Calendar

2010年2月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28            

Recent Entries

Recent Comments

特別企画:この国の正体(10)
匿名 02/18
mochizuki 02/19
一国民 02/19
未来の株や 02/19
匿名 02/19
(日本人を止めた)無国籍人 02/19
icc 02/20
市南宜陵 02/22
vega 02/23
市南宜陵 02/23

« 特別企画:この国の正体(9)
メイン
郷原信郎が原口総務相の検察の裏金調査発言について語る! »

特別企画:この国の正体(10)

 《THE JOURNAL》の過去記事をピックアップし、日本の権力構造をあぶりだす特別企画「この国の正体」。第10回は09年5月5日に掲載された高野孟編集主幹の「雑誌『選択』が示す「小沢続投論」への異常な反感 ── 名指し批判には答えない訳にはいかない」です。

────────────────────────

高野孟氏(THE JOURNAL編集主幹)
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/05/post_253.html
「小沢続投論」への異常な反感 ── 名指し批判には答えない訳にはいかない」 2009年5月5日掲載

 会員制月刊誌『選択』5月号の連載コラム「政界スキャン」は、「『小沢続投』支持論に異議あり」と題して、民主党機関紙『プレス民主』4月17日号で田中康夫=新党日本代表と高野が並んで「小沢一郎代表続投」論を書いたことに対し、手厳しい批判を展開している。このコラムの筆者「地雷53」は大手新聞の政治記者の大御所であることが知られているから、新聞マスコミのあり方の問題として反批判させて頂く。

●マスコミは何故「ゼネコン献金」を総ざらいしないのか?

 コラムは、「田中の主張は...極端な小沢礼賛に終始しており、論争の材料にはなりにくい」と片づけた上で、「高野論文は一応は筋が通っている」として(有り難うございます、「一応は」と留保が付いているものの「筋が通っている」というのは書き手にとって最良の褒め言葉です)、次のように述べている。

「第1は検察ファシズム批判で、公権力の乱用に屈せず民主党全体で闘うべきだ、と[高野は]訴えている。検察批判はわからないではなく、今回も検察の悪い癖がでた面があるかもしれない。だが、検察が捜査している秘書の政治資金規正法違反事件と別に、いま問われているのは小沢による巨額の企業献金・蓄財に対する疑惑だ。それは、『何のために政治をやっているのか』という根源的な不信につながっている」

「検察批判はわからないではなく、今回も検察の悪い癖がでた」というなら、これは民主主義の根本に関わることなので、マスコミはまず検察批判を徹底すべきではないのか。ところがコラムはその「面があるかもしれない」と逃げた上で、そのようにちょっと問題がある検察が取り上げている小沢「秘書の政治資金規正法違反事件」と、「小沢による巨額の企業献金・蓄財に対する疑惑」は別のものだと規定し、前者よりも後者のほうが「根源的な不信」につながる重大問題だと言っている。その後者のほうを重視しない高野は間違っているという訳だ。

 マスコミが検察批判をしていないとは言わない。小沢秘書起訴の翌25日付毎日が社会部長名で「検察は説明責任果たせ」という解説を載せたのは画期的なことだった。が、目立ったのはそれ1つくらいで、マスコミが全体としてこの検察の横暴に立ち向かうという姿勢は見たことがない。

 検察が事件化した問題は言わば瑣末なことで、それと小沢が巨額な企業献金を受けて蓄財していた問題とは別だと?

 別扱いするのは構わないが、それだったらマスコミは、民主党だけでなく自民党などを含めて、「巨額な企業献金」を未だに受けている議員のランキング、その中で特に「ゼネコン」から、そして「西松建設」から、献金を受けている議員のランキングを示して、その個々に何か問題がないか総点検して貰いたい。その中で、小沢が企業献金、ゼネコン献金、西松献金それぞれについてランキング何位なのか、またその中身について疑惑の度合いはどれほどなのか、私も知りたいと思う。私は本当はそういうことを自分でシコシコ調べたいがそれだけのゆとりもない。マスコミは何千人も記者を抱えているのだから、普段からそういうことをやって、検察が何を(恣意的に)取り上げるかとは無関係に、警世するのが仕事なのではないのか。それをサボッていて、検察がたまたま小沢秘書の問題を取り上げたとたんに弾かれたように、巨額の企業献金を貰ってけしからんなどと言い募れば、小沢だけがゼネコンを含む企業から怪しい金を持っているかの印象を振りまくことになるのであり、そういう風だから検察の都合に合わせて誰かを(恣意的に)攻撃ターゲットにして捜査に協力する岡っ引き的な癒着体質を指摘されることになるのではないか。

 付け加えると、コラムが「企業献金・蓄財」と言っている、「蓄財」とはどういうことだろうか。言葉のニュアンスは「個人的蓄財」と受け取られる。私は小沢は個人的な蓄財には関心がないと思う。悪名高き小沢の師匠=田中角栄もさんざん「金権」と叩かれたが、彼も個人的な蓄財には関心がなかったと思う。恐らくこれは、小沢が政治資金として集めた金を使ってマンションを購入し、事務所や秘書の住宅として使っていたということを指すのだと思うが、そのマンションを貸したり転売したりして個人として利殖していたというならともかく、広義での政治目的のためにマンションを買って、それを政治資金団体の名義には出来ないから代表者である小沢の名前で登記することがあったとしても、それを「蓄財」と言うことは出来ない。コラムが「蓄財」と言うのは何を指してのことなのか。

●マスコミの「小沢辞めろ」の大合唱

「高野は『辞任せよ』の大合唱が続いている、と世間の付和雷同性に反発しているふうだが、合唱なんかしていない。この場面での小沢の挙動を世間はじっと凝視しているだけだ」とコラムは書いている。

 これは私の筆が足りなかった。「『辞任せよ』のマスコミの大合唱」と書くべきであった。確かに、世間は(後述のようにネット上は別にして)合唱なんかしておらず、むしろ醒めているが、独りマスコミだけは狂ったように反小沢の合唱を歌い続けている。それが問題なのだ。例えば、小沢秘書の起訴後、3月25日付各紙の社説の見出しはこうだ。

朝日:小沢代表は身を引くべきだ
毎日:説得力のない会見だった/検察は与野党問わず捜査を
読売:小沢代表続投後のイバラの道
産経:小沢氏続投は通らない
日経:小沢氏続投は有権者の理解得られるか

 毎日だけ取り出せば、同紙はさらに6日後の31日付社説「千葉・民主大敗/早く不信をぬぐい去れ」で、千葉県知事選の結果を「政治資金規正法違反事件と、小沢氏の続投表明など、その後の対応が影響したとみて間違いなかろう」と一方的に断定した上で、「やはり、ここは小沢氏が身を引き、早急に新体制を作ることではないか」と辞任を勧告している。4月5日付「社説ウォッチング」では「千葉県知事選などを受け、各紙は改めて社説で民主党を取り上げた。立場は異なるが総じて民主党への目は厳しく、小沢氏の続投を容認している社説は一つもない」と分析しつつ、「小沢氏は早くけじめをつけた方がいいというのが、毎日の基本的な立場だ」と強調した。

