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国民はどこにいるのか。国民は誰が護るのか。(2)

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『知事抹殺 つくられた福島県汚職事件』

■以下、佐藤栄佐久公式サイトより転載
http://eisaku-sato.jp/blg/2010/02/000034.html

────────────────────

佐藤栄佐久氏(元福島県知事)

国民はどこにいるのか。国民は誰が護るのか。(2)

【承前】

今回はネットを中心として、いつになく検察への批判が強いようで、それに対する反論としてなのか、テレビなどには盛んに検察のOBの方々が出演し、検察擁護の論陣を張っています。

論陣といっても多くはワイドショーなどでイメージアップを図る体の、軽いものがほとんどですが、その中に検察の体質をあらわすものとして看過できない発言がありました。

元東京地検特捜部長の熊崎勝彦氏の言葉です。

「白を黒ということがあってはいけないが、
 黒を決して逃すことがあってはいけない」

これは、大変大きな発言です。
「黒を決して逃すことがあってはいけない」という悪人を探す「意志」はともすれば正義感の表れのようにも聞こえますが、とても危険な考え方です。

熊崎氏は「治安の維持のため」と理由を述べていましたが、まさに人々の不安と不満に起因する象徴、はけ口としての「犯人探し」への欲求が強い場合、さらには私の事件の際に一部報じられたような検察官僚としての出世欲と結びついた場合、なんとしても犯人を挙げなければならないという「意志」は、罪無き人を無理やり犯人に仕立て上げることになります。

また長銀事件や私の事件のように犯罪自体が無い空っぽの場所に無理やり犯罪を作り上げ、本来平穏に暮らしているはずの無辜の人々に罪人というレッテルをはり、社会から抹殺することになります。

人間は無謬ではありえないので、熊崎氏の言葉の前半と後半は、現実的には相容れない考え方です。黒を須く捕らえようと思えば、その中に白が入ってしまうことは不可避だからです。

「黒を決して逃すことがあってはいけない」は近代司法の考え方を否定する言葉といえます。

「百人の罪人を放免するとも一人の無辜の民を刑するなかれ」
これは熊崎氏の言葉と真っ向から対立する重要な概念です。

推定無罪の原則は、フランス革命までさかのぼり、西欧が数々の流血の歴史を経て確立しました。

なぜ血を流してまで守らなければならないのか、この言葉がどれほど大切かを噛みしめるのには、無実の菅家さんが失った人生の大切な年月を思えば容易なことと思われます。
また菅家さんに決して謝罪をしなかった元検察官はその「正義」の無責任さを体現しているのではないでしょうか。

罪のない人がなぜ自白するのか。そこで武器として使われるのが、相手の人格を否定し、周りの者を生活を脅かすことをほのめかす、マフィアまがいの精神的拷問です。

熊崎勝彦氏の言に見え隠れしている、黒を逃がさないために、正義のためには何をしても許されるという、誤った信念。拷問と国民の負託を受けた国会議員の逮捕と失脚を狙った印象操作、そこにあるのは、人権と民主主義の否定です。

私はある取材に、検察官が列を成してあらかじめ準備されたカメラの前を示威的に通るプロパガンダを、ナチの青年将校になぞらえてお話しました。

ナチにも自分たちなりの正義はあった。
私は自分の身に起こったこと、全くない事実をあらゆる手段を使って組み立てていく、「正義の暴走」が今回もまた起こっているのではないか、という強い危機感をもってあえて言及しました。

小沢氏が、石川氏が、またその秘書が何をしたか、していないのか、それはわかりません。しかし子供や家族、自分の会社や仲間への思いを人質にとりながら、供述を促すという精神的拷問は決して許されるべきではない。

何の罪もない者が、事情聴取を受けた後、倒れ、あるいは少なからず自殺を選ぶ現状は異常という他はありません。断じて許すことのできない、人権への罪と言っても過言ではないでしょう。

「●●は死体3個だから特捜部長に、××は3個の死体に植物人間を1個つけたから最高検検事に大出世というわけだ」
という落首めいた書き込みをネットで見かけました。

ここで数えられている人には私の極親しい知り合いも含まれています。何気なく読み、思わず目をそむけました。
因果関係はさておき、何が起こったか経験したものには理解できる話です。

「我々は金も人も時間もたっぷりあるんだ」これも検事の言葉です。

列をなす検事、事務官、深夜までの取り調べ、そして数百もの段ボール箱とその運搬。
ほぼ白しかないとわかっている中に黒を探す、「黒がいないことは許されない」ことだから、延々と探し続ける、考えるまでもなく、これを賄うのは全て税金です。

人権への脅威とともに、正義の名の下、何物にも監視されず、湯水のごとく、国民の税金を使う。

「○○VS××」、「△△逮捕、起訴」といった、図式、報道に惑わされず、「正義」の名の下に何が行われているのか、それを冷静に、客観的に見たときに、事の異常性に気付かない人はいないのではないでしょうか。

ただ、私が危機感をもっているのは検察に対してだけではありません。

小沢氏は自らの信念を実現すべく十数年の雄伏し、権力を目指してきました。

60年続いた自民党や自らの生活の「痛み」に不満を持つ国民の気持ちに潜むところにアピールし民主党は政権を手に入れました。

小沢氏の存在がなければ民主党の大勝はなかったでしょう。

ようやく手に入れた数の力を頼み、反対意見を封殺しながら、もはや自分たちに投票した国民などいなかったかのように約束を反故にする、政権をとってからの何かに取り憑かれたような行動は、折角「自分たちの手で政権を作ったのだ、作ることができるのだ」という国民の政治に対する希望、政治参加に対する自覚を打ち壊す異常なものだと感じていました。

