

 よって、以下貴殿の懸念は当りません。


mochizuki :>従って、検察審査会は、先ず、小沢一郎さん……<

>検察審査会は判断したかの推量を明確にして、説明する責任があると、思いませんか?<

ちょっとここだけ答えましょうか。

 検察審査会が関わることによって正式な文書として情報が公に出てきます。その限りで合理性を市民が考えることが出来る。

 ただし、これが検察の「起訴」理由になるわけではありません。あくまで検察は独自に論理を組み立てなければなりません。

 
 

起訴決議が検察を拘束しないからといってもその中味が<真実>であればそれは自ずと検察であろうと裁判所であろうと自己実現していきますよね。しかしいい加減なものであれば殆ど意味はありませんのでいらぬ心配は不要かと。

春風様様(2010年5月 1日 13:27)
春風様(2010年5月 1日 13:34)
春風様(2010年5月 1日 13:47)

> 善悪で物事は考えない方がよいですよ。<

 善悪だけで物事を考えてはいませんが、集団生活の秩序を維持するために、『善⇔悪』は必須の価値観です。

 物事に対する価値観は『美⇔欠(個人的・主観的)』と『利⇔害(個人的・客観的)』および『善⇔悪(集団的・客観的、即ち、美⇔欠と利⇔害の集合体)』の3つの要素で構成されると、私は理解します。

> このやり取りの中で貴殿もそろそろ理解されたかと思いますが正義は一つではありません。<

 正義は一つでないことは、このやり取りをする前から知っていました、『公理系』が異なれば、同一の物事に対しての正義もが異なり、また、人間は、程度の差はあれども、誰しも「我痴・我見・我慢・我愛の四つの煩悩による我執」を保持しているでしょうから『正義』は、人間の数だけあるともいr、人間社会における『正義』を統計的に処理したらバラツキはそうとうおおきいだおうと、私は理解します。

 そこで、或る社会の秩序を守るために、そこで生活する集団のなかに数ある『正義』にのうち、公序を維持するために必要且つ誰でも守れるような最低限度(例えば、偏差値にして“0”、即ち、違反行為が1億分の3程度しか発生しない程度)の水準の『正義』を掟とし、その違反に対し厳格な制裁行うように定めた規範が法律ですが、恣意的な運用を防止するのが『罪刑法定主義』という『法理』です。

> 貴殿が頑にこだわる検察の正義に「強制捜査権が付与された」市民の正義が対峙しもたらされた今回のような案件もある。<

 あのー、検察に付与される『強制捜査権』は、捜査令状を発行する裁判所でしょうが『公訴』は其々の検察官に対して、自分の良心と法律に依る制約に従って自由に行うことが保障された権限であり、『<強制起訴>という公訴権』も、『<強制起訴>という<準>起訴権が付与された』も存在せず、市民には、犯罪があると思量する場合は『告発』または『告訴』する権利が認められて何時だけでしょう。

 春風さんは、そんなふうに、『法理』にしろ、『正悲観』にしろ、『法文化』にしろ、内容がない『空念仏』を唱えているから『標語(主張・信条や行動の目標、指示内容などをわかりやすく簡潔に言い表した語句)』も肝心な内容が理解できずに“馬耳東風”になるのでしょうね、たぶん。

> それを一方の正義だけで論じると片手落ちでありますし、貴殿のような感情的な方は対者が悪魔にさえ思えてくる。<

 違反に対し厳格な制裁行うように定めた最低限の規範である法律の『法理』・『法文化』・『正義』を蔑ろにするの者は『極悪非道』または『邪道』を闊歩する悪魔に相当し、悪魔を憎むのは、悪魔以外の普通の人の『正義感』ですが、春風様が、『悪魔』を庇護するのは、春風様自身が『悪魔』だからですか、それとも、『法律』・『法理』・『法文化』・『正義』という『標語』の内容を理解出来ない『間抜け』だからですか。

> その善悪といった価値観をはずされもっと筋をたどり貴殿の能力を冷静に使われることを今後は期待致しますね。<

 あのう、『悪魔の囁き』のようなお言葉ですが、私も一応は。『美⇔欠(個人的・主観的)』と『利⇔害(個人的・客観的)』および『善⇔悪(集団的・客観的、即ち、美⇔欠と利⇔害の集合体)』の3つの要素の価値観は持ち合わせていますが、公共のブログでの発言は、『善⇔悪』の価値判断基準を主体としておりますのすので、ご期待にはそえませんが、悪しからず…。

 mochizuki 様

 間違いを勝手に読み込まないで下さい。
でも、その誤読の遊び、なかなか面白い。
ここは気に入った。

 ところで訂正だけしておきます。

> 春風さんは、そんなふうに、『法理』にしろ、『正悲観』にしろ、『法文化』にしろ、内容がない『空念仏』を唱えているから<

「> 貴殿が頑にこだわる検察の正義に「強制捜査権が付与された」市民の正義が対峙しもたらされた今回のような案件もある。<」

 強制捜査権」というのは全くの誤字です。
 それを2コメントで訂正したのですがその意図が伝わらなかったようですが、下記のように「検察起訴」に民意を汲む為に「起訴議決制度」による市民の価値観、正義の反映があるということで以下のように書きたかったのであります。

「> 貴殿が頑にこだわる検察の正義に「強制起訴の権利が付与された」市民の正義(起訴議決制度)が対峙しもたらされた今回のようなケースもある。<」

平行して作業をしていたため「強制捜査権」ということばが紛れ込んでしまっていた。書き込んだ後に気付きましたので訂正コメントをした次第。


 いずれにせよ、「検察審査会」という制度があろうが検察の起訴独占の原則は冒されるわけではないし、強制起訴といえどもあくまで補完の役割しかになっていないわけで、貴殿の数々の懸念は当らないということであります。

 いかに不当な起訴決議がなされようとそれは制度の中ではじからるような仕組になっている。

 こんなところでよいですかね。

>法律の『法理』・『法文化』・『正義』を蔑ろにするの者は『極悪非道』または『邪道』を闊歩する悪魔に相当し、<

貴殿は考え過ぎ。神経症になりますよ、気をつけないと。

mochizuki 様

 余り時間がありませんのでどこまでつきあえるか分かりませんが、貴殿の文章を真面目に読みましたので返答致します(何度もいうように貴殿の文章は長過ぎる。もっと手短に論議の争点に限りコメントいただけると助かる。小生、他の作業の合間にこちらへ立ち寄っているため余り時間をとりたくありませので宜しくねがいます。前にも申しました通り私宛ということでないのならばご自由にお書き込み下され。

それでは、


>公序を維持するために必要且つ誰でも守れるような最低限度(例えば、偏差値にして“0”、即ち、違反行為が1億分の3程度しか発生しない程度)の水準の『正義』を掟とし、その違反に対し厳格な制裁行うように定めた規範が法律ですが、恣意的な運用を防止するのが『罪刑法定主義』という『法理』です。<

 これまで論じてきたように、これ(法律)に違反したものは検察審査会の構成員にはいませんよね。
彼らも法律に則って「起訴決議」をしており法的な正義は守られているし個々人の正義(不正を暴きたい。あるいは貴殿言うところの「人の数だけある正義」)も貫かれていることでしょう。

>違反に対し厳格な制裁行うように定めた最低限の規範である法律の『法理』・『法文化』・『正義』を蔑ろにするの者は『極悪非道』または『邪道』を闊歩する悪魔に相当し、<

 貴殿の言葉を借りれば、さしずめ「嫌疑」をかけられている小沢一郎氏は悪魔の可能性がありとのことですが、貴殿言うところの「悪魔以外の普通の人の『正義感』」を<検察審査会>で決議した市民も有されていたのでしょう。