 社説以外でも、毎週月曜日掲載の山田孝男=専門編集委員のコラム「風知草」は4月に入って3週間続けて、「よほど恨みがあるのか...と冷やかされることがあるが」と自分でも断りながら小沢批判を繰り返している。20日付の松田喬和=専門編集委員の「政治の"いろは"」 も「『政治家小粒論』に拍車」と題して「小沢の続投は政権交代の好機を逸しかねない」と書いた。岩見隆夫は『サンデー毎日』4月19日号のコラムで「再びぶざまな姿見せるな、小沢さん」と呼びかけた。

 こういうのを大合唱と言うのではないのか。大合唱しているのはマスコミであって、そのことをマスコミ自身が「変だ」と自覚していないことが危機的である。

●ネットでは「小沢辞めるな」の声が圧倒

 世間は反小沢の合唱なんかしておらず、ネットで見る限り、反小沢どころか親小沢の合唱が起きている。しかもそれは「親小沢」という単純なものではなく、小沢の限界を百も承知の上で、それでも小沢を押し立てて政権交代を実現すべきであるという、極めて質の高い意見の集積で、世論の健全さはむしろネットに表れていると言える。

 それはTHE JOURNALの高野、田中、山口などの記事に対して書き込まれた読者コメントを見れば一目瞭然だが、他にも例えば「小沢一郎ウェブサイト」の中の「掲示板・投稿」→「ご意見・投稿」には、「小沢さんを支持している国民は本気で、というより必死で、応援していると思います。絶対にあきらめないで下さい」(茨城、自営業、40歳代)といった熱い支持が2万通以上も集中している。

※小沢一郎ウェブサイト:https://www.ozawa-ichiro.jp/

 他方、政治に関心ある比較的若い層が集まる「Yahooみんなの政治」でも、小沢頑張れ論は主流で、4月30日に始まった「主な民主党議員の中で、これからの同党のリーダーとして最もふさわしいと思うのは?」というアンケートには5月5日現在2805人が投票し、57%が「小沢一郎」と答えている。

※Yahooみんなの政治:http://seiji.yahoo.co.jp/

 このように言うと、ネットで書き込みをするのは若い層が中心で、しかもマニアックな連中が多いんだろうと言った偏見に満ちた声が聞こえてきそうだが、小沢サイトに投稿している人々の年齢層を見ると、50〜60歳代が中心で70歳以上も少なくない反面、40歳代はそう多くなく30歳代は稀である。小沢支持者に高年齢層が多いことが分かるが、それにしても、60歳代や70歳以上の人たちまでがネットを通じて「小沢負けるな」の意見を競い合うように表明している様子は新鮮に映る。

 またこれは、THE JOURNALなどへの投稿にも共通することだが、この事件が起きるまで「特に政治に関心がなかった」り、「小沢はむしろ好きではなかった」りした人たちの投稿も少なくない。小沢サイトへの投稿の中に「小沢さんは分かっていると思いますが、今となっては、インターネットでの書きこみは無党派層の人たちも参加しています。マスコミの小さい範囲での世論調査などより民意が読み取れるのです」と書いた人がいるが(北海道、会社役員、40歳代)、そのように、必ずしも前々からの小沢ファンでも民主党支持者でもなく、無党派ないし政治的無関心層までもがが、検察の横暴とマスコミの堕落に危機感を持ってネット世論の形成に参加してきていることが窺える。

●世論の"量"と"質"

 上の投稿者が「ネットでの書き込みは...マスコミの小さな範囲での世論調査などより民意が読み取れるのです」と書いているが、ここが1つのポイントである。

 マスコミの世論調査は、それなりに学問的に裏付けられた(と思われている)方法によって行われるけれども、そのサンプル数は数千程度にすぎない場合が多い上に回収率が低く、また別に答えたい訳でもなくその準備もない人にいきなり質問を浴びせて無理にでも答えさせるのであって、そこで採集できるのは言わば「受動的な世論」である。しかも、前稿でも述べたように、設問の表現や配列、質問前の説明の仕方、念押し・重ね聞きなどによる無理矢理の括り方等々によってマスコミにとって都合のいいようにバイアスをかけられやすい。そういうことが仮になかったとしても、しょせん世論調査が示すのは「賛成?%、反対?%」という"量"であって、例えば「小沢続投賛成」と言っても、それぞれの思いや微妙なニュアンスは一切反映されない。

 それに対してネットの掲示板では、投稿者は自分から意見表明に相応しいサイトを探してアクセスし、単なる賛成・反対でなく自分なりの論理を立てて思いを込めて書き込むのであって、それは「能動的な世論」であると言える。しかもサンプル数は、サイト管理者が制限でもかけない限り、事実上、無限である。またネットの書き込みの1つの特徴として、例えば「小沢辞めるな」という論調がひとたびサイトの一角に出来るとそれに賛同する似たような意見が殺到して、それに対する反論が出て大討論になることは滅多にない。誰もが自分の思いを書き込むのに相応しく、また話が通じやすいレベルのたくさんの人たちに読んで貰えそうな場所を探し求めているし、反対論の人はそこで口を挟んで袋叩きに遭うようも、別の自分と似たような意見が多い場所に行って発言した方が盛り上がるから、見ただけで黙って去っていくので、そういうことが起こりやすい。それはそれで問題で、もっと普通にネットの各所で生産的な議論が湧き起こるようにならないものかとは思うけれども、それはともかく、その特徴のためにネットでは世論は"量"として%で把握されにくい反面、"質"を汲み取ることが出来る。

 こうして、マスコミ世論調査では「小沢辞めろ」が60〜70%に達するのに、ネット世論ではむしろ正反対の意識の流れが表現されることになる。サンプル数が少なく限定された中から汲み出された受動的な世論を"量"として掴むのと、サンプル数が事実上無限である書き込みの中から能動的な世論を"質"として捉えるのと、どちらが正しいかと言い切ることはまだ出来ないが、少なくともネット世論の"質"を無視すると致命的に状況判断を間違えかねない時代が到来しつつあるのは事実である。検察もマスコミの大勢も民主党内の反小沢派もみなそこで判断が狂ってしまった。

 余談ながら、このマスコミ的世論とネット世論のギャップに、さすがの新聞も「このままではまずい」と思い始めたのかと思わせる兆候が、朝日の投書欄に現れている。4月27日付に出た「西松献金巡る4つの疑問」という東京都八王子市、61歳の投書は、朝日の21日付の小沢辞任を促した社説に「反対である」として、(1)検察の強引な捜査、(2)マスコミの権力批判を忘れた「大本営発表」的な報道、(3)それをうのみにした国民が「ワルの小沢」と思ったこと、(4)ゼネコン献金というが自民党は企業や業界から民主党の10倍も貰っている、の4点を疑問として提出、「私は28%の小沢続投の意見に賛同する」と結んでいる。5月4日付には「新聞の軸足は市民に置いて」と題した岩手県陸前高田市、68歳の投書が載り、上述の投書に同感しながら、この問題で朝日新聞は独自の調査で本質をえぐるような記事を見受けなかったと批判、「それに比べて、親子関係にある週刊朝日は当初から検察の強引な捜査に疑問を呈する論陣を張った。...権力に迎合しない編集姿勢は市民の側に軸足を置いているからだ」と週刊朝日に拍手を送った。いずれも、ネットでは当たり前の議論だが、それを新聞が投書欄とはいえ載せるようになったのは、1つの進歩かも知れない。

●何のための「改革」なのか?