あるいは官僚・検察を一体に、打ち砕く対象としたがゆえの拙速な行動なのかもしれません。

私は今、所詮政治家は金に汚いものだ、というステレオタイプ、国民に政治に対する虚無感を固定させないためにも、今自分の疑いを晴らすべく戦っています。

現在の民主党=小沢氏の手法は、やはり政治家は約束を守らないものだ、というもうひとつのステレオタイプを固定化することでせっかく取り戻しかけた政治への希望が無に帰することになるでしょう。

検察の手法、民主党=小沢氏の手法、そして二つの権力の対立の結果、国会でも危急に解決すべき問題がまともに論じられない。
国民は一体どこにいるのか。現在の状況は日本全体にとって不幸なことです。

人権と民主主義を軽視するのは歴史を俯瞰すれば全体主義の萌芽といえます。

私は逮捕される3ヶ月前、ストラスブールの欧州地方自治体会議の総会に出席し講演しました。ストラスブールは百余年の間に仏・独・仏・独・仏と5回も国が変わった悲劇の町です。今でも地方自治体が民主主義と人権を守るために血を流す覚悟で闘っている現場に立ち会ってきて、それを知事会で報告しました。

日本は血を流して民主主義・人権を勝ち取ったことがありません。
他者に対する人権への脅威がそのまま自分の人権への脅威に直結していることに気付かない人も多いように感じます。大手マスコミを通じて流される偽装された大勢の意見に疑問をもち、その中から真実を拾っていくことが大切です。

全体主義の対立概念として、民主主義の観点から事件の真相、背景を見極め、その上で日本の真の民主主義・人権の確立のために私自身が血を流す覚悟で闘っていくことこそ重要と考えています。

────────────────────

■佐藤栄佐久氏のプロフィール
http://eisaku-sato.jp/blg/profile/

■原文URL
http://eisaku-sato.jp/blg/2010/02/000034.html

■佐藤栄佐久 公式サイト
http://eisaku-sato.jp/

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http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

佐藤栄佐久様

佐藤様が貶められた検察の闇の力を読ませていただきました。

小沢資金問題が取り上げられ、心あるブログおよび数少ないメディアが佐藤さんへの検察の暴力を取り上げるまでは「佐藤さん=悪」との印象を私は持っておりました。これは検察から流された情報に大手新聞・TVが佐藤さんサイドでの検証をしないで、イメージ作りをした結果だと思います。

佐藤さんが嵌められた事由と同じ観点での小沢つぶしが行われていると思うにいたりました。

新聞とTVのみをうのみにしていた数年前の私と同じように多くの国民がまだ気つかない結果、世論調査に表れていると思います。

佐藤さんにおかれては、隠遁生活から脱し、検察=正義 という構図が正しいと考えることの誤りを今後ともぜひ発信していただきたくお願いいたします。

佐藤栄佐久様
現政権の強権性について
-----------------------
引用『ようやく手に入れた数の力を頼み、反対意見を封殺しながら、もはや自分たちに投票した国民などいなかったかのように約束を反故にする、政権をとってからの何かに取り憑かれたような行動は、折角「自分たちの手で政権を作ったのだ、作ることができるのだ」という国民の政治に対する希望、政治参加に対する自覚を打ち壊す異常なものだと感じていました。』引用終
-----------------------
雄伏し権力を目指してきたのは小沢先生だけでは有りません。
海江田万里先生の様な努力はいくつも有ります。
彼ら思想は一般には殆んど理解されていません。
永住外国人参政権・納税者番号制度(歳入庁)・給付つき消費税控除・・・・等々
彼らは政権を執った以上、それらを実現すべきと考えています。
『何かに取り憑かれて』います。
その意味では民意との乖離は旧政権より大きく、現政権の強権的な行動に繋がっています。
今後の政局は民主党のラジカルな政策の妥当性・危険性を廻って闘わされるべきです。
-----------------------


佐藤さん
検察に対するご意見は、もっとももと思います。
実体験からくる話には説得力があります。
ただし、小沢幹事長及び民主党の話が突然出てきたのには、驚きました。
今回の政権交代をどのようにとらえるかによって、政権交代後に起きている事に対する評価に違いが出ると思います。
また、革命によって政権交代がおきたのではないので、経済大国である日本の変化のためには、最低3年(これでも足りない?)掛けて、ゆるやかにしないと、もっと混乱がおきると思いますので、早急な評価はすべきではないと思います。
ただし、無血とはいえ革命であるので、従来の勢力(政官業の癒着からきている既得権勢力)と戦うためには、ある程度の力技が必要と思います。
今回の小沢問題は、新政権をつぶそうとする従来勢力が仕掛けた事は、検察とマスコミ(これも従来の既得権者)が一体となった世論誘導を行おうとしたことから見ても明らかである。
長年、マスコミ・官僚が中心となり、国民を上手にコントロールするために、国民にお上意識を植え付けてきています。
彼らが恐れているのは、国民が目覚め、国民の意思により国を動かすのであり、お上が国を動かすのではないという事を知ることです。
今回の政権交代を最低3年は見守る姿勢を示し、それでも民主党が期待に答えれなければ、次の衆院選で民主党以外の政党に投票すれば良いと思います。
戦後60年以上続同じ政党が政権を担ってきた国で、実質的に初めて政権交代がおきてまだ半年もたっていないこの時期に、新政権批判を繰り返す既存勢力である大手新聞・TVと国民は同じレベルになってはいけないと思います。

疑わしきは被告人の利益にというのも大原則の一つですよね。話は違いますが、この話は親鸞の悪人正機に似ていますね。悪人とは単なる犯罪者ではなく命を奪う職業(漁師や漁師)身を売らねば家族が飢えてしまう女たちを指したものです。法然が遊女に私は救われないのか?との問いに答えたものが起源だと思っています。それを行為に曲解して悪いやつほど救われる宗教はおかしいと攻撃します。声が大きい意見や数が多い間違った意見が世論を形成するのは恐ろしいことです。