 私は小沢一郎氏(貴殿の言を借りれば悪魔の疑いがあるようですが)を庇ったことは特にありませんよ。

>『法律』・『法理』・『法文化』・『正義』という『標語』の内容を理解出来ない『間抜け』だからですか。<
 貴殿は貴殿の物言いによれば悪魔の疑いのある小沢一郎氏を庇いましたが、それは貴殿が悪魔だからですか、それとも複雑に(柔軟に)思考できない『間抜け』だからですか。

前コメント「起訴決議」の語につき
脱字あり。「相当」の二文字を追加願いたし。

 起訴決議 → 起訴相当決議 

春風様(2010年5月 1日 20:23)

> 相変わらず長いですが、このコメントの途中で、懸念が解けるでしょうから後半は省略します。<

 相変わらず長いことは他に転嫁する積りはありません。

 春風様のコメントを最後まで拝読して、懸念は却って増えましたが、解ったのは、春風様が唱える、『法理』・『正義感』・『法文化』・『起訴議決制度』などの『標語』は内容がなく、聞いている分には“馬耳東風”の如く心地よいかも知れないが、然し、現実に存在する『法理』・『正義』・『法文化』を謗り、『検事の良心と法律独断権』を蔑ろにする『悪魔の囁き』の如く、市民をして『邪心』を起こさせ、『極悪非道』・『邪道』の『正義感』を刷り込む方便・道具として有効に利用できるということです。

> 教科書通りに考えておりますので、貴殿と一致していると看做して構いません。<

 あの~、『信頼の原則』・『推定無罪の原則』という言葉が載っている教科書を、私は持っていませんが、然し、『陸山会不動産購入事件』において、公開された情報を基に判断する限り、検察は「資金の流れを隠蔽しなければならない特別の事情を詳らかにせずに、疑わしきを被疑者に不利に判断」して秘書三人の公訴を提起したと見做すことができ、一方、検察審査会は「資金の流れを隠蔽しなければならない特別の事情を、主観的信念に基いて思い做し、疑わしきを被疑者に不利に判断」して、検事の『不起訴措置(証拠不十分)』は不当だと決議したのは明白な事実ですよね。

> 検察審査会が『信頼の原則』『推定無罪』の原則を踏み外していると貴殿は考えているわけでしょう。<

 前述のように検察と検察審査会の両方が、私が認識する『信頼の原則』と『推定無罪の原則』を踏み外していると、私は判断しますが、何か?

> 原則は原則。<

 あの~、『原則(特別の事情がない限り、多くの場合に共通に適用される、簡単には動かせない大本の決まり・根本の法則)は『原則』ですから、例えば、法律の依拠が滅亡するというような絶体絶命の危機に臨んだような特別の事情がない限り、“原則を破った法手続き”なるものは、『法手続き』とはいえないというのが、私の信念信条・理念ですが、何か?

> 法手続の中で許容の範囲にあれば原則は守られたと考えてよいのではないでしょうか。審査会の場合は市民(専門家ではない)ですのでその辺は緩やかなものがあるでしょうが(求められているものは法律の専門家と違っておりますので)審査会が「起訴決議」をしても「公訴権」は検察にありますので、一般人の「起訴決議」が制度上暴走することはありません。<

 適用する法律の中に『原則』を守らなくてもよい特別の事情が『但し書き』でもしてあれば、その事情に該当する場合は『原則』を守らないことが許容されますが、法律審査会法では弁護士などの専門家が審査員になることを禁止する前提がありますから、検察審査員が市民(専門家ではない)であることは『原則』を守らなくてもよい特別の事情には相当しませんが、そのために、東京第5検察審査会には、弁護士の米沢敏雄さんが、議決書の作成を補助した審査補助員として認められたのでしょう、たぶん。

然し、東京第5検察審査会の決議書の内容は、『信頼の原則』と『推定無罪の原則』が完全に破られています。

 このことからも、春風様が唱える、『信頼の原則』と『推定無罪の原則』および『原則』などの『標語』にも内容がなく、聞いている分には“馬耳東風”の如く心地よいが、然し、現実に存在する『法理』・『正義』・『法文化』を謗り、法律を蔑ろにする『悪魔の囁き』の如く、市民をして『邪心』を起こさせ、『極悪非道』・『邪道』の『正義感』を刷り込む方便・道具として有効に利用していることが証明されますが、異論・反論・抗議などがありましたらどうぞ、ご『自由』に…。

> 二回目の場合(強制起訴)はこれとて裁判所指名の弁護士(専門家)が専門家として関わる手続を通じそれが法理の枠組みになりますので暴走は避けられるでしょう。<

 二回目の検察審査会も開催を申請するような破廉恥な“市民”がいることを前提にしても、二回目の審査会でか原則を無視して「不起訴処分(証拠不十分)は不正だ」という決議はされないし、何一、そのような決議はされても『公訴請求』を裁判所は受理しないし、億一、裁判所が受理しても、裁判書に指名された弁護士は公訴することを拒否すると『法の正義』を、私は信頼しますが、そこまで『正義』が廃れて裁判が行われるならば、小沢一郎さんには、仮令、ご自身の政治生命が滅んでも『民主主義の正義』を行うことを期待します。

> 民意を反映する制度ですが だからといって法の専門家と対抗するように出来ている制度ではありません。<

 検察審査会法の『法理・原則』によると、『不起訴措置』を決定した検事の判断に不正行為の有無を審査して、不正があると決議されたら、その責任を糾明して、刑事訴訟法の適正な運用に寄与し、民主主義の健全な発達を期すためのせいどだと、私は理解していますが、何か?

> 検察官は責められてもなにも<審査会>にそれに拘束されるものではありません。あくまで市民はかく考えて一つの審査をしただけであって制度として起訴が可能なのは検察だけです。<

 春風さんのご意見は殆ど理解で着ませんが、刑事訴訟法の第247条 に「公訴は、検察官がこれを行う」と規定されており、また、検察審査会の決議に対する取扱い方法は刑事訴訟法の第2章『公訴』に規定してありますから、春風様におかれましては、『空念仏』を唱える前に確認されたら如何で“消化”?

> 警察の「不起訴」に「恣意生」が介在していたのであればそれについての改善の役割は担うでしょうが検察が公正な捜査により「不起訴」と判断しているのであればそれを転じるには検察も新たに証拠の見直し、事件に対する新たな視野と証拠が必要となってくるでしょう。それが新たに生じなければ「起訴」にはなりません。<

> よって、以下貴殿の懸念は当りません。<

 由って、春風様が唱える、『法理』・『信頼の原則』・『推定無罪の原則』・『原則』・『法文化』・『正義感』・『起訴相当議決』など、聞いている分には“馬耳東風”の如く心地よいが、『原念仏』ごとく内容がな、または、内容を捻じ曲げた『標語』を駆使して、現実に存在する『法理』・『信頼の原則』・『推定無罪の原則』・『原則』・『法文化』の『正義』を謗り、『検事の良心と法律の範囲で許容される自由な独断による公訴権』を蔑ろにする『悪魔の囁き』の如く、市民をして『邪心』を起こさせて刷り込まれた『極悪非道』・『邪道』の『正義感』を、政治的に利用され、民主主義の健全な発達を希求することの障害・妨害になることを、私は懸念しているだけです。

> ちょっとここだけ答えましょうか。
> 検察審査会が関わることによって正式な文書として情報が公に出てきます。その限りで合理性を市民が考えることが出来る。<
> ただし、これが検察の「起訴」理由になるわけではありません。あくまで検察は独自に論理を組み立てなければなりません。<

 然し、それの“誤説明”は、『信頼の原則』・『推定無罪の原則』を破り、公開の『ストリップ‐ショー(strip show)』の開催を申請して、基本的人権を蹂躙することを正当化するための“馬耳東風”の詭弁にしか、私には聞こえません、悪しからず…