 『選択』に戻って、コラムは次に、高野が「検察が粗暴な行動に出た背景には、『明治以来100年間の官僚支配を打破する革命的改革』を呼号する小沢代表への恐怖心があるに違いない」と書いていることについて、次のように言う。

「確かに官僚機構は政権交代に不安感を抱いているだろうが、小沢続投に反対する世間は官僚とほとんど無縁だ。小沢は改革者の資格があるか、と世間は疑っている」

 うーん、ここはちょっと論理が混濁していてよく理解できない。いま政権交代を通じて行われるべき革命的改革とは、明治以来100年余の、官僚が実質的な権力を握ってこの国を動かし政治家はただそれに随伴しておこぼれ頂戴のような無様な態度を演じてきた、発展途上国丸出しの支配体制を爆砕することである。世間の大勢は、そのような革命的改革の端緒を切り開くのは、資金面でクリーンかも知れないが屁理屈ばかり言っているようなヤワな指導者では到底無理で、仮にその面でクリーンかどうかは疑わしくとも官僚体制の表も裏も知り尽くして一流の剛腕を用いてダイナマイトを連発で仕掛けてくれるはずの小沢こそ「改革者の資格」があると思っている。

 ところがこのコラムは、まず「世間は小沢続投に反対している」と誤解している。その原因はたぶん、上に述べたような意味での世論の"質"が読めていないからだろう。その上で、世間が反小沢なのは、別に官僚に頼まれたり吹き込まれたりしてそうなっているのではなくて、何よりも資金面でクリーンでないと改革者は務まらないという基準で純粋にそして正しく判断しているからだと言いたいらしい。繰り返すが、世間は反小沢ではなく、官僚体制を爆砕して貰いたいと思っている人ほど親小沢であって、その際クリーンかどうかなどと言う判断基準を少なくとも最優先する人はいないのではないか。

 コラムはさらに、高野が「そもそも小沢一郎という政治家を清廉潔自のクリーンな人だと思っている人は、失礼ながら、誰もいない。田中金権政治の直系の秘蔵っ子という過去については誰知らぬ者もない。しかし、過去の政治を知り尽くしているがゆえにそれを最もラディカルに否定できるというのが小沢という政治家の面白さであり、そこにこそ彼の破壊的なエネルギーの源泉があるのであって、そのことを民主党の皆さんはもちろん国民の多くも百も承知で、彼に政権交代への道を切り開く役目を託してきたのではなかったのか」と述べている部分を引用して、次のように言う。

「小沢の『面白さ』について異論がある。過去を知り尽くしているがゆえに、と言うが、知り尽くすことと過去の体質を引きずっていることとは根本的に違う。引きずりながら破壊的なエネルギーを発揮できるとは到底思えない。過去を知っているのは結構だが、過去と訣別するけじめと勇気がなければ、次のステップは程度が知れている。今回の衝撃は、小沢の引きずり方が並みでないのを初めて知ったことだった。高野はそこを軽視している」

●小沢における弁証法

 確かに、過去の体制を知り尽くすことと過去の体質を引きずっていることとは違う。私も、出来れば小沢がここへ来るまでにその引きずりを清算しておいてくれれば(マスコミがブレて世間を惑わすようなことも起きずに)どんなによかったかとは思う。しかし、革命的改革のための政権交代が実現するかどうかの瀬戸際という今の戦略局面において、そのことは「根本的」でも何でもない。むしろ、過去を知るが故に何ほどか過去を引きずっているであろうことは多くの人々にとって想定内であって、コラムがその「引きずり方が並みでないのを初めて知った」とウブなようなことを言っているのは分からない。誰が「並み」で小沢の何が「並みでない」と言うのだろうか。

 これが93年で、自民党一党支配が金権腐敗の汚濁の中で自壊し、次に金権腐敗を打破して政治改革を推進する政権を作らなければならないという戦略局面であれば、そのことは「根本的」で、小沢のようなその点で疑いの残る人物を総理にする訳にはいかなかったし、小沢もそれを知っているからクリーンそうで爽やかムードの細川護煕を担いで自分は裏に回った。今はそれを争点とした政権交代をしようという場面ではないから、そのことは、出来ればそんな紛れの要素は予め除去しておいて貰いたかったけれども、しかし「根本的」ではない。「そこを軽視している」と言われればその通りで、私は重視しているポイントが違う。戦略局面の認識が狂うと、根本的なこととそうでないことの見分けが付かなくなって、このコラムのような判断軸の大きなブレが生じるのである。

「過去を引きずりながら破壊的なエネルギーを発揮するとは思えない」と言うが、それはやってみなければ分からない。現に既に小沢は、過去を引きずってきたことの非を悟ったためだろう、ゼネコンからの献金禁止という民主党の過去の及び腰のテーゼを一挙に乗り越えて「企業・団体献金の禁止」を選挙公約に盛り込むよう党に指示した。自民党政権では全く起こりえないこのような決断は「けじめと勇気」ではないのだろうか。過去の引きずりが重いだけにそのフックが外れた時に前へ飛んで行く弾け方もまた大きい、というふうに、弁証法的ダイナミズムにおいて小沢を捉えることは出来ないのだろうか。そのように見れば、政治はもっと「面白く」なると思うのだが。▲

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/6637

コメント (44)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

この国の正体として、その一面をご紹介。
最近、テレビ画面に見る事の多い阿部とも子。
社民党だが、何故か地元では、元自民党の
野中広務元幹事長が、阿部とも子の地元講演に
参加する事が多いと言う事の意味を知りたい。
何かを企んでいるとしか言いようがないが、
高野師匠なら、解説出来るのではないかと
思いますので、ご高説を賜りたい。

今の小沢バッシングは、白人が無実の黒人を無理やり縛り首にしようとしているようなものだ。

反小沢勢力と理性的な対話で理解しあおうというのは無理な話だと思います。この国の守旧派勢力は民主党政権の下では生きていけないことを熟知し、それこそ生死を賭けた闘いを仕掛けてきているのです。そのことはマスコミには決して乗らないため“善良な国民”の大部分はまだ知りませんが、一部の人たちは気づき始めているし、小沢幹事長も鳩山首相もわかっていると思います。
マスコミが、民主党・小沢一郎を批判する本当の「理由」
http://alternative.zz.tc/141363979

私も,私の親戚も友人も、もうマスコミを信じなくなりました。今は,インターネットを通じて自由にさまざまな意見を確かめることができるからです。今、マスコミ大手の新聞もテレビも見ない人が増えています。私たち市民は、検察の正体もマスコミの内情も知るようになっているのです。この流れを検察もマスコミも止められません。私たちは,マスコミが何を流そうとも、小沢一郎と鳩山首相を支持しています。日本に本物の市民社会を実現させることが,私たちの本当の望みですから。