佐藤栄佐久 様

虚偽記載は、完全に冤罪だったという証拠資料がありますので、「よろんず」に投稿した内容を下記に添付いたします。

私も、冤罪をつくりあげた検察とマスコミに憤りを覚えます。

 それにしても、今回の騒動では収支報告書の虚偽記載で始まり、結局、虚偽記載で終わっているのに、一度も、その収支報告書の内容を表示して議論がされていません。

 収支報告書を分析すれば、検察のいう虚偽記載は、すべて成り立たないことがわかるはずです。

しかし、何故か小沢氏擁護派の人達までも当該収支報告書を突き付けて反論する姿が見られません。

 私の分析結果は、きっと、お役に立てるものと自負いたしておりますので是非利用して頂きたいと願います。

↓↓↓↓↓ここからは、「よろんず」への投稿の内容です
投稿者: 冨田 秀隆 | 2010年2月 8日 17:43
投稿者: 冨田 秀隆 | 2010年2月 8日 21:40

起訴は不当だった。その根拠を、ここに明らかにすることにしました。

2004年~2007年迄の収支報告書を詳細に分析しました。

結果、虚偽記載の事実は一切ありませんでした。

石川さん、検察とマスコミを提訴してください。冤罪とする根拠はこれです。

【根拠1】
2004年10月に小沢氏からの借入金4億円を収支報告書に収入として記載しなかったとされる件

 2004年_平成16年分政治資金収支報告書
 ⇒http://www.soumu.go.jp/main_content/000047155.pdf#page=162
の247頁の本年収入の内訳に、「 借入金 小澤 一郎 400,000,000 」と記載されている。

【根拠2】
2004年に関連政治団体からの寄付1億4500万円を収支報告書に収入として記載しなかったとされる件

当該報告書の248頁の本年収入の内訳_寄付の内訳に、
「 (政治団体分) 民主党岩手県第4区総支部 150,000,000 」と記載されている。

【根拠3】
小沢氏に返済するために陸山会が07年に支出した4億円について、同報告書に記載しなかったとされる件

2005年_平成17年分政治資金収支報告書
 ⇒http://www.soumu.go.jp/main_content/000047150.pdf#page=164
の247頁の支出の内訳_政治活動費に、
「 その他の経費 239,702,734 」と記載されており、243頁の資産等の内訳に、
「 借入金 小澤 一郎 263,939,061 」と記載されていることから、
4億円の内、2億円が返済されていることは、明白です。

2006年_平成18年分以降の政治資金収支報告書
 ⇒http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/
(検索方法)
平成19年 9月14日公表(平成18年分 定期公表)」 (希望年度の定期公表を選択)
→資金管理団体の「リ」を選択→陸山会を選択

平成18年分の37頁の政治活動費の内訳に、
「 その他の経費 239,702,734 」と記載されており、243頁の資産等の内訳に、
「 借入金返済 200,000,000 平成18年03月31日 小澤 一郎 」と記載されていることから、残りの2億円が返済されていることは、明白です。

 つまり、返済は2006年迄にすでに完済されております。

以上の通り、虚偽記載の事実は一切ありませんでした。

(その二)につづく


起訴は不当だった。その根拠を、ここに明らかにすることにしました。(その二)


ここからは、詳細な分析の中身を解説いたします。

【分析1】
2004年の4億円の資金の動きについては、当時、小沢氏は4億円の現金とは別に4億円以上の定期預金も持っていて、その定期預金を担保に4億円を小沢氏個人で借入をした上で、最終的に陸山会に4億円を貸し付けた、ということです。

 尚、2004年の収支報告書を見れば解かりますが、当時陸山会には担保にするほどのお金はありませんでしたから、政治資金を担保としたものではなく、これは小沢氏の個人的な借入金ということは明白です。

【分析2】
一方、小沢氏の個人資金である4億円の現金にて支払った手付金と土地代金については、この時点では小沢氏の個人的な支払をしたと考えるべきでしょう。

(理由1)
登記料・登記手数料等の付随費用が未だ発生していないので、土地計上金額が確定していない。

(理由2)
未だ登記がされていないということは、この時点で所有権はないのであるから、例えば土地は小沢氏の所有とし、その土地を陸山会に貸し付けるという方法も可能であり、所有権を陸山会にするかどうかは未定だった。
故に、小沢氏個人に帰属する支払とみなすことが妥当と言える。

(理由3)
発生主義的、総額主義的な観点から、同一年度に土地計上と支出計上をする為には、付随費用が確定するまでは、手付金及び土地代金については小沢氏個人の取引とすることが妥当と言える。

(理由4)
翌年の登記完了日である平成17年01月07日をもって、不動産業者には付随費用を小沢氏には手付金及び土地代金相当額を支払ったことは明白。
 2005年分の政治資金収支報告書の支出の内訳_経常経費に
「事務所費 415,254,243」(この中に土地計上額が含まれていることは明白)
資産等の内訳_(土地)に
「世田谷区 342,640,000 17.1.7 」と記載されている。

【まとめ】
検察の起訴理由を推察すると、おそらく、次のようなことでしょう。
小沢氏個人の銀行からの借入も収入計上すべきであり、当該銀行への返済も支出計上すべきところが不記載であると言っているものと推測されます。

つまり、小沢氏の個人資金の動きまで収支報告書に記載せよと言っている訳です。
こんなんで、現実に起訴できちゃうものなんですか。恐ろしいーー。

  検察の起訴理由など、ヤクザ屋さんのいんねんより理が通りません。
  
政治家は家計簿まで、収支報告書に記載せよと言っていることと同じです。

どうも最近の論調には、反小沢も親小沢も基本的に検察権力に対するもうひとつの権力として、小沢を対比させるがいま一つしっくり来ないものを感じています。 どうも自民党の長期政権の中で政治家にも権力が有るというイメージが出来上がっているのではないでしょうか? しかしながら今回の政権交代を目の当たりにした自分にとっては、政治家は選挙民の一票で落選も当選もさせることが出来る訳で、「権力者としての政治家」というイメージつくりは有る勢力のプロバガンダでは無いかと穿った見方をしています。政治家は国民の代表なんですよ!冤罪が発覚しても責任を取らない検察及び司法に対してこそ権力者に対する見方をするべきではと感じているところです。
 こんな感じ方をする自分はヘンなのだろうか?