> 起訴決議が検察を拘束しないからといってもその中味が<真実>であればそれは自ずと検察であろうと裁判所であろうと自己実現していきますよね。しかしいい加減なものであれば殆ど意味はありませんのでいらぬ心配は不要かと。<

 要らぬ心配は不要であることは国語の『原則』に鑑みて妥当だし、検察審査会法および刑事訴訟法の『法理』を逸脱した“起訴決議”が検察を拘束できないのは当然ですが、『法理』に適った『不起訴措置の不当決議』は、自分自身の良心と法律のみに制約される検察官の心情に多大な影響を与えることは揺るがし難い事実でしょう、たぶん。

然し、検察審査会の管掌では、『不起訴措置は不正』または『不起訴措置が適正』かの何れが一方の決議しできないはずですが、公訴されたら犯罪者と見做される日本の『法文化』の中では、内容がない“起訴相当決議”なる『標語』を駆使して被疑者を犯罪者扱いしている世相に鑑みると“馬耳東風”の如くの『標語』にたぶらかされて、公序良俗が紊乱する現象については、心配する必要があるでしょうね、やっぱり。

春風様(2010年5月 2日 00:43)
春風様(2010年5月 2日 00:56)

> いずれにせよ、「検察審査会」という制度があろうが検察の起訴独占の原則は冒されるわけではないし、強制起訴といえどもあくまで補完の役割しかになっていないわけで、貴殿の数々の懸念は当らないということであります。<

 春風様の“誤説明”は、“馬耳東風”の如く、耳障りはよろしいですが、『検察の起訴独占』というのは中身のない『標語』に過ぎませんので。、検察審査会法と刑事訴訟法の第二章『公訴』の規定に鑑みて、修正されたら如何でしょうか?

> いかに不当な起訴決議がなされようとそれは制度の中ではじからるような仕組になっている。<

 不当な『起訴相当決議』がなされて、公訴されたら冤罪が起こる可能性は否定できません、人間の作った仕組みを人間が運営するのですから、『絶対に間違わない』という保証はできないでしょうね、やっぱり。

 それよりも『逮捕』されたら犯人扱いをし、『公訴』されたら犯罪者扱いをするという,日本の『法文化』の弊害の方が大きな問題です。

> 貴殿は考え過ぎ。神経症になりますよ、気をつけないと。<

 物事は、正しく見て、正しく思惟し、正しい語で発言することは祖先伝来のDNAで遺伝されているはずですから、深く考えても神経賞になることはないが、考えないと『間抜け』になうことは間違いないようですね。

mochizuki 様(なんか愛着が湧いてきましたのでいご貴殿ではなくmochizukさんとハンドルネームで呼ばしてもらいます)

>検察は「資金の流れを隠蔽しなければならない特別の事情を詳らかにせずに、疑わしきを被疑者に不利に判断」して秘書三人の公訴を提起したと見做すことができ、<
なぜこう看做したのか詳しく説明してもらえますか?

>一方、検察審査会は「資金の流れを隠蔽しなければならない特別の事情を、主観的信念に基いて思い做し、疑わしきを被疑者に不利に判断」して、検事の『不起訴措置(証拠不十分)』は不当だと決議した<

「主観的信念に基づいて思い做し」た理由についても詳述下さい(これは長くて構いません)。

>何一、そのような決議はされても『公訴請求』を裁判所は受理しないし、億一、裁判所が受理しても、裁判書に指名された弁護士は公訴することを拒否すると『法の正義』を、私は信頼しますが、<
 ならばいまからそう懸念せずともよいではありませんか。『推定無罪』の精神に倣い善意の判断を期待されては如何ですか?

>小沢一郎さんには、仮令、ご自身の政治生命が滅んでも『民主主義の正義』を行うことを期待します。<

 これは今迄でも何度でも可能でした。それを怠ってきた。
あげくは「検察は正しかった」とmochizukiさんと違い小沢一郎さんは検察に不信は抱いておりません。その辺り、小沢さんとmochizukiさんは検察の手続について「信頼感」に違いがあるようですね。
>刑事訴訟法の第2章『公訴』に規定してあります<
 それは二回目の「起訴決議」ですね。一回目の「起訴相当決議」には拘束されてません。

>公訴されたら犯罪者と見做される日本の『法文化』<

 新しい制度ですからこれから変わることも期待しているのではありませんか。

「歴史は繰り返す」。一度目は「喜劇」として、二度目は「茶番」として。

春風様(2010年5月 2日 04:40)

> 余り時間がありませんのでどこまでつきあえるか分かりませんが、貴殿の文章を真面目に読みましたので返答致します(何度もいうように貴殿の文章は長過ぎる。もっと手短に論議の争点に限りコメントいただけると助かる。小生、他の作業の合間にこちらへ立ち寄っているため余り時間をとりたくありませので宜しくねがいます。前にも申しました通り私宛ということでないのならばご自由にお書き込み下され。<

 お時間がないならば、延々と“誤説明”をしていただかなくても結構ですが…。

> それでは、
> これまで論じてきたように、これ(法律)に違反したものは検察審査会の構成員にはいませんよね。
> 彼らも法律に則って「起訴決議」をしており法的な正義は守られているし個々人の正義(不正を暴きたい。あるいは貴殿言うところの「人の数だけある正義」)も貫かれていることでしょう。<

 あの~、『公序を維持するために必要且つ誰でも守れるような最低限度(例えば、偏差値にして“0”、即ち、違反行為が1億分の3程度しか発生しない程度)の水準の『正義』を掟とし、その違反に対し厳格な制裁行うように定めた規範が法律ですが、恣意的な運用を防止するのが『罪刑法定主義』という『法理』です』というのは、一般論であり、検察審査員に特化したものではありません。

 因みに、私は『法律違反』を犯した経験は数多くあります、幸いな事に『前科者』になった経験は、交通違反(速度制限違反2回・右折禁止違反・駐車違反による罰金刑)の4回だけしか記憶がありませんが…。

 検察審査員は、道徳的・倫理的・慣習的に崇高な水準の『正義』をお持ちの方々でしょう、たぶん。
 然しその崇高な『正義感』でを振り回して、最低水準の法律に違反したか否かの判断基準にされたらし犯罪者が蔓延して、捜査費用・裁判費用などが嵩むだけですよね。

 例えば、国会議員の立小便を発見して、軽犯罪法違反で告発したが、『不起訴措置』は不服だとして、告発者に審査請求された検察審査会に、状況証拠が十分あるのに『不起訴措置は不正』という決議をしたとすれば、春風様は、如何お考えですか?

>  貴殿の言葉を借りれば、さしずめ「嫌疑」をかけられている小沢一郎氏は悪魔の可能性がありとのことですが、貴殿言うところの「悪魔以外の普通の人の『正義感』」を<検察審査会>で決議した市民も有されていたのでしょう。<

 小沢一郎さんが『悪魔』になる『可能性』は否定しませんが、悪魔にならなければならないという特別の事情を私は知らないし、悪魔になった現実の証拠で裏付けられた事実も、私は知りませんから『信頼の原則』と『推定無罪(無実)の原則』を適用して、小沢一郎さんは悪魔ではないと見做します。

 尚、『悪魔』になる『可能性』は、私自身にもあり、誰にでもあると推察しますが、『可能性』だけで『悪魔』の疑いをかけたとしたら、東京第5検察審査会とそれを支持する“市民”は『魔女狩り』を趣向とする変態的異常者の集団とみなすべきでしょうね、たぶん。

だから、「小沢一郎さんとA、B、Cらとが如何なる犯罪の共謀した可能性が、如何程の『実現度(有罪率)』と『情報変化容量』及び『情報量』で『認定』できると検察審査会は認定したのですか?」と質問させていただきましたが、『魔女狩り』を趣向とする変態的異常者と思しき春風様はお答えになりませんでしたとね。