「地雷53」とかいう奴は、
「過去の体質を引きずりながら、破壊的なエネルギーの発揮が出来るとは到底思えない・・・云々…」と、寝とぼけた事を書いているが、
こいつは、89年に起こった物事を、何も考えなかったのだと思う。
高野さんも、あの頃「世界地図変動の...」という本を出していたと思います。時代の変遷を、大いに考えられていました。
私も、30代半ばの株屋としては、どうしても考えなければならない重要事項でした。

あの激変の時代を、何も考えず「ポカん」と、ただ波にもまれて過ごした者、もしくはそんな外部環境関係なしに温室の中で優雅に過ごし続ける事が出来た者は、何もかもを引きずったままの人生が、今も続いているのでしょう。
そして、そんな奴は、当時の小沢が今の小沢と、何も変わっていないとしか映らないのでしょう。

なる気になればなれたかもしれない「総理」の椅子につかなかったこと。
「権力闘争に敗れた結果」と、言われる向きも多いが、自民党を離党した事。

この二つの事実を、地雷はなんと受け止めるのだろうか。

この混乱を経て93年に書かれたのが「日本改造計画」なのだが、
その事実に目を瞑る者には、小沢が「過去を引きずっている」としか見えないのだろう。

過去なんか、とうの昔に自民党と云うごみ袋に入れて、捨ててしまっているよ。

このコラムには、頷くことばかりです。
私も昨年暮れまで、洗脳されていた一人です。
このジャーナルの存在を知り、色々な情報やご意見を伺うにつれ、これまでの未熟さを恥じ入っています。

これからの報道のあり方、政治家のあり方、行政のあり方等多岐に渡り、個人の意見を反映できる場であり、1つの民意を表していると思います。

日本の政治は政党政治である。
族議員や官僚主導の政党の存在を否定された。
新しい政党体制基盤を作りえる政治家が、小沢氏しかいないと思えることが、逆に言えば残念です。
小沢氏自身が、過去試行錯誤してきた経験の元に培ったものであると思えます。

他の政党でも、この位灰汁の強い人がいるのかもしれませんが、未だそれを知りえません。

政治家の質で言えば、政策に精通していることや多くの意見を聞く謙虚さを持ち合わせることも重要なファクターですが、政党政治である以上、政党をまとめる力も重要です。
人間はスーパマンでなく、それぞれの持ち味、持分がある。

小沢一郎ほど解り易い政治家はいないと思う。ただし解ろうとする人にとって。
 私なんかも理解を拒んでいたクチで代表就任後、小沢一郎を考えるようになった。
 小沢一郎は政治活動の大きな転換期には政治家にありがちなアドバルーンの様なものではなくキチンと理論的検証をしている。
「日本改造計画」
小泉なんか遥かに周回遅れであったと今にして思う。
 細川内閣の「国民福祉税構想」も今から考えるとすごいなとやっと理解できる。
 仮に小沢構想を日本が実行できていたら、今の日本もかなり変わっていただろうと想像できる。
 ただその時点では私は彼を拒んでいた。どちらが進んでいてどちらが遅れていたか歴史が証明している。
 政治は口先ではないのである。
 小沢さんが民主党代表に就任して自民党に代る政権党へと具体的な布陣を敷いていくのを見て、私も民主党を支持しようと決断した。それまでの民主党なんか全く評価の対象ではなかった。
 すごい政治手腕、政治センスだなと感心した。
 雑誌「世界」に載った論文は実務家としての抜群の調整能力を発揮したものだろ。
 その後の「国民の生活が第一」を掲げ、自民党を包囲し遂に衆院選で陥落させていった政治手腕は歴史的政治家のものである。
 文句なく私が見てきた政治家で小沢一郎が群を抜いている。田中角栄とよく比較されるが、論外というものだ。
田中は高度成長期の支配政党の波に乗って活動してきた個性的政治家の域を出ていないが小沢一郎は自民党長期政権に挑み続け、苦難経て今日に至っている理性と政治手腕が融合した革命的「保守政治家」である。
 吉田茂はGHQの力を借りて政治を行っていたと総括できる。
 従って戦後の日本が生んだ最大の政治家は小沢一郎を置いてほかにない。
 自民党が長期に政権を維持してきたのは官僚との癒着はあったが、それにとってかわる野党は永遠の反対党の域を出ず結局、優秀な人材は自民党に集まっていたともいえる。
 自民党支配の経済的基礎が瓦解していく中でそこから分岐していった政治家の中にしか日本を変える政治家を見出すことができないのも論理的帰結として全く当たり前のことが起こっているにすぎない。

私も小沢は大嫌い。(歳はな50歳です)

ただ、国民が選んだ国会議員を官僚が好きに料理しようという昨今の状況は看過できるものではない。

諸悪の根源は、田中金権政治とか何とか言う前に、国民が政治家を見下す風潮。これを正さない限り同じようなことが続くだろう。

子供に将来何になりたいか、と聞いて「政治家になりたい」と言えば日本人なら「大丈夫か」と心配するだろう。

「政治家は金のことしか考えていない唾棄すべき人種」という思いを変えさせない限り、この国はよくならないだろう。

裏返して言えば、こういう政治家不信の風潮は「二世議員」にとっては極めて美味しい状況である。
優秀な人間が政治家を目指さないのだから・・・。


wacwac 様

一年にも及ぶ病的な検察・マスコミの小沢攻撃が続く中、鳩山センセイには心底失望しています。何より彼からは、小沢さんのような国民生活に根ざした社会変革を求めるエネルギーがまったく感じられないのです。

鳩山センセイは公務員改革を唱える時も、実際に何をするでもなくイノチ、イノチと、上流階級が余裕があるときに下々に施す優雅な慈善事業といった趣で、夢のような言葉を並べてただただ綺麗に歌うだけ。この間違った社会の現実を今すぐ変えなければ、と命がけで闘う気迫がまったく感じられません。小沢さんとはまったく逆で、理論と現実との接点、言葉と行動との関係が、何一つ見えないのです。

私も小沢さんが表舞台の中心で、理想実現のため政治手腕を思う存分発揮できる日が一日も早く来ることを、願ってやみません。

ちょっと今びっくりしたのですが、報道ステーションで、原口さんが検察の裏金についても調査するように言っているというニュースの後、古館さんが三井さんの件もありますし…なんて言ってました。何か流れが変わってきたのでしょうかね。。

「理解を拒んできた」を好き嫌いに直結できる方は幸せな人生を歩んでこられたのだろうな。そういう人間になりたい。もう遅いけど。
 何か、小沢一郎賛歌みたいになったから投稿ついでに彼の欠点にも触れておく。
 内部闘争に弱いな。これはあくまでその類稀なる政治手腕、政治センスに比較してのことだけど。
 例えば自民党にはこの前の国会質問で70歳を優に超えても政治に魂を抜かれ餓鬼のようになっている破廉恥な与謝野の様な輩がウジャウジャいる。
 そんな中での戦いを小沢一郎は得意じゃないんじゃないかな。
 その意味で「やっとたどり着いた」
今の民主党が彼には適していると思う。変なのは一杯いるが決定的に実行力にかけている。暗闘をやりッ切っていく政治家は民主党にはいないと思う。従って民主党が水にあっていると言える。
 たぶん自分の弱点を理解しているから防衛本能を絶えず働かせていると思うが、これが誤解を生む元にはなっている。
 しかしこの行動は正しい。警戒心を解いたら織田信長やトロッキーになってしまう。自分をよく知っている。