佐藤氏のような方が、誤った権力に重要な政治家としての地位を奪われたことが残念だ。検察の間違いは謝って済むものではない。それどころか謝りもしない。

間違えたら謝ると言うのは、幼稚園の子供でもわかること。
それができない検察(特捜部)と言う日本最高の頭脳集団って何でしょう?


<佐藤様>
読ませて頂き、胸が痛みました。怒りでふるえながら投稿しています。
「間接的な人殺し」を検察はやっているのです。
とても、文明国家とはいえません。チャプリンの殺人時代ではありませんが、人を三人殺せば日本では確実に死刑になります。検察官が自殺に追い込み、事実上の人生の破綻に追い込んでも、彼らは出世する。
司法制度の改革は待ったなしの課題です。それを成し得なければ「命を大切にする政治」は単なるお題目です。本当に鳩山官邸にはいらいらさせられる。鳩山官邸を見ていると小さい頃に飼っていた泥亀のかめ吉を思い出します。まぁ~、動かない。たま~にニ三歩歩いたと思えば、また止まってじーーーと目を閉じる。
検察との取引かは知らないが、可視化法案はやらないという。鳩山・小沢秘書問題がある現時点においては、国民からあらぬ誤解を受けるからだそうだ。
ばっかじゃなかろうか。国民をバカにするにも程がある。
国会の法務委員会に菅家さんでも呼び、可視化法案などではなく冤罪防止法案とすれば、反対する国民などそうそういない。工夫しだいなのに、何を恐がっているのだろう。国民はワイドショー政治しかしらないB層ばかりじゃ、ないぞ。
検察権力をチェックするはずのマスコミは記者クラブという検察御用機関になっているのに、クラブ以外への開放すら行わない。
それに、比べ、小沢氏は真逆である。小沢氏に対する佐藤さんの指摘は私も同感です。
何もそんなに急がなくてもいいのに・・・。目だたなくてもいいのに・・・。と思う。
このままなら、越年予算になっていまうと思えば、小沢裁定を出す。普天間でグラグラすれば、辺野古の海は綺麗だから埋め立てさせないといい。事実上の方向性を打ち立てる。はたまた、国会における役人の答弁禁止法案と内閣法制局長官の地位すら事実上の有名無実な存在にしようとする。
惨憺たる民主党の地方組織の構築と強化、地方選挙に勝利する為、陳情を県連経由で幹事長室に一元化し、永住外国人の地方選挙への参政権まで、大急ぎで実現しようと無理押しする。まるで、修羅の様に、党内の軋轢も摩擦も視野にはない。政策おたくであり、政策実現の為には、人も党も道具である。
そのようなやり方が、小沢新党の離合集散の原因の一つでもあり、側近が離れていく要因でもあるのに・・・。渡辺黄門様など名誉職の党最高幹部ぐらいくれてやれば良かったのに、喧嘩上等で全ての役職を剥奪してしまう。
まるで、限りある命を惜しむように・・・。志半ばで倒れていった田中角栄他の政治的な同志の死を多数見すぎてしまったからか、心臓病を抱え自らの死を覚悟しているからか?
男子の本懐を遂げる為に生き急ぐ小沢氏。いまさら、彼の性格を変えることはできない。いらぬ恨みをかう不器用ものである。気遣いの人=角栄さんとも違う。敵も味方も懐に入れる器量はない。
敵は敵、味方は味方である。一寸の虫にも五分の魂がある事を理解しない。一寸の虫は一寸の虫なのである。はなから相手にしない。政治家としてプロとして相手に非ずと判断してしまう。
おまけに、説明しなくても判るはずだと、丁寧に相手の身になり説明・説得しないから、誤解を受ける。つくづく我儘である。
そんな小沢氏だが、誰よりも勉強する毎朝4時に起きて、5時には身支度を整えて勉強する。毎日、欠かさず勉強する。
一般大衆にはとことん穏やかで話しも聞けば、笑顔も振りまく。
でも、そんなどうしようもないクソ親父の小沢さんは、大好きです。

警察&特捜の人権侵害を監視する組織を作らなくてはなりません。
警察内部の『監察』に代わる外部組織が必要です。
(特捜には『観察』さえ無いと思います。)

 佐藤様、最近色々なところで貴方の冤罪と検察の捏造犯罪問題を目にするようになりました、貴方の直筆に触れ、貴方のお気持ちと静かな闘志を感じ、心を動かされます。
 心より応援します、貴方の闘いが日本の未来を変える一石となるよう私も期待します。

 em5467-2こと恵美様、いつも注目し同感しています、以前の貴方のコメントにあった右翼に陵辱された友人の話を私は一生忘れないでしょう、貴方にもWL1様にも同じ時代を生きた臭いを感じています、今後も発言を続けていきましょう。

em5467-2こと恵美 | 2010年2月 9日 10:46 様
--------------
引用始『何もそんなに急がなくてもいいのに・・・。目だたなくてもいいのに・・・。』引用終わり
--------------
 小沢先生をモンテ・クリスト伯(巌窟王)としたコメントが有った事を覚えていますか。
『雄伏し権力を目指した』間に彼の考えはほぼ完結したのでしょう。
傍目にはバラバラに思える政策も強く関連付けられえていて、彼としては欠くことが出来ないのでしょう。
時代が彼に追いつくか、或いは抹殺するか、これからも軋轢が続くでしょう。
-------------------
追伸
 永住外国人参政権は民主党の地方議会の勢力拡張とは全く関係ないと思います。
東南アジア共栄圏へのアドバルーンと見ていますが、如何でしょうか。
--------------------