> 私は小沢一郎氏(貴殿の言を借りれば悪魔の疑いがあるようですが)を庇ったことは特にありませんよ。<

 あの~、『魔女狩り』を趣向とする変態的異常者と思しき春風様が、『悪魔』の疑いをかけられた小沢一郎さんの基本的人権を蹂躪することはあっても、庇うことはないでしょうね。

> 貴殿は貴殿の物言いによれば悪魔の疑いのある小沢一郎氏を庇いましたが、それは貴殿が悪魔だからですか、それとも複雑に(柔軟に)思考できない『間抜け』だからですか。<

 人間は、他者を信じなければ、疑心暗鬼に陥って、普通の生活はできないから、『信頼の原則』と、『信義の原則(特別の事情がない限り、信ずるべきは信じ、疑うべきは疑って、現実の様相を究明した上で、誠実に約束を守り、正義を行わなければならないという、多くの場合に共通に適用される基本的な法則)』および『推定無罪の原則』を遵守するように努めているだけで、小沢一郎さんだけを特殊な人物に見立てて庇う積りは、私には全くございません。

然し、『悪魔』の疑いをかけられた小沢一郎さんの基本的人権の尊重を唱えると、『魔女狩り』を趣向とする変態的異常者と思しき春風様にとっては、小沢一郎さんを庇ったと見做されるでしょうが、これも『相対性原理』の類でしょうか…。

 因みに、「自己の利益を願わずに政治献金をする人はいない」という風説は、一面においては『因果の道理』に適っていると私は理解しますので、如何なる政治家や政治団体においても、正当な政治資金の授受と賄賂の授受は表裏一体とも言える関係であり、何れと見做しても、その『実現度(有実率)≒0.5(約50%)』程度と推察できるが、その『分金界』は、その金品の真実の使途が、『最大多数の最大福利(幸福と利益)を実現するための政治活動』か、または、『最小少数の最大利益を実現するための政治活動』かについて、現実の証拠に依り裏付けられた事実を以て判断するしかないと、私は思量します。

然し、正当な政治資金の授受と賄賂の授受の簡便的な判断基準は、もしも、それが賄賂であるなら真実を隠蔽する為に収支報告書に虚偽の記載をする特別の事情に相当するが、反対解釈をすれば、収支報告書に真実と推察できる事実が記載してあれば当該献金は賄賂とはいえないと、私は思量します。

 尚、如何なる国会議員の資金管理団体や政治団体などの組織においても、政治活動の資金繰りや資金の運営管理は、組織内の絶対権力を保持していると思しき代表者から会計責任に権限委譲がなされているには当然で、あるから、その詳細な内容について、特別な事情がない限り、会計責任者と代表者との間で、はかりごとを逐一相談する必要はないく、仮に、賄賂など不正な金品の収受が実在したとして、代表者の共同正犯の嫌疑はあっても、その『実現度(有実率)≒0.5(約50%)』程度と推察できるが、現実の証拠に依り裏付けられた事実を以て証明することは不可能に近い困難だと、私は思量します。

然し、もしも、賄賂の収受ならばんその真相は一切親方には話さないというのが秘書の条件だと、二重数年ほど前に、大阪で、政治家の秘書をしていた頃に口の堅くて刑務所に入ったが出所してから却って信用を増して、土建業界の口利屋として商売繁盛しているという実話を聞いたことがありますので、反対解釈をすると、会計責任者と代表者との間で、はかりごとの相談をした様子が垣間見れるならば賄賂の収受の相談ではないと見做すことができると、私は思量します。

mochizuki 様
 私に関連の箇所だけお答えします。あとは明日以降数日アクセスできなくなる可能性がありますのでこの辺でコメントを控えます。
でも楽しかったので、今後とも宜しくねがいます。

取り敢えず質問箇所だけお答えします。

>例えば、国会議員の立小便を発見して、軽犯罪法違反で告発したが、『不起訴措置』は不服だとして、告発者に審査請求された検察審査会に、状況証拠が十分あるのに『不起訴措置は不正』という決議をしたとすれば、春風様は、如何お考えですか?<

 言う迄もなく、誰も告発しないでしょう。告発されるからにはそれなりの理由がいる。まして、検察審査会が扱う事案となれば一度は検察が扱った事案です。検察がそんな事案を扱うはずありませんよね。
よって、現実的にあり得ません(今回の事案の軽重はここでは問いません)。

>『魔女狩り』を趣向とする変態的異常者と思しき春風様はお答えになりませんでしたとね。<

 私が答えても正確じゃないでしょう。私は当事者じゃありませんし、事案を判断する証拠他情報を与えられておりません。
ただし、検察が「嫌疑なし」ではなく「嫌疑不十分」とした案件について審査会が開かれているわけで、それを頭から否定するような根拠を見いだせません。その点が mochizukiさんと私との違いですね。

>あの~、『魔女狩り』を趣向とする変態的異常者と思しき春風様が<

 「思しき」はこれまた考え過ぎですよ。余り心配なさらずに。
よって、以下は省略します。

>例えば、国会議員の立小便を発見して、軽犯罪法違反で告発したが<

失礼、告発した仮の話ですね。

無作為に抽出された検察審査員11名のうち8名が2回続けて(11+11−6)「起訴相当」を出すことは考えられないでしょう。

無作為に抽出するということは市民の常識の反映を期待されているからであって日本人の常識をそこまで疑わなくてもよいのではありますまいか。

つまり常識で告発は不可能でしょうから陰謀等「悪意(不正)」が介在しないと「強制起訴」は不可能でしょう。
また仮に陰謀渦巻いたとしても申立、受理等諸手続を経なければならずその過程でチェックされますので裁判所、検察組織まで共謀加担しないと今の制度の中で起訴に至るのは不可能でしょう。

仮に「起訴」に至るとすれば余程の社会的な事件にならないと手続にはのらないでしょう。
社会的な事件と言えば、議員全員で立小便を国会でして汚すなどくらいすれば起訴はあり得るかもしれませんね。しかしその場合は検察審査会の前段階で公訴手続に乗るでしょう。

 などと私も遊んでみました。

春風様(2010年5月 2日 10:02)

> mochizuki 様(なんか愛着が湧いてきましたのでいご貴殿ではなくmochizukさんとハンドルネームで呼ばしてもらいます)<

 どうぞご自由に…。

然し、番茶も、そろそろ出涸らしになりましたので、『茶番』の私としては、十分な茶で接待をさせていただけないことを予めご了承下さい。

> なぜこう看做したのか詳しく説明してもらえますか?

 先ず、「第2 検察審査会の判断 1 直接的証拠として、(1)2004年分の収支報告書を提出する前に、被疑者に報告・相談等した旨のBの供述 (2)2005年分の収支報告書を提出する前に、被疑者に説明し、了承を得ている旨のCの供述」とありますが、Bさんは、何事を、如何ように、何故に、小沢一郎さんに報告・何相談等して如何なる結果が得られたのかの事実関係が特定されておらず、また、Cさんも何事を、如何ように、何故に、説明して小沢一郎さんの了解を得たのかが特定されておらず、収支報告書に虚偽の記載をしたことの実在を裏付ける直接的な証拠とは、私には認められませんが、もし、仮に、有力な証拠だとするならば、小沢一郎さんを『不起訴措置(証拠不十分)』とした検事の判断と、後から状況証拠で『共同正犯』だと主張する検察審査会の査定との間には大きな矛盾があり、何れの判断も理解・納得できず、信頼できす、検察は、三人の秘書にかけた嫌疑を解明していないと、私は断定しますが、何か?