「匿名 | 2010年2月17日 22:32」様へ

何か、庶民レベルで物凄い事になっているみたいですよ。
当地、田舎の県庁所在地なんですけど、書店の動きでは、今週号の「週刊朝日」は売れていなくて(!!!!!!!!!)、今週号の「週刊東洋経済」は凄く売れているみたいです。4件目に行った書店でやっとありました。題はここの皆さんはご存知ですけど、「新聞・テレビの断末魔」ですけど、何か少しでも、現在のマスコミのあり方を知ろうという一般国民が増えているのではないでしょうか?何か凄い事が起きているらしい事を感じ始めているのではないでしょうか?新聞・テレビしか、情報に接っしていない人達もね・・・・・・・。

41歳のサラリーマンです。大マスコミの皆さんも、結局は高給サラリーマン。保身が大切なのですね。大マスコミを離れれば、ただの人。
今後は、フリーライターさんが地道に集めた情報を入手できるネット、週刊誌に大いに期待しております。
ネットで氾濫している産経新聞のニュースは見るに耐えない。ヤフーにアクセスするのを、最近控えるようになりました。

原口さーん
裏金調査がんばれ!
日本はおかしい
小沢さんの裏金調査に
20億掛ける癖に
警察の「20億」裏金は
一晩ニュースで流れただけ。
おまけに検察裏金を
「けん制球」だって。
どこまで検察目線なんだよ。
もう新聞終わってるね笑

先ほどラジオに電話で出演して党首討論の解説をした東京新聞政治部デスクの方は
国民の最大の関心事は政治とカネだと本気で思っている様でした。
さすがに電話を切った後のスタジオでは「それは無い」と批判してましたが。
業界の常識=世間の非常識

検察の裏金作りの実態(ロシア・マフィアから麻薬・ピストルを暴力団と一体となり密輸)、ならびにマスコミが自民党からワイロを受け取ってきたことが「しゅん| 2010年2月17日 18:11 氏の引用サイト(http://alternativereport1.seesaa.net/article/141363979.html)に生々しく書かれている。これが事実だとすると、日本の検察は米国CIAの裏金作りと同じ極悪なことをやっていることになる。

尋常ではない由々しきことが起こっている。


旧京城府(ソウル)から、二歳で引揚げてきた老人です。初めての投稿です。
現在のところ、このサイトがいちばんのお気に入りで、いろいろ勉強させてもらってます。書き手と読み手(投稿者)の質の高さに敬服しています。とりわけ、高野さまの文章の分かりやすさと論理性の高さに、いつも膝を打っています。ことばにできない自らの思いを、高野さまが代弁して下さってる。と思えるからです。

小生は、昨年の総選挙で民主党が圧勝したとき、ひとり万歳を三唱しました。そして、鳩山さんの総理大臣としての初めての所信表明を聴きながら、泪が止まりませんせんでした。
そんな小生にとっての、今回の無血革命(ですか?)が融解すれば、残り少ない人生の希望のひとつが、小生から去っていきます。
そのためにも、民主党(就中、鳩山さん、小沢さん)に、ここいちばんを踏ん張っていただきたいのです。
《THE JOURNAL》が、これからも真実(事実ではありません)を伝えて止まないサイトであることを熱望しつつ、エールを送ります。

「再掲載」も世論誘導のひとつなんだろうが、ネットの場合、露骨に政治的な意図が見える。もう少し考えたほうがいいんじゃないかな


>それはTHE JOURNALの高野、田中、山口などの記事に対して書き込まれた読者コメントを見れば一目瞭然だが

そりゃ、ここは信者のサイトなんだから当然でしょ。

>こうして、マスコミ世論調査では「小沢辞めろ」が60~70%に達するのに、ネット世論ではむしろ正反対の意識の流れが表現されることになる。

だったら、次の選挙も安心ですね(笑)

こうなったら、小沢と担当検事の乳首相撲で決めてもらいましょう。

『政治とカネ』という単純化したキーワードは、政治に興味が無い人間に対しては分かりやすい問題で、『政治とカネ』の問題で挙げられた人間は、それだけでマイナスのイメージを植えつけられてしまう、ある種怖い魔法の呪文のようなもの。

しかし、怖い魔法の呪文でも、唱え続ければ良いというものでもなく、今までもそうであったように、最後は国民も飽きてくるんですね。

だから、最近は「政策の話をしろ」なんて言葉が出始めてきてるわけだしね。

個人的には今回の問題で小沢さんは辞める必要は無いと思う。

ただ

ただ

小沢さんの問題にしても、鳩山さんの問題にしても、この問題を追及している人間を批判するのは、違うと思う。

どんなことでも、問題だと思う人間が積極的に問題提起することが、民主主義の発展維持に欠かせない自由な思想の材料になるから。

だから、小沢さんを批判する人、小沢さんを擁護する人、検察を批判する人、あるいは、マスコミを批判する人、いろいろいても良いと思うが、小沢さんを擁護する人たちも、小沢さんを批判する人たちの考えをバッサリと切り捨てるのではなくて、そういう人たちの意見を十分聞いて一理あると思う部分は認めることも大切だと思う。

そういう点で言えば、小沢さんは辞める必要は無いとさっき書いたが、小沢さんを批判する人たちの意見として説明不足という点が挙げられているが、その点は賛成。

話下手だからなんて理由は、政治家には通用しない。

だから、もっと丁寧に説明するべきだと思うし、この点小沢さんは間違ってると思う。

しかし、どっちかが完全に正しくて、どっちかが完全に間違っているという二分論こそ間違っていると思う。

むしろ、小沢さんを擁護する人たちから小沢さんに対する批判があったり、あるいは、小沢さんを批判している人が、小沢さんを評価できる点などを挙げることがバランスのある考えなんじゃないかな。

小沢さんを絶対視するのも間違いだし、検察の捜査がすべて公正に行われていると信じるのも間違いだし、マスコミの報道を鵜呑みにするのも間違い。

擁護ありき、批判ありきの論戦じゃ面白くないでしょ。

vega様(2010年2月18日 01:37)

> 「再掲載」も世論誘導のひとつなんだろうが、ネットの場合、露骨に政治的な意図が見える。もう少し考えたほうがいいんじゃないかな<

 貴方様は、『多数決の原則』と『法定主義』を属性とする『民主主義』の下における『言論活動』・『情報活動』の道理を弁えない『間抜け』に過ぎないことが顕になりましたね。

>>投稿者: mochizuki | 2010年2月18日 02:21
あ、そ。
せいぜい頑張ってください

高野氏の主張に全くもってそうおもう。
>・・・それだったらマスコミは、民主党だけでなく自民党などを含めて、「巨額な企業献金」を未だに受けている議員のランキング、その中で特に「ゼネコン」から、そして「西松建設」から、献金を受けている議員のランキングを示して、その個々に何か問題がないか総点検して貰いたい。その中で、小沢が企業献金、ゼネコン献金、西松献金それぞれについてランキング何位なのか、またその中身について疑惑の度合いはどれほどなのか、私も知りたいと思う。・・・


何故ならば・・・

政治資金規正法の改正で政治家個人の資金管理団体への企業・団体献金が禁止された2000年1年間で政党支部数(企業・団体献金は自由に受け取れ、またそこを迂回して政治家個人の資金管理団体に献金することは合法のため、抜け道となっている)はトータルで1,350以上も増えている。(その内、自民党は1,200以上も増やしたのである)

その政党支部数(04年時点)は、自民が約7,600、民主が約500である。

自民は何故にこんな数が必要なんだ?!