こと恵美さまに一言

小沢氏を我が儘と評し、でも、そんなどうしようもないクソ親父を大好きと言う。
それは、恵美さん自身が我が儘で自己愛に溢れている証明のように思えます。
小沢氏の政策と言う外国人地方参政権を、マスコミで言われているようにしか理解せず、見えてる処だけで判断しています。去年の夏の衆院議員選挙を振り返れば、今何故外国人地方参政権法案を提出するかが分かるでしょう。自公離反であり公明党潰しが目的と読むことができます。
どうか表面のみを見て判断する愚を犯さないようにお願いします。

ネットの勝利は国民の良識の勝利である。

「小沢 検察」でグーグルの検索のヒット率は実に220万件、関連項目をあわせると300万を超えるヒットが記録されている。このおびただしい数のヒットによって国民はネットを通じて情報を得ているのである。

ベルリンの壁の崩壊も、東方諸国の民主化もインターネットによる情報流通によるものと言われてきたが、もはやいかなる政府でさえも、このネット情報の伝播を押し留めることはできない。いかに中国政府が、「検閲」と「ケーブル管理」(海外からの入り口の海底ケーブルを政府が管理する)を堅持しようとも、もはやインターネットの波は間違いなく中国を開国させることになるはずである。

PC通信として誕生した電子的媒体が、20年後の今、地球全体の世界を席巻し、新たな情報時代を迎えていることに感銘を受ける。そして旧メディアによる情報独占の終焉が、今回の「小沢 検察」問題で、わが国においても白日となった記念すべき事件である。 

検察の敗北はネットへの敗北でもある。 と同時に旧メディアはネットという現代の「妖怪」に打つ手を失った。

次なる未来はどこへ進むのか。

恵美さん
泣いちゃったよ。おいらもここ30年、なぜかクソ親父が大好きだ。生き方とか、人として、と言うことなんだろうけど、テレビでギャーぎゃー言ってるおバカ政治家やコメンテーターやヤメ検どものあさましさと対比するとなおさらだ

 デジタルテレビとwebを統合し全ての国民にオルタナティブメディアを国家予算で保障すべきである。
NHKの視聴の義務化など論外である。

佐藤栄佐久様  《THE JOURNAL》編集部様

 人間が活動するのに必要とされる資質は、情熱および洞察力ならびに責任感であり、人間の社会行動の評価基準で、その違反に対し厳格な制裁を伴う規範のことを『正義』といい、『力』がなければ、『正義』は行えないが、『正義』なき『力』は暴力に過ぎないから、民主主義国家を主導するのは『異体同心』の『力』であり、『同体異心』の『正義』は成立しないと、私は思量します。

 先ず、『道義的責任』・『法的責任』・『政冶的責任』などを問題とする場合には、対象とする事実に関係する『正義』として適用される規範に用いられている語の意味を国語的に明らかにして、そこに使われている語について文法的に明らかにし、それぞれの規範の論理的な配列を考慮して、『正義』の目的に従って、拡張解釈・類推解釈・反対解釈・縮小解釈などの読み書き算盤(勘定)の方便を通じて合理的に解釈しなけれななりません。

 次に、人の踏み行うべき正しい道理に基づく『正義』を守り、『正義』に照らてい道理に反する行為に対する、批判・非難・誹謗を甘受して、自主的に是正し、再発を防止して継続的に改善する行動に係わり、人間として当然負わなければならない義務が『道義的責任』です。

 尚、ある社会的集団の中において、美⇔欠・利⇔害・善⇔悪の価値観に関する公理系が異なる集団や、価値判断の基準点に相違する集団などが混在する場合には、其々の集団が主張する『正義』が対立するのは必然的な現象であり、その社会の『正義』について、物事の大原則となる約束事として『憲法』が定められているが、『正義』について抽象的に表現した規範は一つでも具体的な行為は、『正義/憲法』を教える方法と人々が教えを受けて発動する能力・資質に従い、時代の趨勢に依り、万差あって然るべきであるから、その方便は一向にせず無限の選択肢の中から、時節と場合に適うように宜しく取捨しなければなりません。、

 然し、正しい道理を解さずに『憲法』を謗るような『同体異心』の『我理我利亡者』が、『愛国』を謳い『国益』を主張して跳梁跋扈するような国柄であれば『正義』が廃れ、『法律』と道徳・倫理・『モラル』の共通点もしくは、倫理と『政冶倫理』の相違点または、『道義的責任』や『法的責任』と『政治的責任』の相違点をなどを弁えない政治家や大衆通信媒体の関係者などが『邪義』を唱えて扇動すれば、議論・世論は空回りし、秩序が乱れ、風俗が退廃するのは当然の果報だと、私は推察します。

 因みに、唐沢一さん著の『かけひきの科学』(1997年 PHP研究所)によると、25年前の1995年に、ワシントンの米国議会の公聴会で、「日本に対しては脅迫しないと何事も進まない」という証言が現にあったそうだが、『正義』を弁えずに責任感が曖昧な『関係者』を相手とする交渉の方便としては『ハッタリ、脅迫、強硬手段』が効果的だという考え方には一理あり、責任の所在が曖昧な『強面』の『関係者』に乗っ取られて『正義』が廃れた乱世の衆愚政治を主権者の手に取り戻して『憲法』に依る『正義』と秩序を基調とする社会の平和を構築するための方便としては、『強持て』の独裁的な政冶手法が有効であろうと、私は思量します。