 次に、「第2 検察審査会の判断 3 被疑者が否認していても、以下の状況証拠が認められる、(1)被疑者からの4億円を原資として土地を購入した事実を隠蔽するため、銀行への融資申込書や約束手形に被疑者自らが署名、押印をし、陸山会の定期預金を担保に金利(年額約450万円)を支払ってまで銀行融資を受けているなどの執拗な偽装工作をしている」としているが、小沢一郎さんから4億連の借入れがあることは2004年の収支報告書に記載してあるが、収支報告書に記載された虚偽の事実と何事か、銀行から融資を受けて資金繰りをすることが何故に隠蔽工作なのか、小沢一郎さんから借り入れた4億円を原資でとして土地を購入したことを隠す為に銀行から融資を受けたことが真実として、それが如何なる法律に違反するのか、収支報告書に虚偽の事実を記載しなけれなならない特別の事情についての事実関係を特定して実際の証拠で裏付けた事実により犯罪の存在を検証した資料が存在しているとは認められず、検察は、三人の秘書にかけた嫌疑を解明していないと、私は断定しますが、何か?

 次に、「第2 検察審査会の判断 3 被疑者が否認していても、以下の状況証拠が認められる、(2)土地代金を全額支払っているのに、土地の売り主との間で不動産引渡し完了確認書(2004年10月29日完了)や2005年度分の固定資産税を陸山会で負担するとの合意書を取り交わしてまで本登記を翌年にずらしている」としているが、引渡し完了確認書や合意書を取り交わしてその通りに実施したことで何事が隠蔽されたのか、収支報告書に如何なる真実と異なる事実が記載されていたのか、真実と異なる事実を記載した特別の事情とは何事か、その特別の事情を如何に斟酌して犯罪に相当すると判断したのかなどの事実関係を特定して実際の証拠で裏付けた事実により犯罪の存在を検証した資料が存在しているとは認められず、検察は、三人の秘書にかけた嫌疑を解明していないと、私は断定しますが、何か?

 次に、「第2 検察審査会の判断 3 被疑者が否認していても、以下の状況証拠が認められる、(3)上記の諸工作は被疑者が多額の資金を有していると周囲に疑われ、マスコミ等に騒がれないための手段と推測される」としており、収支報告書に真実と異なる事実を記載した特別の事情が現実の証拠により裏付けられた事実により検証された思量は存在せず、また、検察が推測した通り、小沢一郎さんが多額の資金を有していると周囲に疑われ、マスコミ等に騒がれないための手段として土地代金の支払い時期と収支報告書に起債した時期を故意にずらしたのが、真実と異なる事実を記載した特別の事情の実相だと仮定して、その情状を如何に斟酌して犯罪に相当すると判断したかの事実関係を特定して実際の証拠で裏付けた事実により犯罪の存在を検証した資料が存在しているとは認められず、検察は、三人の秘書にかけた嫌疑を解明していないと、私は断定しますが、何か?

 故に、検察が強制捜査したのに犯罪の嫌疑を裏付けつ現実の証拠は何一つ見付からなかったということは、一般的な政治団体の政治資金の授受よりも透明性・明朗性が高いと見做すことのできるのに、検察は「資金の流れを隠蔽しなければならない特別の事情を詳らかにせずに、疑わしきを被疑者に不利に判断」して秘書三人の公訴を提起したと見做すことができると、私は断定しますが、何か?

 故に、一般的な政治資金の授受に対する賄賂の可能性に上記の情報を加味して『実現度(有罪率)<0.5(50%)』と仮定すれば、有罪の判決が出る可能性の指標として『情報変化容量>1.0』、となるから、情報の内容が受け手に与える影響の程度の指標として『情報量<0.5』となるはずだで、本来は『推定無罪』として扱われるべき異例に低い『実現度(有罪率)』で敢えて公訴を提起して且つ大衆通信媒体の過剰な報道により、『情報量≒1.0』に相当する程度まで世論を沸騰させたのに、犯罪の存在を裏付ける現実の証拠は何一つ存在しないと思しき状態を、情報の数理に従って、正しく見て、正しく思惟し、逆算して勘定した実相は、『実現度(有罪率)≒0(0%)』、『情報変化容量=∞』となるのは動かし難い事実です。

 結論として、検察と大衆通信媒体による不公正で不明朗な行為は、『虚偽の風説』を流布して、小沢一郎さんの信用を毀損して失脚とを狙ったことは、現実に世論の実態的な果報で明白に証明され、被疑者の三人と、その関係者に与えた社会的悪影響は甚大であり、『集団私刑』または『魔女狩り』による重大な人権侵害を犯して民主主義の健全な発達に障害・妨害を加えたのは、明白な事実であると、私は断定しますが、何か?

> 「主観的信念に基づいて思い做し」た理由についても詳述下さい(これは長くて構いません)。<

 先ず、政治資金収支報告書に虚偽の記載をしたという嫌疑で公訴を提起あてた秘書たちの事件について、犯罪の存在が証明されなければ『共同正犯』は成立しませんが、前述の通り、そちらは『実現度(有罪率)<0.5(50%)』という状態ですが、世論の沸騰ををもたらした因縁などの要因を加味して情報の数理を基に勘定した結果に、さらに、『信義の原則』・『信頼の原則』・『推定無罪の原則』を適用しすれば、『実現度(有罪率)≒0(0%)』と予想できるのは動かし難い事実であり、小沢一郎さんを『不起訴措置(証拠不十分)』とした検事の判断は適正であると、私は断定しますが、何か?

 次に、「第2 検察審査会の判断 2 被疑者は、いずれの年の収支報告書についても、その提出前に確認することなく、担当者において収入も支出もすべて真実ありのまま記載していると信じて、了承していた旨の供述をしているが、きわめて不合理、不自然で信用できない」とありますが、一般的に、『信頼の原則』に基づけば、特別の事情はないと見做せば、少なくとも私の知る限りにおいては、権限を委譲した部下を信頼するのは『組織内の絶対権力者』として、極めて合理的で、当然の行為であり、信用できないとはいえないから、「きわめて不合理、不自然で信用できない」と11人の審査委員が全員一致で決議したということは、客観的な根拠に依らず主観的信念に基づいた思い做しに依る独断に過ぎないと、私は断定しますが、何か?

 次に、「第2 検察審査会の判断 3 被疑者が否認していても、以下の状況証拠が認められる、(4)絶対権力者である被疑者に無断で、A、B、Cらが本件のような資金の流れの隠蔽工作等をする必要も理由もない」とありますが、先ず、隠蔽工作等をしたというのは、前記のように何ら根拠がなく、また、越山会代表の小沢一郎さんが『絶対権力者』であとうと『相対権力者』であろうと、三人の秘書は,特別の事情がない限り、委譲された所定の権限を行使するのに逐一代表に断わる必要はないことは普通の組織の常識であり、さらに、隠蔽するような疚しいことがなければ、内部事情の全てを態々さらけ出す必要も理由もなく、政治資金ん規正法に則って会計しょりをして、収支報告書を提出すれば十分であるが、「隠蔽工作等をした」と11人の審査委員が全員一致で決議したということは、客観的な根拠に依らず主観的信念に基づいた思い做しに依る独断に過ぎないと、私は断定しますが、何か?

 次に、「これらを総合すれば、被疑者とA、B、Cらとの共謀を認定することは可能である」と記述してあるが、小沢一郎さんと秘書三人が、何事について『共謀(二人以上の者が共同で企むこと)』したのか、また、『共謀』した事柄が、如何なる犯罪に相当するのかがとくていされていないが、単に、収支報告書に真実と異なる事実を記載するの4人が相談する必要はないだろうし、仮に、犯罪を隠蔽するために虚偽の記載をしたというのならば4人で相談するのは不自然だし、そもそも、善し悪しの判断はおいて、政治団体が不正な金品を収受するのに代表を含めて4人もの関係者と『共謀』するような信頼関係を害うような行為を政治家の秘書がするはずはないというのが、二十数年ほど前に大阪で、政治家の秘書をしていた頃に口の堅くて刑務所に入ったが出所してから却って信用を増して、土建業界の口利屋として商売繁盛しているという実話を聞いて以来の私の認識であり、「共謀を認定することは可能である」と11人の審査委員が全員一致で決議したということは、客観的な根拠に依らず主観的信念に基づいた思い做しに依る独断に過ぎないと、私は断定しますが、何か?