「庶民」にも解るように解説してもらえませんかね!?

大新聞の論説・編集委員のお歴々の皆さん!!


本来、反権力、反体制であるはずのメディアやマスコミ、解説員などといわれる輩らが横並びで同じ方向の論調に終始した今回の小沢問題には強い違和感を感じた。小沢氏が殺人や強盗など明らかに犯罪といえることをしたのならそれもあるかもしれないが、今回検察は起訴もできなかった案件である。
他社とは違う論陣を張り、受け手である国民に対しメディア総体としては物事を多角的に伝え、最後は受け手に選択や判断を委ねるという大前提が忘れられているのだろうか?正常な権力監視機能を失ったメディアにその存在価値は無い。

しかし一方で見方を変えれば、この"THE JOURNAL"をはじめネットの中では既存マスコミとは正反対の世論が形成された事実を見れば、ネットをも含めたメディア総体としてはかろうじて健全なのかもしれないとも思う。ただ、テレビや新聞などの「Oldメディア」に日々接している人が同様にネットの中の「Newメディア」にもアクセスができるには至っていない現状ではやはりバランスを欠いていると言わざるを得まい。

「Oldメディア」が我々にしかできない報道と称して記者クラブ会見情報やリーク情報を垂れ流してその存在意義を示そうとしているのだとしたら笑止千万である。日々増え続けているネットユーザーと日々減少する新聞購読者とテレビ視聴者。垂直構造の「Oldメディア」は自ら水平構造である「Newメディア」の中に入り新たなポジションを確立する以外に生き残る道はない。

初めて投稿させていただきます。

 私はブレない「高野孟」氏を支持しています。サンプロの終了には一抹の寂しさを感じますが、『政権交代』と共に《マスメディア》の淘汰・再編(砕片)が始まります。
 更なる規制緩和を実施して、新規参入にも門戸を開き【厳正中立なマスメディア】の出現に期待しています。

 昨今の小沢報道には「天に唾」の如く、視聴率の下落、販売部数の落ち込みとなっています。政党支持率等を調査するなら、先ずマスメディアの市場実態調査をするのが肝要と思います。『鼎の軽重』を問われています。

 特に「読め売れない新聞」「3K新聞」「TBS」(TップがB鹿ならSタッフも)には事ほど左様に哀れさを感じます。《天網恢々疎にして漏らさず》です。
 
 高野氏・編集部の更なるご健勝ご発展を祈念します。

下記、伊藤ゆうき様を介して佐藤優氏の受け売りかも知れません。
出典は下記です。
http://www.asyura2.com/10/senkyo80/msg/376.html
----------------
特捜&マスコミは田中(経世会)の裏日本等の地方への所得再分配とその地域的支援団体を『政治と金』として捉えてきたのであり、それを陰謀とまでは言えない。
清和会系が特捜のターゲットにならないのは、政治団体に広域的利益団体が多いからに過ぎない。
しかし既に直接所得再分配論者である小沢氏を土木に拠る所得再分配利権者として糾弾するのは(特捜は兎も角)ジャーナリズムは本質を捉えていない。
逆に、バブル崩壊後も相変わらず土木事業を重視し政治献金を受けて来た政党は(法には触れないとしても)アンシャンレジームには違いない。
政権交代の一年に亘る捜査をマスコミが『結果的に議会制民主主義への攻撃になる』としないのは、時代錯誤である。
----------------
広域的利益団体も現政権支持に傾きつつあり、この議論を延々と続けることは生産的とは思わない。
小沢氏にしても既に過去の蓄財に頼る必要が無くなっており、
(小沢支持・反小沢に拘わらず)この議論全体が時代錯誤である。
『政治と金』は過去の問題であり、所得再分配政策/安全保障と等距離外交/学術産業振興策/労働力と移民政策・・・・等の焦眉の急が山積している。
--------------------


じゅげむ様(2010年2月18日 01:52)

 ご意見の主旨は、分かりますが、物事には手順・手続きがあり、所定の手順・手続きを無視したら道理を外れます。

 先ず、他人を批判するならば、対象となる言動・仕事などについての事実関係を特定し、それが何故に誤りや欠点に相当するかを論証して指摘し、如何ように正すべきであるとして論じる必要があります。

 次に、他人を擁護するということは、対象とする人の権利・地位・生命などに対する攻撃・損害・侵害・危害から守護することを指し、急迫不正の侵害に対しする防衛の為にやむをえずなされる加害行為の違法性は阻却されますので、一々道理・理由を説明してから擁護する必要はなく、防衛してから自己の正当性、即、相手の不当性を立証すれば足ります。

 そこで、小沢一郎さんを批判する人々は、陸山会の政治資金の収受・運用・管理に関して、事実関係が曖昧のまま、それが何故に犯罪・悪事に相当するかを論証せずに漠然と指摘し、小沢さんは民主党の幹事長を辞任しろ、国会議員を辞職しろと論じていますが、これは、所定の手順・手続きを経て得た小沢さんの権利・地位・政治生命に対する急迫不正の侵害と見做すことができると、私は思量します。

 一方、検察を批判する人々は、陸山会の政治資金の収受・運用に違法行為が存在したと不当な嫌疑をかけて強制捜査をして関係者を逮捕し、政冶資金収支報告書に、記載すべき事項の記載をしなかった又は虚偽の記入をした嫌疑で関係者公訴した事実は、政治資金規正法の目的および基本理念を逸脱した行為であると事実関係を特定して、公務員の職権濫用に相当すると論じていますが、これは、小沢一郎さんにかけた嫌疑については立件できずに小沢一郎さんを不起訴処分にしたということは、検察が特定した主要な事実は、真実ではない又は犯罪に相当しないと検察が判断したて立証したと見做すべきであり、また、西松建設不法献金事件に係わり、政冶資金収支報告書に虚偽の記入をしたという公訴事実は、裁判において虚偽であることの証言があったことから、検察を批判する人々が特定する事実は真実であることが立証される確立は高いと、私は思量します。

 また、大衆通信媒体を批判する人々は、陸山会の政治資金の収受・運用に違法行為が存在したという事実があたかも真実であるか如き表現で報道していたが、その主な情報源は検察幹部や捜査関係者であり、世論を誘導するために操作された情報を垂れ流して、小沢一郎さんを批判する勢力を増強したという事実関係を特定して、時事的な問題の報道・解説・批評などを伝達する活動に関する倫理に反すると論じています、小沢一郎さんについて検察の不起訴が決定された後も、猶、陸山会が不正な金銭を収受したという虚偽の風説を報道し続ける姿勢は批判されて当然だと、私は思量します。