 因みに、日蓮聖人は、『兄弟抄』で「此の法門を申すに必ず魔出来すべし魔競わずは正法と知るべからず、(天台摩訶止観の)第五の巻云く『行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る乃至随う可らず畏る可らず之に随えば将に人をして悪道に向わしむ之を畏れば正法を妨ぐ』等云々。此の釈は日蓮が身に当たるのみならず、門家の明鏡なり。謹んで習ひ伝へて未来の資糧とせよ」と説き、また、『兵衛志殿御返事』で「潮の干ると満つと・月の出でると入ると・夏と秋と・冬と春との境には必ず相違する事あり凡夫が仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障りいできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」と、人間が諸法の実相を悟るには様々な障害・妨害を克服する必要があると説いています。

 何れにしても、現在の日本が時世時節の変り目であることは間違い無いと、私は思量します。

蝦夷ッ子様

外地よりの貴重なご意見ありがたく思います。今でも北海道の方は雪降りに傘は指さないのでしょうか、はともかく
同じ世代であるが故に、明かせない数々の歴史を飲み込みながら、伝えなければならないことを伝える、そうしたことがせめてもの贖罪と思っております。自分達が当時呼びかけた数千人、数万の同世代の方々が、記憶を呼び戻し、少しでも子らの未来のために、やるべきことをやってくれることを望んでやみません。意半ばで、命を絶たれた多くの仲間達の為にも、生き残ったものの使命は重く、彼らの叫びが胸に突き刺さります。

 「善良な市民を悪人に仕立て上げる警察・検察」

この国の官僚支配の起源は、”裁量行政”にあります。

法律が曖昧だから役人の胸先三寸で意のままに決めてしまえるという、いわゆる法律の穴によって特権が生まれるのだと思います。

”法の下の平等”という原則が守られないことが、恣意的な捜査によって、官僚側に不利な政策を取る政治家や経済人を狙い打ちにした検挙を生むのでしょう。

で、官僚の意のままになるような人間をマスメディアは好意的に取り上げて官僚支配を助長しているわけです。

これらを打破するにはネットメディアを基盤としたところが地デジでの放送権を獲得して地上波でも放送できるようにすることだと思います。

もはや既存の大手マスメディアには自浄作用を促すことは諦めたほうがいいです。むしろ、彼らとは違った観点から放送する地上波放送局をいくつか創設して彼らと競合させたほうがお互いに切磋琢磨しますし、相対的に既存のマスメディアの影響力を弱めることにもつながると思います。

この国の不幸は、”違った見方が出来ない”ということです。その材料を既存のマスメディアは与えることができない。

ネットメディアはまだ弱い基盤ですが地上波の放送権を獲得したら相当強くなれるだろうとみてます。放送局を支持する人たちからの収入だけでなく、視聴者が増えれば広告収入も見込めるようになるんで、よりクオリティの高い番組作りが可能になるわけで、徐々に成長する新しいメディアを我々が応援する形で視聴していけばこの国を大きく変えるだけの力になるのではないかと期待します。

原口さんが総務大臣をやっておられるのだから是非ともネット系メディアに対して地上波での放送権を授与して、従来の横並びなマスメディアの現状に風穴を開けてもらいたいと思ってます。

TVでご活躍中の大沢弁護士はこんなことも申しておられました。
「検察には説明責任はない。立証責任があるだけだ」
どこにそんな法律があるのか是非お伺いしたい。
しかも立証できなかったことに対して責任を取ったことはあるのか。
謝罪すらしない人間のクズではないか。
適正な取調べを行っていると抗議するくらいなら、自ら進んで可視化を推し進めるべきだろう。
頭脳明晰な集団がサディストの巣窟になるというのは、多くの官僚がそうであるように、やはり教養がないからなのだろう。
身内にこんな職業についている人間がいなくて幸いだ。

「国家の主人公は誰か」

☆近代社会において、官僚機構は権力的地位をますます増大させ、階層として圧倒的に優越性を増して国民に君臨している。つまり民主主義というものは、国民がこの「死せる精神をもつ生ける機械」である官僚に隷属しているのである。官僚は恣意のままになる生殺与奪の権力をもつため、(佐藤県知事のように)そこには個人にとって「活動の自由」はない。ならばその増殖を制限し、制御することは可能なのか。----その問いの答えは、官僚制そのものが成しえない事柄を考察することによって得られる。それは「過去にない新しい出来事」とか「未来を見通し指導していく精神ビジョン」とか「結果に対する責任のとり方」である。ゆえに政治家は自分の権力をめぐる闘争と、その権力から生じてくる自分のビジョン仕事に対する自己責任こそが政治家の生命要因である。この偉大なる政治的資質というべき天性を備えて生まれてきた(軍団をつくるような)政治家は百年に一度しかあらわれない。「政治とは(官僚等との)権力闘争」であり「政治とは同志との集まり」なのである。

☆今回の小沢事件は①単なる金権政治家の疑惑事件②政治とカネの問題③特捜検察のリーク④マスコミによる大衆扇動⑤検察対小沢という興味本位の事件⑥旧態依然とした立花隆的な「国民対小沢」、など矮小化された見方に惑わされてはならない。この事件の本質は大きな歴史の流れから考察しなければならない。歴史社会学での最大のテーマは「支配者」対「国民大衆」つまり「国家の真の支配者は誰か」ということである。歴史においては、支配者の手足となって実務を遂行してきた「官僚」が、実質的に権力を握り大衆を支配してきたのである。「官僚」対「人民大衆」。今回の事件の本質もここにある。国民の代表である政治家を国一番の既得権益をもつ官僚組織にとって危険だからとして検察官僚が追放しようとした事件である。官僚制度は本来、独自の意思を持たない装置である。それが人事権をもち政策立案実行機能や政治家に対する強圧的権力をもつ自己増殖細胞となり、ついには巨大な官僚帝国(天国)という怪物がつくられる。

☆日本では明治以来、政治の実権を握ってきたのは官僚であり、官僚は国一番の利権組織であり、彼らに逆らえば検察とマスコミが動いて政治生命を絶たれた。官僚と検察が国民の上に君臨しその頂点に立ち、マスコミが国民を操縦してきた。