 故に、の情報を加味して『実現度(有罪率)<0.5X0.5=0.25(25%)』と仮定すれば、有罪の判決が出る可能性の指標として『情報変化容量>2.0』、となるから、情報の内容が受け手に与える影響の程度の指標として『情報量<0.5』となるはずで、本来は『推定無罪』として扱われるべき異例に低い『実現度(有罪率)』で敢えて告発をし、検事が『不起訴措置(証拠不十分)』をしたのに検察審査を請求したら不起訴措置(証拠不十分)は不正』得オ決議して且つ大衆通信媒体の過剰な報道により、『情報量≒1.0』に相当する程度まで世論を沸騰させたにも係わらず、『共同正犯』の存在を裏付ける現実の証拠は何一つ存在しない状態を、情報の数理に従って、正しく見て、正しく思惟し、逆算して勘定した実相は、『実現度(有罪率)≒0(0%)』、『情報変化容量=∞』となるのは動かし難い事実です。

 結論として、告発者と検察および検察審査会ならびに大衆通信媒体による不公正で不明朗な行為は、『虚偽の風説』を流布して、小沢一郎さんの信用を毀損して失脚とを狙ったことは、現実に世論の実態的な果報で明白に証明され、被疑者の三人と、その関係者に与えた社会的悪影響は甚大であり、『集団私刑』または『魔女狩り』による重大な人権侵害を犯して民主主義の健全な発達に障害・妨害を加えたのは、明白な事実であると、私は断定しますが、何か?

> ならばいまからそう懸念せずともよいではありませんか。『推定無罪』の精神に倣い善意の判断を期待されては如何ですか?<

 あの~、“馬耳東風”と思しき春風様は、『裁判所主催の公式・公開ストリップショー(strip show)』の開演を期待するのですか、それとも、『告発者・検察・検察審査会・大衆通信媒体共催の非公式・強制公開ストリップ・ショー(strip show)』の発展を期待するだけで、物事の本質的な『法理』・『正義感』・『法文化』『正義』を理解できないで、破廉恥で変態的な『正義感』を唱える『正的異常者』ですか?

 因みに、『裁判所主催の公式・公開ストリップショー(strip show)』の公演は、先ず、舞台裏の楽屋で検事さんが『正義』を凝らして、踊り子(被疑者)を口説き落としてから、褌一丁の状態で舞台に上げて、その褌を外すか否かについて検事さんと弁護士さんが口技を競う様子を判事さんが審理して『正義』の判決を下すというのが公式の手順だが、検事さんは『正義』や口技が巧みで、判事さんの公正な『正義』で褌を外すか事になった踊り子が99%だそうだから、殆ど『特出しストリップ』の状態ですよね、たぶん。

 尚、日本の法理によると『非公式・強制公開ストリップ‐ショー(strip show)』は、思想・信条・表現・報道の自由をいつだつした人権侵害で、刑法に違反する行為であり、民主主義の健全な発達の障害・妨害となる国の大事ではあるが、検察と検察審査会および大衆通信媒体の共催では、刑事告発をしても「犯罪事実はありません」とか「実関係が特定されておりません」という理由で告発状が返戻しされるだけだと、私は推定そます。

その理由は、靖国神社に参拝をした内閣総理大臣小泉純一郎さんを、憲法の定める統治の基本秩序を壊乱する目的で暴動をした『内乱の罪』で警視庁公安部に告発し、アフガン戦争とイラク戦争に参加したして自衛隊を派遣した閣僚を『内乱の罪・中立命令違反・職権濫用』で警視庁公安部と東京地検の告発したが返戻しされ、さらに、検事総長に告発したが「書類は受理できません。尚、犯罪の告発・告訴は犯罪発生地を管轄する警察か地検に相談して下さい」という趣旨せ最高検察庁から告発状を返戻しされた経験があるからですが、民事裁判では憲法違反の判断が確定されるような事件の事実関係が特定できないような東京地検の検事さんに期待できる『正義感』の種類は推して知るべしでしょう、たぶん。

 故に、小沢一郎さんが被る『非公式・強制公開ストリップ‐ショー(strip show)』の災害は、告発者・検察・検察審査会・大衆通信媒体共催および春風様のように物事の本質的な『法理』・『法文化』『正義』・『正義感』を理解できないで、破廉恥で変態的な『正義感』を唱える『正的異常者』が日本国中に蔓延しているようだから、「小沢一郎さんには、仮令、ご自身の政治生命が滅んでも『民主主義の正義(即ち、基本的人権の保持と法律の遵守)』を行うことを期待します」となるわけですが、何か?

> これは今迄でも何度でも可能でした。それを怠ってきた。

 小沢一郎さんは、『民主主義の正義(即ち、基本的人権の保持と法律の遵守)』を、これに今迄でも何度でやってきましたよ。 然し、それを怠ってきたのは物事の本質的な『法理』・『法文化』『正義』・『正義感』を理解できないで、破廉恥で変態的な『正義感』を唱える『正的異常者』に過ぎない告発者・検察・検察審査会・大衆通信媒体共催および春風様のような“市民”の方でしょう、やっぱり。

> あげくは「検察は正しかった」とmochizukiさんと違い小沢一郎さんは検察に不信は抱いておりません。その辺り、小沢さんとmochizukiさんは検察の手続について「信頼感」に違いがあるようですね。<

 小沢一郎さんが「検察は正しかった」といった事実について、私は詳細な情報を知りませんが、小沢一郎さんに対して『不起訴措置(証拠不十分)』とした判断は正しいし、三人の秘書について、衣類をつけたままで『裁判所主催の公式・公開ストリップショー(strip show)』に出演させた検察の判断は『正的に異常』ではあるが刑事訴訟法に違反しているとはいえませんが、検察、特に東京地検特捜びの検事さんの『良心』・『正義感』は、その程度だと、私は、『絶対的』に“信頼”しておりますが、小沢一郎さんとは直接お会いしたことはありませんから、小沢一郎さんがどのように検察を“信頼”しているか存じませんので『相対的』な、“信頼感”については比較のしようがあり

>刑事訴訟法の第2章『公訴』に規定してあります<

> それは二回目の「起訴決議」ですね。一回目の「起訴相当決議」には拘束されてません。<

 その発言は、春風様が物事の本質的な『法理』・『法文化』『正義』・『正義感』を理解できずに『非公式・強制公開ストリップ‐ショー(strip show)』に快楽を覚える、破廉恥で変態的な『正義感』を唱える『正的異常者』に過ぎないことの証に過ぎず、『邪淫な欲望』は人間の本能の一部だから、刑事訴訟法の第2章『公訴』に規定の対象では抑止でいないでしょうね、たぶん。

> 新しい制度ですからこれから変わることも期待しているのではありませんか。<

 春風様のような、物事の本質的な『法理』・『法文化』『正義』・『正義感』を理解できずに『非公式・強制公開ストリップ‐ショー(strip show)』に快楽を覚える、破廉恥で変態的な『正義感』を唱える『正的異常者』が蔓延っている限り、公訴されたら犯罪者と見做される日本の『法文化』を変えても無意味ですね。