 さらに、小沢一郎さんの説明責任を問うならば、小沢一郎さんに嫌疑について、『六何(5W1H)の原則』に従って事実関係を特定しなければ『悪魔の証明』を求める『間抜け』に過ぎず、また、検察がかけた嫌疑の内容は詳らかではありませんが、立件できずに不起訴処分になったことは、検察が特定した事実は、真実ではない、または、犯罪に相当しないと検察が判断したことの証ですが、検察の判断に不服があるならば、その説明は検察に求めるのが筋であり、小沢一郎さんに説明しろというのは、因果の道理を弁えない『間抜け』に過ぎないと、私は思量します。

 尚、物事の正邪・真偽は、因果の道理に従って判断すべきであり、多数決で決めるべきではないことは、法学・統計学の常識であるということについて、父親殺しの罪に問われた少年の裁判で、陪審員が評決に達するまで一室で議論する様子を描いた『12 Angry Men(12人の怒れる男達)』という米国の映画は見事に論説した作品だと、私は思量します。

因みに、映画の粗筋は、法廷に提出された証拠や証言は被告である少年に圧倒的に不利なものであり、陪審員の大半は少年の有罪を確信しており、全陪審員一致で有罪になると思われたところ、ただ一人、陪審員8番だけが少年の無罪を主張し、彼は他の陪審員たちに、固定観念に囚われずに証拠の疑わしい点を一つ一つ再検証することを要求し、陪審員8番の熱意と理路整然とした推理によって、当初は少年の有罪を信じきっていた陪審員たちの心にも徐々に或る変化が訪れた様子を描いています。

 金と法律および政冶についての因果の道理を論えば、「体は心に依存し、心は財布に依存している。金品は悪でも呪いでもなく人を祝福するものである。人を傷つける三つのものは、苦悩、諍い、空の財布であるが、其のうち空の財布が最も人を傷つける。法は光を投げかけ、金品は暖かさを投げかける。金貨が鳴れば悪口が静まり、金品によって開かない門はない。成功の扉をあけるためには、押すか引くかしなければならない。大政治家に子供はおらず、後継者がいるだけだ。優秀な政治家と新鮮な魚は三日もすると悪臭がする」というのは一面の真理であり、政治活動に資す金品を獲得するのに、法律の範囲で許容される随意の行為としての節税を含む法の網を潜るような奇抜な創意工夫を配慮しなければ、政治目的や政治理念の達成はおぼつかないであろうから、恣意的な法律の運用などで不公正・不平等な規制することは、国民が自主的に浄財を供出する意欲を抑制し、延いては、日本国民が憲法の前文に掲げて全力を挙げて達成することを誓った目的と崇高な理念の遂行を阻害する要因になると、私は思量します。

 また、或る社会の対立や利害を調整して社会全体を統合するとともに、社会の意思決定を行い、これを実現する作用に係わる政権の獲得と維持をめぐる争い及びその権力の行使に関係する現象にまつわる活動をする公務員は、憲法第15条第2項「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」という規定に依り、公的地位を私的な事柄に利用して私的な利益を得てはいけないとする社会的な規範が『政治倫理』でるから、小沢一郎さん側に衆議院の『政治倫理審査会』などでの説明を求めるならば、先ず、小沢一郎さん側が衆議院議員の地位を私的な事柄に利用して私的な利益を得ていたという嫌疑について『六何(5W1H)の原則に従って事実関係を特定する必要があるが、金と法律および政冶に関する価値観に係わる『公理系』が異なる場合や、価値の判断基準が相違する相手の説明を聞いても理解・納得できるはずはないから、国会議員の選挙を通じて是非についての勝負をつけるのが、憲政の常道に適った方便だと、私は思量します。

 さらに、何人にも『政治倫理』の遵守し、或る行為が如何なる結果をもたらすかを予見し、適切な手段の有効度を考量したえで行為の結果を他者に転嫁することなく、社会に対する影響力についての『責任論理』・『勘定論』に基づいて包括的に評価されるべき負担が『政治的責任』であり、日本国憲法15条第1項に「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と規定されており、公職選挙で代表に選任される公務員は、自らが辞職するか又は法律に違反した罪が確定して公民権が停止されない限り、失職することはないというのが憲政の常道に適う方便であるにも拘らず、党利党略・私利私欲を以て、小沢一郎さんは、民主党の幹事長を辞任しろとか、国会議員を辞職しろなどという世論を煽るのは、憲政の常道を逸脱する邪道に過ぎず,その『政治倫理』と『政治的責任』をこそ問われるべきだと、私は思量します。

mochizuki 2010年2月18日 11:47様

一度読み、そして文意を味わいながら書き取り致しました。私も全く同感です。

ちょっとそれますが、いつの頃か、大学で一般教養が消えてしまったようです。例え、工学部の学生であろうと、哲学や倫理・政治、人文・社会・自然科学、つまりレベラル・アーツなどを1年2年生でしっかり学んでから専門課程に進むべきであろうと考えます。

小沢幹事長を論ずるマスコミの論調は、一般教養も基礎的倫理などなどが欠落しているのでは、と思っております。きっと、文化系出身者でも大学できっちり学んで来なかったからでしょう。学んだとしても社会人になってすっかり忘れてしまった輩が政治記者になっている?

そうだとすると、mochizuki様のご見解をマスコミの執筆者たちに読んで欲しいな~、と思っております。


投稿者: kenji | 2010年2月18日 10:02

> 本来、反権力、反体制であるはずのメディアやマスコミ、解説員などといわれる輩ら

反権力、反体制なんてどうでもいいです。
そんなものを私は望んでいません。
ただ真実を追求してほしい、たとえそれが保守でも革新でも、与党でも野党でも。
それだけです。

政治資金規正法に基づいて鳩山首相の母親から流れたとされる資金はけしからん、脱税だと言われ、人が良い鳩山由紀夫氏は多額の所得税を払ったとのことである。しかしよくよく考えてみると母親は日本の国を良くしようと息子の政治活動を確固なものにしようと、驚くほどの高額資金を供給し続けていただいたのである。
あの鳩山氏があってこそ民主党も自民党に負けない政党に育ち始めたのではないのだろうか?
そもそも政党を立ち上げるにはかなりの資金を要することは想像に難くない。小沢氏などもそういう意味で政治資金は豊富に必要としている筈である。
最近のマスコミのワンウエーな正論で責められると政治家の本音では反論しがたいと思う。しかしマスコミが求める様な清い水に棲むだけの魚が果たして大物政治家になれるのだろうか?サラリーマンまがいの政治家が増えれば裏で糸を引く官僚がほくそ笑むだけだ。
政治家の活動源である政治資金の蛇口をあまりにも締めすぎるのは実力のある政治家を生み出すことができず、日本の国益を損なう事になりはしないかと危惧する。
私腹をこやす政治家は論外だが。

要は、中国の胡錦透、米国のオバマ、EU諸国の首脳と、渡り合い堂々と日本の代表として対峙できる政治家が日本にいますかね。
鳩山、岡田、管....ですか
谷垣、大島、町村、与謝野、石破...ですか
福島ですか、亀井ですか、志位ですか、他に誰かいますか、
みんな役不足です。
小沢一郎しかいないと考えています。