☆官僚制は、国民の政治的レベルが向上すると、北欧のように官僚と国民側が一体化してくる。つまり「権力を腐敗させないため、開かれた組織になる。オンブズマン制度(情報公開制度と行政監査請求制度)や内部告発・外部告発する自由を保障することとなる。議会任せでなく、やはり国民による直接的な監視制度、評価システムが必要」つまり「行動する議会」であり「行動する政府」であり「行動する国民」でなければならない。それは「国民が行政と共働きすること」であって、それによって国民も変わり、公務員は国民への奉仕者である公僕・サービス機関との認識に立つようになるのである。

「YAHOO!みんなの政治」で、石川知裕さんがバッシングの嵐に遭っています。メディァから受ける影響がどれだけ酷いかが解る様な書き込みです。

石川さんやめないで | 2010年2月 9日 22:05へ
YAHOO!みんなの政治 は最近ネトウヨ団体さんの溜まり場ですから、気にする事はありません。

WL1の風様、
 そうですね、生き残った者は死せる仲間の分まで生き続け、そして主張しなければなりません、形は変わっても孤立に臆することなく連帯を求めたいと思います。

取り調べではなく拷問~屈辱は絶対忘れない

枚方市元副市長 小堀隆氏の証言(以下URL参照)
(日刊ゲンダイ2月10日)
http://www.asyura2.com/10/senkyo80/msg/161.html

この事件では、官制談合に関与した疑いで市議と業者、仲介者、市長と副市長の5人が起訴され、前3者が実刑、市長が執行猶予、副市長には無罪の判決が出された。
しかし、元市長の中司氏は、公判において「屈辱に満ちた過酷な取り調べで、供述調書に署名してしまった」と述べ、談合への関与を全面否定した。

弁護側も「作られた検察の虚偽のストーリーを押しつけられた」ものであり、企業側から1円たりとも金を受け取っておらず(談合を成立させた見返りに)金を渡そうとした人もいない」と主張した。

したがって、元市長も冤罪だった可能性を捨てきれない。

そして今月8日の郵便不正事件の公判では、被告の村木さんの元上司が検察のストーリーを「壮大な虚構」と証言した。これも冤罪である可能性が極めて高い。

もはや人権抑圧と冤罪製造装置と化した特捜は、解体するしかない。責任者も処罰すべきだ。それが国民の正義だと思う。

また報道のあり方についても、記者クラブ開放とともに、本ジャーナル1月26日で高田昌幸氏が述べられた、事件報道の抑制(逮捕や起訴より裁判報道に重点を置くこと)が求められよう。

高田氏のブログはその後フォローさせていただいてるが、納得できる点が多く、不愉快な新聞報道の後に読むとほっとする。
http://newsnews.exblog.jp/ 

上記投稿で引用した文で、当事者のお名前を誤記してしまいました。
×誤・・・小堀隆氏 
○正・・・小堀隆恒氏 
です。失礼しました。

また、引用元である阿修羅のコメント欄に、以下の文がアップされてましたので、貼付けます。

このような事件が、私が住むニュージーランドで起こったら、メディアも国民も激高し、捜査担当者の処罰はもとより、「このような拷問的処遇を知ってて沈黙していた検察内部の関係者」が処分されることになるでしょう。日本もそういう「普通の国」になってほしいです。