 尚、控訴事実の情報が、『実現度(有罪率)≒0.99(99%)』、『情報変化容量≒0.014』、『情報量≒0.986』という日本の現状は、100人に1人は、間違って『裁判所主催の公式・公開ストリップショー(strip show)』に出演させられた被害者がいるということですから、検察庁の方々には、実質的な『八正道(正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)』の修行を実践してもらいたいですね。

mochizuki 様


mochizukiさん、詳細な説明ありがとうございます。
検察の事実解明が明らかでない以上は起訴は当らない。よって「推定無罪」だ、という立場よく分かりました。

 私の場合は、
石川元秘書は<意図>した記載違いをした旨を供述に残した。大久保元秘書は共犯したことを供述したと認識しています。
 検察審査会は「共犯」についての証拠の見方の違いでなんだろうと漠然と考えているくらいです。
 といいますのも石川、大久保元秘書の「供述」が決定的だと思うからであります。

 冒頭陳述における検察の列挙する「事実」を待ちたいと思います。


 連休中余り時間なく丁寧にコメント付けられませんが、一言手を煩わしたお礼兼ネ。

春風様(2010年5月 3日 17:18
> 私の場合は、
> 石川元秘書は<意図>した記載違いをした旨を供述に残した。
> 大久保元秘書は共犯したことを供述したと認識しています。<

 元秘書の石川さんは、何を<意図>して、如何なる真実と違う事実を如何ように記載し、そのような行為をした特別な事情・動機は何故だという趣旨の供述をし、それが『犯罪』であることを認識していたと供述したのですか?

 また、現秘書の大久保さんは、如何なる『罪』を元秘書の石川さんと共同で犯し、そのような犯罪行為をした特別な事情・動機は何故だという趣旨の供述したのですか?

 さらに、春風様が認識している情報の情報源を教えてください。

 因みに、「第2 検察審査会の判断 3 被疑者が否認していても、以下の状況証拠が認められる、(2)土地代金を全額支払っているのに、土地の売り主との間で不動産引渡し完了確認書(2004年10月29日完了)および、2005年度分の固定資産税を陸山会で負担するとの合意書を取り交わしてまで本登記を翌年にずらしている」としているというのが、唯一、公式に発表された、「収支報告書に記載されている真実と異なる事実」だと、私は認識しておりますが、もしもこれが『罪を犯す意図』を持って実施された行為ならば、何故に土地の売り主との間取り交わした、不動産引渡し完了確認書と2005年度分の固定資産税を陸山会で負担するとの合意書は、何処に隠蔽されていたものが、何時の検察の捜査で発見されたのでしょうか?

 もし、不動産代金の支払い時期(2004年10月29日)が政治資金収支報告書への記載時期(2005年1月)と、2ヶ月余りずらしたことが『犯罪』に相当すると石川さんと大久保さんが認識したうえで、態々証拠書類を残して、それを実施したのならば『間抜け』な話しですよね、然し、反対解釈すると、石川さんと大久保さんにはその事実が『犯罪』に相当するという認識がまったくなく、隠蔽した事実は何もなかったということにになりますよね、やっぱり。

> 検察審査会は「共犯」についての証拠の見方の違いでなんだろうと漠然と考えているくらいです。
> といいますのも石川、大久保元秘書の「供述」が決定的だと思うからであります。<

 2004年分の収支報告書を提出する(2005年3月31日が期限?)前に、土地購入するために4億円の資金を小澤一郎さんから借入れるための相談や不動産引渡し完了の報告なとおよび代表の小沢一郎さんの名義で登録することの相談などを代表の小沢一郎さんとすること、ならびに、2005年分の収支報告書を提出する(2006年3月31日が期限?)前に、代表の小沢一郎さん名義で土地を登記した事実を収支報告に記載することを小沢一郎さんが了承していたのは誰が考えての必然的な事柄だから、『共謀(共同で企てること)』は成立するでしょうが、然し,その事実を以て『罪を犯す共謀』だと認定することは、小沢一郎さんの政治生命を奪おうと『共謀』している人々以外は、誰が考えても不自然すぎませんか?、

> 冒頭陳述における検察の列挙する「事実」を待ちたいと思います。<

 そうですね、

 なんせ、情報学の数理的には、『実現度(有罪率)<0.5(50%)』・『情報変化容量>1.0』・『情報量<0.5』と勘定できる事件の裁判だから、日本が『破廉恥国家』の烙印を押されないために、法務大臣と検事総長には、仮令、検察庁が滅んでも『正義』を行うことを期待し、また、三人の被疑者の方々には、仮令、小沢一郎さんの政治生命が滅んでも『正義』を行うことを期待し、裁判所には、仮令、鳩山内閣が滅んでも『正義』を行うことを期待するというのが、私の心境です。

mochizuki 様

mochizukiさん、きょうも時間なくこの機会しかありませんので短文で失礼しますが「事実」だけ列挙します。

>元秘書の石川さんは、何を<意図>して、如何なる真実と違う事実を如何ように記載し、そのような行為をした特別な事情・動機は何故だという趣旨の供述をし、それが『犯罪』であることを認識していたと供述したのですか?<

石川秘書が公式に支援者に対して報告をしています。また交換伝えられる報道にも「大金をもっているのが公にならぬように虚偽記載」をした点報じていられたかと思います。私は弁護側の出している情報で検察情報を読むように心がけております。
収賄についてはいまだそのような事実は見いだせませんが、虚偽記載についてはこれが石川氏が意図したものであればグレーゾンには入っているとは思います。

>現秘書の大久保さんは、如何なる『罪』を元秘書の石川さんと共同で犯し、そのような犯罪行為をした特別な事情・動機は何故だという趣旨の供述したのですか?<

この辺はつまびらかにされておりませんのでよく分かりませんが石川氏のおこなった「虚偽記載」について「知る」ところであったという点は報じられていたかと存じます。これが起訴の理由となっていたはずです。この点の詳細についても裁判が始まるのをまたなければmochizukiさんが期待される情報迄は明確にはなりません。


 さらに、春風様が認識している情報の情報源を教えてください。
 >「第2 検察審査会の判断 3 被疑者が否認していても、以下の状況証拠が認められる、…… 何処に隠蔽されていたものが、何時の検察の捜査で発見されたのでしょうか?

 検察審査会の判断については前提が石川、大久保起訴で論じられてますので、それが不起訴であると裏付けられるならそもそも成立しない論議です。mochizukiさんが石川、大久保起訴を不当、不可能という立場である以上論じる事自体が無意味と思います。

>反対解釈すると、石川さんと大久保さんにはその事実が『犯罪』に相当するという認識がまったくなく、隠蔽した事実は何もなかったということにになりますよね、<


> 検察審査会は「共犯」についての証拠の見方の違いでなんだろうと漠然と考えているくらいです。
> といいますのも石川、大久保元秘書の「供述」が決定的だと思うからであります。<
>然し,その事実を以て『罪を犯す共謀』だと認定することは、小沢一郎さんの政治生命を奪おうと『共謀』している人々以外は、誰が考えても不自然すぎませんか?、<

 繰り返しますが、石川、大久保元秘書の起訴が前提として審査会の論議は成り立ちますので、起訴事実が確認された後でなくてはmochizukiさんとここで論じること自体が無意味であると存じます。
これも裁判を待ちましょう。


>仮令、小沢一郎さんの政治生命が滅んでも『正義』を行うことを期待し、裁判所には、仮令、鳩山内閣が滅んでも『正義』を行うことを期待するというのが、私の心境です。<

 そこまで腹をくくれるなら小沢一郎さんも信頼も増すのではありますまいか。

mochizuki 様

「 私が収支報告書に不適切な記載をしたことに間違いなく、このことについては深く反省しておりますが、一部に報道されているような不正な資金を受け取ったことは断じてないことをお誓い申し上げます。その点ではどうか私を信じていただきたく存じます。
 今後とも、何とぞよろしくお願い申し上げます。
 平成22年2月4日
 衆議院議員 石川知裕」