失礼しました。
胡錦透 → 胡錦濤
でした。

小沢一郎の魅力は悪いと思った事はすぐに直すことだと思います。
官僚体制の疲弊によって日本の政治環境は悪いことだらけです。
臭いモノには蓋をしたり、口ばかりで何もできなかったり、そもそも自分の事ばかり考えて何もしなかったり、そういう輩には今の日本の政治に何も期待できません。
冷徹で、実行力に富む人間は他にいないのは現実で、既得権者にとっては目の上のたんこぶでしょう。
私は検察やマスコミの言う悪い金の流れがあるのなら小沢一郎は逮捕されるべきだと思いますが、そうではなさそうなので、民主主義を根本から崩すような捜査には同意できません。
今になって、子供の頃父親に教わった事が頭をよぎります。
捜査で見つかった事が巧妙に隠されていたもので、見つからなかった事は無かった事だと、それが日本の行政の在り方であると。
検察の正義と言い換えてもいいでしょう。黒に近い灰色なんて言う言葉は行政が何たるかが分からない人間がいう言葉かもしれませんね。

>一国民 | 2010年2月18日 16:42

>役不足

日本語勉強してから書いてくれ

匿名様(2010年2月18日 23:41)

『役不足』について、文化庁が発表した平成18年度「国語に関する世論調査」では、「彼には役不足の仕事だ」を、本来の意味である「本人の力量に対して役目が軽すぎること」で使う人が40.3パーセント、間違った意味「本人の力量に対して役目が重すぎること」で使う人が50.3パーセントと、逆転した結果が出ているようですね。

 言葉は文化を伝達する方便といいますが、一国民様(2010年2月18日 16:42)の本意と思しき情報が貴方様にも伝わってということは、日本の文化が乱れているという証でしょうか…。

匿名様(2010年2月18日 23:41)

投稿者: mochizuki | 2010年2月19日 01:25

ご指導有難うございます。素直に反省しています。

植草一秀さんのブログでメディアの小沢氏への攻撃に関して恐ろしい、というかそうだったのか!という内容を読みました。

>>
対小沢一郎氏激烈メディア攻撃黒幕「三宝会」>>

http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-30df-1.html

植草のことがお好きとは、これはまたおめでたい人だ。
自分の逮捕を「不当な逮捕」としたい人は、その時々の「検察の被害者」を利用しようとするが、利用されてる側も同様に利用しようとする。
おもしろい世界だ。

「役不足」に対して「柄不足」

mochizuki | 2010年2月19日 01:25さんの議論に横から割り込むことをご容赦頂いて・・・:

「役不足」に対して「柄不足」という言葉があるのだそうです。
対照しておくと覚え易い、・・?

広辞苑(手許のやつは古い第5版)には載っていません、大正生まれの博識な怪物が出典ですので、真偽のほどは保証されませんが・・。

小沢氏と鳩山総理の噂

ア)形式上一番力があるのは鳩山代表である
イ)実質上一番力があるのは小沢幹事長である
ウ)行政のことは鳩山内閣、党務の事は小沢幹事長が行う

イ)ウ)に関しては疑う人もいるが正しいとして考えると

1)鳩山内閣は小沢氏の影響が大きいという噂
 ウ)を信じればありえないし、非小沢グループの前原、岡田、仙谷氏などが内閣に入った理由を明確に説明できない。また藤井氏辞任や今回の枝野氏起用を小沢氏と結びつける噂はあるが、確証あるものは一つもない。言える事はこの内閣は小沢氏の望むものとは言えないだろうと思う、今は静かに成り行きを見守っているところだと思う。

2)支持率低迷で5月過ぎに鳩山総理は小沢氏を辞めさせるという噂
 イ)が正しいとしたらあり得ないが、小沢氏が選挙のため自発的にやめる可能性も否定は出来ない、ただし1年前に代表であった時と違い、代表でもない幹事長辞任で支持率が上向くという根拠もない。その頃になれば別に小沢氏が幹事長でいる必要もないが。

3)支持率低迷で5月過ぎに鳩山総理がやめるという噂
 可能性はあるが、総理が短期間で交代する批判も多いので、あまりいい選択肢とは言えない。ただし、支持率アップの可能性は小沢氏辞任より大きいかもしれない。

4)参議院選挙以降、小沢氏が鳩山総理をやめさせるという噂
 イ)が正しいとしたらあり得るが、小沢氏が鳩山内閣に見切りを付けるのは1年は短すぎる、働かない大臣交代などで内閣改造とかはあるかもしれない。

5)鳩山氏は漸進的な改革派、小沢氏は急進的な改革派という噂
 同じ官僚支配的な日本社会からの改革という基本的な意識に違いがなければどちらでもいいように思うが、進まない改革はそのような漸進的な改革の失敗という見方もある。例えば象徴的なのは記者クラブ問題に対する対応、一部記者クラブ以外の記者の問題提起を私自身もはじめは些細な事と思っていたが、マスコミに対して毅然と対応してこなかった鳩山氏の責任は重いかもしれない。

少し話は離れますが、2月20日の朝日新聞のマンガの欄で
先日亡くなられた藤田まことさん演じる「中村主水」に、金正日・ビンラディン・小沢一郎民主党幹事長・鳩山由紀夫日本国総理大臣を乗せつつ
「仕事人もっとつづけたかった」
というセリフを入れたマンガを掲載しています。

テロ・暗殺の肯定・扇動とも取れるマンガでもあります。
が、朝日新聞は「赤報隊事件」で2人の誠意ある優秀な記者を亡くしました。

その朝日新聞が、昔の同僚・同志の死を無碍し侮辱するようなテロ・暗殺の肯定・扇動のようなマンガを掲載するとは一体何なのでしょうか!

以前朝日新聞も楽しみに読んでいた頃もあります。正常化したら、また読もうとも思ってましたが、もう永遠に朝日を読めないです。

自分たち記者の仲間の死を侮辱するような記事を載せる新聞など、この世に存在して良いわけがない。
早急に朝日新聞は、潰すべきです。


投稿者: 市南宜陵 | 2010年2月22日 17:31
まるでクレーマーですね。ちょっと考えすぎ(考えなさすぎ?)じゃないですか?誰も「殺せ」なんて言ってるとは思いませんよ。せいぜい「不正を正せ」という作者の意図だろうと。その程度で「新聞社を潰せ!」とは、過激すぎませんか

vegaさま

少々言い過ぎました。

ただ彼ら記者は「言論の自由」と称して、人権侵害も繰り返しつつも、「テロに反対する」と毎度毎度言い続けてます。

また、同僚・先輩が、「テロ」で命を理不尽にも落としているのに、それを忘れた所業です。
果たして、真っ当な人間としての心があるのでしょうか?
記者・マスコミのモラル以前の人間としての道義・仁義を朝日新聞はもっているのでしょうか?

テロの悲しみを一番熟知している朝日新聞が、かのようなことを為したことは、一体なになのでしょうか。「悪魔に魂を売った」という表現がふさわしいように思います。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

日々起こる出来事に専門家や有識者がコメントを発信!新しいWebニュースの提案です。

BookMarks




『知らなきゃヤバイ!民主党─新経済戦略の光と影』
2009年11月、日刊工業新聞社

→ブック・こもんず←




当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.