****以下引用****

高橋伸介枚方市議HP HOME >データバンク2より全文
ttp://www.kiku-sakura.net/kobori.html
小堀前副市長の書簡 「無罪判決を受けて」 平成21年5月25日   
 枚方市議会  議 長  榎 本 正 勝 様
急啓
先日5月12日0時、「無罪」が確定してから約二週間が経とうとしています。
一昨年5月末日の青天の霹靂で理不尽極まりない突然の逮捕。非人道的且つ人権無視の取調べ。
一貫して潔白を主張し続けるも強引に起訴。
その後の一年余に及ぶ裁判手続きを経ての「無罪」判決。このことが何を意味したのか?人の人生を土足で踏み躙っておいて。
優秀な職員と共に市役所一丸となり誠心誠意取り組んだ、新清掃工場と新火葬場建設事業は無事竣工し既に稼動している現実。等々‥‥。
未だ気持ちの整理が付かず、未消化で溜飲の下がらない情況の中で、現時点に於ける自らの思いを有りのままにしたためました。
失礼ながら、市議会の皆様方にご抜露いただければ幸甚に存じます。
      平成21年5月25日                          小 堀 隆 恒
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
                            以下は本文
                                                  平成21年5月吉日
各 位
                          無罪判決を受けて
1,平成21年4月27日、私は、大阪地方裁判所で無罪判決を勝ち取ることができました。無実の罪で起訴されたわけですから、無罪判決は当然と言えば当然の結果です。しかし、他方、世の中に散見される冤罪事件を思うと、その心中は穏やかではありませんでした。
裁判官から「無罪」と言われたときの心境は、体験した者しか理解して頂けないものかもしれません。えも言われぬ歓喜の気持ちと虚脱感が錯綜した不思議な感覚でした。この感覚は、逮捕されて2年間という時間の長さとその間の苦しみの重さから来るものかもしれません。
2,無罪を勝ち取ることができたのは、裁判所が私の言い分を虚心坦懐に聞いて頂けたことが大きいとは思いますが、これまで私を支えてくれた数多くの方々のご支援ご声援の賜物と、心から感謝しております。
私の人となりをよく知って頂いている方々は、私がおよそ犯罪とは無縁な生真面目だけが取柄の人物であること、公務員として高潔であるべきとの理念の下、40年間これを実践してきたことを理解して下さっていました。
私が、逮捕されても、また起訴されても、私が無実であることを信じて、決して疑いをかけることすらありませんでした。特捜部が起訴しようが、マスコミがどれだけ騒ごうが一向に意に介さず、「小堀隆恒」という人間を心底信じてくれる人が周囲には沢山いるということが、何より私を勇気付けてくれたのです。
3,私は腎臓癌で右腎を摘出し、前立腺肥大による手術をする予定であったところ、突然逮捕されました。私は自分が逮捕されるなど全く予想もしておらず、個人的に弁護士の知り合いもいなければ、刑事事件がどのような手続きで進められるかも理解を欠いていました。
それより何より、私は自分が何故逮捕されなければならないのか、その理由を全く理解することが出来ませんでした。私は、当時、大阪府警の現職警察官で、しかも談合捜査のプロとして紹介された平原という人物に、捜査情報として尋ねられた内容を答えたに過ぎません。しかも、その情報は予算額と経審の点数であり、捜査情報として必要だとの平原の説明に何ら不合理な点はなく、しかも何ら秘密事項でもありません。
そもそも目の前の警察官が業者から1000万円もの賄賂をもらって談合に加担しているなど一般人が考えるでしょうか。一般人のこんな常識的感覚さえ、検察官は聞く耳を持ちませんでした。
私は業者と接触することを悉く嫌っており、業者から金品をもらったことなど一度たりとてありません。大阪府警をしょって立つエリート警察官として紹介された平原が、賄賂をもらっていたなどという話が、小説やテレビではなく現実にあるなどと一体誰が考えるでしょうか。
4,それでも、検察官は私の話を聞き入れません。汚職警察官の言うことが正しいと決め付け、私がそうでないと何度も申し向けても聞く耳を持ちませんでした。挙句、「二度と枚方に住めないようにしてやる。」、「お前ら家族も町を歩けないようにしてやる。」などと怒号し、机を叩きつけたり、パイプ椅子を蹴り飛ばしたりし続けました。拘置所の看守が、近所から苦情が出ていると取調べの最中にクレームを述べに来たり、多数の取調べを目の当たりにしている看守が私に「間違いをおかすなよ。」と自殺の心配をしなければならないほど過酷な取調べが続いたのです。
その上、排尿障害でカテーテルを挿入され、その挿入に問題があったがため出血が酷く、まともな手当てもされないまま、オムツを履かされ出血が止まらない状況で取調べを受けたのです。その屈辱は一生消えることはないでしょう。私は、法治国家の日本の現実かと恐ろしくなりました。
5,勾留中、私には弁護士以外とは面会できないという措置が講じられていました。
保釈後、マスコミが、私が罪を認めたであるとか、1000万円受け取ったなどと虚偽の報道を競うようにしていたことを知り愕然としました。特捜部からリークされた虚偽の事実を、そのまま平然と報道するマスコミの姿は、それまで私が持っていたマスコミ像とは全く違っていました。権力と戦う正義感に燃えるマスコミ像というのは、単なる幻想であることを思い知りました。
事件について何も知らず、マスコミからの情報にだけ接する一般人の考えは当然誤った方向に導かれます。私が勾留中、私の家族には「松岡農林水産大臣のように自殺されてはどうですか」と書かれた匿名の手紙が届きました。あの時、私の家族に何かあったとしても、マスコミは責任を認めなかったでしょう。
これが報道の自由を標傍するマスコミの実態なのかと虚しくなりました。
6,私は、40年以上、枚方市政のために全力を傾注してまいりました。それは生まれ育った、そして今後一生を終える地となるであろう、この枚方市が少しでも良くなればこそと思ってのものです。私だけではなく、先祖代々枚方市に居を構え、私の子供達を含めて、枚方市のお世話になっております。私は枚方市に仕える身として、職務に励んでおり、公務員としても人一倍自分を律してきました。
それにもかかわらず、志半ばで枚方市を去ることを余儀なくされたのです。時計の針が戻るなら、平成19年5月の時点にもう一度戻り、副市長としての職務を全うしたいとの思いです。しかし、それが適わない現在の自分の立場が、本当に辛く悔しくてなりません。
7,以上、無罪判決を勝ち取ることができた現在の心境を率直に述べました。
私は、この結果を受けて、皆様の面前において、自らの思いの丈を述べることも思慮しましたが、控訴係争中の方がいる現状に鑑みて書面といたしました。
                                                     小堀隆恒 印

投稿者: em5467-2こと恵美 | 2010年2月 9日 10:46

ここに来て「小沢観」の違いがはっきりしてきましたね。高野さん
始め本当は「小沢」を個人的には好きではないんですよ。
つまり、それ程強くも賢明な男でもないにも係らず、この状況があるから応援していますが、だと言って小沢は我々の擁護を必要としているかといったら「別に」という男なんですよ。
埒もない意見や好意は残念ながら
切り捨てる男なの。
但し、的を得た「提案」には直接お礼を言う人ですよ。


<em5467-2こと恵美 様>
 「そよ風」様のご指摘は私も同感です。恵美様の「小沢観」は本当に的確であると感じております。
ただし、私は革命家、現実政治家としての小沢さんを300%信じて疑っていません。現在の日本の政治家の中で時代を切り開いていける「意志」と「能力」を併せ持つ政治家が他にいますか?
 彼は負けるような戦いはしません。一時的にダメージを受けることはあっても、必ず立ち上がり、敵に致命傷を与えます。この点は先の総選挙で実証されているではありませんか。私の好きな言葉「連帯を求めて、孤立を恐れず」を実践されていると思います。
民主党を見放すのは小沢さんが民主党を割る時にしませんか。 


それにしても社民のクソ議員はひどいな。

グアムの知事がこれ以上は無理だってやんわり拒否してるのに、
それでもなんとか基地移転させようとしてやがる。
地元民が嫌がってるからってのが沖縄から基地移転する理屈だったはずだが、
グアムの地元民のことは無視なのか。
そりゃあ唯一票が稼げる沖縄を大事にしたいのはわかるが、
沖縄だけが国民じゃあないんだぞ。

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