「不適切な記載をしたことに間違いなく」と<意図>して不適切な記載をしたと本人が述べておりますがその理由は本人の弁によると<小沢さんがお金をもっているのを知られたくないため>ではなかったかと記憶しておりますが冒頭陳述で検察がその理由を何とするかは興味のあるところです。

春風様(2010年5月 4日 07:13)
春風様(2010年5月 4日 07:59)

> この辺はつまびらかにされておりませんのでよく分かりませんが石川氏のおこなった「虚偽記載」について「知る」ところであったという点は報じられていたかと存じます。これが起訴の理由となっていたはずです。この点の詳細についても裁判が始まるのをまたなければmochizukiさんが期待される情報迄は明確にはなりません。<

 あの~、「第2 検察審査会の判断 3 被疑者が否認していても、以下の状況証拠が認められる、(2)土地代金を全額支払っているのに、土地の売り主との間で不動産引渡し完了確認書(2004年10月29日完了)および、2005年度分の固定資産税を陸山会で負担するとの合意書を取り交わしてまで本登記を翌年にずらしている」というのは、現実の証拠に裏付けられた事実ですから、そのような処理をする又は処理をしたことについて、石川さんから大久保さんに報告または引継ぎがあり、大久保さんがそれを了承したことは必然的・普遍的な現象だと、私は認識します。

従って、それを『犯罪を共謀した特別な事情』と騒ぎ立てる人々が所属する組織の方こそ『特別に異常な事務手続き』をしている特殊な組織に過ぎないと、私は思量します。

> 検察審査会の判断については前提が石川、大久保起訴で論じられてますので、それが不起訴であると裏付けられるならそもそも成立しない論議です。mochizukiさんが石川、大久保起訴を不当、不可能という立場である以上論じる事自体が無意味と思います。<

 証拠物件を『隠蔽』していたのか、普通に保存していたのかは『犯罪』が成立するか否かを判断する上で重大な要素ですから、もし、春風様が実相をご存知ならば、『隠蔽』しないで教えてください。

> 繰り返しますが、石川、大久保元秘書の起訴が前提として審査会の論議は成り立ちますので、起訴事実が確認された後でなくてはmochizukiさんとここで論じること自体が無意味であると存じます。
> これも裁判を待ちましょう。<

 元秘書と秘書の三人の方々の裁判は、情報学の数理的には、『実現度(有罪率)<0.5(50%)』・『情報変化容量>1.0』・『情報量<0.5』と勘定できる事件の審理と判決でですので、是の相の如く、是の性の如く、是の体の如く、是の力の如く、是の作の如く、是の因の如く、是の縁の如く、是の果の如く、是の報の如く、是の本末究竟等の如くに決着すると、私は確信しております。

 然し、繰り返しますが、現実の証拠で裏付けされた事実が存在しない限りは『推定無罪の原則』に従って無罪判決が出される『法理』の『正義』を予想するのが民主主義の原則であるのに、民主主義の健全な発達の邪魔になるような行為を敢えてする検察・検察審査会と、それを支持する大衆通信媒体と多数の『市民』の事情は、今現在分析して論ずることに意味がり、それを怠ると『西松建設関連の虚偽記載事件』のように責任の所在がうやむやになると、私は思量します。

 因みに、大久保 隆規さんは、現在も衆議院議員小沢一郎さんの公設第一秘書ではないですか? この騒ぎで秘書の仕事はまともにできないかも知れませんが…。

> そこまで腹をくくれるなら小沢一郎さんも信頼も増すのではありますまいか。<

 石川知裕さん・大久保 隆規さん・池田光智さんは、仮令、小沢一郎さんの政治生命が滅んでも『正義』を行う覚悟を固め、当事者ではない小沢一郎さんもその冥加を期待していると、私は推察します。

 因みに、「古来、『正義』が通れな『邪義』は滅び、『無理』が通れば『道理』は引っ込む」というのは『因果の道理』の基本的な『法理』だと、私は理解します。

≫ 「私が収支報告書に不適切な記載をしたことに間違いなく、このことについては深く反省しておりますが、一部に報道されているような不正な資金を受け取ったことは断じてないことをお誓い申し上げます。その点ではどうか私を信じていただきたく存じます。 今後とも、何とぞよろしくお願い申し上げます。 平成22年2月4日≪

 その情報は、私も存じ上げておりますが、その情報から推察すると、検察は石川知裕さんが不正な金を収受した嫌疑をかけて逮捕して、徹底的に取り調べたが、嫌疑を裏付ける現実の証拠は何一つ発見できなかったから、別件の『虚偽の記載』に容疑を切り替えて公訴を提起したと推察するのが情報分析の常識だと、私は理解します。

 これを反対解釈すれば、検察に徹底的に調べられたことにより、不正な金の収受に関する陸山会の『潔白度』の水準は向上したと見做すことができ、記者会見等で小沢一郎さんがする説明の『納得性・信頼性』は向上したと見做すのが、情報分析の常識だと、私は理解します。

> 「不適切な記載をしたことに間違いなく」と<意図>して不適切な記載をしたと本人が述べておりますがその理由は本人の弁によると<小沢さんがお金をもっているのを知られたくないため>ではなかったかと記憶しておりますが冒頭陳述で検察がその理由を何とするかは興味のあるところです。<

 あの~、『不適切』というのは、「その場の状況や話題となっている事柄に対する配慮を欠いていること、また、そのさま」を意味する日本語ですから、仮令、正当な記載をしたと認識していていても、現実には、世間の物議を醸し、自身は公訴され、小沢一郎さんや民主党の信頼を下落さた因縁は、『不適切な記載』をしたことにあるのは明白な事実ですから、不徳の致す所業を謝罪するのは当然の仁義として、その発言は『因果の道理』に適っていると、私は理解します。

 そこで、件の『不適切な記載』が、不当な行為か正当な行為かの判断が問題となりますが、「2010年1月16日、陸山会の土地購入をめぐる事件で、東京地検特捜部から政治資金規正法違反(虚偽記入)容疑で再び逮捕されたが、政治資金収支報告書は部分単式簿記である為に記載する必要のないものが多く公認会計士による会計分析だと違法性は認められなかった」とする情報を、私は信用します。

 因みに、簿記の知識は殆ど私にはありませんが、会社の出張旅費の清算で、故意に交通費などの支払日付をずらしたり、費目を違えたりしたりした事は多々あり、それが不正だと咎められた経験は一度もないので、『不適切な記載』をしたという認識は、未だ私にはありません。

mochizuki 様

>そこで、件の『不適切な記載』が、不当な行為か正当な行為かの判断が問題となりますが、「2010年1月16日、陸山会の土地購入をめぐる事件で、東京地検特捜部から政治資金規正法違反(虚偽記入)容疑で再び逮捕されたが、政治資金収支報告書は部分単式簿記である為に記載する必要のないものが多く公認会計士による会計分析だと違法性は認められなかった」とする情報を、私は信用します。<
mochizukiさんの網の目を広げるとすればこの点か、新たな事実の提出しかないようにありますね。

 検察の裁判による情報開示を待ちたいと思います。
長らくコメントの応答、ありがとうございました。

春風様(2010年5月 7日 09:52)

> mochizukiさんの網の目を広げるとすればこの点か、新たな事実の提出しかないようにありますね。<

 私の網の目は、必要十分な程度に広がっており、これ以上の情報量を持つ新事実はでてこないと思います。

> 検察の裁判による情報開示を待ちたいと思います。<

 同じ事実に関して、検察審査会が公開した資料と裁判で検事が提示する資料の趣旨が異なるはずはないと思いますが…。

 何れにしろ最後まで対応していただき、ありがとうございました。

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